宇宙戦艦ヴンダー 《Reise zu einem Wunder》   作:朱色の空☁️

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はい、初号機起動回です


Touching the soul. And... -AW4年4月7日-

 ____オオスミ艦内 エヴァンゲリオン偽装初号機輸送ケイジ

 

 全身採寸を受けて作った試作プラグスーツの見た目に不満を抱きながら、思考読み取り用のインタフェースを付ける。

 急造品だと言ってもわざわざピンクにする意味は無いと思うが、「試作機は大抵ピンクとか目立つ色にゃ」と自信満々に言ってきたので今は飲み込む事にして、慣れない密閉空間の薄暗いプラグ内部に視界を向けて溜息をついた。

 

 

『外部給電開始』

 

『エントリープラグ、挿入。脊椎連動システムを解放、接続準備』

 

『探査針、撃ち込み完了』

 

『プラグ震度、プラス02からマイナス05を維持。インテリアを固定』

 

『第1次コンタクトを開始。LCL注水を開始する』

 

 

 足元から橙色の液体が水位を上げてくる。

 機動兵器では前代未聞の液体コックピットにハルナはやはり警戒を示すが、「液体呼吸を兼ねているので溺れない」と仕様書で把握していたので、その液体で肺を満たそうとする。

 

 が、上手くいかない。

 

 空気を吸うのと液体を吸うのとでは必要な力がそもそも違うし、空気を追い出しながら液体で満たすのは初めてではそう簡単にはいかない。

 流石に医療用の液体呼吸は実用化しているが、そもそも人間は意識覚醒化で液体呼吸を行えるような身体構造になっていない。

 

 仕方なく、LCLが少し入った肺の状態で残りの空気を思いっきり吐き出した。ゴボッと大きな音と気泡を立てて、肺の中がズシンと重くなったのを感じる。

 

「気持ち悪い……」

 

『これなら直接血液に酸素を取り込んでくれる。すぐに慣れる……かは分からないけど、これが必要』

 

 通信越しに綾波がそう言う。やはり嘗て乗っていた人が言うと何処か説得力がある。ハルナは仕方なく我慢する事にした。

 

 息を吸っている感覚はあるが、どうにも重たい。

 今自分が吸っているのは空気ではなく酸素が溶け込んだLCLだ。

 息苦しさと無縁にはなれない様だ。

 

『これより、初号機の起動実験を行う。コンタクトを開始』

 

『稼働電圧、臨界点を突破』

 

『了解、フォーマットをフェーズ2に移行します』

 

『初号機との接続を行う。ただし慎重にだ。何か違和感があり次第切断するからすぐに言ってくれ』

 

「分かってますよ真田さん。心配し過ぎです」

 

『君に何かがあったらリク君に合わせる顔がない』

 

「私は死なないので平気ですよ」

 

『冗談を言っていられる実験じゃないんだ。では繋げていく。回線を開く』

 

《パイロットと機体との接続を開始します。パルス及びハーモニクス値に拒絶反応微弱。許容範囲内です》

 

 急に自身の身体が曖昧になったような奇妙な違和感を覚える。

 自身の身体が大きくなったような、あるいは、自身の身体がガチガチに拘束されているような圧迫感を感じて自分の手と足を交互に見る。

 着ているプラグスーツに問題でもあったのかと触ってみるが、そうではない様だ。

 

 それを真田に伝えると、納得がいったような顔で答えた。

 

『エヴァと君がシンクロしているという事は、今の拘束状態の感覚もそのままフィードバックされる。ケイジの拘束具を最大にして実験をしているからそうなっているのだろう。他に違和感はないか?』

 

「何も」

 

『では続けていく。絶対境界線まで10の位置まで進める。絶対境界線を越えれば、初号機は起動するはずだ』

 

『絶対境界線まで現在20。シンクロに非周期的な不安定さが残っています』

 

『流石に大人がシンクロするのは難しいか……ATフィールドで補助をして欲しい。君側からアプローチをかければ、ある程度マシにはなる筈だ』

 

