宇宙戦艦ヴンダー 《Reise zu einem Wunder》 作:朱色の空☁️
宇宙が軋みを上げる音は、どうやら大波に揺られる洋上船の軋み音に近いらしい。
そして宇宙戦艦でそれを体験すると、悲鳴のような警報音がセットでやってくるようだ。
何かが地中を這いずって来るような大きな震動が聞こえた次の瞬間にはけたたましく警報音が鳴り響き、真っ赤に染まった警告ウィンドウが雪崩のような勢いで表示されていく。
AAAWunder、最大の危機が絶望を添えて、今訪れようとしていた。
「異常重力場を検知! 想定の20倍です!!」
「早すぎる……ッ! ワープアウト位置の特定急げ! 全ての作戦を中止、全機帰投せよ!」
「異常重力圏の拡大を確認! アダムス組織励起による重力子散布を用いた均衡領域を生成します!」
「ワープアウト位置確定、コルサンティア近海38万キロ圏内へのワープアウト確率、99.9999%です!!」
「確定だ。重力場の乱れを常に警戒! 全員が戻るまで閉じるな!」
「古代。離脱限界を超えれば、AAAWunderの推力でも引き込まれるぞ」
「反転しての重力圏離脱は無理ですが、重力圏にワザと引き込まれて加速をかけ、彗星内部から外へ抜けます。南部、波動砲以外の全火器の使用を自由。綾波君は重力をATフィールドで拒絶できないか試して欲しい」
「重力……何とかする。船を包めばいい?」
「それで頼む。君から聞いた話だと、複数対象を護る事は出来ないはず。重力だけを拒絶すれば、航空隊と戦術機は素通りできるはずだ。回収完了次第、ATフィールドを解いて彗星の重力で一気に加速をして抜ける」
「……お母さん、良い?」
「反転180度で死亡フラグを立てるよりは良いよ。兎に角、部隊の回収を急いで。それで、どうやって重力圏から逃れるの?」
「ハルナさん、波動砲の威力と使用エネルギー総量自体は変えていないんですよね?」
「条約違反になったら困るから、進宙時のそのままだよ。……マジで、やるの? いや、エネルギーの余裕は余る程あるから出来るけど、えっと……プログラム、書き換えるのかな」
「お願いします」
「マリさん、真田さん、新見さん、部隊が帰って来るまでに書き換えましょっか」
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「即時撤退命令が出た、データ回収中断。コルサンティア重力圏外へ向かう!」
「航空隊から退避支援の申し出です。手すりは持って来ているので、ファルコンの腹にくっつけてお荷物になれば飛べます!」
「お前らさっさと作業止めろ死にてぇのか!!」
「あと1分下さい!」
「1分も渡せるような状況じゃねぇんだよ!! ちょっとは取れてるんだろ帰るぞ! その震電遠隔操縦にして無理矢理帰してやろうか!?」
「分かりましたって分かりました!!」
「全部隊に緊急通信来ました! コルサンティア近海38万キロの地点に白色彗星のワープアウトが始まりました! 完全顕現まで1分! 規模は木星サイズです!!」
「総員退避! エンジンが焼け付いても構わない!」
この作戦を始めるにあたり、航空隊とノウゼン率いる震電部隊である第86独立機動打撃群は最優先命令を受けていた。
「機体がどうなっても良いから帰って来るように」
携行装備や弾倉を全て投げ捨ててでも、機体が破損しても、最悪機体を放棄しても、何とか帰って来る事を最優先指示として受け取っている。
データは二の次、命が一番。
死に最も近い位置にいる空間騎兵や航空隊は戦場に飛び出す事に成れている、いや、慣れ過ぎているのだろう。
特にWunder航空隊はイスカンダル航海で何度も出撃した事で、戦死を見る事に慣れ過ぎている。
それに地球は人材不足だ。
船に乗れる人、航空機を操れる人は少ない。
戦術機なんかだと、新型兵器である事が影響してもっと少ない。
それに教導隊でもある独立機動打撃群は現状最高峰の戦術機部隊だ。この場で失うわけにはいかない。
予備弾倉と雷槍の残りをすべて捨てた震電が一斉に飛び上がり、低軌道上で待機し続けるAAAWunderに向かって手を伸ばす様に上昇する。
