宇宙戦艦ヴンダー 《Reise zu einem Wunder》 作:朱色の空☁️
「ランドスピナーですか?」
「教導隊で試験は済ませたが、再確認しておきたい。現在、整備班が全員分の取り付け作業中だ。各自、シミュレータで動作確認を行ってくれ。以上だ」
「シンはどうするの?」
「トレーニング」
ノウゼンはその一言だけを残し、戦術機部隊の待機室を後にした。
運動神経はそのまま操縦性能に直結する。だからこそ、トレーニングは決して無駄にはならない。
それをよく理解している彼は、習慣のようにトレーニングルームへと向かっていた。
──ただ、今日は少しだけ様子が違った。
「来ると思ってなかった子」がいたのだ。
「つか……れた……っ」
「アンタさ、身体持ってまだ一年も経ってないんでしょ? 地道にやりなさいよ」
「間に合わない……だから、ちょっと急がないと……」
ハルナの娘、綾波がランニングマシンの上で汗だくになって走っていた。
その横で腕を組み、不思議そうに見ていたのはアスカ。
見るに見かねたアスカは、綾波をランニングマシンから引きずり下ろすと、ベンチに座らせて水を手渡した。
「アンタ、何をそんなに急いでるの? ベタな理由で強くなりたいとか?」
「うん……お母さんみたいに……」
「──あーハルナさんを目指すのは、ちょっと難易度高すぎるって。努力の量がもう、バケモノじみてるのよ。バカみたいな練習量で、三手先まで読まれたからね。あれはもう、積み重ねの暴力って感じ」
アスカは、かつて近接格闘を始めたばかりのハルナを何度も地面に叩きつけてきた。
だが、ある時を境に──自分が転がされる側になった。
最初は「何かカラクリがあるんじゃないか」と疑ったが、違った。ATフィールドの補助こそあれ、あれは純粋な実力だった。膨大な訓練量と、元々の地頭。それだけで、彼女は“先を読む術”を自然に身につけていたのだ。
プライドが傷つかなかったと言えば、嘘になる。アスカにだって、嫉妬はあった。
──でも、ハルナは、自分が誰かを追い抜いても、それをどうこう言うタイプじゃなかった。
だからアスカは、「あれはもう異常だから、比べたらダメ」と、勝手に納得するで自分を落ち着かせた。
「落ち着いた。走る」
「あ、待った」
「何?」
汗を拭いた綾波がランニングマシンに再び挑むのを腕を掴んで止めると、アスカは食堂まで綾波を引き摺って行った。
丁度お昼時な事もあり食堂はにぎわっていて、適当な場所に座らせてから適当な料理を選びに行く。
(そういえば、アイツ肉ダメってハルナさんから聞いてたっけ。勿体ないけど、出された物は残さず食べてるって聞いてるから多めに見てあげるわよ)
事情を汲んで選んだ野菜丼と自分のオムライスを持って綾波の元に戻り、一先ず食べる事にした。草食動物のようにレタスをむしゃむしゃと食べる様子に「……ウサギかアンタは」と突っ込みたくなるが堪え、本題に入る。
「あーいつ言おうか悩んでたけどさ、エアレーズングの時さ、手伝ってくれてアリガト。アタシが呼んだ時に、アンタ答えたでしょ?」
「……分かるの?」
「分かるわよそれくらい。名前も教えてないのに式波さんとか呼んだりしてさ。アンタ……これじゃダメね、レイは、アタシの事知ってたの?」
「……100年くらい前から。見たり話したり」
「はぁ!? 私そんなにおばあちゃんじゃ______あそっか。レイの知ってる方の私って事?」
言いながら、自分で言って妙に納得してしまったアスカは、スプーンを握りなおしてオムライスをひと口、勢いよく口に放り込んだ。
「うん。名前も、声も、姿も……同じだったから」
「ふーん……レイが知ってる方の私ってさ、何してたの? レイと同じ感じにエヴァとか言うのに乗ってたの?」
「乗ってた。自信家で、脆かった。強いけど、寂しがりで、碇くんとの同居も満更じゃな__」
「私男と同居してたの!? 」
衝撃の証言にアスカの驚声が食堂に響き、周囲の目が向いている事に気が付くとの声を潜めた。
「レイ、まだエイプリルフールじゃないわよ?」
