ぼくたちは勉強ができない 邂逅の後輩編   作:愉快な笛吹きさん

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 季節は巡る。

 かつて学生だった者たちもやがて学園を飛び立ち、それぞれの道へと進んでいった。

 夢の為に進学する者もいれば、夢を掴むべく社会に出ていった者もいる。或いは、憧れの人の背中に自身の夢を見て追いかける者も。

 そして――

 

 

「ふう……」

 

 中間テストが始まってからおよそ40分。愛用のシャーペンを机の上に置いた古橋文乃は静かに目を閉じると、ふふっ、と笑みを漏らした。

 直後、

 

(ひとっつもわかんないよおおおお!)

 

 ずどおおん、という擬音でも聞こえてきそうな勢いで机に突っ伏す文乃。半分ほど開いた口からは魂らしき物がちらちらと見え隠れしている。

 ――つまりはそれほどの惨事だった。

 

 

「うう……」

 

 テストより数日後。教師から答案用紙を受け取った文乃は点数を見るなりしょぼくれていた。ほぼ白紙で出した数学のそれは夜中に小人が手伝ってくれるはずもなく、大きなレ点がデコレーションされている。

 "まだ高1の中間だから"――そんな風に一旦は気を取り直してみるものの、すぐに"もう高1の中間なんだが"と、弱気の虫が顔を出す。当然、後者の方が情勢は圧倒的に有利だ。

 ちらりと前を見てみれば、ちょうど100点を叩き出したという小柄で自分よりほんの少しだけ胸の大きな女生徒が皆からの賛辞を受けているところだった。

 頑張ればいつか私もあんな風になれるのかな?

 自身に問うてはみるものの、いまは想像すらつかなかった。

 

 

「これは何かの間違いです」

 

 答案用紙を受け取り、席に戻った緒方理珠は点数を三度見直した後でそう呟いた。

 問題を今一度見直してみる。登場人物の心境を数式化する試みは中々のアイデアだと思ったのだが、計算が間違っていたのだろうか……いやそれ以前に、複雑怪奇な人の心を解する式など果たして存在するのだろうか?

 ちらりと前を見てみれば、ちょうど100点を叩き出したという長い黒髪のスレンダーな女生徒が皆からの賛辞を受けている。

 頑張ればいつか私もあんな風になれるのでしょうか?

 そう自身に問うてみるも、いまは想像すらできなかった。

 

 

 特別補講のお知らせを見かけたのはほんの偶然だった。学園構内の掲示板。生徒会からの知らせや部員募集のポスターばかりの中でそれは一際異彩を放っていた。

 簡潔極まりない文章。その中身もやる気が云々、徹底指導が云々といった、生徒の興味を削ぎ落とす要素に満ち溢れており、たまたま目を通した生徒も直後にはうんざりした様子で立ち去っていく。

 唯一目立つ要素といえば「どんな苦手教科でも克服できる」の一文のみ。

 とはいえそれは、夢を追いかける二人の女生徒が何よりも欲しているものだった。

 

 

「うう〜緊張する」

 

 放課後。

 掲示を見てまる二日悩んだあと、ようやく職員室の前に立った文乃は未だ怖じ気づいていた。

 あんな内容の張り紙をするくらいだ。きっと厳しい人に違いないのだろう。昔の不良学園漫画によくある竹刀を持ったヒゲモジャのビジュアルを想像しながら扉を開く。

 

「ん、古橋か。どうしたんだ?」

 

 応対してくれたのは鈴木先生だった。まだ若目の先生で、少し軽い感じだがそのぶん親しみやすくはある。

 幾分か緊張のほぐれた文乃が特別補講のことを訊ねると「ああ」と声を上げた。

 

「それなら担当は桐須先生だな。窓際奥から二番目の机だぞ」

 

 そう言って指をさす鈴木。桐須……入学式の時に紹介はあった筈だが覚えていない。顔を見てみたいが、角度が悪いようでここからでは覗えなかった。

 

「わかりました。ありがとうございます」

 

「おう。ああそういやさっきも一人希望者がいたぞ。まだ桐須先生と話してるんじゃないか?」

 

「本当ですか?」

 

 驚く文乃。自分の他にもそんな物好きがいるとは思わなかった。

 鈴木に礼を告げるとスチール机の並木道を進んでいく。角を曲がり、該当の机が見えた瞬間、「えっ?」と文乃の口が動いた。

 

