イナズマイレブン外伝――New Generation――(再構想版) 作:slimy
昼休みに入ると、弓川と犬巻は姉久保に誘われて屋上に向かった。そこにはサッカー部の面々が輪になっていた。部を立ち上げて以来、誰とはなしに集まって昼食をとるようになり、今に至るのだという。
ふたりが輪に混ざると、荒木がおもむろに小さな紙袋をそれぞれ差し出した。
「……入部祝い」
ふたりはきょとんとした。
「受け取りなさい」
荒木の声の調子と目付きがいっそう鋭くなったので、ふたりは慌てて紙袋を受け取って礼を言う。そして家に帰ってから開けるように、と念を押される。昨日の態度といい、つくづく不思議なひとだと思わされる。
それからは各々弁当をつつき、談笑を交わす和気あいあいとした時間が流れる。すると、桐葉が思い出したように手を叩き、大きな――しかし彼が持つといくぶん小さく見える――タッパーを取り出した。それを見た姉久保は待ってましたとばかりに飛び付いた。
蓋を開けると、味噌の甘辛いにおいが立ち上る。詰められていたのは、綺麗なあめ色に染まった豚バラと大根。それらを姉久保が次々と口へ放り込み、恍惚の表情を浮かべながら白米で追い込んだ。弓川と犬巻も、桐葉に勧められて箸を伸ばした。
口に入れると、肉と大根がほろほろと溶けた。コクのある味が口内を満たし、豊かな香りが鼻を抜けていく。姉久保が白米をかきこむのがよく分かった。
他の部員たちも舌鼓を打つ。
「めちゃ美味いですよ、桐葉先輩!」
犬巻は自分の弁当のおかずそっちのけで食べている。
「桐葉先輩のお母さん、料理上手すね」
何気なく言った弓川の言葉に、桐葉はもじもじと大きな体を揺すった。
「どうしたんすか?」
「実はこれ、僕が作ったんだ」
弓川と犬巻の箸がぴたりと止まった。ふたりは思わず桐葉を見上げた。
弓川は申し訳ないと思いながらも想像できなかった。中学生離れした巨漢が台所に立ち、包丁を握って繊細な仕事をこなしている姿が。
「桐葉くんの腕前はプロレベりゅにゃのよー!」
綿雲が囃し立てると、桐葉は顔を紅潮させ頬を掻いた。
(人は見かけによらずってやつか……ううむ)
心のうちで唸りながらも、箸が進む。
「昨日の帰り際、誰かと電話してたよな」
「ああ」
「それ、誰なんだ? ……あ、いや。答えたくなかったらいいんだ」
言いかけて、弓川は言葉を飲み下した。
火村からの電話。その内容を伝えれば、若園たちが混乱するのは目に見えていた。
――近いうちに、そっちと練習試合をしようと思う……。
しばし葛藤したのち、意を決して口を開いた。
「神嶋ユナイテッド時代の仲間だよ。今は神嶋学院にいる」
「へ、へえ。すごいな」
「近々うちに練習試合を申し込むつもりだと言ってた」
若園が麦茶を盛大に吹き出した。その向かいに座っていた弓川は、その飛沫をもろに浴びてしまった。一同が呆然とするなか、姉久保はげらげら笑い、若園の顔はみるみるうちに青白くなっていく。
「ごご、ごめん!」
「だ、大丈夫だ……。すぐに言わなかった俺が悪い」
弓川はハンカチを取り出して、飛び散った麦茶を拭った。
彼には懸念があった。チームを混乱させてしまうのではないか、もし試合を行って負けたら、完全に戦意を失ってしまうのではないか――という懸念である。
「そりぇにしても、相手が神嶋学院にゃんて……」
そうつぶやいた綿雲の声は、少し震えていた。呼応するように、部員たちは困惑と狼狽の色を顔に滲ませた。
「決まってもないのにオロオロしたってしょうがないでしょーに」
そのなかにあって奈落馬は卵焼きを咀嚼し、飲み込むと言葉を継いだ。
「それに……県内に敵なし、日本一を争えるチームがうちの相手なんかしてどうするってーのよ?」
吐き捨てられたその言葉に、誰も反論できなかった。
「弱いものいじめして喜ぶ悪趣味なチームじゃないだろうけどさ。……だいたい、そいつが戦いたいのって弓川とでしょ?」
弓川は目を伏せる。奈落馬の言葉は的を射ている、と確信したのだ。
火村が見ているのはこのサッカー部ではなく、弓川ただひとり。
「ま、私はどっちでもいいけどね。あんただけはハッキリさせときなよ、キャプテン。申し込まれてもいいようにさ」
岐山に肘でつつかれたことで、若園は意識を取り戻すと、うなだれて考え込んだ。
「こ、断ったほうがいい」
そこへ桐葉が声を上げた。
「奈落馬さんの言う通りだよ……。僕たちなんかじゃ到底相手にならない」
「桐葉……」
「もう勝とうとしなくていいじゃないか……」
弓川は、3年生たちの横顔を見つめていた。
☆
この日、部室へ最後にやって来たのは若園だった。なにやら深刻な問題を引っ提げているような顔をしている。傍らにはワイシャツを着た中年の男が、ノートパソコンを脇に抱え、うざったそうな面持ちで立っていた。