「分かりました」

 

 ハルナは自身の内に意識を向け、ATフィールドを意識する。

 自ら能動的にATフィールドを行使できる。

 全力で力を込めればごく薄くだが実体化できる程で、それを使用して瀕死の状態の森のリヒドーに干渉した事もある。

 

 今回は、それを補助輪代わりにする。

 

 大人がシンクロするのはかなり難しい、いや、原則不可能だ。

 14歳(のはず)の綾波がシンクロするのと、20代後半のハルナがシンクロするのでは難易度に天と地ほどの差がある。

 

 でも、綾波以外でシンクロできそうなのが現状ハルナだけなのだ。

 ヒトから半歩外れているハルナは、リクと同じように自発的睡眠を忘れ始め、その対価であるのかATフィールドを自覚できる。

 

 その自覚能力とATフィールドの能動的使用能力、そしてある程度の可変性。

 偶然か必然かと疑いたくなるほどの条件の揃い様で、ハルナに白羽の矢が立ってしまったのだ。

 

 

『シンクロ安定率に変化あり。シンクロに周期的な揺れがあります。不安定さは減少しましたが、完全ではありません』

 

『限界そうか?』

 

「これ以上は何とも……このままやります」

 

『分かった』

 

『オールナーブリング、終了。中枢神経素子に異常なし』

 

『再計算、誤差修正無し』

 

『チェック2590までリストクリア』

 

『絶対境界線まで、後2.5、1.7、1.2、1.0、0.8、0.6、0.5、0.4、0.3、0.2、0.1、0.05……』

 

 真田はこの時知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この日が、死ぬまで忘れられない1日となった事を。

 

 臨時管制室でコンソールの1つが警報音を発し、シンクロの安定性が急降下する。

 同時に初号機にまんべんなく取り付けられたセンサーが揃って異常値をたたき出した。

 

「シンクロに異常確認!」

 

「プラグ震度の降下を確認! 止められません!」

 

「実験中止! ハルナ君を機体から強制切断!」

 

「機体から締め出されています!」

 

 モニターに映るハルナの脳波はまるで「別の波形をぶつけられた」かのように乱れを見せ始め、モニターに映るハルナはまるでひきつけを起こしたかのように硬直していた。

 瞳孔が小刻みに揺れ、呼吸が浅くなっていく。

 

「心拍、血圧に異常はありませんが脳波に異常を確認しています!」

 

『……誰……ッ?』

 

「ハルナ君ッ!?」

 

 ハルナは何も無い虚空へ右手を伸ばそうとする。その動きに反応した初号機も腕を伸ばそうとするが、機体は四肢を拘束具で強固に固定されているので腕は上がらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 が、拘束具は負けた。

 冷却LCLの水面から巨大な右腕が伸び、巨大なボルトごと引き千切られた拘束具の一部が無重力で飛び散りドック内は騒然となった。

 拘束具を強引に引き千切ったフィードバックがハルナに跳ね返り、苦痛に顔がゆがむ。

 

「プラグ深度さらに下がります!」

 

「エントリープラグを震電に強制排出させろ!」

 

「しかしそれでは、運用に致命的損傷を!」

 

「構うな! 死ぬよりはいい!」

 

 声を荒げる事が本当に少ない真田が危険を承知で最後の手段に出た。

 震電の超高振動戦闘短刀を使いエントリープラグ周辺を切開し、シンクロを切りプラグを無理矢理出すというのだ。

 

 下手をすればハルナの体に障害を残すかもしれない。

 

「ハルナさんの意識が!?」

 

「ッ!?」

 

 繰り返される呼びかけに、反応はない。

 まぶたは閉じられたまま、瞳孔は光を捉えず、ただ静かにLCLに揺られている。

 伸ばした右手は誰かの手を取ったように握られ、ただ、穏やかに揺られている。

 