「緒方さん?」

 

 そこにいたのは数学のテストで満点を祝福されていた緒方理珠だった。何故ここに――そう訊ねるよりも早く、別の声がした。

 

「追加、貴女も特別補講の希望者かしら?」

 

「えっ?」

 

 呆けると、理珠の真後ろから若い女性が椅子に座ったまま上半身を覗かせた。木漏れ日のような雰囲気の、美人で優しそうな人だ。

 目が合うと、にこりと微笑んでくる。

 

「初めまして。"日本史"を担当している桐須真冬です」

 

「あ、はい。古橋文乃です。あの……本当に補講の担当をされてるんですか? 正直あの張り紙の印象とは全然違うような」

 

「確かに。想像とは随分違っていましたね」

 

 と、ここでようやく理珠が会話に入ってきた。「やっぱりそう思うよね」と文乃。

 う、と真冬の顔が憂いを帯びる。

 

「反省、内容をなるべく正確に記そうとした結果ああなってしまったの。そのせいかどうにも集まりが悪いみたいで……」

 

「そ、そうなんですね……」

 

 見直せばすぐにでもわかりそうなレベルだったと思うのだが。

 この人意外と抜けたところがあるのでは? そんな事を一瞬頭に思い浮かべた直後、理珠が口を開く。

 

「先生は意外にドジなんでしょうか」

 

「ちょおおおい!」

 

 自身が飲み込んだばかりの言葉を即座に言い放った理珠に、たまらず文乃が叫んだ。

 一瞬ぽかんとした表情を浮かべた真冬だったが、そのうちくすりと笑う。

 

「正解、まだまだ至らないことが多くて。でも大丈夫よ。私はともかくあとの二人はそうではないから」

 

「二人?」

 

「ええ。現在、特別補講の担当は私を含めて三人。そういう環境下での勉強だから成果については間違いなく保証するわ」

 

「そ、そうですか」

 

 ほっと胸を撫で下ろす文乃。それならば家や図書館辺りで独学するよりはよっぽど身につきそうだ。

 

「それで、二人の意思はどう?」

 

 すっ、と顔を引き締めて真冬が訊ねてくる。その真剣な表情に一瞬気圧されかけた文乃だったが、

 

「もちろんやります」

 

 迷いなく即答した理珠の姿にはっとする文乃。夢のきっかけ――母の顔を心に思い描くと、後に続いた。

 

「わ、私も。受けさせて下さい」

 

「了解。なら行きましょうか」

 

「「えっ?」」

 

 あっさり了承するや、徐に真冬が席を立った。ぽかんとする二人に向けてにこやかに告げる。

 

「善は急げよ。早速今日から参加してもらうわね」

 

 補講に持っていくためだろう。慣れた手付きで真冬が教科書や各資料などをひょいひょいと脇に抱えていく。

 展開の早さに、戸惑うばかりの二人だった。

 

 

「――質問、そういえば補講はどの教科を希望しているの?」

 

 補講会場である空き教室への移動中、ふと真冬がそんな事を訊ねてきた。

 淡々と、理珠が口を開く。

 

「私は文系全般です。ゆくゆくは文系の大学に進学するつもりなので」

 

「えっ?」

 

 そんな驚いた声を上げたのは真冬ではなかった。じろり、と理珠の目が文乃に向けられる。

 

「何か問題でも?」

 

「う、ううん。つい驚いちゃって」

 

「まあそうでしょうね。これまでも皆口を揃えて時間を無駄にするなと――」

 

「私と同じだから」

 

「……は?」

 

 冷静沈着を絵に描いたような理珠の顔が、初めて大きく崩れた。えへへ、と文乃が笑みを浮かべる。

 

「私は数学なの。理系の大学に進みたくて」

 

「えっ」

 

「どうしても叶えたい夢があってさ。ほんとままならないよね。才能とやりたい事が一致しないんだもん」

 

「古橋さん……」

 

 最後は自虐ぎみた言葉を発した文乃に理珠の心が震える。自身の理想を体現したような彼女が、実は全く同じ悩みにぶつかっていたとは。

 隣で聞いていた真冬が神妙な顔つきになる。

 

「困惑、まさか学園始まって以来の天才と噂されている貴女たちが、全く別の道に進みたいなんて……」

 

