ぼくたちは勉強ができない 邂逅の後輩編   作:愉快な笛吹きさん

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「ありがとうございました」

 

 精算を済ませ、店員の声に見送られてカフェを出た一行は次の目的地へと向かう。

 歩きすがら皆の話題に取り上げられたのは店やスイーツの感想、それに先のジャンケンの顛末だった。にやつきながらスマホを弄っていた小森が目当ての画像にたどり着くと声を上げる。

 

「ばっちり撮れてるぜ。見てくれよこの初々しさ。正に似合いのカップルじゃね?」

 

 と、笑いを堪えきれない様子でスマホを掲げ、皆に見せびらかす。画面の中には羞恥で顔を真っ赤にしながらストローを咥える成幸と、それを慈しむような眼差しで見つめる大林の姿が写っていた。

 んなっ! と成幸の顎が開く。

 

「あれ? 成ちゃん気付いてなかったの? 小森ってば始まる前からスマホ持ってスタンバイしてたけど」

 

「いや……緊張で全然見てなかった」

 

「もう完全にそんな感じでしたねー! おかげで情感たっぷりな絵が撮れましたよ。これとか」

 

 ブルータスお前もか。

 千代子からも画像を差し出された成幸が思わずそんな言葉を頭に浮かべる。

 

「激写。成幸先輩が瞬きした瞬間が写ってたんです。えっと、撮影したアングルも相まってどう見てもこれが」

 

「あー事後だな事後。確定だこりゃ。ったく水臭ぇよ。お前らいつからそんな仲になったの?」

 

「まだ一月足らずってとこかな。あ、式には呼ぶから心配しないで」

 

「本当ですか。私、将来はウェディング関係の仕事も手掛けるつもりなんで、その時はぜひ贔屓にして下さい!」

 

「素敵な式になりそうですね。でも疑問。ドレスはどちらが着ることになるのかしら?」

 

「そりゃあ唯我じゃね?」

 

「んー成ちゃんかな」

 

「成幸先輩用のサイズを用意しとかないとですね」

 

 満場一致だった。ノリに任せて次々と決まっていく未来図に成幸が呻く。そのうち小森が画像を合成し、ウェディングドレス姿の写真を作成したところで堪忍袋の緒が切れた。

 

「ちょ、ギブギブ! マジで苦しいから、許して唯我〜」

 

 逃げようとした小森を捕まえ、ヘッドロックをお見舞いする成幸。すかさず変顔になり、情けない声を上げはじめた友人の姿に、またも笑いが起きる。

 

 くだらないやり取り。その場の思いつきを互いに口にするだけの無為な行為。だが――いつか掛け替えの無い記憶となって心に残るこの瞬間こそ、かつての、そして今の桐須真冬が望んでやまないものだった。

 

 彼女にとって夢心地のような時は刻々と過ぎていく。ボーリング場ではストライクを決めると全員とハイタッチを交わした。それが嬉しくて調子に乗り、パーフェクトスコアを出したらちょっと引かれてしまった。

 アミューズメントセンターではクレーンゲームをプレイした。中々取れそうで取れなかったものの、最後は躍起になった全員が一丸となって一番大きなぬいぐるみをゲット。相談した結果、めでたく成幸の妹に贈呈する運びとなった。

 千代子に勧められてやってみたダンスゲームでは二人用のベリーハードを初見でクリアした。ラストステージに挑む頃には背後にギャラリーができあがっており、ノーミスで終えた瞬間は店内が大盛り上がりになり、フィギュアの演技を終えた時とはまた違う充実感を味わった。

 カラオケを歌ったのは久々だった。家族や親族以外の前で歌声を披露したのは中学校の発表会以来。何を歌ってもコブシが効いてしまう癖を珍しがられはしたものの、盛り上げ役の小森を筆頭に随分な好評を得た。

 

 心地よい疲労感と充実感を味わいながらカラオケボックスを後にする。と、皆の腹が一斉に鳴り響いた。笑い合いながら露天でファーストフードを購入し、各々ベンチに座って、或いは立ったまま、がぶりと頬張る。

