スールと危険な人食い絵画   作:プレイズ

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※1ページ目の本文を一部修正しました。
ケーキの値段を値上げすべきという部分で200円としていた所を1000円に変更しました。200円だと値上げ幅が安すぎると感じましたので。
※3ページ目の本文ラストを一部修正しました。
次の場所へ向かう、という部分を城案内を再開する、という形に変更。


第4話

ガレットの乱入があって案内が中断したものの、気を取り直してパスシャが城案内を再開する。

彼女は1つ咳払いをすると、右手を部屋の中央にかざして口を開いた。

「改めましてここが広間です。ここでパーティを開く事もあるんですよ」

「うわ~広っろい!流石王宮、お洒落で豪奢な大広間!」

通された大広間にスールは目を見開く。

氷の床にはペルシャ紋様が施されており、煌びやかなステンドグラスやランプの灯りが美しく辺りを飾っている。

美しき装飾が広間を彩っていた。

 

「素晴らしいですよね。ディアス様の趣味の良さが表れているんですよ」

パスシャも自分の城主を誇らしげに紹介する。

そんな彼女を見てスールは改めて(本当にお城のメイドさんなんだなあ)と感心した。

 

「それにしても本当に綺麗な氷の宮殿だね。氷で作られてるのは見てもわかるけど、冷たくはないの?」

「ああ、それは僕の力で調整してるんだ。氷そのものは冷たいが、建物全体は快適な温度になるように魔力を操作しているのさ」

「魔力?そういえばさっきも言ってましたけど、ディアスさんってそういう力があるんだ?」

「ああ。生まれつきね。少し魔法じみた事が出来る」

「魔法…!それで城の中の温度調節も出来ちゃうんだ」

「そうだよ。まあ僕からすればそんな大した事じゃないんだが」

「へえ、やっぱりすごいんだねディアスさんって!」

スールの純粋な賞賛にディアスは少し照れたように微笑んだ。

「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ。君のその好奇心旺盛な瞳も素敵だね」

「ふぇっ!?」

不意にイケメンから褒められ、スールは思わず変な声を出してしまい顔を赤らめる。

ディアスはそんな彼女の初心な反応に楽しそうに笑みを深めた。

パスシャは二人のそんなやりとりを見て、「ふふふ」と口元を押さえて嬉しそうに小さく笑う。まるで仲睦まじい兄妹を見守るような温かい眼差しだ。

 

「さあ、まだ見てない場所も多いだろう。他の所も案内しよう。付いてきてくれるかな?」

「うん!よろしくお願いします!」

ディアスが手で促し、スールも元気よく頷く。

 

◇◇◇

 

ディアスに続いてスールはお城の中を進んでいく。

通路は氷で出来ているが滑る事はなく、むしろ滑らかで歩きやすい。

壁には綺麗な装飾が施されている。

「ここが食堂だ。我が城の料理は絶品だぞ」

「うわあ……広くておしゃれ!こんなところで食事できたら最高だね」

スールは食堂の豪華なインテリアに目を輝かせる。

「ちなみにスール君は食べられないものはあるかい?」

「ううん、特にないです。何でも美味しく食べれるタイプだから。あ、でも虫だけは駄目!」

「はは、そうか。女の子らしいな。流石に虫料理は出さないから安心してくれ。王宮らしく格式高い美食が用意されるから。料理長には腕によりをかけてもらうとしよう」

「うわ~楽しみ~♪」

 

その後もディアスは次々と城内を紹介していく。

鍛錬場や温室テラス、謁見室や執務室といった様々な設備が充実していた。

どの場所も氷で出来ており、芸術的な意匠が凝らされていた。

 

「へえ……このクレイドル城の中ってこんな風になってるんだね。私の暮らしてる世界の王宮とはまた違って面白いな~」

「君の国の王宮とは規模は違うだろうがね。こじんまりとした城だが、快適に過ごせるよう心がけているよ」

「ううん、充分広いよ!それにここは本当に綺麗で住みやすそう」

スールの屈託のない誉め言葉にディアスは優しく頷く。

「ありがとう。君にそう言ってもらえて嬉しいよ」

お城の美しさ、豪奢さ、そして設備の充実さに彼女は満足しているようだ。

案内役のディアスとしても彼女が気分よく過ごしてくれればそれに越した事はない。

 

 