「それが何か? 自分の人生を自分がどうしようが勝手だと思いますが」

 

(はっきり言うなあ……)

 

 思わず感心する文乃。ああまで強い口調なのは元々の彼女の性格もあるのだろうが、それ以上に何度も他人に指図されてきたことが大きいのだろう。事実、自分だって父をはじめとした多くの人から事あるごとに言われてきたのだから。

 とはいえ真冬の反応は予想とは全く異なるものだった。

 

「同意、確かに自分の人生だもの。やっぱり最後は自身の気持ちに従うべきよね」

 

「えっ?」

 

 にこりとしてそう告げた真冬に、今度は理珠が驚かされる番だった。ぽかんと口を開けたまま固まってしまう。

 

「どうしたの? 特に変なことを言ったつもりはないんだけど……」

 

「い、いえそういうわけでは。ただ意外だったので……今まで出会ってきた先生方はみんな最初に方針転換を促してきましたから」

 

「わ、私も。緒方さんと同じようなことをずっと言われてきて……肯定してくれるのは桐須先生が初めてです」

 

 本当に新鮮だったのだろう。少しだけよそよそしさが消えた二人に真冬がくすりと笑う。

 

「勿論、残念だという気持ちはあるけど……憧れは止められないもの。二人の想いを否定するつもりはないわ」

 

「まるで経験したかのような言い方ですが……」

 

「当然。経験者は語る、よ」

 

 そう告げて、またも驚いた顔をする二人を面白そうに見つめながら、真冬が思いを馳せる。ずっと憧れ、がむしゃらに頑張り続けてきたからこそ、自分はいまこの場にいる。

 そして――

 

「そろそろ行きましょうか」

 

 立ち止まっていた足を再び動かす真冬。荷物を抱えたその左手の薬指には、彼女がもう一つの夢を手にした証が納められていた。

 

 

「到着、この教室よ」

 

 プレートも掛けられていない、まさに空き教室の前で立ち止まると、真冬が呟いた。

 軽くノックをすると、ガラガラとドアを開く。

 彼女に続いて二人が中に入った瞬間、がらりと空気が変わった。

 

(うわあ……)

 

 圧倒される文乃たち。部屋では10人前後の男女生徒たちが机を向かい合わせてばりばりと勉強をしていた。ペンと紙をめくる音だけが辺りに響くなか、上級生らしき一人の女生徒が声を上げる。

 

「先生、ここわかりません」

 

「おー、今行く」

 

 返事をするなり教卓からひょっこり顔を出したのは入学式で見た顔だった。"教頭"の唯我輝明先生。ユーモラスかつ生徒の心を掴んだスピーチは文乃をして感心させられた。

 二言三言呟き、女生徒の頭に電球が点灯したのを見計らって、真冬が輝明に近付く。

 

「お疲れ様です。そろそろ交代しましょうか?」

 

「ん、いや大丈夫だ。教頭なんか押し付けられちまったせいでこいつらを教える機会なんざこれくらいしかないからよ。もう少しやらせてくれ」

 

 もう少し、を指でゼスチャーしつつ悪戯っぽく笑みを浮かべた輝明に、真冬が苦笑する。「わかりました」と話が打ち切られると、輝明の顔が文乃たちに向いた。

 

「で、この二人は? 確か一年の緒方と古橋だったな。もしかして補講希望者か?」

 

 名札をちらりとも見ずに、輝明。もしかして全生徒の顔と名前を覚えているのだろうか?

 若干緊張した面持ちで文乃が声を上げる。

 

「は、はい。古橋文乃です。お世話になります」

 

「緒方理珠です。よろしくお願いします」

 

「この春から教頭になった唯我だ。よろしくな、って言いたいとこなんだが……何の教科を補講するつもりだ?」

 

「確認、古橋さんが数学、緒方さんが文系でよかったかしら?」

 

 真冬の言葉に二人が首を縦に降る。ふむ、と輝明が顎に手を当てた。

 

「確かこの間のテストは二人とも一桁台だったか。だったら成幸の方が適任だろ」

 

「同意、私もせん……もとい成幸先生の方が合っていると思っていました。では――」

 

「おう、よろしく頼むわ。こっちはまだまだ大丈夫だからよ。桐須もしばらくはあいつの方をサポートしてやってくれ」

 

