宇宙戦艦ヴンダー 《Reise zu einem Wunder》   作:朱色の空☁️

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はい、やっとの事でこの話です


About 100 years of girl's thoughts -AW4年2月24日-

「テレザート航海への協力要請。上手くいきましたね」

 

「だが、彼女たちは分かっていたかもしれない」

 

 バレルの脳裏には、ハルナとリクの目の強さが焼き付いていた。ハルナは片目だけだったが、灯のように揺れる紅い目が全てを見透かすように射抜いて来る。こちらが何を考えているのか、あちらには丸裸になっているのだろうか。

 

「だが、本当にあの船が?」

 

「はい。現在は断層工廠で改装を行っているそうですが、改装内容は最重要機密事項に指定されています。大使館からの開示請求ではとても通りません。ですが、大まかな予想は出来るかと」

 

 キーマンが端末を操作すると、1隻の艦艇が大きく表示された。

 

「もともと黒鳥と呼んでいましたが、オリジナルレコーダの開示で正式名称が判明しました。NHG2番艦エアレーズング。デウスーラ2世の原型となったと言われるオリジナルNHGの1隻です。アリステラの一件で、すでにガトランティスがNHGを鹵獲している事が判明しています。デウスーラの場合は本来の力を取り戻す為の改造はされていなかったというのが、第2バレラスで回収した記録からの報告です」

 

「本来の力?」

 

「詳細は不明ですが、NHG級はある目的をもって作られた艦艇と聞いています。少なくとも、戦闘用ではないと」

 

 現代の宇宙艦艇から見ても明らかに異常な存在であるNHG級。この世界以外の技術で生まれた戦艦など前代未聞だ。それが何と4隻も存在していて、その内の最低1隻もしくは2隻がガトランティスに鹵獲されている。

 

「画像解析の方は」

 

「NHGである事は間違いないかと。本国も同じ結論を出しています」

 

「その4隻が火星にやって来ることは確実だな。まさか同盟国となった相手に、特大級の爆弾が隠されていたとは……本国に連絡を。全人類存続の危機だと伝えて欲しい」

 

「はい」

 

 

 


 

 

 

「シンジ、おーいシンジ?」

 

「え? ああうん、ゴメンどうしたの?」

 

「最近ボンヤリ気味やのう。なんかヘンな事でもあったんか?」

 

「えっと、ヘンな事だとは思うけど、これは自分で考えたい」

 

「はいよ。んでもなんかアレやなぁって思ったらワシやケンスケにいいな」

 

「うん、ありがとう」

 

 シンジはバスを降りてトウジと別れた。いつも通りの長い坂を上り、集合住宅が立ち並ぶ坂の団地に帰る。ここ数日、考えっぱなしだ。父が何をしようとしていたのか。母はどうなったのか。自分はどうしたいのか。自分は監視されて守られている。

 

 トウジやケンスケたちとそこまで変わらない中学生の筈だった。ただ親がいないだけの、1人では前向きになれないの、ただの中学生だ。

 

(父さんが母さんを生き返らそうとしていて、母さんは月で事故にあって……分からないよ)

 

 俯き加減で帰り路を歩くのは少し危ないが、今のシンジにそう言っても無理だろう。数日間頭の中を占領し続けているこの真実は誰にも話せない。自分の中でしか抱えられないのだ。嫌な感じだ。

 シンジは、ぼんやりと考えながら歩いていた。その足取りは重く、意識は目の前の現実よりも、頭の中の疑問に囚われている。

 

(父さんは何をしようとしていたんだろう……母さんは本当に……)

 

 考えが堂々巡りを始めたその時だった。

 

「おい、ちょっといいか?」

 

 突然、男の声がシンジの耳に届いた。驚いて顔を上げると、数メートル先に立っていた3人組の男がじっとこちらを見ている。

 

「え……?」

 

 反応する間もなく、後ろから肩を掴まれた。

 

「おとなしくしろ」

 

 鋭い声と共に、シンジの腕がねじり上げられ、細い路地へと引き込まれる。抵抗しようとしたが、相手は自分よりもずっと大柄で、力では勝ち目がない。咄嗟に声を出そうとしたが喉が詰まり、声も出ない。

 

(何が……起こってるんだ?)

