宇宙戦艦ヴンダー 《Reise zu einem Wunder》 作:朱色の空☁️
AW2年(西暦2201年)12月8日
ガミラス戦争終結2周年式典
弔砲が木霊する海原、生まれ往く命の輝き、死んでいった命の残影、それらがすべて同一に存在するこの英雄の丘は、静けさに満ちていた。
地球3か所への分散都市計画、極東で選ばれた第3新東京市で真っ先に建設されたのは、ここだった。
この日、地球連邦政府、平和維持軍はこの地に揃い、戦没者の墓碑に花を手向け、祈りを捧げる。
政治、派閥、軍事、その全てを一旦横へ置き、過去を振り返る日だ。
「先の大戦から2年。地球はイスカンダルからの救済により青い姿を取り戻しました。文字通りゼロからのスタート、何もかも足りない中での新たな第1歩となりましたが、それでも、我々はこうして再び地上へ戻るための準備を進め、こうしてこの日を迎えられました」
地球全土へ中継されるこの式典に参列した藤堂は、あらかじめ用意された弔辞ではなく、自身のありのままの言葉を紡いでいく。
旧極東管区長官として、地下都市の惨状は一番見てきたつもりだ。
足りない食料、底を尽きかける電力、医療崩壊、暴動、この世に地獄があるならあの時がまさにそれだろうと今はそう思える。
だが、地獄を乗り越える、耐え抜く事ができたのもまた真実だ。
墓碑には無数の名前が並んでいる。
この地に刻まれているだけで数万人、推定戦没者数は90億だ。
実際はさらに多く、遊星爆弾での対地攻撃時や戦争末期では世界各管区との主通信網が失われ、行政機能にも大きな障害が出た。
誰がどこにいて、誰が生き、誰が死んだのか。
記録する事すら出来なかった人々が、余りにも多い。
さらに戦後の混乱で発生した暴動による死傷者、避難中に消息を絶った者、そして国民データベースそのものの損壊。
その全てが、正確な数字を知ることを困難にしている。
だから、戦没者数は未だに確定していない。
これから先も、増えるだろう。
新たな記録が見つかるたび、新たな遺族が名乗り出るたび、復旧したデータの中から失われた誰かの名前が見つかるたびに。
その数字は、少しずつ増えていく。
90億という数字ですら、まだ途中なのだ。
「家を失った者がいます。家族を失った者がいます。故郷を失った者もいます。つい昨日まで隣にいた人が、今日にはもういない。そんな日を、我々は幾度も経験しました」
「そして、過ぎ去った過去は変えられません。なぜなら、この場に、生き抜いた者達が立っているからです」
「地下で明日の食事を心配した者がいた。瓦礫の下から人を救おうとした者がいた。僅かな電力を分け合った者がいた。医療設備が足りない中、それでも患者の手を離さなかった者がいた」
「そして、戦場で最後まで持ち場を離れなかった者たちがいた」
藤堂はゆっくりと頭を下げる。
「今日、我々がここに立っているのは、彼らがいたからです」
「だから私は、今日という日を『勝利の日』とは呼びません」
「これは、生き残った者が、死んでいった者へ報告をする日です」
英雄の丘に、再び静寂が訪れた。
「あなたたちが守った地球は、今、こうなっています。あなたたちが生きた地球は、今、こうなっています」
「まだ復興の途中です。足りないものも多い。明日が約束されているわけでもありません」
「それでも我々は、地上へ戻ります」
藤堂は顔を上げた。
「青い空の下で暮らし、子供たちが走り、海へ船を出し、畑を耕し、街を作る」
「あなたたちが見ることのできなかった未来を、我々は生きていきます」
「それが、生き残った我々にできる、唯一の報告だと思っています」
藤堂は深く一礼した。
「どうか、安らかに」
その言葉とともに、英雄の丘を覆っていた静寂の中へ、弔砲が一発だけ響いた。
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「総員、黙とう」
制帽を胸に当て、死者を思う。
あの人は親を想っているのだろう、あの人は子を想っているのだろう。
あの人は、恋人を想っているのだろうか。
それでも、私は_____もう親はいないんだ。
ずっと昔、もう50年近く前に、ガリラヤの事故で皆無くしてしまった。
そこから私とリクは、時が止まったように昏睡で時を超え、2195年に目覚めた。
そこからは、本当に色々あった。
多分100年経っても歴史の教科書に載るくらいの、怒涛の22世紀暮れだと思う。
ユリーシャとサーシャの来訪、人類初の光速突破、波動砲という大量破壊兵器の誕生と、ガミラス戦争。
人類は独りぼっちじゃない__ただしファーストコンタクトで友好的かどうかは別だという答えを残したこの戦争は、本当に多くのモノを失った。