「心拍数、安定しています。脳波……一気に正常になりました……でも、応答がありません」

 

「意識が──戻らない?」

 

 綾波の小さな声に、場が静まり返る。

 まるで、彼女の魂だけが“別の場所に置いてきぼり”になったようだった。

 

 

 

 ______________

 

 

 

 

「……まるで、夢を見ている様だ」

 

「夢……ですか……?」

 

「30から40ヘルツの脳波が前頭葉から発生しておる。明晰夢に近いと思うが……もう普通の人間の尺度をあてない方がいいかもしれん。兎に角、脳死とかそういう深刻な状況ではない」

 

 佐渡が脳波を確認してそう言った事で、真田は崩れ落ちて大きく息を吐いた。

 が同時に、「普通の人間の尺度をあてないほうがいい」とも言った。

 

「じゃが何でこうなったんだ? ハルナ君は眠り、このバカデカいのは急に動いたり、手を伸ばしたり、何がなんやらサッパリだ。儂にも分かるように説明せんか」

 

「はい。それが……」

 

 真田はここまでの経緯を洗いざらいすべて話した。

 途中で難解な話もいくつか飛び出したが佐渡は厳しいまなざしを緩めることなく聞き続ける。

 その間にも技術班はハルナの心拍、血圧、脳波など、送信され続けている情報に目を光らせて目覚めの兆しを掴もうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ようはアレじゃな。綾波のお嬢ちゃんが「14歳のはずだから乗れる」この初号機に、ハルナ君は乗れる可能性があった。それで乗せたらコレが起こった。ハルナ君を乗せたのは名目上のパイロットになる為だった。実際に乗る予定なのはお嬢ちゃんで、ハルナ君はあくまで同乗者。そうじゃな?」

 

「はい……」

 

「……兎に角、儂もしばらくここにいる。お前らは落ち込むとか狼狽えるとかは置いといてお得意の解析をせんか! 何でこうなったのかを調べんか!」

 

 佐渡が一喝する事で、管制室に詰めていた技術班は散り散りに散って原因の究明に向かって大馬力で動き出した。

 ハルナの容体を遠隔で監視し、データを隅から隅まで確認し、エヴァ本体に問題があったのかを確認し、それで丸1日と3時間が経過した。

 

 ハルナは目覚めない。今もLCLで満たされたプラグの中で穏やかに呼吸を続けている。

「まるで何時目覚めるか分からない眠り姫だ」と誰かがそう言ったらしいが、真田の耳には届いていない。いや、届かなかった事を喜ぶべきかもしれない。

 今の真田にはそういう冗談も通じない。

 

 あれから真田は一睡もせず、最小限の休憩を取りながらデータと格闘をしている。他の技術科の面々には休ませているのに、自分だけは動き続けている。

 

「そうか、リク君を失いかけた時、君もこうなっていたのか」

 

 と、ポツリと呟く。

 最小限の休憩を取る為に背もたれを倒して眠ろうとすると、コンソールの端におにぎりの乗った皿が置かれた。

 シンプルな塩結びが2つ。何度か握り直したのか少し歪だ。

 誰が置いたのかと真田が見ると、心配そうな顔で新見がこちらを見ていた。

 

「少しは休憩して下さい」

 

「問題ない。休息は取っている」

 

「そうじゃなくて!」

 

 新見はコンソールの電源を勝手に落とすと、真田に正面を向かせた。

 

「先生の代わりはいないんですから! ハルナさんが心配なのは皆同じですけど、先生まで気絶されては困ります!」

 

「分かっている……分かってはいるんだが……」

 

「データ解析の方は私が引き継ぎますから寝て下さい!! 眠れなくてもベットで横になってください!!」

 

 新見に解析室から追い出された真田は、おにぎりが乗った皿を片手に途方に暮れた。

 確かにデータの解析を引きついてくれるのは助かるが、そこまで怒る事だっただろうか。

 

(そうか、新見君は心配で逆に怒ったのか)

 

