ビコーペガサスのトレーナーはライダーがお好き 作:J・イトー
そういえばゾルダとアルダンって似てますよね……似てない?
これで4人目のライダーになるのにひとりも一号ライダーがいないってどういうこった。
その娘、アルダン
──生まれつき、ガラスのように脆くあった脚。
走者を志すウマ娘らにとってはひたすらなハンデを強いることになるその宿命を抱え、走るウマ娘がいた。
彼女の名は、メジロアルダン。
のちに彼女は、「黒星を白星にする」敏腕トレーナーによってトゥインクルシリーズを風靡することとなる。
──刹那の世界が、終わる刻まで。
この扉をくぐるのは何度目だろうか。
それなりに長い間身を置いた病室を後にし、院内エントランスに向かったメジロアルダン。
少し歩くと、すぐさま見知った顔と出会うこととなる。
「……あっ!! アルダンさーん!!」
こちらを捉えるやいなや、元気のよい声でこちらに駆け寄ってくるウマ娘。彼女は名をサクラチヨノオーといい、アルダンにとって特に親密な間柄の友人である。
「まあ、チヨノオーさん。まさか出迎えてくださるなんて」
今日が退院日になることは事前に伝えていたとはいえ、病院まで駆けつけてくるとは予想外だったアルダンは嬉しそうに返す。それと同時に人差し指を口に当ててボリュームダウンを促しながら。
「あ、静かにしなきゃですよね、すみません……そ、その、アルダンさんが無事に学園に戻ってこれるのが嬉しくて!」
ばつが悪そうに頬を掻きながらも、まっすぐに退院を祝ってくれた彼女に若干頬を緩めたアルダンは、そのまま共にカウンターまで向かう。
受付の職員に手続きを申し出るとそのままそれを完了させた彼女は、入り口に向かう。
「アルダンさんがいない間も、ずっとチヨノートの更新も続けてましたから! 最近書いたのは──」
自作の格言をメモに書き込む癖のある、友人の与太話に付き合いながら歩いていたアルダン。
「ふふ。それは……あっ」
しかし、話し込んでいてわずかに体がヨレたのだろうか、後ろから追い抜こうとしていたらしい他の男性と肩をぶつけてしまう。
「……」
疑り深そうにこちらを睨んだ長身のその男性は、すぐさま無言で出口へ向かっていった。
「な、なんですかあの人! ぶつかったのに、ただの一言もないなんて──」
「チヨノオーさん、私は大丈夫ですから」
アルダンが病弱ということもあるのだろう、男性の態度にあからさまな憤りを見せるチヨノオー。しかし特に傷を負ったワケでもなし、取り立てて苦情を言うほどのことでもないと考えたアルダンは彼女をなだめていた。
(あの襟のバッジ……もしやトレーナーさんだったのでしょうか)
ぶつかったときの一瞬で、男性が身に纏っていたスーツの襟にトレーナーバッジを目にしていたアルダン。
思わず男性が去っていった方を見やると、なにやら強面な別の男性に出迎えられて車に乗り込もうとしていた。
この光景で自分も車を待たせていることを思い出したアルダンは、チヨノオーの沈静化のついでとばかりに会話に区切りをつけた。
「そうです、家の方が迎えの車を用意してくださっているので、そこで先ほどの話の続きを聞かせてくださりませんか?」
「……それでしたら」
ひとまず矛を収めたチヨノオーに胸を撫で下ろしながら、病院を出て自らの車に向かう。
こうして一触即発の雰囲気は、すぐさま握りつぶされていった。
そしてこれが、のちのパートナーとなる二人のファーストコンタクトであったのは、まだ知る由もない。
「クロをシロにする……ですか?」
退院からしばらくして、久方ぶりにメジロ家の面々との茶会に興じていたアルダン。夏場ゆえに庭園ではなく屋敷内での集まりとなっていたそのひとときの中、彼女はとあるトレーナーの噂話を聞かされていた。
「ええ、評価に劣るウマ娘を勝利へ導く手腕に長けていらっしゃるとか……人間性についての保証はされていないようですが」
紅茶を啜りながらマックイーンが語ることには、新たな担当ウマ娘を探している腕利きのトレーナーがいるとのこと。
しかしそのトレーナーは腕が立つ一方で、私生活の奔放ぶりと同僚から不興を買いやすい性格の持ち主であるゆえに他のトレーナーたちから讒言、流言等のネガティブキャンペーンに遭って成果が芳しくないらしい。聞けば物事の判断基準が金であるという守銭奴ぶりや、手段を選ばないダーティな面がクローズアップされて伝えられているせいで志願者が寄りつかないのだという。
