ゴブリンスレイヤー ~魂を継ぐ者~   作:ウォルナット

43 / 47
The land of the beginning and the end -最初の火の炉-

 (くに)を創ろう。

 それが、子供たちを守護るために己達が出した結論だった。

 そのためにも、やはりあの怪物たちが邪魔だった。故に。

 

 己は力ある者達の中の男達を集め軍勢を組織した。

 己と同等の力ある物の一人である女は、力ある女達を集め、戦う術を与えた。

 そして、もう一人はその身に宿る悍ましき力を持って戦った。

 

 怪物が爪牙を振るい、炎を吐く。

 己が刃を振るい、雷を操る。

 女が遠間から炎の術を放つ。

 今一人が死の瘴気を解き放つ。

 

 怪物が倒れ、同胞達が斃れ、世界が壊れる。

 

 

 

 一進一退の攻防が続く。

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────────────────────―

 

 

 

 

 

 

 

 荒野に現れたその遺跡。初めて見たはずなのに、青年戦士は既視感を禁じえなかった。

 割れた石畳。苔むし倒れた柱。崩れ落ちた石組みの建造物。

 夢の中の冒険で拠点としていた遺跡。といっても、全てが同じという訳ではない。

 夢の中の遺跡は崖際にあったが、ここは荒野の真ん中に建てられている。窪地となっている円形の広場はあれど、その中央にあったはずの剣の突き立った焚き火のようなものは存在しなかった。

 

 

「ここが……」

 

「うむ。ここが火継ぎの祭祀場じゃ」

 

 

 そう答えたのは今回の依頼の依頼人である研究者の老爺だ。

 研究者然としたローブを纏い、鼻にちょこんと小さな眼鏡を乗せている。頭にも博士帽を乗せているが、あまり容姿に気を使っていないのか髪の毛やヒゲは如何にも無精といった有様。慢性的に睡眠が足りていないのか、鋭い目元には濃いクマが浮かび不健康そうな印象を抱かせる。しかし目の奥にはギラギラとした光を湛えており、近寄りがたい威圧感を放っていた。

 研究用の道具だろうか。大荷物をその背に背負っている。何に使うのか、布に包まれた長い棒状の何かが印象に残った。

 

 

「といっても、今日調査するのはここではないがの」

 

 

 老爺そう言うと、冒険者達には見向きもせずに遺跡の奥へと歩を進めた。

 

 

「ちょっ……あーもう、行くぞ」

 

 

 青年戦士は老爺を思わず呼び止めようとするが、すぐにその矛先を仲間達に変えた。こういうタイプの人間は人の話を聞こうとしない。それを彼は今までの経験から学んでいた。

 老爺に追いつくとあらかじめ決めていた隊列を組む。

 辺りの警戒をしつつも青年戦士は老爺の向かう先に思いを馳せていた。

 

 

「ここじゃ」

 

 

 そう言って老爺は足を止めた。青年戦士は辿り着いた場所に、やはりと思った。

 

 そこは底が見通せないほど深い穴だった。その穴は不自然なほどに奇麗に四角くなっていた。まるで、地面に巨大な扉を取り付けていたかのように。

 その穴の淵には本当に底まで続いているのか疑いたくなる縄梯子が掛けられていた。

 

 

「この下が目的地じゃ。さっさと行くぞい」

 

 

 

 

 

 

 

 ギシリ。ギシリ。

 右へ左へ、重心を揺らしながら足と手を黙々と動かしながら縄梯子を下る。

 こういう時、上は見ない。下りてきた道程の長さにうんざりするから。下も見ない。恐怖に体が竦み、動けなくなるから。

 ただ黙々と、前だけを見て下りていく。

 

 カツン。

 どれほど下りてきたことだろう。不意に金属音が耳朶を叩いた。ぼんやりとしていた意識がはっきりとする。

 

 どうやら地面に着いたようだ。

 

 ふと上を見てみると、遥か上の方に僅かに光が見える。梯子を下りていた時間はほんの数分のようにも思えるし、数十分は下りていたようにも思えた。

 

 これが噂に聞く、升目(ヘックス)を超えるという奴だろうか。

 

 そんなふうに思える程に、地上が遠くに思えた。

 

 

「ようやく着いたの」

 

 

 いつの間にか老爺も下りてきていた。かなりの距離を下りてきたはずだが、特に疲れた様子はない。

 

 

「ここが、目的地。『最初の火の炉』じゃ」

 

 

 

 一歩そこに踏み出す。再び青年戦士に既視感が走った。

 導かれるように足元の地面を一掴みする。開かれた手のひらから零れ落ちていくそれは。

 

 

「……灰、か」

 

 

 地下とは思えないほど広大な空間を見渡す。そこには、見渡す限りの灰の海があった。所々に焼き尽くされた巨大な生物の骨とも、かつての人工物とも思える遺物が突き出している。

 荒涼にして茫漠、それでいて神秘的。そんな世界が広がっていた。

 

 

「不思議よね。地下なのにすごい明るい」

 

 

