イナズマイレブン外伝――New Generation――(再構想版)   作:slimy

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第1話 弓川一矢

 玄関を開けると、季節の変わり目に取り残された冬の風が頬を舐めていった。

 修應(シュウオウ)中学校は茨城県西部笠井(カサイ)町に位置する私立中学で、字面には名門校らしい雰囲気があるものの、その実はいたって平凡な中学校だ。あえてここを選ぶ理由があるとするなら――私立にしては学費が安く、入学も簡単ということぐらいだろう。

 4日前に入学式を終えた弓川一矢(ユミカワカズヤ)は、今日から修應中生としての日々を始める。空は抜けるように青く澄み、通りの桜もちょうど満開で、おあつらえむきの朝だ。しかし弓川の心は、そんなことには動かされなかった。

 自宅から自転車を走らせ、目的地に到着した。校門を抜け、体育館横の駐輪場に一直線。学年ごとに指定されたスペースに停めて、昇降口へ向かった。クラスは事前に通達されていたので、真新しい上靴に履き替え、迷うことなく教室に足を向けた。

 

 

 1時限目は各々の自己紹介に費やされることとなった。まず担任から始まり、続いて出席番号順に名前、出身小学校、好きなもの、頑張りたいこと云々を発表する。弓川は最後だった。特に興味も湧かなかったので名前以外は聞き流し、大人しく自分の番を待った。

 いよいよ指名を受けると、返事をして立ち上がった。

 最後のクラスメイトは、どんな人なんだろう?

 そんな視線を一身に受けて、弓川は少しうんざりする。

 

「……弓川一矢です。人並みの人生を送れるように、頑張ろうと思います。1年間よろしく」

 

 弓川は、それだけ言って腰を下ろした。ふいに教室を見回すと、さきほどまでの和気あいあいとした空気はどこへやら、何とも言えない雰囲気が漂っていた。担任がフォローに入ったおかげでその場はとりなされ、クラスメイトたちもあまり深く考えないようにした。

 その後も2時限目、3時限目と消化していき、昼休憩の時間になった。

 修應中には購買部がある。クラスのほとんどの生徒がそこへ走るなか、弓川は持参した弁当を鞄から引っ張り出し、包みを広げた。

 慌ただしい一日だった――。弓川の口から、ため息がこぼれた。

 ようやく落ち着いた時間を過ごせる。そう思って弁当箱の蓋を開けようとしたとき、目の前に人影が現れた。

 

「なあ。一緒に食ってもいいか?」

 

 弓川は顔を上げる。こいつはたしか、と記憶のページをめくる。

 少年――犬巻力(イヌマキリキ)は、右手の弁当箱を持ち上げてみせた。他のやつと食えばいいだろ、と弓川は言いかけたが、教室に残った数名は既にグループを作っていたことが分かると、そうは言えなくなった。しぶしぶ頷くと、犬巻は嬉しそうに椅子を引っ張ってきて、弓川の前に座った。

 面倒だと思いつつ、弓川は黙々と箸を口に運ぶ。

 

「あんな自己紹介するやつ、初めて見たよ」

 

 犬巻は笑って言った。

 

「ま、人並みに生きるってのもそーとー大変だと思うぜ」

 

 お前が言うとまったく大変そうに聞こえない、と弓川は思う。

 

「弓川ってどこ小出身?」

 

 犬巻は唐突に聞いた。

 

「……知ってどうすんだ」

 

 弓川は一定のリズムで箸を口に運ぶ。

 

「別に。気になっただけ。それでさ――」

 

 その後、犬巻は様々な質問を弓川に投げ掛けた。しかし、ひらりひらりと躱され続けたため、彼は口を尖らせた。

 諦めた犬巻はしばらく黙りこんでいたが、あることを思い出した。

 

「そういえば弓川って……たしか神嶋(カシマ)ユナイテッドFC(フットボールクラブ)ジュニアのキャプテンだったよな?」

 

 それを聞いた弓川は、ふいに箸を止めた。

 フラッシュバック。去年の初夏。液晶テレビに映し出された、受け入れ難い事実を目の当たりにした弓川は病室で、独り慟哭した。

 

――神嶋ユナイテッドジュニア、決勝戦にて敗れ10連覇を逃す……。

 

