宇宙戦艦ヴンダー 《Reise zu einem Wunder》   作:朱色の空☁️

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一部改変が入ってます
改変内容 これまでの宇宙戦艦ヴンダーでの通信受信日を改変


SpecialThanks
今回の話を書くにあたり、鈴夢さんにアドバイスを頂きました
ありがとうございます


唯一つの願いの為に

 2199年9月13日

 AAAWunder艦長室

 

 

「先の戦闘による艦の損傷は、とてもじゃありませんがこの場で直す事は出来ません。戦死39、負傷60。ツインドライヴによる機関室の管制機能喪失、装甲板の一部脱落、副砲と第2船体アレイアンテナ大破。第2主砲伝導管融解、対空パルスレーザー破損。艦尾と艦底部を除く各砲身の磨耗。オリジナルメインフレームへのオーバーライド……艦隊を相手取るには厳しいと考えるのが、妥当でしょう」

 

 ワープ終了後に行われた暫定的な緊急点検で上がってきた報告は、真田に頭痛を覚えさせる程には深刻なものだった。外部の損傷はデウスーラ2世によるもの。内部の破損はツインドライヴシステムに耐え切れなかった故のもの。ツインドライヴを満足に扱う事は現在の知識では向こう10年は出来ないだろう。

 

 それ以前に、白兵戦と対空パルスレーザーの件で戦死者が多い。負傷者も余裕の底が見えるほどに膨れ上がり、今は空きの格納庫を臨時の病室にして何とかやりくりしている状況だ。

 

 さらに、AAAWunder側からの操作も相まってWunderのメインフレームがオーバーライドされ、AAAWunder最初期の運用当時のOSに変わっていた。幸い慣性制御や生命維持装置と言った部分は別区画扱いでそのままになっていたが、それでも航法システムと火器管制がWunder当時の物から書き替えられてしまった。幸いにもOSにはバックアップがあり入れ替えが検討されたが、最初期のOSが余りにも貴重であった為そのままとなっている。

 

 そのOSの構造を知るのは赤木博士のみ。AAAWunderで思念として残っていた「赤木リツコ副長」は、自らを記憶として「赤木リツコ博士」に受け渡した。だからその場でAAAWunderのOSを理解してその場で修正を行うことが出来たのだ。

 

「それと……森専務長が、意識不明の重体です」

 

「……助かる見込みはないのかね」

 

「最大限の処置はしましたが、奇跡でも起こらん限りは……あそこまで撃たれて命を落とさんかったのが不思議な位です。……酷いものです」

 

 白兵戦後に森の緊急手術を行った佐渡だから言えた。心臓には辛うじて当たっていなかったが、それでも人工血液による大量輸血が必要な程の出血を起こしていた。そして名医である佐渡を以てしても、失血死を防ぐために全ての銃創を治療し輸血する以外の手段が無かったのだ。

 

 

「最後に、暁君と睦月君の事ですが……身体構造上で目に分かる異変等は確認できませんでしたが……」

 

「……真田君?」

 

 珍しく言い淀む真田に沖田艦長が声をかけるが、真田の表情は優れない。今までこの船で起きて来た事は何とか仮説を立てて証明できる範囲内ではあったが、こればかりは度を越している。それこそ、AAAWunderによるシステムのオーバーライドが可愛く見える程だ。

 

 何より、大事な友人が絡んでいるのだ。

 

「AAAWunder内部で生存する綾波レイの証言によると、2人の魂が……使徒と呼ばれる準完全生命体に近い物に変わっているとの事です」

 

「魂が?」

 

「綾波レイが言うに『エヴァの呪縛』と呼ばれる特異現象が中途半端に発生している……との事です。彼女が言うエヴァの呪縛は、準完全生命体の模倣品であるエヴァンゲリオン、それに搭乗するパイロットの肉体年齢を留めてしまう呪いの様な物であり、それが肉体ではなく魂に影響を及ぼした。そして魂側から肉体側へと徐々にではありますが影響を及ぼしている、との事です。アンノウンドライブ……アダムス組織がエヴァンゲリオン由来の物であり、それを中継して直接制御をしていた以上、変質は避けられないとの事です……」

 

 肉体をそのままに、所々欠けた人間の魂ではなく欠損が驚くほど少ない巨大で強靭な魂になってしまい、そしてその魂が2人の身体にじわじわと影響を及ぼしている。それがレイの見解らしい。

 人が持つには大きすぎて完全な魂を持った2人は今の所は正常だが、身体上の異変に付き合っていく事になるだろう。

 

 本来エヴァの呪縛はエヴァンゲリオンパイロットの肉体に及ぼされる症状であり、エヴァのシン化、使徒との接触、エヴァの裏コードを使用といった通常とはかけ離れた状況や運用方法が原因となる。

 今回はアダムス組織を介してAAAWunderにエントリーしていたが、エヴァ搭乗時のエントリーから明らかに欠落している部分がある。それがLCLという生命の元である液体だ。

 液体呼吸を実現するリリス由来の液体。生命の元でもあり、リリス系人類はこの液体から生まれたという話もあった。アケーリアスの人類種の種蒔き仮説を根本から破壊するような内容だが、「それが真実」と真面目な顔をされて言われれば受け取るしかなかった。

 

 つまり、LCLを媒介にせず魂で干渉していたため、肉体ではなく魂に変調をきたしたという事だ。

 

 真田は口にしていないが、リクにはハルナのようなリリス因子を持つ可能性が存在していない。純アケーリアス系地球人類であるはずのリクまで何故エヴァの呪縛にかかったのか。

 それに対し赤木博士は一応の答えを出している。リクとハルナはATフィールドで奇跡を見せた。最初は96年、ハルナが昏睡から復活した時に。2回目はハルナがリクの意識を回復させたとき。3回目はエアレーズングとの戦闘で可視光線の殆どを遮断したATフィールドを発生させた時。

 あくまでも仮説ではあるが、2人のATフィールドは互いに融和し合い、混ざるか混ざらないかの絶妙なバランスを取り続けていた。今回でそのバランスが意図的に崩れてしまい魂の補完と互いの魂のほんのひと欠片を持つ事となってしまった。その結果、リクにも変質が起こった。というのが、赤木博士の見解だ。

 

 

「……報告は分かった。丸1日使っても構わない。艦全体の緊急点検と機関管制システムを戦闘艦橋に移行してくれ」

 

 そう言うと沖田艦長は椅子に身を委ねた。

 

 

 ____

 

 

 

「……という事だ。身体的な異常が今は見られない以上経過観察しか取れない。何か変化があれば直ちに言って欲しい。これは君達の為だ」

 