「ミサトさんと同居させられていた。本当。でも、使徒に侵食されて人じゃなくなって、サードインパクトで世界が壊れて、それでも戦って___」
「ゴメン分かったもういいそこでストップ」
急に重くなった話題にアスカが咄嗟に遮ると、コップの水を一気に飲み干し、気分を切り替えようとした。そして1つ、聞きたくなったことがあった。
「ねぇレイ。アタシの想像が正しかったら、世界ぶっ壊した一味とか何とか言われてすっごい白い目とか敵視されてるはずなのよ。それでもさ、アタシ、頑張れてた?」
「分からない。でも______今の貴方の目は、私の知ってる式波さんの目だと思う」
真っ直ぐにアスカの目を見つける綾波の目は、その赤の奥底に揺れる光を持っていた。
アスカは誰かに似ているなと思ったが、そうかやっぱりそうだよねとアスカは納得した。
ハルナの目だ。
残っている右目と同じ光だ、機械が容易に再現できる紛い物の光でなく、生きた目だ。
(子は親に似るって言っても、ね。血がつながってないけど、アンタ良いお母さんと一緒にいれてるじゃない。なんか……嫉妬しちゃうじゃん)
「アタシは午後は暇なの。暇潰しの相手が欲しかったから、レイの運動に付き合ってあげるわ。フォームもブレてるしただ疲れるだけよそれ。やるなら正しい方法でやりなさい」
そっぽを向いてそう言うと、アスカはジュースを一飲み。知らない自分の話を聞いた事に対する礼なのだろうか。アスカにしては珍しい。それは食堂にいる面々も、綾波も感じていた。
(やっぱり、私より少し大人だから? 違う、沢山経験してるから?)
少しだけ背が高いようにも見える、少しだけ大きいようにも見える。
アスカの様でアスカじゃない。でも、アスカが進んだらこうなるかもしれない。
綾波はアスカの横顔を見つめたまま、胸の奥に言葉にならないものを抱えていた。
この人は、自分の知っている式波アスカとは違う。けれど、どこかに確かに、同じ“核”がある気がした。
(私の知っていた式波さんが、たどり着けなかった場所に、この式波さんは立っている……)
アスカは、ふと気配に気づいたようにこちらを見返す。
「なに? なんか顔に付いてる?」
「……ううん、そうじゃなくて」
一瞬言いかけた言葉を飲み込んで、綾波は視線を落とす。
本当は聞きたかった。「あなたは、どうやってそこまで来たの?」と。
でもそれは、きっと本人もまだ答えを知らない。
それに、自分が今、誰かを羨ましいと感じていることに、まだ気づきたくなかった。
「……式波さんは、変わったの?」
「変わった? さあね。変わったような、変わってないような……」
そう言いながら、アスカはもう一口ジュースを飲んだ。
「でもさ、あんたの知ってるアスカと違ってたとしても、それが“ダメ”ってことじゃないでしょ。世界が違えば育ちも違うし手に入る経験も違う。だったら、私が違うのは当然ってわけ」
「……うん」
「……でも、そうね。変わったのかも」
アスカは、そう言いながら椅子の背にもたれた。ジュースの残りをひと口。
まるで苦笑のように口元を緩めて、語るその声は、ほんの少しだけ遠くを見ていた。
「バカみたいな無謀な航海して、死ぬ気で頑張って、やりきって帰ってきたのよ。あの時は、もうダメだと思ったわ」
「……イスカンダル航海の?」
「そ。知ってるの? まあ資料くらいは読んでるでしょ?」
綾波は小さく頷いた。
閲覧を許可された戦史資料の中で、イスカンダル航海は「人類存続の分かれ道」として記録されていた。
「……アタシあのとき航空隊にいてね。七色星団で大立ち回りしたの。正直、死ぬ気だったわよ。Wunderに攻撃するなら私の死体を越えていけって感じ。まぁ、任務は達成して機体は中破してギリギリ生き延びれたけどね」
アスカの目が、一瞬だけ鋭くなった。それはかつての式波・アスカ・ラングレーが見せていた“戦う者の目”だったが、それ以上に「乗り越えた者の目」をしていた。
「それで地球に帰ってきてからよ。戦術機に乗れって話がきたの。最初はあんまり興味なかったけどさ、極東事変ん時______ハルナさんとリクさんが大怪我した時に土方宙将に乗れって言われてから、何だかんだ気に入って乗り続けてる」