……いや、私の場合は失いかけただと思う。
手りゅう弾間近で爆発して重症のリクを見た時に頭が真っ白になって、大事な人を失うことを心の底から怖くなったのがよく分かる。
あの後から少しの期間の私は、今思えば異常だったらしい。
3日3晩寝ずに動いていて、バカみたいに仕事に忙殺されて正気を保って、ふらりとリクがいる病室に行ったかと思えば電源切れたみたいに寝てたと、真田さんと佐渡先生に聞いた。
……私は、戦争で両親を失ったわけじゃない。
でも、失う怖さは知っている。
だからこそ、ここにいる人たちが抱えているものを、ほんの少しだけ想像できる。
墓碑に刻まれた名前の一つ一つに、誰かがいた。
誰かの子供で、誰かの親で、誰かの友人だった。
誰かにとって、帰ってきてほしい人だった。
その「誰か」は、もうここにはいない。
でも私はまだ、隣にいる。
目を開ければ会える、声を掛ければ返事をしてくれる。
……それがどれほど幸せなことなのか、この戦争で初めて知った。
黙とうの時間は、まだ続いている。
私は制帽を胸に抱いたまま、静かに目を閉じる。
そして、ここに眠る人たちへ心の中で告げた。
――あなたたちが守ったものを、私は大切にします。
――あなたたちが見ることのできなかった明日を、私たちは生きます。
その約束だけは、忘れないように。
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俺は、ガミラス戦争で家族を失った。
子供のころ……14歳のころだったと思う、任務から帰って来る兄さんを迎えに行くために宇宙港に行ったんだ。
それが幸運だったのか不幸だったのかは分からないけど、俺は遊星爆弾から逃れた。
日本初の遊星爆弾は神奈川に落着して、両親と叔父夫婦が亡くなった。
その1年後くらいに、中学を卒業した後に島と航宙士官候補生学校に入学した。
その間に戦争はどんどん地球が不利になって行って、2198年のカ2号作戦が失敗していたら、地球への直接攻撃が始まっていたと思う。
そして、メ号作戦で兄さんが戦死判定となった。
まさかイスカンダルで息を引き取ったとは思わなかったけど、あの時点で、俺は血の繋がった家族をすべて失った。
時代的に、そう言うのが珍しくなかったとはいえ、ショックだった。
そこから、戦時特進して、Wunderに乗ることになって、そして……
「古代くん」
雪に出会った。
エンケラドゥスで助けて以来、関わることが増えた。
何時しか、互いに惹かれ合って、失って、取り戻して、また失って、取り戻した。
……変な話だよな。
俺は戦争で家族を失ったけど、戦争の中で、雪に出会った。
そして、雪が生き返った。
真田さんから聞かされたことだけど、あの時、雪が生き返ったのは兄さんがコスモリバースを起動させたかららしい。
コスモリバースは、人の精神や記憶を使って「何か」を再構成するシステム。
その究極が、人間そのものの再生だった。
だから、雪が生き返った。
理屈として説明されれば、そういうことなんだと思う。
でも俺には、どうしてもそれだけには思えない。
あの時、兄さんはもう死んでいた。
俺は、兄さんを失ったと思っていた。
でも兄さんは最後に、俺がもう一度、大切な人と生きていくための道を残してくれた。
そう思うと――。
家族を全部失ったと思っていた俺は、本当は最後まで、兄さんに守られていたのかもしれない。
だから、今日ここにいる俺は。
兄さんにも。
両親にも。
叔父さんと叔母さんにも。
そして、この戦争で帰ってこなかった全ての人たちにも。
報告しなきゃいけないんだと思う。
俺は、生きています。
雪も、生きています。
俺たちは今も、ちゃんと明日を生きています。
だから。
どうか、安心して眠ってください。
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世界と愛する人を天秤にかけろと言われたら、僕はその天秤を叩き壊して両方獲得する術を探す。
そう言えるくらいには、ハルナを愛している。
1回死んだような身としては、ハルナの覚悟に自分も答えたいんだ。
ただ、そう思うようになったのは、アレを経験してからなのかもしれない。
サレザー恒星系に入ったあたりで発生した戦闘の中で、ハルナは僕とシンクロしていた。
一歩間違えば両方植物状態になる危険な綱渡りで、真田さんがガチギレして本音漏らすくらいには危険極まりない。
多分アレがきっかけでATフィールドとか魂とかおかしくなってしまったんだと思うけど、多分ハルナはそういう以上とかを予め先に知ってたとしても、やったんじゃないかなって思う。
