宇宙戦艦ヴンダー 《Reise zu einem Wunder》 作:朱色の空☁️
最終回です
白い小袖に緋袴に身を包み、赤い簪を付けた女性が刀を模った神具のような物を振るう。伝統芸能のように見えるが、そんな事をやる余裕もなくなった地球ではそのような文化は一時衰退し、それが何かを把握する人は少ない。
それは神楽舞。神を勧請し,神と人とが酒食をともにして歌舞する鎮魂呪術。捧げものとしての意味合いが強いが、今回は加藤と原田の結婚式での祝いの出し物と鎮魂を込めて行われた。
その神楽舞は幾つかの資料を基にオリジナルで制作されたもので、随所にマリの趣味が盛り込まれている事を考慮しても高い完成度を誇る。
しかし神楽舞本来の落ち着いた儀式めいた振付からはかなり外れてしまった。だが、「エンターテインメント面から見れば気にならないと思う」という真田の意見でそのまま実行されたのだ。
(人間卒業生が神楽舞うとかオッケーかな?)
(こっちだって卒業してるんだぞ)
ただ神楽を無音の中で舞っても……という事でリクが神楽笛で音色を奏でている。
ハルナの神楽舞には乗り気で、「艦内服とスウェット以外のハルナが見れる」というどうしようもない理由も含めて高難度の神楽笛の演奏を買って出たのだ。
火星の一件で私服もろくに持っておらず無地のスウェットが私服だったので、顔には出していないが艦内服とスウェット以外のハルナを見れた事でリクはご機嫌だ。
式の主役の加藤と原田の為に、この戦いを終えようとしている全ての乗員に、道半ばで倒れた乗員の為に、そして新しい生まれて来る命の為に、舞は続いていく。
振るう腕、振りさばく神具、足さばき1つに至る全ての動作が極限の集中力によって研ぎ澄まされ、その身体はハルナのイメージをそのまま体現する。
素足で慎重かつ大胆に回り、振るう刀状の神具に取り付けられた鈴が音色を響かせる。
1回の演舞で大体3分。舞い続けるハルナにとってはこれが10倍の時間に感じてしまう。振り下ろす神具の軌跡すら緩慢に感じてしまう程の集中は実時間3分の間途切れる事無く維持され、会場に集まった人々の魂を震わせる。
最後の1動作。右に握る神具を袈裟切りの様に振るい、左足を踏み出し右足をやや下げる。
振るった神具を左腰にぶら下げた鞘のレプリカにに収めていく、仕舞い切る前に1拍だけ溜めを作り、一息に鈴の音が鳴る様に仕舞い切り、大きく息をつき集中を解く。
終わり、と暗に伝えるそれだけの動作で会場が静まり返り、一瞬遅れて拍手が巻き起こる。
(あれ、主役原田さん達なのに……)
(いいんだ、出し物大成功だな。ほら向こう見て)
そう思念で伝えられてハルナがメイン席に目をやると、原田と加藤は満面の笑みで拍手をし続けていた。
(成功だね。30分くらいやってた気がするけど)
(3分だ。3分で人間はこうも変えられるんだ)
リクの言う通り、この会場にいる全ての人の心にハルナの舞は焼き付いた。たった3分の出し物、世界的な監督が作った映画や世界的スターのコンサートなんかと比べればこじんまりとして見劣りするが、それでもハルナの舞はさぞこの世ならざるものに見えたのだろう。
「暁さんいつこんな物を!?」
「マリさん監修で作ったんですけど設計であんまり時間取れなくて……2日前から練習してたんですが、何とか形になりました」
「2日?! アレを2日でですか!?」
「真琴、暁さんは対人格闘の殆どをたった数週間でマスターしてるから、そう不思議じゃない」
当事者は語る。ハルナと手合わせした加藤だから言えるが、「1手先まで綺麗に読まれているみたいで気味が悪い」くらい動き回っていた。天性の才能かそれとももっと別の要因かは判明されていないが、シャンブロウで沢村が言っていた「多少常識から外れてる」の通り、常識はずれの才能と集中力で全ての動作を完璧に実行してしまったのだ。
「改めて、ご結婚おめでとうございます。先にゴールされてしまいました」
「ホントにゃホント。でも何でハルリクは結婚式まだしないんにゃ?」
「色々あるんですよ僕達。あと出来れば地上でやりたいんです、僕らの願いです」
そう言うとリクはナチュラルにハルナの肩を抱き、それを知っていたハルナはノリも良くはにかんだ。一部男性陣が式場でも血の涙を流しているがお構いなし。沖田艦長もその存在に微笑むくらいの公認のお2人だ。
出し物は成功だが仕込みはまだある。何故かこの場にいない真田と赤木博士の代打としてマリとアスカにある事を頼んでいたのだ。壇上に加藤と原田に上がってもらい、マリとアスカがタブレットを持って壇上に上がって来た。
仕込み良し、配置良し、後は実行するだけだ。
「例の物は?」
「バッチグーにゃ。てなわけではい姫、やっちゃってやっちゃって」
「げ、打ち合わせと違うじゃん……戦術科航空隊隊長加藤三郎二等宙尉、衛生科衛生士原田誠二等宙曹」
結婚式の会場で急に階級付きで呼ばれ、脊椎反射で背筋が伸びる。いつものアスカの砕けた敬語口調とは打って変わってユーロ空軍時代のハキハキとした口調になり会場が一気に静まる。
「沖田艦長から両名への命令書を預かっています。艦長は現在療養中の為、この場を借りて私、式波・アスカ・ラングレーが読み上げます」
「加藤三郎二等宙尉及び原田真琴二等宙曹に任務を命ずる。任務期間は無期限」
任務期間は実質無制限。そんな任務があってたまるかと騒然とするが、アスカは真剣な表情を崩さずに続きを読み上げる。横でマリがにやにやしているが、最初からいない者と見做して続けていく。
「復興した地球の環境の下で……家庭を築き幸せに暮らす事。以上です」
これでは命令ではなくただの祝辞じゃないか。そう理解するのに数秒ほど時間が必要だったが、祝辞だという事が分かった途端にまた拍手が巻き起こった。それ以上に祝い事に沖田艦長が関わって来る事自体が珍しかったのだ。それは沖田艦長との付き合いの長い徳川にとってもだ。
「……了解! 必ず、真琴を幸せにしてみせます!」
「ちょっとさぶちゃん! ////」
「ほうほう~だそうですよ沖田艦長?」
「「え?」」
マリに心底呆れた顔を向けてながらアスカがタブレットの内カメラを原田と加藤に向けると、ニヤニヤ顔のマリが画面をスライドさせる。如何やらビデオ通話が最初から繋がっていたようで、タブレットに沖田艦長の顔が映っていた。その後ろには通信用コンソールの調整に出向いていた真田と赤木博士が立っていた。
「だぁぁぁぁああ沖田艦長ォ!?」
『真希波君に提案されて、今回くらいはと思い許可を出した。両名の穏やかな未来に期待する』
ドッキリ大成功という単語はこの瞬間の為に作られたのだろう。あの名将沖田十三がこんなドッキリに一枚噛んで満足そうに微笑んでいる。会場にいる佐渡も唖然としている。ユーモアは真田より多少ある方だが、それを見せる事は少ないはずだ。