「次はもっとゆっくり楽しめる場所に行きたいなぁ」

「ほう、ゆっくりとかい?」

「どこも綺麗だけど色々な場所があるから目移りしちゃって」

「なるほど。確かにそうだ。ではそうだな……」

スールの無邪気な要望にディアスは頷き、「ちょうど良い場所がある」と言って案内を再開した。

 

◇ ◇ ◇

 

次に一行が辿り着いたのは城の中庭に設けられた小さな東屋。

透き通る水面が美しい小さな池に面しており、周囲は淡い紫の藤棚に囲まれている。

ふわりと甘い香りが漂ってきたのは、東屋の中で一人佇む少年の姿が目に入った瞬間だった。

「あ……」

「いらっしゃいませ、お客人様」

声は静かで澄んでいる。

少年――第4王子ショコラータは銀糸の髪を控えめに束ね、淡い水色の着物を纏っていた。

膝の上で湯呑みを両手に抱え、白玉団子を一つ摘まんで口に運ぼうとしていたところだ。

 

「この子がショコラータ。和菓子が大好きな寡黙な第4王子さ」

ディアスが補足しながら視線を送ると、ショコラータはゆっくりと伏せていた赤い瞳を上げた。

長い睫毛の下から現れる儚げな光にスールは思わず息を呑む。

歳は自分と同じくらいだろうか。

 

「こんにちは!私はスール。よろしくね」

無防備に笑いかけるスールに対し、ショコラータはほとんど表情を変えずに小さく会釈した。

そしてぽつりと一言。

「……こちらへ」

池の傍らに置かれた竹籠を指差す。中には彩り豊かな和菓子が並んでいた。

三色団子に練り切り、琥珀色の金平糖まで揃っている。スールの瞳がきらきらと輝いた。

「わぁ……!宝石みたい!」

「良かったらお召し上がり下さい」

ショコラータは茶筒から丁寧にお茶を注ぎ始めた。湯気がふわりと立ち昇り、芳醇な香りが二人を包む。

 

「ショコラータ様は和菓子作りがお好きでとても美味しい作品をお作りになられるんですよ」

「へえ、そうなんだ」

「……特に達者ではない拙い品ですが。自分の趣味で作っております」

謙遜するように言うショコラータ。

スールは遠慮なく席につき、練り切りを一つ手に取った。椿の花を模した精巧な造形に感嘆の声を上げる。

 

「すごい……本物そっくり!ねえショコラータ君、これも自分で作ったの?」

問いかけられて少年は微かに口元を緩めた。

「……はい。今日は朝から練習を」

「そっかぁ!凄いなぁ……食べるの勿体なくなるくらい綺麗」

スールは慎重に一口含み、目を細めた。

「んー!ふわっと甘くて優しい味〜♪」

その笑顔を見届けると、ショコラータの手元の湯呑みにゆらりと波紋が立った。

「……喜んでもらえて良かったです」

消え入りそうな声だが確かに温もりを帯びていた。

 

少し離れた場所から見守るパスシャは静かに微笑む。

(スール様の笑顔は本当に人を惹きつけますわ)

自身も時折漏れるスールの可憐な仕草に胸がときめくのを感じながら。

 

しばらくしてショコラータがぽつりと言葉を続けた。

「この城には五兄弟の王子がいますが……スールさん。他の方々もきっとあなたをお待ちしていますよ」

「え?そうなの?」

「特に第2王子のレセプトが興味深そうにしていました」

 

思わぬ情報にスールは目を丸くした。

「へえ……どんな人なんだろ?後で会えるかな」

 

ショコラータはうつむき加減で僅かに頷き、最後の団子を大切そうに皿へ置いた。

その横顔はどこか寂しげでありながら、久方ぶりの訪問者を迎えた喜びも滲んでいるようにも見える。

 

「では次はその第2王子を紹介しよう」

お次は話に出たレセプトという王子の所に行くらしい。

ディアスの呼びかけにスールが立ち上がる。

「早速だね!どんな王子様か楽しみ!」

春風のように軽やかに歩き出した少女の背中を、ショコラータの赤い瞳が追った。

 

(この絵画に現れた異分子──百年ぶり程だが、これまでの者より随分と若く可愛らしい。これはなかなか楽しめそうですね、く、く、く)

少年の心に去来するものは渇望する好奇心か。

彼が握りしめていた湯呑みに映る自分の顔は、いつになく穏やかで愉しげであった。

 