「……なぜ?」
「アタシ専用機ってのが良かった。何なら自分で名前も付けれたからね」
アスカは肩をすくめて笑った。
特別なものや、自分だけというのを好む。綾波が知る一面が見れて、エヴァに乗っていたアスカを幻視した。
「何だかんだ、生きてりゃ色々あるってことよ。……だからレイ、アンタも焦らないの。何が積み重なってくか分かったもんじゃないけど、ある日突然、実を結んだりするから」
綾波は、言葉を失っていた。
それは、彼女がかつて見たことのない“アスカ”だった。
壊れそうで、強がって、それでも脆く揺れていたあの人が、今、目の前で誰かの背中になっている。
(もし、あの世界に時間がもっとあったなら──)
そんなことを思ってしまう自分がいた。
けれど、それはもう叶わない。だからこそ、目の前のアスカが進んだ道を、綾波はしっかりと目に焼きつけた。
「……うん。分かった。教えてくれてありがとう、式波さん」
「礼なんていらないって。アンタ、運動のフォームまだガタガタなんだから。午後はみっちり絞ってあげるから覚悟しときなさいよ」
「うん」
綾波は、立ち上がるアスカの背中を見つめながら、心の奥で呟いた。
________
トレーニングルームの空気は、先ほどより少し湿っていた。
食堂から戻る頃には、他の隊員たちの訓練熱で空調が追いつかなくなっていたのだろう。だが、アスカもレイも気に留めなかった。
「いい? フォームはこう。背筋はまっすぐ、腕は振りすぎない。重心は……ほら、そこ。膝じゃなくて、足の裏で感じて」
アスカは横に立って、綾波の動きを見ていた。
いつのまにか、完全に「教官」の顔になっている。
「……こう?」
「そう、それでいい。いきなり速く走るのはやめなさい。まずは姿勢を覚える。それから、筋肉に染み込ませるの」
綾波は小さくうなずいた。汗がこめかみを伝い、顎を通って床へ落ちた。だが、その目は揺れていなかった。
「……ありがとう、式波さん」
「“式波”って呼び方、何かくすぐったいんだけど。アスカでいいわよ。どうせ私、アンタの知ってるアスカじゃないんだろうけどさ」
「……でも、目は似てる。声も、心も」
「ふーん」
アスカは一歩、彼女に近づいて、視線を合わせた。
少しだけ挑むような目だった。
「で? その目に見える私は、あんたの“どんなアスカ”なの?」
レイは、少し考え込んだ。過去の記憶と今の光景を重ねるのに、時間が必要だった。
それでも、境遇や経験が違っても、「式波・アスカ・ラングレー」はそこにいる。
故に綾波は、こう応えた。
「……強くなりたがったりして、他人といるのも悪くないって思ってるアスカ。でも、もうアスカの後ろで永久に静かに立っていると思う」
「ん、何だっけそれ。どっかで聞いた事ある」
「シラーだったと思う」
「……へえ。なんか、悪い気はしないわね」
アスカは鼻を鳴らしてそっぽを向いた。けれど、レイの目に映る彼女の背中は、どこかやわらかくなっていた。
「時」の歩みは三重だ。未来はためらいつつ近づき、現在は矢のように速く飛び去り、過去は永久に静かに立っている。
今の綾波の日常がそうだ。時折減速を願いたくなる程の速さで時間が過ぎていく。振り返れば過去が満足そうに、ある時は羨ましそうにこちらを見てくる。未来は、まるでこちらを焦らす様にゆっくりと近づいてくる。
アスカの後ろにも、綾波が知っているアスカが立っている。きっとそうなのだろうとその横顔を綾波は見つめていたが、見つめられるのが恥ずかしいのかアスカはそっぽを向いた。
「しっかり走りなさいよ。その身体で生きてくって決めたんなら。サボってるようじゃ、未来も選ばれないわよ」
「うん……分かった」
その瞬間、二人の間を風が通り抜けた。機械の音、汗の匂い、喧騒。それらがすべて、どこか遠くの世界から響いてくるように感じた。
北米管区旧カナダ マニクアガンクレーター
ティアマト マルゴット望遠鏡管理区画
(落ち着かない……)
徹底的に特殊メイクをさせられて、慣れないパンプスも履かされて、レディースの軍服も着せられて、半分うんざりだ。
そのうんざりと引き換えというか何というか、
