ゴブリンスレイヤー ~魂を継ぐ者~   作:ウォルナット

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The end of DARK SOUL -ある旅路の終わり-

 我らに取って都合の良い新たな『火』を創ろう。

 

 

 それが『火』の翳りを、世界の終焉を前に下した我らの結論。

 

『火』の存続を、とも考えたが、結局それは問題の先延ばしに過ぎない。

 今世界が終ろうとしているのは、『火』に対して何もしてこなかったからだ。

 

『火』とは燃やすもの。燃やすものがある限りは燃え続けるもの。燃料を絶やさなければ、『火』は絶えることはないだろう。

 

 とはいえども、だ。燃料を絶えず供給し続けるというのも手間というもの。

 

 それならば、創ってしまおうというわけだ。

 

 

 管理の容易な『火』を。何もせずとも燃え続ける『火』を。我らにとって、都合の良い『火』を。

 

 

 そうと決まれば後は用意をするのみ。

 

『火』は魔女殿に創ってもらうこととなった。

 しかし如何に魔女殿といえど難題となろう。完成まで時を稼ぐ必要がある。

 

 

 ならばその時、我が稼ごう。

 

 

 我がいっとき燃料となり、世界を支えよう。我が膨大なる力であれば可能なはずだ。

 我が不在の間、何が起きても問題なきよう配下に力を分け与えよう。何かあれば彼らが対応してくれるはずだ。

 時を稼ぐといってもいつまでかかるかわからぬ。地上の各地に儀式場を建て、子供達にも力を送ってもらい手伝ってもらおう。

 

 

 

 用意は済んだ。供を引き連れ、いざ征かん。

 

 

 

 

 

 

 思えば、あの時の自分はなんと愚かだったのだろうか。

 自分は、自分達は、必ずうまくできると思っていた。

 失敗するかもしれないなど、考えもしていなかった。

 

 過去(きのう)の功績も、現在(いま)の力も、未来(あした)の成功を保証するものではないというのに。

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────────────────────―

 

 

 

 

 

 

「くっそ……まだ倒れねえのかよ……」

 

 

 息も絶え絶えに心底うんざりといった風に青年戦士は呻くように漏らした。

 冒険者達は既に満身創痍といった風体になっている。

 

 女武闘家と盗賊商人は体の各所に細かな傷を負い、全身に血を滲ませている。

 女魔術師は優先して守られている関係上ほぼ傷はないとはいえ、それでも装備のローブは汚れあちこち破れ柔肌が覗かせていた。

 それでも青年戦士よりはマシだと言えるだろう。

 彼は誰よりも前に出て薪の王と相対し続けた結果、凄惨と言っていい姿と成り果てていた。

 煌めく輝きを放っていた銀の鎧はあちこちがひび割れ、血や土や灰によって薄汚れてくすみ、炎の魔法により幾度も焦がされたことで黒ずんでいる場所すらあった。

 

 それに対し、薪の王の姿は変わっていない。最初に見たように、茫洋としながらも強い威圧感を滲ませて立っている。

 

 といっても彼らも何もしてこなかったわけではない。

 

 かなり警戒されていたが故に致命打(クリティカル)は取れなかったが、それでも女武闘家と女魔術師は有効打(ダメージ)と呼べる攻撃を与えていた。

 盗賊商人も持ち込んでいた火炎壺などの道具やボウガンで攻撃し、一度は隠密(ハイディング)からのナイフでの背後致命(バックスタブ)すら決めて見せた。

 青年戦士も奇跡的に決まったパリィからの致命の一撃(クリティカル)を叩きこんだ。

 

 

 少なからず損傷を与えたにも拘わらず、どういう訳か薪の王の動きは変わらず衰えというものが見て取れない。

 

 まるでお前たちの攻撃など通用しないと言われているようだった。

 

 

(もう少しだ)

 

 

 それでも青年戦士は心の中でそう直感していた。

 夢の中の冒険、そして実際の冒険者として積んできた冒険の経験により、敵手の生命力がおおよそわかる感性を彼は育んでいた。

 

 その彼の感性が言っている。

 

 薪の王も虫の息と言っていい状態だと。

 

 

(もう少しのはずなんだ……)

 

 

 同時に不安も覚えていた。当然だろう。

 瀕死の状態にもかかわらず、薪の王の動きは全快の時と変わりない。

 そんな状態では自分の感性は本当に信じるに値するのか、わからなくなるのも当然だろう。

 