「分かってます。やる事もあるのに出来なくなったら困りますから」

 

「綾波君は何と?」

 

「……やっぱり、少し悲しんでました。でも仕方ない事って言って許してくれました。ああしないと止められない事は、どう足掻いても多分変わらないので」

 

「……分かった」

 

「古代くんは、どこに?」

 

「ICUだ。佐渡先生の発案で、サーシャさんの容体急変に備えて用意していた生命維持カプセルに森君は入っている。これで地球まで何とかもたせる」

 

「お手伝いします。あとそれと、折角の力なので」

 

 そう言うとハルナは真田に掌を向けて渾身の力を込めた。目を凝らさないと見えない程薄い「光の破片のような物」が漏れ出ていて、それを真田が認識するには数瞬のタイムラグが必要だった。

 

「それは……ッ!?」

 

「どうやら……ッ身体由来じゃなくて……ッ強すぎる魂由来で出せてるだけ……ッみたいです……ッ」

 

 そこまで言うと込めていた力を一気に抜きそれを霧散させた。相当な集中力が必要だったみたいで、大きく肩で息をした。

 

「リクに対して思念を送れていた以上、アケーリアス系人類にもリリス系人類の法則が適用できるかもしれません。森さんの延命に使えます」

 

「それは、助かるんだが……いいのか?」

 

「真田さんの懸念点は分かってますよ、手に取るように。レイちゃんと都度相談しながらやっていきますよ。リクは出来ないみたいなので」

 

「お前さ、事は大分深刻なんだぞ」

 

「その時はその時、こればかりは対策立てようもないよ。私としては、生きてればそれでいいの」

 

 そこで言葉を区切るとハルナはいつも通り眼鏡をかけて虹彩を誤魔化すとICUに入った。生命維持カプセルで辛うじて生き続けている森は、全身に輸液等のチューブが生え酸素マスクが取り付けられた痛々しい姿となっていた。

 そのカプセルのすぐ近くで項垂れている古代は、憔悴し切っていた。南部、島、岬、太田も一緒にいたが誰も古代に声をかけられない。

 

(やっぱり、古代くんからもATフィールドを感じ取れる。……すごく、酷いな)

 

 それでもハルナは歩み寄った。

 

「古代くん、森さんはまだ生きている。地球に着くまで、何とか持たせるよ」

 

 

「何とかって……何なんですか」

 

「その前に、4人とも席を外してくれる?」

 

「いやでも」

 

「営倉に放り込まれたい?」

 

 ハルナとリクの状況とSEELEに関わる部分、そしてAAAWunder中枢に関する事は、改めてクラスごとに情報統制が成された。故意に流出させた第三者は無条件で営倉送りにする事が沖田艦長の鶴の一声で決まっている。

 軽い圧が添えられてはいるが、無暗に営倉送りにしたくない故の善意でもあるのだ。

 

 それを感じ取ったのか、南部は席を立ち森のカプセルから離れた。

 

「何か手段があるんですか?」

 

「時間稼ぎ程度だけど」

 

 そうだった。南部は森に淡い好意を抱いていた。そんな彼は最後まで渋るかと思っていたが、意外な事に彼は最初に席を立った。

 機密事項だけど手段がある、祈ってて。南部はそう理解した。

 

「島、太田、岬くん。……行こう」

 

 4人が医務室から退室したことを確認したハルナは、真田に見せた時と同じようにATフィールドを実体化させて、直ぐに解いた。

 

「ATフィールド……」

 

「エアレーズング戦で私は人の枠から片足踏み外して、こういう事が出来てしまうの。人類の体を形作っているのATフィールドをこの力で補強して、地球まで時間稼ぎして何とかもたせる。他の人にもATフィールドがある事は確認済みだから、同意さえあればすぐにでも練習してやってみせる」

 

「……どうして」

 

「どうして……ッそこまで……」

 

「ただ、死んでほしくないという願いの為だよ。それは古代くんが今持っている唯一つの願いだと思う。その願いを支えてはいけない?」

 

 多くの人が死んだ。その中には自身の指揮で死んだ人もいるだろう。今どうにかしたら死人が生き返る事もない以上、今辛うじて生きている人を繋いでいくしかない。たったそれだけなのだ。

 

「死んでいった人たち、死なせてしまった人たちは後ろでただ静かに見守っている。でも森さんは、まだ古代くんの隣にいるよ」

 

 カプセルの中の森を見る。痛々しい姿になってしまったが、備え付けのモニターが心拍と呼吸を記録し続けている。呼吸音もまだ聞こえる。まだ生きているんだ。

 

 

 

 静かに、古代は頷いた。

 

 

 


 

 

 

 2199年11月15日

 宇宙戦艦Wunder戦闘艦橋内部

 

「……頭が、痛い」

 

(どんな感じ?)

 

(焼け石に水、かな……でもやらないよりはずっといいから続けるよ……)

 

 森の延命にATフィールドを使いすぎてしまい頭痛が酷い中、ハルナとリクは戦闘艦橋に詰めていた。超空間通信の技術進歩がWunder進宙時から進められた結果、数千光年以上離れていても通信が可能となる超空間リレーが誕生した。太陽系内でのリアルタイム通信が限界だったが進宙当時と比べればこれは相当な進歩という事で、超空間リレーの試験も兼ねて地球への通信を行う事となったのだ。

 

 

 

(僕も出来たらな……こうもなるとは)

 

(もっと力籠めたら多分出来るんじゃない? 弱くて可視光では見えないけど、私は感じれるよ?)

 

(……やっぱりあるんだな)

 

(普通の人の何倍も強いけどまだ見えない程度みたい。私は……多分何十倍も強くなってる)

 

 そうこうやり取りをしていると、無重力の戦闘艦橋に誰かが上がってきた。それは療養中の沖田艦長だった。艦長室にも通信を回せるはずだが、こうして車いすでここまでやって来て原田の手を借りて戦闘艦橋に上がったのだ。

 

「沖田艦長……!?」

 

「お体のほうは?」

 

「今は問題ない」

 

 微かによろつきながら艦長席に座り一息つく。沖田艦長は遊星爆弾症候群を再発した。それでも再発前に艦長職を降りて療養に専念することが出来、少なくとも生きて帰還できる事が分かっている。帰還後は予備役となり病と闘う事が決まっているため、Wunder艦長席に座るのはもしかしたらこれが最後になるだろう。

 

「相原。超空間リレーの準備は」

 

「まだ開発途中の物で不安定ですが、通信は可能です」

 

「映像や音声の質に目を瞑ればですね。ですが、問題は地球側に通信を受けられるだけの電力を回す余裕が残っているかです。こちらが良くても向こうがダメではすぐに切れます」