恐らく、療養に入った事で気持ちの余裕が生まれたが故なのだろう。
「実質幸せに暮らせって事なんだよね、コレ。沖田艦長もこういう事好きなのかな?」
「単純に艦長として祝いの言葉を送りたかっただけじゃないかな。暗い出来事もあったから、1回くらいいいだろう」
「はいはい姫~お疲れさまでした~」
「祝いの席だからそんなには言わないけどやるならやるって事前に言いなさいよね!」
「はいはい~りょーかいっ」
________
結婚式は立食パーティーになり、各々がビュッフェスタイルの料理を皿に盛りつけ食事を楽しみ始めた。そんな景色を窓際から眺めながら2人はジュースを口に付けていた。
「ふぅ」
「着替えなくてよかったのか?」
「いいのいいの。それに」
「ん?」
(私の巫女服見れて満足でしょ? バレバレなんだよね~ほんとに)
「~~~~~ッ」
「図星~」
一番肝心な部分をワザと思念で強めにしてリクに伝える。珍しく顔を真っ赤にして俯くリクだが立食パーティーに夢中なその他大勢には気づかれていないので、今はその珍しい顔をハルナだけが見れている。
「照れちゃって~うりうり~」
「ちょっ……こら……やめろイジるなこぼれるって巫女服にシミが付くぞ」
「またまた~。……ねぇ、帰ったら、私達もああなるんだよ?」
そう言うと、ハルナは主役の加藤と原田を目線で示した。原田はウェディングドレス、加藤は白の紋付き袴。統一はしないのかと思いたいがそこは主役の判断だ。
「そうだな。ツインドライヴ動かして残りの航程すっ飛ばすか」
「ダメダメアレまた使ったら宇宙また壊れるって!!」
「覚えてるし冗談だ。アレはまだ生まれたての力だ。今はまだ育てないと」
「はぁ~びっくりした……アレのお陰で空間位相値が虚数になったんだよ? でもそれは虚数値になるような現象が起こらないようにすればいいって事だから出力を抑えてあげれば……。兎に角、それとは別に話しておきたい事があるの」
「話しておきたい事?」
ハルナは自身が着ている舞衣を撫でると、リクに向き合った。
「実はね、これを1から作ったのは……式で着る為でもあるんだよ?」
「えっ? これを着るのか!?」
「そうそう。私髪真っ白で普通のウェディングドレスじゃドレスに溶け込んじゃうから、どうしようかなって思ってたらこれに行きついたの。別に統一しなきゃいけないとかドレスにしろとか決まりないから、好きな衣装作ってしまってもいいのよ」
「好きな衣装か……それだったら、加藤さんのアレ借りるか」
「似合うんじゃない? カッコいいし」
「……今日は僕を弄る日なのか?」
「さぁ?」
珍しくけらけらと笑うハルナを見ているとどうでもよくなってくる。地球まで残り5000光年程。所要日数はもうあと10日もない。完全にお祭りムードの中、2人の頭の中には帰ってからの事が頭の中に浮かんでいた。デイブレイクグループの音頭取りの結果次第だが企業は5個くらいは集まるだろう。そこから使えそうな技術を交渉して使用許可を取り付けるか、出向メンバーとして入ってもらうかして技術導入を行う。
準備期間は3年と数か月。それまでに新型艦艇の建造と艦隊を再編しなければ、地球は無防備だ。
もっと準備期間を取っても良いんじゃないかと思ったが、そういう訳にもいかなかった。ガミラスとの講和条約や安全保障条約は仕込み済みなのでヒスの働き次第だが、それ以外の星間国家の存在があるからだ。「野蛮」という二字熟語が体をもって生まれて来た集団「ガトランティス」だ。シャンブロウでAAAWunderの力の一端を見せた結果目を付けられている可能性もなくはない。流石に太陽系から出なければ地球の位置が割れる可能性をギリギリまで減らせるが、それでも引き籠っているわけにもいかない理由がある。
それは資源問題。地球の復興には地球上の資源だけではどうしても足りず、小惑星や衛星を鉱山にしてそこから資源を採掘した方が地球環境的にも良い事が内惑星時代以前から分かっている。太陽系外の惑星や買い付けた小惑星鉱山からも掘り出す事となるだろう。
そうなれば太陽系外に出る事となるので見つかるリスクが増えてしまうのだ。
極端な話……見つかったら1隻も1機も逃さず墜とし切ればいい。正直に言って、2人はガトランティスに対して悪い印象しか持たない。自分達の目の前で
それが出来る新型艦艇は対ガミラス(反乱系の軍)と対ガトランティス(本命、容赦しない)に主眼を置き、他にもいるだろうと考えられる星間国家の艦艇とやり合えるように考えられる種類の交換武装と堪航性を持ち、波動防壁、ショックカノン、ワープを標準搭載する。さらにオーバードウェポンで薙ぎ払う事も出来る。
さらに新型弾頭魚雷として「侵食魚雷」なるかなり「えげつない魚雷」の構想が始まっている。なんでも、装甲強度を無視して効果範囲内の物質を抉り取る事が可能な超兵器らしい。マリから生まれたアイデアであり、技術首脳陣と戦術科による協議で「出来るかもしれない」との結論が出てしまった。
また宇宙でも壊すんじゃないかと気が気でない。
ここまでを纏めると、「世代を幾つか飛び越えたかのような尋常じゃない程強力な艦艇を作っている」という事になる。使い方を間違えたら星1つ消し飛ばしてしまう程の代物である事は自覚しているため、一先ず「夢とロマンと技術で地球を守ろう」という事にしてある。果たしてどれだけの企業の人の心をつかめるか、そこはデイブレイクの腕の見せ所だ。
「ん? 山本さん?」
リクの目線の先には篠原のみぞおちに肘鉄を食らわせノックダウンさせた山本がいた。おおかた篠原が原因だろう。崩れ落ちた篠原は敢えて見ないでおく。
「やる~玲ちゃん」
「暁さん? 着替えてこなかったんですか?」
「誰かさんが私の巫女服見たがってたからね。それと玲ちゃん……誰とは言わないけど、気になるの?」
ハルナが目線で示した人物は古代だった。壇上に上がり原田と加藤に祝いの言葉を伝えている古代は見た目は問題なさそうだが実際は言うまでもなかった。
「はい……ぼろぼろです」
「分かってるよ、折れそうだけどギリギリ立ってる事くらい」
古代を想っていたが森に譲る形になったが、山本の心にはまだ想いは残っていた。彼女から見れば、古代が作り笑いを張り付けていること位すぐに分かった。本当は苦しくて閉じこもっていたい程なのに、「指揮官として」落ち込むわけにもいかずその心はあっという間に擦り減らされていた。
(無理をし過ぎだ。情報統制なんかして)
(それが古代くんの願いだったからだけど……これはあんまりよ)
森が死亡した事は艦長とその場に居合わせた者以外は知らない。「これ以上悲しい知らせを聞かせたくない」という古代の頼みで秘匿されてしまい、乗員はまだ「森はICUで治療を受けている」と思っている。