「わかりました。二人とも、もう一度私についてきてくれるかしら」

 

 言うが早いか、真冬が踵を返して教室を出る。慌てて後を追う二人だったが、その足はすぐ隣の空き教室の前で止まっていた。

 理珠が疑問の声を上げる。

 

「どういうことでしょう? てっきり唯我先生が教えてくれるものだと思っていましたが」

 

「適任、相談の結果、もう一人の担当者の方が貴女たちに合っていると判断したからよ」

 

 そういえば補講担当者は三人いたのだったか。人となりを訊ねようとした文乃だったが、その前に真冬が口を開く。

 

「大丈夫よ。唯我先生みたいに大勢をまとめるのは苦手だけど、そのぶん一人一人にしっかり向き合ってくれる人だから」

 

 そう言うと、再び真冬がドアをノックし、入室する。後に続いた二人の前に飛び込んできたのは悲鳴と呪詛の声だった。

 

「うわあああ、わかんないよーー! もう無理ーー!!」

 

「観測者ってなんだよ……どこで見てようが張力なんか変わんねえだろうが」

 

「えっと……」

 

 さっきとは違う意味で圧倒される文乃たち。補講というよりはむしろ託児所を思わせる光景に、急速に不安が湧き上がってくる。

 しかし、

 

「落ち着け武元。ほら、ここの文章を試しに口ずさんでみろ。どこかで聞き覚えないか? 小美浪さん、まずはイメージだ。外から見たらエレベーターの中の人間は上に上がっていくけど、自分も中にいた場合はそうじゃないだろ?」

 

 こちらに背を向けたまま、教師と思わしきスーツの男性がさっと立ち上がって声をかける。前半は元気そうな色黒の娘に、後半はかなり小柄な勝ち気そうな娘に。

 アドバイスを受けた瞬間、二人からあっ、と声が漏れた。

 

「これこないだ貸してくれたアメコミのセリフだっけ! だったら覚えてる」

 

「中にいるときは物体は加速しない……あー、だったら運動方程式は使わないってことか」

 

「正解だ! 二人とも冴えてるぞ。この調子で答えまで辿りつこう」

 

 ガッツポーズを取りながら、嬉しそうに褒め称える男性教師。言われた二人も満更では無さそうだった。照れたようにはにかんで、再び机に顔を向ける。

 と、その隙を狙って真冬が近づいた。

 

「成幸先生」

 

「あ、まふ――桐須先生、お疲れ様です。どうしたんですか?」

 

「追加、さっき新たな補講希望者が二人来たのでお願いしようかと」

 

「お、そうなんだ。ようこそ二人と……も」

 

 振り向いて目が合うなり、成幸と呼ばれた教師の口が大きく開かれた。

 そのまま何故か固まってしまった彼の異変に気付いた真冬が声をかける。

 

「成幸先生?」

 

「え? あ、悪い。そう……か、とうとう――」

 

 我にかえる成幸。最後の方は誰にも聞こえない声量で呟くと、あらためて文乃たちに向き直る。

 

「すまん、待たせたな。世界史を担当している唯我成幸だ。教頭の唯我輝明は父親でな。紛らわしいから皆からは名前で呼ばれてる」

 

「ああなるほど」

 

 珍しい名字だなと思いこんでいたが、まさか名前だったとは。

 納得した表情を浮かべる二人を見つめながら、成幸が続ける。

 

「で、一応訊いておくが……二人とも真剣に勉強する気はあるんだよな?」

 

「はい」

 

「もちろんです」

 

「何のために?」

 

 更に問う成幸。もちろん答えはとっくの昔に知っている。だからこれは確認作業だ。先に来たうるかや先輩みたく、目の前の彼女たちは自分のよく知る二人なのか。自分が本気で向き合える人物か。

 少しの沈黙を挟み、二人が口を開く。

 

「夢のため……かな」

 

「夢のためです」

 

(ああ――)

 

 そう言って、動機を語りはじめる二人。文乃は亡き母の星を探すために。理珠は人の心を理解したいがために。

 恥ずかしそうに、だけど嬉々として夢を語る二人に成幸は微笑む。何も変わってはいない。彼女たちも。自分がこれからやるべきことも。

 唯一、変わったのは――

 

「期待、二人とも伸びしろがありそうですね」

 

「はは……前途多難ではありそうだけど」

 

