ビコーペガサスのトレーナーはライダーがお好き   作:J・イトー

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青いバラ繋がりで。
性格にある程度補正が入ったそっくりさんのようになっておりますが、黒崎っぽさを少しでも感じて頂ければ幸いです。


コーカサスの章~GOD SPEED ROSE~
神速の1ページ


 ──後世に名を残したステイヤーがいる。

 

 誰も止められない、止まることなどあり得ないと思われていた絶対的な存在を、そのウマ娘は幾度となく下した。

 

 彼女は、常に青いバラを携えていたという。

 

 そのバラの意味を知る者は「神の祝福を授かった奇跡のウマ娘」と賛美し、またある者は「相手に不可能を突き付けるウマ娘」と畏怖した。

 

 しかしバラの知識の有無に関わらず、全員が彼女のレースをこう評する。

 

「漆黒のステイヤーの標的となったウマ娘は、戦う前に負けている」と。

 

 そして彼女な活躍の影には同じく青いバラを掲げるトレーナーが存在していたという。

 

 彼らにとって、そのバラは祝福を意味するキーアイテムだったのか? はたまた打ち破るべきジンクスの象徴だったのだろうか。いや、その両方だったのかもしれない。

 

『祝福』の名の下に『不可能』を打ち破った二人の記憶を、紐解いていこう。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

『勝ったのは6番アイアムクイーンだーっ!』

 

 選抜レースに勝利したウマ娘の名が読み上げられた。勝者は決まった。有望株が集まるトレセン学園において、一人のウマ娘が頭角を現した瞬間だった。

 

「……」

 

 騒然とするギャラリーの中から、微塵も表情を変えない白ずくめの男が去っていった。

 

 彼の名は黒崎一誠(くろさきいっせい)。トレーナーである。

 

 選抜レースに勝ったウマ娘の下に向かうことなくレース場を後にしたのは、スカウトできる自信が無かったからか? 違う。

 自身の指導方針と噛み合わなかったからか? 違う。

 能力への不満か? 帰結するところは似ているがやや異なる。

 

 ──覇気だ。それは強者が無意識に身に纏う風格というべきか。

 

 かつてGI七冠を達成したシンボリルドルフ然り、偉業を成したウマ娘には絶対的な何かがある。かつて種目は違えど勝負の世界に身を置いていた彼は、そういう類のものに敏感なのだった。

 

(先ほどの彼女……悪くない走りではありましたが……足りませんね)

 

 決して先ほど見届けたウマ娘のことを侮辱したいわけではない。きっと一着となるためにとてつもない努力を積んできたのだろう。それは理解している。ただ、黒崎の判断基準がそこに重きを置くものでなかったというだけだ。

 

「さて、最強の力……生み出すのはいつになるでしょうか」

 

 花瓶に生けた青いバラが存在を主張する自身のデスクに置かれた、見知らぬ分厚い書類の束を見ながらそう独りごちた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 二日経ち、纏めた書類を抱えて学園の廊下を歩く黒崎。

 差出人である理事長秘書・駿川たづなへの問い合わせや、全く面識のない重機業者とのやり取りに骨を折らされたものの、概ね問題なく業務は完遂していた。

 

 尤も彼には、どれほどの事情と財力があれば、重機やら大量のトレーニング器具やらを買い漁る決断に至れるのか全く検討がつかないのだが。

 

 次の選抜レースもある。手短に済ませてバラを愛でながら出走者の一覧に目を通したいところなのだが。

 

「わぁっ!? ご、ごめんなさい!」

 

「おっと……いえ、こちらこそ失礼」

 

 そんなことを考えていたら曲がり角でぶつかってしまった。疲労とはいえ周囲の警戒を怠ったか、と内心己を戒めつつ目の前のウマ娘に詫び、手を差しのべる。

 

「青……ですか」

 

 すると、右目を覆うような前髪に被さる帽子についた、一輪のバラに目が行った。

 

「うぇっ? いや、ライスの好きな花だからっ……!」

 

 衝突後の動揺でたどたどしかったが、黒崎の呟きを拾ったらしい彼女はそう返してきた。

 

「いや、悪く言おうとしたつもりはありません。私も同じ花を愛でていたもので」

 

「え、トレーナーさんも、なの?」

 

 同調を示せば、確認するように口にしたウマ娘に対し、黒崎は穏やかに笑んでこう続ける。

 