 

 以前メ2号作戦終了時に行った超空間通信は銀河放射線によって通信品質に大きな影響が出た。今回はそれに地球側のエネルギー問題も追加される為、映像と音声でのやり取りはもって極短時間だろう。

 

「構わない。始めてくれ」

 

「どう?」

 

「今なら安定しています。向こうのコンディション次第ですが少なくとも2分はいけます」

 

「分かったわ。繋げて頂戴」

 


 

 2199年11月15日

 地球 極東管区

 

 

『第七地区で暴動発生。暴徒鎮圧により負傷者多数!』

 

『第八地区で火災発生、現在消火作業中ですが、延焼が起こっています! 応援要請を!』

 

 地獄だ。地球滅亡まで2か月を切り、司令部からWunderの情報は無し。助かる見込みも失われたとうわさが広がり、1か月前よりどの地区でも暴動が絶えない。

 減り続けた食料、エネルギー、尽きた希望。それに追い打ちをかけるように、遊星爆弾の胞子は地下都市の中層部までも侵食し、人類の生活領域は地下都市の深部にまで追いやられた。

 

 2か月前、管区ごとに辛うじて繋がっていた通信が途絶えた。管区ごとに繋がっていた通信ケーブルがどこかで不具合を起こしたようだが、現状では修理も儘ならない。互いに相手の安否すら分からず、ただただ自分が生きる事を優先するしかない。どこかで統治が崩壊してもおかしくない。今だって、暴動が絶えず起こり続けているのだ。

 

 

「Wunderが静止軌道上から発って10か月……人類滅亡のタイムリミットまで、あと50日」

 

「長官、我々は信じで待つ事しか出来ません。ですが、あれは沖田の船です。だから、帰ってきます。ここまでしぶとく待つことが出来た以上、最期まで待ちましょう」

 

 電力はすでに安定していない。極東管区の地下都市は最低限の生命維持のための電力は生成できているが発電システムの半数が機能不全を起こし、地下都市全体は暗い。

 

 オムシスによる食料の供給も滞り、地下へ避難を始めた頃は満足に生産出来ていた食料、医療物資

 は今ではその数は半分以下となり、管区内でも餓死者が見られる。この世に地獄を作ってしまった行政府に不満を持つ者がいないわけもなく、地下都市には灯りではなく暴動の火が上がっている。

 

「おい待て! 許可なく立ち入るな」

 

「知るか! 会わせろってんだろ!!」

 

 警備員に押さえられながらも指令室に入り込んできた大柄な男は、土方の前で敬礼をした。

 

「元第7空間騎兵連隊所属、斉藤始!」

 

「こいつは俺に意見がある様だ。聞こう」

 

「意見具申! 来る日も来る日も暴徒鎮圧! 民間人に銃を向けるのは、もう沢山であります! 空間騎兵の俺らの銃は、同胞に向けるための物じゃありません!」

 

 そう言うと、斉藤は自分の持つ暴徒鎮圧用の非殺傷銃を床に叩きつけた。怒りの籠ったそれは指令室に響き渡り、職務に当たるオペレータの視線が一斉にこちらを向く。

 

「一体、この地獄はいつ終わるんです……」

 

「彼ら……いや、俺の親友は必ず帰って来る。必ずな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「土方司令……」

 

 通信を受信したアラートが上がり、担当士官が内容を確認した。そこに表示されていた発信先と送り主の名前を見ると、その士官から涙が零れ落ち、震える声で報告を上げた。

 

「どうした?」

 

「超空間通信を捉えました。受信施設不調のため、位置までは分かりませんが……確かに()()()()から信号を捉えています」

 

「……読み上げてくれ」

 

「……型式番号、NHG-001」

 

 待った。待って待って待ち続けた今日、そのメッセージは地球に届いた。

 

 軍帽の鍔を摘まみ下げる土方の目元には友の帰りを心の底から喜んでいた。ああ、もうどれだけ心を殺してきただろう、どれだけ悲惨な報告を聞いてきただろう。凍り付いていた感情が、今、溶けた。

 

 士官が読み上げようとするが、涙と鼻水と一杯一杯の感情が先行してしまい、上手く報告が出来ない。それでも土方と藤堂は急かさず、その送り主の名を待った。

 

「恒星間航行、超弩級宇宙戦艦……」

 

 斉藤もその先に続く言葉を悟った。あの地獄の月面からの撤退時、移乗したきりしまから見た異形の宇宙戦艦。地球最大の金剛型が小舟に見えるくらいの「この世ならざる舟」を、そのスクリーンの向こう側に見た。

 

 

 最後に、奇跡の名を冠した希望の船の名前を、大きく叫んだ。

 

 

「Wunderです!」

 

 

 その言葉を耳にし、土方は目元を手で押さえた。Wunder帰還。地球人類滅亡を文字通り奇跡的に食い止める事に成功したという事実は、土方の肩に堆く積み重なった重圧を一気に消し飛ばすくらいには喜ばしいニュースだ。

 しかし、それはまだ尚早だと踏みとどまる。まだ太陽系に入ってもいないのだ。

 

「回線を開け」

 

「開きます……ッ!」

 

 回線に応答信号を返す。即座にウィンドウが開くが砂嵐でいっぱいになっている。音声は取れているがまた雑音が酷くうまく聞き取れない。

 

「こちら地球、極東管区司令部。宇宙戦艦Wunder、聞こえるか?」

 

『……ザザッ』

 

「……沖田! 聞こえているんだろう!」

 

 

『……ザザッ…………ザザッ……ぞ、土方』

 

「音声拾えてます! 確かに沖田宙将の声ですよ!」

 

『聞こえ……ザザッ……、土方』

 

 徐々に雑音が取り除かれていき、白黒の通信画面に移る沖田艦長の姿が映った。戦闘艦橋の中、背後に広がる大宇宙をバックに艦長帽を被り、進宙時と変わらない意思のこもった眼をしている。

 Wunder側の調整で超空間通信の通信帯域が調整された様で、漸く艦内の環境音も聞こえる程度になったのを確認した沖田艦長はゆっくりと口を開いた。

 

 

『こちら宇宙戦艦Wunder。イスカンダルよりコスモリバースシステムを受領、現在地球に向け帰投中です』

 

 

「そうか、イスカンダルは幻ではなかったのだな……! 本当に、本当によくやってくれた……ッ!」

 

「この一年、我々は待った。歯を食い縛り、Wunderの帰還に希望を繋げて待ち続けた」

 

『土方、地球を発つ前に儂に言った事を覚えているか?』

 

「ああ……元気な方じゃないか」

 

