イナズマイレブン外伝――New Generation――(再構想版) 作:slimy
「わ、綿雲! 話が違うじゃないか!」
「ホントにゃにょよーっ!」
わあわあ言い争う二人を前にした弓川は、何だか馬鹿らしくなってきた。
「それにこの子は、弓川一矢にゃにょよーっ!」
若園の顔色が変わる。おそるおそる弓川に歩み寄り、まじまじと眺めた。
「……ほ、本当、なのか?」
「ホントもホントにゃにょよーっ! その目つき、体つき、正真正銘にょ弓川一矢にゃにょよーっ!」
体つきはまだ分かるが、その目つきとはどういう意味だ、と弓川は眉をひそめた。
くだらない嘘をつくのも面倒になったので、弓川は観念して喋ることにした。
「……ああ、そうだよ。俺は弓川一矢だ。神嶋ユナイテッドジュニアの、惨めな元キャプテンさ」
言い終わると、弓川は自嘲するように小さく笑った。
若園は綿雲と顔を見合わせると、突然膝をついた。
「た、頼む! 弓川! どうかサッカー部に入って……一緒に
40年以上の歴史を誇るこの大会で優勝することは、たいへんな栄誉であり、日本全国のサッカー少年、少女たちの夢でもある。
「断るッ」
「ええ!?」
弓川は、はっきりと言ってのけた。
「サッカーは二度とやらないと決めてんだ。だいたい、助ける義理はねえだろうが」
「そ、そんな殺生な……」
「若園だったか。3年生だよな」
弓川の問いに、若園は頷く。
「他の連中にも言っておけよ。今年は諦めて、来年に懸けろってな」
弓川が吐き捨てるように言うと、若園は跪いたままがっくりと項垂れてしまった。
その姿に、弓川の良心が少し痛んだ。
「……駄目なんだ」
「あ?」
若園の声は震えていた。滴が落ちて、地面に小さなしみをつくった。
「来年じゃ……駄目なんだ」
顔を上げた若園は目を真っ赤に腫らしていて、弓川は思わずぎょっとした。
綿雲が、若園の背中に小さな手を添える。
「なんで、駄目なんだよ」
と、弓川。
「このサッカー部は……今年で廃部になるんだ」
若園は涙を拭い、一息ついてから語り始めた。
サッカー部は、修應中創立の翌年に設けられた。学校の発揚を目指したものだったが、試合にはとことん負け続け、チームは弱体化するばかりだった。
部の設立から3年。数十人はいた部員が最終的に2人にまで減少し、部の運営が出来なくなったため、廃部が決定。以来数十年間、サッカー部はその存在すら忘れられていた。
そして2年前。修應中に入学した若園の尽力で、サッカー部が復活。しかし何の因果か、実績を残せずに時間だけが過ぎていき、去年、理事長にこう言い渡された。
――来年、FFとやらに出場できなければ、そして優勝出来なければ、サッカー部の今後一切の活動を禁止する……。
そこまで聞いた弓川は、あまりに無情な決断に愕然とした。
「復活も、認められないのか……?」
若園は頷いた。
弓川は、ピッチの方に目線をやった。奈落馬を含めた4人が、ボールを蹴っている。
「……今、この部には何人いる」
「俺を含めた3年生が5人と、2年生が4人。いま、ピッチにいるのが2年生だ」
FFは地区予選、県大会を経て本戦に進む。出場には先発の11人に加え、ベンチメンバーは最低でも3人いなければならない、という規定があった。
現状、サッカー部は優勝以前の問題を抱えていた。
弓川は、若園が部活紹介で言っていた「ピンチ」とはこのことかと得心した。
「試合に出られなくても、優勝出来なくても、俺たち3年生は即引退……2年生は転部させられる。――俺たちが、修應中最後のサッカー部員なんだ」
最後の、サッカー部。
「……お、俺の知ったことじゃない」
「頼む! こんな形でサッカー部を終わらせたくない! みんなの居場所を、奪いたくないんだ!」
胸が締め付けられた。
まだ心のどこかに、サッカーをやりたい自分がいる。この頼り無げなキャプテンのように、仲間のために戦いたい自分がいる。
それでも――。
「俺は、やらない」
弓川は踵を返した。
「待ってくれっ!」
肩に置かれた若園の手を、振り払う。
立ち止まって、一呼吸置く。
「捨てたんだよ、何もかも……。俺はサッカーで、仲間を傷付けた」
弓川は、再び歩き出す。もう、誰も追っては来なかった。途中ですれ違った岐山と桐葉も、ただ弓川の背中を見つめるしか出来なかった。
☆