真田さんをブチ切れさせる程で、それでも押し切ってやってしまったハルナは、何だろう……その……。
命を賭けられるくらいの愛、って言うのは、きっとこういう事なんだと思う。
だから僕も、ハルナの覚悟に答えたい。
ただし、同じように命を賭けて死ぬんじゃない。
ハルナと一緒に、生き残るために命を使う。
世界か、愛する人か、そんな二択を突きつけられても、僕は選ばない。
天秤を叩き壊して、両方を取る。
それが無茶だっていうなら、無茶でいい。
僕は一度、死んだようなものなんだ。
だったら、欲張ったっていいだろう。
……そのうち愛が重いとか何とか言われると思うけど、その時はその時にしておく。
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地下都市
中央大病院
造花ではあるが花が送られる事が増えた。
皆の気持ちのゆとりが日々増えている事が、よく分かる。
遊星爆弾症候群は、今のところは小康状態にある。
佐渡先生は、「一旦峠は越えた」と言っているが、同時にまだ完治はしていないとも言っていた。
ベットから起き上がれる時間は日々増えている。
定期的に体を動かす様にと土方からも言われている以上、こうして入院病棟をゆっくりと歩き回ることが増えた。
「あら沖田さん、体調の方はどうですか?」
「だんだんと体が軽くなるのを感じます。完治は厳しいですが、今は緩和薬の研究が始まっているとか」
やはり、医療関係者の間でもその話が回っているようだ。
最終的には多臓器不全で死に至るこの病は、異星由来の有毒胞子によるものであるため、既存の医療では対症療法と延命しか望めなかった。
だが、講和会議の時点で遊星爆弾症候群の治療への全面協力を取りつけたことで、今は緩和薬の開発が始まっている。
その間に亡くなる人は亡くなる。
時間が淡々と過ぎていく以上、その時間に殺される人もいる。
だが、まだ助かる者に希望を与えることになるだろう。
私は、本当に偶然、その助かる者の1人になっていただけで、助かるかどうかの境界線に立ち続け、地球帰還前に命を落としていても可笑しくなかった。
(やはり、お前なのか……?)
森くんがコスモリバースで蘇生したのは、真田君から「あくまで推測として」聞いている。
コスモリバースは森くんと地球を再生して力を失ったが、あの時もし、
それをしたのが古代守なのか、葛城初代艦長なのかは分からない。
……儂は、生かされたのかもしれない。
「本の方は、どうですか?」
「書けて来ている。時々、中身を読んでもらっているが……」
病院には、儂の事は伏せてもらっている。
あくまでただの老人、ただの入院患者だ。
時々、古代や森くん、真田君が来てくれる。
長官や土方は、立場上直接会いに行く事ができないが、こまめにメールを送ってくれる。
その時に読んでくれるが……
「儂には、文才というものが無いらしい」
微妙な顔をされる。
時々、儂の体験談を挟んだページを挟むのだが、そのページで決まって皆微妙な顔をする。
「……沖田さん?」
「いや、いいんだ……それ以外は問題がなさそうに見える」
何をどう書けば納得してくれるかは、また来てくれた時に聞こう。
……人はいつか死ぬ。
それが近くのモノか、遠くのモノは分からないが。
儂はただ、「少し遠ざかっただけ」だ。
『総員、黙とう』
その瞬間、人の声が消えた。
空調の低い駆動音、医療機器が刻む電子音、遠くから聞こえていた看護師たちの足音。
そして、自分自身の呼吸。
それらすべてが、意識の外へ遠ざかっていく。
ほんの一分にも満たない時間。
だが、その静寂の中には、戦争で失われたものすべてが詰まっているような気がした。
墓碑に刻まれた名前、帰ってこなかった若者。
家族を失った者、故郷を失った者。
そして、生き残った者。
死者だけが戦争の犠牲者なのではない。
生き残った者もまた、失ったものを抱えたまま、その先を生きていかなければならない。
儂もそうだ。
古代も、森くんも、真田くんも、睦月君達も。
そして、地球に生き残ったすべての者が。
だからこそ。
この静寂だけは、忘れてはならない。
忘れた瞬間、あの戦争は「過去の出来事」になってしまう。
儂らが生きている限り。
あの戦争は、まだ儂らの中にある。
『……黙とうを、終了します』
再び、音が戻ってきた。
空調が唸り、医療機器が電子音を刻む。
誰かの足音が廊下を通り過ぎる。
儂はゆっくりと息を吐いた。
今日も、生きている。
それでいい。
今は、それだけでいいのだ。