イナズマイレブン外伝――New Generation――(再構想版)   作:slimy

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第6話 両軍見える

 神嶋学院との練習試合まで、およそ2週間。修應中サッカー部は緊張をはらんで練習を行うこととなった。それにあたって彼らは、ミニゲームを中心に練習を組んだ。

 ミニゲームの概要は次の通りである。

 試合はハーフコートを使い、制限時間を5分、インターバルを1分に設定する。

 続いて5対5に分かれ、攻撃側と守備側を決める。そして守備側には、奈落馬がGKとして加わる。攻撃側はボールを保持し、制限時間内に得点しなければならない。

 サイドの交代は、ゴールが認められた時、奈落馬がボールをキャッチした時、守備側の選手がドリブルでハーフウェーラインを越えた時、ボールがラインを割った時に行われる。

 これらは弓川の提案によるものだった。チームの連携や展開力などの向上はもちろんのこと、彼自身の試合勘を取り戻すことも念頭においての提案だった。加えて、試合形式の練習をすることで、犬巻に実戦的なスキルを身に付けさせる狙いもあった。

 一通りの説明が終わったところで、弓川たちは攻守に分かれた。

 弓川は初め、守備側についた。メンバーは、綿雲、岐山、犬巻、生天目。

 一方、攻撃側は桐葉、若園、荒木、鹿乃村、姉久保。

 桐葉はセンターマークにボールを置くと、奥枝とアイコンタクトをとった。

 

「は、始めます!」

 

 奥枝の笛で、両チームが一斉に動き出す。

 

「行くぜーっ!」

 

 姉久保は桐葉からボールを受けると、弓川目掛けてドリブル開始。弓川もやや半身に構え、守備の体勢をとる。

 上手い、そして不思議なドリブルだと感じた。軽やかさやタッチが細かいのはもちろんのこと、そのリズムが不規則で飛び込むタイミングが掴みにくい。長い脚から来る間合いの広さも相まって、迂闊に飛び込もうなどとは思えなかった。

 距離が縮まっていく。すると姉久保は、シザースで弓川に揺さぶりをかけた。体を左右に揺らし、長い脚でもってボールを跨ぐ――そのダイナミズムに弓川は感動さえ覚えるが、すぐに気を引き締めた。

 右、左と跨ぎ、右足が動いたその時、弓川は勝負に出た。彼は気付かなかったが、姉久保は口の端から歯を覗かせていた。

 姉久保の右足がボールに触れる。アウトサイドで押し出されたそれは、突如方向を変え、踏み込んだ弓川の股を抜けていった。

 

(コンボだと……ッ!)

 

 喫驚している間にも、姉久保はドリブルで持ち上がっていく。そこへ、鹿乃村のマークを捨てた生天目が横からスライディングタックルを仕掛けた。が、姉久保は左足でボールを引き寄せ、軽やかにルーレットを決めてみせた。あっという間の2枚抜き。

 

「パァース!」

 

 綿雲を背負いながら足元へ呼び込む鹿乃村には目もくれず、ゴール右隅に狙いを定めて右足を振り抜く。と、スピードの乗ったボールに小さな人影が重なり、それをかっさらっていった。

 

「あ!」

 

「綿雲先輩!」

 

 姉久保と犬巻が、同時に驚きの声を上げた。

 

「こっちだッ!」

 

 荒木のマークを振り切った岐山が、右サイドを駆け上がってボールを要求。綿雲はちらと顔を上げると、姉久保と鹿乃村の間へ、ワンステップでボールを通した。

 荒木が必死に戻るも、加速する岐山に届かない。ボールに追いついた岐山はそのまま桐葉をも置き去りにし、ハーフウェーラインを越えていった。

 

「だーっ、くそーっ!」

 

 姉久保が地団駄を踏む。

 

「姉久保先輩! なんで俺様にパスしなかったんだよ!」

 

 鹿乃村もボールが来なかったことに腹を立て、姉久保に詰め寄った。

 

「だってお前、綿雲にマークされてたじゃんかー」

 

