イナズマイレブン外伝――New Generation――(再構想版)   作:slimy

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第2話 勧誘の嵐

 一夜明けても、弓川の気分は晴れなかった。

 

――サッカー部には……入らないの……?

 

 サッカー、サッカー。

 怒りが渦を巻き、肥大化していく。

 

(俺は間違ってない。ああするしかなかったんだ)

 

 サッカーを捨てる決断を下したその時から、何度もそう言い聞かせてきた。十二分に納得した。そのはずなのに、気持ちがせめぎあっていた。

 

(あのサッカー部がどうなろうが、俺には関係ねえんだ……!)

 

 

「……い、おい」

 

 肩を叩かれ、弓川は我に返った。振り返ると、犬巻が深刻そうな面持ちで立っていた。続いて教室を満たす食べ物の匂いが鼻をつき、昼休みに入っていることを理解した。

 ズキズキと痛む頭に手を添えながら、弓川は弁当と水の入ったボトルを取り出す。

 

「まだ2日目なのに顔色悪いぞ。大丈夫か?」

 

 弓川はボトルのキャップを捻ると、中身を一気に喉へ流し込んだ。

 

「……気遣い、どうも」

 

 弓川が一息つくと、犬巻は椅子を引っ張ってきて横に座り、弁当を食べ始めた。

 

「おい、待て。一緒に飯を食う仲になった覚えはねえぞ」

 

「俺は心配してんだよ。急にぶっ倒れたらどうすんだ? 誰か近くに居たほうが良いだろ?」

 

 つき、と右脚が痛む。

 神嶋ユナイテッドのチームメイト、監督、コーチ陣、サポーター、家族。支えてくれる者は大勢いた。しかし、自らそれを拒んだ。愚かな選択をしたのは、他の誰でもない自分だということを、弓川は分かっている。その選択が招いた結果も。

 彼は椅子の背もたれに体を預け、教室の天井を仰いだ。

 

「ぐったりしてるところ悪いけど」

 

 犬巻はそう断ってから話を振った。

 

「部活何にするか決めたか?」

 

 腹の虫が鳴いた。

 弓川は姿勢を戻すと、無言で箸を動かした。

 

「ちなみに俺は野球部にしようって決めてるんだけど、どうかな」

 

「知るか。勝手にしろ」

 

 求められたので応じたものの、果てしない苛立ちから言葉を返すのも億劫だった。

 

「でも、他の部も気になるよなあ」

 

 犬巻は首をひねり、唸った。とうとう弓川はだんまりを決め込むことにした。

 そんなことはお構い無しに、犬巻は話し続ける。

 

「弓川。明日から部活見学が始まるだろ? 付き合ってくれよ!」

 

「断る」

 

 弓川は食い気味に答えた。

 

 

 翌日。

 6時限目が終わると、弓川は雑踏に紛れて足早に駐輪場へ向かった。到着するなり、辺りを見回して犬巻がいないことを確認する。

 犬巻は落胆していたが、付き合う義理も、道理もない。

 弓川は、帰って課題を片付け、眠りたい一心で荷物をまとめる。しかし、あるはずのものが無いことに気づいた。自転車の荷台に荷物をくくりつけるためのゴム紐だ。どこかに落としたのかと思い探し回っていると、背中に人の気配を感じた。弓川はそれが誰か理解し、大きなため息をついた。

 

「分かったよ! 付いて行きゃいンだろ!?」

 

 弓川がそう言って振り向いた先には、犬巻が笑顔で立っていた。その手には、(くだん)の紐が握られていた。

 かくして、弓川は犬巻の部活見学に付き合うことと相成った。

 ちなみに、弓川は文芸部に入ろうと決めている。「いかにも」といった部員が顔を揃えているのは少し気に食わなかったが、運動部に入るよりはマシだと思うことにしていた。

 始めに二人が訪れたのは、犬巻の第一候補である野球部。強豪というわけではないが、ある程度の成績は収めている。程よい強度の練習と、和気あいあいとした空気が相まって、部員たちの表情は健やかだった。

 

「少年団を思い出すなあ」

 

 ネットの裏で並んでいると、犬巻は懐かしそうに言った。それを聞いた野球部員が食いつき、二人で野球談義に花を咲かせた。

 

「君は野球の経験は?」

 

 蚊帳の外に居た弓川は、話を振られるとは思わず、ぼーっとグラウンドを眺めていた。犬巻に肘で突かれて気がつき、

 

「野球はやったことあるのか、って」

 

 と教えられた。

 

「ああ、いや……一度も」

 

 そう答えた弓川は、野球談義が長引くのを嫌い、礼を言うと犬巻を連れてグラウンドを出た。

 

「なんだよー、盛り上がってたのに」

 

 犬巻は不満を漏らした。

 

「俺は仕方なくてめーに付き合ってやってんだぞ! 分かってんのか!?」

 

 そうして二人が言い争っていると、

 

「そこの。次はどこへ行こうか迷っているようだな?」

 