 

 不意に、風を切るような音が響いた。

 

「ぐっ!」

 

 シンジを押さえつけていた男が短い悲鳴を上げ、その手が緩んだ。次の瞬間、別の男が地面に倒れる。シンジが驚いて振り返ると、一人の男が立っていた。

 

「大丈夫か?」

 

 暗闇の中、銀色の刃が月光を反射する。シンジを助けた男は、無駄のない動きで襲撃者たちを無力化していく。手際が良すぎる。その鋭い目が、こちらを一瞥した。

 

「君が碇シンジ君だな」

 

 スーツにサングラスをかけた男は静かにそう言った。シンジは混乱しながらも、かすかに頷いた。

 

「えっと……貴方は、誰ですか」

 

「味方とだけ言っておくが、名前は教えられない。そういう仕事をしている」

 

 男は人差し指を口元に当てた。シンジの胸に、新たな疑問と不安が渦巻いた。男は耳元のインカムに手を当てると通信を開いた。

 

「フィグ1よりフィグリーダー。チルドレンに接触。本部への護送許可を。……了解」

 

「碇シンジ君。君は、冬月氏よりある程度の話は聞いているかな?」

 

「先生から? はい、聞いてはいます」

 

「そうか。今から君をWILLE統合庁舎に移送する。急で済まないが、色々と面倒事が始まっているんだ。君を守る様に厳命されている以上、護衛はさせてもらおう」

 

 

 

 __________

 

 

 

 3人組の男に連れ去られそうになったらスーツの男が纏めて拘束し、正体も明かさずに車両に乗せられてWILLE統合庁舎に移送されている。何が何だかだ。

 でも、自分では想像も付かないような事に巻き込まれてしまっている事は分かる。だから警察なんかじゃなくてWILLEに移送されているんだ。ケンスケが知ったら心配するどころか喜ぶだろう。軍用車に乗れるなんて本当に人生にあるか無いかの経験だ。

 

 

「到着する。冬月氏と真希波氏にも連絡が入っている。それと、会ってもらいたい人たちがいる。君の助けになるだろう」

 

「誰……聞いても、教えてくれないんですよね」

 

「済まない。でも、もしかしたら知っている人かもしれない。真希波氏もWILLEに所属しているという事は関わっている筈だ。さぁ、降りてくれ」

 

 男に降車をうながされ降りると、そこは地下駐車場だった。ただし護送車以外に車が1台も止まってない寂しい駐車場だ。近くにあったエレベーターに乗り込むと物凄い速さで階数が変わっていく。如何やら上層階への直通エレベーターの様だ。

 

 十数秒くらいでエレベーターは止まり、シンジと男は外に出た。誰もいない廊下を真っ直ぐに歩いていき、ある扉の前に立った。

 

(長官室……!? こんなすごい人と会うの!?)

 

「ああ、別に身だしなみとか気にしなくてもいい。つい20分前に決まった事だからね」

 

 シンジの不安を察してか男は声をかけて落ち着かせる。男も長官とは滅多に合わない。彼が所属する情報部諜報部隊はWILLE内1の秘密塗れ部署であり、長官からの指示は直属の上司から受け取る事になっている。だから、基本直属上司としか会わず、他の部署も誰が諜報部隊員なのかを知らない。

 

 それが今回だけは例外。長官に会わなければならない。男は軽く3回ノックするとドアを開けた。

 

「藤堂長官。お連れしました」

 

「お疲れ様です。あとはこちらで行う」

 

「分かりました。失礼します」

 

「あ、あの!」

 

「?」

 

「えっと、名前、分からなかったんですけど……ありがとうございました!」

 

 男は面食らったような顔をした。内気そうな男の子に見えたけどちゃんとお礼も言えるいい子、育てた人が良かったのだろうが、予想とはほんの少し違っていた。男___剣崎はシンジに向き直りサングラスをずらした。

 