 そう合点がいくのに時間がいるのも、疲労が現れている証拠だった。

 

 

 _______

 

 

 さらに1日半後

 

 

「コアだと?」

 

「エヴァのコアから何かの干渉があったかもしれません。碇ユイさんが干渉をしたという事なら、合点は付くかな。で、パイセンの性格ならハルナっちは多分大丈夫」

 

「つまり、悪いようにはされていない。そういう事だな。真希波君、碇ユイさんはどの様な人物だ?」

 

「……まぁ変人。ゲンドウ君みたいな堅物を可愛いって言ったりするくらいだけど、シンジ君の事は、愛してたと思うにゃ。それで、このレイちゃんの身体の遺伝子提供元が、多分パイセン」

 

「碇ユイ側から引き込まれた事で、夢を見ているような状態になったのか……」

 

 

(薫さんに賭けるしかないのか。どうか、ハルナ君を守ってください。こちらも出来ることをします)

 

 

 何時かの古代のように頬を軽く叩くと、真田は決断を下した。

 

「問題は、いつ帰って来るかだ。体力的な問題もあるから、放ってはおけない。綾波君……コアに干渉というのは、出来る事なのか?」

 

「分からない。でも、触れる事が出来れば、少しは分かるかも。でも手で触れてもやけどをする。動いている状態のエヴァはとても熱いから」

 

「そこでATフィールドってとこね? パイセン?」

 

「ぱいせんは違う。でもあってる。ATフィールドで触れれば、誰がいるか分かると思う」

 

 綾波はほんの少しだけ眉をひそめると、視線を下に落とした。

 その表情は、静かだが確かな苛立ちを含んでいた。

 

「……ぱいせんがいるかってこと?」

 

「違う」

 

 綾波はきっぱりと否定し、ほんの少し声に力を込めた。

 

「お母さんがいるかどうか。いないなら、多分コアに入らずに、碇君のお母さんと話してるだけ。あと、ぱいせんはやめて。私は、碇君のお母さんの遺伝子が入ってるけど、ぱいせんじゃない」

 

 言い切ったあと、一拍置いて、マリを見た。

 

 マリは目を丸くして、少しだけ唇を引き結んだ。

 からかうつもりはなかったのか、それとも単なる軽口だったのか、自分でも判断がつかなかったのかもしれない。

 

「……ごめん」

 

 素直に詫びるマリに、綾波はふっと視線を外した。

 

「大丈夫。でも、そういうふうに思われるのは嫌」

 

 その一言に、真田と新見がわずかに息をのんだ。

 

 綾波が「明確な否定や拒否」をダイレクトに言葉にすることは、ほとんどなかった。

 だが今、彼女は自分の感情を「嫌」と表現した。

 それだけ、今の綾波には「大切なもの」があるということだった。

 

「……ゴメン無神経だった。レイちゃんが“誰かのため”に怒るの、ちょいとビックリしただけで」

 

「怒ってない。……でも、ハルナさんは、帰ってくる。だから、助けたい」

 

 言葉は相変わらず平坦だったが、その瞳の奥には確かな熱があった。

 

 真田は静かに頷いた。

 

「頼めるか? コアに触れて、“誰”がそこにいるのか、確認してくれ。綾波君にしかできない」

 

「……うん」

 

 綾波は短く返事をすると、エヴァ初号機のコアの前にまで泳いだ。

 慣れない無重力で水泳のように腕と足をバタバタして何とか辿り着くと、手のひらに意識を集中させる。

 ハルナのように、渾身の力を込めて可視化する事は出来ない。

 でも、ATフィールドには多少の心得がある。

 

 恐る恐る、そっと表面へと手をかざす。

 

 コアが淡く脈打つ。

 空気が震えた。温度が一瞬だけ上昇する。

 

「熱い……でも、いける」

 

 綾波の声がかすかに震えた。

 ATフィールド越しに感じる“誰か”の存在。それは、ただの記憶や残響ではなかった。

 

