ビコーペガサスのトレーナーはライダーがお好き 作:J・イトー
10/11、いろいろ修正。あと訳あってラストの掛け合い集をカットしました。思いついたコンビ全員分継ぎ足していくとなると、くどくなるかなと思ったので。
2/1、連載開始からの時間経過に伴いオリ主の『リバイスまでのライダーしか知らない』設定を削除しました。
ゼロから始めよう
トレセン学園──。そこは、およそ2000名もの生徒たちが在籍するアスリート養成機関。
自身のパートナーとなるトレーナーと共に、トゥインクルシリーズで戦うことを目指すウマ娘が集う場所である。
『決まったーっ!! 4番エキサイトスタッフが競り勝っての決着です!』
時は選抜レースの最中。それは定期的に学園内で開催される模擬レースであり、未所属のウマ娘たちが実力をトレーナーたちにアピールする場だ。
「おお、やっぱりあの娘か!」
「ああ、見事な差し脚だった。あれは伸びるだろうな。だが6番も……」
選抜レースの結果を見届けたトレーナーたちが、次々と口を開く。
「……」
そんな中、黙々とメモ帳にペンを走らせる一人のトレーナー。
彼は誰にも言えない、ある秘密を抱えている。
それは、自らが前世の記憶を持つ転生者であることだった。
休日に特撮を嗜むごく普通の社会人だった彼は、気付けばこの世界にいた。なにかのはずみで死んだのか、時空転移のボタンでも押してしまったのかは覚えていない。
物心ついてきた頃に前世の記憶を取り戻した彼は、やがてこの世界がフィクションの世界であることを悟った。仮面ライダーという作品が存在しないこと、馬という種族の代わりに馬の耳と尻尾が生えた容姿端麗な美少女『ウマ娘』が存在すること、そしてこの世界が彼女らを中心に回っていること。
始めは、もう仮面ライダーの歴史を追うことはできない、と絶望に打ちひしがれた。
映像会社に入れば似たものも作れたかもしれない。だがその立場に至ったとして、50年分の歴史を全て追う前に自分は寿命か引退を迎えてしまうだろう。
ならせめて、形は自分の中でだけでも留めたい。中学、高校生活はマンガ・イラスト部に入部し、何度もライダーを描いた。脳内の記憶のまま描けばいい、と舐めてかかっていたらすぐに難しさを思い知らされたのはいい思い出だ。特撮好きで通っていたので創作のヒーローでも描いていたのだろうと思われていたため、あまり踏み込まれることはなかった。
そうしてなんだかんだ二度目の青春を謳歌した彼は、とうとう就職を見据えた進路を考える時期に入った。
どうするかな、とふとテレビを点けると、久しく忘れていたウマ娘たちが競馬場に似た場所で走り競う映像が流れた。
トレーナーという職業が存在することを知ったのはすぐあとのことだ。そうだ、これにしよう。
今考えれば無謀無策な試みだった。しかしいくら前世でかじったことがない作品とはいえ、フィクションの世界に来たのにその主役たちと関わらない道を選ぶという無粋なことはできなかったのだ。
そうと決まれば、とこの世界の両親と家族会議を開き、トレーナーの道に進むことを承諾してもらった。急に熱が入った息子を見てさぞ驚いたのだろう、「画家にでもなるのかと思っていた」と母に言われたときは思わず苦笑したが。
ここぞとばかりに前世のアドバンテージを活かして勉強に励んだ。だがどうにもならなかったのは文系科目だ。現代文ではもとの世界から改変されたことわざや歴史の数々を知ったときは頭を抱えた。紆余曲折の末に養成所への試験に合格し、未知の領域であるウマ娘の育成のノウハウを学んで晴れてトレーナーとなった自分は今ここにいる。
とはいうものの、自分にはすぐ担当ウマ娘を持つ気はなかった。どれほど贔屓目に見積もっても自分は育成経験、実績ともにゼロの新人だ。向こうだって卓越した手腕を持つトレーナーに受け持ってもらいたいと思っているはず。
ウマ娘の方からの逆スカウトを待つにしても、自他共に認める(?)実力未知数な自分がお眼鏡にかなうはずがない。
