ゴブリンスレイヤー ~魂を継ぐ者~   作:ウォルナット

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日が暮れる、夜が来る

 

 音の響いた方を見る。

 盾が割れて壊れてしまっていた。装備していた腕には一見異常はないが違和感を感じる。もしかしたら骨に罅くらい入っているかもしれない。

 

 デカブツの方を見る。

 ……関節が1つ増えている。いや、手と肘の間の骨が折れたのだろう。

 踏み込みで距離を縮めた分おかしなところに負担がかかるようになり、自分の力とこちらの力が一気に骨が折れた場所にかかったのかもしれない。

 デカブツはなにが起こったのかわからないといった表情を浮かべている。

 

 それを見て思う。

 

(……勝機!!)

 

 今度は意思と身体(ソウル)(あやま)たず、

 

「ああああああ!!!」

 

 口から洩れるのは本能の悲鳴か理性の咆哮か、それすらわからぬまま動き出す。

 

 

 

 腰に吊ったままになっていたナイフを抜き放ち、

 

 呆然として隙だらけになっているデカブツの懐に飛び込み、

 

 無防備な首筋にその刃を突き立てた。

 

 

 

 世界が止まったかのような静寂がよぎる。しかしそれはパキリという音と共に終わりを告げた。

 手に持ったナイフが役目を終えたとばかりに根元から折れていた。それとともにデカブツの巨体が後ろに傾き、ズンと巨体に見合う音をあげ倒れる。

 

 2秒、3秒と倒れ伏したデカブツを眺める。それでも動かないのを見て死んだと確信し安堵の息を吐く。

 

 そして再び息を吸い、

 

「痛ってぇ……!!!」

 

 苦悶にうめいた。

 痛い。めっちゃ痛い。これやっぱ骨に罅くらい入ってるんじゃないのか? 頭の中が痛いで埋め尽くされるくらい痛い。

 

「ちょ、ちょっと……大丈夫?」

 

 幼馴染も気を取り直したのかおれを心配してきた。

 

「ふう……なんとかなったみたいね。神官、治療してあげて」

「は、はい! 奇跡を使います」

 

 とりあえず状況が落ち着いたと思ったのかそれぞれ弛緩した雰囲気が漂う。それがよくなかったのだろう。

 

 いままで潜伏していたのか、横道から躍り出る影が一つ。

 

「え!?」

 

 影、ゴブリンは女神官がこちらに向かってきたことで一人になった女魔術師に襲い掛かる。

 おれはもちろん幼馴染も女神官も距離があって対処できない。女魔術師も気を抜いていた分反応が間に合わない。

 誰も動けない。世界がゆっくりと流れているように見える。もうダメだ。

 

 そう思った時、入り口の方の闇から銀光が奔った。

 

「GO!?」

 

 気付くとゴブリンの首に投げナイフが突き立っていた。

 

 思わず入口の方を見るといつの間にか誰かが立っていた。

 

 

 

 薄汚れた革鎧に鉄兜、小さな盾を括りつけた左手に松明、右手には中途半端な長さの剣を持っている。

 まるで幽鬼のような立ち姿の男。

 

「あ、あなたは……?」

 

 誰ともなく誰何の声を上げる。

 

小鬼を殺す者(ゴブリンスレイヤー)」 

 

 

 

 

 

 

「ふう……」

 

 ため息を一つつきベッドに腰掛ける。それだけで安宿のベッドは軋み嫌な音を上げた。

 時は流れ今は夜。ここは街での拠点として取っておいた安宿の自室だ。

 安宿らしく明かりなどという上等なものはなく、窓から差し込む月明りだけが唯一の光源となる部屋でベッドに横たわりながら今日のことを思い返す。

 

 あの後おれたちはゴブリンスレイヤーと名乗った人の力を借りて依頼を成功させた。……いや表現は正確にしよう。あの人に依頼を達成してもらった。

 ゴブリンスレイヤーは見窄(みすぼ)らしいと言ってしまえるような装備に反してその階級は銀等級(在野最上位)の凄腕らしく、鮮やかな手腕で洞窟を攻略した。おれたちはほとんどその後に付き従い指示に従ったにすぎなかった。

 ゴブリンスレイヤーは別にそんなことする義理も道理もないだろうに道中いろいろなことを教えてくれた。内容はほとんどゴブリンの生態などに関する内容だったが。

 