 ___

 

 2199年2月11日

 地球 極東管区司令部 将官用宿舎

 

「要件は察しが付いている」

 

「ならば話が早い。どうしても行くのか?」

 

「ああ」

 

「その体でか? 俺の眼は節穴ではない。一体何年の付き合いだと思っている? 俺に任せろ。それも勇気だ」

 

「16万8千光年の航海は、儂の命を奪うやもしれん。しかし、儂は行くよ。行って必ず帰って来る」

 

「そうか……ではもう何も言うまい」

 

「地球の事を、頼む」

 

 ___

 

 

『結局、儂は遊星爆弾症候群を再発した。地球までもつと良いんだが……』

 

「万が一お前があの世に行ったら、天国から地上に引きずり降ろしてやる」

 

 司令部内に不穏そうな会話が響くが、長い付き合いの沖田と土方からしてみれば何てことない会話だ。思っていたよりも元気に話しているその様子に、土方は心から安堵していた。

 

『藤堂長官。急で申し訳ありませんが地球帰還に当たりいくつかご報告申し上げる事があります。乗員保護の観点からも、国連安保理に伝わる前に対処を行いたいのです』

 

『儂からも重ねてお願いをする。彼らは何度もこの船を救い、決断をした。如何なる権限と方法を以てしても身の安全を保障したい』

 

「……地球帰還後、国連が確認する前にミッションレコーダと全ての航海日誌を確認する。何があったのか、帰還後にその理由を聞かせて欲しい」

 

『了解しました』

 

 真田だけでなく沖田艦長まで頼み込んだのだ。その願いを受け入れない訳にもいかなかったが、それが何なのかはまだ分からない。沖田艦長も真田も通信上にその人物の名前すら挙げなかったが、それがハルナとリクの事は分かっていた。

 彼らのWunderによって地球が救われようとしている、藤堂はどんな手段でも使う事を決めた。

 

「真田君。雪は……雪はいないのか?」

 

『森船務長は戦闘で負傷。現在……ザザッ……』

 

「どうした? 応答してくれ!」

 

 急に通信が乱れ画像が砂嵐に変わり音声も切れてしまった。数秒後通信途絶を示すsignal lostの文字が表示され、無情にもウィンドウは閉じてしまった。

 

「エネルギー不足で、今の極東ではここまでが限界です……。ですが……これで地球は救われます」

 

「いや、まだ太陽系に入れていない以上安心はできない。だが、それでもこの事は全世界に伝えねばならない。最後のひと踏ん張りに希望は必要だ。長官」

 

「うむ。残った機体を集めて世界中に飛んでもらう。退役でもいい、操縦経験のあるものを官民問わずかき集めるんだ」

 

 その日、極東管区にWunderからの通信が入った旨のニュースが駆け巡り、地下都市は騒然となった。デマだと騒ぐ者、本当だと信じる者、その様子は十人十色であったが、一般公開可能な部分に修正した映像通信と必死の解析で何とか捉えた位置情報を一般公開するとその騒乱は徐々に収まり「本当に帰って来ている」という事が周知の事実となった。

 

 その後、極東管区でかき集められたコスモファルコン、コスモスパロー、100式、コスモシーガルが、さらにWunderへの積み込みが断念された1機のコスモゼロが世界各地に飛び、全ての管区にWunderの通信を届けた。

 

 

 その際各管区が最初に受信した短文は皆同じ、「Wunder came back」だった。

 

 


 

 

「これが総司。これが美玲……総司の嫁だ」

 

「艦長の息子さんは確か……」

 

「第二次火星沖でふゆづきに乗って、亡くなった。美玲もそれで心を壊してしまい……自殺に走った。残ったのは儂だけだ」

 

「それでも、儂らは進まねばなりませんな」

 

「ああ。せっかく準備をしているからには、生きねばならんな」

 

 徳川に車いすを押してもらい、沖田艦長は展望室で星を眺めていた。懐に何時もしまっている一枚の写真は少し傷んでいるが、在りし日の家族を写している。

 

「準備ですか?」

 

「睦月一尉と暁一尉が新型艦艇を設計している。儂はそれを活かすための戦術を組み立てている。一通りできてはいるが、療養の楽しみとして続けている」

 

「艦級は決まっているのですか?」

 

「ナガト、タカオ、ユキカゼと聞いている」

 

「ユキカゼですと?」

 

「艦級を決める時に、古代にも許可を取りに行ったらしい。初めて異星文明と分かり合う事が出来た古代守に敬意を表す為と聞いている。あとは第二次世界大戦で生き残った駆逐艦である事にあやかる為……だったか」

 

 第2次世界大戦で旧大日本帝国海軍で生き残った甲型駆逐艦。38隻の駆逐艦がいた中唯一生き残ったのが、雪風だった。だがこれはたまたま知った事でつけ加えた理由に過ぎない。1番大きな理由は古代守への敬意だ。

 

「何故だろうな。今でもやつがここにいる気がする。真田くんも言っていたよ。案外乗っているかもしれないと」

 

「夢にひょっこりと出て来るかもしれませんな」

 

「もしそんな事があれば、儂は謝るよ。……本来この船の戦術長は、古代守の予定だった。だが儂は、メ号作戦の真実を伝えられなかった」

 

「その席は、弟が務めを果たしてます。夢で会ったら、酒の1杯くらいは飲み交わしてもバチは当たらんと思いますよ」

 

「……そうかな」

 

 

 

 

 


 

 

「なぁ。俺たち、いいのかな」

 

「似合ってなかった?」

 

「いや……俺達だけ、こんな風でさ」

 

「古代さんの事?」

 

「あいつ、無理して明るく振舞ってやがる。本当は自分がドン底の癖に」

 

「いいじゃない! やろうよ! 皆に元気を分けてあげるの!」

 

「この子もきっと……そう思ってるよ」

 

「この子? えっ?」

 

(えっちょっどういう事? この子って、それもお腹擦ってる。え……原田さんのお腹辺りから弱めのATフィールド? 1人の体から2人分……?)

 

 森の延命治療で出向いていたハルナの耳にもそれは聞こえていた。

 原則1人の人間からは1人分のATフィールドしか感じれない。もしも2つ存在していたら、1つの体に2つ分の魂がいる事となってしまう。

 しかし1つの例外がある。もしも魂ではなく命そのものだった場合は……

 

(まさかこの子ってそういう事なの!? うわぁぁぁぁぁだったらATフィールドひっこめた方が良いよね!? うっかり触れ過ぎておかしくしてしまったら大変!)

