「ごめんなさい!」
そう言って女神官はあたしたちの元から去っていった。
よくある話だという。
辺境の村からゴブリンに女が攫われることも。
その救出の依頼を新人冒険者が請け負うことも。
その冒険者たちがゴブリンごときと侮り返り討ちに合うことも。
そして多くの新人が自分たちがその立場になるとは思っていないことも。
あたしは辺境の街の安宿の自室のベッドに寝転がりながら後悔に苛まれていた。
悔しかった。
お父さんに武術を習っておきながらうまく戦えなかった。
もっとうまくできると思っていた。
お父さんに武術を習うときに口酸っぱく言われた残心を忘れ、無様にも背後を取られた。
なにより恥ずかしかった。
背後を取られ奇襲を受けて殺されかけてあまつさえ失禁したのもそうだけど、自分がそんなふうにうまくできる人間だって思ってたのがなによりも恥ずかしかった。
そんなことがグルグルとずっと頭の中を巡っている。
自信満々にパーティーに誘っておきながらこの体たらく。女神官が抜けようと思うのも当然よね。
「やめちゃおうかな、冒険者」
そんな弱音も口からこぼれる。それもいい考えかもしれない。そんなふうに思いかけていた時だった。
コンコン、と扉をノックされる音が聞こえた。
誰だろうか? いや誰であろうと関係ない。今は誰にも会いたくない。
そう思っていたのになおもノックされる。
「起きてるかしら?」
女性の声。聞き覚えがある。これは……女魔術師?
「入るわよ」
拒絶の意思表示として沈黙していたのが裏目に出たのだろうか。特に鍵のついていない扉をそのまま開けて部屋に入ってきた。
「ごめんなさいね強引な事して。少し話がしたかったの」
「……あたしにはないわ。出て行って」
思わずきついことを言ってしまった。感情が制御できない。それもまた自己嫌悪したくなる。
「……今回の冒険、うまくできなかった事を悔いているのかしら? それとも自分はもっとできる人間だと思っていた?」
「……」
「わかるわ。私もそうだもの」
「……え?」
女魔術師が後悔している?
「……なにを後悔することがあるっていうの? あなたはうまくできてたじゃない」
「私が? まさか。たぶん今回一番無様だったのは私よ」
「……どういうこと?」
女魔術師は目を閉じてから少し黙り、それから語り始めた。
「私は都市にある賢者の学院という学校を卒業して冒険者になったわ。賢者の学院っていうのはね、頭の良さを認められた限られた人間しか入ることが許されない組織なのよ」
「……」
「私はその中でも優秀で通っていたわ。日に2回魔法が使える事を誇りに思っていた。冒険者になってもうまくやっていけると思っていたわ」
「……」
「今回の依頼もゴブリンごとき何するものぞって感じだったわね。だから神官さんや彼が不安そうだったり慎重論を唱えたりした時は内心見下してたわ」
「……」
「洞窟に入る前に口論になったでしょう? 本当は彼の考えが正しいかもしれないとは思ってたわ。でも認められなかった。それを認めてしまえば私が現実の見えていない考えなしの愚か者だということになってしまうから」
「……」
「洞窟に入ってからも自分の考えが認められなくて不貞腐れてた。結局自分の至らなさに気付いたのはゴブリンを1匹倒してからだったわ。私は魔法を……『
「……」
「思い直したのはその後だったわね。神官さんが奥から敵が来るって言ってたのを横目で見たら、不安そうにしながらも真剣に状況を見据えてたわ。それで自分にできることを探していた。それを見て私もできることをしようって思ったのよ。私でもあとゴブリン1匹は焼き殺せる。時間くらいは稼げるかもしれないって」
そんなことを魔術師さんは語る。あまり聞こえがよくないことだろうに何でもないように語る。
「今回の私は最悪だったって思うわ。他人を自分勝手な価値観で見下して、情報があってもそれが何を意味するのか考えもせず、都合の良い妄想をさも事実のように考えて他人の考えを受け入れようとしなかった。これが無様と言わずになんと言うの?」
「……」
魔術師さんはそう自己評価を下す。それは確かにあたしにも通じる価値観だった。
「……それで?」
魔術師さんがそんなふうに思っていたのはわかった。私と同じような考えの持ち主だということも理解できた。でもそれを語ってなにがしたいのかがわからない。