「君はいい子だ。育ててもらった人に感謝しなさい。じゃあ」

 

 そのまま剣崎は足音1つ残さず立ち去った。振り向くと藤堂と加持が意外そうな顔をしていた。

 

「アイツはThe仕事人みたいなやつなんですが、こういうの初めて見ました。ああシンジ君、初めまして。加持リョウジだ。で、こちらがWILLEの最高権力者ね。だーれだ」

 

「えっと、藤堂、平九郎さん」

 

「その通りだよ」

 

 緊張感のない加持の会話に違和感を覚えるが、シンジは今それを気にする余裕がない。なぜなら、シンジが知っている人が今この場にいるからだ。でも、いつ声をかけていいのかが分からない。勿論、一般人は知らない人だ。しかし、ケンスケというアウトすれすれのミリオタの友人がいた事で分かってしまっているのだ。

 

「それで、WILLEの裏の最高権力者の睦月夫妻だ」

 

「裏って何なんですか裏って」

 

「いや、君達長官とお話して政治に片足突っ込んだ事あるよね?」

 

「ありますけども……ああゴメンね。睦月リクです。で、妻の」

 

「睦月ハルナです。初めまして」

 

 知っていた。ケンスケが密売しようとしていた写真の人だ。シンジの顔に驚愕が浮かび上がった。それを見たハルナがニヤーと笑う。でも、左目が変なように見えて、シンジはちらりと見た。

 

「ふーん。ケンスケって子に教えてもらった……見せられた、かな?」

 

「っ!?」

 

「ああごめんごめん。相田くんにはきつく言っておくから。えっとね、私達は人類守るお仕事やってるの」

 

「ケンスケが言ってたんですけど、WILLEの軍艦って、全部睦月さん達が作ったんですよね?」

 

「という訳でもないけど、主任はやってるよ。ただそこまで偉くない」

 

「何を言ってるんだ。3組織の次に強いんじゃなかったのか?」

 

「藤堂長官今言わなくても良い事だと思います。第2世代艦の建造と配備はただの準備だよ。本当は、SEELEと君のお父さんを探しているの。出来れば捕縛ってとこかな。放っておいたら色々マズい事になる」

 

「という事で、WILLEで君を保護する事にした。家族や友人には暫く会えないと思って欲しい」

 

「……な、何で、僕なんですか。先生と、マリさんから事情は聞いているんですけど、そんな急に保護とか、帰れなくなるとか、わけわかんないですよ!」

 

 シンジは驚きの余り狼狽えてしまう。急に自由を奪われたように感じてしまい、どうしていいかも分からないのだ。でも相手はWILLE。地球の全ての軍事を担う組織だ。自分一人が同行しても何とか出来る相手じゃない。それはシンジも分かっている。

 

「何なんですか、もう……帰してください」

 

「今は難しい。君のお父さんは兎も角、SEELEは割となりふり構わずやってくる。またさっきみたいな事が起こるだろう。トウジくんとケンスケ君にも危害が及ぶかもしれない」

 

「っ!? それは……ッ!」

 

「勿論、君の友人にはさっきの人みたいな護衛を付ける。万一の時はWILLEのMPがすっ飛んで来る体制も整える。大丈夫だ、裏の最高権力者と言われているのは伊達じゃないよ」

 

「でも……!」

 

「シンジ君。この目を見て」

 

 ハルナはシンジに目線を合わせると、自分の左目を見せた。シンジはすぐにそれの正体に気づいた。話で聞いた事がある。戦傷を受けた人は義手や義足、人工臓器で欠損を補うと。でも、本物を見るのは初めてだ。

 

「この目はね、SEELEに操られたうちの局員にやられたの。診てくれた先生が言ってたけど、あと5センチズレてたら脳幹をやられて即死だったって。そういう事もする連中なの、SEELEは。君に不自由を強いるのは、組織として必要なこと以上に君と君の友人を守る為なのよ。君がもう地球にはいない事を示して、連中の目を地球から宇宙に向けさせる。確実な手段とは言えないけど、今君と私達が出来る手段なのは、理解してほしい」

 

 そこまで話し切ると、ハルナは痛みで蹲った。苦しそうに顔を歪めて左目と左後頭部を抑えていて、シンジはハルナの体を咄嗟に支えた。が、見かけよりもずっと重くて支えきれない。

 

(お、重い……ッ!!)

