宇宙戦艦ヴンダー 《Reise zu einem Wunder》 作:朱色の空☁️
簡易メンテナンスが終わり機体に戻ると、シデンが通信用コンソールと睨めっこをして厳しい顔をしていた。
「何かあったのか?」
「ん? ああ、女王陛下に応援要請送ったのはいいんだけどさ、到着まで結構かかるのよ」
「ここの地上出入口は?」
「それがさ、固く閉ざされててうんともすんとも言わないときたのよ。爆破で吹っ飛ばそうにも、やったらやったで崩落の危険性ありと来た。仕方ないから、KREDITのラチェットマンを呼んでレーザートーチで慎重に切って、戦術機が四つん這いで通れるくらいのでかい穴を作るってさ」
「それまでに、出来る事は進めていこう」
視界には巨大な施設が映っている。入り口が見当たらず、まるで巨大な棺のように見えるその施設は、端から端まででおよそ300mという巨大さを不気味さと共に示していた。
「まるで小型艦用の建造ドックだ」
そう溢したリクはその施設を見上げてみる。監視カメラの1つも見当たらない。地下都市の稼働当時は歩兵が見張っていたのかもしれない。
「迎撃装備とかは、見当たらないわね」
「自動小銃の1つでもあるかと思ったけど、これじゃただの石棺じゃん。何でこうしたの?」
「多分、危害が出ない状況で封印したんだ」
(レイちゃんの記憶が正しかったら、アレが使われてるかもしれない)
そんな想像をしながら、リクは膝立ち姿勢の震電に器用に掴まりよじ登り、バックパックに取り付いた。バックパックに付いている大きなハンドルを回してロックを解除すると、コンテナからパワードスーツのような物が2着現れた。それを起用に内蔵クレーンで地上に降ろすと、それは人間の背丈を少し超えるくらいの武骨な人型だった。
「持って来て良かったかも」
「ああそれね。備えあれば患いなしね」
「2式空間機動甲冑。平和維持軍時代に元宇宙海兵隊が開発した歩兵用外装だ」
2式空間機動甲冑*1は、空間騎兵の歩兵戦力の向上を目指して開発された装着型装備だ。
装着型故に装甲は薄くなってしまったが、30mmレーザー機関砲を扱えるほどのパワーと脚部クローラーの軽快な機動性が売りの簡易パワードスーツだ。
震電や秋水といった18m級の機動兵器は航空機や艦艇に対し絶大な優位性を示すが、歩兵相手に戦うには些かスケールが大きすぎる。
そこで、歩兵の強化だ。空間騎兵の保有兵器では貫通出来ない程の軽量高強度金属で装甲を用意して、関節部に強力なアクチュエータを装備して、脚部のクローラーで足を止めない。実際の模擬戦でもガミロイド側からのペイント弾を避けて撃ち返すほどの戦力向上が確認された。
その機動力は、リクという「意外と鍛えている技術士官」の身を持った実証で確認された。
「速っっ!!」
「そうらぶつからないようね!」
下手な自動車よりも速い。体重移動で前後左右へ動き回るそれはローラースケートに近い。シデンから投げ渡された汎用小銃を構えて手近なハッチに向かって滑走するが、上手く止まれず停止時にガタガタと揺れた。
「難しいな……」
「まぁそりゃね。初めてで満足に走ったり止まれるやつの方がおかしいから。で、これね」
「解析で開ける。暫く後ろを守ってほしい」
「はいはい」
機動甲冑を脱ぎ自立モードにすると、手近なコンソールに端末を繋いでロックの解除に取り掛かる。
(こういうの、ハルナはちゃっちゃと出来るようになったんだよな)
義眼との神経回路を応用し、脳神経を演算に転用した有機コンピュータ___と呼ぶべき状態にハルナはなっている。
コンピュータをその身に宿した状態を「時々自分を大事にしない」ハルナらしいと言うべきか、それとも「早く目を治すように言いたい」と思うべきか、リクの場合は圧倒的に後者だ。
あれは脳神経に負担をかけてしまい、多用すれば酷い頭痛や後遺症を招く危険性がある。
本音としては、さっさとSEELEとガトランティスを灰塵にして防大病院に連れていって治療を受けさせて、ついでに自分の腕も元に戻したいのだ。
あの義眼も自分の義手も、戦う為の力に過ぎない。
要らなくなったら手放す事も必要だ。
「開いた」
「さっすが技術部。うちらの電子戦部より全然早いじゃん」
開錠されたドアからファイバースコープを差し込み内部の様子をうかがうが、薄暗くてうまく確認できない。
赤外線と超音波の複合に視野を切り替えてみると、奥に通路が伸びているのが分かる。
「レーザーの侵入者感知も見当たらない。カメラはあるみたいだ」
「随分と無防備じゃないか。ここはそんなに重要じゃないって事かい?」
「分からない。ここを守る余裕すら無いのかもしれない」
「というと?」
「ガミラス戦争で連中も少なくないダメージを受けた。あるいは____」
無防備に見える通路を一気に突っ切ると、リクは異様な気配を全身に覚え急ブレーキをかけた。
何か禍々しいものがその向こうにあるのか、自分の魂がそこへ行くことを拒否しているかのような気持ち悪さが胸の奥から湧き上がってくる。
そして、義手から変な気配を感じる。
これには心当たりがあった。
(呪詛文様が反応しているのか?)