古代の言いたい事は分かる。でも、それで頷く程は甘くない。
「玲ちゃん、今から見える物は誰にも話さないで」
そう言うとハルナは山本の頭に手をやり、一連のイメージをATフィールド経由でゆっくりと流し込んだ。軽い頭痛が起こり山本の顔が一瞬だけ歪むが、伝えられた事実の重大さに目を見開いた。
「っ!?」
「これは内緒。分かったでしょ、古代くんの状況」
「……そんな事が、でも」
「それ以上はダメ。本来は知らない筈だから、漏らしちゃダメよ。今の古代くんを支えられるのは……多分、いない。誰がやっても力なく笑うだけにしかならないんだ。残された手段は、森さんを起こす事しかない」
事情を知らされた山本は大きく目を見開いた。それは即ち死者の再生。22世紀の暮れになっても成し得ない医療行為であり、科学というよりも魔法の領域に片足を踏み入れる所業だ。
「手段はあるの。コスモリバースは
エレメント収奪。遥か昔のイスカンダルが行っていた波動砲を用いた行動はアケーリアスからそう呼ばれていた。2人はこのエレメントというものは「起動コアユニットの光珠の正体」と仮説を立てていて、もしも「地球のエレメント」を使用した場合「そっくりそのままの地球を再生できる」とも考えていた。月なら月のエレメント、ひょっとすると文明単位でエレメントを採取して使用しても出来るかもしれない。
しかし今回は「誰かのエレメント」を使い地球再生を試みる。それはつまり、「地球再生には地球のエレメントが必須」という訳でもなく、「地球人のエレメントであっても可能」と見る事も出来るかもしれない。
それなら特定の人物のエレメントでもその人を元気な状態で再構成する事も出来てしまうのでは考えた。これは倫理的に批判されてしまう事ではあるがコスモリバースの仕組み上は理論上出来てしまうのだ。
しかしこの方法は使えない。
1度の動作で起動パルスが失われる可能性がある。コスモリバースは地球を救う為のモノ。全人類の為の地球の為かたった1人の命の為か、天秤にすらかけられなかった。
「コスモリバースで蘇生を行う、出来てしまうとは思うけどそれで地球を救う手段を無くすわけにもいかないんだ……」
出来る事なら森を救う事も考えた。倫理に敏感なのは自覚してはいるが今回だけは目を瞑ろうとも思った。それでも、地球を救う為にここまで進んできた以上決断は出来なかった。もしもそれをしてしまったらWunderは地球再生の手段を失ってしまい、Wunder計画を破棄し移民船としての運用を余儀なくされてしまう。AAAWunderが命を救う戦闘艦として再び目覚めた事もあり、それだけは出来なかったのだ。
「ん? 新見さん何見てるんだ?」
会場の隅の角を見つめる新見の眼は大きく見開かれていて、その先には3人の人物がいた。ミサトと綾波と国連宇宙軍の制服を着た男性……古代守がいた。見えているのは新見だけのようで、会場の皆は一切気付いていない。
「ミ……おっと」
(切り替えてっと。ハルナ、見えてたよな)
(見えてた。ミサトさんと……多分、古代守さん。……うぅわミサトさんどっから持ってきたのそれ缶ビールじゃん)
壁の隅でヱビスビールを飲みながら結婚式を眺めているミサトはやや上機嫌で綾波は半ば引き摺られるような形で付き合っていた。が、何処から出したかわからないリンゴジュースを美味しそうに飲んでいた。2人がいる事に気が付くとその場で手を振ってくれたので、ウインクで返す。
なお軍務中の飲酒は軍務規定違反で始末書ものだが、魂状態のミサトはどうやっても始末書は書けないので気にしない事にした。
「大変なことが沢山あったんだ。誰でも祝おうと思える催し物はやっぱりいいな」
出し物は成功、全体的な雰囲気もよし、沖田艦長をも巻き込んだドッキリも大成功に終わったが、最後まで古代の事が心に残り続けた。
「古代守? システムの中核が、あの古代くんって言うんですか?!」
「論理的に考えた末、導き出した……いや、私はそうとしか思えない」
論理では片が付かなかった真田が頭を抑えながらそう答えた。前々からそんな予感はしていたが、論理的に考える筈の真田が「そうとしか思えない」と言い切ってしまう程の事である事は、新見も理解した。
「あの……艦内で、幽霊を目撃したという話があるのは、ご存じですか? 古代くんと、知らない制服の女性の幽霊が目撃されているそうです」
コスモリバース受領後から艦内で続いている幽霊の目撃談を新見は頻繁に聞いていた。恩赦で続ける事を許可されたカウンセリング業務は「贖罪計画派に乗員を取り込む手段」ではなく「ただの悩み相談室」に落ち着いたのだが、半分以上の内容が「幽霊の目撃談」だった。
最初はその目撃談の多さにウンザリしていたのだが、幽霊の特徴と聞き出して論理的に考えていくと、その幽霊が誰なのか心当たりが出てきたのだ。
そして極めつけは加藤と原田の結婚式で見てしまった古代守とミサトの幽霊だ。ついに自分も見てしまったという事実が新見をここまで動かしてきたのだ。
「君も見たのか……ここから先は最重要機密事項だ。仮に君が第三者に漏洩した場合、私は君を営倉に入れなければならない。扱いには細心の注意を払ってくれ」
そう言うと真田は近くのコンソールを操作し自身のIDを入力し、万が一に備えて用意していた機密情報を表示させた。
「君も幾つかは知ってはいるだろう。AAAWunderに宿る魂、葛城艦長と綾波君。彼女らは艦内システムを直接制御する事も可能な存在であり、AAAWunderの舟守だ。この船を100年以上守り続けた彼女らは、元々人類滅亡寸前であった世界を救う為に活動した反NERV組織WILLEのメンバーであり、現状では自我がはっきりしているただ2人の乗組員だ。彼女らのお陰で、シャンブロウでガトランティスに勝ち、エアレーズングと戦う事が出来たのだ。ATフィールドも、綾波君が主になってアダムス組織で発生させていたものだ」
新見に開示された情報は既に新見が知っていた物もあったが、ATフィールドの発生元までは知らなかった。新見からしてみれば「もうオカルトに片足突っ込んだので分からない」で片付けていたが、真田の説明である程度納得がいった。
だが、真田の説明にはハルナとリクに起こった事の詳細の一切が省かれている。別に新見が信じられないからといった理由ではない。2人の真実を守る為の判断であり、必要以外の部分に漏れる事が無いようにする為の処置である。
2人は今後も地球復興に動き続けるだろう。真田は実際に2人から頼まれたわけではないが、それなりに情報統制は進める積もりでいた。可能な限り秘密を守り抜き彼らの活躍の機会を失わせないようにする。友人だからという理由もあるが、いまの地球は深刻な人材不足であり「2人が人間かどうか怪しくなっている」事など些末な問題なのだ。そんな問題であれこれ言われて活躍の機会が失われるのは黙って見ていられない。だから先手必勝で動くのだ。