……いや、本当はわかっている。
「……私はこれからも冒険者を続けるつもりよ。このままでは終われない。終わりたくない」
「……」
「あなたはどうするつもりなのかしら?」
「あたしは……」
あたしにこれからどうするつもりか聞きに来たんだ。
「別に無理に引き留めるつもりはないわ。思ってたのと違った。そう思ってやめるのも仕方ないと思ってる。でも」
「わかってる! わかってるわよ……」
「……」
あたしは遮るように声を上げる。魔術師さんは今度はあたしの話を聞くかのように口を閉ざした。
「……あなたの言ったとおりよ。あたしもあなたと同じように思ってた」
「……」
「お父さんに武術を習ったあたしは強いと思ってた。ゴブリンに負ける事なんかないって思ってた」
「……」
「洞窟の前であいつがゴブリンを警戒しているのを聞いて、なんでそんなに気にしてるんだとは思ってた」
「……」
「実際戦ってみて、あいつの言う通りになった。うまく戦えなかった。最初の2匹はあいつの助けがなければ倒すこともできなくて、それを認めたくなくて後から来た3匹を一人で倒そうとした」
「……」
「それで倒せたと思って散々口酸っぱく言われてた残心も忘れて、後ろを取られて奇襲されて、殺されかけて失禁までした」
「……」
魔術師さんにそう語る。すごく情けなくて、みっともなくて、恥ずかしく感じる。
「正直冒険者をやめようかとも思ってた」
「……」
「でもあなたと同じように終わりたくないとも思ってる」
それとともに悔しくも感じていた。
「……だったら一緒にやり直しましょう」
「やり直す?」
「ええそうよ。私たちは失敗した。でもまだ
「……できるかしら? あたしたちに」
「わからないわ。私たちはもう失敗してるんだもの。これからも失敗しない保証はないわ。でもここで逃げたら絶対後悔する」
「……」
「たしかに1人ではうまくいかないかもしれない。でも2人でやればまだマシになると思わない?」
「……でも」
言ってることはわかる。でもまだ怖くも感じてその手を取ることもできないでいる。
そうして口籠っていると女魔術師がニンマリといった感じで口角を上げた。
「それにあなたは1人じゃないでしょ? いざとなったらあなたの王子様に助けてもらえばいいじゃない」
「なあ!?」
「あ、王子様って感じじゃないか。騎士? あるいは英雄かしら?」
「ち、ちが! 別にあいつとはそんなんじゃ……」
突然昼間の話を蒸し返されて慌てる。アタフタしてると、女魔術師が噴き出すように笑った。
「冗談よ。少しは元気出たかしら?」
「う……」
どう返すのが正解なのかわからず思わず言葉を詰まらせていると、まとめるように女魔術師が言う。
「まあ冗談はさておきあいつが頼れる男だってのは間違いないと思うわ。いざという時は頼りましょ」
「……うん」
その後もあたしたちは語り合った。
自分たちのこと。幼馴染のこと。いままでのこと、これからのこと。
それから女神官のこと。
話をあまり聞いてなかったなかったせいで勘違いしていたけど、女神官は別にあたしたちに思うところがあってパーティーを抜けたわけじゃないらしいと聞かされた。
ゴブリンスレイヤーに思うところがあってそちらについていきたいという話だったらしい。まだ話も通してないからどうなるかわからないらしいけど。
あとは部屋を変えろとも言われた。女なんだから鍵のついた部屋に移れという話になり、何故か2人でお金を出し合って同じ部屋に暮らすことになってたりもした。
嫌じゃないからいいんだけど、案外この人強引だなと思ったりした。
時は流れ、再び日が上り朝が来た。
昨日はそのまま同じベッドに眠った。朝目が覚めてからお互い照れたりもした。
そして今あたしは身支度を済ませギルドに向かっている。
幼馴染はもう来ているだろうか? それともまだ来てなくて待つことになるだろうか。
どちらにせよまずはごめんなさいと謝ろう。それからありがとうと礼を言おう。
そしてやり直そう。あたしたちはまだ、
これにて第1章は終幕となります。
第1章のテーマは人物紹介と作風紹介、そして問題児どもの意識改革回でした。
これからもよろしくお願いします。