「綿雲先輩なんてヨユーだっつーの! だいたい身長差が――」

 

「あ! あ! あーしのことみくびってると痛い目にあうにょよー!」

 

 そんな三人の諍いは、奈落馬が手を打ったことで中断された。

 

「さっさと交代する!」

 

 頭をひっぱたくように奈落馬が言うと、三人は慌ててポジションにつき、間もなく弓川たちの攻撃が始まった。

 初っ端から、鹿乃村が一直線に駆け出した。その目にはボールしか映っていない。

 

「鹿乃村! ……ったく」

 

 奈落馬は頭を掻いた。

 綿雲は右サイドに張る岐山へボールを預けると、至って冷静に身を翻す。勢い余った鹿乃村は向きを変えようと踏ん張るが止まりきれず、砂煙の向こうに消えていった。

 一方、ボールを受けた岐山に対して、生天目が下りていきながら足元へ要求。それを横目に見た弓川は、ワンツーでサイドを崩すのだと即座に判断し、桐葉の背後へ走り出した。

 判断は的中。岐山は生天目にボールを出すと即座に荒木の背後を取り、リターンをもらうと、スピードに乗ってサイドを深く抉っていく。

 

「岐山先輩ッ!」

 

 弓川は姉久保を前に入らせないよう左腕で抑えながらPA内へ侵入し、クロスを呼び込む。

 岐山の右足から放たれた低く鋭いクロスは、緩やかに弧を描いて桐葉を躱し、弓川の足元へ吸い込まれていく。

 シュートの刹那、弓川はバランスを失った。それでも彼は足を振り、なんとかボールを叩いたが、その行方はクロスバーの上。 勢い余った弓川のほうがゴールネットに突っ込んだ。

 

「派手にいったねー。大丈夫?」

 

「ありがとうございます」

 

 弓川は奈落馬の手を取って体勢を立て直すと、すぐに守備側にまわって準備を整えた。

 突破されたこと、シュートを外したことを事実として受け入れ、次こそはと弓川はさらに闘志を燃やした。

 

「ちくしょーっ! 次はしょっぱなから俺様にくれっ、桐葉先輩!」

 

 土まみれの鹿乃村も復帰。桐葉は困り顔で笑った。眺めていた弓川も顔を綻ばせる。

 インターバルが終わると、再び開始の笛が響いた。

 

 

 試合まで2日を残すところとなった。この日は練習を早々に切り上げ、ミーティングを開いた。神嶋学院戦の出場メンバーを決めるためである。とは言っても、きっかり11人なので全員がスタメンで出場することになる。そのうえポジションもあらかた決まっていたので、メンバーとフォーメーションについて簡単に確認をとった。

 GK、奈落馬。最終ラインは右から岐山、綿雲、桐葉、犬巻。中盤は右から若園、弓川、荒木、鹿乃村。CFは姉久保、STに生天目を置く4―4―2で、神嶋学院を迎え撃つ。

 犬巻はこの日までに全てのポジションを体験したが、SBに落ち着いた。

 

「初心者がいきなりSBって、大丈夫なの?」

 

 奈落馬の言うことは至極当然であった。近年のサッカーでは、SBの役割も多岐に渡るようになってきている。ただサイドを上下動するだけでなく、ビルドアップに参加したり、司令塔のように全体をコントロールしたり、果てには中盤の選手と化したり、といった具合に、総合力が求められる。

 

「大丈夫っす! 俺、遊撃手(ショート)だったんで!」

 

 しかし当の本人がそんな調子なので、奈落馬もそれ以上言葉を返さなかった。

 

「ゆ、弓川さん。犬巻さん。これを……」

 

 呼ばれたふたりは奥枝のもとへ行き、丁寧に折り畳まれた青い布をそれぞれ受け取った。ポリエステルの感触が、弓川のなかに眠るものをくすぐる。

 広げると、それは修應中サッカー部のユニフォームだった。裏には大きく20とマーキングされている。

 数日前の昼、サッカー部が屋上に集うと、弓川と犬巻が着用するユニフォームの話題が上がった。奥枝はその場で彼らの採寸を行い、背番号の希望をとった。犬巻は何番でも構わないと言ったが、弓川は20番を強く希望したのであった。