「ええ。私にとって、そのバラは強さを象徴するものですから」

 

「そ、そうなんだ。ライスはね、絵本で知ったの」

 

 その絵本の内容を彼女が語ることにはこうだ。庭に突然青いバラが咲いた。周りの花と比べると異質なその花は人々に蔑まれ、枯れてしまった。しかしそのバラに惹かれ引き取った『お兄さま』によって青いバラは再び咲き誇り、道行く人々に笑顔を与えたのだという。

 

「ほう……それはそれは」

 

 自分の愛する花の魅力とは実に変幻自在のようだ、とかつてこのバラの持つ二つの意味を知った時の情景を思い浮かべていた黒崎だったが、時間制限があることも頭にはよぎっていた。

 

「おっと、話しすぎてしまったようですね」

 

 珍しい趣向とは自分でも理解していた故にもう少し語らいたかったが、このウマ娘は間もなく授業の時間のはずだ。

 

「あ、ごめんなさい……ライスのせいで……」

 

「それはこちらも同じことです。それでは達者で。次はレースで会えることを楽しみにしていますよ」

 

「……う、うん」

 

 変わらずオドオドと頷くその表情に差す影の理由を、黒崎は読み取れなかった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 任じられた職務をすべて全うした黒崎は、無事に選抜レースの場へと赴いていた。

 今のところ、決め手となる娘は見つかっていない。感じるものはある、という娘も少なくはなかったものの、今の彼に妥協という選択肢はなかった。

 

「ライスさーん! ライスさんライスさんライスさんッ!? どちらにいらっしゃるのですか、ライスさぁぁーーん!! 学級委員長であるこの私が、あなたの出走が近いことをダッシュでお知らせしに参りましたよーッ!?」

 

 すると、突如大声でこの場にいない誰かを呼ぶ声が聞こえた。体操服姿なことから、彼女も出走者のひとりなのだろう。

 

「そういうサクラバクシンオーさんこそ、次のグループですよね? 出走準備、お早くお願いします!」

 

「ちょわっ!?」

 

 驚いて尻尾を立てた彼女はその後程なくして捜索を断念し、準備に向かった。

 

 選抜レースをボイコットとは珍しい、と物珍しげに聞いていた黒崎だったが、サクラバクシンオーと呼ばれたウマ娘が口にしていた名にはどこか聞き覚えがあった。

 

「……?」

 

 すると黒崎は、驚いたように自分の服にあしらったバラの装飾を見やった。

 

 黒崎にはどこからともなくバラの声が聞こえるときがある。いや、聞こえていたときがあったと言うべきか。かつて自分が戦うときに聞こえていた『彼女』の言葉はいつも強欲だった。

 どれほどの勝利を、敗者の涙を捧げても、『彼女』の渇きは収まらなかった。

 この道を歩んでからは何も物を言わなかった─聞こえていなかっただけかもしれないが─このバラが、再び声を挙げたのだ。

 

 バラから聞こえる声に従うように、黒崎はその場から駆け出した。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「ぐすっ……ぐすっ……」

 

 広大な学園の敷地内には、人目につかない場所というのは珍しくない。選抜レースという一大イベントに人が出払っている現在、それは尚更である。ライスシャワーはそこにいた。

 

「見つけましたよ」

 

 うずくまるライスシャワーに向け、黒崎は声をかけた。

 

「え、あなたは……なんでここが……」

 

「このバラの声に従ったまでです」

 

 衣服のどこからかバラを取り出し、そう語る黒崎。

 ライスは突然の来訪者の到来に驚いたのか、黒崎の独特な説明を噛み砕けなかったのか、呆けたような表情をしていたが、黒崎にとってはどうでもよいことだった。

 

「あなたの出番が巡ってきました。今から向かえば、あなた方ウマ娘なら間に合わない距離ではないはずです」

 

「……」

 

 彼女はしばらく黙ったままだった。

 力ずく、という選択肢はない。見た目に反し、驚異的な脚力とバリキを有しているのがウマ娘だ。蹴りで応戦されようものなら、鍛え抜いた人間でも無傷では済まないだろう。

 故に説得を選択しているのが現状なのだが、返答が得られないのではそれすらもおぼつかない。

 

「この学園において、走らないという選択肢は……」

 

「ラ、ライスはね……怖いの」

 