 

 そういう事かと理解してしまったハルナはなぜか赤面して佐渡先生に詰め寄った。

 

「佐渡先生そういう事なんですか!?」

 

「そういう事じゃ。お前さんの事だから分かったんじゃろ?」

 

引っ込めましたけど分かりましたよ!? 大丈夫なんですか艦内で妊娠とか!? 

 

 医務室のすぐ横の座敷で日本酒を飲む佐渡は対照的に落ち着いている。これでは「出来ちゃった婚」だ。ハルナもそれを理解しているようで、何故止めなかったとさらに詰め寄る。

 

真琴もいい相手が出来た以上止められんて……それに目の届かんとこでイチャコラサッサしとったから知らんかったんじゃ

 

イチャコラサッサァ?! 

 

 アレな事を暗に伝えられたハルナは白煙を上げて同時に思考とATフィールドの制御が吹っ飛んだ。佐渡が濁しているが濁し切れていない、思いっきりアレである。

 ハルナも25ではあるがこういう話には驚くほど敏感で、2人の恋路は応援しようと思ったがいくら何でもスピードが速くないかとも思った。

 

加”藤”さ”ん”ッ! 

 

「暁さん? なんか変なオーラが……」

 

 ATフィールドモロ出しである。

 

「早すぎますッ! いくら何でも早すぎですッ! 折角結ばれたならそういうカップル時間位作ってみてもいいじゃないですかッ! あとこっちの気持ちにもなってくださいホントはリクとの子供欲しいんですよ私ッ!!」

 

「「えッ?」」

 

「子供の為に地球を完全防備にしようと思ってたらフライング気味に子供とかどうなってるんですか!? 主砲ぶち込みましょうかァ?!」

 

 

 ここまで過激に盛大にまくし立て落ちつくと、壁際に原田を引っ張っていき声を潜めた。

 

 

いいですか? もう妊娠してるので既にチェックしたかと思いますけど『今の所元気』ですからね? 

 

見えたんですか!? 

 

1人の体から2人分のなんてそれしか考えられませんよ? でも地球環境が謎草でボロボロにされたおかげでこれから生まれてくる子供達はそっちの心配もしないといけないんです。この際遊星爆弾症候群2次発症って言いますけど、そういう可能性もなくは無いですから! 

 

2次発症って、あるんですか?

 

謎草だからあり得るんです謎だからそれくらい考えますよ私も子供欲しいですから。公害病みたいに親の蓄積を子が受け取ってしまう事も十分あり得るんですよ?! だから気を付けて下さい治療法探すように政府に提言しますから! ガミラス政府に話しつけて謎草情報ありったけかき集めて治療薬でも何でも探してうんたらかんたら働きかけますから多分顔広くなったので! 

 

 加藤をまくし立てた時とは一変して原田とその子供の心配をするハルナ。隠してはいたがハルナも子供が欲しかったのだ。結婚後の未来を幾つも描いてきたが、どの未来にも自分に似た娘がいるのだ。

 ハルナ自身は遊星爆弾をこの眼で見た事が無くその被災地にいた訳でもない為、通称「謎草」の有毒胞子には一切触れたことが無い。だが、原田は地球出身者でそれも医療従事者。遊星爆弾症候群の患者にも関わってきている為、その過程で何らかの経路である程度の蓄積が起こっている事は医療に詳しくないハルナでも容易に想像がついた。

 

 それに、Wunder建造で世界中に協力を要請する時にハルナとリクの顔は知れ渡っている。それは政治面でもだ。極東、ユーロ、北米といった先進国を中心にした主要管区は勿論の事、その他の管区でもその名と顔と実績は知れ渡っているのだ。

 実は過去に「○○だから可能だった」という例がある。Wunder発進時、地球上の全管区から電力の送電が行われたが、それは「英雄である沖田艦長の願いだから可能だった」のだ。それには及ばないが相当な実績が出来てしまった為、以後「ハルリクの願いだから可能だ」という事が出来るだろう。

 2人はそういう事も使うつもりで新型艦艇の設計を行っているが、原田の一件もあるので今後は使える所には使っていこうと心に決めた。

 

 

 

「なんか……勝手にフライングして……すみません」

 

「別に怒ってるわけじゃないんです私。ただ……ゴールインが早くて羨ましいんです。だから暴走しちゃってごめんなさい」

 

「……だったら、暁さんと睦月さんの子が生まれたら、この子と遊んであげてください」

 

 そう言うと原田は自分の下腹部に触れてそう言った。心なしか、そこに宿る命が生み出すATフィールドが揺れたように見えたハルナは、原田に許可をとりその命が宿った腹部に触れてみた。まだ妊娠してそんなに経っていない筈だが、温かみが伝わって来る。この子はもう愛されているんだ。そう感じたハルナは優しく笑みを浮かべた。加藤にもこの感覚を共有させたいと思ったが、必要以上に情報を散らすわけにもいかずもどかしい気持ちに襲われる。

 

 

「いつになるかは分かりませんが、そういう日は来ますよ」

 

 

 自分の魂と体の変化は気になるが、今はそういう未来くらいは作ってても良いかもしれない。そう思い、次は加藤と原田の結婚式でする出し物を考え始めた。

 

 

 ______

 

 

 

「ああちょうど良かった。真田さんが呼んでた」

 

「私を?」

 

「地球から交信だ。一応僕らの関係者って言っているけど、確証が無かったから保留にしてもらってる」

 

「名前って分かる?」

 

「デイブレイクグループの月村会長っていう人だ。ハルナの父さんの親族で、母さんとも関りがあったらしい。僕らの昏睡中の治療費を全部出してくれていたのは、どうやらそこらしいんだ」

 

 


 

 

 宇宙戦艦Wunder通信室

 

「来たか」

 

「お待たせしました。リクから大体の事は聞きましたが、私達の治療費を……」

 

「地球と火星含めて約40年分全部だ。表向きは匿名の慈善事業として通していたみたいだが、本質は君達にもバレないように支援する為らしい。バレればSEELEに感づかれるとの事だ。回線そのものにも独自の暗号コードが使用されていた」

 

「……ッ!?」

 

 ここに来てSEELEの単語が飛び出す。そのSEELEに関係するのではと2人の警戒度は一気に上がるが、確認を取れるかもしれない部分があった。風奏と零士、薫は殺されかけたから火星に逃れる事となった。それも非正規の移民としてだ。そんなことが出来るのは余程の出資者か主催企業位のものだ。

 しかし、実際に乗員リストに捻じ込んだのはリクの祖父に当たる人物。そこを間違えるようなら即座に切ってもいいだろう。

 

(母さんから聞いておけばよかった)

 

「受けます。多分、関係者なので」

 

「リク?」

 