 

「でも、なんでわざわざその番号を?」

 

 若園が問う。

 

「初めて貰った番号なんだ」

 

 弓川が初めて試合に出たのは、小学4年生の時だった。スタメンにもベンチにも入れずにいた彼だったが、全国大会決勝戦という大舞台でようやくベンチ入りを果たした。その際に与えられた背番号が20だったのである。

 この番号はどこのチームでも基本的にベンチの選手に与えられ、10番や1番のような特別な意味はない。しかし、こと神嶋ユナイテッドにおいては、伝統的にFW――とりわけ、スーパーサブの選手たちが背負っていた。

 ここぞという場面で活躍してくれる。流れを変えてくれる。

 そんな期待が、この番号には込められていた。

 件の試合だが、チームは予想外の苦戦を強いられた。驚異的な粘りを見せる守備に攻めあぐね、焦りから攻撃陣も精彩を欠いた。この状況を打破するために送り込まれたのが弓川だった。彼はチームを鼓舞し、走り、貪欲にゴールだけを狙い続けた。

 そして最後の1分――フリーで受けた弓川は本能のままに右足を振り抜き、勝利をもたらしたのであった。

 以来、彼はこの番号に強いこだわりを抱くようになり、スタメンに選ばれても、キャプテンマークを巻いても背負い続けた。

 

「験担ぎみたいなもんさ」

 

 そう言って弓川は、しみじみとした気持ちでユニフォームを眺めた。

 再び、この番号を背負って戦う――。

 そう思うと血が熱くなり、心が昂った。

 

「俺は5番かあ」

 

 その横で犬巻が、自分のユニフォームを見つめながら呟いた。

 

「やっぱ良いな、ユニフォームって」

 

 犬巻は弓川に向き直り、笑顔を見せた。弓川も口元に微笑をたたえ、頷いた。

 

「い、いよいよ明後日か……」

 

 若園の顔がみるみるうちに青白くなっていく。震える背中に、姉久保が手を添えた。

 

「いまさらビビってもしょーがねーぞ?」

 

 姉久保は白い歯を見せた。それに後押しされたように、若園の表情も少し明るくなる。

 

「そうだな……。みんな、気を引き締めていこう」

 

 

 午前9時。試合開始時刻まで、あと1時間。

 新たなユニフォームに袖を通すと、初めて試合に出た日がありありと思い起こされる。いきなりチームの命運を託されるという緊張と責任感、デビュー戦が大一番という興奮が入り混じって、ぐちゃぐちゃな感情のままピッチへ向かったのだ。

 今もそう。廃部寸前の弱小チームを救わなければならぬという責任感と、復帰後初めての相手が前年のFF準優勝校という興奮があった。ゼロからのスタートというわけである。

 とはいえ、若園たちがそんな心情ではないことも弓川は分かっていた。桐葉に至っては、集合してから一言も発さず、隅で巨大な背中を丸めていた。

 ふと辺りを見渡すと、十数名の観客が認められた。なぜ、という弓川たちの疑問に、綿雲が答える。

 彼女曰く、新聞部に友人がいるという。数日前、その友人に頼み込んで、ある新聞を発行してもらった。

 

――世紀の一戦! 最強・神嶋学院、我が修應中サッカー部に挑戦状を叩きつける……!