そして自分は、現場の雰囲気というものを知らない。ある程度のセオリーくらいは教わってきたが、思考回路諸々が人間に等しい彼女たちを、ぶっつけ本番で相手にするのはさすがに辛いものがある。
それに、一応は教職だ。ゲームではないのだから、初めて担当するウマ娘にチュートリアル染みた心構えで指導するのは失礼に当たってしまう。
最初からなんでもかんでも完璧にこなせるのは、フィクションかそれ並みの才人のみなのだ。
故に彼が欲するのは、トレーナーの補佐を行うサブトレーナーの立ち位置だ。レースの様子をざっと書き記しているのは、その手土産にするためでもある。
食いっぱぐれないのはもちろんのこと、現場の空気や先輩の手腕を実際に体感できるし、独り立ちした後に口説き文句になるかもしれない。
せっかく狭い門をくぐってここまで来たのだ。なにもできずにクビ、ということになるのは御免被る。
(僕はヒーローじゃない。色気を出すなよ)
選抜レースは、まだまだ続く。
選抜レースが終了して間もなく、青年は自販機で買ったスポーツ飲料を脇に、気分転換と趣味を兼ねたイラストレーションに勤しんでいた。家にスケッチブックはあるが、流石にそれを持ってくるというのは気が引けたので、手帳の表紙の裏がその代わりだ。端から見ればメモをしているように見えるだろうか。
既に表紙の裏に描かれていたのは、仮面ライダーオーガの姿だ。555系列のライダーは頭にすぐ浮かべるデザインなので比較的描きやすい。
だが彼の魅力を最大限引き出しているとはとても言えない出来ではある。変身してすぐ、というていでオーガから見て左側から煽るアングルを選んだのは記憶が不鮮明な右の冥剣・オーガストランザーと首元を隠したかったからだ。
最後のプライドでオーガフォン含めベルトは完成させたが、手本なしでこれ以上のクオリティアップは難しい。
(んー……腕がなあ)
そして今はオーガの背後に存在する形で、ホースオルフェノクも描こうとしているものの、細部が思い出せない。なんとか頭部と胴体の蹄の意匠は描きこめたが、それだけでは納得がいかなかった。
ダメだダメだ、と閉じた手帳をいったんベンチに置いてドリンクを飲み干しゴミ箱へ放りこんだとき、視界の端に走る女性が目に入った。
「あっ! そこのトレーナーさん! 実はどうしても手が回らない仕事があって、空いていれば手伝っていただけませんか?」
緑色のスーツと帽子を身に付けた、慌てた様子の女性が話しかけてきた。この職に就いてすぐのときに、彼女から諸々の説明を受けたことがある。記憶によれば、駿川たづなという名前だったはずだ。
「え、ええ。わかりました。とりあえず歩きながら話は聞きますから、行きましょう」
良くも悪くも今は忙しくない。同じ学園の職員として、自分が助けになるなら是非もない。
ありがとうございます、と礼を述べるたづなと歩き出す。
ベンチに置いた手帳を、無意識に記憶の彼方に追いやりながら。
「よーし! 今日もパトロールだっ!」
そう意気揚々と学園を闊歩する、活発なウマ娘の名はビコーペガサス。よく同志でもあり頼れる先輩である、サクラバクシンオーとパトロールをして回っていることで知られるヒーロー志望のウマ娘だ。
しかし今日はその先輩はいない。すでにトレーナーと契約を結んでいる彼女は、打ち合わせなどがあるからとのこと。この間「清く正しく、遊び心のある方ですっ!」と嬉しそうに話していたのを聞いたことがある。
「あっ! 何か置いたままだ」
すると巡回を初めて間もなく、彼女は無人のベンチに置き去りにされた手帳を見つけた。
「知らない名前……誰のだろ?」
ビコーに心当たりはないデザインの柄だ。表紙に漢字表記の氏名が綴られていることから、ウマ娘の私物というわけではなさそうだ。
しかし端がところどころ擦れており、持ち主と長い間共にいたことが伝わってくる。
パラパラとページを捲ると、最近行われていたレースの内容とおぼしき文字の羅列が綴られている。
しかし中でも一際目を引いたのは、表紙の裏に描かれた頭にΩの記号を被ったような人型だ。
「んー……何のヒーローなんだろう」