自身の変化を抑制するために義手に彫り込んだ呪詛文様を通して、自分に影響が出ている。
でも、進まない理由にはならない。
そのままゆっくりと進んでいくと、奇妙な柱が立ち並ぶ大広間のような空間が広がっている。
薄暗く、非常用の赤色灯が付いたその空間の中心に、大きな箱が置かれている。
「気味悪いわね」
「本能的に入りたくない雰囲気がある。で、正面には箱」
「サイズからして_____ああ、嫌だな。棺だ、棺っぽいサイズ感だ」
棺。遺体を安全に収めるための箱だ。ならそこにいるのは遺体なのか?
いや、そうじゃない。ならなぜ、棺の周りに大量の装置が置かれているからだ。
見た目からして、
リクはその棺に恐る恐る近寄り、透過スキャンで棺の中身を確認した。
「……!?!? この少年だ。ゼロ・チルドレン、渚カヲルだ」
______________
半日後
女王の家臣団到着後
「総員傾注。現時刻よりこの作戦及び以後の作戦行動に対しかん口令を敷く。諸君らはWILLEが指定するコード0該当物に触れた。他部隊に1つでも漏らせば軍法会議送りになる事を覚えておくように」
そう通告したミリーゼは棺の元に戻り、棺の開封作業にかかり切りの作業班とリクに声をかけた。
「もう少しお時間を頂きますが、中身は遺体じゃありません。コールドスリープって分かりますか? その状態に近いようです」
「生きているなら結構。引き続き周辺警戒を続けながら開封作業を続けるように。睦月三佐、お時間宜しいでしょうか?」
「了解です」
ミリーゼに連れられてリクは棺のある部屋から別室に移った。
漸く離れる事が出来たと一息つくと、ミリーゼはカロリーバーを差し出した。
「一刻も離れたいと顔が言っていましたので」
「顔に出るタイプです。助かりました」
「……睦月三佐。SEELEとはいったい何者なのですか?」
「WILLEととある組織が共同で探している外道オカルト組織ですよ。この施設もまたSEELE絡みです。既に民間人の少年が攫われていまして、我々はその少年を救出して、SEELEを綺麗に壊滅させる事を目的としています」
「……これを聞いたからには終わりまで付き合ってもらいます、という事ですか?」
「かん口令を敷く部隊を増やしたくないんです。大っぴらに動けないので、理由を知ってる部隊に以後の作戦への協力もお願いしたいんです。この家臣団なら十分実行可能です」
「私の部下を高く評価して下さるのは嬉しい事ですが、無茶な作戦で部下を失いたくありません」
「失わないように作戦を立てていきましょう。お願いしている以上、お手伝いはしますよ」
「……感謝します、と今は申し上げておきます」
____________
「ミリーゼ三佐、睦月三佐、開封できます」
「では、開けて下さい。多分要らないと思いますが、医療班は開封次第ストレッチャーで運び出してください」
「要らない……?」
「普通の人間じゃないんです、多分」
10本のボルトが自動で回転し突き出ると、棺のロックが解除されて柱に刻まれた呪詛文様も光を失った。
気持ち悪い感覚が消えてスッキリしたなとリクが思うと、棺の蓋が自動でスライドしてその中身が露になった。
銀色に近い髪と色白の肌を持つ少年。間違いない。彼だ。
蓋が完全に開き切ると少年はゆっくりと目を開き、リクはその少年に声をかけた。
「おはよう、渚カヲルくん」
_____________
「君が何処から来たのかは正直分からないけど、ガリラヤの後で君は封印されたそうだね」
カヲルに正面から向き合ったリクは、そのアルカイックスマイルに違和感を覚えながら質問を続けていく。
封印棺から救出してからまだ1時間も経っていないのに何ら問題ないように動いている。
もしカヲルが本当にただの人間であれば、こうはならないはずだ。
それでも何の体力の消耗も後遺症も無い事が、彼が人間では無いことを事実として理性にぶつかってくる。
「SEELEの老人たちは僕を恐れた。付属パイロットのアヤナミシリーズの生産が軌道に乗り、ナギサシリーズのめども立ったこと確認して、僕を封じた」
「あーごめん。そういうシリーズ呼びとかはやめて欲しい」
「何故だい?」
「……君が言う所の綾波レイ__レイちゃんが、うちの家の養子になっているんだ」