「この施設に足を運ぶのは、私の夢でした」
思ってもいない事を上手に吐きながら、リクは怪しまれないように周囲に目を光らせる。
今のところ怪しいと思う部分はない。カラコン越しの視界に映る計器や壁、床、人は、どこにでもある施設だと印象付けてくる。
(にしてもこれ、やっぱり月村さんと奈津美さんの趣味じゃないか……パシャパシャ撮られたからな……)
どこかに尊厳を置いてきたような感じがしたので、これが終わったらしっかり回収しておこう。
嘗て隕石の落下を受けたマニクアガンクレーター。その重力異常を観測精度向上に利用した異端な望遠鏡は、ガミラス戦争終結後の復興で再建された。
「外宇宙からの脅威に目を光らせるため」という理由らしく、実際に観測データがWILLEの外宇宙監視部に上がっている。
見かけは問題ないが、中身が「ヤバい」。そう睨んだ事で、わざわざこんな方法で潜入しているのだ。
「このマルゴットは、ご存じの通り軽微な重力異常を逆手にとった望遠鏡です。通常、重力異常は観測精度を大きく減じる要因となりますが、マルゴットの設計者はそれを予め考慮して観測機器を設計し、ここマニクアガンクレーターを丸ごと観測施設とする事に踏み切りました」
なんとなく聞いている雰囲気を出しながら、周囲の警戒を続ける。
案内の係員には、「熱心に話を聞いている女性」に見えているはずだ。こんなところにもATフィールドが使えるとは思えなかった。印象操作にももってこいだ。
「す、すみません……」
「はい、どうされましたか?」
「ちょっと、お手洗いに……」
_________________
「さて仕事だ」
チョーカー式の変声機で調整されたアルトボイスで、見た目的にも似合わない言葉を発する。
見た目はともかく中身は男性なので、女性用トイレに入ることに抵抗はあった。でも、そうまでする理由があった。
「改造してもらったんだから、しっかり動いてくれよ」
人工皮膚で覆われた改造義手を地面に固定して、持ち込んだタブレットを操作する。
人間の耳では聞き取れない音域である超音波を使って地の底を見る。地盤調査で使われるような手段を諜報活動で使うことになるとは、多分後にも先にもこれっきりだろう。
問題は、超音波をセンサーか何かで感知される可能性があることだ。重力波天文台に超音波が関わっているとは到底思えないが、SEELEもある程度は警戒してるかもしれない。
掌の発振部をそっと地面に当て、スイッチを押す。
音の速度は空気中で秒速340.29 m。水中なら秒速1500m。電波りよずっと遅いが、電波だと不振な電波としてキャッチされる可能性があるから使えない。
だから、古い技術に頼ることにした。
超音波を使った地盤調査や非破壊検査は、21世紀の頃から使われる古い技術だ。ある意味使い古された技術と言っていい。
「古すぎるから対策されないんです。三式弾がガミラス戦争で気持ちいい位に刺さって威力もあったのと同じです」
と、月村も言っていた。
しかし難点もある。
超音波が跳ね返ってくるまでの間、そのままの姿勢を維持しないといけないのだ。
しかも相手は気体か固体。まともに跳ね返ってくれるかは、調整を担当したデイブレイク技術陣を信じるしかない。
「あ、跳ね返ってきた。さて、結果はと」
跳ね返ってきた情報をすぐさま解析して、大まかな立体構造を表示させる。周波数の異なる超音波を使い分ける事で貫通度や解像度の異なる音を用意して、施設の深さだけではなく部屋の大まかな配置も確認できるようにしている。
だから時間がかかる。姿勢も固定していないといけないので、鍛えていないと筋肉痛でバキバキになる。
(──どれだけテクノロジーが進んでも、身体がついてこなきゃ意味がないんだよな……)
しかも、これをトイレの個室で行っているので、どんなに時間をかけても10分程度で終わらせる必要がある。データが不足気味でも切り上げないと怪しまれてしまう。
「7分……もう出るか」
義手のモードを元に戻して人工皮膚で綺麗に覆うと、リクは何食わぬ顔で戻った。
ちょっとした置き土産を置いて。
_______
(首尾は?)