特徴的なベルトから、ヒーローというジャンルには思い当たるが、詳細までたどり着けない──それもそのはず、そのヒーローたちはこの世界に存在しないのだから──。
ウンウンと考え込んでから間もなく、奥の映る存在に気づく。
「この蹄……もしかしてキャロットマンの仲間……いやライバルっ!?」
胸像に近い不完全な絵ではあったものの、彼女の勘は騎士と思わしき何者かを、この未知のヒーローのキーパーソンであると告げていた。
これを描いた人物に問い詰めたい。正義感と興味が合わさり、彼女に莫大なやる気を供給する。
「探さなきゃ!」
彼女はそう言って、学園のどこかに走り去っていった。
たづなに連れられてからしばらくして、一仕事終えた青年は、ある場所に舞い戻っていた。
「やばい、ないぞ」
そう緊迫した表情で探していたのは、数刻前に筆を走らせていた手帳だ。
役目から解放されて一息ついたときにようやく紛失に気づいた彼は、慌てて最後に手帳に触れていた場所に訪れていたのだ。
「そう乱雑に放った覚えはないし……どこ行ったんだ?」
いくら紙製とはいえ、マグネットでロックできる機能がある手帳だ。そう簡単に風で飛んでいくものではない。
誰かが持って行ったと考えるのが妥当である以上、その誰かが善良な心の持ち主であることを祈るほかなかった。
だが、あわよくば見つからないか、とベンチの下を覗き込んだり、辺りをキョロキョロと見回していると、突如声が届いてきた。
「見つけたーっ!!」
え、と洩らすより早く、見知らぬ人影、いやウマ影が飛び出してきた。
「このメモ帳落としたのオマエでしょ!? ゼンノロブロイの言った通りだ! 犯人は必ず現場に戻ってくるんだって!」
高いテンションでそう告げて手帳を手渡してくるウマ娘。口走った言葉はなんだか意味を誤っている気がするが、それはそれとしてメモ帳を拾って預かってくれていたらしい。
「あ、ありがとう。大事なものだったんだ」
「どういたしましてっ!」
探し物を受け取ったはいいものの、さてどうしようかと青年は考え込む。真剣に持ち主を探してくれていたらしいこの娘への礼を、言葉だけで済ますのは気が引ける。
「お礼といってはなんだけど、スポーツドリンクでも奢るよ」
「いいのっ!?」
満足してくれたらしい。早速すぐ近くの自販機に手持ちの硬貨を投入して目当てのドリンクを購入すると、彼女に差し出しベンチに座った。
「そういえば、聞きたいことがあったんだ」
ドリンクを半分ほど飲んで落ち着いたところで、そのウマ娘はそう切り出してきた。
「表紙の裏に描かれてたあのヒーロー、もしかしてキャロットマンの仲間なのか!?」
う、と青年は言葉を詰まらせる。『この世界に存在しない創作上のキャラ』というのは、考えてみれば説明に困る存在だ。自分の作ったオリジナルのキャラだ、と言い逃れるのは簡単だが、ファンとしての矜持が許さなかった。
どう濁そうか、と体感的には十秒にも近い一瞬を迷ったあと、言葉を紡いだ。
「うーん……そうじゃなくて、僕が昔から知っているヒーローなんだ」
視点を『前世の自分』に置かないようにしながら、青年は回答を続ける。
「優しかったから、誰よりも人間だったから、騙されて失意のどん底に落とされた。それでも、最後まで戦い続けた。守ると決めたもののために。そんなヒーローさ」
はっきり彼の魅力を言語化するのは、思いの外難しい。順序が前後しながら着地点にたどり着くと、相手も口を開いた。
「うーん……よくわかんないや。聞いてるだけだと訳ありな悪役ってカンジだけど……」
「あー……主人公に立ちはだかる存在ではあったし、言ってしまえばそうなんだけども……」
「でも、最後には主人公と仲直りして共闘するってカンジか!?」
「そうそう、それそれ! 他にも色々なヒーローがいて……」
食いつきのいい反応に、久々に興が乗ってきた青年は自分の知るライダーの話を、ある程度ぼかしながら語った。自由奔放な野生児の話、異形になってしまった男の話や、ただひたすらに正義に拘るのみではいけないと教えてくれた青空の戦士の話、友情に命を賭けた熱い漢の話など様々だった。