 女武闘家が用意していたランタンを仕舞いながらそんなことを言う。言われてみれば、確かにと今更ながらに異常に気付いた。

 

 

「……いや違うな」

 

 

 同意しようと口を開いた時、再び既視感が走る。いや、これを既視感と呼んでよいのだろうか。

 青年戦士は気付けば、否定の言葉を漏らしていた。 

 

 

「ここは明るいんじゃない。暗くないんだ」

 

「なにそれ?」

 

 

 女武闘家が怪訝そうな声を漏らした。口走った青年戦士もその意図を説明できる気がしない。しかし、この考えが間違っていないという、確かな確信があった。

 

 

「ほう。よくわかったの。それとも、知識神から啓示(ハンドアウト)でも受け取ったのかの?」

 

 

 そう答えたのは、依頼人である老爺であった。

 

 

「その通り。ここは明るいのではなく、暗くないというのが正しい」

 

「えーと? それはどういう……」

 

 

 女魔術師も興味があるのか、老爺に問いかけた。

 

 

「ほっほ! どれ一つ講義でも、とも思うが、とりあえず進まんか?」

 

 

 隊列を組み護衛を再開する。

 隊列は、老爺と女魔術師を中心に据え、残りの三人でその周囲を三角形に囲む形だ。前後左右、どこを襲撃されたとしても、そこを守る者が一当てして時間を稼ぎその間に態勢を立て直す構えだ。

 

 辺りを警戒しながら武具を検める。

 左手には竜の紋章が刻まれた盾。火を操る竜の紋章を刻むことにより、炎の災いを防ぐ加護を所持者に与える魔法の盾。

 右手には古ぼけた長剣(ロングソード)。駆け出しのころに依頼人から譲り受けた物。あれから数多の冒険を経て、炎の魔剣や雷の槍など、魔法の武器なども手に入れてきたが、結局使い勝手の良さから愛用し続けている相棒と言っていい剣だ。元は店売りのなんの変哲もない一品だったが、可能な限りの手を入れることにより、今では見かけに合わぬ逸品と言っていい代物になっていた。

 そして腰には予備武器(サブウエポン)である戒めの短剣。これもほぼ武器としては使っていないが、それでも可能な限り手を入れて強化していた。

 

 

「さて……まずは”火の時代の創世”から語るべきかの」

 

「創世?」

 

「うむ。儂らの住むこの四方世界そのものは神々によって作られたと言われておる。しかし今──現代に対して、遥か過去の時代を神代と言うように、今までにいくつも文明や世界が興っては滅んでいると言われておる。火の時代はそのひとつじゃな」

 

 

 老爺は一つ咳ばらいをする。

 

 

「火の時代……それは、混沌の闇から始まった」

 

 

 老爺の口から紡がれるは、偉大で、壮大で、そして悲哀に満ちた、今に続くことができなかった、終わった物語。

 

 

 

 世界は闇に包まれていた。ある時その闇に『(闇でないもの)』が生まれた。

 

 生まれた(ひかり)は闇を照らす。そして世界が生まれた(分かたれた)

 

 まず世界の土台となる灰の巨岩が生まれた。次に岩でないもの、巨木が生まれた。そして、物でないもの、(ソウル)持ちし生物(怪物)が生まれた。

 

 そして、怪物でないものたちとして、人間が生まれた。

 

 

 人間と怪物は争いを始める。怪物は己の縄張りを守るため。人間は己の生きる場所を得るために。

 

 争いは、紆余曲折を経て人間の勝利で終わった。 

 

 

「そして始まった人間による支配の時代こそが火の時代、というわけじゃ」

 

 

 しかし人間の時代はいつまでも続かない。いや、世界そのものが、というべきだっただろうか。

 

 火とは燃やすもの。燃料なくして燃え続けることはできない。そしてその燃料とは、闇であった。

 

 闇を暴くことにより闇が減り、闇を燃やすことで闇が減る。そして闇は無限ではなかった。

 

 闇が火によって照らされることによって生まれた世界は、火が陰ることにより終わりを迎えようとしていた。

 

 

「もちろん人間もただ滅びを待っていたわけではないわけだが……どうしたと思う?」

 

「え? えっと……」

 

 

 聞き手となっていた女魔術師が答えが思い当たらず言い淀む。

 

 

「……燃料を、継ぎ足した?」

 

 

 再び青年戦士の脳に既視感が走り、自然と言葉を漏らした。

 

 

「ほう……正解じゃ」

 

 

 老爺はそう言うと再び物語を紡ぎ始める。

 

 燃料がなくなったから火が消えようとしている。ならば、燃料を継ぎ足せば火は再び勢いを取り戻す。道理であった。

 

 ただ問題は、なにを燃料としたのかだ。

 

 

「継ぎ足す燃料としたのは人、或いは世界じゃ」

 

「人? 世界? それはどういう……?」

 

「生贄、てことですか? でも世界?」

 

 

 闇から生み出された世界、あるいは人もまた、燃料としての性質を孕んでいた。

 

 故に人間は燃料──(ソウル)を搔き集め始めた。そして集めたそれを薪として火に投じることにより、世界は延命に成功する。

 

