ぼくたちは勉強ができない 邂逅の後輩編   作:愉快な笛吹きさん

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「人間ドッグ?」

 

「うん。父さん行ったことあったっけ?」

 

 この世界に飛ばされて二日目の朝が来た。母――花枝が作った懐かしい味の朝食を食べていた成幸は何気ない感じで隣の父に話を振る。

 

「行ったことはねえな。でも教師になってからは風邪一つひいちゃあいねえし、大丈夫だろ」

 

 にやっ、と口角を上げる父の姿に成幸が苦笑する。相変わらず細かいことは気にしない人だ。が、今回ばかりはそれでは困る。

 

「そうは言うけどさ、父さんいつも働き詰めだから心配なんだよ」

 

「嬉しいこと言ってくれるじゃねえか。でも今の時期は生徒たちの面倒を見るのに忙しいしな」

 

「良いんじゃない? 一度行ってみれば」

 

 それまで成り行きを見ていた母――花枝が、不意に声を上げた。

 

「ほら、ちょうどこの前新しい病院ができたばかりでしょ。あそこなら最新設備を使って調べてもらえるらしいわよ」

 

「何だ。二人とも心配症だな」

 

「そりゃあ成幸が言うくらいだもの。こっちが心配になるほど毎晩遅くまで勉強してる息子にすら心配されるってよっぽどの事よ。安心の為にも一度行っといたらどう?」

 

「お父さん病気なの? 元気になる?」

 

 病院という言葉に反応したのだろう。言葉を口にしながら悲しそうな顔をする水希までも加わり、味方はいなくなった。

 所在なげに頭をかいた父がため息を吐く。

 

「ったく。水希にまで言われちゃあ世話ねえな。わかったわかった」

 

 降参だ、とばかりに父が諸手を挙げると、たちまち顔を明るくさせた水希がちゃぶ台の下に潜りこみ、そのまま父に抱きついた。

 懐かしい家族の団らんを味わいながら、ふふ、と成幸が微笑む。父の病気は早期に発見していれば助かる代物だった。今後もまめに医者に見てもらうように進言するつもりだが……おそらくは今回のことで未来は変えられるだろう。

 

 昨夜はまた夢を見た。それはあのとき分かたれたもう一人の自分の顛末。色々あったようだが最後は自身を含めた全員が見事に合格していた。自分が放り出した後釜を、彼は見事に務めあげたのだ。

 

(ありがとな。そして……今度は俺の番だ)

 

 ごちそうさまを告げた成幸がお盆を持って席を立つ。新たな“釜”を手にするための道程が、いま始まろうとしていた。

 

 

「ふう……」

 

 四時間目終了のチャイムが鳴り止むと、成幸は大きく息を吐きだした。

 たっぷりと集中していた証拠だが、その理由は勉強ではなく“上書きされる前”の自身とのギャップを埋めていく作業――要はクラスメートや友人らしき者たちの顔と名前を一致させるのに苦慮していたからだ。

 

「さあ飯だ飯だ。唯我〜一緒に飯食おうぜぇ」

 

 早速“勉強”の成果を発揮する機会がやってきた。

弁当片手に近付いてきた男子の名前を、成幸は急いで記憶から検索する。確か――

 

「ああいいぞ。大も……小森」

 

 すんでのところで訂正に成功する。自分がよく知るお調子者の友人にそっくりなキャラのため、危うく間違えるところだった。

 

「ようやくご飯だね。あ、成ちゃん隣いい?」

 

 と、反対側から声を掛けてきたのは爽やかなイケメンだった。ああ、と頷く成幸。こっちは大林といったか。物腰柔らかな感じがやはり元の世界の幼馴染の友人を思い出させる。名前が大小入れ替わっていることもあって少々ややこしい。

 慣れるまでは注意が必要だなと思いつつ、成幸も弁当箱を取り出した。

 

 

「――で、親と喧嘩したんだわ。もう少し真面目に進路を考えろって。酷いと思わねえ? 唯我」

 

 昼食が始まってからおよそ十分。紆余曲折を経た雑談の内容は現在、小森の進路問題へと変わっていた。既に彼らの性格は大体掴んだ(元の世界と同じで問題無かった)成幸はいつもの調子を取り戻して答える。

 

「いや……モテたいってだけでお笑い芸人を目指すのは流石にどうかと思うぞ」

 

「そうか? こう見えて割と自信あるんだけどな。持ちネタだってもう考えてるんだぜ。なにゆえ〜ってツッコミ入れてくやつなんだけど。どうよ?」

 

「えっ? ああ、いや……悪くないんじゃないか。ていうか、もしかしたらブレイクするかもな」

 

「マジか! やったぜ」

 

 思わぬところで小森の正体と未来が判明してしまった。今日初めて会話した友人の成功を密かに願っておく成幸。

 

「成ちゃんはVIP推薦で進学だっけ」

 