弓川の脳裏に蘇ったのは、病室でのことだ。
敗戦が伝えられた後、気取った評論家や戦術家たちが試合について語る特番が始まった。10連覇の掛かった試合で負けたということで、皮肉にも番組は盛り上がっていた。
弓川は聞きたくなくて、濡れた手を弱々しくリモコンに伸ばした。が――
――
手が止まり、涙も止まった。
神嶋ユナイテッドジュニアの点取り屋、
弓川の同級生であり、仲間であり、互いに認め合ったライバル。
その日、彼は離脱した弓川に代わってキャプテンマークを巻いた。
――火村くんは間違いなくエースではありますが、キャプテンの器ではなかったということです……。
――ここぞという場面で決めきれないのも問題で……。
違う。そんなはずはない。
絶えず流れてくる、戦友への不当な批評。テレビの向こうの大人たちは、なおも貶め続けた。
弓川は、ずっと近くで見てきた。だから知っている。こんな評価をされていい男ではないことを。
そして評論家たちは、極めつけに口を揃えて言った。
――弓川くんがいれば、また結果は変わっていたのでしょう……。
弓川のなかで、何かが切れた。以来、弓川はチームに戻らず、火村にも会わなかった。
チームの連覇を終わらせた人間が、どんな顔で戻れというのか。
仲間を傷付けた人間に、サッカーを続ける資格があるのか。
どこまでも自分が憎かった。許せなかった。
そして分かっていた。納得できないことを。
(だけど、いまさら俺がサッカーなんて……)
校門を出て数十メートルのところで、制服のポケットに入れていたスマートフォンが振動した。取り出してみると、それは着信を知らせるものだった。
画面に表示されている名前が目に入り、弓川はどきりとした。
(火村……!)
連絡先を消そうと思いながらも、未練がましく消せずにいたが、
応じるべきか、否か。
迷う弓川をよそに、端末は震え続ける。
俺を待っている――。
弓川は、おそるおそる「応答」を意味する緑のボタンをタップし、耳にあてがった。
「……もしもし」
「よう。久しぶり」
どことなく機嫌の悪そうな声が返ってきた。
無理もない。弓川は項垂れた。
「……え、と。学校はどこに通ってるんだ?」
気まずい空気が端末越しに流れるが、弓川はなんとか会話を繋ごうとした。
「神嶋学院だよ」
神嶋学院中学校は、県下最強と謳われるサッカー強豪校であり、前年のFF準優勝校でもある。優秀な選手を毎年のように輩出していることでも知られており、サッカー部出身の卒業生はそのほとんどが高校生のうちにプロクラブと契約を結んでいる。
また、過去には影山零二率いる帝国学園に真っ向から対立し、卑劣な妨害に苦しめられながらも激しく抵抗してきたという歴史があるが、現在では両者の関係も修復されている。
そして神嶋学院は、全国でもトップレベルのサッカーを繰り広げながらも、FFで優勝杯を掲げられずにいた。そのため、「勝てない強豪」としても有名だった。
「そう、なのか。……相変わらず凄いな、火村は」
「ああ」
抑揚のない短い返事が来た後には、何もなかった。
どうすればいい。
弓川はあれこれ考え、終着点を見出だす。
「……すまねえ」
沈黙が返ってくる。
弓川は、胸の内を吐露した。
ずっと謝りたかったこと。それでも合わせる顔がなかったこと。
火村は、黙って聞いていた。
「本当に……すまなかった」
端末の向こうから、ため息が聞こえた。
「……試合前に自滅してチームを混乱させた上に、何も言わねーでサッカー辞めて、神嶋からも出ていくなんてさ」
弓川には、返す言葉もなかった。
「お前がそこまで女々しいやつだとは思わなかったよ」
軽蔑されても仕方がない。それだけのことをしたのだ。
「……ま、俺にいじめのシュミはねーから、これぐらいにしといてやるけどよ。お前、後悔してんだろ」
「ああ……」
「だったら、もう一度サッカーをやれよ。それが筋ってもんじゃねーのか?」
もう一度サッカーを――。火村からそんな言葉を投げ掛けられるとは、予想だにしなかった。
「お前言ってただろ? 息が止まっても走り続ける、世界一のサッカー選手になっても走り続ける――てさ」
「で、でも俺は」
「……正直な話」
火村の声のトーンが変わった。
「俺も辞めようと思った」
「え……」
「知ってんだよ。俺に対する評価が悪かったのは」