「……いる」

 

「誰がいるの?」

 

 新見がコンソール越しに問いかける。

 綾波の唇が、ゆっくりと開かれる。

 

「分からない。でも、お母さんじゃない」

 

「つまり、コアに入ってしまったわけじゃない。そういうことだな?」

 

 念を押すように真田が確認すると、綾波はほんの少しだけ頬を緩めて頷いた。

 

「安心して、良いと思う」

 

 その言葉が引き金となり、真田は魂が抜け落ちる程深く溜息をついた。

 一番責任と焦燥を感じていたから、当然だろう。

 見た事がないくらいに脱力している様子に新見は驚いたが、その背中を擦った。

 

「……それで、どうするんだ?」

 

「信じて待つ。お母さんの事だから、程良いタイミングで戻ってくると思う」

 

「何たるアバウト」

 

「アバウトなのが、エヴァだから」

 

 綾波はそう言うと、管制室から一人で出ていった。

 人気のない通路に隠れると誰もいない事を確認すると、無重力に身を任せ蹲り、真田と同じように深く溜息をついた。

 

 

「……良かった」

 

 

 それをアスカは見てしまったが、何も言わない事にして去って行った。

 

 ________________

 

 

 さらに1日後 午前3時

 

『ゴボッ!!』

 

 プラグ内の収音マイクが大きな呼吸音を捉え、管制室は騒然となった。

 当直の監視班が内線に飛びつき真田に状況を説明し、仮眠室で飛び起きた真田は大急ぎでオオスミに戻った。

 

 内部カメラのモニターに飛びつくと、薄目でハルナがカメラ目線で状況を伺っていた。

 テスト前とテスト後で外の様子が大分違っているのが不思議なのだろう。

 

『あの、えっと……何時間、経って、ましたか?』

 

「……約90時間だ」

 

『90……?』

 

「90だ。起動試験から4日ほど経っている」

 

『レイちゃんは……?』

 

「まだ寝かせている。君のことを心配し過ぎている様だったから、真希波君に頼んで落ち着かせて寝かせた。起きたら伝えるが、体に異常は?」

 

 ハルナは安心したように、ほんの一瞬だけ目を細めた。

 LCLをゆっくりと吐き出しながら、溶け切らなかった二酸化炭素をゆっくりと吐き出すと、また安心したように呼吸を続け得る。

 

『出てみないと分かりません……LCLも吐かないと……佐渡先生は?』

 

「ICUの準備をしてもらっている。兎に角引き上げる。シンクロはもう切れてるようだから、プラグ排出手順に則り降機シークエンスに入る」

 

 

 

 _______________

 

 

 

 

 午前11時

 

 エヴァから降りてLCLを吐き出してからは、嵐のように物事が進んだ。

 ストレッチャーに固定され医務室に担ぎ込まれ、全身をくまなくスキャンされ、栄養剤を注射された。

 

 特に、心肺辺りはこれでもかと確認された。

 意識覚醒下での液体呼吸には前例がなく、佐渡も石橋を叩いて渡るように慎重だった。

 何度も何度も聴診器を当てられ呼吸音をチェックされ、異常なしと診断されたのが担ぎ込まれたから、検査開始から7時間後の午前11時だ。

 

 

「……異常は、ない。肺も、血中酸素も、心拍も」

 

 佐渡がそう告げたとき、ようやく周囲がほっと息を吐いた。

 

 点滴スタンドに吊るされたバッグがゆっくり揺れていた。

 一歩間違えれば、このベッドに戻ってこなかった可能性もあったのだ。誰も口には出さないが、その事実は部屋の空気に静かに滲んでいた。

 

 ハルナは、横たわったまま天井を見つめていた。

 瞳だけが動き、あまりに静かに瞬きをしているその姿に、誰もすぐには言葉をかけられなかった。

 

 その沈黙を破ったのは、佐渡だった。

 

「まだ本調子には程遠かろうが、まずは飯を食うんじゃ。おかゆと、味噌汁くらいしか用意しておらんがの」

 