「綿雲先輩、あの人は?」
弓川は綿雲のそばに行き、なんとなく小声で問うた。犬巻も寄ってきた。
「顧問の山本先生にゃにょよ。部活にはめったに来にゃいんだけど……」
綿雲も小声で返した。彼女の言葉に弓川は眉をひそめる。
「ええと……揃ってる、かな?」
若園が口を開いたので、弓川は向き直った。キャプテンが薄暗い部室のなかを見渡し、それぞれの顔を認めると、おそるおそる続けた。
「みんなに報告があるんだ。その……」
歯切れの悪さに、弓川の胸のざわつきがいっそう強くなる。やがて、悪い予感は確信に変貌していった。
「神嶋学院から……正式に、練習試合の申し込みが来た」
不思議と、どよめきは起きなかった。ある者らは質の悪い冗談を言われたような表情で顔を見合せ、ある者はやれやれというふうに首を振り、ある者は頭を抱えて震えた。
「本当ですか?」
聞いた生天目の口元は、いつものように不自然な笑みをたたえている。
すると山本がパソコンを開き、画面を弓川たちに見せた。一同は一斉に身を乗り出す。そこには神嶋学院中学校サッカー部監督の名前とその連絡先、そして練習試合を申し込む旨が綴られたメールが表示されており、本文には先方が希望する日程と会場も記されていた。
日時、再来週の日曜日――およそ2週間後の、午前10時。
会場、修應中グラウンド。
「私は断るつもりだが、それで良いね?」
山本はそう言って、若園を見た。
「いや、あの……」
「――お願いします。断ってください」
弓川と若園は、同時に桐葉へ振り向いた。
「あ、あーしからも、お願いしましゅ……」
綿雲も続き、深く頭を下げる。
「おいおいおい。なに弱気になってんだよ、先輩!」
鹿乃村が飛び跳ねるように立ち上がった。桐葉と綿雲へ、いまにも掴みかかろうかという勢いだった。
「ただの練習試合じゃねーか! ビビることなんて――」
「ほんと馬鹿……」
荒木がぽつりとこぼした言葉に、鹿乃村は血相を変えて詰め寄った。
「てめー、もういっぺん言ってみろやァ!!」
「まあまあ、落ち着くですよ鹿乃村くん」
間に入った生天目は、相変わらず笑っていた。この状況を楽しんでいるような気さえして、弓川は不気味に思う。
「私たちじゃ手も足も出ないことぐらい、分かるでしょ」
鹿乃村は何も言い返せず、きつく歯を食い縛って唸った。彼の脳裏に、過去の敗北が蘇ったのだろう。
「若園……どーすんだよ?」
そう言って姉久保は、不安げに若園を見やる。若園は言葉に詰まり、ただ目を泳がせた。
岐山先輩は、と弓川は振り向いた。そこに、過剰なほどの自信をあらわにする岐山の姿はなかった。気まずそうな表情を浮かべ背を丸めているために、小柄な彼がさらに小さく見えた。
(……見たことがある)
神嶋ユナイテッドに入団したての頃のことだ。全国大会の県予選1回戦、対戦相手は格下のFC陽立。当時、彼らは5年近く白星をあげられずにいた。そんなチームとの試合をスタンドから観戦していた弓川は、彼らの表情を鮮明に覚えている。ピッチ上の選手たちだけでなく、ベンチや監督にいたるまで、みな諦めたような顔をしていた。結果として彼らは惨敗を喫した。わずかでも勝機を見出だそうとはせず、一方的に殴られて去っていったのである。
そして――あの夏の病室の窓に映った顔も諦めていた。逃げていた。
弓川の記憶と、目の前にいる若園たちが重なる。視線がぶつかったその時、弓川は眉宇を引き締めた。
「やるぞ」
若園は目を見開いた。
「む、無理だよ! 相手が悪すぎる!」
「だからなんだ?」
声を張った桐葉を射すくめると、弓川は言葉を継いでいく。
「そうやって目の前の勝負から逃げたら……自分から可能性を諦めちまったら、そこで終わるんだ。何もかも」
ひとつ間を置いて、続ける。
「俺たちがするべきことは決まってる。勝つんだ! どんな勝負も真っ向から立ち向かう! そして勝つ! 勝てたらいいな、なんて思うな! 勝たなきゃいけないんだ!!」
弓川は、息を切らしながら若園たちに、そして己に言葉を投げ掛ける。後悔してほしくないから。後悔したくないから。
「俺は信じてる! あんたらが弱いはずがないってことを! このチームで日本一になれるってことを!」
弓川には確信があった。彼らのプレーを見たわけでもない。それでも、信じるに足る何かを感じ取っていた。
若園は目を閉じ、唇を噛む。肩が震えていた。彼の中で葛藤が起きているのは、弓川にも分かっている。しかし、部を守るなら、仲間のことを想うなら――。
若園が拳を握りしめた。そして、山本へ向き直った。
「神嶋学院との練習試合……や、やります!」
☆
弓川は湯を張ったバスタブに体を沈め、天井を仰いだ。