◇ ◇ ◇

 

「次はどこへ行くんですか?」

「お次は書斎だ。うちの司書官がいる」

スールはディアスとパスシャに連れられ、再び城内に戻って通路の奥へと進んでいった。

長い氷の廊下を抜け、重厚な氷の扉が見えてくる。

その扉には氷で精巧に刻まれた蔓模様が飾られており、まるで巨大な水晶のように光を反射していた。

「ここが当城の書斎です。主に研究や執務に使われる部屋ですが……今は第2王子のレセプト様がご愛用されております」

パスシャが静かに扉を押し開くと、スールは息を呑んだ。

「うへー、すっごい数の本」

広大な書斎だった。

壁一面に氷の本棚が連なり、数千冊もの蔵書が整然と並んでいる。

少しでも難しい本を読むとすぐに寝入ってしまう程の彼女は、それを見ただけでげんなりしてしまう。

 

天井からは氷柱のように磨き抜かれたペンダントライトが吊り下げられ、柔らかな青白い光が室内を満たしていた。中央には巨大な氷のテーブルがあり、複数の椅子が囲んでいる。

 

そのテーブルに一人の青年が座っていた。二十歳前後だろうか。

銀髪を短く刈り込み、細いフレームの眼鏡をかけている。

黒いタキシードの襟元には小さな徽章が輝いていた。

青年は分厚い古書を開きながら熱心に読みふけっていたが、入室した足音に気づき、ゆっくりと顔を上げた。

「……ほう、来訪者か」

レセプトの蒼い眼差しがスールを捉えた。

知性的な光を帯びた碧眼が瞬時に彼女を分析しているのがわかる。

「パスシャ。この客人は?」

「外部からの来訪者スール様です。ディアス様のご指示で城内をご案内しております」

「なるほど先に報告を受けていた外からの……人間か」

レセプトは本を閉じると立ち上がった。細身ながらもしっかりとした骨格が、黒い衣装の下から伺える。

「レセプトという。この城の第2王子にして司書官を務めている。何かわからない事があれば聞いてくれ」

丁寧だが冷たく響く声音だった。

スールは少し気圧されながらもぺこりとお辞儀する。

「初めまして!スールです。よろしくお願いします!…えっと、レセプトさん。私、外の世界から来たんですけど、これまでも絵の世界は旅した事があって初めてじゃないっていうか」

「絵の中を……旅する?」

レセプトは怪訝な顔をした。

すかさずディアスがフォローしてやる。

「彼女は外の世界で不思議な絵画の絵を見ている折、急に絵に吸い寄せられてしまったらしい。そのまま気がついたら絵の中に入ってしまったというわけだ」

「なるほど。事故のようなアクシデントでこの世界に落ちてきたというわけか」

「うん。その後でお城まで来て、パスシャさん達に保護されたんです」

ぺこりとパスシャに向けて会釈するスール。

メイドはにこりと微笑んで言い添えた。

「そんなわけでしてレセプト様、彼女をしばし城でもてなそうと思いますわ。慣れない異世界に来てお疲れでもありますしね」

「……そうか。了解した」

事情を理解した彼は眼鏡のブリッジをツ……と上げてみせる。

「先程これが初めてではないと言ったな。他にも同様の経験があるのかな」

「はい、私不思議の絵画をこれまでにもいくつか出入りした事があるんです」

「それは珍しい。普通はこのような特殊な絵画世界には入ってこれないはずだ。あっても今回の君のように何かしらのアクシデントで1回あるかどうか。複数回というのはなかなかない」