「恐らく、イスカンダルで息を引き取った古代守は、何らかの方法でその記憶か人格が保存されたのだろう。それが、コスモリバースの起動コアとなった。葛城艦長は、既に起動コアが古代守である事を知っていた。だから、君が見たように接触していたのだろう」
「……葛城艦長が、コスモリバースを動かす可能性は?」
「今はない。WILLEは元々NERV壊滅と地球復興を目指した組織で、それは今も変わらない。地球再生のカギをここで使う事は、彼女らも出来ない筈だ」
とは言ったもの、ミサトが艦内を直接制御出来てしまう以上コスモリバースの起動もミサトの意思次第かもしれないというのは真田も理解している。
古代守とミサトが接触したという事は、
「地球まで残り1000光年か……もうすぐ地球だ、雪」
ICUの生命維持カプセルに寝かされたままの森は何も答えない。分かってはいるものの、古代は消え入りそうな声で話を続ける。
ICUの1区画は古代以外の入室が禁じられ、今は遺体安置所となっていた。カプセルは既に開けられていて、そっと古代は森の頬に触れた。
「暁さんが俺達の意識を繋げてくれた時、君に好きと伝える事が出来て、本当によかった。間に合ったって……心の底から思った。頭が、上がらないよ」
「それでも君は……ッ逝ってしまった……ッ」
森の上半身を起こし、古代はそっと抱き締めた。
「君が死んだ時……後を追いそうになってしまった。暁さんが引き止めてくれたけど、それでももう1度……もう1度君に会いたいんだ」
頬に一筋の涙が流れる。それが決壊の合図だったのか、ぽろぽろと次々に涙が零れていく。
「ずっと……考えていたんだ。君のいない宇宙に意味があるのか……」
「そんなもの、どこにもなかったんだ……ッ」
「君にもう一度会いたい。会って……また好きと伝えたい……ッ」
想いを伝えることが出来たが、その本人が壊れてしまいそうになってしまった。今この状況をハルナが見ていなくて本当によかったと古代は思った。今の自分を知るのは、自分だけで十分だ。
ボロボロで、誰もいない所で壁にもたれかかり泣いているくらいだった。辛うじて無理して明るく振舞っているが、ハルナみたいに器用には出来ない。どうしても力なく笑う事しか出来ない。貼り付けるだけの笑顔にも限界がある。
今の古代には、この先の未来に何も見いだせなくなってしまっていた。
「君のいない宇宙なんかに意味なんて……ッ意味なんて……ッ!!」
今この時間だけは、笑顔を張り付けなくてもいい。無理をしなくてもいい。それでも、古代の心を慰める事も、晴らす事も、今は誰にも出来なかった。
それは誰もが知っている。彼もだ。
ICUで静かに見ている古代守も、自分自身の力だけではどうしようもない事を知っている。
だから彼は、それを使う事を決めた。
進。俺がお前にしてやれるのは、これ位だ。
後をお願いします。
臨時コンソールが大量のエラーウィンドウで埋め尽くされ、コスモリバース内部の波動素子が回転を始める。さらにコスモリバース内部に波動エネルギーが流入し、青白い光と雷光を走らせ始めた。
「システムが勝手に起動している!?」
「原因は!?」
「分からないよ!?」
構築した制御システムが一切機能せず、停止コマンドが機能しない。コマンドが効かない事に慌てているとコスモリバースの出力は加速度敵に上昇し、作動シークエンスが最終段階に突入した。
「最終段階ッ?! クソっ!」
緊急停止ボタンを深く押し込むが、それもただのボタンに成り下がっていた。何度押し込んでもコスモリバースは停止せず、遂にコスモリバースは発動されてしまった。
艦内の全てを埋め尽くす様に放出された波動エネルギーはその勢いが一切衰える事無く、不可視となった波動エネルギーは全てを透過していく。コスモリバースの調整に出向いていた者以外は知らないこの神秘的ともいえる現象は瞬く間に収束していき、コンソール上で表示される出力も急激に下がっていく。
「出力急速低下!」
「マズい……このままじゃ!」
「現状を維持しろ! コスモリバースを停止させるな!」
「無理です! こちらの制御を受け付けません!」
「無理って言わない!」
新見がコンソールに飛びつきコスモリバースの制御に介入する。あらゆるパラメータが表示され波動エネルギーの状況がリアルタイムで表示されるが、SystemDownのアラートウィンドウが表示されてしまった。
「ッ!? 先生ッ!!」
「何故だ……古代、葛城艦長……なぜ今動かした……ッ!」
その瞬間、コスモリバースは起動パルスを失い機能を停止した。
傍らに置かれた花瓶のアオスイショウは、いつの間にかその蕾を解き花開いていた。イスカンダルから発つときにユリーシャから渡されたそれはなかなか咲かなかったが、それはコスモリバースの発動と共に咲いたのだ。
水晶のような結晶を中心に周囲を花弁が囲むその花は、まるで蛍の光の様に暖かく点滅を繰り返し、まるで呼吸するかのようにその花瓶の中で生きていた。
古代には、コスモリバースの発動を知る事は出来なかった。それでもアオスイショウが花開いた事で、今何かが起こったという事を知覚したのだ。
「アオスイショウ……」
暖かな光が古代と森を照らし、一瞬だけ、古代を引き付けた。
その瞬間、古代の胸に触れていた森の手が、一瞬だけ動いたかに思えた。
古代の腕の中で眠っていた森は、ゆっくりと目を開けていた。
「古代……くん」
もう聞けないと思っていた声が聞こえる。
もう感じれないと思っていた温度を感じる。
もう面に向かって言えないと思っていた名前が、口から飛び出していた。
「雪……ああ……ッ!! 雪ッ……ッ!!!」
そこからは、何かを考える前に身体が動いていた。あり得ないと分かっていながらも、それが現実である事を確かめるように森を抱きしめていた。
「古代くん……あの時……私、撃たれて……古代くんに、夢で好きと言って……それで……」
「違う……雪、違うんだ。あの砂浜は……あの砂浜は、夢なんかじゃない。……暁さんが叶えてくれた、現実なんだ」
「現実……暁さんが、私と古代くんを繋げてくれたから、伝えられたんだ……」
最期の瞬間の記憶が残っていたことに古代は驚いていたが、同時に嬉しくも思った。古代の思いは確かに伝わっていた。最期に間に合った言葉は文字通り森と共に最期を越えて、今こうして森の記憶に残っているのだ。
森も、古代に伝えた思いが夢ではなく本物だったことに嬉しく思った。森は、あの景色が本当に三途の川の様に見えていた。それが決して幻想などではなく確かな現実で起こされた事であり、ほんの一度の再会を何とか叶えてくれたハルナに、森は感謝していた。