 その言葉に、ハルナは微かに口元を緩めた。

 

「……ありがとうございます、先生」

 

「あと、長椅子で寝てる真田とお嬢ちゃんを叩き起こすから相手しとれ」

 

「……了解です」

 

 ハルナは小さく笑った。

 その返事を聞いた佐渡は、ふんと鼻を鳴らして医務室を後にする。

 

「知ってる天井、だね」

 

 イスカンダル航海から、何回もここでお世話になった。

 怪我をした時やお見舞いをする時とか、でもどうしても、リクが倒れてしまった時の事を思い出してしまう。

 あの時、真田が「このままにしておいてほしい」と佐渡に頼んでいたらしい。

 自分は寝てしまっていたので覚えていないが、リクが眠っているベットの傍で、手を握りながら眠っていたらしい。

 

 それが今度は自分の番ときた。

 

 扉が閉まる音から数分。真田と綾波が静かに入ってきた。綾波は寝癖を直しながら開口一番にこう言った。

 

「誰に会ったの?」

 

「綾波君、ここはまず心配するところじゃ……」

 

「心配してる、でも信じてたから大丈夫だと思う」

 

(嘘、あとで真田さん追い出してお母さんに甘える)

 

「……誰かは、はっきり分からなかった。でも、すごく穏やかで優しかった。たぶん、碇ユイさん……か、それに近い誰か」

 

 綾波は瞬きを一つして、それからうん、と小さく頷いた。

 

「それなら、良かった」

 

 今度は本当に安堵の表情を見せる。真田は隣で静かに腕を組み、ふう、と重く息を吐いた。

 

「では、正式に“帰還”と記録しておく。君はもう医務室から出てもいい。だが勤務はもうしばらく免除だ。それでいいか?」

 

「むしろ休ませてください」

 

「分かった。だがその前に色々と聞いておくことがある。記憶が新しいうちに資料に纏めて置こうと思うのだgちょっ、待った、綾波君っどうした?」

 

 綾波は急に真田を椅子から立たせると、両手で力いっぱい押して入り口に追い込もうとした。

 真田は突然の事に驚き抵抗するが、見かけ以上のフィジカルでじりじりと押し込まれ、ICUから押し出されてしまった。

 

「あとにして」

 

 綾波が平たんな声でそう言うと扉を閉め、鍵も迅速にかけて2人きりの空間にしてしまった。

 

 閉まった扉の向こうから、真田の「ちょっと綾波君!?」という微かに焦った声が聞こえていたが、それもやがて聞こえなくなった。

 

「外敵」が諦めたのを確認して綾波は静かに振り返ると、ハルナの隣に戻り、椅子に腰かけた。

 

「……やっと、2人きりになれた」

 

 そう言って、ハルナの手をそっと握る。

 病室の照明が少し柔らかくなったように感じたのは、気のせいではない。

 

「膝枕、して」

 

「いいよ?」

 

 少し震える声でそう要求すると、ハルナは快諾して綾波の頭を自分の太もも辺りに寝かせた。

 4日ぶりに感じる温もりに気が緩んだ綾波は「これではいけない」と思い自分の頬を軽く引っ張った。

 

「何で、あんなふうになったの?」

 

「多分義眼に仕込んだ呪詛文様。アレが過剰に反応してひきつけみたいになったと思う。取り除いた方がいいのかな、アレ」

 

「義眼取れるの?」

 

「外科手術がいるけど、取れるよ。でもあんまり時間無いからどうしよう……あ、でも、乗れはする事は分かったから、レイちゃんに付いてくよ?」

 

「……上書きできる?」

 

「何を?」

 

「呪詛なんとか」

 

「呪詛文様を無効化する呪詛文様……か。それか、初号機のシンクロに一切触れなければ多分大丈夫。ようはATフィールドをエヴァに使わなければいいから」

 