レセプトは物珍しい者を見るように今度はテンプルをスチャ、と上げてみせる。

「私、実は錬金術士なんです。それで不思議な絵画を修復するために改良した特殊な絵の具を作れちゃうんです。絵の中にも自由に入れるように出来るっていうか」

「錬金術士……!君がか」

職種を聞いて彼は驚いたようだ。

目を見開いてスールを凝視してくる。

「そんなに驚きました?」

「いや、錬金術士とはなかなか高尚な技能職だからな。見た所君はまだ子供だろう。その年齢で錬金術士とは少々意外でな」

「確かに。私もディアス様からさっき聞いた時は意外でしたわ。もっと年齢のいった方がされているイメージでしたから」

横でパスシャも同意したように頷いている。

「そういうもんなんですかね?私、当たり前にこれまで錬金術士としてやってきたんで子供でも普通にこなせるものだと思ってたんですけど」

スールのイメージでは特に自分たちが特別若く突出した錬金術士だという印象はない。

何故なら少し年齢が上だが格上のフィリスや化け物レベルのソフィーが身近にいるからだ。

1つ上なだけのルーシャも錬金術士だし、何より若いイルメリアが師匠なのである。

だがこの世界に住まう彼らからすれば自分の年齢で錬金術士をやっているというのはいささか物珍しいらしい。

「なるほど。その若さで錬金術で異界を行き来する技師とな。実に興味深い」

興味を深めた彼は作業していた手を止めると、書き記していたノートをパタンと閉じた。

すくっと立ち上がると書棚の方を一瞥する。

「司書官を務める私から、錬金術士の君にはここの書物を勧めたい」

彼は棚の間を歩き出すと、ある一角で足を止めた。

そこには背表紙に金色の文字が刻まれた古い書物たちが並んでいた。

「書とは記憶の器だ」

レセプトは一冊の本を取り上げながら語り始めた。

「遥か古代の賢者の思索から昨日の詩人の吐息まで、全てが文字となりここに結晶化している」

「文字が……結晶?」

「そうだ。例えばこの一冊には千年以上前の哲学者が書き記した宇宙論がある。ページをめくるごとに我々はその時代の空気を吸い込み、彼らの思考を追体験できる」

レセプトは古びた革表紙を愛おしそうに撫でた。

「君のように異なる世界を渡り歩く者にとっても書物は強力なガイドとなるはずだ。絵画という媒体で時間と空間を超える君にこそ、文字による超克の喜びを知ってほしい」

突然の講義に戸惑うスール。

しかしレセプトの言葉には真摯な熱が籠もっていた。

氷のように冷静な表情の裏側に燃える知的好奇心が垣間見える。

「えーと、レセプトさんって本がお好きなんですか?」

「ああ。職業柄な」

「レセプトは城の司書官なんだ。蔵書は全て読み込んでいて、熱量も相当なものと言っていい」

ディアスが司書官である第2王子の一面を紹介する。

「うへえ、こんなたくさんの本を?私だったら考えられない」

「そんな事を言うものではない。本は素晴らしいぞ。この城で最も重要な宝だ」

レセプトは本棚全体を見渡すように腕を広げた。

「文字は永遠に残る。この氷の城が溶け去っても書物は消えない。そこに記された思想だけが生き続ける」

熱を伴って言葉が連ねられる。

だが彼はふと我に返ったように咳払いし、

「……少し熱くなり過ぎたな。訪れたばかりの客人に対し、失礼した」

我に帰った王子は無礼を詫びるように冷静になった。

どうやら彼は本の事となると饒舌になってしまうタイプのようだ。

「いえ!本が好きなのは凄く伝わってきました!私には本はよくわかんないけど」

スールは慌てて否定した。

「レセプトさんはそれだけ本が好きならこの立派な書斎はぴったりじゃないですか?本も喜んでますよきっと」

スールの純粋な称賛にレセプトの眉がかすかに動いた。

「お褒めに預かり光栄だ。だが、君は本のよさが今一よくわかっていないらしいな」

「えっ?まあ私は頭はそんなによくないし、本とか読んでるだけで眠くなってきちゃうから~」

目を泳がせるスール。

レセプトは一瞬だけ目を丸くした後、微かに口角を上げた。

「眠くなる……か。それはなかなか端正しがいがあるな」

「ふぇっ?」

彼は再び棚に向かいながら呟いた。「ならば君のような錬金術士に最適な作品を選んでやろう」

振り向いた司書官の眼鏡が青い光を反射した。

「何冊かあるが、これらを読み込んでもらおうか」

そう言って彼はページを開いてスールに見せてくる。

そこにはびっしりと文字が埋め尽くされていた。

大量の文字の羅列を見たスールの顔がひきつる。

「ひぇっ、見るだけで嫌になっちゃいそう」

「ほう、それはよろしくないな。是非ともこれらを全て読んでもらわねば」

彼は戸棚から3、4冊本を引き抜くと積み重ねて渡してこようとする。

「ちょ!勘弁してくださいよ…!私そんなの読んだら即寝落ちしちゃうから」

「駄目だ。今すぐこれを読むんだ」

「うわーっ!」

おののいてスールが書斎の扉へ向けて走り出す。

本の悪魔と化した第2王子から退散するように外へと駆け出していた。

その光景を見てパスシャが横でため息をついた。どうやらレセプトのこれは日常茶飯事らしい。

実はというとガレットと似たようなやりとりを幾度もやっているのをメイドは飽きるほど見ているのだ。

氷の書斎から逃げ出しにかかるスールをパスシャは足早に追いかける事にした。

 