 ライスが口にした感情は、恐怖。黒崎にとっては縁のない感情ではあった。あえて相槌を打たず彼女が語るのを待つ。

 

「いっぱいトレーニングもした。何度も、変わろうとしたのっ……! だけどっ、レースに出るって考えると、怖くなっちゃうの……」

 

「……他者に敗北を喫することに、ですか?」

 

「ううん……『青いバラには絶対なれない』って、わかっちゃうこと」

 

 彼女が愛し、追いかけてきた花が、その心を縛りつけている。憧れとは時に皮肉なものだ、と黒崎はやや眉を顰めた。

 

「レースに出たら、ほんとのことがわかっちゃう。この先ずうっと、だめな子だって、わかっちゃうかもしれない……。そう考えたら、怖くて震えが止まらないの……!」

 

 目に涙を浮かべながら語る彼女の手は、確かに震えていた。

 

「っ、ごめんなさいトレーナーさん。もうライスのことなんか、あきらめていいから……!」

 

 そう言い残すと、その場を去ろうとするライス。しかし、黒崎に話を打ち切る気は毛頭なかった。

 

「青いバラの花言葉、ご存知でしょう」

 

 背を向けた彼女に、問う。

 

「う……うん。『夢叶う』だよ」

 

「正解……ではありますが、私にとっては不正解でもあります」

 

 え? と聞き返すライスに向けて黒崎は言葉を続けた。

 

「私がこのバラを愛でて間もない頃、これは『不可能』を意味する花でした」

 

 青いバラはもともと人工的に作り出すことが不可能な花であるとされてきた。それもそのはず、バラにはもともと青い色素が存在しなかったからだ。

 

「かつて、私が勝負の世界に身を置いていたとき、常にこのバラと共にありました。『自分が負けることなどありえない』と、結果とバラを以て証明しようとしたのです。……最後にある男に敗れ、そのキャリアは終わりを告げましたがね」

 

 一切の抑揚のない声でそう締められたものの、ライスはどう言葉を返すべきなのか迷った。『自分も苦労したから頑張れ』という同情での泣き落としを狙っているようには見えなかったからだ。

 

(でも……ライスは……みんなを不幸にしちゃうから……)

 

 ただし、彼女にとって永遠のジンクスが、諦めの言葉を紡がせようとうごめく。

 

「ですが、そんな時にこのバラは……私に新たな顔を見せてくれました。……あなたの言う『夢叶う』がまさにそれです」

 

 研究の末、青いバラは現実のものとなった。それに伴い花言葉も新たに与えられた、というのは有名な話だ。

 

「以前の私は、このバラを強さの象徴と称しましたが……花の魅力は強さのみにあらず。あなたの好む絵本で見せた可憐な美しさもそのひとつと言えるでしょう。ウマ娘もまた然り。もしあなたに走りの才が無かったとしても……無価値に堕ちるなどありえません」

 

 回りくどいが、ひとつの才に恵まれずとも他にあるということである。しかし、トレセン学園にトレーナーとして身を置く黒崎にとって、この論理は本心ではない。

 

「どんな可憐な花も、咲くまでは有象無象と変わらぬもの……そしてどのように咲くかはあなたの意志と歩み次第」

 

「ライスに、そんなことできる勇気なんてないよ……」

 

 未だ尻込む彼女に対し、ひとつ笑い声を漏らした黒崎はこう口にした。

 

「花が咲くことに勇気は必要ありません。ただ咲く理由があればよいだけです……あなたにとってのそれは?」

 

「……なりたい私に、なりたい。みんなを幸せにできる、青いバラに……!」

 

 ひと呼吸おいてそう答えたライスの瞳には、熱が宿っていた。

 

「ならば……走りなさい。今のあなたに出来ることはそれだけです」

 

「……わかった! わたし、今度こそがんばってみる!」

 

 火は点いた。後は彼女が結論を出してくれるだろう。

 

「なんでライスのこと……そんなに気にかけてくれたの?」

 

「……さあ。強いて言うならバラのよしみ、とでも」

 

 するとライスは納得したのかしていないのか、少々の間を置いて頷くとすぐにレース場に駆け出していった。

 

(バラは強い者にのみ微笑むもの……このバラが、彼女を望んだのなら)

 

 手近にあった何も咲いていない花壇に、手にしていたバラをポロっと落とすと、遠くなってゆく背中に向かい、駆け出していった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 やり取りから間もなく、ライスシャワーの番が回ってきた。黒崎が会場にたどり着いたのは、レースの中盤のときであった。

 

(……状況は?)