 そんな不安に心が曇った故だろうか。視界の隅にあった何かがふと気になった。

 老爺が被っていた博士帽だ。

 それを見た時、青年戦士の脳裏に今の状況にそぐわない思いが浮かんだ。

 

 

(そういえば……)

 

 

 依頼人だった老爺。彼はあの時なんと言っていただろうか。

 

 

(嘘つきに……耄碌爺。そんなふうに言われたって言ってたな)

 

 

 何故そんなふうに呼ばれることになったのだろうか。

 今に至るまでの彼の事情(バックストーリー)はわかりえない。

 それでも道中火の時代の歴史などを語ってくれていた時の彼は、確かに専門家と呼ぶにふさわしい研究者だった気がした。

 

 そんな彼がどうして嘘つきや耄碌爺などと呼ばれるに至ったのだろうか? 

 

 

(もしかしたら……)

 

 

 思い出される今までの経験。

 自分も今までの冒険者生活の中で数々の理不尽にさらされてきた。

 

 やれまぐれだ、不正だ、運がよかっただけだと。

 冒険の成功をやっかみ妬まれ、あることないことを言われてきた。

 

 自分はそれでもまだよかった。

 仲間が助けてくれた。友達が助けてくれた。世話になってきた先達が助けてくれた。

 周りにいる人たちが助けてくれた。敵ばかりではないと、味方がいると教えてくれた。

 

 彼にはそんな人たちがいなかったのだろうか。

 

 

(もしそうだったのなら、哀しすぎるじゃないか)

 

 

 もし本当にそうだったのであれば、せめてそれに気づいた自分だけでも味方してあげたい。

 

 あなたは何も間違っていなかったのだと。

 

 それをするにはやはり生き残らなければならない。

 

 

(また生き残らなければいけない理由が増えたな)

 

 

 そう思うと(ソウル)に宿る炎が滾る気分だった。

 

 

(とは言えどもだ)

 

 

 精神的に多少は持ち直したが、事態が好転したわけではない。

 盗賊商人の持ち込んだ道具類は底をついた。

 女魔術師の呪的資源(リソース)も残り少ない。使えてあと一度か二度といったところか。

 前衛である青年戦士と女武闘家の体力も限界に近い。

 

 何よりおよそ考えうる戦法を試しつくしたのが問題だった。

 

 敵もさるもの。薪の王は戦巧者でもあり、単純な攻撃は通用しなかった。

 それゆえ手を変え品を変え、どうにかこうにか攻撃を当ててきたが、流石に知恵の泉も尽きてくる。

 一度使った手は二度目には対応され使い物にならず、それどころか一度目の策すら読まれ利用され、手痛い反撃すら受けたこともある。

 

 どうしたものか。

 

 青年戦士が次なる手を思案していると、突如彼の横を突風が走った。

 

 女武闘家だ。走り抜ける彼女の横顔には焦燥が浮かんでいた気がした。

 

 

(……そういうことか!)

 

 

 その表情から彼女の考えを読み取った青年戦士は、呼び止めようとした言葉を飲み込んで慌てて彼女の後を追い走り出す。

 

 

「あ……」

 

 

 焦燥に駆られた女武闘家の攻撃など、薪の王には通用しない。

 あっさりと攻撃を躱され、態勢を崩す。死に体となった女武闘家に薪の王の剣が振り上げられる。

 

 そこに青年戦士は女武闘家を突き飛ばす様に割り込んだ。

 

 

(間にあった……!!)

 

 

 青年戦士はそんなことを思いながら安堵の笑みをこぼす。

 薪の王の剣が割り込んだ青年戦士へと振り下ろされる。

 

 青年戦士は緩やかな速度で振り下ろされる剣を見ながら、諦めたように身体から力を抜いた。

 

 

 

 冷たく硬い鋼が青年戦士の身体を通り抜け、灼熱の痛みが湧き上がる。

 力を抜いたことにより青年戦士が手放した装備が地面へと零れ落ち、けたたましい金属音を広間に木霊させた。

 傷から血が溢れだし、鉄臭さが鼻孔を駆け抜け、舌が血の味を感じ取った気がした。

 

 足から力が抜け、身体から熱が失われていく。

 命が、零れ落ちていく。

 

 

(まだだ……!)