すると、その先で図書室の扉の隙間から、ひょっこりと小さな影が顔を覗かせているのが見えた。

「兄上たち何してるんだ?」

第5王子ガレットだった。

走ってきたスールを見つけると目を輝かせて飛び込んできた。

「スール姉ちゃん!まさかレセプト兄ちゃんとずっと喋ってたのか?退屈じゃなかった?」

「あーガレット君じゃん。別に退屈じゃないけど、苦手な本の話ばっかりで逃げてきちゃった」

「やっぱりか。レセプト兄ちゃんの話は本や勉強ばっかでつまんないもん」

「僕の話は『高度で有益な啓蒙活動』なんだがね」

涼しい顔で反論するレセプト。ガレットは呆れた顔で舌を出し、「レセプト兄ちゃんのつまんない話は聞き飽きたよ。それよりスール姉ちゃん、そろそろ俺と遊ぼうぜ!」とスールの腕を引っ張った。

「そうだね、そろそろ遊ぼっか。歩き回るのもそろそろ億劫になってきたし」

無邪気なガレットに対してスールは嫌な顔をする事はなく、むしろ遊び相手になる気を見せる。

その様子を見てレセプトが言った。

「君は異邦人にしては随分と快活なようだな」

「そーですか?私はどっちかっていうとお勉強や本読むとかより運動して遊びたい派なんです。その方が楽しいし」

「そうか。まあ確かに勉学ばかりに傾倒するのも考えものだからな。君のような年頃なら遊びたいものか。良いことだ」

とレセプトは冷静に頷いた。

 

「ところで君の世界について少し教えてもらえないかな?科学技術の発達具合や文明の在り方などを詳しく知りたい」

不意に自分の世界の技術レベルの質問をされ、スールはきょとんとした顔でパスシャを見やった。

「レセプト様は知識欲が旺盛過ぎて時々こういう切り口になるんです」

メイドは苦笑いしながら助け舟を出す。

「でも興味を持ってくださっていることは確かなので、お答えしてあげて頂けませんか…?」

「もちろん!私の世界では……」

スールは出来る限り分かりやすく故郷の文化や技術について話した。写真技術や不思議な絵の具といった概念を説明するうちにレセプトの表情が徐々に変わり始める。

最初は淡々としていた瞳が次第に輝きを増し、

 

「……素晴らしいぞ。実に面白い!」

と熱っぽい口調で叫んだ。

「僕はこの絵画内だけの狭い歴史を研究していたが……君の話を聞くと外の世界はまさに未知の領域だ。もし可能なら君を研究対象にさせてほしいくらいだよ」

思わぬ申し出にスールは仰天して両手を振った。

「え、研究!? ちょっと怖いかも……」

「冗談ではないんだよ」

レセプトは銀縁眼鏡のブリッジを押し上げながらニヤリと笑う。

「君が持つ知識と経験は我々にとって価値ある宝だ。もし協力してくれるなら……そうだな、我が家の秘蔵資料から『千年水晶』を触媒にして新しい魔法陣を起動させる権利を与えよう」

「ええー? 何その怪しい儀式みたいなの……」

スールは首を傾げるが、一方で「新しい魔法陣」という言葉には妙な興味を掻き立てられた。

(面白そうだけど……なんか騙されそう?)