 

 外面を取り繕いながら息を整えつつ、状況の把握に努める。

 

 ライスの特徴的な帽子はレース時でも変わらず着用していたらしく、発見は容易かった。

 

 見ると彼女は二番手の位置につき、先頭のウマ娘に詰め寄っている。端から見れば『先頭とそれを追い抜こうとする二番手のデッドヒート』ともとれるだろうが、追い抜けないのではなく、あえて()()()()()()のだろうということは容易に想像がついた。平然とした顔で追走するライスに対し、先頭のウマ娘は彼女の存在を無視しきれず意図しない加速を試みていたからだ。

 しかし、引き離そうとも彼女は緩やかにスピードを合わせ、追ってくる。同じだけスタミナを使っている分互角、と思えそうだが、その消費を意図しているかそうでないかは大きな差だ。

 

『さあいよいよ直線だ! 後ろの娘たちは間に合うか!?』

 

 最終直線が近付き、全員がラストスパートを考える距離に入った。先頭のウマ娘はかなりスタミナを使っているようだったが、加速を止めなかった。

 気迫溢れるスパートに舌を巻く周囲だが、それが別の感情となるのはすぐ後だった。

 

「!?」

 

 ライスの眼に、炎が宿ったように見えた。

 黒崎にとって久方ぶりの、肝の冷える感覚。レースが動いたのはそのすぐ後だった。書き起こすならなんということはない。ライスシャワーが先頭目掛け加速しただけだ。しかし、尋常ではない程、という前置詞が来るが。

 

『───……────!』

 

 驚いたような実況の声が響くが、黒崎には何一つ聞こえてはいなかった。

 

 炎を幻視して間もなく、もの凄い加速を見せた彼女は、そのままゴールを通過していった。

 

『───ルイン……! 最後にとんでもない加速を見せました、4番ライスシャワーが、み、見事勝利を収めました……!』

 

 黒崎の鼓膜が本来の機能を取り戻したと同時に、デビュー前とは思えない驚異的な勝利を見せた彼女の名が読み上げられた。当の本人は、数秒前とは似ても似つかぬ実に穏やかな笑顔を浮かべていた。

 

 ──面白い。

 

 周りのトレーナーたちがまだ衝撃から解放されていない中、黒崎はひとり彼女に歩み寄った。

 

「おめでとうございます。実に素晴らしい勝利でした」

 

「あ、バラのトレーナーさん! やったよ!」

 

「ええ。バラの輝きにも劣らぬよい走りだったと感じましたよ」

 

 私と組まないか──と続ける前に、彼女から切り出された。

 

「トレーナーさんは、強さだけが魅力じゃないって言ったけど……でも、わたしは強くなりたい! レースに勝って、みんなをしあわせにしたいの!」

 

 すぅ、と息を吸ったライスは、間もなく決意したような声を放った。

 

「だから、わたしを担当にしてくださいっ!」

 

 言われなくともそうするつもりだったが、と言うのは憚られたので、純粋に、回答のみを口にする。

 

「もちろんです。最強の力を、その身に刻み込んであげましょう」

 

 別の世では『最強の刺客』と呼ばれた二人が、ここにコンビを組んだ瞬間だった。




妄想サポートカード
『バラに選ばれし者』
黒崎一誠(育成ウマ娘にライスシャワーを選択していないときのみ使用可能。サポートカードにライスシャワーを選択しているときは併用可)
レアスキル:余裕綽々

エピソード

青いバラの花言葉には二面性がある。『不可能』と『祝福』の両方を表したその花を掲げるあるコンビは、まさにその二面性を表す組み合わせだった。

「ウマ娘であろうが人間であろうが関係ありません。バラが見つめてくれるのは最も強く、最も美しい者…
私は、そのために闘うだけです」

最強の力を以て『不可能』を証明せんと闘う男。

「ぜったい勝って、だめじゃないライスになる。わたし、みんなをしあわせにしたいから…!」

『祝福』の名の下に、勝利を渇望するウマ娘。

青いバラに導かれた、チグハグながらもただ勝利を目掛け闘う二人が今、レースの舞台に姿を現す──。

「最強の戦い方を見せてあげましょう」



続きはない(海東)
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