 つきん、と右膝が軋む。手をやると、制服越しにもうひとつ別の感触がある。

 身が引き裂かれるようだった。今となっては、腹の底からとめどない怒りと無力感がふつふつと湧いてくる。

 もうサッカーは捨てたのに。

 スパイクを脱ぎ、二度と履くことはなかった。サッカーに関わるものも、全て処分した。それでもなお、この記憶だけは忘れられなかった。

 

「俺、そのときは野球やってたんだけどさ。友達に連れられて初めて試合を見に行ったら……はちゃめちゃに強くてワクワクしたんだよ」

 

 犬巻は目を輝かせ、うんうんと頷いた。そんな彼をよそに弓川は、苦々しい顔をしている。

 

「……人違いだよ。あんな負け犬と一緒にしないでくれ」

 

 依然として無表情の弓川から、ただならぬ空気を感じ取った犬巻は首を縮め、小さな声で謝った。それからというもの、チャイムが鳴るまで二人の間に会話が生まれることはなかった。

 

(そう、俺は負け犬だ――)

 

 

 この日のスケジュールの最後となる4時限目は、2、3年生による部活動紹介だった。

 部活動は野球、バスケットボール、陸上競技といったメジャーなものは言うに及ばず、弓道やフェンシング、登山部といった、中学校では見かけることの少ないものまで幅広い。なかには、県大会優勝や関東大会出場をウリにしている部もある。が、いずれも片手で数えられるほどの回数しかない上に、「運良く」勝ち進んだようなものだったので、強豪と呼ぶには至らない。

 文化部には、美術部、文芸部、漫画研究部、そしてこれまた珍しい茶道部と華道部が名を連ねている。

 新入生は体育館に移動すると、部活動の一覧やPRなどが書かれた冊子を受け取り、部活動に所属するにあたってのあれこれについて説明を受けた。その後、各部員たちによる紹介が始まった。

 部活動紹介と銘打っているものの、蓋を開けてみれば、出来の悪いコント大会を延々と見せられているようだ――と、弓川は辟易した。ちらほら笑いが起きてはいたが、笑いに造詣が深くない弓川でさえ、面白いとは微塵も思えなかった。微妙に尺が長いことも相まって、つまらなさを助長していた。

 何にせよ、弓川は運動部に所属するつもりなど毛頭ないので、冊子の文化部のページをそれとなく読んでいた。

 

「次に、サッカー部のみなさん。お願いします」

 

 アナウンスが流れると、淡い緑の髪の少年を先頭に、数名が続いて登壇した。

 弓川は、目線だけをちらとステージに移した。線が細く、眉は八の字に垂れている。目も泳ぎ、見るからに気の弱いその少年は、青いユニフォームを纏い、左腕に腕章を――キャプテンマークを巻いていた。

 あれがサッカー部のキャプテン? それに部員は11人にも満たない。

 弓川は、鼻で笑った。

 

「……こ、こんにちは。修應中サッカー部、です」

 

 マイク越しでも声はか細く、露骨に震えていた。1年生たちはざわつき始めるが、それからもキャプテンはぼそぼそと喋り続けた。そんな彼に業を煮やしたか、ステージに向かって右に立っていた上背の少女が亜麻色の髪を揺らし、頼りなげな背中に向けていきなり腕をフルスイング。鞭で打ち据えたような甲高い音と、短い悲鳴が体育館に谺した。

 一瞬、水を打ったように静かになり、遅れて笑いが起こるなか、弓川は見るのも恥ずかしくて顔を手で覆った。

 

(ショウ)っ! なにビビってんだよ! もう3年めだろ!」

 

 うずくまって悶絶するキャプテンの目には、その痛みの程度を象徴するものが浮かんでいた。

 

「だ、だからって、背中にビンタはないだろ……。しかも全校生徒の前で……」

 

「いいリアクションだ若園(ワカゾノ)ーっ!」

 

 さきほど背中をビンタされたキャプテンに。

 

姉久保(アネクボ)とは相変わらず良いコンビだなーっ」

 

 さきほど背中をビンタした少女に、それぞれ声が掛けられた。

 ジャージを着た中年の男教師が場を鎮めるために怒鳴ったものの、なかなか笑いは収まらなかった。去年も同じようなことがあったのだろうと容易に推測できた。弓川の眉間に皺が寄る。舌打ちすると、再び目線を冊子に落とし、時間が過ぎるのを待った。