運搬役としてやってきたファルコンspec2の腹に手すりを吸着させると、グライダーのようにぶら下がり互いに推力を全開にした。
推力全開にした噴射炎は彗星の尾のように伸び、ランドスピナーも外してさらに身軽になって、発揮しうるすべての推力を真後ろに向けて重力から逃れる。
「白色彗星の完全顕現を確認!! 離脱限界が更新されます!」
「ッ!?」
軋みを上げる空間に強引に質量が捻じ込まれ、三角形を幾重にも重ねたワープエフェクトが真っ白な闇を吐き出した。
白色彗星、顕現。
視界の端が真っ白に染まり、ガスと思わしきものがコルサンティアに向かって伸びていき、コルサンティアは移動を開始した。
その異常な光景を、AAAWunderは全てのセンサーで捉えていた。
「アレが……白色彗星……!」
「コルサンティアが移動を開始! 超指向性の重力場による惑星牽引です!」
「天体を操るほどの重力を行使できるのか……! 1つ残らず記録するんだ!」
「全センサー感度最大。重力場を含め、あらゆる波長での観測を継続中です!」
「航空隊及び戦術機部隊の回収作業を開始。第1、第2、第3格納庫の全てを解放しとにかく避難させます!」
「丁寧にとか言っていられる状況じゃないので、兎に角入れて下さい! 甲板部は第3格納庫を解放して100式とコウノトリを一番奥にずらしてください!」
『既にやっています。何時でも入れて大丈夫です!』
「万が一間に合わない機体がいるなら、パイロットを脱出させて間に合う機体に移らせろ。機体は時間があれば造れるがパイロットは別だぞ!」
「機体投棄時は、自爆装置の時限起動装置を必ず起動させろ。奴らに回収され解析される事を防ぐんだ」
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「手すり解除、助かったわ」
『急いでくれ。離脱限界が迫って来てるぞ!』
加藤のファルコンspec2にぶら下がっていたアンジュ・エマは一言礼を入れると、艦底で解放されている戦術機格納庫ハッチに手を伸ばしてジャンプした。
大質量がいきなりしがみ付いた事でハッチが軋みを上げるが耐え切り、仰向けの体勢になった震電を射出機のロックで一気に固定すると物凄い勢いで格納庫に押し込んだ。
どうやら機体収容時の安全速度を守る暇もないようで、慣性制御装置が泣けれな思い切りつんのめっていた事だろう。
「早っ、マジで今ヤバいって事ね」
『おーい、こっちも入れたぞ。でもシンとライデンがまだ入れてないんだけど』
リッカも何とか入れたようで、エマのすぐ裏の駐機パレットに機体がものすごい勢いで押し込まれた音と振動が響いた。
「あの2人、大丈夫かしら」
『さぁね。でもさ、機体を捨ててでも戻ってこいって、なかなか言える事じゃないんだよね。一機数十億を捨てて人命取ってるんだぞ、あの古代とか言う戦術長』
「それだけ、人命の大きさを理解しているって事よ。地球は人材不足だから、パイロット1人とっても失いたくないのよ。それか、本当に人命第一で動いているなら、良い人に育ちそうじゃない?」
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「空間跳躍を終了。前方にコルサンティア、捕縛圏内です」
「その星を腹に収めよ。秘められし知識を我が手中に」
「大帝。星の捕食は数百年と行われてきていません。既に手中に収めた惑星の一つを手放さなければなりません」
「ゼムリアを手放すわけにはいかん。他の惑星はどうでもよい。サーベラー」
白銀の巫女、サーベラー。
白色彗星の運航を司る彼女が操る鍵盤は、その音色を荘厳に、恐怖を呼び起こす様に音色を奏でていく。
彼女が全てを司り、ズォーダーであっても白色彗星を動かす事は叶わない。
彼は、彼らは、
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「白色彗星内部より、惑星規模の質量の移動を検知!! 20秒後に目視圏内に入ります!」