 ゴブリンは野山で集めた草や自分たちの糞尿、唾液等を混ぜて拵えた毒を使うこと。

 幸いおれたちは攻撃を食らわずに済んだが、解毒薬(アンチドーテ)を用意していない現状それだけで死んでいたかもしれないと思うと肝が冷える。

 

 あのデカブツは田舎者(ホブ)と呼ばれていること。

 入り口や横道のあたりにあったできの悪いカカシ、トーテムは呪文遣い(シャーマン)がいる証であること。

 田舎者(ホブ)にしろ呪文遣い(シャーマン)にしろ変異種なんてものがいるとは思わなかった。他にもより強力な変異種もいるらしいことも教えてもらった。

 

 そしてゴブリンどもにはオスしかおらず、繁殖のために他種族のメスを攫い『孕み袋』にすること。

 ……おれたちの依頼にあった攫われた娘もまた凌辱を受け汚物にまみれた姿で発見された。おれたちも負けていたら仲間たちもああなってたと思うとなかなか()()ものがある。

 

 なにより、

 

「奴等は馬鹿だが、間抜けじゃない」

 

 ということ。

 

 考えてみれば当たり前のことだ。ゴブリンの特徴は子供並みの背丈、それと同等の膂力と知力を持つというもの。つまりおれたちが子供の時にやったいたずらや、それを隠そうとする悪知恵なんかを持ち合わせているということだ。

 同年代の子供2人3人なんていう少人数で行ういたずらでも大人たちは手を焼いていたのに、それを10匹20匹という集団でやるんだ。しかもやつらはこっちに遠慮する必要はない。どこまでも残酷ないたずらを仕掛けてくるだろう。その脅威は語るに及ばずといったところか。

 

 そんなことを思い返しながら枕元に置いてあった薄汚れた短剣を手に取り鞘から抜き、曇った刀身を月光で照らし眺める。

 この短剣はゴブリンの群れのボスであったゴブリンシャーマンが隠し持っていた物だ。

 ゴブリンスレイヤーによればゴブリンは気に入ったものを自分の物とする時があるらしくこれもその一つだろうということだった。ただ奪うことはしても大切にすることはしないらしく、この短剣も手入れされていないためだいぶ傷んできている。

 傷んでいるとはいえ手入れすればまだ使い物になりそうだったので、壊れたナイフの代わりに持って帰ってきた物だ。

 ギルドにも確認を取りそのまま使っても良いとのことなので使わせてもらうことにした。あまり推奨されることでもないので釘は刺されたが。

 殺して奪う(ハックアンドスラッシュ)は冒険者稼業の華とは言え奪う価値のないものを奪うのは、その程度の物を手に入れることもできないと判断されるかららしい。

 

 

 

 短剣を眺めながら今日の冒険を思い返し反省する。

 今回はダメなところが多すぎた。

 

 装備はできるだけ整えたがその他のアイテム類の準備はできていなかった。ポーションの類も持ってなかった。

 腕を怪我した時も神官さんがいなかったらおれはどうするつもりだったんだ。

 

 幼馴染の勢いに負けたとはいえ依頼の内容を洞窟に入る直前まで確認しようとしなかった。

 夢の中で相手のことを知らなくて対処できず死ぬなんてこともいくらでもあったろうに。

 

 なによりホブゴブリンに攻撃される時に諦めそうになった。

 あの時不思議なことが起きなければおれはここにいなかったことだろう。どうにもならない時はあるにせよ足掻くべきだった。

 

 他にもたくさんの反省がよぎる。

 

 一通り反省を済ませ思う。

 今日はもう寝よう。

 そう思い眺めていた短剣を鞘に納める。今日の反省を心にしまい込むように。

 この短剣は初めての冒険の戒めとしようと思う。

 

 

 

 その夜も夢を見た。

 昨日も見ていた亡者たちの街を攻略する夢。昨日は亡者たちが屯する場所を通り抜けようとして失敗した。

 今日は同じ轍を踏まず丁寧に倒していき無事攻略に成功したのだった。

 




戒めの短剣

ゴブリンの巣の首魁であったゴブリンシャーマンが隠し持っていたもの。
劣化具合等からそう遠くない時に犠牲となった何者かの持ち物と思われる。
品質としてはただの店売り品であり、特筆すべき点はない。

元の持ち主も決してこんなことになるとは予想していなかっただろう。
明日は我が身とならぬよう、戒めを忘れぬようにすべきだ。
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