「ルールを犯しているワケでもない人物をむやみに蔑ろにするのは許されることではありませんが、振る舞いに原因の一端があるのもまた事実……家の名誉を考えれば付き合いは慎重になるべき相手ではありますわ」
自らの示す姿こそ家の品位に直結し得ると考えるマックイーンにとっては、自業自得とは言わないまでも、下に付きたくはないというのが偽らざる気持ちだった。
しかし反対に、アルダンはそのトレーナーに前向きな興味を抱きつつあった。
金銭への執着は、見方を変えれば担当が勝って儲かりさえすれば、方向性にまつわる衝突などが起きづらいということでもある。
手段を選ばないというのも、もともと脆い足を持って生まれた自分に当てはめればひどく都合がよい。ハンデを背負っている以上、それを埋めるためのプラスアルファは必須だからだ。
「ど、どうしましたのアルダン?」
「……? ああ、いえなにも」
戸惑うように声をかけてくるマックイーンに、慌てて取り繕う。もしや口角でも上がってしまっていたのだろうか。
(さて、あとは誰から場所を聞き出すか、ですね)
どんな伝手を使って探り出そうか? 茶を啜るアルダンの頭は、件のトレーナーへのコンタクトに向けて動き出していた。
「……聞いた通りなら、ここにいるはず」
とあるトレーナー室の前に足を運んだアルダンは、紙切れのメモと現在地に相違がないかの最終確認を行っていた。
(あとは相手が話を聞いてくれるかどうか)
性格に難あり、とは飽きるほど聞かされた身ゆえ、最大の懸念は門前払いになることだった。
身内には事後報告という形で話を通すつもりの彼女には、出直しを喰らっている時間はなかった。それに、こうしている間にも脚に残された時間はすり減っているのだから。
夏の暑さゆえか緊張ゆえか、額に浮かぶ汗を拭うと深呼吸を行うアルダン。
「……コホン」
咳払いののち、意を決してノックを行った彼女。
はーい、という返事が部屋の中から飛んですぐ足音が近づいてきたことから、在室にまず安堵していると間もなく扉が開かれた。
「……どうも、何か用っすか?」
出迎えたのは、ギャルソンエプロンを身に纏う強面の男性だった。外見に似合わず、意外にも真摯さが垣間見える物腰からは、評判のような悪辣さは伺えない。もしや人違いではないだろうか。
「失礼。ここに腕利きのトレーナーがいるとお聞きし、参上しました。……あなたが『クロをシロにする』北岡トレーナーでいらっしゃいますか?」
聞き付けた名を口にし、挑みかかるような声色でそう尋ねると、相手は何やらばつが悪そうに頭を掻きながら返答してきた。
「……先生のことですかね? すいません、今は部屋を空けてて」
目的の人物の不在を告げられ、若干硬直するアルダン。どうやら目の前の相手は北岡とは別人であるようだ。しかし口ぶりからサブトレーナーないし部下の立場の人間であると悟った彼女が、どうにか取り次ぎを頼もうとしたそのときだった。
「吾郎ちゃん、駄目。修理屋すぐ来れないって」
アルダンの背後から別の男性が現れた。携帯電話を片手に吾郎と呼ばれた男性に話しかけた彼は、見ればアルダンを頭ひとつ分は超える長身だった。
「そうっすか……しばらくは扇風機でも回してもらうしかなさそうですね、先生」
話を聞くに冷房の故障について問い合わせていたらしい彼ら。思えば入室時に冷気が吹いていなかった、と逸れかける思考を引き戻し、吾郎の発言を噛み砕くと、後から現れた長身の男性の方がアルダンの探す北岡という人物であるらしかった。
「あ、それと先生にお客さんっす」
すると、遅れて吾郎に紹介された。北岡は怪訝そうにこちらを見つめると、なにやら煩わしそうな、呆れたような声色で、あることを口にした。
「……あんたさぁ、こないだ病院にいた奴でしょ?」
図星を衝かれ言葉に詰まった。つい最近の退院は家の人間とチヨノオーのほかには詳しく伝えていなかった。どの経緯で自分を知ったのだろう。
──いや。アルダンは退院にあたってのある一場面を回想した。些細なことではあったが、なぜか今の彼女にははっきりと思い出すことができた。追い越され際に肩をぶつけられたあのとき、その相手はこの男性ほどに長身かつトレーナーのバッジを携えた人物だったような──?