「会ってみればわかる。繋いでください」

 

 そう言うとリクは懐から一枚の写真を取り出した。黄ばんでいるが地球から出立する時に持ち出した写真だ。いつも艦内服の内ポケットに入れていて、七色星団の時に危うく焦げる所だったが何とか無事だったが、そろそろ折り目が目立つくらいにボロボロだ。

 通信が再開され白髪の初老の男性がモニターに映る。温和な笑みを浮かべ、目元をハンカチで拭っている。

 

『暁零士様のご子息の方でしょうか?』

 

「そうです。母を覚えておいでですか?」

 

『……ええ、先々代会長から遺言として伺っております。睦月風奏様の事は、とても残念でした』

 

「母の正規チケット、貴方方が手配して下さったのですね」

 

『貴方のお爺様の鶴の一声で。主催者特権を捻じ込んだ非正規の物ですけどね』

 

 カマをかけてみたが騙されなかった。今の所は白だ。

 通信越しとはいえ会って早々にカマかけをされた事も気にせず、その人物は口を開いた。

 

『あなた方が警戒されるのは尤もな事です。初めまして、私はデイブレイクグループの現会長の月村と申します。出立なさってから88年、ご子息の二方の帰還をお待ちしておりました』

 

 その人物は手帳をめくると一枚の写真を取り出してカメラに映した。この時代に写真とは珍しいが、一切の電子的情報を残さない為故の処置なのだろう。

 そこには18歳程度の男子が1人、女子が2人映っていた。そのうち1人は紅い目で髪が真っ白のショートカット。それが誰なのかハルナには直ぐに分かった。

 

「それは……ッ」

 

『出立される前に、先々代の会長が三方を撮った写真です。現状これ以外存在しておりません』

 

 恐らく零士は出立前に自身に関わる情報の全ての消去を頼んだのだろう。自身がいたという記録を抹消し姿をくらませ火星で暁零士として生きる。ここまでくると、暁零士という名前は偽名かもしれない。

 が、月村はリスクを理解しながら通信を繋げた以上、こちらからリスクを上げるような真似は避けなければならない。零士の本当の名前を知るのは帰還してからにした。

 

「……私は暁ハルナ、こちらは睦月リクです。月村会長、私達の治療費の件、遅れましたが本当にありがとうございました……!」

 

『それには及びません。零士様は、自分が地球に帰る事を重視しておられませんでした。むしろ、貴方方が地球に帰られる事を重視して、出立直前まで準備を進めておられました。そしてその準備は我々が引き継ぎ、SEELE壊滅も視野に入れた計画を進めていました』

 

 40年分の治療費の負担にハルナもリクも頭が上がらない。眠っていた間コッソリと支援を行ってくれたデイブレイクグループは、零士の準備を引き継いでここまで準備を進めてくれていたのだ。

 そしてSEELE壊滅の準備。これ程インパクトのある言葉が他の口から出てくるとは思わなかった。が、それはSEELEがまだ「いる」事を暗に示唆してもいる。

 

「……いるんですね。まだ」

 

『ええ確かに。ですがまだ実行は出来ません。肝心の捜索はこの戦争の開始で中断されましたが、地球圏にいる事は確実です。復興がある程度進み次第計画を再開し、SEELEの所在地を特定し作戦を決行します』

 

「分かりました。その作戦を行う上で、暁零士の娘としてお願いしたい事があります。私達の手元には、地球を守る為の新型艦艇の設計図が存在しています。地球復興時の軍備再編時にはこの設計図を完成させて新型艦艇の配備を行いたいのですが、それにはまた世界中の協力が必要です。それを、デイブレイクグループから呼びかけてもらえませんか?」

 

『つまり、我々が音頭を取ると?』

 

「私達の名前を出せば、少なくとも南部重工とエプシロン、宙帝造船は頷いてくれるでしょう。SEELEを壊滅させるためには、それが出来るだけの基盤が必要です」

 

『……分かりました。今まで表立ってサポートが出来なかった分、ここで精一杯動きましょう。私達の方から世界中に呼びかけます。主要技術の方は権利関係の問題も発生するでしょう、ですので地球帰還後にお伺いします。我々は宇宙への夢を叶える為の組織です。零士様と風奏様の忘れ形見……いえ、地球を救いたい貴方方の意志の為に、デイブレイクグループは貴方方を精一杯サポートさせて頂きます』

 

 月村はそう言い切ると通信越しに頭を下げ、同時に通信が切れてしまった。デイブレイクグループは宇宙への夢を追い続ける為だけに存続してきた組織だ。アポロ計画が宇宙への夢の第1歩を作った。その後多くの探査計画の末、第一次火星移民で大きくステップアップした。そんな時に内惑星戦争を見て、ガミラス戦域でその規模は縮小し、全てのリソースを地球防衛に振り分けた。

 

 通信終了後、零士と風奏の忘れ形見の願いを受け止めたデイブレイクグループは活動を再開、世界中の造船企業と関連企業への声掛けを開始した。

 現在のデイブレイクグループ内で零士と風奏、薫の事を知る人はほぼいない。情報を漏らさない為にも会長のみが知る秘匿案件扱いを受けてきたが、「零士と風奏、薫の子孫の存在を確認し、もしも彼らが協力を求めるようなら、グループ内に限りその詳細情報を公開し全力で支援を行う」事が先々代から決まっていた。

 それが月村の代で実行され、デイブレイクはその過去と今後を共有し月村の指示によりハルナとリクの未来への願いをかなえる為に決して少なくないリソースを投じた。

 

 ……その成果にハルナとリクが盛大に腰を抜かすのは、もう少し先の話だ。

 

 


 

 

「これがコスモリバースの波動パターンか……」

 

「再帰的で複雑な連結構造、まるで脳のニューラルネットワークの様ね」

 

「コスモリバースはそれ自身を核……いや、心臓とした巨大な生命体のような物なのでしょう。無い話ではありません。現にAAAWunderは綾波君と葛城艦長の魂を内包した生命体の様な物です」

 

「生命体ねぇ。お時話か何かに聞こえるけど、これを見せられたらそうも言えないわね」

 

 ハルナとリクが新型艦艇の設計に勤しむ中、真田、マリ、赤木博士は左舷波動砲制御室でコスモリバースシステムの調査を行っていた。両舷の波動砲を取外し左舷にコスモリバースを抱える事となったWunderは、オーバーテクノロジーによる影響を逐一観察するために24時間途切れずデータが取得され続けている。

 

