ぼくたちは勉強ができない 邂逅の後輩編   作:愉快な笛吹きさん

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「おーっす! 唯我。桐須さんもちゃんと来れたみたいだな」

 

 駅の改札前で三人と落ち合うと、笑顔の小森が開口一番に言ってきた。

 え? と首を向けてきた真冬に成幸が説明する。

 

「ああ、皆にも事情を話したんだ。そのうえでどうするかを決めたんだけど」

 

「まあ唯我が説得するなら上手くやるだろうから」

 

「うん、だから変更しなくてもいいかなって。ね?」

 

「私は半信半疑だったかなー! 桐須さん学校行事ですら中々参加してくれないからねー!」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 責められてるように受け取った真冬が反射的に謝罪の言葉を述べた。

 が、そんな彼女の両肩をがしっと掴んだ千代子は、わくわくした様子で告げる。

 

「だから今日は本当に楽しみにしてたんだ! 一緒に盛り上がろーね、桐須さん!」

 

「……うん!」

 

 心から待ち望んでいたといった様子の千代子の雰囲気と言葉に、たちまち真冬が表情を明るくする。

 微笑ましい女の友情に、側で見ていた成幸も自然と頬が緩んだ。

 

「じゃあ全員揃ったところだし早速出掛けるぜー! まずは俺が前から行きたいと思っていたカフェに――」

 

「はいストーップ! その前に一つやることがありますから!」

 

 頃合と踏んだ小森が意気揚々と足を踏み出した瞬間、千代子が首襟をぐいと引っ張って止めた。

 小森の口から蛙のような鳴き声が聞こえたが、気にすることなく彼女が続きを述べる。

 

「桐須さんがまだジャージ姿なんだから、まずはそれをどうにかするのが先じゃないですか? 先輩方」

 

「え? あ……」

 

「そういえばそうだったね」

 

 千代子の指摘に、ようやく成幸と大林が気が付いた。首襟を掴まれたまま顔が紫色になってきた小森もこくこくと首を頷かせる。

 

「とりあえず何処かで桐須さんに着替えてもらいますね。遊ぶのはその後ってことで」

 

「あ、あの……私は別にこのままでも」

 

「ダメダメ! せっかく出掛けるんだしさ! ここは先輩の為にも張り切ってオシャレしとかないと!」

 

「なっ!? だ、だからそれは――」

 

(はは……)

 

 二人を見やりながら成幸。はじまったばかりだというのに早くも皆が千代子のペースに飲まれつつある。

 以前の世界では引きずり回されてばかりだったが、こういう場面ではやはり頼もしい限りだった。

 

 

「というわけでやってきました私のバイト先ー!」

 

「ええと……誰に向けて言ったのかな? 天田さん」

 

 駅からぞろぞろと歩くこと約五分。一行がやってきたのは千代子のバイト先の服屋だった。慌てて逃げてきたために真冬が私服を持ってきていなかったことが判明したので「というわけで」だ。

 苦笑いでツッコミを入れた大林を尻目に、千代子が勝手知ったる足取りでさっさと店内に入っていく。

 置いてけぼりを食らったことに気付いた成幸たちがやや遅れて続くと、既に彼女は店長らしき妙齢の女性を捕まえて話し込んでいた。どうやら交渉中のようだ。最後に大きく頷いたあと、くるりとこちらに振り向く。

 

「いやーばっちり! シフトを盾に交渉したら店長が去年の売れ残りを格安で譲ってくれるってさ!」

 

 と、サムズアップした千代子がテンション高く告げてきた。自分のシフトが交渉材料になるとか、やはり将来社長になる人間は違うのだろうか。あまりの行動力と手際の良さに皆呆気にとられている。

 

「ご、ごめんなさい天田さん。わざわざ私のために……」

 

「あはは! 半分は自分のためだから気にしないでいーよ! せっかく美人のモデルがいるんだから色々合わせてみたいしね」

 

「へ?」

 

 真冬が疑問符を浮かべた瞬間、千代子が彼女の手を力強く握った。そのままにこりと、マッドサイエンティストのような笑みを浮かべる。

 

「将来は服屋もやりたいから今のうちに色んなコーディネートを試しておかないと! というわけで協力よろしく! 桐須さん!」

 

「せ、せんぱ〜い!!」

 

 真冬が助けを求めるも、手を差し伸べる者は誰もいない。

 ホラー映画よろしくずるずると更衣室に引きずりこまれていく真冬を、三人の男たちは生温かい笑顔で見送った。

 

 

「……これはどうかな? んーちょっと違うか。じゃあこっちを組み合わせて――ちょっと派手過ぎたね。ならこれと取り替えてみたら……? うん! これはイイ感じかも」

 

 更衣室から騒がしい声が響くことおよそ15分。ようやく音がしなくなった。入口で暇を持て余していた成幸たちがそろそろかと振り向いたそのとき、千代子が姿を現す。

 