 

パスシャがそっと耳打ちする。

「レセプト様は好奇心の塊ですけれど根は悪くありません。一見危ない人に見えなくもないですが。むしろ絵画内の秩序を重んじているのです。おそらくスール様の安全を保証する代わりに『共同研究』という形で外部からの情報を収集したいのでしょう」

 

スールはパスシャの言葉に危険アンテナを収めて安心しつつも曖昧に笑って答えた。

「うーん……ちょっと考えておきます。今はまだ来たばかりだし頭がいっぱいで」

「賢明な判断だ」

レセプトは肩を竦めた。

「焦る必要はない。だが僕個人としては是非とも友好的な関係を築きたいと思っている。いつでも君の話を聞こう。そして私が持っているこの国の知識を教える事も可能だ」

レセプトは無理に強要する事はせず、スールの気のままに任せる事にする。

いずれにせよ彼女の爛漫で自由気儘な性格を彼は気に入ったようだ。

 

 

「なあ!そろそろ行こうぜ、スール姉ちゃん!」

ガレットが再びスールの腕を掴んで言った。

「もうレセプト兄ちゃんの堅苦しい話にも飽きただろ!約束通りそろそろ遊ぼうぜ!」

「ガレット君。そうだね、さっき言ってた遊びをしようか!」

スールは無邪気なガレットに呼応して微笑みかける。

レセプトにお辞儀をすると、彼に連れられるように書斎から出ていくのであった。

 

---

 

「ふむ……予想以上に君は興味深い被験者となりそうだ」

図書室を後にしたスール達の背中を見送りながらレセプトは一人呟いた。

眼鏡を外し、光沢のある黒革表紙のノートに走り書きを始める。

『外からの侵入者スール・マーレン。職業:錬金術士。観察期間:1週間未満。性格傾向:天真爛漫/飽きっぽい/警戒心並。危険因子:不明。利用可能性:高。兄弟共有玩具として最適か』

 

ペンの先端を舐めるような仕草と共に彼は薄く笑う。

「さあ……あの子がどんな化学反応を起こしてくれるか。楽しみだ」

 

◇ ◇ ◇

 

その後、スールはガレットと共にしばらく運動して遊んだ。

城の中の広めのスペースの場所で、許可を取った上でかけっこや鬼ごっこ、かくれんぼ等をして戯れた。

2人とも活発な方なので波長が合うのだろう。スールは年下の子供の相手でも飽きる事なく時間をとって遊んでやった。

「あー、楽しかった!ありがとなスール姉ちゃん。満足したぜ」

「私も楽しかった!ガレット君もありがと」

ガレットはしばらく遊んで満足したのか楽しげに礼を言った。

スールの方も良い意味で緊張がほぐれていい運動になったようだ。

 

その後ガレットと分かれて、スールは再びディアス達の城案内に戻った。

「すみませんねディアスさん、パスシャさん。お待たせしちゃって」

「いやこちらこそすまない。ガレットが手を煩わせてしまって。遊んでやってくれてありがとう。あいつも嬉しそうだ」

「ええ本当に。ガレットの我が儘に付き合って頂いて申し訳ないですわ。感謝致します」

2人はスールに頭を下げて感謝の意を述べる。

末子が迷惑をかけて、それに嫌な顔もせず一緒に遊んでくれたのだから。

「いえいえいいんですよ!私も楽しかったし」

スールは自分も十分に身体を動かして楽しめたため、何も不満はなかった。

それにあのくらいの年頃の男の子なら多少やんちゃでも真っ当な事だと思うからだ。

彼女はいいストレッチになったと気分よく歩き出した。

 

 

「あ、すみませんスール様。私、少し用がありますので一瞬だけ席を外させて頂いてもいいでしょうか」

「そうなんですか?全然大丈夫ですよ。行ってらしてきてください」

「彼女の案内は僕が続けよう。パスシャ、安心して用を済ませてきてくれ」

「ありがとうございます。ではしばしの間失礼を致します」

パスシャは何か別の用事があるらしく、少しの間席を外すそうだ。

案内役はディアスがいるため、そのまま城案内は彼が案内してくれる。

 

◇◇◇

 

「さて、そろそろ喉も乾いただろう。応接室で一休みしようか」

一遊び終えたスールを見て、ディアスがそう呟いた。

ひとしきり城案内も終わっているし、彼女に一休みする時間を与えようと考えたのだ。

 