青年の熱もある程度引いてきたところで、少々魔が差した彼はいつか誰かがしたように質問を投げかけた。
「ねえ、君には……叶えたい夢はあるかい? 人生の全部を捧げられるくらいの、夢が」
「うん、もちろんっ! アタシの夢は正義の味方! 最強のスーパーヒーローウマ娘になることさっ!」
快活に返してくるその表情は、実に明るかった。レースを以てしてか、と訊けば頷いた彼女は、こう続ける。
「ああ! キャロットマンがレースに出走した回があってさ、アタシもあんな風になりたいなーって思ったんだ!」
「へえ。いいんじゃない? ライバルだっていっぱいいるし、難しいとは思うけど……決して不可能じゃないさ。納得できるまで追いかけてみればいい」
「それじゃあさ! アタシのトレーナーになってくれよ! アタシの知らないヒーローのこと、もっと教えてくれ!」
「……えっ?」
雑談感覚で話していた中の思わぬ逆スカウトに、思わず耳を疑ってしまった。緩みきっていた思考が、すぐに仕事に引き戻される。
「ま、待ってくれ。いつからそんな話に? 契約っていったって、まだ会ってすぐじゃないか」
「ん? でもオマエ、トレーナーなんだろ? それにすぐっていっても、あんなにヒーローについて語り明かしたばかりじゃないか!」
無垢な眼が「トレーナーは誰かのパートナーとなるものではないのか?」と訴えている。確かにそうではあるのだが……と内心頭を抱えながら反論する。
「いや、それはそうだが。互いに手の内っていうか手腕を知らないし……そのぉ……決め手が足りないだろう?」
「じゃあ明日、アタシがレースで一着を取ったら考えてくれよ!」
しかしウマ娘は、なおも食い下がってきた。こうなると彼女は自分に何を見ているのかが猛烈に気になってくる。
「えー、なんで僕にそこまで執着するんだい? 自分で言うのもなんだけど、まだ誰も担当したことのないヒヨッコなんだよ。君に満足いく指導ができるか……」
「ハートだよっ! 同じヒーローを愛する熱いハートの持ち主だからさっ! 今まで会ったトレーナーの中で、おんなじ趣味のヤツ、いなかったんだ。それに、キャロットマンだって初めてから戦うのが上手かったワケじゃないんだぞ?」
そう強い剣幕で言い募られると、確かにそうかもと思ってしまう。
たとえば平成ライダーの礎である仮面ライダークウガも、初戦には大いに苦しんだ。今でこそ当たり前なフォームチェンジも最初から使いこなせた訳ではなく、むしろ基本形態である赤のマイティフォームになかった極端なまでの俊敏さ、感覚という個性を持ったドラゴン、ペガサスフォームの初戦はそれに振り回され苦戦を強いられたものだ。しかしそれ故に、修練の末に彼がそれらをモノにしたときの感動は今でも覚えている。
だが、まだ踏ん切りがつかなかった。
「……でも、俺はそんなヒーローみたいなもんじゃ……」
「じゃああれだ! おやっさんだよ! ヒーローを導き鍛えてくれる、そんな頼れる相棒になってくれ!」
青年の知る限り、そんな若いおやっさんは見たことがなかった。しかし門前払いもさすがに酷、と思い直し始めていた彼は、とうとう根負けする形で要望を呑もうと決めた。
「……う、うーん……オッケー。分かった。明日のレース、楽しみにしておくよ」
「やったー!! 見とけよなっ! アタシの必殺技が火を噴くぜっ!」
勢いに押されてようやく青年が折れたことで、歓喜するウマ娘。
「じゃあアタシは寮に戻るよっ! じゃあな!」
「あぁ、ちょっと待ってくれ!」
踵を返して去ろうとした、その背中を呼び止めた。まだ肝心なことを聞いていない。
「そういえば聞いてなかったんだけど、君の名前は?」
「忘れてたっ! アタシはビコーペガサス! スーパーヒーローになるウマ娘さっ!」
そう言うとニカっと笑い今度こそ去っていった。
「ペガサス……いい名前だな」
(こんな奴らのために、これ以上誰かの涙は見たくない! 皆に笑顔でいてほしいんです!)