(……火村は)
どれほど成長したのだろう。弓川がやさぐれていた間も、真摯にサッカーと向き合っていた。
ライバルであり、友であったからこそ分かる。火村のほうがサッカーを愛している。
(だけど、悔やんでいる暇はない)
火村に追いつき、そして超えねばならない。血を吐き、骨を折ってでも。弓川は、いっそう決意を固めた。
(そういえば……)
ふと、あることを思い出す。荒木から貰った紙袋だ。家に帰ってから開けるようにと、きつく言われた件の紙袋。
風呂から上がった弓川は髪を乾かし、部屋着に着替え、両親と夕食を済ませると、自室で紙袋を開封した。その中に入っていたのは、白い箱だった。不思議に思いつつ蓋を持ち上げると、口が狭く手のひらに収まるサイズの茶色の瓶、細い木の棒、そして折り畳まれた紙が収まっていた。瓶には液体が入っている。
弓川は紙を手に取って開いてみた。
「これはアロマ。瓶の蓋を開けて、スティックを挿しなさい。気分転換ぐらいにはなる」
紙面でもぶっきらぼうなのは相変わらずだった。とりあえず弓川は文章の通りにしてみた。
ほどなくして、静謐な森を思わせる爽やかな香りが部屋を満たした。ゆっくり、深く息を吸うと胸いっぱいに香りが広がる。
(おお……いいな、これ)
人生初のアロマを体験した弓川は、安らかな気持ちで床についた。
☆
翌日の昼、サッカー部は屋上に集まらなかった。その代わり、弓川と犬巻のクラスに若園がやって来た。空いている椅子を持ってきて座らせると、深く頭を下げてきた。
「決断する勇気をくれて、ありがとう」
しかしそう言った直後、頭を下げたまま深いため息を漏らした。
「……負けたらどうしよう……。それより、みんなはどう思ってるんだろう……」
「姉久保先輩たちと話してないのか」
若園は小さく頷いた。
「聞くのが怖くて……。それに、姉久保たちも迷ってるみたいだったからさ……。ああ、部室に誰も来なかったら……」
「大丈夫ですよ! みんなついてきてくれます。たぶん! それに、俺も練習試合やりたいんで!」
犬巻は、にかっ、と笑った。
「俺も負けたときのことを考えたよ。けど、そんなことに意味はないってあのとき思い出した。……若園。俺たちに本当に必要なのは、勝負から逃げないこと、そして勝つことだ。先輩たちだって、今のままじゃ駄目なことは分かってるに違いねえ」
弓川は付け加える。
「仲間と自分を信じろ。何があっても」
☆
弓川、犬巻、そして若園の3人は部室に向かう。職員室に部室の鍵が無かったことが気がかりだったが、とにかく目的地に歩を進めた。その道中も、若園はぼやいていた。
「先輩たちは必ず来る」
弓川はそう言い切ってみせた。
徐々に部室が近付くにつれて、若園の顔色は悪くなっていった。そしてとうとう、部室に到着。
「おい、死ぬなよ……」
「だ、大丈夫……大丈夫……」
ドアにかけた若園の手が震えている。弓川は深呼吸を促した。それに従った若園は、大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出した。落ち着いたか、と問うた弓川に対して若園は、こくこくと頷いた。
若園は目をつぶり、一息にドアを引いた。その先にいた人物たちに、弓川は笑みをこぼした。
「――遅刻だぜ、若園!」
溌剌とした声が飛んでくる。若園は瞼を持ち上げ、眼前に広がる光景に腰を抜かしかけた。
「み、みんな……!」
「ごめんな、若園。アタシたちが情けないばっかりに……。でも! もう逃げねーって決めた!」
「ああ。《ガラスの貴公子》が目を曇らせていたとはな。だが今、この目には一点の曇りもない!」
「弓川くんにょおかげで、戦う勇気が湧いてきたにょよー! ありがとうにゃのよー!」
「僕も……もう少しだけ、頑張ってみるよ」
「どっちでもいいなんて言ったけどさ。かわいい後輩がやる気全開なんだから、私ら先輩もただボール蹴ってるわけにはいかないでしょ」
「応ッ! 俺様の活躍っぷりを、日本中に轟かせてやるぜェ!」
「弓川くんには期待してるですよ。逆転の火種になり得ることを……」
「わ、私もいっしょに戦います……! せいいっぱいサポートします……!」
若園が俯きがちになり、制服の袖で目元を拭うのを弓川は背中から見ていた。
「泣くにはまだ早いぞ」
「……ああ、分かってる。みんな、待たせてすまない」
若園は顔を上げる。彼にもまた、進むべき道が見えてきたのだ。
「修應サッカー部、始動だ!」
更新が遅れてしまい、申し訳ございません。次回の更新もまた遅れてしまうかもしれませんが、それでもよろしければお付き合いくださいませ。
誤字脱字等あればお気軽にご連絡ください。
7月23日追記
一部加筆。