「悪いんだけどさ、ウチは病人上がりを預かる趣味はないのよ。他を当たってもらえる?」
不機嫌そうに続けた彼は、そそくさとデスクの方へ向かっていく。成程噂通りだ、とマックイーンの話を思い出しながらアルダンは苦笑してしまう。取り付く島もない態度ではあったが、構わず自己紹介を行うことにした。
「そうですか。ならば名前だけでも覚えていただければ幸いです。私は……メジロアルダンと申します」
恭しく頭を下げながら口にした名に、北岡の動きが一瞬止まったのをアルダンは見逃さなかった。先ほどと同じ怪訝そうな目を向けた彼は、結局デスクまで辿り着いて椅子に座り込むと、取り出した氷のうを額に押し当てながらこう口にした。
「……メジロのお嬢サマが何の用なワケ?」
嫌味ながらも少しは興味が出てきたらしい彼の態度に、いたずらっぽく笑みながらも、内心で手のひらをすぐに返さなかったことに驚いていた。
家名に執着がないのか、まだ相手を選んでいられる余裕があるのか。理由はアルダンには測りかねたが、逆を取られるよりはいくらか好感の持てる反応だった。
「単純です。私の……トレーナーになっていただきたく」
澱みなく口にした要求。え、と後ろの吾郎が短く洩らしたのが聞こえた。
「ま、それしかないかぁ……」
諦めたようなため息を含めながら言葉を紡いだ北岡は、くるくると椅子を回転させながら暑さからも現実からも逃れようとしているようだった。
「どうしたんですか、先生。せっかくの希望者ですよ? それもメジロなんて大手の家柄で……」
一方北岡の方へ駆け寄ると、アルダンに加勢するように言い募った吾郎。しかし、北岡の態度が軟化することはなかった。
「吾郎ちゃん、聞いてなかった? 俺はこの娘とこないだ病院で会ってるのよ、分かるでしょ? この意味」
それは、と吾郎の言葉が詰まる。茹だった頭が冷えてきたか、鋭い目つきに変わった北岡はさらに続けた。
「あんたは大丈夫って言うかもしれないけどさ、こっちにしちゃ病み上がりで無茶もさせられないってのは、ハンデとしてのしかかってくる訳よ」
アルダンの提案が、自身にとってリスクであることを包み隠さず告げる北岡。どうやら、この場で言葉を以て説得するのは不可能に等しいようだった。
「……病気が思い通りにならないってのは、俺が一番よく知ってるしな」
溢した小さい呟きは誰にも──少なくともアルダンの耳には──拾われなかった。
「でも、この娘の体が今どうかなんてわからないじゃないですか」
「そうだけどさぁ、それは走れるかどうかだって一緒でしょ? いい家の嬢ちゃんでも、いざレースになれば負け込むなんてザラにあるしさぁ」
こちらの肩を持ってくれた吾郎の言葉でも折れないらしい北岡に対し、いよいよこの場での合意が不可能であると悟ったアルダンは、アプローチの方法を変えることにした。
「……ならば、私の実力をお見せすれば、スカウトをお考えいただけますか?」
二人の口論の隙間を狙って放ったその言葉に、北岡が振り向く。
退院して間もない頃、どのみち走るつもりで理事長秘書・駿川たづなへ通していたとある要請を思い浮かべながら、彼女はカードを切った。
「次回の選抜レースに、私は出走を決めております。そこでご決断を願いたく存じます」
その願い出にひとまず矛を収めた北岡は、仕方なしという様子で当然の疑問をぶつける。
「一応訊いとくよ、どこのレース?」
「ダート1200m。そこで私の覚悟をお見せいたします」
な、と北岡が洩らす。たづなに告げた際にも同じ反応をされた、とアルダンは失笑を堪える。彼女の名誉のために付け加えるなら、それはあくまで得意の条件では出走希望者が埋まりきっていた故の判断であり、決して無策での挑戦ではなかった。
無論両者の反応は真っ当なものであるし、その判断の異質さは彼女自身も弁えている。デビュー前の選抜レースという段階にて、ターフを主戦場とするステイヤーを多く輩出する家に生まれた身で走るには、適性を考慮できない愚者と謗られても致し方ない判断だからだ。
「生き急ぎ過ぎでしょ。やめときなって」
事情をおおよそ汲んだのか、次を待った方が賢明だと呆れ気味に忠告する北岡。しかし構わずアルダンは続ける。
「──では、僭越ながらお訊ねしましょう。かのトゥインクル・シリーズにおいて、いつ何時でも思い描いた通りのレースを走れるものでしょうか?」
思い通りにいかないローテーション、突如崩れる天候、コンディション不良、不利なコース取り──。熾烈なシリーズにおいて強いられるであろうイレギュラーの数々。これらが襲い来るとして、それは勝利を目指さない理由になるのだろうか。