「いやーお待たせ! 桐須さん何着せても似合うもんだからつい迷っちゃいまして! でもおかげで随分と良くなったと思うんですよねー!」

 

 言い終えた彼女がさっと身体をどかすと、真冬の姿が現れた。

 

「推薦。天田さんに選んでもらったのですが、ど……どうですか?」

 

 もじもじしながらそう告げてきた彼女の姿に成幸が思わず目を見開く。薄手の短丈のコートとニット。レギンスの上にふんわりとしたスカートを身に付け、靴は短めのブーツ。

 パーフェクトだった。もちろん似合ってることもあるのだが、それ以前にまず彼女が真っ当な私服を着用していることに感動を禁じえない。

 

「うん、いいと思う。真冬さんにぴったりだ」

 

 ここぞのタイミングで無自覚たらしの片鱗を発揮する成幸。さらっと出てきた聞き捨てならない言葉に、真冬を除いた三人の口から「ん?」と声が洩れ出た。

 

「あれ成ちゃん。いつのまに桐須さんのこと名前で呼ぶようになったの?」

 

「え……? あ」

 

 ようやく成幸が気付いたものの、既に後の祭りだった。たちまち目を輝かせた千代子がネズミを見つけた猫の如くずいと迫りくる。

 

「えーなになに? 唯我先輩ってばいつの間に! つい数日前までは違いましたよね?」

 

「唯我ああ! どういうことだよおお!」

 

 被せるようにして小森も追従してきた。号泣しつつ、こちらの肩をがくんがくん揺すってくるので事情が全く説明できない。

 流石に見かねたのか、慌てて真冬が止めに入る。

 

「提案。私が先輩に言ったんです。せっかく皆で出掛けるならこの際名前で呼び合えたらと思って」

 

「そうだったんだ! あ、なら私も名前で呼んでいーかな? 私の方も千代子でいいからさ!」

 

「り、了承」

 

 と、そんなこんなでお互い名前で呼び合う流れとなった。まずは千代子を皮切りに、即座に便乗した小森、控えめに申し出た大林と続く。最初はやや緊張気味だった真冬もそのうち親しみのこもった表情に変わっていった。

 その光景を微笑ましく眺めつつ、成幸がふと先程のことを思い出す。

 

 ――希望……“桐須”じゃなく、“真冬”って呼んでもらえませんか? 先輩

 

(……アホか俺は。変に意識しすぎだろ)

 

 すっかり皆と名前で呼び合うようになった真冬の姿に成幸はかぶりを振る。どうやらあれはそこまで特別な意味があるわけでは無かったらしい。

 自意識過剰だった自分に少しばかり自己嫌悪を覚えていると、やり取りを終えた真冬が隣にやって来た。

 

「新鮮。両親や美春以外に名前で呼ばれたのは本当に久しぶりだったので。緊張しました」

 

「そ、そうなんだ」

 

 どぎまぎとする成幸。直前まで彼女のことに思いを馳せていたせいか、少しばかり心が落ち着かない。思わず彼女から目を背けてしまった。

 と。

 

「でも――」

 

 そっと顔を寄せた真冬が、成幸の身元で囁いた。

 

(特別。さっき名前を呼んでくれた時はとても嬉しかったです。成幸先輩)

 

「え……?」

 

 ぽかんと口を開けたまま佇む成幸。我に返り、意味を訊ねようとしたものの、既に彼女は踵を返して千代子の隣に戻っている。

 連れだって楽しそうにレジに向かう二人の後姿を、成幸はぼーっと見つめていた。

 

 

「着いた着いた。この店ずっと行きたかったんだよなー」

 

 服装の問題も片付き、小森を先導に一行がまずやって来た先はバルコニーからのオープンテラスが特徴的なカフェだった。白を基調とした洗練された雰囲気を醸し出す店構えに、女性陣から感嘆の声が上がる。

 

「驚嘆。駅から遠くない場所にこんなところがあったんですね」

 

「びっくりだろ? 学校帰りに路地裏をぶらぶらしてたらたまたま見つけてさー。なんでもフランスから来たパティシエが店長で、ネットじゃ早くも話題になりつつあるんだぜ?」

 

「人通りも少ないしオープンテラスはうってつけですね! せっかくだしこっちに座りませんか?」

 

「それもいいね」

 

 方針も決まり、一行がぞろぞろと入店する。テラス席に座りたい旨を伝えると店員に案内された。大きな丸テーブルを囲んで腰を降ろし、渡されたメニューをテーブルに広げると、小森がにやりとしながら告げる。

 

「さあ張り切って頼もうぜ。どれにする?」

 

「えっと……これって」

 

「思いっきりフランス語だね」

 