意外な理由に、鳩が豆鉄砲を食らったような顔を見せた。だが、すぐに何か思うところがあったのか、噛みしめるように何度も頷き、分厚い隔壁の向こう側──見える筈のない空へと視線を移した。
綾波と同じように使徒の魂を宿す者として、どこか羨ましいと感じる。
自分には常に人からズレた感覚が自分に付きまとっているが、彼女は、恒星のように巨大な魂とは対照的に、人並みサイズのエゴを持って、家族を選んだのだろう。
「そうか。リリス、君はヒト並みの幸せを手に入れたいんだね」
「その様子だと、レイちゃんの生まれも知っているようだね」
「リリスの魂とシンジ君の母上の遺伝子から生まれたファーストチルドレン。そう聞いているよ」
「この世界でも同じ方法で生まれようとしていたが、既にレイちゃんの魂がこの世界に存在していた事で、SEELEと碇ゲンドウが2人目のレイちゃんを生み出す事は回避できていた。碇ゲンドウの捜索は続いているが、未だに見つかっていない。月面もだ。それよりも君の機体を探さないといけない」
「Mark.06かい? 位置が変わっていなければ、あそこだろう」
「?」
________________
パリ地下都市
旧SEELE拠点
「ここだね」
「本当にあった……!」
紺色に染められ、部分的に黄色がかった橙色が目立つその機体は、勿論の事この世界で作られた機体などではない。
だが、どうやら封印柱と赤い槍を使った封印が施されているようで、大体規模でやってきた震電が両方とも引き抜こうと四苦八苦している。
「それにしても、この施設も人がいませんでしたね」
「あったのは自動迎撃設備くらいです。やりやすいのは助かりますが、どうにも……」
「SEELEのご老人達は、優先順位を付けて守っている。最低限のリソースを使い補完計画を達成させるならほぼ確実に火星のガリラヤベース跡地に向かう事になる。ならばロケットを飛ばせる位置に移動すると思う」
「いや、今の地球はどこからでも宇宙を目指せる。昔は赤道に近い場所からロケットで宇宙に向かっていたが、今は重力をある程度無視して直接宇宙に上がることが出来る」
そういうと、リクは1冊の歴史書を手渡した。
21世紀から現在に至るまでの歴史が一通りまとめられたそれをカヲルはパラパラと流し見していく。
ふと、あるページでその指が止まった。
「WILLE?」
「君もどこかで聞いたことあるはずだ」
「リリンの反抗の旗だね。それがここにも存在……いや、再誕したというべきかな」
「この世界に存在するAAAWunderは、君がやってきた世界線とは別の世界からやって来た。その艦内で生き残っていた初代艦長から名前を受け継いだのが、現在のWILLEだ」
納得したように歴史書を返すと、カヲルは納得がいったような顔になった。
まだ出来る事はある、超然としたアルカイックスマイルに意志のような火が灯り、カヲルは頷いた。
「希望は残っていたね。こんな世界でも」
「希望は見つける物じゃない」
それを聞いて不思議そうにカヲルはリクを見るが、それに気づいていないとかリクは空を見上げ言葉を紡いだ
「作る物だ。君の言うリリンは永遠の命を蹴って知恵を付けた。それが宇宙戦艦を建造するくらいには進化しているから、出来ればそっちを信じて欲しいな」
「……そうだね。神殺しの船を復活させた君が言うなら、そうかもしれないね」
「正確にはハルナと僕だ。それも偶然だったけど」
「リリンの偶然は時に必然とも言える。予定調和だったり、誰かのシナリオ通りだったり。色々な状況があるさ。でも、そうだね。予測がつかない偶然も、君達らしいと言えば君達らしい」
「その超然とした観測者立場、癖だよね」
「幾つも世界を渡れば、こうなってしまうさ。サードインパクトが起こったあの日、僕は司令室にいた。シンジ君が封印されたままの初号機は、そのまま生贄にされ、僕は自分の願いを叶えられなかった」
「だから世界を渡り続けたのか」
「世界の向こう側には世界がある。SEELEの老人はそれに気づいていた。シンジ君の父上も、それを理解してアディショナルインパクトを起こしたからね。人の数だけ世界線があるならば、自分が望む世界と現実を重ね合わせて想像する事も出来る。虚構と現実が一つに溶け合うあの儀式なら、何を起こす事も出来るからね」
「それが例え死者でもか。君は、その手段に頼る事を考えた事はあるか?」
愛する人の為に世界を犠牲にする。