(まぁまぁです。データはまだ見れてません。時間無かったので)
(急がせて悪かったわ。他のポイントでも出来たらよかったけど)
(設置型は大きいのでバレるの怖いんです。だから持ち込んでないんですから)
奈津美に思考だけで会話して、現状を確認する。
時間の縛りはあったものの何とか調査が出来たが、これはそう何度も使える手じゃない。
短時間に何度もトイレに行く人は、体調が悪い人でもない限りはそうそういないからだ。
それと、ATフィールドがここまで諜報にも使えるとは思っていなかった。
印象操作、思念のみでの会話、人感知。アリステラにいた使徒がATフィールドを多用していたわけが何となくわかった気がした。
本当に、これさえ持っておけばどうとでもなるからだ。
「見学はここまでとさせていただきますが、何か不明点等はございますか?」
「では、1つだけ。過去の重力波天文台は地下に作られたりもしていましたが、何故クレーターに作るという決断に至ったのですか? 重力異常以外にも何かしらの理由があると考えますが」
と、質問をしながら、ATフィールドを張る。
──感知できない程に微かに、呼吸の間がずれた。
「___ええ。神無月さんのおっしゃるように、重力異常を逆手にとった高精度観測を行う為にここが選ばれました」
(来たッ!)
ATフィールドに小さな針が刺さる感覚。
パッと見ただけでは分からない程の言いよどみだ。それが心の揺れとして伝わったのだ。
ATフィールドを知らない人なら隠す事も出来ないその揺れ。それに相手は、「こちらがATフィールドを使えること」を知らない。どんな嘘発見器よりも精度が高いのだ。
「そうですよね。変な事を聞いて申し訳ありません。では私達はこれで失礼いたします」
「わぁお」
「まさにその『わぁお』ね。驚いたわ。NEWYORK1との回線と一緒によく分からない地下通路があったわ。しかもそれが、地下都市に伸びている」
リクのリアクションに半分笑いながら、赤木がコンソールを打つ。
リクの義手に内蔵されたコンピュータではデータの下処理までが限界で、何とか帰ってきてからこうしてデータを本解析にかけてもらった。
その結果が、「わぁお」だ。
「地下都市?」
「北米管区の地下都市は大きいからね。で、その地下通路が伸びていると考えられたのが、旧カナダの辺りにある地下都市よ」
赤木は解析の手を止めて北米管区の地図を表示した。
さらに地下都市の分布図を表示させると、それを重ね合わせる。
マニクアガンクレーターがある旧カナダに重なるように1つの地下都市がある。さらにそこから連絡道路が別の地下都市に伸び、北米の東海岸付近全体でまるで網の目のように構築されていた。
「戦争中はどうやら、北米の長官命令により全国民を東海岸側の地下都市に集めたらしいの。国土が広い分管理も大変。物資の配給にも問題があると踏んで、無理矢理移動させたんでしょう」
「つまり、女装リク君が取ってきたデータは、マルゴットとティアマトがヤバい事してるかもって証拠って事だ」
月の調査から戻ってきた加持がそう茶々を入れると、リクは普段の義手を加持に構えた。
明らかに、殴る構えだ。
「弄らないでください。ロケットパンチしますよ?」
「君のそれはマジで飛ぶからここで終わりにしておこう」
「その地下都市が使われてる情報は?」
「それがね、ガトランティス侵攻に備えて再稼働準備が進められてるだけだから何とも言えないのよ。一応極秘裏にアイリス長官に相談して調べてもらうけど」
「長官は白ですよ。ただの戦争準備なので。問題は、それに乗っかって誰かが何かしてる可能性です」