(観察と模倣が芸の基本。落語は凄えよ?)
彼の脳裏には緑と白の、笑いを愛する二人の男の姿がよぎっていた。
「……眠い」
ビコーペガサスを見送った帰り、青年は若干の眠気に襲われながら歩いていた。考えてみれば今日はレース観戦に、情報収集に、臨時業務にと、動きっぱなしだった気がする。
「ふぁ~ぁ……」
あくびをしたら少しはマシになったように感じた。すると潤んだ視界は間もなく、向こうから歩いてくる見知らぬ二人組を映す。
「言っただろ、君には無理だって。頭を冷やしてよく考えた方がいい」
「──へ?」
会話をしている面識のないトレーナーとウマ娘の二人とすれ違った。それだけだったが、その話し声は前世で何度も聞いた言葉と声色と酷似していた。
「でもでも、カイチョーはあれをいつもやってたんだよっ!?」
「だけど無理だよ、君には……彼女は三冠ウマ娘だから……無理だよ」
トレーニングかなにかの議論を行っているらしかったが、青年の耳には入らなかった。
「泉……いや木場さん……? いやいや、んなわけ」
夜の闇に消えていく背中へ向け、思わずいるはずのない者の名を呟く。しかし眠気に侵された脳みそは思考を拒み、住居までの自動歩行を再開した。
しかし、部屋に帰ってからもしばらくは、彼のことが頭から離れなかった。
「オーガ! オーガ! オーガ! オーガ!」
一万人の観客が入ったスタジアム。観客たちは、この舞台の主役の名を呼んだ。
やがて姿を現し、注目を一身に浴びた彼は、携帯電話型のツール『オーガフォン』に000の変身コードを打ち込む。
『Standing by……Complete』
ドライバーに差し込んだ青年が金の枠組みに覆われ、やがて黒と金を基調にしたスーツに姿を変えた。
「俺は、オルフェノクとして生きていく!」
力強い、決意に満ちた声が響き、観客が沸き立つ。
真紅の守り人と、漆黒の帝王が今、激突する──。
「ハッ」
目が覚め辺りを見回すと、寝る前と変わらない部屋の風景があるのみだった。
「夢か」
先ほどまで見ていた映像の正体をそう結論付け、ふと時計を見るとアラームが鳴るまで20分はあった。ため息をついてアラームを前もって解除し、覚えている夢の内容を脳内で反復した。
「……いるのかな、木場さん」
ありえなくはない。もし『ウマ娘が存在する作品』が『仮面ライダー』とコラボしていたとすれば、馬と馴染み深い彼がいるのはなんら不思議なことではなくなる。だが確信に至れないのは、昨日の自分が無能にも眠気に襲われていたため、『木場らしき人物とすれ違った』ということ以外おぼろ気になっていたからだ。
しかし、それよりも彼には優先すべき事柄があった。
「まあ、それよりもまずは目の前のことを片付けてからだな」
同じ職場に勤めているなら、木場らしき人物ともおそらく会う機会はある。そしてそれが今すぐである必要は、今のところない。
それよりも、と手近な菓子パンを朝食としてつまみはじめた。ヒーローの誕生を見届けるために。
『7番ハッピーミークが一着でゴールイン!』
選抜レースが次々と進む。本日のレーススケジュールも後半に差し掛かり、青年にとってはそろそろ彼女の存在を気にするところだった。
「さて、そろそろかな」
ペンを止め、次の走者たちに目を送る。目的のウマ娘はすぐ見つかった。
(随分落ち着いてるな)
昨日と変わらない堂々とした振る舞いに、どのような走りを見せてくれるのかと期待が高まった。
間もなく各員スターティングゲートに入り、出走の準備が整った。するとしばしの静寂ののち、ゲートが開く。
『各ウマ娘、揃ってスタートを決めました』
『これは位置取り争いが熾烈になりそうですね』
ビコーペガサスは周りと比べると平均的なスタートを切ったのち、少々すると後方に位置した。スプリンターでは少数派だと言われているが、おそらく差し・追込を戦術とするウマ娘なのだろう。逃げに失敗したと取れなくもないが、昨日互いに大見得を切り合った相手が、ここでそんなヘマをする娘だと思いたくはなかった。