必死に砂をかき集める古代の姿が忘れられない。あの瞬間、森は自分が死に、もう古代と一緒にいられない事を嫌でも理解してしまった。彼も海に入ろうとしてしまうのを止めようと手を伸ばすが、届かなかった。すんでの所でハルナが強引に止めてくれたから良かったが、もう何も出来ない事が途方もなく悔しかった。もう触れられない事が途方もなく悔しかったのだ。
「古代くんが、ここにいる」
今は、この現実で、森は古代に触れている。走馬灯の最中でもなく死の間際でもなく、確かにここに生きている事を実感する様にその温もりを感じる。
生きている。それを実感するたびに、森の心臓が脈打つ。古代の温もり、感情の高ぶり。今ではそれが自身の感情の様に感じ取れ、そのたびに自分の思いを実感する。
「雪、もう1度君に言わせて欲しい」
「君が好きだ……この宇宙の誰よりも」
再び彼から告白され森は頬を染める。この宇宙の誰よりも好きと言われれば、頬を染めるなと言われる方が難しい。嬉しさと恥ずかしさで俯きそうな顔を上げ、赤い顔を向ける。あの砂浜で言えなかった全てを、森は古代に伝える事にした。
「古代くん、私も言わせて。あの砂浜で、もっと沢山言いたかったの」
古代は静かに頷き促す。
「初めて会った時は、ホント失礼な人だなって思ったの。でも、エンケラドゥスで私を助けてくれた時から気になり始めてしまって……古代くんがビーメラ4でちゃんと戻って来てくれた時、私ね、本当に嬉しかったの」
「それでね、バレラスでコスモゼロで助けてくれた時ね、私、古代くんの事が好きなんだなって分かってしまったの」
「古代くん。私は、古代くんの事が好きです」
そう言うと、森は古代に顔を近づけた。古代も森が何をしたいのかを察して、顔を近づける、
その瞬間、2人は宙で結ばれた。
感情任せに振り下ろされた拳はコンソールに打ち付けられ、手の打ちようのない真田の怒りが籠められていた。
「起動パルスが完全に消失した以上もう動かせない……ッ新見君……起動パルスは……本当にすべて消えたのか」
「……完全に量子の海に消失しています。再起動……出来ません」
「それじゃあWunderが地球に帰っても……地球を救えないって事ですか……? それじゃあ俺たちがここまでやってきた事って」
起動パルス消失による再起動不能。最悪の状況と見て取れる状況に皆動きが止まっていた。その中でも真田は、コスモリバースを動かした古代守の消失を嘆いていた。
そこに、艦全体の異変の元を特定したリクがハルナを連れて連れて走ってきた。
「真田さん! 何があったんですか!」
「古代がコスモリバースを動かした。古代が消失して……もう動かせない」
「古代守さんが……そんな……起動パルスが消える程の事を起こすなんて、何をしたんだ?」
(暁さん来て……!)
「レイちゃん?! どうしたの?!」
(葛城艦長が起動パルスになろうとしている……! 止めて……!)
「暁君、何があった?!」
「ミサトさんが起動パルスになる積もりらしいです! ちょっと行ってきます!!」
そういうとハルナは体をリクに預け意識をAAAWunderに繋げたが、いつもよりもずっと強く引き寄せられる異常な感覚を感じた。綾波の切羽詰まった声から察するにもう時間もない。だから綾波側が強く引き寄せて何が何でも間に合わせようとしているのだろう。
僅か数秒でAAAWunderに繋がったが、引き寄せる力が強すぎて放り出されるようにして航海艦橋に現れた。反射的に受け身は取ったがかなり勢いよく放り出された事で、艦橋の硬い金属の床をゴロゴロと転がってしまった。
「現実じゃないのに痛い……はっ、ミサトさん!」
痛みに呻く暇もなくミサトと綾波の元の駆け寄ると、綾波は辛そうな顔でミサトを見つめていた。
「葛城艦長……その……本当に、コスモリバースに……」
「WILLEは赤く染まった海と大地をこの色に取り戻す為の組織。もう、私とレイだけになってしまったけど、コスモリバースの核となれば地球を……私達の知る青い地球を取り戻せるの」
そう言うとミサトは艦長帽をレイに被せ、艦長服をレイに着せた。白いプラグスーツの上から着せられた軍服はサイズが大きく、袖を捲らないと手が出ないほど大きかった
「似合ってるじゃない、綾波艦長」
「葛城艦……ミサト、さん。私は……」
「ようやく名前で呼んでくれたわね。レイ。やっぱシンジくんとハルリク効果かしら?」
「………………でください」
「レイ……?」
「ふざけないでください……っ!」
ついさっきまで傍にいた人が消えてしまう。それは綾波に余りにも大きな喪失の予感を感じさせてしまい、その赤い目から大粒の涙を零れさせた。泣き慣れていない綾波にとって涙はとても重い物で、その重さに直ぐ俯いてしまった。
「私は……ッ私は……ッここで……ッ独りぼっちになってしまう……ッ」
「レイ……」
「行ってしまうのは……いやです……ッ」
明確な拒否。突き動かされるように出た言葉は泣き声に乗り、震えていた。壊れそうな体を何とか繫ぎ止めるように両腕を体に回し、悲しみに震えていた。
ミサトはいい人だ。思い切りがあり博打気味でもあるが、NERV時代から続く名指揮官だ。WILLEでもAAAWunderを指揮してネーメズィスシリーズの撃破を幾度となく成功させた。それは初号機の中にいた綾波もよく知っている。
バレラスでの覚醒以降、綾波にとっての話し相手の大部分を占めていたのはミサトだった。あの戦いを知っている最後の2人であり、ハルナとリクが来ない時は今までの記憶を思い返し合う日々だった。
たったそれだけの思い出話でも、綾波にとっては一瞬に至るまでがいい思い出だ。
「ゴメン、レイ。これは行かせてほしいの。艦長としてってより、私の為かな」
「でも……ッミサトさんが行きたくても……ッ私がいやです」
泣きじゃくる綾波はミサトの旨を力なく叩きながらそう訴えるが、ミサトの決意は変わらない。喪失を知らない……喪失を知りたくない綾波は自分でも気が付かない程に感情的になっていた。喪失感に追いつめられるような感覚から逃げたかったのだろう。
出来る事なら自分自身がその役を代わる事も考えた。それでも、「私が死んでも代わりはいない」と教わった事実が、こんなにも自分を引き止めてしまっている。代われない事が悔しい。
人の記憶、人の思いを起動キーとするコスモリバースの中でも、もしかしたら生きる事は出来るのだろう。それでも、それは綾波の中の「生きる」の定義から外れていた。それではもはやコスモリバースの部品の1つとなっているだけにしか思えない。
ただ1つ、こんな場所でもいいから、ミサトに生きて欲しいだけなのだ。
「レイちゃん……ごめん、行かせてあげて」
「っ!? ……止めないんですか、暁さん」