火村の力の無い笑いが届く。
「だけど……そのまま終わるなんて、悔しすぎるじゃねーかよ」
「……」
「俺は卒業までクラブに残った。そして、神嶋学院でサッカーを続けることにした。あの日の俺を超えるために――お前を超えるために。それが、俺の進むべき道だ」
強い決意が、ひしひしと伝わってくる。
(それに比べ、俺は……)
ひどく情けなく思えた。しかし、情けないまま終わりたくないという想いが、後悔したくないという想いが、腹の底から湧き上がってきた。
「弓川。本当にサッカーを捨てちまったのか? 俺の知ってるライバルは、そんな腰抜け野郎じゃねーぞ!」
端末を握る手に力がこもる。火村はこういう男なのだということを、今になって思い知らされる。
「――そうだな。ありがとう、火村」
「へへ。そうでなくちゃあよ。じゃ、またな」
弓川は、ああ、と返す。彼の瞳には強い決意が宿り、闘志の炎が再び揺らめいていた。
「あ、最後に」
思い出したように、火村が続ける。
「実は俺も、お前に謝りたかった。お前を頼りすぎたことも、決勝に出られなかったお前に、優勝を届けられなかったことも……」
「そう、か」
「怖かったんだ。お前からサッカーを奪ったんじゃないかって、ずっと心に引っ掛かってて……」
「……大丈夫だ、火村。俺はお前を憎んでなんかいない。俺はお前のライバルで、仲間じゃねえか」
弓川は言った。端末の向こうで、火村が鼻をすすり、笑った。
「……応! それじゃ、またピッチの上で会おうぜ!」
☆
全速力で戻る。二度と後悔しないために。風のように校門を抜け、道を曲がり、サッカー部のもとへ。
部室前に差し掛かると、スピードに乗ったまま自転車を飛び降りた。乗り手を失った自転車が、音を立ててすっ飛んでいった。壊れたかもしれない。弓川はそんなことは気にしなかった。
他の部員は帰したらしく、若園がピッチに立ち尽くしていた。
とにかく弓川は、飛び込むようにしてピッチに入った。
「若園ッ!」
声に気付いた若園は振り返ると、慌てて弓川に駆け寄った。
弓川は立ち上がると、呼吸を整え、若園の目をしっかり見据えた。
「俺は、サッカー部に入る!」
弓川は、高らかに宣言した。
きょとんとしていた若園だったが、みるみるうちに喜びの色で顔を染め上げ、また涙を流した。
「あ、ありがとう、弓川!」
「――ついでに、俺もサッカー部に入ります!」
聞き覚えのある声だった。弓川は振り向いた。
「い、犬巻!? お前、野球部にするとか言ってたんじゃ……」
「入るとは言ってないぜ。ただの第一希望だよ。それに、お前といると面白そうだからな!」
弓川は苦笑いした。
そして、ずっと胸につかえていたものが解れていく、清々しさを感じていた。
☆
家に着くと、父・
入浴を済ませ、久しぶりに3人で食卓を囲んだ。
「話があるんだ」
夕食後、弓川はそう切り出した。
「俺……もう一度、サッカーをやるよ」
紗矢子と晋矢は顔を見合わせ、微笑み、深く頷いた。
「その言葉が聞けて、嬉しいわ」
「ずっと待っていたよ」
すると父は、ある物を持ってきた。
「父さん、それは……!」
「いつか必要になると思って、買っておいたんだ。一矢のために」
それは、サイズこそ違えど、かつて弓川が使用していたものと同じモデルのシューズだった。
懐かしさと共に、二人の深い愛に涙が溢れた。
「ありがとう……父さん、母さん……っ」
「一矢。何があっても、自分を信じて最後までやり遂げなさい。私たちも、あなたを信じるわ」
父と母は、息子の肩を抱き寄せた。二人の体温が、いつまでも心強かった。
☆
明くる日、弓川と犬巻は入部届を提出。手続きを終え、修應サッカー部員となった。
その日の放課後、二人は部室前にやって来た。
「楽しみだな、弓川!」
「……お前が能天気すぎて、心配になるよ」
そう。このサッカー部には、野放しにできない問題があるのだ。
FFで優勝出来なければ――そもそも予選に出場出来なければ、サッカー部は無くなってしまう。部員も、まだ足りない。
前途は多難。しかし、弓川はもう目を背けない。もう逃げない。
部室で、若園たちが待っている。
改めて決意を固めた弓川は、部室のドアに手を掛けた。
「お願いしァす!!」
進むべき道は、見えている。
誤字脱字等あればお声掛けください。
6月19日追記
一部修正。