 フィギュアは体重、筋力の維持が不可欠なため日々の食事管理にも敏感だ。少しばかり罪悪感はあったものの、皆と談笑しながら食べた食事はそれを上回るほどに美味しかった。

 

 ――次で最後

 

 食べ終えた後、再び駅に向かいながらそのことを意識した真冬が空を見る。日はすっかり西へと傾き、黄昏が辺りを覆い尽くしていた。この満ち足りた時間も次をもって終了となる。

 駅で切符を買い、がたごとと列車に揺られていく。最後の目的地は水族館。遊園地と同じく真冬がどうしても行きたかった場所だ。

電車を使う関係上ラストになってしまったが、今となってはこれで良かったと真冬は思う。

 家族だからこそわかってしまう。両親も妹も、今ごろは自分を必死に捜していることだろう。今日のレッスンへの意気込みからして、自分のしでかしたことが許されるには長い時間を要するに違いない。

 ともすれば、親しくなれた友人たちとの接触を今後一切禁じられることも。

 

「――着いたな。行こうか、真冬さん」

 

「はい。先輩」

 

 だからこそ。

 悔いの無いように。この先どんな顛末が待っていようとも、今日この日の思い出さえあれば前を向いていけるように。

 最高の仲間たちと、最高の思い出を。自身をここに導いてくれた最高の先輩と共に。

 ドアが開き、到着の案内放送が響き渡る。

 決意を胸に、真冬は座席を立った。

 

 

『さあ、フィナーレを飾るのはイルカたち全員による一斉ジャンプです。そお〜れっ!』

 

 アナウンスからの掛け声に合わせ、プールを泳ぐ五頭のイルカたちは息を揃えて高く舞い上がった。「おお〜!」という場内のどよめきを間の手に――着水。

 大きな水柱から生まれた水しぶきが雨のように観客席へと降り注がれる。特に最前列は激しかったようだ。悲鳴らしき声がいくつも飛び交っている。

 その内の一つが成幸たちだった。

 

「ひゃー間一髪! あと数十センチずれてたら完全にアウトでしたねー!」

 

「とはいえやっぱりところどころ濡れちゃったんだけど」

 

「マジかよびっしょりやられたのって俺だけ? 見てくれよこれ」

 

 やるせない顔でぼやいた小森の被害はかなりのものだった。身体のあちこちからぼたぼたと水滴が流れ落ちるさまに、あらら、と千代子が呟く。

 

「水も滴るいい男になっちゃいましたねー! けど沼に引き摺り込むのは勘弁して下さい」

 

「河童じゃねーよ!」

 

 そんなやりとりを交わしつつも、千代子からハンカチを差し出されると、小森がたちまち上機嫌になった。

 友人のわかりやすい反応に成幸が苦笑していると、大林が声をかけてくる。

 

「成ちゃんたちは大丈夫だった?」

 

「俺は何ともないな。真冬さんは?」

 

「軽微。服は無事でしたけど少しだけ髪にかかってしまって」

 

 それを聞いた成幸たちが真冬の頭を見る。ちょうど彼女から見て左側面が少しばかり濡れていた。

 

「大丈夫です」

 

 そうことわった真冬がポケットからハンカチを取り出して口に咥えた。トレードマークでもある編み込みを解くと丁寧に拭い取っていく。

 

「その髪型も似合うね」

 

 元の髪型に戻すには手間がかかるのだろう。ヘアゴムで簡単にサイドテールにした真冬にすかさず大林が告げた。

 友人の気遣いに感心する成幸。今のは百点満点だったねと、かつて乙女心の師匠だった教え子の声が頭に聞こえてくる。

 

「成ちゃんもこういうのが好きなんだっけ?」

 

「え?」

 

「え?」

 

 そんな気配り上手な友人からの思わぬパスに成幸が声を上げ、真冬のそれと重なった。くるりと振り向いた彼女に「そうなんですか?」と訊ねられ、返答に迷う。

 

(いや――)

 

 脳裏に浮かんだのは再び師匠の顔。髪型を褒めるのは非常に重要。現に他の教え子と一時気まずくなった時にはそれで元鞘に納まったのだ。

 なら、思ったままを言えばいい。

 