「まさか、もう既に惑星を食らっていたというのか!!」
「艦載機の回収率70%を超えました! 第3格納庫は既にいっぱいです!」
「……ッ最後尾の機体は放棄して、パイロットは牽引機のファルコンに移れ! 南部、火器使用準備は?」
「今すぐにでも全門斉射可能です。彗星通過中は兎に角撃ちまくります。METEORによるマルチロックオンも準備完了です」
機体放棄命令が発令され、殿を務めていたライデン・シュガは悔しそうな顔を見せた。
人命を最優先にした命令というのはよく分かる、だが、教導隊としての活動を始めた頃から乗っていた愛機を捨てる事となる。
だが、彼も軍人だった。
(ありがとよ、すまねぇ)
全周スクリーンの壁面に拳を打ち付けると、コンソールを操作して時限装置を起動させた。
あとはスイッチを押して自動操縦に切り替えるだけだ。
「篠原、乗せてくれ」
『分かった。ファルコンの背中に手すり付けてキャノピーにギリギリまで近づいてくれ。spec2は全部複座使用だから乗せれる』
「すまねぇ」
『そんな謝らなさんな。命があるだけ儲けもんって事よ』
手すりを離した震電が機体上部に回り手すりを付け直すと、開いたキャノピーにギリギリまで近づいた。
胸部コックピットハッチを開いてさらにギリギリまで近づけると、命綱を付けたシュガが飛び降りてファルコンspec2の複座式コックピットの後部座席に飛び乗った。
「……ありがとよ」
手元のスイッチを押した瞬間、震電はファルコンspec2から離れていった。
頭部バイザーが赤く点滅しフレキシブルスラスターの出力がどんどん上がっていく。
30秒、たった30秒だ。
閉じるキャノピー越しに、シュガは去っていく愛機に敬礼をした。
「ッ!」
その視界の端に、ゆっくりと敬礼をした震電が映った。
刹那、凄まじい爆発の光が満ちた。
機密保持の為に跡形もなく吹き飛ばすそれは機械らしく慈悲を持たない様に見えるが、最後の敬礼だけは、ただの兵器ではないとパイロットに伝える最初で最後の手段だった。
光が去ったその場所には、墓標も何も残らなかった。
ただ、何とか持ち出した「愛機をバックにした写真」を除いて。
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「艦載機の避難終了しました。震電の放棄数は3機です。パイロットは全員無事です」
「ハッチ閉めろ! 慣性制御最大にし彗星重力圏に突入する!!」
「南部くん、METEORのターゲティングは全部私に回して。100でも200でも狙いを付けるわ」
「大丈夫なんですか?」
「出来るからやるって言ってるの。回して」
左目を覆っていたバンダナを取ると、MAGIAchiralと繋いでレーダー情報とリンクした義眼を露出させた。
既に視界上にはマルチロックオンのUIが表示されていて、脳の未使用領域をまた少し使って演算性能の補助もしているようだ。
「分かりました。主砲副砲は全てモードデストロイに設定してあります。計算上はガトランティス艦をワンパン出来ますが、うじゃうじゃいたらじり貧です。VLSもカミナリサマも全部出します」
「ばら撒けるものは全部ばら撒くんだ。AAAWunderなら、波動砲を充填しながら全力戦闘が可能だ。ショックカノンも波動防壁も使えるんだ」
「だから、俺に大仕事が回って来たって言うのか古代。バックでワープするとかバラン星の時よりハードル高いぞ。それより、大丈夫なんだよな。あの捕虜、ガトランティスの人造人間だか人間爆弾だか言ってただろ」
「デスラー総統からもらった封印岩盤で営倉を覆った。位置特定やコスモウェーブは通用しない。詳しい尋問と検査はもうやっただろう。あの捕虜はガトランティス人という訳ではない。別の種族だ。爆発は起こらないだろう」
封印岩盤を細かく砕き、壁に仕込む。
デウスーラの装甲全てに施された仕掛けをダウンサイジングして営倉に組み込んだ事で、桂木透子が収監された営倉は一種の電波暗室のような部屋になった。