 先に食べ終えていた大林がパック飲料のストローを咥えながら訊いてくる。昨日も父が同じことを呟いていたことから、自分自身の設定や環境については元の世界のそれに準拠しているのだろう。

 

「まあ、今のところはそうだな」

 

「何か含みがあるね。もしかして他にやりたいことでもできた?」

 

「え、マジ? まさか俺と一緒にお笑い芸人をやるつもりで」

 

「「いやそれはない」」

 

 小森のボケに(ボケだよな?)大林と寸分違わないツッコミを入れておく。何だかんだで絡みやすい連中だった。

 お笑い芸人になるのはさて置き、大林の言ったことは成幸の核心を突いていた。今の自分にはやりたい事がある。元の世界でもぼんやりと思い描いてはいたが……この世界に来たことで決心はついた。現状に馴染めたならすぐに動くつもりだ。

 と――

 

「お、今日もご到着か」

 

 昼食も食べ終え、三人で話していた時のことだった。

 窓際に寄りかかっていた小森が外を見ながらぽつりと呟いた。何のことだと気になった成幸が外を覗き込む。

 校門の前に高級車と思わしき黒い車が止まっていた。後部座席のドアが開き、中から出てきた人物を見て成幸の両目が見開かれる。

 

(先生?)

 

 遠目ではあるが間違いないだろう。昨日一緒に遊園地に行った後輩こと、若き日の桐須真冬の姿がそこにあった。

 てくてくと校舎の方にやってくる真冬だったが、不意に顔が上がり、こちらと目が合った。きょとんとなった彼女の表情が次の瞬間、一気に明るくなる。

 

「お、おい。あの桐須って娘、今こっち見てちょっと笑ってなかったか?」

 

「なんかそんな感じに見えたねえ」

 

「だろ? これはもしや俺に一目惚れし」

 

「「いやそれはない」」

 

 食い気味にまたも大林とハモる成幸。口を尖らせる小森の表情に満足すると、先程の彼女の顔を思い出す。

 

 ――よって結論、先輩です

 

 あの時は不覚にも可愛いと思ってしまった。同じ表情がまたも自分に向けられたのだと思うと、何だか照れくさかった。

 

 

「唯我先輩!」

 

 唐突に呼び止められたのは放課後、校舎の玄関前でのことだった。ちょうど上履きを下駄箱にしまいこんだ成幸が、声の方へと振り向く。

 

「桐須さん?」

 

「僥倖。何とかぎりぎりで会えました。先輩に渡したいものがありまして」

 

 そういって近付いてきた真冬が、ポケットから何かを取り出した。

 

「これって……昨日の写真?」

 

「はい。あの日は一枚しか買っていなかったので。家に帰ったあとで焼き増しを」

 

「そっか、わざわざありがとな」

 

 写真を受け取り、懐にしまった成幸が彼女を見てふと思い当たった。

 

「そういや、妹さんに連れられてからはどうなったんだ?」

 

「遅刻はしましたが、一応レッスンは受けました。父さまや母さまからは……少し怒られてしまいましたが」

 

「そ、そうなんだ……」

 

 彼女の笑顔がぎこちなくなったのを見て、成幸の顔が曇る。これまで一度も遊園地に行ったことがなく、行ったら行ったで妹が血相を変えて連れ戻しに来るような家庭だ。“少し”どころではなかったであろうことは火を見るより明らかだった。

 気まずさをごまかすべく成幸が口を開きかけた、その時だった。

 

「唯我ーー!」

 

 突如響いた大声に、びくりと成幸たちが振り向いた。

 

「こ、小森!?」

 

「中々来ないからと呼びに来たら、何で女の子と仲良くしてんだよ! し、しかもその子……桐須さんじゃねーか」

 

「いや、これには事情が」

 

「いったいいつからだ! まさか付き合ってんのか!? もしかして既にキスまで!? ちくしょおーー!!」

 

 ひとしきり妄想を披露した後、最後は両拳を地面に叩き付ける小森。涙を流し「憎しみで世界が取れそうだ」などと呪詛を呟きはじめた姿を見ていると、こいつ実は元の世界の友人が転生してきたんじゃないだろうな、とすら思えてくる。

 

「あの……唯我先輩のお知り合いですか?」

 

「まあ一応は」

 

 ついでに紹介しとこうかと成幸が思った瞬間、がばっと小森が跳ね起きた。

 

「はじめまして桐須さん。あ、俺三年の小森。唯我とは高一からの親友なんだ」

 

「そ、そうですか」

 

「そうそう。だからここで話したのも何かの縁ってことで。唯我と二人、これからよろしく♪」

 

 そう言って綺麗なサムズアップをかます小森。真冬の方はどうしていいのかわからないようなぎこちない笑みを浮かべていた。中々見かけないようなキャラだけに妥当な反応ではあるだろうが。

 と、

 

「そこは“三人”って言っておいてほしいんだけどな」

 

 苦笑いを浮かべながら大林もやってきた。そのまま成幸と小森の間に割り込むと真冬に告げる。

 