 現在のWunderは、艦体の隅々に至るまで特異なパターンを示す波動エネルギーが行きわたっている。それがコスモリバースをまるで心臓のようにしまるで脈動するかのように一定間隔でパルスを打っている。見方を変えれば血管や神経の様にも見える波動エネルギーのパターンは、コスモリバースが左舷にある事も相まって生物感をより際立たせる。

 

「これが地球環境修復に必要な波動パターン、ですが問題は一体誰の記憶かという事です」

 

「……私も目は通したわ。コスモリバースの予想される原理。でもそれには所謂起動用のキーが必要。それが、これね」

 

 そう言い赤木博士が開いたウィンドウには起動パルスの計測グラフが表示されていた。鼓動のように常に一定のパルスを刻み、その拍動は艦体全体に行きわたる波動エネルギーの脈動と連動している。

 

「起動に使われる予定の起動パルスは果たして誰の物なのか、スターシャさんが自身で持ちこんだ起動コアユニットにはすでに何かが浮いていました。既に誰かの記憶がコアにされていましたが……おいそれと触れません。アレが誰かだった物であれば、倫理上の問題が生じます」

 

「あの子達はその辺り敏感だからね。向けられたわけではないけど、ゾッとしたわ」

 

 シャンブロウ海戦でハルナとリクがガトランティスに向けた怒りは、その場にいた赤木博士すら戦慄させた。このまま行かせたら危険だと分かったから止めたが、まだ止められる範疇でよかったとあの時は心の底から安堵していた。

 もしも今同じ様な状況に陥った場合、2人を止められる自信を赤木博士は持てなかった。リクは兎も角、ATフィールドの実体化すら出来てしまったハルナを止められるとは到底思えない。

 

(やっぱり……お前の記憶なのか?)

 

 

 

 

 

 

 

 制御室の備え付け内線がけたたましい音で喚いた。何事かとマリが内線に飛びついた数秒後、大急ぎで内線の受話器を真田に押し付けて自身は自分の端末でリクに電話をかけ始めた。

 

「佐渡先生、どうしました!?」

 

『森君が目を覚ました……じゃが……』

 


 

 

 

 

 森の意識が回復したと連絡を受け、古代は森の病室に飛び込んだ。本来着用が求められるはずの艦内服を掴んだまま病室に飛び込んだ古代の視界には、生命維持カプセル内で眠る森がいた。佐渡と原田がコンソールと薬剤注入口に向かいひたすら延命処置を続けているが、その表情は険しい。

 

 

「雪は……ッ……目を覚ましたんですか!?」

 

 古代は呼吸を震わせ、必死に喉から音を絞り出すように問いかけた。その瞳が目の前の現実を映した時、期待と絶望 対比する感情が体に突き刺さる。

 

「お前さんが来る数十秒前に……また意識を失った」

 

「は…………?」

 

「まだ辛うじて生きてはいるが……すまん」

 

 

 瞬時に体に纏わりつく絶望。

 

 

「どう足掻いても……"地球に着くまで生きていられん"」

 

 

 胸に突き刺さる"現実"

 

 

「"生きて……いられない"」

 

 

 森の死の宣告を受けて、古代はその場に崩れ落ち、何かにひびが入った。心電図モニターの弱い心拍音がただ響き、焦点も合わない虚ろな目で古代はただ、生命維持カプセルを見つめていた。

 

 人の死の直前に今いる。最後に何も話す事も、何も伝える事も出来ず、このままではただ死を看取る事しか出来ない。

 

 

(2人で生きなさい)

 

 

「……ッ!?」

 

 あの日まではトラウマだった光景が、ハルナの脳裏にまた浮かぶ。死を看取る時間もなく一瞬で命が奪われてしまったあの日のあの瞬間が。でも今は違う。まだわずかではあるが時間があるんだ。

 

 2人を会わせなければ。そう考えたハルナは、もう動いていた。

 

 

 

「真田さん……カプセル、開けてください」

 

「それでは森君が死んでしまうんだぞ!?」

 

「いいから今すぐにッ!!」

 

 ハルナの怒鳴り声に気圧された真田はハルナの眼を恐れながら見つめる。眼鏡越しでも分かるくらいに輝く緋色の瞳が何かを訴えて、同意を得る暇すら惜しいハルナは古代の手を掴み涙を流しながら叫んだ。

 

「亡くなってからだと何もかも遅いよ!? 体支えて! あと補助もして!」

 

「分かってる! 真田さん、今は兎に角開けてください!!」

 

「……ッ何をするかは分からないが、君達に賭ける。開けるぞ!」

 

「古代くん! 痛いかもしれないけど我慢して! まだ間に合うから、話をしてきなさい!!」

 

 真田の操作でカプセルが開き、完全に開く時間も惜しくハルナは開きかけのカプセルの隙間に手を突っ込み森の手を握った。

 膨大な負荷に頭を殴られ続けるような頭痛に襲われるが、ここで自分が倒れてはもう二度と2人は話せない。歯を食い縛り耐え続け、何とか古代と森を繋げる事に成功した。

 

 繋げることは出来た。ハルナが2人のいる景色に介入して何とか確認すると、森と古代が立っていた場所は狭間の海だった。死と生の狭間。三途の川のような場所に2人は分かれて立っていた。古代は砂浜に、そして森は、陸と海の狭間、渚に立っていた。

 

(……ッ!? 急いで!!)

 

 


 

 

 雷が落ちたような音が頭に響いたかと思えば視界が激しく明滅し真っ暗になり、古代は自分がどこにいるのかが分からなくなった。何度も続く明滅が終わったと思えば、古代は砂浜に立っていた。その視線の向こう、波打ち際に古代の方向を向いて立っていたのは森だった。入院服に身を包み、もう姿すら薄くなり始めた森は、悲しみを滲ませた笑顔で古代を見ていた。

 

「古代くん」

 

「雪ッ!!」

 

 砂浜を駆け、古代は波打ち際に立つ森を抱きしめた。暖かい。ここが何処かも分からないが、抱き締めた温もりは生身の様に暖かい。森も弱々しく抱き返そうとするが、もう動く事すら難しい森は諦めて手を下ろした。

 

「ごめんね、古代くん。私、もう……」

 

「そんな事言うなよ! だって……だってこれは!」

 

「私ね、目覚めた時に真っ先に……古代くんに会いたいって思ったの。誰でもなく、古代くんが」

 

 腕の中の感触が無くなっていく。温もりが失われていき、姿が透けて景色の向こう側が見える。

 

 

「私は……古代くんが、好きなの」

 

 

 

 砂が落ちる音が聞こえる。

 

 

 

「俺は……雪が……好きだ」

 

 

 

 砂が落ちる音が聞こえる。

 

 

 