彼がスールを案内したのは、広間や食堂とはまた趣の異なる落ち着いた雰囲気の部屋だった。

暖炉の火がゆらめき、柔らかなソファセットがいくつか配置されている。

「うわあ……素敵なお部屋。なんかホッとするね」

スールがそう呟くと同時に、部屋の隅で控えていた数人の女性が一斉にこちらを向き、優雅なカーテシーを披露した。

「いらっしゃいませ、お客様。ようこそ氷の城へ」

穏やかながらも芯のある声で挨拶したのは、先頭に立つ少し年配の女性だ。他のメイドたちより服装がわずかに洗練されている。

「こちらがこの応接室を取り仕切るメイド長のカレンだ。他の者は彼女の部下たちだよ」

ディアスが紹介すると、カレンと呼ばれたメイド長は再び軽く会釈した。

「スール様と仰いましたね。お初にお目にかかります。パスシャからの連絡で、お客様がお越しになると聞いて皆でお迎えしておりました」

「わあ、本当ですか!?そんなに歓迎してもらえるなんて嬉しいです!」

スールが満面の笑みを浮かべると、周りの若いメイドたちも微笑ましそうに彼女を見る。

「ディアス様より、しばし我々がおもてなしをするようにと仰せつかっております」

「何かご希望があれば遠慮なくお申し付けくださいませ。お飲物や軽いお菓子などもご用意しておりますわ」

カレンの言葉を受けて、他のメイドが銀のトレイに乗せたカップとクッキーを運んでくる。

「わあ!ちょうど紅茶が欲しかったところなんです!ありがとう!」

スールは歓声を上げながらソファに腰掛けた。メイドたちが手際よくお茶の準備を進める。

 

「皆さんの衣装も素敵ですね。パスシャさんと同じデザインだけど、それぞれアクセサリーが違ったりして個性がありますよね」

スールが話しかけると、メイド達は少し照れたように顔を見合わせた。

「恐れ入ります。お客様にそう仰っていただけると励みになりますわ」

「スール様も町娘さんにしては珍しい衣装をお召しですね。とても可愛らしいです」

「えへへ、ありがとう!実はこれお母さんからもらった特別な服なんですよ」

スールは自分の黄色い特製服の装飾を見せながら説明する。メイドたちも興味深そうに耳を傾けた。

「まあお母様から頂いたお召し物なんですね。キュートでスール様に大変お似合いですわ」

「ありがとうございまーす!そういってもらえて嬉しい!」

 

和やかな歓談が始まったところで、ディアスが軽く咳払いをした。

「さて、僕はパスシャの様子を見に行ってくるよ。用事がちゃんと進んでいるか少し気になるからね」

「ディアスさんが行くなら私も一緒に……」

スールが言いかけたが、ディアスは優しく手で制した。

「いや、君はここでメイドたちとゆっくりしてくれ。客としての時間は大切だよ。それに」

彼は少し悪戯っぽく微笑む。

「後で楽しいゲームを用意しているんだ。君が楽しく遊べる催しをね」

「え?ゲームですか?」

「ああ。この氷の城で定期的に開催されているイベントがあるんだ。調度今日はその開催日でね」

ディアスは何か特別なゲームを後で用意しているらしい。

「それってどんな催しなんですか?」

尋ねてくる彼女に対し、人差し指を口に当てて、彼は言う。

「それは後のお楽しみさ。少しばかりのお預けもいいだろう?」

「ぷっ!分かりましたー」

スールは吹き出し、素直に頷いた。

「じゃあお言葉に甘えて。メイドさん達ともいろいろお話したいですし!」

「うむ。では頼んだぞ、カレン。他の者達も。スール君に楽しい時間を提供してやってくれ」

「かしこまりました。お任せくださいませ」

カレンが深く一礼し、他のメイドたちも同様に頭を下げる。ディアスは軽く手を振り、応接室を出ていった。

 

扉が閉まると同時に、メイドたちの表情が少しだけ砕けたようにスールには見えた。

「ではスール様、まずは温かい紅茶をどうぞ。少し強めのハーブティーですので、旅のお疲れも癒えるかと存じます」

カレンが淹れたての香り高い紅茶をサーブしてくれる。

「ありがとうございます!わあ、すごく良い匂い……!」

スールがカップを受け取り口をつけると、爽やかな香りが口いっぱいに広がった。

「美味しい!」

 

「それはようございました。こちらのクッキーもどうぞ。ナッツとチョコレート入りでございます」

「わあい!いただきます!」

メイドたちに囲まれ、美味しいお茶とお菓子に舌鼓を打つスール。

(うわあ、最高のおもてなしじゃん!ディアスさんの城って本当に素敵な場所だなあ……)

新天地での友好的な出会いに、スールは胸を躍らせながらメイドたちとの会話に花を咲かせていくのだった。ディアスは一体どんな催しのゲームを用意してくれるのだろうか?彼女は期待を膨らませて後のそれを楽しみにするのだった。

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