ビコーペガサスのトレーナーはライダーがお好き 作:J・イトー
2話目を書いたときは「もうそろビコー出るやろ」と思ってたんですけど、まさか3周年になっても出ない可能性が浮上しているとは驚きです……。
2/13 追記
よっしゃあああああっっ!!
「ラスト一周! 気合を入れていけー!」
「……っ! オォォーッッ!!」
デビューを前にした最終調整として、ビコーにダートを走り込むトレーニングを指示していた青年は、クリップボードとストップウォッチを片手にラストスパートを見守っていた。
「しゃー! ゴールだぁぁっ!」
仮設のゴール板を通過した彼女は、非常に満ち足りた顔でダートへ倒れ伏す。
「ちょ、まだ寝転ぶんじゃない! ストレッチだ!」
「あ、いけねっ!」
まだ気を抜いてはいけない、とビコーを咎めると、思い出したかのように状態を起こして前屈を始めた。
クールダウンなしで運動後の時間を過ごすと、後の筋肉痛がひどくなることを日頃から聞かされていたためだ。
「……それやりながらでいいから、聞いてくれないか?」
ある程度距離を詰めてしゃがみ込むと、そう告げた青年へ向け、ビコーは視線を寄越す。
それを受け取ると彼が口にしたのは、間近に迫るデビュー戦についての話題だった。
最初に言っておく、と前置くと、誇張もなくはっきりと告げる。
「デビューももうすぐだけど……ビコーなら間違いなく勝てると思う」
ホントか、と嬉々として顔を寄せてきた彼女を押し留めてクールダウンへ戻すと、青年はある一言を洩らす。
「……それこそ末脚を切らしすぎずともね」
そう言うと解らない顔をしたビコーへ向け、思案していた事柄を口にした。
「メンバーの顔ぶれから、ちょっと気になる娘は様子を見に、とかしてみたんだけど……どうしても君の末脚を上回れる娘がいるとは思えなかった」
外向けには力を隠していた、とあればそう言い切れないかもしれないが、それでも短距離を走るビコーの末脚は同期の中でも飛び抜けていると考えたゆえの発言だった。
「今までは、差しとかで後ろからレースをするのが合ってるって言ってきたけど……今回は、いや場合によってはしばらく、君に先行策を使わせるかもしれない」
「え!? なんでだ?」
得意の作戦を封じる発言をしたトレーナーへ向け、ビコーは思わず声を上げる。しかしまさか目の前のパートナーが、自分に手を抜いて相手をしろと言っているようには思えなかった。
そんな彼女へ向け、少し困ったように男はこう釈明した。
「最初のうちは、言ってしまえば周りのレベルも控えめだ。そこで後ろからのレースをすると、他の娘が思ったより前に出てくれなくてこっちも抜け出せなくなる、というパターンが十分に考えられるんだ」
言うなれば現時点では実質的なブロックを受ける可能性が高く、それが一瞬一瞬の判断を求められる短距離走では大きなリスクとなり得ることを示唆した彼へ向けて、ビコーは悩ましげに唸った。
「……じゃあ、どうすればいいんだ?」
簡単だ、とトレーナーは頷く。
「先頭のすぐ後ろに着くんだ、それでタイミングを見て追い抜いて先頭に出る」
2番手でのレース運びを指示するその内容に、ビコーは考え込む。確かに、好機と見るなり先頭を躱せばよいその戦術は至極明快だ。ただし道中で前目につけていれば、その分末脚の決定力は必然的に衰えると思ったからだ。
「……不安かな? 言ったろ、君の末脚に勝てる娘はいないって」
それは微妙にズレた励ましではあったが、彼女の背を押すには十分なものだった。
「わかった! じゃあおやっさんの作戦、信じるよ!」
「……ありがとう」
どこか安堵したように笑う青年に、ビコーはなにやら可笑しさを感じてしまう。
「アタシなら大丈夫だ! 最後にバシッと決める、それが変わるワケじゃないだろ?」
「……そうだな!」
励まし励まされ、と先ほどから代わりばんこなこの状況に二人して笑みながら、トレーニングの後片付けの流れとなった。
「そーだ! こないだの話の続き、してくれよ! ほら、ヴァンパイアのヒーローのやつ!」
それはストレッチを終えたらしいビコーが、飛び起きてすぐに放った言葉だった。
初めて
「ヴァンパイア……あぁ、あれか」
彼女が挙げたのはおそらく、前に名護と渡との合同トレーニングをした後、流れに引っ張られて話していた『仮面ライダーキバ』のことであろう。
うら若き少女に、痴情のもつれを多分に含んだこの作品をどこまで誤魔化して喋るか悩んだのはよい思い出だ。
「どこまで行ったっけな……あ、主人公が兄さんと決闘するところからだったね」
DVDなりを見せてやるのが手っ取り早いのは承知だが、『仮面ライダー』という映像作品が存在していないこの世界では叶わない。そのため口づてで語るしかないのは記憶頼りになって不安ではあったが、それを上回るほどに充実した時間を送れているという満足感は存在していた。