「……ありがとう、古代くん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 森の姿は輝く砂となり、海へと消えて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死と生の波打ち際に古代は崩れ落ちる。辛うじて介入に成功したハルナが古代に駆け寄るが、古代はただ泣き、足元の砂浜に手を突っ込み必死に森だった砂をかき集めるが、かき集めても手からサラサラと零れ落ちて波に攫われていく。

 波打ち際の先へ足を踏み込もうとする古代をハルナが無理矢理止めるが、古代はその先にさらに踏み込もうと無理に体を動かす。

 

「古代くん行っちゃダメ!!」

 

「放してください……雪は、この海に……」

 

「生きている人はこの先には行ってはいけないのよ!! 後追いする積もりなの!?」

 

「なら何故!? 何故……こんな場所に、俺を連れて来たんですか」

 

「……貴方がギリギリで間に合ってくれた時、こうすべきと、思ったの。秘密がバレても、古代くんと森さんが話を出来るようにする。何かを伝える前に、相手が亡くなってはもう何も出来ないのよ。……私達はね、感謝を伝えようとしたのに目の前で瓦礫にお義母さんを潰されたの。だから……古代君、君に、君に同じ経験して欲しくなかったのよ」

 

「暁さんも……同じ、事を」

 

 ハルナはそれに頷くと、手をそっと胸に当てた。

 

「ここの整理はついているけど、それだけはダメなの。手を伸ばしても届かない事なんで山の様にある。だから、もし手が届いたら、その場その時1番やるべきと思った事をする。それしかないの」

 

 

 

「暁さん……もう少しだけ、ここに居させて下さい」

 

「古代くん」

 

「少し時間を……俺にください」

 

 俯き加減で静かに涙を流し続ける古代に表情を伺う事が出来なかったが、どん底で打ちのめされた深い悲しみを抱えながら辛うじて正常な精神を保っている。

 ハルナは古代の事を信頼している。突発的に後追いをしようとした以上慎重にならざるを得なかったが、今は後追いは考えていないようだ。

 

「……分かった。でも、森さんが亡くなったからここには長く居られないよ。今は私含めて無理矢理居れるようにしてるだけだから。ほんの少しでも、整理だけはつけて」

 

 そう伝えると、ハルナは古代から離れた。でも何かあればすぐに行けるように見守れる位置に座り、砂浜に手を振れた。

 

(これが全部、誰かだった……)

 

 分かった気がする。何故ここは砂浜なのか。ここに積み重なった砂は、全部誰かの体の残骸で出来ているんだ。ここでまた人がその姿を失い、海に還る。風奏も同じ道を辿ったのだろうか。それは分からない。

 

 ここに古代を連れて来た事が良かったかは分からなかった。最後にせめて話をと思い連れて来たが、目の前で森が無くなる瞬間を見せてしまう予想は変えられなかった。

 

(森さん。古代くんと話せて、満足、したのかな)

 

「分かんない……分かんないよ」

 

 水色の石がはめ込まれたブレスレットを両手で包み込み、その手を祈る様に胸に押し付ける。リク以外の誰かの為に使ったのは初めてだった。古代の為に使った結果、古代が森を看取ることが出来た。でも、古代の心を壊しかけてしまった。

 

 

 ほんの極僅かに少し落ち着いてきているのが手に取るように分かる。そう判断したハルナは蹲る古代の横に片膝を付き、顔を窺った。

 

 

「暁さん……帰ります」

 

「もう、いいの……? あと少しだったら、居られるけど」

 

「雪のいない世界に、意味があるのか……まだ分かりません。でも……後を追っても、雪には、会えないと……思います」

 

 

「それが正しいと思う。私も、古代くんが後を追う事を望まないから。時間はあるから、帰ったらまた、しっかり泣きなさい」

 

 

 

 水平線の向こう側に誰かが立っているのが分かる。でも敢えて、ハルナは古代にその存在を教えなかった。影を失って浜辺に上がれなくなった森が、静かに古代とハルナを見つめていた。

 

 古代の心はまだ幼いはず。軍人らしい強い精神は育ちつつあるようだが、まだ20歳。年相応だろう。それでも極僅かでも整理を付けようとした事にハルナは安堵し、その人に視線を向けた。

 

(今は、大丈夫だと思います。古代くんはちゃんと見ておきますので、どうか、安心して下さい)

 

 一連のイメージを送ってみたが、その人は涙を流しながら微笑むだけだった。伝わっただろうと判断したハルナは、自分と古代の意識を切り離し、古代を戻した。

 

 古代が戻った事を知覚したハルナは、水平線の向こうに静かに手を合わせた。

 

「森さん、見守っていて下さい」

 

 数秒後、ハルナもこの砂浜から消えた。

 

 

 


 

 

「……19時2分、死亡を……確認した」

 

 現実に戻された古代が最初に聞いたのは、生命維持装置の心停止音だった。開け放たれたカプセルに静かに眠る森の瞳孔、呼吸の有無を確認した佐渡が、重々しく死亡宣告をした。すすり泣く音がICUを満たし、「死」に殴られたような酷い顔をした古代がカプセルに縋りつき、森の手を握った。血色のいい手……死んで間もない手を握り、声を上げ泣いた。

 

 古代に遅れる事数分。やっとの事で戻ってきたハルナは、頭痛の中薄らと目を開けた。視界が気持ち悪いくらい真っ赤に染まっている。目元から何か垂れていると気づき拭うと、涙で薄まった血だった。瞼の裏の辺りの血管が切れて出血したのだろう。痛みはないようだが、酷い頭痛で逆に分からないだけかもしれない。

 

「暁くん……何をしたんじゃ」

 

「後でお話しします。公には……出来ないので」

 

 瞼から垂れる血を拭いリクに肩を借りながら何とか立ち上がるが、殴られたような頭の痛みに呻く。

 

「一度出ます。今は、時間が欲しいです」

 

 

 

 ________

 

 

 

 

 森が……森の遺体が安置されたICUを出た真田、佐渡と原田は、頭痛に呻くハルナの治療に取り掛かろうとした。それは古代を1人にする為の理由でしかなく、ハルナもそれは分かっていた。

 ICUから聞こえる古代のすすり泣く音はハッキリと聞こえる。今は時間が必要だろう。自分たちも20で大事な人を失った。感謝を伝える事も出来ないまま目の前で失った以上、ハルナは「結末が分かっていても」2人を再会させた。

 

 それは正しかったと今は思いたいが、何でも時間が解決するとは思わない。それでも、今は時間を与えたい。ICUから聞こえる泣き声を聞きながら、ハルナは病室のベットに寝かされゆっくりと瞼を閉じた。




次回、最終回です。
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