展開は逃げを選択した別の二人のウマ娘が先頭争いをしているものの、全体で見れば間延びした印象だ。
遠巻きに見ると、ビコーの顔には焦りはなかった。
観察しているうちに、全体のペースが上がってきていた。短距離のレースは当然、終盤を迎えるのが早い。
『さあいよいよ直線だ! どのタイミングで誰が仕掛けるのか!?』
終盤に近づき、いよいよ仕掛け時。先頭に追いすがろうと後方集団もますます加速するが。
外側に回り、マークが外れている彼女を見て、思わずほくそ笑んだ。
──ヒーローは最後にやってくるものだ。
『5番ビコーペガサスが外からやってくる! すごい脚だっ!?』
最終直線に入ると同時に一気に抜け出してきた。
溜めた脚を全て解き放った彼女は、そのまま前の先行集団、逃げの二人を抜き去り、そのままゴールを突っ切っていった。
『5番ビコーペガサスゴールイン! 圧巻の走りで選抜レースを制したーっ!』
「ハーッハッハッハーッ! 見たかーっ! アタシのペガサスマッハストライク・零式っ!」
ウイニングランののち、ヒーローの変身ポーズのようなゴールパフォーマンスをとったあと、そう言った彼女を歓声が迎えた。
それからすぐ、彼女の周りはスカウトに向かった他のトレーナーたちで賑わっていたが、こちらを見つけると駆け寄ってきた。
「どーだった、アタシの必殺技は!」
「最後の加速のことかい? そんな技名があったことは初耳だけど……凄くイケてたよ。ヒーローみたいだった」
「トーゼンさっ! アタシはヒーローになるんだからなっ!」
ハッハッハッ、とまたまた愉快そうに笑うビコー。
「だけど、まだ開発途中なんだ、あの技」
素人目にはまだ速くするつもりなのか、と思ったが彼女が満足していないならそうなのだろう。
零、とわざわざ名前につけていたのは、そういう意味もあったのかもしれない。戦う度に強くなるのも、ヒーローがヒーローたる所以だ。
「だからさ、改めてお願いするよ。トレーナー。アタシにとってのおやっさんになってくれ!」
その言葉と共に差し出された手。ここまで来て誘いを蹴るのは、あまりにも無粋だ。
───腹は括った。手を握り返し、宣言する。
「ああ。一緒に完成させよう。そんでもって、二人でヒーローになろう」
今ここに、新たなコンビが誕生した。
「へえ。ビコーもかい」
彼らの一部始終を見届けていたウマ娘がひとり。
「? ビコー、ヒシアマゾンノ、トモダチ?」
その横で片言な日本語を話す男は彼女のトレーナーだ。
「いいや? ま、強いて言うなら困った妹分かね」
「デモ、ビコー、ハヤイ。ヒシアマゾント、オンナジ」
「そうかい。むしろ燃えてくるよ」
契約こそ今日したばかりではあるが、他でもない自分のトレーナーの言だ。自身に匹敵するかもしれない、大いに結構。むしろ血が滾るというもの。
「アマゾン、キョウカラ、ヒシアマゾンノ、トレーナー。ゼッタイ、カツ。ビコーニモ」
「もちろんさね」
二人の『アマゾン』がターフに吼える。
そして後日。
「そうか、あの少女が」
「ええ、私の頼もしい同志がトレーナーと契約を結んだとのことですっ! 強力なライバルの出現に、私の脚もウズウズしてます!」
親交深く、自分たちのライバルとなり得ると目していたウマ娘の登場に高揚する二人。
「好敵手との切磋琢磨は成長には不可欠だ。全力で競いなさい」
「もちろんですともっ!」
「魑魅魍魎跋扈するこのトゥインクル・シリーズ……君と、名護啓介がここにいる!」
「ええ! 共に爆現……いやバクシンしましょうーっ!」
ヒーローを志す二人の前に立ちはだかるライバルたちが、胎動する。
2024/8/23 追記
想定しているライダー×ウマ娘の組み合わせの構築・撤回が流動的になってきたので、組み合わせ表を削除しました。