 快活な声が割って入ってきた。弓川は、がなり立てるのを止めるとそちらへ振り向いた。

 

「ならば、是非サッカー部へ来てくれ!」

 

 ずい、と弓川の目の前に差し出されたものは、勧誘チラシだった。それを手で除けると、紙の束を小脇に抱えた少年が、どこから湧いてきているのか分からない自信を惜し気もなく前面に押し出して立っていた。

 きりっと引き締まった顔立ち。欠かさず手入れされているであろう艶のある黒髪。青いユニフォームから伸びる、無駄を削いだ刀のようにしなやかで強靭な手足。絵に描いたような美少年である。

 が、彼の出で立ちを認めた弓川は、違和感を覚え、ふと犬巻を見た。彼の視線に気付いた大きな瞳が、弓川を見上げる。

 そして向き直る。依然、自信に満ちて光る瞳が、弓川を見上げる。

 小さい――。

 

「バカっ。失礼だろっ」

 

 犬巻が弓川をどついた。口をついて出ていたらしかった。

 

「……って。てめーも同じことを思ってたんじゃねーかッ」

 

 気付いた弓川は、どつき返した。

 横目に美少年を見やると、分かりやすく落ち込んでいた。彼のなかにある触れられたくないところに、渾身のストレートを食らわせてしまったのだった。

 

「……ま、まあ、とにかく。仲が良くて結構!」

 

 そう言うと、美少年は気持ちを切り替えるように高らかに笑った。クリーンヒットをもらいながらも立ち上がったそのメンタリティに、弓川はほんの少し感心した。

 

「俺はサッカー部3年、岐山彫介(ギヤマチョウスケ)。――そして人は俺を、《ガラスの貴公子》とも呼ぶ!」

 

「へーっ! かっこいいですねっ!」

 

 犬巻が目を輝かせる。すると岐山の顔が、分かりやすく明るくなっていった。

 

「そうだろう、そうだろう」

 

 岐山が大きく頷く。

 

「ところでお前たち。サッカーに興味はあるか?」

 

「はい、ありま――」

 

「ありません」

 

 弓川は、犬巻に最後まで言わせなかった。

 

「他をあたってください。それじゃ」

 

 そう言うと、弓川は犬巻の制服の後ろ襟を掴み、無理矢理引き摺っていった。

 残された岐山は、ぽかんと口を開けたまま、小さくなっていく二人の背中を見ていた。

 

 

 続いて二人がやってきたのは体育館。ここでは、バスケットボール部とバレーボール部が分割して練習に使用していた。

 小刻みのスキール音が反響するなかで、弓川と犬巻は黙って練習を見学していた。しかし、二人の間に流れる沈黙に嫌気が差した犬巻が、口を開く。

 

「……どうしてそんなにサッカーが嫌いなのさ」

 

 弓川は腕を組み、堅く口を閉ざしたままだった。犬巻もそれ以上の詮索はしなかった。

 しばらくそうしていると、二人の体に大きな影が落ちた。何事かと振り返ると、青い壁が目の前に聳えていた。

 

「やあ。新入生、だよね?」

 

 二人の頭上から声が降ってきた。見上げると、色黒の坊主頭が申し訳なさそうに微笑んでみせた。

 

「お、驚かせてごめん。僕、サッカー部3年の桐葉塊丸(キリハカイマル)っていうんだ」

 

 中学生離れした巨体からは想像もつかないほどの、物腰の柔らかな雰囲気があった。さっきの小さな貴公子と、どちらがその称号にふさわしいだろうかと弓川は思う。

 

「ねえ、ふたりとも。サッカーに興味は……」

 

 桐葉は何かに気付いたらしく、そこで言葉を切った。

 

「き、君。もしかして」

 

「人違いです」

 

 弓川はうんざりしながら、即答した。

 

「さっきもあんたのとこのが来ましたけど、サッカー部に入るつもりは微塵もありません」

 

 そう言って体育館を出ようとすると、桐葉が弓川の進路に入った。

 

「そ、そうだったんだ。でも、そう言わずにさ。せめて見に来るだけでも――」

 

 弓川は舌打ちすると、桐葉をぎろりと睨み上げた。

 

「興味ねえって言ってるだろ」

 

 桐葉が、びくっと肩を震わせた。

 この大男を迂回するのも面倒に感じて、弓川は押し通ることにした。勝てる見込みは少ないが、肩を当てて退けることにした。半身に構え、桐葉に向かう。

 触れるか否か、弓川は力を込めた。しかし彼は分厚い肉の壁ではなく、空を押した。

 たたらを踏んだ弓川は、体勢を立て直し顔を上げた。

 

(……なんだ?)