 

 リクが興してようやくハルナは元の体勢を取れた。

 

「わざわざそんなこと自分で思い出すな!」

 

「これって……何なんですか」

 

「フラッシュバックって聞いた事ないか? 大事故とか生死の境彷徨ったりとかしたら記憶に焼き付いてしまうってやつだ」

 

「……」

 

「いいかシンジ君。僕達は本当にそれ程の覚悟を持っている。僕らと沢山の人の人生と歪ませたSEELEだけは決して許さない。だから協力してほしい。いいね?」

 

「……ここに、いればいいんですか?」

 

「そうだ。宇宙に行く可能性も十分にある。僕は一旦ハルナを落ち着かせて来る。長官、加持さん、後お願いします」

 

「分かった」

 

 リクはハルナを担ぐとそのまま長官室を後にした。残されたのは藤堂と加持とシンジだけ。どう話していいのかも分からない時間が過ぎていく中、加持がふと口を開いた。

 

「シンジ君、大人っていうのは結構卑怯な生き物だ。強いる事も出来るし、思った方向に誘導する事も出来る。睦月夫妻はそういうのにむかない人間でね、あそこまでして頼んだのは君を救いたかったからだよ。あと、大事な一人娘にも頼まれてもいるから精一杯やったんだろうな」

 

 煙草に手を伸ばそうとしたが、その手を引っ込めて言葉を続けた。

 

「これは俺の本音だけど、ああゆう大人は貴重な方だ。だから、着いて行った方がいいと思う」

 

 

 

 


 

 

 

 

「お母さん大丈夫?」

 

「まぁ大丈夫だ。でもあそこまでやるのは分からなかった。多分フィールドでワザと隠していたんだ。僕が止めるのを分かってたから」

 

 脂汗でびっしょりなハルナの額をハンカチで軽く拭き、濡らしたタオルで額を冷やす。適当な休憩室を借りたリクと綾波は、フラッシュバックを自分で起こしたハルナの介抱に動き回っていた。ワザと隠していた事に呆気に取られていたが、それ程までにシンジを守りたかった事は理解した。

 

「お父さん、碇君は?」

 

「一先ず保護だ。会って来るか?」

 

「会いたい。でも、今はお母さんが心配。今じゃなくても会えるから。それに……私の事は知らないから」

 

「知ってるよ。それでも、会った方がいい。ハルナが落ち着いたら、加持さんに頼んでついててもらうから」

 

「過保護」

 

「子を持つ親の気持ちになってほしい。ハルナ、起きれるか?」

 

「う、うん……起こして」

 

 リクと綾波に支えられながら、ハルナは身を起こした。やけに視界が鮮明で目元に手をやるといつものバンダナがない。そういえば外してたと思いだすと腕に結んでいたバンダナを外そうと手を伸ばす。それを遮って綾波がハルナの腕に取り付きバンダナを解きにかかる。

 

「いい、取る」

 

「ありがとう、もう大丈夫だか(バチンッ!!)痛"っ!! 義手義手!」

 

 リクは両手でハルナの頬を勢いよく挟んだ。人に触れるには硬すぎる義手なのでその質感と勢いが痛いのは分かっているが、リクは離さない。

 

「自分のトラウマに触れてまで話をするなら事前に言え!」

 

 怒る事があまりないリクがハルナに怒った。綾波も目を逸らさずにハルナに無言で訴える。ハルナは何か言い返そうと思ってしまったが、リクと綾波の目に怒りよりも悲しみが沢山乗っていたのを感じると、ハルナは俯いた。

 

「……ごめん」

 

「……!」

 

 不満な顔をでリクが両手を離すが、綾波はへの字口をして眉間にしわを寄せている。言葉にしなくても怒気が滲み出ている。

 

「ごめん……レイちゃん怒らないで」

 

「……!」

 