コスモウェーブは徹底遮断、位置バレも防いだことで今回のような奇襲も成功できたのだ。
「ガス帯の挙動に変化!」
全周スクリーンに映る白いガスがうねる。
笛の音色で踊る蛇のように自由に、意思を持ったようにうねり、近づく。
「撃ち方始め!」
全門斉射、しかし蛇を一匹潰すだけに終わった。
まるで仇を撃つかのようにうねる白いガス帯が何束も現れ、その一束が波動防壁を叩いた。
雷鳴のような音と振動が艦内を叩き、一部の通路で天井が崩れた。
無重力環境が保たれる戦闘艦橋ではあまりの閃光に遮光が入り、ベルトを付けていなければ座席から吹き飛ばされる程の揺れが起こった。
「全隔壁を閉鎖、非戦闘員をバイタルパートに移せ!」
「まるで太陽フレアだ。波動防壁でも危険だぞ!」
「白色彗星の重力園内に突入します! 以降、立体式操舵による重力制御は使用不能!」
「意見具申! 侵食弾頭で局所的重力源を作ればガス帯の運動を妨害できるはずです!」
「マリさん侵食魚雷やって! 許可はシュトラバーゼの時に出ているから撃っちゃって! 在庫切れにしても良いから!」
「アイサー! アナライザー計算ヨロ!」
『了解!』
EW-VLSの全ての発射管に侵食弾頭ミサイルが装填され、特殊共鳴波発振装置もシステムが立ち上がる。
目には目を、歯には歯を、重力には重力を。
上手くかき乱す事が出来れば、ガス帯のうねりを阻害して、ガスそのものを散らす事も出来るかもしれない。
『諸元入力!』
「ぶっ放せ!」
12発の侵食弾頭ミサイルが放たれ、特殊共鳴波を受けた瞬間には弾頭内のディラトンが重力子に調律されて一気に励起を起こした。
白い半紙に墨を垂らしたように重力場の塊が生まれ、ガス帯を構成する原子ごと飲み込んでいく。
極小規模のブラックホールとも呼べるそれはガス帯を吸い込み続けるが、悲しい事に侵食弾頭でどれだけ吸い込んでもその何倍もの量のガス帯が生まれ、波動防壁を叩く。
これでは焼け石に水だ。
さらに三式弾の砲撃とありったけのミサイルを放ち、ガス帯の至近距離で爆発させて吹き飛ばす。
近づく者は容赦しない、死にたいやつから前に出ろ。
戦術科の必死の応戦で波動防壁ごと襲ってくるガス帯は僅かずつ減っていく。
さらに彗星の重力に引かれると、視界が白濁した煙に覆われ不可視波長に切り替わった。
その瞬間だった、地獄の入り口が見えたのは。
「敵艦多数を確認、艦種識別追いつきません!」
「全部回して! METEOR起動全兵装構え!!」
凄まじい負荷と排熱を抱えたハルナが前後左右上下360度の敵艦を知覚し、苦痛を無理矢理押しのけ一気に120隻のターゲティングを実行した。
無理矢理知覚している今なら分かる。
こんな大艦隊はほんの一端に過ぎない、彗星のもっとも外側なだけでこんな数がいるなら、中核はため息が出るほど多くの艦艇がいるかもしれない。
(多……ッすぎる! ざっと何十万、いや……ッ何百万もいるっているの!?)
「全砲門……ッ開け……ッ!」
主砲、副砲、ホーミングがすぐさま砲撃態勢に入り、VLS、短魚雷発射管には全ての発射管に艦対艦ミサイルが装填されてハッチも開いた。
「ツインドライヴ、出力上昇。両舷波動砲への回路を開くぞ。非常弁全閉鎖、強制注入機作動」
「ワープ先座標、コルサンティアより1光年先の空間点」
「一斉砲撃まで、3、2、1……ッ」
血が垂れる感覚を無視し、叫ぶ。
「全門一斉射……ッ!」
荒れ狂う竜巻のように、荷電粒子の徹甲弾が一気に解放された。
モードデストロイのショックカノンが秒間一発で放たれ、砲身の磨耗を無視して拳銃のようなリロード速度で兎に角撃たれる前に撃ち続けていく。
通常艦艇では装備出来ない程のサイズの艦対艦ミサイルがカラクルム級の腹に突き刺さり、緑の巨大なサメが真っ二つになる。
何とか曲げられたホーミングが一斉に艦隊に襲い掛かり、火の海を作り上げる。
だが、先手を取られたガトランティス艦隊も黙っていない。
カラクルム級が艦橋大砲塔を重々しく動かし、目を見張るほどの砲火を浴びせていく。