「私じゃ止められないよ」
優しく引き離すようにハルナが綾波の肩に手を置く。ハルナも悔しそうな顔をしている。そうか、自分だけが悔しく悲しいワケじゃないんだと綾波は知ったが、それだけでは引き下がれなかった。
ミサトはそれを知ってか、その場でレイを優しく抱きしめた。
「NERV時代じゃあまり分かんなかったけど、レイって実は感情豊かな子なのね。もうちょい早くに知りたかったわ」
「……感情の出し方を知らなかっただけ。碇君と、式波さん、暁さん、睦月さん、ミサトさん、赤木博……リツコさんに触れあったから、出せるようになっただけ。でも……悲しいと寂しいは嫌いだと思う、だから触れたくはない」
「いつかは味わう事になるわ。大事な人と会えなくなったりとか、結構突然やって来るものだから」
「それが……今?」
「消えようとしてるご本人が言うのもなんだけどね」
「ミサトさんは……ズルいです」
そういうとまたレイはミサトの胸を叩いた。
「レイ、この船を頼むわ。それが出来るのはレイだけだから、私からこれを引き継いでほしい」
ミサトはレイに被せた艦長帽を直すと抱き締めていたレイを解放して目線を合わせた。泣き腫らした目で目を合わせるレイはすっかり泣き虫になってしまったが、慣れないながら何とか感情を抑え込んでいた。
「これが……ミサトさんがやりたい事?」
「そうね。WILLEの願いってよりかは私の願いって感じかな」
「……だったら」
そこで言葉を区切るとミサトから顔を背け今度はハルナに抱き着き、そのまま顔を思い切りハルナの胸に押し付けた。ハルナは急な事に一瞬慌てたが、その意図を感じ取る事が出来た時には無抵抗でそれを受け止めていた。
「これで耐える。私が見ていたら、ミサトさんはやりたい事が出来ないと思う。私が無く顔を見せたら、ミサトさんの決心が揺らぐと思う。喪失を知るのは、これが最初で最後」
「レイ……あなた……」
「ミサトさん……いってらっしゃい」
額が赤くなるのもお構いなしに、さらに強く押し付ける。涙を見せない方が良いと思ったのだろう。涙で自分を救えるのは分かってはいるけど、それを他人に影響させてしまう事も本能的には分かっていたのだ。制御できないなら、見せなければいい。
「最後に、ハルナさんにこれを渡しておかないと」
ミサトがハルナに手渡したのはWILLEのバンダナだった。それは元々加持がミサトに渡した物であり、血痕が残っている。ミサトはそのバンダナをハルナの左腕に結ぶと目を合わせた。
「レイから聞いたわ、エヴァの呪縛モドキにかかってるって。でも何も変わってなくて安心しているの。だからどうか……レイのいい友達でいてあげて。リクさんにも伝えてあげて」
「そんな事……言われなくても分かってますって」
ハルナは目尻に浮かぶ涙を拭うとミサトに手を差し出した。それをミサトが握り返す。
「後は私達に任せてください、ミサトさん」
「ええ、よろしくね。レイ……元気でね」
レイは顔を向ける事はしなかったが、ハルナの胸に顔を押し付けたまま頷いた。
ミサトの体が粒子となって霧散を始める。波動エネルギーによく似た青白い光は暖かさすら覚えさせ、それを目の当たりにするハルナは泣かない様に堪えるが、ミサトが泣いているのにつられて涙が零れ落ちる。
やがてミサトの顔も姿も分からない程に散り、光の粒子は実空間に跳躍を始める。まるで蛍の群れのような光の集団はその光を落としながら消失し、コスモリバースのコアに収まっていく。
葛城ミサトは、自らの意思でコスモリバースシステムの起動パルスとなった。それは、自ら人柱になるような選択であったが、それで地球と人類を救える事は変わりない。
この選択を止めていれば、地球は滅ぶ。ミサトが行けば、地球は救われる。どっちを向いても責め続ける事となる選択であったが、ミサトを止めないという選択に自責の念に駆られない様にとハルナは願った。
「私のせいだ」と自身を責め続けるくらいなら、ミサトが再生を願ったこの世界を少しでも早く復活させる事が重要だ。託されたものは大きい。それはハルナも綾波もだ。
だから今は、ミサトの選択を尊重し見送ろう。
最後の粒子が消え、意を決したレイはヒルムシュタムタワーに向き直り自分が出せる精一杯の声を上げた。
「ミサトさん!」
被らされていた艦長帽を胸に当て、少女、綾波レイは、泣き腫らした目に決意を灯らせた。
「後は……私達に任せて下さい!」
そう言い切ると、ミサトから引き継いだ艦長帽を丁寧に被り、艦長服を羽織り直した。いつの間にか首元には、WILLEのバンダナがスカーフのように巻かれていた。
再起動不可能と診断されたコスモリバースが突如青白い雷光を走らせ、コンソールには再起動を示すウィンドウが開いた。さらに起動パルスを新たに観測した制御システムが起動パルス観測状況をリアルタイムで表示を始め、心音の様に力強く鼓動する起動パルスを表示する。
「コスモリバースシステム……再起動、確認。葛城艦長が……起動パルスに……」
その瞬間、僅か数秒、ほんの1%の出力でコスモリバースが起動し、青白い閃光と共に何かを顕現させ始めた。それはまだ意識を戻せていないハルナとリクの左腕に集まり、その形を成し始める。
意識を戻したハルナの眼を眩ませる程の閃光はやがて止み、その正体をハルナは知った。
「これ……ミサトさんのだ」
コスモリバース……ミサトが最初にこの次元に顕現させたのは、WILLEのバンダナだった。
ミサトの思い、記憶、願い、その全てを内包したそれはハルナとリクだけに伝わるメッセージであり、ハルナはそのバンダナに触れた。
「後は任せてください。ミサトさん」
体を起こし、雷光を走らせるコスモリバースに敬礼をする。事情を完全に把握し切れていない面々もそれに倣い敬礼をする。コスモリバースはその光を収め起動待機状態に移行し、管楽器の様な甲高い音を響かせていく。AAAWunderの咆哮とも呼ぶべきそれは、艦内のみならず艦外にまで空間を震わせ響き渡り、全ての乗員がその咆哮に顔を上げた。
願いは引き継がれた。ミサトがAAAWunderを去り、綾波、ハルナ、リクがその役目を引き継いだ。その願いはバンダナとなりミサトがこの瞬間まで戦い続けたという証が残り、バトンは引き継がれた。
それはとても重いバトンだが、3人がかりなら持てるだろう。あるいは真田やアスカ、マリや赤木博士も巻き込んで7人がかりでもいいだろう。特に赤木博士は旧AAAWunderの記憶を引き渡されている。AAAWunderをより深く知る事となった博士なら、この世界でAAAWunderを長く生かすことが出来るだろう。
「任された……って感じか?」
「とっても大きなバトンをね。早速だけど」
「一緒に持ってくれる人探すか。手始めに真田さんってとこか」