 メニューに記されていたのは値段と流暢な筆記体だった。

 困惑しきりの一同に小森が説明する。

 

「これもウリの一つらしいんだな。メニューは全部フランス語。敢えてどんな品かをわからなくすることで来るまでの間ドキドキを味わってもらうんだってよ」

 

「何だその闇鍋思考。カフェだよなここ?」

 

 店のコンセプトについツッコむ成幸だが、小森が見せてきた評価サイトの感想では意外にも好評だった。どの品もハズレが無いことや、普通に頼みたい場合は日本語表記のメニューも入口に置いてあったらしい。

 

「面白そうですねー! じゃあ私はこれでいきます!」

 

 こういうコンセプトが好きそうな千代子が、早速とばかりにメニューを指差した。

 それを機に残りの面々も動き出す。注文が被らないようにあーだこーだと議論しながらも、どうにか希望がまとまった。

 

「……で、よりによってこれか」

 

 10分後、注文の品がテーブルに揃い、店員が立ち去ると、成幸が呻いた。

 目の前にあるのは幅広のグラスだった。周囲にフルーツを盛り付けた搾りたての果汁ジュースの中にはハートを象ったペアストローが刺さっている。

 スマホを取り出し、自身が頼んだ品である“Partage d'amour”を翻訳してみる。“愛の共有”と書かれていたそれはどう見てもカップルドリンクだった。他の面々は普通にパフェやらケーキだというのに、理不尽極まりない。

 案の定、周囲からくすくすと笑いが洩れはじめる。

 

「すげえよ唯我は。こんだけ品数ある中でよりによってそれを引き当てるとか」

 

「恋愛力にステ振りまくってますねー!」

 

「すみません先輩……で、でもあまりにも可笑しくって」

 

「ついてなかったね成ちゃん。良かったら僕のこれも食べてよ」

 

「お前ら覚えてろよ。大林、お前だけが俺の味方だ」

 

 呪詛と感謝の言葉を吐き捨てる成幸。本音だが、無論本気で言っているわけではない。

 オチもついてひとしきり笑いが起こったあと、真冬と千代子も大林に倣ってケーキを取り分けてくれた。小森も自身のパフェをこちらの皿に移し変える作業を必死に行ってくれている。但し量は小リス並みだったが。畜生か。

 そうして即席で作られた友人たちのきまぐれケーキセットを成幸がありがたく召し上がると、残ったのは例のカップルドリンクのみとなった。

 がたりと席を立った千代子が、顔を真剣なものに変えて告げる。

 

「では、頃合いのようなので、そろそろ先輩の“相手”を決めましょう。手っ取り早くジャンケンでどうですか?」

 

「ちょっと待て何の話だ?」

 

 言ってる意味がさっぱりわからない。困惑しきりの成幸に千代子がにこやかに告げる。

 

「せっかくカップルジュースなんて珍しいものが来たんだから二人で飲む方がらしいと思いまして!」 

 

「よしわかった。とりあえず人の同意無しで事を進めるのはマジで勘弁してくれ。ていうか一人で飲めるのに何故わざわざそんな事を?」

 

「その方が面白いじゃないですか!」

 

(ですよね〜)

 

 このうえなく彼女の性格を表した回答だった。項垂れた成幸に、千代子がまあまあと手を振る。

 

「男女比を見てください。なんと五割の確率で役得になりますよ!」

 

「五割の確率で罰ゲームになるんだが」

 

 呟きながら友人二人に視線を投げかける。ふふ、と大林が微笑むと。

 

「僕は成ちゃんが良ければ――」

 

「参加するだけだよな!? 他に意図は無いよな!?」

 

「畜生、男とジュースを飲み合うなんてこんなところにいられるか! 俺は帰るぞ!」

 

「待て、妙に不吉なセリフを残していくんじゃない!」

 

 がたりと席を立つ小森を慌てて引き止める成幸。常識外れの天才どもをまとめていたおかげか、いちいちツッコミが適切だ。

 そんな目の間で繰り広げられていく即興の会話劇に、真冬は堪えきれず笑い声を上げた。

 

「……真冬さん?」

 

「賛同。私もやってみたいです。先輩」

 

「何だと? くそ、ならこのまま俺が帰ったら確率が上がっちまうじゃねーか。阻止だ阻止! 唯我にだけ良い思いはさせねえぞ!」

 

「お、お前らな……」

 

 めでたく全員参戦の運びに言葉を失う成幸。席を立ち、気合いのはいった様子でジャンケンの姿勢に入った皆を遠い目で見つめる。

 だが、まあ――

 

「じゃあ始めるよ! みんな準備はいい?」

 

「はい」

 

 楽しそうに輪に加わる彼女を見て苦笑する。どうやらすっかり壁は取れたらしい。真面目に接することだけが正解ではないことを、彼はよくよく理解するのだった。

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