(こんな話、ビコーぐらいにしか出来ないしなぁ)
この世界に存在しないヒーローの話題など、同期へ大真面目にしようものなら白い目で見られるのが関の山だ。
それゆえに、何も疑わず飲み込んでくれる彼女はとても都合のよい話し相手だったし、それが人心掌握に繋がるともあれば是非もなかった。
「おやっさんの教えてくれるヒーローたち、好きなんだ! みんな個性がある分持ってる正義も違ってさ、結びついたり、ぶつかり合ったり、認め合ったり……色々なドラマがあるんだよな!」
そうだな、と返しながら青年は自らの知る50年の歴史を遡る。
『悪の怪人と同じノウハウで造られた正義の味方』を原点に誕生したこのヒーローは、時代を追うごとに単なる勧善懲悪に留まらない、数々の正義のぶつかり合いを描くドラマへと傾向が移り変わっていき、手を替え品を替え子供たちとファンを魅了していった。
(ライダーの歴史は芳醇……とは誰が言ったかな)
いつか聞いたそのセリフを回想しながら、彼は語らんとしていた物語の整理を始めた。
まさかそのヒーローが身近にいることなど想像もしていないだろう、と苦笑しながら。
『さぁ本日の京都レース場でのレースも3Rまで来ました。続きましてはメイクデビュー、ダート1200mの戦いとなります!』
「忘れるな。2番手につけて、今だ! ってタイミングで飛び出すんだ、それで君は多分……いや絶対、チャンピオンになれる」
先日から口酸っぱく伝えてきたその指示を、緊張を堪えながら口にする。
ひと度レース場へ出れば、もう自分にしてやれることはない。計画の通り一着で帰ってきてくれることを祈るほかないのだ。もどかしいやらで気が狂いそうになる。
先日行動を共にした名護や渡も、かつて同じ感情を味わっていたのだろうか、と考えながら、任せろとガッツポーズをとるビコーを見つめる。
「見ててくれよ、アタシの……ヒーローへの第一歩っ!」
彼女との会話は、それまでとなった。その一言とともに身を翻した教え子の背を瞳へ映す。
青年はその後ろ姿へ、静かに親指を立てるのだった。
『いよいよ発走が迫りますメイクデビュー・ダート右回り1200m。実況は引き続き赤坂でお送り致します、そして解説は──』
パドックでのお披露目を終えた出走者一行はすでにゲート前に集結していた。ファンファーレの刻も近づくこの時間は、関係者の緊張もピークに達する頃合いだ。
「勝ってくれよ」
ピンクのハーフパンツと、15番のゼッケンを身に纏う担当へ向け、そう独りごちる。
『まずはこのウマ娘から紹介しましょう、ビコーペガサス! 大外の8枠15番からの出走です』
実況によって真っ先に読み上げられたその名によって、まばらな客席から声が上がるのが聞こえた。
台詞の通り、このレースは15人立てとなるので、今回は大外枠を引いてしまったことになる。わずかながらも距離のハンデを負うことになるその条件がどう結果に響くかは未知数だが、彼女には心強いアドバンテージがあった。
『初めてのレースでも動じていませんし、このまま自分の走りを見せて1番人気に応えてほしいですね』
そう、ビコーは一番人気だったのだ。初戦に前評判もなにもあるのだろうか、と突っ込まずにはいられなかったが、このメンバーの中で最も多くの人間に勝ちを願われているというのは、ヒーロー気質の彼女にはかなりプラスとなっていることだろう。
『続いて僅差での2番人気となりました、6枠10番ツリウムクロチャン』
『ちょっと元気がないように見えます。力を出し切れればよいですが』
続いて2番人気に推されたウマ娘の方を見てみれば、確かに表情は硬いように映るが、それでも警戒しない理由にはならない。
ビコーに末脚で勝る者はいない、と豪語しておきながら気まずいが、気は抜かずに取り組んでほしい、と願わずにはいられなかった。
『そしてこの評価は少し不満か? 3番人気は──』
その後、数名の紹介を終えた中継会場へファンファーレの音色が鳴り響いたのは、すぐのことだった。
「……なんだ、これ」
発走よりおよそ1分が経ち、向正面から全員がスタンド前へ差し掛かった頃、愛バのスパートを目の当たりにした青年はそう洩らしていた。
特に出遅れることなくスタートを切ったビコーは、大外枠もさほど苦にすることなく道中は2番手の位置についていた。そこまでは予定通りだ。ただし、いよいよ直線へ入ってくると勝負の様相が大きく変わる。
『突き放したビコーペガサス! これはセーフティリードか!?』
先頭をかわした彼女は、あまりにも鮮やかな伸びっぷりを見せてリードを開いていったのだ。