 

 つまり。

 

(まだ、死んじゃいない(終わっちゃいない)……!!)

 

 まだ生きているという事だ。

 

 

 

 青年戦士が死に損なった(生きている)のは偶然ではない。彼なりに狙ってやったことだ。

 

 耐え忍んだ(食いしばった)わけでも受け流したわけでもない。そういうそぶりを見せては追撃で確実に仕留められただろう。

 ただ目前の死を抗わずに諦めたように受け入れる。そうした時こそ、不思議と生を拾うことができる。

 今までの夢の中での数多の勝利()から、青年戦士はそれを経験として知っていた。

 

 そして、仕留めたと思った時こそもっとも隙が生まれる。それも数え切れぬ敗北()から知っていた。

 

 

「ぉおおお!!!」

 

 

 霞む視界、消え入りそうな意識を薪の王を睨み付けることによって繋ぎ止める。崩れ落ちそうになっている足に雄叫びと共に喝を入れる。

 手を腰の後ろに回し、短剣の柄を掴み引き抜く。

 薪の王は既に青年戦士を仕留めたと思っていたのだろう。反応が遅れている。

 

 青年戦士には、かの槍使いのような反応すら許さない雷光の突きも、重戦士のような防御ごと粉砕する剛剣も放てない。

 それでも、今この時のような敵が反応できないような状況であれば、青年戦士の腕でも当てることができる。

 

 

(ここで、仕留める(終わらせる)……!!)

 

 

 ここで終わらせなければ、もう立ち上がれない。そうなれば今度こそ仲間達に凶刃が突き立てられることとなるだろう。

 決意と覚悟が身を突き動かす。(ソウル)に宿りし炎が、大切な人を護れと一際強く燃え上がる。

 

 青年戦士は衝動のままにがむしゃらに、そのちっぽけな刃を薪の王の首筋へと叩きこんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 突き立てた短剣から青年戦士の中へと何かが流れ込んでくる。初めてのはずなのに、どこか懐かしいその感覚。

 青年戦士の脳裏で誰かの姿が浮かび上がってくる。

 

 それは怪力無双の豪傑であった。輝く武具を携える騎士であった。純白の法衣を纏う聖女であった。叡智の輩たる魔術師であった。旅に生きた放浪の剣士であった。世間から排斥された賊であった。神の目と称された狩人であった。忌まれし異端の術師であった。見窄らしくも雄々しい何者かであった。

 それは、英雄と呼ぶに足る者達であった。

 

 老若男女それぞれ全く違う者達が思い思いに口を開き、異口同音に告げる。

 

 

 こんなはずではなかった、と。

 

 

 富が欲しかった。栄誉が欲しかった。使命を果たしたかった。最強を証明したかった。宝が欲しかった。守りたいものがあった。

 

 

 認めて欲しかった(愛して欲しかった)

 

 

 手に入れたはずなのに。手に入れられた、はずなのに。

 今は何も残っていない。焼き尽くされ、灰となり、自分の事を覚えている者は誰もいない。

 自分は何のためにこんなことをしたのか。それすらもわからなくなってしまった。

 

 

 こんなはずじゃ、なかったのに。

 

 

 悔恨の滲む声が木霊する。

 

 

『……オレは、英雄(こんなもの)に成りたかったのか?』

 

 

 青年戦士の脳裏にまた別の誰かの声が木霊する。

 

 

(ああ、そうか)

 

 

 その声を聞いた時、青年戦士はすべてが繋がった気がした。

 

 

(あの夢は、昔の(オレ)、か)

 

 

 青年戦士は思い出した。かつての自分を。

 今の自分と同じように農村に生まれ、その退屈な生活に嫌気が刺して故郷を飛び出した自分を。

 大した才能もないくせに、各地を転々としながら細々と傭兵をしていた自分を。

 とある国にいる時に不死人へと変じ、捕まってあの夢の始まりとなる牢獄へと送られた自分を。

 英雄へと至る道を示され、嬉々としてそれに至るために歩み始めた自分を。

 

 そして成し遂げたはずなのに、終ぞ至れず、失意のうちに死んだ自分を。

 

 

『オレも、もし至れていたらああなっていたのか? だったらオレは……』

 

(ああ。そうだな)

 

 