「ええとその……嫌いじゃない、かな。いつもの編み込んだ髪型もよく似合ってるから、甲乙つけがたいというか」

 

「べた褒めじゃない? 成ちゃん」

 

「うっせ。そもそもお前が突然変なこと訊いてくるからだろ?」

 

 と、茶々を入れてきた大林を肘で突っつく。頬に熱を感じるのは、この友人ほど言い慣れていないせいだろう。

 とはいえ効果の程はやはりてきめんだったらしい。見れば彼女も同じような顔になっていた。

 

「ええと、その……嬉しいです。先輩」

 

「あ、ああ……」

 

 もじもじと、恥ずかしそうに答える彼女はやはりかわいく思えた。そのまま互いに言葉を出しかねる空気になりかけたが――前列にいた千代子がそれを遮った。

 

「拭ったくらいじゃ全然ダメですねー! トイレで服を絞った方がいいかも」

 

「もうその方が良さそうだな。千代子姐さんの言うとおりにしますか」

 

「何ですかそれー!」

 

 いきなりの姐さん呼びに、たまらず千代子が吹き出した。愉快そうに声を上げる彼女につられて残りの面々も笑う。

 

「じゃ僕も付き添おうかな」

 

 口元に笑みを浮かべたまま、そう大林が申し出た。小森が不思議そうな目で見つめる。

 

「お前そんな俺に親切な奴だっけ?」

 

「いやまあついでかな。本来の目的の」

 

「ああそういうことか。んじゃ早く行こうぜ」

 

 友人の膀胱を心配した小森がさっと席を立った。大林も続くと成幸たちに声をかける。

 

「二人は先に回ってくれたらいいよ。後で追いつくから」

 

「あ、ああ」

 

 成幸の返事を合図に、じゃあ、と三人が去っていく。何故か小森の目を盗むようにして大林と千代子が片目を瞑りあっていたのが気に掛かったが……今はそれより差し迫った問題があった。

 

(やばい……落ち着かん)

 

 友人にからかわれたばかりだということもあり、どうにも隣の彼女を意識してしまう。考えてみれば遊園地の時からこっち、純粋に二人きりになったことは一度も無い。

 

「と、とりあえず行こうか、真冬さん」

 

「は、はい」

 

 会場にいた客たちもすっかりはけており、これ以上の滞在は緊張が募るばかりだ。

 動揺を抑えつつ、まずは自分たちもこの場を離れることが先決だった。

 

 

「壮観……すごい迫力ですね」

 

 いくつかのエリアを抜けて中央の広間まで辿り着くと、圧倒された様子で真冬が声を上げた。広間一面を横切って設けられた巨大水槽は壮大な面積を誇っており、多種多様な海の生物がその中で羽根を伸ばしている。

 

「なんでも日本でも有数の大きさらしい。確かに小学校の遠足で来た水族館とは全然迫力が違うな」

 

 そう言うと成幸もパンフから目を離し、水槽に目を向けた。めくるめく海の世界に釘付けになった二人の視界を、大きなマンタがゆっくりと通り過ぎていく。

 わあ、と子供のように目を輝かせる真冬。前の世界ではずっと仏頂面や、どこか寂しげな表情しか見れなかったその横顔に、

 

「どうしたんですか? 先輩」

 

「あ、いや……いい表情だな、って思ってさ」

 

 気が緩んだのか。こちらを振り向いた真冬についそんな言葉を洩らしてしまった。照れた様子で彼女が笑みを零す。

 

「妥当。今日は本当に楽しかったので。それもこれも、先輩が連れ出してくれたおかげです」

 

(だから……もう思い残すことはありません)

 

 何と言ったのだろうか? 殆ど聞き取れない程の小さな声だった。「え?」と反応するも、彼女は控えめに微笑むだけだ。

 まあ何にせよ――

 

「だったら、また来ようか」

 

「え?」

 

「別に今回限りって約束したわけじゃないだろ? ていうか皆普通に楽しんでたから次もあると思うけどな」

 

「で、でも……」

 