インパクトと名を持つ儀式は世界を犠牲にする事を前提としている以上、カヲルがその手段を取ったのかリクは真意を確かめたかった。
射抜くような視線に、カヲルは少し俯いだ。
「世界とシンジ君を天秤にかけても、どちらに振れる事は無かったんだ」
二者択一。そのどちらも選ばない選択をしていたのだ。
「シンジ君の父上は躊躇が無かった。でも僕は、使徒の祖である事が邪魔をしてしまったのかもしれないね。生命の親というのはどうしても、子に対する愛着が生まれるのかもしれない」
「第1使徒、大方そんな所か」
「会話をしながら情報を取り出していくのは、軍人のクセかな?」
「それくらい、誰でも出来る事だ」
封印柱と槍と格闘していた震電がようやく両方とも引き抜き終わり、引き抜いた封印柱を5機がかりで慎重に降ろした。
槍だけは引き抜いた直後から宙に浮いていたので、「これはこういう物だからあまり気にしない事」とパイロット全員に伝えておいたので監視下で放置だ。
『なあアレそのままでいいのかい?』
「多分大丈夫だ。使う人や呼び寄せる人がいなければね」
インカム越しに説明するが、あまり詳しくないのでボンヤリとしか説明できない。
仕方ないとリクはカヲルにインカムを渡して説明を求めた。
「槍は、武器であり制御装置だ。使徒を止められる神の遺物で、希望の槍カシウスと対をなす絶望の槍だ。ただ、何かに引き寄せられる事はあっても自らの意思で動くことは無い」
「槍は何種類かあるのか?」
「ロンギヌスもカシウスも、見た目が違うだけで本質的には1種類の槍だ。使う生物の心で見た目も性質も変化する。絶望の槍とは言ったけど、使い手がいなければデストルドーを撒き散らすことは無い」
『ならアンタが持ったらどうなるのよ。皆仲良く精神病棟はゴメンだよ?』
「希望の槍に変わると思うよ。これは僕が持っていた槍だ、その時からカシウスの姿をしていたし、僕はまだ希望を捨てていない」
解放されたMark.06に向かってカヲルが手をかざすと、Mark.06は起動した。
十字架に貼り付けにされていた筈の機体は黄色い2つの目を光らせゆっくりと体を起こし、宙に浮く螺旋のように捻じれた槍を掴む。
怪しい光に包まれると、槍はその捻じれを失い、レイピアのようにとがった剣のような物に姿を変えた。
「これは……」
「カシウスじゃない。これは……」
「
「聖釘?」
冬月が溢したその単語に、リクは首をかしげる。
カヲルが言ったように別の槍になると思っていたのに何故か剣のような見た目になり、月村はそれに奇妙な単語を与えた。
宗教やそういう神話には全く明るくないから、不思議な響きに聞こえたのだ。
「キリスト教の聖遺物の1つで、キリストが磔刑になった時に使われた釘だ。だが……」
「ええ。これは、我々が入手した死海文書にも記載がありません。槍の運用方法には記載がありましたが、このような武器の使い方は載っていません」
聖槍ではなく聖釘、レイピアにも見えるそれはMark.06の手に収まったが、その異常とも呼べる変化に冬月と月村が唸る。
それでもカヲルは、自分の心理に目を向けると何故か納得がいった。
これは、希望と絶望を___生と死を司る遺物じゃない。
「僕らにとって槍は、生と死を司る為の存在。でもこれは、意思を貫き通す為のものなのかもしれない。……僕は、決断を迫られているのかもしれないね」
「カヲル君?」
カヲルはリクに向き直ると、曖昧な笑みを消し去り決意のこもった顔を見せた。
「睦月リクさん。僕はシンジ君を助けたい。彼を幸せにしたい___いや、彼を救い、彼を見守りたい」
「幸せにしたい、ではなくか?」
「シンジ君を幸せにすることで自分も幸せになりたいんだと、旅の途中で既に気付いていたさ。シンジ君の人生は、僕のものじゃない。誰かのものじゃない。僕は、シンジ君の人生や選択に触れられなくても、彼を救いたい」
赤い目の向こう側に意志の光がチラつく。
その目を娘に重ねたリクは、見返りの1つも求めない程に純粋な思いに軽く眩しさすら覚えた。
宇宙のどこかで動き続ける自分の娘も、似たような事をしているのかもしれないなと考えていると、その右手はカヲルの手を掴んでいた。
「WILLEへようこそ。こんな世界線は見た事なかったか?」
「……初めてだね。でも、これも良いかもね」