 

 弓川の肩が当たる瞬間、後退りしたであろう桐葉の顔が、青くなっていた。

 が、特に気に掛けず、犬巻を残して体育館を去った。

 

 

 駐輪場に着き、自転車のハンドルに手を掛けた弓川は、ため息をついた。

 今度こそ犬巻はいない。追ってくる様子もない。

 ようやく帰れる。そう思い、自転車を押して校門に向かった。

 その時、強風が砂埃を舞い上げ、弓川の目に浴びせかけた。弓川は反射的に目を閉じて抵抗した。

 

(これだから春は嫌いだ)

 

 しょうがないとは分かっていても、腹が立った。

 目を擦って、再び開けると、霞んだ世界の中で何かが前を過った。

 

(今のは……人か?)

 

 弓川はスタンドを下ろし、後を追った。

 そこには、派手にひっくり返った小柄な少女――犬巻や岐山よりも一回り小さい――がいた。辺りには紙が散らかっており、弓川はおもむろに拾い上げてみた。

 

(……またサッカー部か)

 

 紙を手放して(きびす)を返すと、

 

「ちょ、ちょっと待ってほしいにょよー」

 

 少女の、舌足らずで気の抜けた声が、弓川の背を捕らえた。

 

「チラシを集めりゅのを、手伝ってほしいにょよー」

 

 むっくりと起き上がった少女は、ずれた眼鏡を直すと、両腕を振って協力を求めた。

 

「急いでるんで」

 

 と喉元まで込み上げてきたが、それを飲み込む。弓川は頭を掻くと、チラシを一枚一枚拾い集めていった。

 

(お人好しだな、俺は)

 

 そうして少女と協力し、黙々とチラシを集めること数分。チラシの山が、無事に少女の手に戻った。

 

「ありがとーございましゅ!」

 

 少女は小さな体を二つに折ってお辞儀をした。

 

「じゃあ、俺は帰るんで」

 

「あーっ! 待って、待って!」

 

 再び呼び止められ、弓川は振り返った。

 

「……まだ何か?」

 

「君、弓川一矢くんでしょ!? 元神嶋ユナイテッドジュニアにょ!」

 

 またこれだ。

 弓川の堪忍袋の緒は、切れかかっていた。

 

「俺は――」

 

 そこで弓川は、突然、ものすごい勢いで引っ張られた――と思う間もなく、地面に顔から突っ込んでいた。鋭い痛みが走る。何が起きたのかを、瞬時には理解出来なかった。

 

「ああっ! ご、ごめんにゃしゃいっ!」

 

 うめき声を上げながら体を起こす弓川は、(あたま)を振った。

 

「い、いきなり何を……」

 

 起き上がりざまに弓川は少女を睨んだが、臆することなく制服の袖を掴んできた。

 

「サッカー部に! 来て! にゃのよーっ!」

 

 

 弓川の抵抗も虚しく、小学生かと見紛う華奢な少女に力負けし、サッカー部室前に連れてこられた。

 サッカー部室とそこに隣接するピッチは、修應中敷地内の端にひっそりと設置されている。

 ピッチはハードグラウンドが一面だけ。部室はというと、掘っ建て小屋そのものだった。サッカー部の現状を物語るような、あまりにも惨めな姿に弓川は絶句した。ピッチがあるだけまだマシかと思うことにしなければ、倒れそうになった。

 

「あれ、綿雲(ワタグモ)先輩。1年生連れてきたんだ」

 

 そこへ、後ろで纏めた黒髪を揺らしながら、ピッチから一人の少女がやってきた。ユニフォームも、ソックスも、シューズも、全てが黒で統一されていた。その影響か、ルビーを埋め込んだような瞳がいっそう際立つ。

 

「そーなにょよ、おつるちゃん!」

 

 ひときわ小柄な綿雲えありのボリューミーな髪が、ふわふわと揺れた。

 

「あまり乗り気じゃなさそうだけどね」

 

 そういうと黒ずくめの少女――奈落馬阿鶴(ナラクバオツル)は、品定めするように弓川の顔を眺めた。

 

「……ま、せっかく来たんなら見ていくといーよー。つまんないだろーけど」

 

 それだけ言って奈落馬は踵を返すと、ひらひらと手を振ってピッチに戻っていった。

 入れ替わるように、向こうから青いユニフォームの少年がげんなりした様子で歩いてきた。

 

(あいつは……)

 

 若園とかいうやつだ。

 

「翔くーんっ! 新入部員が来てくれたにょよーっ!」

 

 綿雲は、とてとてと走り始めた。

 

「……おい! ちょっと待てッ! サッカー部に入るなんて一言も言ってねえぞッ」

 

 弓川が慌てて後を追った。

 綿雲の明るい声を耳にした若園は、信じられないと言いたげな顔になった。

 

「ほ、ホントか綿雲!?」

 

「ホントにゃにょよー!」

 

 綿雲が若園の周りを跳ね回る。追い付いた弓川と、若園の視線がぶつかった。

 

「お前が、ウチに入ってくれるのか!?」

 

 弓川は息を整え、言う。

 

「――入らねえよ」




 お待たせしました。誤字脱字、間違った表現等があればお知らせください。

3月6日追記
岐山彫介の「彫」の字が間違っていたので修正しました。失礼いたしました。
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