 

 そんな大見出しをつけて。

 これには、少しでもサッカー部に関心を向けてもらいたいという綿雲の願いがあった。そしてあわよくば、転部を誘い部員を増やすという目論見もあった。

 当初の予定では、新聞大作戦――彼女の命名である――で数百人の観客が来ることになっていたが、効果は薄かったらしい。とはいえ、作戦の第一段階は成功したと見て良いだろう。

 

(勝ちに行く……それだけだ)

 

 情けないプレーはしない。いかに強大な相手でも、真っ向からぶつかっていく。いつだってそうしてきたのだから。

 しばらくすると、校門から1台のバスが入ってきた。

 若園は呑気にベンチで眠っている山本を揺り起こし、弓川たちを連れて駐車場へ向かう。

 足を踏み出すと、心臓を締め上げられているような息苦しさを覚えた。呼吸に意識を注がなければ、今にも窒息してしまいそうだ。若園たちもそれを体感しているようで、額にじっとりと汗が浮かんでいた。

 

「どうしたんだ、お前たち」

 

 ただひとり、山本だけが怪訝な顔をした。

 この男には分からないのだ。弓川たちを苛む異様な空気が。

 弓川は呆れて物も言えず、ただ歩き続けた。

 やがて、駐車場に両陣営が到着した。

 バスの乗降口がゆっくりと開く。すると、グレーのセーターと細身で黒いスラックスを身に纏った長身の男が降りてきた。

 歳は60代ほどに見える。顔立ちは鋭く引き締まり、短く切り揃えられた白髪はいぶし銀に光っている。

 男は山本の姿を認めると、歩み寄り、会釈をした。

 

「初めまして。神嶋学院サッカー部監督の斗舛(トマス)と申します。お忙しいなかお時間を割いていただき、ありがとうございます」

 

 どっしりとした品のある低音が、腹の底に響く。

 

「い、いえいえ……」

 

 これには山本も同じく圧倒されたようで、差し出された手を握り返し、何度も頭を下げた。

 

「やっと着いたーっ! はやくサッカーしたーいっ!」

 

 叫びとともに、少女が紺碧の髪を靡かせて乗降口から飛び出してきた。

 少女は大きく伸びをしたり、腰を回したりして体を解す。牛乳色の肌に、春の晴れ空をそのまま映したような、大きな瞳が輝いていた。

 身長は荒木と大差ないだろうか。だが、弓川は錯覚を見た。目の前の少女が、何倍にも大きく――。

 

「あ。火村くんの言ってた弓川くんって、きみでしょー?」

 

 びしっ、と指をさされてたじろぐ。

 少女は子犬のように跳ねながら、弓川へ向かっていく。

 

「ボクは澪田凪(ミオタナギ)! よろしくねっ」

 

「ど、どうも……」

 

 澪田は弓川の手を握ると、すごい勢いで上下に振った。弓川はただ、なされるがままだった。

 それから澪田は、若園たちにも同じように挨拶をしてまわった。爛漫な彼女に若園たちもたじたじだったが、そのおかげで場の雰囲気が中和された。

 そうこうしている内に、他の選手たちも下車してくる。

 一目見て、弓川のサッカープレーヤーとしての本能が囁いた。彼らは強者だ、と。

 幼き日に神嶋スタジアムで見た親善試合が、脳裏を過った。自信と誇り、闘志に溢れた彼らの姿が記憶と重なる。

 なかには、弓川たちに見向きもせずスマートフォンとにらめっこしている者もいたが。

 そこに、火村の姿が認められた。燃えるような赤い髪と瞳は、初めて出会ったときから変わっていない。しかし、纏う空気が明らかに違うことを肌で感じた。

 はたと視線がぶつかったふたりの間に、無言のやりとりがあった。

 選んだ道は違えど、共に戦った戦友。

 言葉は無くとも、互いの心は通じている。

 

「――面白そうなチームね」

 

 艶やかな若紫色のポニーテールが、かすかに揺れる。どこか神秘的な雰囲気を纏う少女は手短に山本への挨拶を済ませると、若園へ一直線に向かっていった。

 

「初めまして。神嶋学院サッカー部キャプテン、3年の兎崎美咲(トザキミサキ)よ。今日はよろしく、若園くん」

 

「こ、こちらこそ」

 

 若園はおっかなびっくり兎崎の手を握り返した。その瞬間、目が見開かれ、滝のように汗が吹き出るのを弓川は見た。

 続いて兎崎は弓川のほうへ歩き出した。ゆったりとした足取りで向かってくる彼女の姿に、身震いした。

 武者震いではない。認めたくはないが、認めるしかなかった。

 恐れていることを。

 