 ステージでは、小柄な少年がよろよろと立ち上がる若園を支えていた。

 

「……サッカー部は、本当にピンチなんです」

 

 自分でも分からなかった。弓川は、いつの間にかステージに立つ若園に注目していた。体育館中に響く笑い声に掻き消されそうなその声が――若園の悲痛な叫びが、弓川の耳には届いていた。

 

「初心者でも、経験者でも……と、とにかく誰でもいいので、サッカー部への入部をお願いします!」

 

 

「ただいま」

 

 玄関を開けると、台所からパタパタと早歩きしてくる音が聞こえてきた。出迎えたのは、弓川の母――紗矢子(サヤコ)だ。

 式台に腰を下ろし、靴を脱ぐ弓川の頭上から彼女の声が降ってくる。

 

「おかえり。学校はどうだった?」

 

 少し疲れ気味だが、声の調子は明るかった。

 

「どうも何も……」

 

 弓川は素っ気なく返した。

 すると、紗矢子はため息をひとつ吐き、息子の頭をわしゃわしゃと撫で始めた。これは昔からの、彼女なりのスキンシップだった。

 

「な、なんだよ、急に」

 

「どうも何も、じゃないでしょ。友達は出来たの?」

 

 なぜか犬巻の顔が浮かんだ。弓川はすぐに振り払って、母に向き直る。

 

「友達なんて、いなくたって生きていける」

 

 紗矢子の腕をどけると、廊下を進んだ。

「着替えてくる」 と弓川。

 突き当たりの階段に足を掛けたのと同時に、紗矢子の声が肩越しに飛んでくる。

 

「サッカー部には……入らないの?」

 

 弓川の脚が止まった。母の声もまた、あの若園のように悲痛であった。

 二人の間に沈黙が満ちる。

 

「……言っただろ。もう、サッカーはやらないって決めてんだ」

 

 そう言って弓川は2階に上がっていった。

 残された紗矢子は、見えなくなった息子の背中を、しばらく追いかけていた。

 

 

 弓川は、茨城県東部に位置する神嶋市で生を受けた。

 この神嶋市は、茨城県に初めてサッカーが持ち込まれた街であり、それに際して創られたのが神嶋蹴球同好会(カシマシュウキュウドウコウカイ)――後の神嶋ユナイテッドである――だった。以降、神嶋市はサッカーと共に発展していくと同時に、茨城県におけるサッカーの総本山にもなった、という歴史がある。

 そんな《サッカーの街》に生まれた弓川は、やはりというべきか、生まれたときから遊び相手はボールだった。片時もボールを離さず、取り上げられようものなら大泣きして抵抗した。成長すると、同年代の子どもたちを大勢誘って近所の公園に行き、一緒にボールを蹴って毎日を過ごした。

 当時の弓川は、サッカーのルールなどまるで知らなかった。それでも、ボールを蹴ること、仲間と一つの目標に向かうことの楽しさを、幼心に感じていた。

 ある日のこと。両親の都合が合ったので、一家は試合観戦に行くことになった。会場は神嶋スタジアム。対戦カードは、神嶋ユナイテッド対欧州の某ビッグクラブという、世紀の一戦。

 この試合は親善試合だったが、生の観戦が初めての弓川にとっては些細なことだった。

 そして、この試合を観戦した弓川は、雷に打たれたような衝撃を受けた。

 情熱、エネルギー、闘志、勇気、夢。

 ピッチで戦う選手たちだけでなく、指示を飛ばす監督、ベンチで出番を待つ仲間たち、そしてスタンドを埋め尽くす無数の観客が生み出すそれらが、幼い弓川に大きく作用した。

 そして弓川は決意した。

 

――俺は世界一のサッカー選手になる……!




 ご無沙汰しております。私はこの度、読者の方々からアドバイス、応援をいただき、拙作「イナズマイレブン――New Generation――」の登場人物や展開等に修正を加えた再構想版を執筆することになりました。ほとんど一からの書き直しとなるため、更新に時間がかかるかと思います。ですが、読者の皆さま方におかれましては、ご理解をお願いいたします。
多くの方にご愛読いただけるよう精進してまいりますので、今後とも宜しくお願いします。
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