本来艦橋は指揮所であるが、それを砲塔で形成して艦橋すら攻撃兵装にしてしまう彼らの異端さと異常さを感じるが、それに目を向ける暇はない。
その重い砲撃が波動防壁に波紋を作る。
続いてゴストーク級のミサイルが突き刺さり波紋が生まれる。
豪雨の中を車で突っ切る様だ、波動防壁の傘が波紋で一杯だ。
貫通、食い破られた一か所に砲撃が命中し装甲に穴が開く。
また貫通、ゴストーク級のミサイルが装甲に命中。
それでもAAAWunderは何かを庇いながらこの悪夢の中を突っ切っていく。
エヴァ初号機を輸送しているオオスミだ。
今この場でオオスミが被弾し初号機が失われれば、テレザートでの攻撃そのものが不可能になる。
それだけは絶対に避けなければならない。
「次……ッ!」
さらに120隻、目元と鼻から垂れた血を拭いスクリーンの向こうの敵艦を睨む。
ミサイルはあと3回分の量があるし、仮に使い果たしても再生産できる。
ショックカノンはエンジンと砲身が持つ限りは撃てるし、光学兵器だから凪ぐ砲撃で複数隻を落とせる。
まだいける、そう思ったが脳内に“砂嵐”が広がるような感覚が急に襲った。
「グゥッ……熱いッ!!」
120隻を何とかターゲティングし終えたその時、義眼が音を上げた。
放熱が追い付かず処理落ちを引き起こし、重大なエラーを誘発して停止してしまったのだ。
何とか120隻のターゲティングは終了したが、第3波の攻撃で100隻規模で狙いを付ける事はもう出来ない。
「まだいけます! 手動で何とかすれば撃てます! 森さんレーダー情報回してください!」
熱に蹲るハルナから引き継ぎ、南部が主導でターゲティングを実行した。
ハルナのように義眼の演算で直感的に狙いを付けられるわけじゃない、コンソールを使う以上どうしても遅くなり一度に撃てる数も少なくなる。
だが、文字通り血を流し実行した攻撃を途切れさせるわけにはいかないと南部を奮い立たせ、2番手3番手になるような速度でも狙いを付けていく。
「50隻、行けます!」
「ターゲティング情報を火器に伝達。1隻も撃ち漏らすな! 続いて南部が用意した50隻分だ!」
「これは……」
鬼神のごとき砲火を放つ「AAAWunderというバケモノ」を見るゲーニッツは声を漏らす。
カラクルム級が足元にも及ばない巨体、砲火、ラスコー級に迫る速力、未知の機械の歩兵を操る謎の部隊、そしてそれを操るテロンという星の民。
これはあの、「滅びかけていた星の力」なのかと、信じられなくなっていた。
「ゲーニッツ、受けとめよ。これが、我らが欲した神殺しに与えられた力だ。消息を絶ったデスラーも、同じだ」
「神殺しの船は、テロンとガミラスで『使命とは関係のない力』を与えられた。魂を内包していながら」
「大帝、それは……」
「彼の船には誰かがいた。我らが蘇らせし神殺しと同じく。だが、既に空となったのだろう。死に絶えたか、現世にその身を結んだか」
「遊んでやるのは、もういいだろう。捕らえよ」
____________
「エネルギー充填率120%。薬室内圧力限界。古代、撃てるぞ」
「認証を!」
真田、古代、ハルナがキーを回し、メギドの火を縛る最後の封印が解かれた。
波動砲口のシャッターが開かれ莫大な光が砲口に溜まっていく。
青白い噴射炎がAAAWunderを更に突き飛ばし、ついに亜光速の壁にぶち当たった。
「慣性航行に移行、速度と進行方向維持しつつ反転180度。総員対ショック対閃光防御!」
「カウント省略、電影クロスゲージ明度40照準固定、誤差修正なし」
「重力アンカー解除準備よし!」
「敵艦から砲撃及びミサイル多数!」
「波動防壁はギリギリまで張って! 南部君は続ける!」
「了解! 当たれぇ!」
波動防壁の盾を構え、ありったけの砲撃とミサイルを叩きこみ、さらに120隻、そして50隻の艦艇を撃沈する。
鬼神を思わせる戦いを見せ、死地でありながら敵艦の躯を積み上げ、「生き残るための戦い」を続けて何と1時間。
何百発ものミサイルと砲撃を放ち、何とか間に合った。
波動砲の反動を使った全速力のバックと、後進状態でのワープ突入。
これならいけると思った古代の「大馬鹿」が、大きく実を結んだ。