名前を呼ばれた気がした真田が2人に顔を向けるが、「心労が増えそう」と感じて軽い苦笑いをした。
「分かっている。分かってはいるんだが……はあ。付き合いが長くなりそうだ。暁くんと葛城艦長、綾波君との間で何があったのかは大体理解している。この船を残していくんだな?」
1を聞いて10を知るどころかその先まで理解する真田には助けられてばかりだ。「やるんだな?」と暗に聞いて来る真田はいつもと変わらず顎に手をやり思慮に耽り始める。
「それと1つ、分からない事がある。古代は……あいつは、コスモリバースを自分で動かして何をしたんだ?」
「何となく、私達が考えていた事と同じだと思います。コスモリバースは星も再生させる事が出来る。だったら、
加藤と原田の式で考えていた事と同じだ。コスモリバースを使用して肉体情報と魂ごと再生してしまう神の様な所業を古代守がやってのけていたとしたら、今頃古代と森は再会している事だろう。
……実際はそんな「○○だとしたら」に頼らなくても、医務室の方向に意識を向ければわかる事だ。よく知っているATフィールドの波長が2人分寄り添っているのが分かる。1つは古代、もう1つは森だ。
その言葉の意味を理解した真田は大きく目を見開き、自分の端末を操作して佐渡に連絡を入れようとした。
「真田さん待って下さい。……僕の時みたいに嬉し泣きする時間位、あってもいいと思います」
「ああ、暁くんが起きた時の事か。……何処か誰かの所為で、私も随分甘くなったな」
そう言うと真田は困ったように頭を掻くと端末をポケットにしまった。
「リク、感じるよ」
「僕も分かるよ、ハルナの感覚借りてだけど。暫く、そっとしておくか」
「ホントは今すぐ突撃してめっちゃ喜びながら泣きたいけど、若い子の雰囲気壊しに行くのは何か違うからね」
「我ら実年齢60代組、これより一時待機に入る」
「にじゅうだい!!」
すかさず突っ込みを入れる和やかな雰囲気を、気付かれない様に1人の残滓が見ていた。コスモリバースとなったミサトが最後にその景色を目に焼き付けに来ていたのだ。
たった数回顔を合わせ、片手で数えらえるくらいしか共闘していないのに、彼らなら任せられると安心できる。レイも託した願いを引き継いでくれた。
ミサトは、肩の荷を下ろした。
(さようなら、レイ)
(さようなら、ハルナさん、リクさん)
(葛城。お前はよくやったと思う。後の事は、彼らに任せよう)
AAAWunderの咆哮から数時間。艦内全体の緊急点検が行われた事を除けば、極めて平和に帰って来た事だろう。全周スクリーンに映る太陽系の景色は、10か月ぶりの帰還を果たすWunderを歓迎している。
全壊したガミラス前線基地を持つ冥王星を横目に冥王星軌道を横断する。
エンケラドゥスの「ゆきかぜ」とその乗員達に敬意を払いながら土星軌道を横断する。
波動砲で抉ってしまった跡が戻った木星を見ながら木星軌道を横断する。
未だ消えぬ真っ赤な同心円を抱える火星を眺めながら火星軌道を横断する。
メランカによる爆撃で荒れ果ててしまった月を眺めながら月軌道を横断する。
そして、赤茶けた星、地球が目の前に映る。
「地球だ、地球が見えるぞ!!」
戦闘艦橋には艦橋メンバーを始めとした多くの乗員が集まっていて、やっと肉眼で見ることが出来るほどまで近づいた地球を見ていた。10か月ぶりの赤茶けた地球は、変わらない姿を見せ彼らを出迎える。
痛々しい損傷跡を残しながらも、Wunderは力強く宙を駆け、こうして地球まで戻って来たのだ。
「極東から伝文です。《オカエリナサイ》です」
「そうだな……《タダイマ》と返信をしてくれ」
「了解です。返信《タダイマ》」
月軌道を抜けたWunderはそのスピードをやや落とし、意図的にとある軌道に入る。
それは嘗てアポロ11号が地球への帰還に使った軌道であり、やや大回りではあるが確実に地球に辿り着き大気圏を撫でるようにして地球に帰還出来る軌道だ。
それを知る者は少ないが、わざと島はその軌道を取る事にした。
米国NASAが打ち出したアポロ計画から始まった宇宙の夢は、地球滅亡の危機という人類史上最大のピンチを乗り越えて成し遂げられようとしている。それは夢の終わりであり新しい夢の始まり。太陽系という広くもあり狭くもある領域に居続けた人類が、イスカンダルから与えられた力とは言え恒星間航行を成し遂げ、銀河を跨ぐ往復33万6000光年の旅を終える。
人類史に残る世紀の大航海、後にイスカンダル大航海と呼ばれる事となるそれを成し遂げようとする彼らは、久しぶりの地球を目にして皆喜色に染まっていた。
『この船に乗る全ての乗員に、艦長として……いや、ただの沖田十三として言わせて欲しい』
艦内放送で沖田艦長の声が響き渡り、景色を目に焼き付ける者もその音の方向に向き直る。
『ここまでたどり着くために、多くの仲間が散った。多くの血が流れた。それでも、この船は君達に応え続けた。この船は、まるで生きているかのようだ』
『儂は、この船はいい船だと思うが、そう思わんか? 儂がいつか病に伏し、万が一墓に入るような事があっても、この船だけは、どうか残していって欲しい』
『この、翼の生えた希望の船を。このWunderを、残していって欲しい』
『勿論儂はまだ死ぬ積もりは無い。もしかしたら、遺言のように聞こえてしまったかもしれないが……これは、儂から皆への、たった1つの願いだ』
その言葉を最後に放送は切れた。最後の言葉を紡ぐ声が震えていたのは、気の所為ではなかっただろう。地球を救った英雄の船なんかではなく、やっと地球を救うために力を貸してくれた彼女らとその船として後世に残していって欲しい。それが、沖田艦長のたった1つの願いだった。
不意に戦闘艦橋のハッチが開く音が聞こえた。重厚な金属音が戦闘艦橋内に響き、誰かが入ってきた事が分かる。その人物は慣れた動きで戦闘艦橋を泳ぎ、島の肩に掴まった。不意に肩を掴まれて誰だと思ったが、戦術科の赤い袖の制服だと分かるとそこから誰なのかもわかった。
「うぉっと……古代危ない……ぞ……えッ?」
「えっ……え”ッ!? 森さん!?」
振り向いた先には、古代の片腕に掴まる森がいたのだ
森は意識不明の重体と聞かされていた島の頭はオーバーフローを起こし真っ白となったが、辛うじて何か口にしようと思った時にやっと言葉が出た。
「あるんだな……こういうの」
「おかえりなさい~!!」
感極まった岬が森に抱き着き、オーバーフローを起こしていた皆の頭がようやく解放された。皆口々におかえりなさいと声をかけて戦闘艦橋は珍しく賑やかになる。
「おかえり、よく帰ってきた」
「森君ッ!! う”ぇ”ッ?」
何やら険しい表情の山本の南部の言葉は遮られて、賑やかな歓迎ムードはぴしゃりと静まる。
「森船務長と古代戦術長の帰還を……」