 ハルナはそう言いながら、自分の右目を覆うバンダナに手を添えた。

 そこに宿っているのは、誰かの“呪い”の記憶と、同時に“守るための力”でもある。

 

「でも、それじゃ意味がないよね。レイちゃんのために、エヴァに乗るって決めたのに、肝心な時に何もできないんじゃ」

 

 綾波は頷き、静かにハルナの手を握り返した。

 

「だから、上書きして」

 

「……え?」

 

「“大事な時に使えない力”なんて、意味ないよ。だったら、お母さんの手で、ちゃんと“お守り”にして」

 

 綾波の瞳には、揺るぎない意志が宿っていた。

 

 

「お守りね……2番宇宙の方のアスカちゃんと同じ方法は流石に……あ、そうだ」

 

 ハルナは呟きながら、思考の海へと沈んだ。

 

 義眼そのものを取り外すには時間がかかる。でも、綾波の記憶にいるアスカが使用した方法を使応用すれば、呪詛文様を封じる呪詛文様を外から作用させる事が出来るかもしれない。

 つまりは眼帯、バンダナとは別に呪詛文様を彫り込んだ眼帯を仕込んでやればいいのだ。

 だが、それにはこの艦内だけではどうしようも無い。

 

 ハルナも真田も技術科も、呪詛文様には明るくないのだ。

 

 でもこれには地球側に当てがある。

 

「オーバーライドしてしまおう。義眼側に書いてあるやつを、別のやつで書き換える」

 

「できるの?」

 

「出来ないからお願いする」

 

 そう答えるハルナの声には、わずかに力が戻っていた。自分で打ち込んだ呪詛を、「封じる」のではなく「意味を与えて使い直す」。

 綾波の言葉が、まさに“上書き”として機能していた。

 

 

「眼帯の内側にね。新しい文様を刻む。呪詛文様を無効化する呪詛文様って感じかな?」

 

「“私用のお守り”ってことでいい?」

 

「うん。そう言われたら、失敗できないね」

 

 少し照れくさそうに、けれど誇らしげに笑うハルナ。

 綾波はその表情を見て、ようやく心から安心したように頷いた。

 

「じゃあ、膝で寝てていい?」

 

「もう寝るの? まだこれからじゃ……」

 

「ダメ。さっき“休ませて”って言ったの、まだ守ってない」

 

 綾波はそう言いながら、もう一度ハルナの膝へ頭を戻した。

 体温と鼓動。お守りよりも、ずっと効果的な安心感がそこにはあった。

 

 

 ___________

 

 

「それで、パイセン__じゃない、ユイ先輩に会ったって事?」

 

「直接言葉を交わしたわけじゃないけど、見たと思う。手は取ってくれたから、多分私がまた乗っても害意はないと思う」

 

「呪詛文様を何とかしてからね。まさか変位抑制用にお守り半分で仕込んだヤツがここでトラップになるとはびっくりにゃ。取り敢えず超空間通信まだ繋がったから圧縮データで状態を伝えて作ってもらえるように頼んだから、こっちは準備を進めるにゃ」

 

「まずはプラグスーツをちゃんとしたやつにして2人乗りに直して、初号機用携行武装と『初号機をテレザートに向かってかっ飛ばせるような何か』を造る」

 

「資材が無いけどね。……あ、あるわ。何ならコルサンティアにあるわ」

 

「あるって、どういう事?」

 

 マリが悪い笑みをする時はろくでもないアイデアか突拍子もないアイデアの始まり、それが現在の相場だ。

 それを知っているハルナは「身構えるが吉」だと理解していて、恐る恐るマリに聞いてみた。

 

「さてさて、楽しいダイナマイト漁の始まり始まり~。なるべく壊さないようにしましょうね~」

 

「まさか……」

 

「ガトランティス艦を使っちゃえばいいんだよ?(^^)」




 はい、呪詛文様が足枷になりました。何とかしましょう
 あと、偶像戦域面白いので皆さん見ましょうね^^
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