「それで……あなたが弓川くん」

 

「……ああ」

 

「活躍は知っているわ。怪我のこともね」

 

 兎崎は瞬きもせず、深紅に煌めく瞳で弓川の目をまっすぐに見つめた。

 こんなことで負けてはいけない。彼らは、超えていかなければならない存在なのだ。

 食おうとするなら、逆に食ってやる。そんな心意気がなければ、日本一にはなれない。まして世界一など、夢のまま終わってしまう。

 静かに圧倒してくる兎崎を見つめ、もとい、眉間に力を込めて睨み返してやった。

 ()めるんじゃねえ――。

 兎崎は口元に不敵な笑みをちらつかせ、言う。

 

「ふふ……。どんなサッカーをするのか、楽しみだわ」

 

 

 両軍はそれぞれピッチに散らばり、アップに入った。

 土を踏みしめる音、シュートの乾いた音、ネットの揺れる音、選手たちの息遣い。それら以外の音は響かない不気味なほど静かなアップを、十数人の観客も押し黙って眺めている。

 弓川は足でボールを弄びながら、横目に神嶋学院サイドを見やった。

 アップとして行っていることは、弓川たちとさして変わらない。しかし、足の振りやステップ、ボールの捌き方、歩き方に至るまで、動作のひとつひとつが洗練されている。それだけのことではあるが、“上手い”と直感する。

 すると弓川のもとへ、火村が駆け寄ってきた。

 

「よう」

 

「ああ」

 

 短い言葉を交わし、拳を突き合わせる。彼らなりの挨拶である。

 

「荷物持ちとして来たわけじゃなさそうだ」

 

「誰に言ってんだ。てめーこそ、1時間もベンチあっためるつもりじゃねーだろうな」

 

 憎まれ口を叩き合い、険しい顔で見つめて合っていたが、やがて同時に笑みをこぼした。

 

「20番のユニフォーム……やっぱりお前はそうでなくちゃな」

 

「そっちは11番か。さすがだ」

 

 精鋭ひしめく神嶋学院で、スタメンの座を勝ち取ったこと。弓川は、驚きはしなかった。

 

「ところで……よく試合を受けてくれたな。何か理由があるのか?」

 

 火村はかぶりを振った。

 

「俺にも分からねーんだよ。うちのキャプテン、あんまり喋らなくてさ」

 

 納得はいかないが、確かに、と弓川は思う。あの兎崎という少女が饒舌に話す姿を想像出来ない。

 

「つーかよう、右足は大丈夫なのか?」

 

 火村は、サポーターを装着した弓川の右足に視線を落とした。

 

「サッカーが出来るぐらいには回復してるさ」

 

「そうか。……じゃあ、遠慮なくやらせてもらうぜ」

 

 挑戦的な笑みを浮かべ、火村は言った。

 闘争心をくすぐるその顔も、変わっていない。

 

「お前が遠慮なんてしたことあったか?」

 

 戦友との再会――。そんな胸の熱くなるシーンに、場違いな影がひとつ忍び寄ってきた。

 

「おうおうおう! 俺様の後輩になんか用かァ!?」

 

 鹿乃村がふたりの間に割り込んできた。

 肩を怒らせ、火村にガンを飛ばしまくっている。どう贔屓目に見ても鹿乃村はチンピラそのものであった。

 周りも何事かと、それぞれのしていたことを止めて弓川たちの方を振り向いた。

 

「あんたが鹿乃村さんスか。俺は1年の火村っス」

 

 火村は笑みを崩さない。

 

「昔馴染みと話してただけっスよ。鹿乃村さんこそ何の用スか? 久しぶりの再会を邪魔しないでもらいたいっスねえ」

 

「あァ!? おい火村とやら! あんまり余裕ぶっこいてっと、俺様が叩き潰してやっからなァ!」

 

「そうスか。そんときはお手柔らかに頼むっス。ま、俺たちのサッカーについてこれればの話スけど」

 

「こ、こンの……ッ!!」

 