「ごめんなさい許してください……」

 

「……ん。次やったら、もっと怒る。多分ビンタ」

 

「やった事あるのか?」

 

「碇くんに1回」

 

「おお痛そ。だってさ」

 

「以後、肝に銘じます……」

 

 娘と夫に叱られ反省したようだ。バンダナを定位置に結び直したハルナは長官室に戻ることにした。が、1つ確認しておかなければならない。

 

「会うの?」

 

「うん。抑える。話したいことは沢山ある。でも碇くんを混乱させてしまう」

 

「分かってるならいい。行こうか」

 

 

 ________

 

 

 

「シンジ君。君に、会わせたい子がいる。今は睦月家の養子扱いになっている」

 

「養子? 聞いてないぞ私は」

 

「流石に届けは出せなかったんですけどね。おいで」

 

 綾波はリクの背後から顔を出す。そっと様子を伺うように顔を出すとシンジの顔が見える。カメラ越しで一度見たことがあるが、この目で見るのは190年ぶりだ。その殆どの時間を眠って過ごしてきたので実際の体感は4年ほどだが、自分を肯定してくれた人が生きている事に目の奥が熱くなる。

 

「綾波レイだ。睦月・レイ・暁という名前で娘として通している。面倒事が終わり次第、養子として迎える予定だ」

 

「養子?」

 

「君には本当の事を話しておく。別にこれを聞いても後戻りできないとかそういうのじゃないから安心してほしい。レイちゃんは……レイちゃん?」

 

 むしろこうなるのが普通だったかもしれない。綾波は無意識のうちに一歩踏み出していた。綾波の意思を尊重して連れて来たがやっぱりこうなったかと思ったリクは綾波をいったん止めようとする。

 が、それをハルナが止めた。

 

「いいのか?」

 

「レイちゃんは、ここまで待って我慢してきたんだよ。許してあげて。リクも分かってたでしょ」

 

「そうだけど、今じゃないって思った。……いや、こっちが決める事でもないか。長官、加持さん、ちょっと外してください」

 

「……彼女の心情を慮れば、必要だ。加持くん、君もだ」

 

「はいはい。後は頼むよ保護者」

 

「分かってます」

 

 加持と藤堂が退出したのを確認し、部屋には綾波と信じ、ハルナとリクだけになった。涙が止まらない綾波は艦長服の袖で拭い続けていた。その肩を、リクは軽く押した。

 

(止めるのは間違ってた。ごめん)

 

 リクは頷く。ギリギリで抑え込んでいた感情が一気に噴き出し、綾波はシンジの元に走っていた。自分で自分の手綱を握るのはとても大変な事だ、綾波にとっては。感情が随分とはっきり出るようになったのはここ数年の事で、感情の出し方を知らなかった分歯止めが効きづらい。

 

 でも、今は、シンジがここで生きている事を嬉しく思いたい、泣きたい、笑顔になりたい。

 

 でも、心に深く根を張った不安が自分を大きく抑えてしまった。

 袖で目元を拭うと、綾波はシンジに顔を向けた。

 

「AAAWunderの守り人、綾波レイ。よろしく」

 

「えっと、よろしく、お願いします。……綾波さん」

 

「綾波、でいい」

 

「その……綾波。守り人って、何?」

 

「そのままの意味。私は、AAAWunderで生きていた、魂だった」

 

 

 ______

 

 

「えっと……AAAWunderが別世界の地球からやって来た巨大戦艦で、綾波さんと前の艦長はその船に魂だけで乗って来た、という事ですか?」

 

「要点だけならそうなるね。レイちゃんが目を覚ましたのが4年ほど前だから、今は18の筈だ」

 

「14」

 

「ん?」

 

「14」

 

「……」

 

「じゅう、よん」

 

「……分かったから、そのジットリ目を止めて。結構くる」

 

 自分も生まれ年から数えると平気で60を超えているし、綾波なんかは100を超えている。ややこしくなるので年齢の事を言うのはもうやめる事にした。

 リクが降参して両手を挙げると、相槌を打つように端末の着信音が鳴った。相手は藤堂だった。リクは一言断りを入れて電話に出た。

 