そう訊く彼女に、北岡は鼻を鳴らしながら答える。
「そうしてやれないトレーナーがいるなら、そいつはとんだ無能だね」
歯に衣着せぬ物言いの彼に、これでは交渉にならない、と苦笑しかけながらアルダンは続けた。
「なるほど。しかし私はこうも思うのです。いざ勝負を決める瞬間にて、一度でも退くことを覚えた脚は、前進を躊躇うものであると」
その一言に、北岡の言葉は塞き止められる。
「次の選抜レースは数ヶ月先。待ってみせろというのもまた道理でしょう。しかしその時間は、本格化によって充実する走力を空費するにはあまりに長い期間です」
もう自分の脚には多くの時間は残されていない。それゆえの決意も含まれていた判断を振り返りつつ、アルダンはいよいよ総仕上げに入る。まずその前に、はっきりと疑念を解消しておかなければならなかった。
「そして、認めましょう。私は確かに入退院を繰り返し、すでに多くの時間を無為に過ごしてきた身です」
不利になるカミングアウトだろうが、遅かれ早かれ避けられない告白だ。これで切れる縁ならそれまで、と半ば開き直りながら最後の言葉を口にする。
「これまでの口上すべて、病み上がりの令嬢の戯言であるかどうか……レースで見極めてくださいませ」
そこまで言い切ると、一礼をして彼女は部屋を後にした。去り行くその背に言葉がかけられることは、ついぞなかった。
「先生、いくらなんでもあそこまで頑なにならなくたって」
アルダンの去った後、吾郎は真っ先に北岡に詰め寄る。人材不足どころか払底されている現状では、向こうからやってきてくれるウマ娘など是が非でもモノにしなければならない状況だったからだ。
「……悪かったよ、ヤなこと続きでちょっとイラついてたかも」
頭が冷え切ったのか、それとも効力をなくしたためか、押し当てていた氷のうを二本指で宙にぶら下げながら返答する北岡。
アイツじゃあるまいし、と因縁深いあるライバルの顔を想起してすぐ振り払いながら、ふと彼は立ち上がった。
「吾郎ちゃん、選抜の資料貸して」
え、と吾郎は洩らす。北岡が選抜レースの資料を求める理由など、今はひとつしかない。
「……行くんですか?」
「まあね。いい加減どっか粉かけないとまずいって思ってたとこだし、それでアイツがダメなら体よく切って別を探せばいい」
その別を探せるかは不透明だが、言ってのけた通りの覚悟を見せられないなら契約する理由もあるまい、とした北岡はそう宣言した。
駄目なら採らない、と言いつつもアルダンのことを視野に入れているようだと悟った吾郎が、頷いてファイル群を漁りに行ったのを見届けて満足げな笑みを浮かべつつ、手持ちの書類を捌き始めた彼だったが、その束からある診断書が顔を出す。
「先生、これです。次のダート走る人たちの名簿」
「あ、ああ。ありがと」
そのとき、ちょうど振り向いてやってきた吾郎に対し、反射的に書類を隠匿しながら応える。
「そういえば、この間の診断はどうだったんですか? 先生」
見られたか。心臓が大きく脈打ったのを取り繕いながら渡されたファイルを受け取ると、努めていつも通りの調子で口にする。
「心配ないよ。吾郎ちゃんの美味い飯を食べてりゃ、そう悪いようにはならないって」
そうっすか、と満更でもない様子の吾郎に、杞憂だったかと安堵しつつ、名簿を読み漁る。
(もしかしなくとも、これが最後になるかもしれないね……けど)
まだ、死ねない。己の欲望を満たし切るまでは。
確かな意志が、北岡にも熱く燃えていた。
この世界の先生は中々いい性格をしてるだけで横領沙汰はやってません。てかウマ娘世界でトレーナーが金銭面の不正するとしたらどんな例があるんだ?
どうもあの世界で契約金なんかは発生してなさそうだし(ここの北岡さんがメジロ家の肩書きに興味なさげにしてるのもそのせい)、どうやってトレーナーにお金が流れてるのかなぁ。
最近執筆意欲が復活してきた(投稿間隔が狭まるとは言っていない)ものの、描きたいキャラが多すぎて手が回らないのが現状。最近出てきたサウンズオブアースとかモロ音也さんやん……と思いながらも、情報不足で先延ばされるそんな日々です。
次が誰になるかは来月あたりの自分に聞いてください。
10/12 追記
X(旧Twitter)はじめました。まだ何呟くかは決めてないけども……
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