 火村の生意気な言動と態度は神嶋ユナイテッドの頃からあったが、実力主義のチームだったこと、そして彼の力が本物だったこともあり、大した問題にはならなかった。むしろ、嘗められてたまるかと発奮する者ばかりだった。弓川もそのひとりである。

 とはいえ、人の神経を逆撫ですることには変わりない。

 弓川は、掴みかかろうとした鹿乃村をすんでのところで羽交い締めにした。駄々っ子のように暴れる姿に、周りから失笑が起こる。

 

「……あ、そうだ」

 

 何かを思い出すと、火村の笑みは影を潜め、戦士の目つきへと変わった。兎崎たちの纏う空気が、火村からも発せられる。

 その迫力に圧され、鹿乃村は静かになった。

 

「俺さ、ひとつだけ許せないことがあるんだ。お前も覚えてるだろ。“弓川がいれば違ったかもしれない”……」

 

 あの病室がフラッシュバックする。

 鹿乃村を抑え込む腕に力を込めたまま、弓川は頷いた。

 

「お前がいなきゃ勝てないなんて思われることが、どうしても許せなかった! 同じFWとして、ツートップを組んだ相棒として、それだけが許せなかった!」

 

 体の横で握りしめる火村の拳が、震えていた。

 

「同情も手加減もいらない。全身全霊でかかってこい。俺は俺自身を超えるために、そしてお前を超えるために……全力で叩きのめす!」

 

 力強く拳を突き出した火村に対して、弓川も鹿乃村の拘束を解き、拳で突き返した。

 

「ああ。望むところだ」

 

 

「何を話してたんだ?」

 

 少年――猫崎冬人(ネコサキフユト)の印象は、猫だ。

 ユニフォームから伸びる、細くしなやかな四肢。つり上がった大きな目は黒目がちで、愛嬌と涼しさが混在していた。名は体を表すという言葉が、ぴったりと当てはまる。

 

「大したことじゃないっスよ」

 

 猫崎はそれ以上踏み込もうとせず、

 

「そうか。まあ、気負わずにな」

 

 とだけ返した。

 するとそこへ、くすんだ金髪を後ろへすき上げた少年――3年の阿熊川于紋(アクマガワウモン)が忌々しそうに言う。

 

「根性無しと友達ごっこか」

 

 一瞬の間を置いて、火村は額に青筋を張りめぐらせ、殺気走った目で阿熊川を睨み付けた。

 

「……あんたに何が分かる」

 

「あ? 事実だろうが」

 

 一触即発。

 このままでは血を流しかねないふたりの間に、坊主頭の3年――仙石泰基(センゴクタイキ)が割って入った。

 

「やめろ二人とも! 試合前だぞ!」

 

 火村と阿熊川は仲裁に入った仙石を挟み、互いに食い殺しそうな目でしばし睨み合ったが、やがてそれぞれの場所へ戻った。

 

「まったく……。血の気が多いのはひとりで充分なんだがなあ」

 

 仙石は頭を掻いた。

 

「そうですか? ジブンは嫌いじゃないですよ、ああいうやつ」

 

 外にはねた黒髪を揺らして言ったのは、2年の香良洲匡平(カラスキョウヘイ)。鉛色の瞳に火村の背中が映りこんでいる。

 標準語のように喋ってはいるが、関東の抑揚ではない。彼が神嶋学院に来て1年経つが、仙石は未だ声を聞くたびに耳の中を虫が這うような気味の悪さを覚える。鈍い光をたたえる切れ長の目も、奥底にある腹黒さを表しているようだった。

 しかしそれを差し引いても、香良洲のプレーには信頼を置かざるを得ないことを、仙石は理解している。

 

「俺もカラスと同じだ! ちょっと生意気だが、それに見合うだけの実力はあるし、努力だってしてるぞ」

 

 香良洲に賛同したのは、3年の二条銀士(ニジョウギンジ)だ。厚い胸板や逞しい大腿には、強豪のCFを張る者としての矜持を感じさせる。

 

「二条先輩。ジブンの名前は香良洲です。いい加減覚えてくださいよ」

 