「長官。レイちゃんとシンジ君はこのままクロノスに移します。SEELEがちょっかいかけてくる前に全てすましましょう。……SEELE? うわぁあのクソ共。マリさんを即時招集。冬月さんもです。これから移動に入ります」

 

 電話越しに上司がいても平気で悪態をつき、リクは電話を切った。予定を狂わされてイライラしているのだ。

 

「先生が来ているんですか?」

 

「冬月さんの事か。来てるけど、シンジ君拉致に失敗した連中が動き出したみたいで、南半球の観測衛星がそれを捉えている。見えないけど」

 

「見えないんですか?」

 

「透明戦艦って言った方が分かりやすいかな。シーガルチャーターして行こっか」

 

「分かった」

 

「シンジ君、レイちゃん。急で済まないけど、冬月さんとマリさんも保護する。荷物の準備も何も出来てないけど、あとで一通りの物はこっちで纏め発進前に渡す。いいね」

 

「はい……」

 

「じゃあクソ共に会う前に移動開始」

 

 

 ________

 

 

 

 統合庁舎の屋上からシーガルに乗ったシンジと綾波、冬月とマリは時間断層管制艦クロノスに入った。本来機密区画の時間断層に民間人を入れる事自体あり得ない事なのだが、責任問題を全部自分に押し付けさせる事でクリアしてしまった。

 

「減給バッチ来い。へっちゃらだよ」

 

「降格はあり得るかもな。でもクビには出来ない。人材不足の中で人を辞めさせる事はなかなかできないからな」

 

 自分の価値をよく理解した大胆な行動だ。芹沢あたりが渋い顔をするのは容易に想像がつくが、今まで自分達がやって来た事を含めるとまだまだプラス。痛くも痒くもない。それに、リクとハルナをクビにしてしまえば、()2()()()()()()()()()()()()()()()がいなくなってしまうのだ。

 

「レイちゃんはいつも通り私達の部屋で良いよね。シンジ君と冬月さんはあっちで」

 

「ん、分かった」

 

「じゃあシンジ君を先に案内するからリク、例のお願い」

 

「分かった」

 

 シンジと綾波がハルナに連れられて部屋を出ると、リクは真剣な表情で冬月と向かい合った。

 

「君が、睦月リク君か」

 

「ええまぁ。SEELE大嫌い人間の睦月リクです。冬月さん、タブハベースで何をしていたのかは大体聞いています。そしてエヴァ初号機の真実を話していない事も想像ついてます。ああ、何で話さなかったんだというつもりはありません。むしろ話さないでくれて助かりました。アレは残酷すぎます」

 

「君は、私に何をさせたいんだ?」

 

「破壊されたはずのタブハベースの調査とその後の活動にも協力して頂きます。SEELE殺しのお手伝いです。タブハベースはSEELEの資本で出来た国連直轄の施設。研究にもSEELEの意向がある程度反映されていた、と睨んでます」

 

「その理由は」

 

「レイちゃんの身体は、地球と月の航路上で透明化していたドレッドノート型輸送船に積載されていました。そして月面にはタブハベースの跡がある。お分かりですか?」

 

「……タブハベースは復旧されている可能性がある。しかし、既に月面にはWILLEが基地を設営しているはずだ。タブハの調査は行ったのか?」

 

「ええ勿論。内容が内容なので3組織で極秘にやりましたよ。結果、タブハ上層部は瓦礫の山。中層部は廃墟。下層の調査は危険すぎて断念。最下層は全くの不明ときました。おまけに資料も何もないと来たものですから。廃墟探検する前に地図作りをする羽目になったって聞いてます」

 

「だから、私に案内をさせる積もりか」

 

「ええ。当時のタブハにいたのがあなたくらいしか見つからなかったので。今のシンジ君とレイちゃんをSEELEとゲンドウ氏が血眼で探している筈なので、2人を地球に帰す前に害虫駆除しておかないといけないんです」

 