「一同、歓迎します!」
そのまま気持ちのこもった敬礼をする。山本も古代と森の復活を喜んでいる。今は感情云々より勢いの方が大きい。もう関係が出来上がってしまっているなら白旗を掲げる代わりに盛大に歓迎してしまおうという積もりなのだろう。
「……ありがとう!」
それに倣い皆が森に敬礼をし、それに森は満面の笑みで返礼する。
地球が見えてくる。静止衛星軌道を超え、大気圏突入まで既に秒読みに入っている。最期まで舵を握る島の落ち着いた操艦で鮮やかな弧を描き、その様子は各管区の地表観測カメラで捉えられ世界中にライブ中継されている。
全ての人類が待ち望んだ瞬間が迫りゆく中、古代と森は寄り添い合っていた。
君のいない地球に意味なんて
あの時そう古代は口にした。でも今の古代には、心の拠り所がいる。それはちょうど今自分に寄り添い、想いを伝えあった女性だった。10か月ぶりに目にする故郷の星を眺めながら、互いに身を寄せ合い、永遠に続けと願うこの時間を噛み締めている。
奇跡を幾度も引き起こしたWunder。しかし、そのどれもがWunderのみによって引き起こされたものではない。奇跡を引き寄せる為に力を尽くした者たちがいたからこそ、幾度も奇跡を引き寄せこの無謀とも呼べる大航海を成し遂げる事が出来たのだ。
Wunder乗員999名とAAAWunderブリッジ要員10名。そして綾波レイ。この戦いで1010人の乗組員が賭けに挑んだ結果が、人類滅亡の回避だ。
まもなく大気圏に突入する。対閃光モードに切り替わろうとする戦闘艦橋の入り口に数人の影がチラチラと見えていた。
「終わりましたね、真田さん」
「ああ、長かったよ」
「ここからが長いんですけどね。新型艦艇と波動エンジン、量産可能ですって?」
赤木博士から又聞きでもしたのだろう。いつもと違い満足そうな笑みを浮かべた真田は応える事にした。
「その話か。ビーメラコアの構造解析で、地球での波動コア製造が出来る事が分かった。WaveMotionCore[Telluric]……便宜上タウコアと呼んでいる。多少性能は劣るが、本家のイスカンダルコアと同じ事が出来る筈だ。ツインドライヴもやろうと思えば出来るだろう」
真田からの朗報に2人は喜びで飛び上がった。波動コアの量産可能は新型艦艇への波動エンジン搭載が決定したようなものだ。詰め込みたい要素がほぼ全て詰め込めるなら、描いた設計図通りに、あるいはそれ以上のモノを生み出せるだろう。
「良い知らせを持って来れて良かったよ」
「これからも長い付き合いになりますね。真田さん」
「親友は大切にするように言われたからな。2人の身の安全や立場の保証も何とかしよう。波動エンジンは引き受けるから、伸び伸びとやっていこうか」
大気圏に突入し、空気とのぶつかり合いによる微振動が響く。艦内の彼方此方から歓声が響き、緊急で奇跡のラジオ局も実況放送を始めてしまった。本来であれば厳重注意レベルの暴走だが既にお祭り騒ぎだった事もあり、さして影響は少ないと判断し聞き流す事にした。
「真田さん、何だか人情味が溢れる人になりましたね」
「その原因が丁度近くにいるからだ。だがそれでは、私は人情味のない人間だったと言われているように聞こえるが」
「コンピュータ人間って言われてた事気にしてます? 要は角が取れて丸くなったって事です。良いと思いますよ」
「そうですよ。コンピュータ人間ではなくどこにでもいる筈のMIT卒防大卒で幕僚幹部の人ですから」
「それは相当なレアケースじゃないのか?」
「自分でその経歴作っちゃってそれ言いますか?」
そう言えば自分の経歴だったと気付いたら笑いが零れていた。如何やら自分は気が付かない所で本当に角が取れたのだろう。人情味あふれるコンピュータ人間も悪くない。
そう思えば、自然と笑みも零れていた。
その後の事は、敢えて記録されていない。が、後年にハルナとリク、真田に赤木博士、マリにアスカが口々に揃えて言った事がある。
奇跡は起こるものではなく起こすものである。
彼らは、後にそう残したらしい。
宇宙戦艦ヴンダー 《Reise zu einem Wunder》
FIN
オマケ
「やっと地球に帰って来れたけど、まず何する?」
「式場の確保。地上で結婚式は流石にまだ無理だから、復興したらちゃんとやり直す。一先ず、形だけでもな」
「その前に婚姻届書かないとなぁ、証人誰に頼もう?」
「真田さんと……マリさん、博士、アスカちゃん。誰に頼もうか」
「月村さんは式呼ぶ?」
「勿論呼ぶ。母さん達を知ってる人の1人だから、僕らが知らない一面も聞いてみようか」
ここまでとてもとてもとても長いお話でした。
初めて世に出した作品は「処女作」と呼ばれるそうですが、文章力の問題もあり最初は非常につたない物だったことでしょう。
今自分で最初の方のやつを読んでみても、「これはひどい」と思うほどの物です。
ですが、続けてみるもんです。2年半も経てば書き方も変わって伏線の貼り方も自分なりに分かってきて内容を盛り上げる事も出来ました。例を挙げるとAAAWunder覚醒シーンですね。キレイに決まったって感じがあって一番お気に入りです。
前置きはここまでにして……
ここまで読んでくださった皆様!
お気に入り登録して下さった皆様!
評価して下さった皆様!
誤字訂正等して下さった皆様!
アンケート応えて下さった皆様!
感想書いて下さった皆様!
本当に、本当にありがとうございました!!
それと、執筆にあたって意見等を頂いた方がいます。
名無しのミリオタにわかさん
鈴夢さん
お2人のお陰で、この作品を書き切る事が出来ました。
心から、お礼申し上げます。
また名無しのミリオタにわかさんには、各種技術考証やツインドライヴの公式等のアイディアを頂きました。重ねて、お礼申し上げます。
本当に、ありがとうございました!
これからの予定を軽く書いておこうかと思います。
2203編を書くために多数の準備が必要になりますので、その準備として繋ぎのお話を書いていこうかなと思います。以前アンケートで「見たい」とおっしゃった方がいましたが、「無い方が良い」とおっしゃる方も一定数いらっしゃったので、10話程度には収める積もりです。
最低限、
①ハルリク結婚式
②新型艦艇を作っていく
③デイブレイク関連
④ハルリク、火星に行く
は書いておこうと思います、本人の希望もあるので。
それが終われば2203編です。
2202ではなく2203編です。ガトランティスには1年遅く地球にやって来てもらうので、ハルリクの準備も捗る事でしょう。
最後に、ここまで読んでくださったこと、重ねてお礼申し上げます
ありがとうございました。
2024年7月27日
宇宙戦艦ヴンダー 《Reise zu einem Wunder》
筆者 朱色の空