 

「この儀式こそが、『火継ぎ』」

 

「火継ぎって……あの遺跡の名前?」

 

「左様じゃ」

 

 

 しかしそれも長くは続かない。当然だ。元となった闇も有限であったのに、それから生まれた世界が無限であるはずもない。

 

 初めは天を突くほどの巨木の如きだった薪は、次第に小さくなっていく。

 

 巨木だったものがただの木へ。ただの木だったものがその木の枝ほどに。それすらもなくなってしまえばそこらに生えているような雑草へと薪の質は落ちていく。

 

 

「最後に火へと投じられたのは、燃料として全く適さない灰だったという」

 

「灰? どういう事です?」

 

「さて、の。そのへんはまだ研究中でな。伝承は見つかってはいるが、まだ詳細はわかっておらんのじゃ」

 

 

 だからこそ、今回の依頼という訳じゃ。

 

 老爺はそう言って話を締めた。

 

 

「……ところで、ここが明るいんじゃなくて、暗くないっていうのは?」

 

「……おお。たしかそういう話じゃったの」

 

 

 そう言うと老爺は振り返った。そこには今まで歩いてきた灰の世界が広がっていた。

 

 

「今までの話でなんとなくわかるかもしれんが、ここが火の時代の始まりにして終わりの地。最初の火の炉。火の時代を産み出した、最初の火はこの最奥にあったと言われておる。そして、先の話のように、ここにあった闇はすべて、世界を産み出すために焼き尽くされた。故にここに闇はなく、暗くないという訳じゃな。……まあ、そういうものだと思っておけばよいわ」

 

 

 そこまで話すと老爺は一息ついた。

 

 

「流石に歩きながら話通しで疲れたわい。少し休憩にせんか?」

 

 

 

 

 

 

 

 休憩を終えて程無く、彼らは最深部に辿り着く。

 青年戦士の脳裏に既に幾度目かわからない既視感が走る。

 そこはやはりと言うべきか、夢の旅路の最果ての地であった。

 洞窟のような広間のそこは、床も壁も一面真っ黒になっている。夢の中では気付かなかったが、あれは炎に焼かれた跡だったのだろうか。

 ただ、ここに待ち受けているはずの古き王の姿はない。道中守護していた黒騎士たちがいなかったように。

 

 

「さて……」

 

 

 青年戦士がしばしぼうっとしていると、いつの間にか老爺が広間の中央へと足を進めていた。

 荷物から一際目立っていた布に包まれていた棒状のなにかを手に取ると、その布を取り払った。

 

 

「あれは……っ!?」

 

 

 その布の中から現れたのは、根元の捻じれた剣だった。間違いでなければ、あの夢の中で幾度となく見たあの焚き火のようなものに突き立っていたものと同じもの。

 

 何をするつもりなのか。

 

 何気なく老爺の背中を見つめていた青年戦士の背筋に、突如緊張が走る。

 

 

「ちょっと待て……」

 

 

 青年戦士が老爺の背中にそう投げかける。しかし老爺はその歩みを止めない。

 

 

「何をするつもりだ……?」

 

 

 背筋を走る緊張は、悪寒は止まらない。むしろ老爺が歩を進めるごとに強くなっていく。

 

 老爺は広間の中央に辿り着くと、その手に持つ剣を地面へと突き立てた。

 老爺が突き立てた剣に手を翳す。そこに至り、ようやく老爺は青年戦士の方へと振り返った。

 その視線には、侮蔑の感情が込められていた気がした。

 

 

目覚めよ(BONFIRE LIT) 

 

 

 その言葉に呼応するように、剣の突き立てられた地面から炎が吹きあがる。

 

 

 

『オレは、英雄になりたかった』

 

 

 何故だか、そんな言葉が青年戦士の脳裏によぎった気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 ─────────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 戦況は次第に己達の方へと傾いていった。

 怪物どもは確かに強大な存在だった。個としての力は、確かに己達より大きい。しかし数は己達の方が上だった。

 己達は一対一では敵わずとも、数を恃みとすれば打ち勝つことができた。

 また、どういうわけか斃れた仲間達の一部が再び立ち上がり、いま一人──死の王の配下として戦列に加わるようになったのも追い風となった。

 こちらの数は減らず、あちらは減っていく。己達の快進撃は続いていく。

 

 しかし、それもいつまでもとはいかなかった。

 

 怪物達の本拠地と見られる場所に近づくにつれ、戦いは激しさを増していった。

 強い怪物達が現れるようになった、というのは一つの要因であったが、それ以上に怪物達が倒れなくなっていたのが原因だった。

 

 どういうことなのか。

 己達は一度退き、原因を探る。そして怪物達の秘宝と呼ばれる物が、奴らに無限の生命力を与えていることを突き止めた。

 

 あれをどうにかしない限り、己達に勝ちはない。

 

 さてどうしようか。そう頭を悩ませている時だった。

 

 異形の姿をした同胞という、ちぐはぐな存在が己達の前に現れたのは。

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。