 どんどん口が悪くなるリクは歯止めが効かず、ついにSEELE退治を害虫駆除と呼んだ。リクが纏う異常なオーラを冬月は本能で感じながら、話を聞き続ける。

 

「協力して下さい」

 

 そんな異常なオーラからは想像できないような誠意で頭を下げる。随分恨みを抱えていると思ったらそうでもない、どちらかというと後々の事を考えて潰そうとしていると理解した冬月は、一つ聞く事にした。

 

「個人的な事を聞いても構わないだろうか」

 

「何ですか?」

 

「何故今潰す事にした?」

 

「レイちゃんの為、自分たちの為、生まれてくる僕達の子供の為、ついでに世界です。世界の方はそもそも滅んだら子供も生まれないのでただの通過点かつ絶対条件です。それに、僕らの代で潰さないと、僕が死んだ時にあの世で何か言われそうです。母もSEELEに人生を捻じ曲げられてしまってるので、なるべく早めに潰さないと」

 

 世界の安全が自分の願いではなく自分の願いを叶える為の絶対条件。自分の為、というよりこの先の為に潰す事をその目で、耳で、頭で理解した冬月は1つ条件を出した。

 

「……これだけは約束してほしい。シンジ君を傷付けない欲しい。何かあれば私は、ユイ君に顔向けできなくなる」

 

「貴方がSEELE駆除に参戦してくれるって事は、少なくともユイさんには顔向けできますよ」

 

 ________

 

 

 

 

「お母さん」

 

「ん?」

 

「これで、良かったのかな……」

 

 綾波の小さな声が、静かな部屋に響く。

 

 クロノスに戻ってから、ずっとこんな調子だ。何かに迷い、何かを押し殺している。ハルナはそれを感じていたが、あえて口を出さなかった。できれば、自分の口から話してほしかったからだ。

 

「碇君に会えたのは嬉しい。でも、碇君は、私も式波さんも何も知らない。同じでも違う碇君を、私は好きになってもいいの?」

 

 ハルナは静かに綾波を見つめた。

 

 この問いに、どう答えるべきか。

 

「だから、抑え込んだの?」

 

 綾波はこくんと頷くと、ぽつりぽつりと話し始めた。

 

「『会う?』と聞いてくれたのは嬉しかった。会えて、嬉しかった。でも……碇君に、私の気持ちを伝えてもいいのか、分からなくなったの」

 

「お母さん。気持ち、伝えた方がよかった?」

 

 ハルナは少しだけ考えた後、優しく問い返した。

 

「レイちゃんは、シンジくんのことが好き?」

 

「好き」

 

 即答だった。

 

 その瞬間、綾波自身も驚いたようだった。すんなりと出た言葉に、改めて自分の気持ちを自覚したのだろう。でも──だからこそ、躊躇いもある。

 

 ハルナはゆっくりと微笑んだ。

 

「それなら、伝えてもいいんじゃない?」

 

「……でも」

 

「でも?」

 

「碇君にとって、私は"同じ"じゃない。式波さんも、私も、知っている碇君と、今の碇君は……違う」

 

 綾波の声には、迷いが滲んでいた。

 

 かつての碇シンジと、今の碇シンジ。彼の記憶に、自分はいない。彼の心に、自分の姿はない。そんな相手に想いを伝えることが、果たして正しいのか──

 

 ハルナは静かに目を閉じ、少し考えた。そして、柔らかく微笑んで綾波の手を握った。

 

「レイちゃんがどうしたいかが、大事なのよ」

 

「……私が?」

 

「そう。シンジくんがどう思うかは、レイちゃんには分からないよね?」

 

「……うん」

 

「でも、レイちゃんの気持ちは、レイちゃんだけのもの。誰かのために抑え込むものじゃないわ」

 

「伝えて……いいの?」

 

「レイちゃんが伝えたいなら、伝えていいのよ」

 

 綾波はしばらく黙っていたが、やがてゆっくりと頷いた。

 

「……考えてみる」

 

「うん。それでいいのよ」

 

 ハルナはそっと綾波の肩を抱き寄せた。その温もりが、少しでも彼女の不安を和らげることを願いながら。




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