坂のない直線であるゆえ、前が止まりにくく逃げ・先行に若干有利な舞台であるとか、クロチャンら人気バがことごとく沈むとか、こちらに都合のよい要因は確かにあった。だがそれを差し引いても、この圧倒劇は異様だ。
「いっけぇぇぇぇっっ!!」
そう雄叫びを上げながらゴール板へ足を進めるビコーに、もはや追いすがれるウマ娘はいなかった。
『誰も追えない! ビコーペガサス、今ゴールイン!』
『ものすごいレースぶりでしたね、次の走りが今から楽しみです』
気づけばおよそ9バ身差の圧勝でレースを終えた彼女に、担当トレーナーでありながら唖然とした。
(これは……とんでもない娘だぞ)
持ち味を活かせればそう足踏みすることもないだろうとは考えていたが、どうやら彼女のことを見誤っていたらしい。
「……この娘は、ヒーローにならなくちゃいけないウマ娘だ」
──これから担当していくのは、自らの不手際で負けさせることが許されない才能の持ち主だ。
青年は、客席へ手を振る愛バの笑顔へ向け、そう決意を固めるのだった。
「……やるじゃないかい、ビコー」
そのとき、ビコーにとっては知人となる存在が、この戦いを見守っていた。
今日のメインレースのついでに、と目をかけていた後輩の姿を拝みにきたそのウマ娘は、トレセン学園に存在する二寮の片割れを総括する立場を務めながらレースに挑む身であり、名をヒシアマゾンといった。
「ビコー、マエヨリ、ハヤクナッテル!」
同じく大きく差をつけての圧勝劇を目の当たりにした彼女の担当トレーナーも、この光景に驚愕を隠せないようだった。
前に選抜レースで見たときとは一線を画すその戦いぶりは、二人に強力な同期の登場をより強く印象付ける。
「……こりゃブライアンだけ見ちゃいられないかもねぇ」
今日の観戦対象の本命に位置付けていたその名を口にした彼女の口調は、一見憂いげなようにも聞こえる。しかしその裏に、彼女の欲する勝負、もといタイマンへの渇望が煮えたぎっていたことは、火を見るよりも明らかではあった。
(……ぶつかるなら、年明けの地固めくらいってトコかね)
そして、これはビコーのレースより一夜明けた日曜の夜のこと。
「どうです、記事の調子は」
とある雑誌の編集部にて、京都のレースから帰社したカメラマンがコンビのライターへ声をかけていた。
「なんとか目処は立った。個人的には姉妹揃って勝利、というシナリオを望んでいた分苦しんだけどな」
手をつけていたパソコンを閉じると、伸びを行いながら進捗を口にしたライター。
表情へ疲労の色が浮かんでいるのを見たカメラマンは、お疲れ様です、と労いながら手持ちの写真を取り出していた。
「とりあえず、これ二日分のやつです」
そう差し出された束を受け取ったライターは、扇状にする形で一つ一つ確認していった。
「あ、そういえば……ひとり凄い娘がいたんですよ。これ、メイクデビューなんですけど」
ふとカメラマンが指さしたのは、いま口にしたウマ娘の勝ち姿を写したものだ。
「……これは」
凝視してみれば後ろに大きな差をつけていたことに気づき、ライターは思わずそう洩らした。
すぐさまパソコンを開いた彼は、URAのサイトよりレースの成績データを漁り出す。今週の京都レース場で開かれたダートのメイクデビューはひとつしかなかったため、見つけるのに時間はかからなかった。
「短い距離のレースだったんですけど、ここまで差をつけるとは想像してなくて、思わず」
夢中で撮影していた、と笑うカメラマンをよそに、規格外の勝ちっぷりを示すデータを前にして呆気にとられるライター。
距離が狭まれば、その分着差は生まれづらくなる。短距離走ともなれば尚更だったが、その点2着に1秒以上もの差をつけていた彼女は異常と言えた。
「それに、さっき桃井さんにも見せたら気に入られちゃって。密着取材、なんて話も出たんですよ」
「編集長が?」
自分たちの上司も興味を抱いていると知り、顎に手を添えると考え込むライター。まだ口頭のみではあるものの、おそらく確定事項となっているだろうその仕事を前にしての長考へ耽る彼に、カメラマンは笑いかける。
「もし話が来たら、お願いしますね、レンさん」
「……ああ。シンジ」
ヒーローを志す有望株・ビコーペガサス。その才能は、徐々に周囲の注目を集めつつあった。
本作に乙名史記者は多分出ません。その代わり、オリ主くんがまたひっくり返る誰かがやってくることに。
それとレース描写はしょってごめんなさい。ビコーのデビュー戦は映像が見つからないし新馬戦だからあまり有名な馬がいないしで書ける気がしなかったのです。
ついでに今更ですが、一応この世界に登場するライダー側の登場人物は、龍騎最終話みたく「ライダーのいない世界」をモットーにキャラを改変しています。
そのため肉親の死別がなくなったり種族が変わったりとか色々あるのですが、詳しいことはまた別の機会に。