「二年の桐須さんだよね。僕は三年の大林。隣の成ちゃんとは小学校からの付き合いなんだ。よろしくね」

 

 小森とは違い、爽やかな自己紹介だった。最後に見せた柔らかい笑みも相まって、気圧され気味だった彼女の顔に落ち着きが戻る。

 

「把握、小森先輩と大林先輩ですね。はじめまして、二年E組の桐須真冬です」

 

 会釈すると、真冬がにこりと笑みを浮かべる。フィギュアで鍛えた表現力ゆえか、はたまた元の世界の彼女とのギャップがそうさせるのか、やはり可愛い。大林ですら少し頬を赤くしているし、小森に至っては鼻息を荒くしながら拳を天に突き上げる謎のモーションを取っている。

 

「くう〜生きてて良かったぜ。あ、そういや俺たちこれからカフェに行くんだけどさあ。良かったら一緒にどう?」

 

(いや普通に帰る予定だったよね!?)

 

 さらりと予定を追加した友人に思わず心でつっこむ。こういうトークを素で捻り出せるあたり、やはり芸人が向いているのかもしれない。

 一方、誘われた真冬といえば、驚きながらも満更でもない様子だった。どことなく嬉しそうに目尻を緩めたものの……すぐに淋しげなものへと変わっていく。

 

「謝罪。今からフィギュアのレッスンがあるので……ごめんなさい」

 

「そ、そうなんだ……」

 

 手慣れた感じの所作で彼女は丁寧に頭を下げた。真摯な対応に流石の小森もそれ以上は攻め込めない。

 互いにすまなそうにしている空気を見かねてか、大林が声をかけた。

 

「まあ今日はいきなりだったから仕方ないと思うよ。またの機会にすれば?」

 

「いえ……レッスンはほぼ毎日あるうえに両親がスケジュールを管理しているので、休みがいつになるのか全くわからないんです」

 

 俯いたまま、更に表情をすまなそうにする真冬。そうなんだ、と納得した大林だったが、

 

「なら休みがわかり次第連絡すればいいんじゃない? 成ちゃん携帯あるんでしょ」

 

「え? あ、そうか」

 

 大林の提案にはっと気付いた成幸が、懐からスマホを取り出す。昨日この世界の家に帰った際に母が「忘れていってたわよ」と手渡してきたやつだ。元の世界の物は例の汚部屋に置いてきてしまっていたので大変助かった。

 

「あの……何を?」

 

 ぽかんとしている真冬に、成幸が答える。

 

「連絡先を交換するんだよ。いつでも連絡がとれるようにしておけばそっちの都合に合わせやすいだろ?」

 

「!」

 

 瞬間、目から鱗とばかりに真冬の目が見開かれる。とはいえこれについてはお互いさまだったと成幸。何せ以前は教師の生徒の関係だったこともあり、彼女と連絡を取り合うなどという発想が全く頭になかったのだから。

 と――そこでようやく肝心なことに気付く。

 

「あ、もちろんその……嫌じゃなければ、だけど」

 

 そもそもそれは彼女が乗り気であることが大前提だった。先走ってしまってしまったことに気付いた成幸の頬が熱くなる。

 が。

 

「否定。決して嫌ではないんです。でも本当にいつになるのかわからなくて。私の都合で先輩方を振り回してしまうのは迷惑じゃないかと……」

 

 決して嫌ではない。にもかかわらずあくまで距離をとろうとする真冬に、元の世界の彼女の姿が重なる。いつも自身を下に置き、本当は生徒思いであるにも関わらず不器用な形でしか接することができない先生。

 成幸の口からため息が洩れていく。

 

「迷惑なわけないだろ」

 

「え?」

 

 ようやく理解する。物腰や雰囲気こそ違えども、やはり彼女は彼女だった。面倒臭いし、だからこそ――どうにかしたくなる。

 

「別に受験生だからって四六時中忙しいってわけでもないしな。正直桐須さんに比べればよっぽど余裕はあるよ」

 

「そーそー! 本当に大変なら放課後にカフェなんかに行ったりしないって! だいじょーぶだいじょーぶ!」

 

「まだそれ引っ張るんだ……でもまあ、そうだね」

 

 こちらの意を組んで小森が、大林が続く。前者の場合はほぼ本心からだろうが。

 苦笑しながら成幸が告げる。

 

「予定があるときはこっちだって断るし、そしたらまた別の機会にするだけだろ? もっと気楽に考えればいいんだよ。友達なんだからさ」

 

「とも……だち?」

 

「ああ」

 

 言葉に出したあと、もう一度成幸が心で呟く。教師と生徒ではなく、“友達”

 それがこの新たな世界での彼女との繋がりだ。

 今度もそうしてまた彼女の力になろうと決めた直後、彼女が口を開いた。

 

「了承……友達ならそうですよね。ありがとうございます」

 

 目元を拭いながらにこりと笑った彼女に。

 成幸たちは悪戯が成功した子供のように笑みを返した。

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