 戸惑う真冬に、成幸がわざとらしくため息を吐く。

 

「可能かどうかの話をしてるわけじゃないぞ。真冬さんの気持ちを訊いてるんだ」

 

「私の……気持ち?」

 

 そう成幸に問われた真冬が今日あった出来事を思い出す。沢山の会話、沢山の笑い、そして沢山の忘れられない思い出があった。

 だったら、

 

「なら、断言。また皆と遊びたい……です」

 

「なら、また実現できるようにしっかり計画を練らなきゃな。今は真冬さんの都合がつかないのがネックだから、いっそ俺たちが練習や試合を見に行くなんてのもいいかもしれない」

 

「わ、私の試合をですか?」

 

 思いがけないアイデアに、真冬が驚愕の表情を浮かべた。ああ、と成幸。

 

「ほら、天田さんが一度見てみたいなって言ってたし、いい機会じゃないかなって。終わったらついでにご飯を食べる時間くらいは確保できるんじゃないか?」

 

「は、はい。それくらいの時間だったら多分。でもそれだとまた私の都合に皆を巻き込んでしまうことに……」

 

「それでいいんだよ」

 

「へっ?」

 

 それまでとは打って変わって強く言い放った成幸に、ぽかんとする真冬。

 小さく息を吸った彼が、生徒に言い聞かせるような口調で告げる。

 

「例え巻き込まれたって、それを迷惑に思うかどうかは本人が決めることだろ。最終的に楽しい思いができれば案外結果オーライなんてこともあるかもしれない」

 

「それは――」

 

「少なくとも今日は、そうだったろ?」

 

(あっ……)

 

 思わず声を漏らす真冬。確かに成幸の言う通りだった。あんなドタキャン騒ぎを起こしたというのに、皆は変わらずに――いやむしろこれまで以上に親身に接してくれていた。

 少しの沈黙を挟んでから、おずおずと彼女が呟く。

 

「迷惑………かけてもいいのかな」

 

「ああ。かけてもいいし、逆にかけられることもあると思う。そうやって少しずつ仲良くなっていくのが本当の友達なんじゃないかな?」

 

「そーそー、持ちつ持たれつってね」

 

 と、タイミングよく割り込んで来た声に驚く二人。振り向けば千代子たち三人がにっ、と笑みを浮かべていた。

 

「話は聞かせてもらいました。大丈夫! 私は迷惑だなんて全然思ってないから! 代わりに今度世界史のノート見せてもらえたらありがたいけどねー」

 

「俺も俺も。つーかこんなカワイイ子たちと話せて遊びに行けるだけで十分役得だし?」

 

「成ちゃんの案、良いんじゃない? 今度はぜひ皆で試合を見に行ってみたいね」

 

「みんな……」

 

 三者三様の意見は、どれもが成幸に同調するものだった。思わず胸を熱くする二人だったが、ここで大きな疑問が浮かぶ。

 

「ちょっと待て。お前らいつから聞き耳立ててたんだ?」

 

「割と最初の方からですね。いやー良い青春ドラマを見せてもらいました」

 

「カメラ回ってないか思わず確認したくらいだもんな。それでいいんだよ! だっけ? あそこめっちゃ熱入ってたわ」

 

「うん、まるでずっと先生役をやってたみたいに堂に入ってたね」

 

「く……」

 

 何気に良い所を突いてくる大林。ちょっと熱くなり過ぎたかと、成幸が羞恥にうなだれる。

 そんなやり取りを見ていた真冬は軽く笑いながら、さっきのことを振り返る。皆が指摘するように、出会ってからの成幸の言動や行動といえば、まるで本当の教師のようだった。他人の心に寄り添い、問題が起これば側に駆け付けて一緒に悩んだり代案を示してくれる。何より――自分の気持ちに従うことが大事なのだと、何度も何度も教えてくれた。

 だったら、

 

(回顧……先輩以外の誰かに、私は気持ちをぶつけたことがあったかしら)

 

 ひとり自問をする真冬。ずっと心の奥底に眠っていた難問に、彼女はいまようやく取り掛かろうとしていた。

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