 最初の頃の苦労を思い出した成幸が少しだけ疲れた顔をする。今回は受験まで余裕はあるものの、教師の仕事と併せてとなる。きっと一筋縄ではいかないことだろう。

 でも、

 

「補助、私もできるだけサポートしますので。二人で頑張りましょう。《先輩》」

 

 最後の言葉は唇だけで。

 かつての恩師だった人は、後輩となり、そして今は自身にとってかけがえのない人へと成っていた。

 とはいえ彼女が正式な家族になるまでにはまだ時間がある。ここのところの先輩呼びも、思い残さないように敢えて使っているのかもしれない。

 やがて夢を語り終えた二人が、現実を思い出したのだろう。不安そうに呟く。

 

「ですが……現状では色々難しいことはわかっています」

 

「だからここに来ました。ここで一生懸命頑張ったら……どうにかできますか?」

 

「どうにだってできるよ」

 

 成幸が即答する。自分は決して救世主でも、万能の神様なんかでもない。だから絶対とは言い切れない。

 それでも、

 

「できると信じ続けている限り、不可能なことなんてないんだ。だからまずは前を向いて、一歩一歩進んでいこう」

 

 共に励ましあい、頑張れるならばできないことなどないだろう。そう確信した成幸が一人ひとりを見回し、宣言する。

 

「約束するよ。お前らのこと絶対幸せにしてみせる。だから俺を信じて付き合ってくれ」

 

 どーんと、響きわたるような声。自信と希望に満ち溢れた表情は、皆の不安を解消するに十分だったろう。問題は言葉のチョイスだ。反応が無いことに不審がった成幸が見渡せば、何故か生徒全員が顔を赤くして身体を震わせている。

 と――

 

「よ、四人同時に愛の告白ーー!?」

 

「うひゃあああ!? だ、大胆過ぎるよ先生」

 

「良い先生だと思ったのに……節操が無さ過ぎます」

 

「気が多いですねえセンセってば。ま、悪い気はしませんけど」

 

「へあっ!? ちちち、違うぞ! 単にこれから一緒に頑張っていこうぜっていう意味でだ、な……?」

 

 必死に弁解する成幸がようやく気付く。そういう誤解を一番させてはいけない人がすぐ側にいる事を。

 引っ張られたシャツの方向に、ぎぎぎ、と振り向くと。

 

「拒否……そういうのは私だけに言ってほしいです。成幸先生」

 

 演技か、それとも本気なのか。ぷくうと頬を膨らませながら、盛大に真冬が拗ねていた。ごごごごめんと噛み噛みで謝る成幸の姿に、面白がった四人が次々に声を上げる。

 

「ええーなになに、もしかして痴話喧嘩とか?」

 

「はわわわ、どうしようりっちゃん」

 

「誰がりっちゃんですか。まあ犬も食わぬといいますし、放っておけばいいのでは? そうは思いませんか? 文乃」

 

「ひっひっひ、センセも罪な男だねえ」

 

 やんやと盛り上がる教室。顔をしかめた真冬をなだめつつ、だけどこれでいいんだと成幸は思う。いつまでも下を向いたところで何も始まりはしない。未来を掴む者はいつだって明るく、前を見つめているのだから。

 

「少しは気晴らしになったかしら?」

 

 やがて寸劇を終えた真冬が顔を戻し、四人に訊ねる。はい、と揃った声に、成幸が満足そうに頷いた。

 

「じゃ、そろそろやるか」

 

 ようやくここまで来られた。そして――ようやくここから始めることができる。

 

 文乃たちを席につかせると、成幸は補講の再開を宣言するのだった。




これを書き始めたのはぼく勉がまだ連載中の頃(確かスキー旅行くらい)でした。が途中で躓いたままずっと放置してました。無事に書き終えられて満足です。

ちなみに元ネタのタイムスリップした成幸が高校生真冬ちゃんと遊園地デート……の話は読者のリクエストで選ばれたわけですが、自分もその内の一人だったりします。
そのため思い入れが非常に強く、どうせならこの話を軸に成幸と桐須先生にとって最良の結果になる話を作ろうと思ったのがきっかけだったように思います。

話の展開やキャラのトレース具合など、色々至らぬ部分もあったかと思いますが、最後まで読んでいただいた方々、またはこれから読んでやろうかという方々には真に感謝です。
ありがとうございました。
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