 自分だったらどう思うだろうか。

 彼らのように欲しいものを得たはずなのに、最後にはなにも残らない。そんなものになりたいと思えるだろうか。

 

 答えは否だ。

 

 友がいて、仲間がいて、恋人がいる。

 何よりも価値があると思える宝物がある。

 なのに最後にはそれらが失われ、何も残らないというのであれば。

『英雄』というものが、時にそれらを守ることすら許されない存在であるというのであれば。

 

 

 

 

 

 

 

「『英雄なんてクソくらえ(ガイギャックス)』……だ」

 

 

 青年戦士は思いの全てを込めるように呟いた。 

 その言葉が皮切りとなったように薪の王はたたらを踏むように数歩後退り、力尽きたように膝をついた。その姿が光の粒となって解けていく。

 まるで世界へと還っていくように。

 それを見届けてから、青年戦士にも限界が訪れ後を追うように倒れ伏した。

 

 それを見た仲間達が慌てて駆け寄ってくる。

 

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……!!」

 

 

 女武闘家が倒れた青年戦士を抱きかかえながらひたすらに謝罪の言葉を落とす。まるでできることがそれしかないというようだった。

 いや、実際それしかすることしかないのだ。

 既に一党の保有する回復薬(ポーション)は使い切っており、回復の奇跡を使える者も一党にはいない。強いていうならば包帯等があるぐらいだ。

 そして青年戦士の傷は、そんな止血程度でどうにかなる傷ではなかった。

 

 

「謝んなよ……」

 

 

 そんな彼女を慰めるように、青年戦士は息を切らしながらも言葉を漏らした。

 

 

「俺のため、だったんだろう……?」

 

 

 女武闘家が暴走したように飛び出した理由。それはなんてことない理由だった。

 

 早く戦いを終わらせようとした。

 ただ、それだけの理由だった。

 

 これ以上仲間が、友が、恋人が、大切な人達が傷つくのが嫌だった。

 女魔術師の魔法は切り札だから簡単には切れない。盗賊商人と青年戦士の攻撃力では倒しきれないかもしれない。

 でも自分ならば。

 その一心で飛び出したのだ。

 

 そんな彼女を愚かだと嘲笑う者もいるのかもしれない。

 それでも、彼が愛したのは、そんな愚かしくも心優しい女だった。

 

 

(ああ、クソ……)

 

 

 視界が霞み、闇へ沈もうとしていく。(ソウル)の炎は未だ尽きず、されど肉体は限界を迎えようとしていた。

 

 女武闘家の慟哭の謝罪の声が広間に響く。

 女魔術師と盗賊商人はただ沈痛な面持ちをしながら沈黙を保っている。

 光も闇も尽き、(終わり)に満ちたこの世界に新たな終焉が訪れようとしていた。

 

 

 

 

 

「おーい。だいじょうぶー?」

 

 

 その時、この地に新たな太陽(はじまり)が訪れた。

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────────────────────ー

 

 

 

 

 

 

 失敗した。最初にそう思ったのは何時だっただろうか。

 

 その身を火へと投じ、耐えがたい苦痛を受け始めた時だろうか。

 届いていた子供達の支援が次第に少なくなり、ついには届かなくなったと思った時だろうか。

 意識も朦朧とし、自分が何をしているのかわからぬ中、ただ守護らなければと思いながら何者かと戦い、負けたあの時だろうか。

 

 それとも、そんなこと思いもしなかったのか。

 

 

 

 いずれにせよ、この地に来てからそう思ったのは確かだ。

 何も守護ることができなかった。愚かで、無力で、矮小な男。それが自分だ。

 

 

 この(せかい)を、四方世界と呼ばれるこの地を見るがいい。

 

 周りには(せかい)を見守る者達がいる。彼らは皆、自分と同じかそれ以上の力を持つ者達ばかりだ。

 (せかい)の中には勇者がいる。災厄を打ち払い、希望を齎す力ある者達がいる。

 そして力無き子供達も、悲劇に見舞われど、それを乗り越え平穏に過ごしている。

 

 同一のモノではなくとも、自分の故郷のモノもこの(せかい)へと混ぜてもらった。

 もう十分だ。

 

 

 だから……―――

 




これが青年戦士たちの最後の冒険譚。語るべきラストエピソード。

あとは青年戦士達のその後のエピローグと、男神ことグウィンのその後の話の二話で終わります。

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