「波動砲、撃て!!」
艦首から放たれた2つの閃光が白濁した闇を切り裂き、2次被害でカラクルム級が消し飛ばされ、光条は白い闇にのまれる。
だが攻撃が狙いではない。
ここからの脱出が、古代達の狙いだ。
「重力アンカー解除! 総員衝撃に備え!」
ガクンと前のめりになる衝撃が来たかと思えば、視界からカラクルム級が遠ざかっていく。
本来重力アンカーで受け止められるはずの波動砲の反作用を使った凄まじい後進で、AAAWunderは亜光速で重力を引き千切り数秒前の景色を光秒の彼方に置き去っていく。
しかし、見えない手がAAAWunderを掴んだ。
「超指向性重力場です! 捕まっています!!」
「冗談じゃないぞ! このまま捕まってたまるかよ! ハルナさん!!」
「リミッター解除したら艦首が吹き飛ぶのよ!?」
白色彗星から放たれた超指向性重力場に鷲掴みにされた。
一つ間違えば重力で押し潰されるが、敵の意図を考えればわかる。
拿捕目的だ。
そんな事になればロクな結果は待っていない。
「後退速度減少!!」
「……機関長! マスター権限でリミッター解除します!」
「やめんか!! また宇宙が引き裂かれるんじゃぞ!!」
「拿捕されるよりはいい!!」
機能停止した義眼を無理矢理再起動させようとするが制御が効かない。
こんな時にと悪態をつきコンソールで手動解除にかかるが時間が足りなさ過ぎる。
その間にも速度はどんどん落ちていく。
距離は取れるかもしれないが、下手をすれば中心部に引きずり込まれてしまう。
その頭上、インテリアで必死に揺れに耐える綾波は強く祈った。
「×××……ッ!」
綾波が座るインテリア、そのインダクションレバーに誰かが触れた。
その手の感触を、綾波は知っていた。
綾波の手に添えるように、彼が、インダクションレバーを握った。
(ありがとう……)
誰にも感知が出来ないこの時、「一瞬未満に圧縮された12秒間」で、3人目の乗員が綾波をそっと支えた事は、誰も知らない。
ただ、艦首を中心にして広がった二重の天使の輪が、「何かがあった」事を物語った。
「艦尾にATフィールドを視認!! 加速しています!」
「レイちゃん!?」
「違う。私だけじゃない」
紫に染まる虹彩が無言の申告を続ける。
恐れていない、むしろ安心感を乗せた輝きだ。
だが、1人が発生させられる光輪は1つだけなんだ。
波動砲に加えてATフィールドによる加速が加わり、重力の剛腕から徐々に逃れ始める。
だが波動砲の光が徐々に細くなっていき加速力も弱くなっていく。
しかしそれを補うようにして艦尾の光輪がその輝きを強くしていき、重力を引き千切ろうと藻掻く。
「今はよく分からないけど! レイちゃん、いくよ!」
愛娘の手を取り、心を合わせ、叫ぶ。
「「ATフィールド全開!!」」
さらに1つ、三重となる同心円と化した光輪が新たに推力を与え、AAAWunderはその重力を完全に引き千切った。
視界の先には白色彗星。
真っ白なガスに覆われた闇の塊はどんどん遠ざかり、その全容が見え始める。
恒星系を縦断できる程の巨体、彗星というよりも、異物と形容した方がいい程の物体だ。
「全艦ッワープ準備……ッ!!」
対閃光バイザー越しに後ろを見る島の視界には、見慣れたワームホールが見える。
車のバックとはわけが違う。
亜光速でバックの状態でトンネルに突っ込むなんて誰もやった事のない事だ。
何とかプログラムの書き換えが終わったから出来ているものの、普段はレーダー頼りの後ろを目視で気にしながら操艦するのは普通誰もしない。
時に亜光速で進む事もある宇宙船で後ろを気にしても、数秒後にはその景色は光秒の彼方なのだ。
「ワープッ!!」
歪む空間の穴に艦尾が突き刺さり、その全身が飲み込まれていく。
「ちっぽけ絶望大帝さん。私達って、バカで、諦め悪くて、手の届かない存在なのよ」
白い虹彩の右目が白色彗星を睨み、ハルナは脂汗に不敵な笑みを浮かべた。
遠雷のような響きが空間を伝わり、AAAWunderは消えた。
漸く白色彗星とエンカウント出来ました。