「次は、その地下都市側の調査ね。3組織に入る人、その関連企業や出入りする人は念入りに調べたうえで関わっているから、身内側で何か起こってるわけでは無さそうね。指向性たんぱくの方は?」
「今のところ検出された人はいない。施設に敷いている水道にもフィルターを用意して設置を進めたから、施設要員全員が操られるリスクは少なくなった。でもゼロとは言い切れない」
「今はそれで大丈夫だと思います」
「ああ。目は光らせておく。ところでこれからどうするんだ?」
「ちょっとハインラインさんの所まで」
━━━━━
再生紙の資料が几帳面に積み上げられ、必要な道具類は機能的に整然と配置されている。にもかかわらず、部屋の片隅にはわずかばかりの応接セットが窮屈そうに並んでいた。
──秩序と混沌。その両方がこのハインライン研究室には共存していた。
この部屋の主、ハインライン一尉もまた、その空間にふさわしい人物だった。
整理された資料の山の間を抜け、コートの埃を軽く払ったリクに気づき、博士は穏やかな笑みを向けた。
顔には若干の疲労が滲んでいるが、それ以上に内側から湧き上がる知的な熱量が、彼の瞳に宿っている。
「ハインラインさん、応接セット増やしたほうがいいですよ? 流石に詰めすぎです」
「ここに来られる方は限られていますからね。数を削ったのは合理化の一環です。……でも、そうですね。部下が食事を摂ることも考慮すれば、もう少し必要かもしれません」
そして、博士は椅子に腰を下ろすと、リクの顔をじっと見つめた。
「あなたが雑談をしにここへ来るとは思いません。今日は何の御用でしょう?」
リクは少し間を置いてから、静かに本題を切り出した。
「造ってほしい機体があります。必要なら、こちらから人員を割きます。予算も僕の名義で申請します。……ただ、ガトランティスの太陽系侵攻までには、必ず完成させてほしいんです」
その言葉に、ハインラインの顔から僅かに笑みが消えた。代わりに、研究者としての鋭い視線が宿る。
「……どのような機体でしょうか? あなたの事です。何が来ても驚かない自信があります」
「ただの戦術機ではない。一騎で戦場を制圧できるレベルの──戦略兵器級戦術機だ。太陽炉は必須。高出力ビーム兵器も搭載してほしい」
数秒の沈黙の後、ハインラインは低く唸るように応えた。
「……しかし、現行の太陽炉技術では、せいぜい新2号機の粒子砲が限界です。携行火器であれ以上の火力を安定して出力するのは──技術的に、時間がかかります」
「時間はない。機体サイズは30メートルで設計してほしい。出力に制限があるなら、炉そのものを複数搭載しても構わない」
「サイコ……何だったか、ええと、たしか私の部下の一人が“脳波コントロールで変形する巨体”とか言って熱弁していましたね。あの時の熱量は今でも記憶に残っています。──あれに近いサイズ感、ということですね」
リクの声音には、迷いがなかった。
まるで、この機体が必要になる未来を既に確信しているかのように。
ハインラインは、指先で端末を操作しながら、ぼそりと呟く。
「丁度良さそうな資料がありましたので、このデザインを参考にして汲み上げてみましょう。関連各社への呼びかけは?」
「時間が余り割けないので、丸投げになってしまいますが……」
「問題ありません。慣れております。しかしこのデザインは……また部下の一部が発狂しそうで困りますね」
「それをやる気に変えてくれるなら言う事ないですよ」
戦略級戦術機「××××級 戦略歩行航宙殲滅攻撃機」の建造フラグが立ちました。