「おお、悪い悪い! “シブヤ”と一緒、だよな?」

 

「お前ら……」

 

 仙石はがっくりと項垂れた。

 少し離れたところでは、ひとりの少年が気だるそうにボールを弄びながら、スマートフォンを見つめていた。その横顔はひどく端正で、数人の少女たちが頬を染めていた。

 すると彼のもとへ、青みがかった短髪の少年が歩み寄ってきた。

 鼻梁は高く、そして鋭く伸び、眼窩が深く落ち窪んでいる。日本人以外の血が流れていても不思議ではない顔立ちをしていた。

 

「……夜鬼(ヤキ)。ずっと言おうと思っていたのだが」

 

「んー? なによ、和泉(イズミ)サン」

 

 夜鬼煌綺(ヤキコウキ)は、画面から目を離さずに応えた。

 

「アップ中に携帯電話をいじるのは……」

 

「やめろってんでしょ? でもさー、スマホいじってるほうがリラックスできんだよね。ほら、リラックスしたほうがパフォーマンス上がるんだっけ?」

 

 悪びれもせず、平然と言ってのけた。

 断っておくが、夜鬼は2年生。一方、夜鬼を諭そうとした和泉碧(イズミアオ)は3年生である。

 その和泉は仏頂面でしばらく黙り込んだのち、

 

「……なるほど」

 

 と、納得してしまった。

 

「つまり……緊張しているということか?」

 

「別に」

 

 食い気味に答えられた和泉の目元に、ふっと影が落ちた。そこで夜鬼は振り向き、小憎たらしく笑った。

 

「怒った? ごめんごめん。……てかさ。1点も取れないような弱小相手に緊張とか、するほうが難しくね?」

 

 それに、と夜鬼は付け加える。

 

「こんなチームならウチの二軍でも楽勝でしょって。なんでわざわざ俺たちが相手しなきゃいけないのさ」

 

 

 奥枝から集合の合図がかけられた。

 火村に挑発されたことがたいそう癪に障ったらしく、怒りをボールにぶつけまくっていた鹿乃村を、弓川と犬巻は力ずくでベンチに引っ張っていった。

 そんな鹿乃村をよそに、奥枝はタブレットの画面を弓川たちに見せた。

 そこには、昨年度FF決勝戦の神嶋学院のスタメンが表示されていた。

 それが意味することを理解した一同は戦慄した。

 今日、最も顔色が優れない桐葉の顔がさらに青白くなり、その足元はバランスを失った。幸い近くにいた姉久保たちに支えられ、事なきを得たものの、桐葉に回復の兆しは見えない。

 落ち込む若園たちを見かねて、弓川が啖呵を切る。

 

「俺たちのやることはハナから決まってる。どんな相手でも、全力で勝ちに行くだけだ」

 

 振り返った若園たちの目を真っ直ぐに見据えて、弓川は続ける。

 

「仲間のために走れ。仲間のためにボールを繋げ。仲間のために体を張れ! ミスは全員でカバーしろ!」

 

 体の芯から発せられた熱が全身を迸り、体と心を熱く、激しく燃え上がらせる。その熱は伝播し、やがてひとつの猛火となる。

 その懐かしい感覚を一身に受けながら、若園たちを鼓舞し続ける。

 

「目にもの見せてやるぞ! 勝つのは俺たちだ!!」

 

 修應イレブンは一丸となり、鬨の声を上げた。

 ――間もなく試合が始まる。

 両軍はベンチを離れ、センターラインへ向かっていく。

 

「……弓川!」

 

 呼び止められた弓川は、足を止めて振り返った。

 視線の先で若園は何かを言おうとして、しかし口をつぐんだ。それからしばし俯いて、

 

「……なんでもない。行こう」

 

 と、力なく笑った。




更新が大幅に遅れてしまい、申し訳ありません。誤字脱字等ありましたら、ご一報ください。すぐに修正します。
蛇足ですが、キャラ同士の掛け合いを募集しております。気軽にご寄稿ください。

9月1日追記
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