イナズマイレブン外伝――New Generation――(再構想版)   作:slimy

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第7話 悪夢の30分間

「ただいまより、修應中対神嶋学院中の練習試合を始めます」

 

 神嶋学院が事前に要請した審判団により、試合開始の宣言がなされた。

 両軍のキャプテンがセンターラインを挟んで握手を交わした後、エンド決めのコイントスに移った。若園は裏を、兎崎は表を選択し、これに兎崎が勝利。キックオフの権利は修應が獲得した。

 ここで、改めて修應中のスターティングイレブンを紹介する。

 GK、奈落馬(背番号1)。

 ディフェンスラインは右から岐山(背番号2)、桐葉(背番号3)、綿雲(背番号4)、犬巻(背番号5)の4バック。

 2列目は右サイドに若園(背番号10)、左サイドに鹿乃村(背番号7)。センターは右に弓川(背番号20)、左に荒木(背番号8)。

 前線は姉久保(背番号9)と生天目(背番号11)がツートップを張る。

 対する神嶋学院のスターティングイレブンは以下の通りだ。

 GK、神守華山(カモリカザン)(背番号1)。

 ディフェンスラインは右から仙石(背番号5)、阿熊川(背番号4)、和泉(背番号3)、夜鬼(背番号2)の4バック。

 中盤の底には香良洲(背番号6)、右IH(インサイドハーフ)に兎崎(背番号10)、左IHに猫崎(背番号8)。

 前線は右WGに澪田(背番号7)、左WGに火村(背番号11)、頂点に二条(背番号9)のスリートップという4―3―3の布陣である。

 センターマークにボールをセットした姉久保は、背後から容赦なく刺してくるようなプレッシャーを感じて首をすくめた。

 主審が腕時計に目を落とした。そして両軍のGKに確認を取る。

 ピッチに立つ選手たちだけでなく、これから起こることの顛末を見届ける観客たちも、息を凝らしてその時を待つ。

 

(始まる……)

 

 主審が笛を咥え、高らかに試合開始を告げた。

 弓川に向けてボールを蹴り込んだ姉久保の髪が、大きく靡いた。彼女の髪を揺らした風の正体を掴むのに、1秒もかからなかった。

 前進する間も与えず、次々と雪崩れ込んでくる真紅の軍団。圧倒的なスピードと破壊力のハイプレスは、さながら嵐のようであった。

 一瞬の硬直が命取りとなり、ボールをさらわれてしまう。

 左サイドから中央のスペースに走り込んだ火村へ、二条が繋いだ。

 火村はそのまま宙返りでボールを蹴り上げると、右足に炎を纏って自らも跳躍。空中でゴールを睨み付けると、炎は激しさを増した。

 

「《ドラゴンキャノン》ッ!!」

 

 右足一閃。燃え盛る龍が咆哮し、炎が尾を引いて奈落馬へ襲いかかる。

 彼女は果敢に立ち向かった。両腕を突き出し、激痛に顔を歪めながら、ゴールを割らせまいと奮戦した。

 しかしそれも虚しく、激烈なシュートは奈落馬ごとネットを突き刺した。彼女の姿は、舞い上がった土煙の向こうに消えた。

 あまりにも呆気なさすぎる失点。わずか10秒ほどの出来事だった。観衆も何が起こったのか理解が追いつかず、唖然とするばかりだった。

 

(あれが……必殺技……)

 

 過酷な鍛練を経た者だけが会得できる、人智を超越した技。初めて目の当たりにしたそれは、離れた弓川の肌をも焦がすほどの威力と気迫だった。

 降り立った火村はしばしゴールマウスを睨んだのち、喜びを顕にすることなく、ただ険しい面持ちで踵を返した。

 

「まだこんなもんじゃねえ」

 

 すれ違いざまに火村は言った。

 

「阿鶴ちゃんっ!」

 

 奥枝は救急箱を抱え、転びそうになりながらもベンチを飛び出して奈落馬のもとへ走った。弓川たちもその後を追う。

 土煙が晴れていく。奈落馬は苦悶の表情で腹をおさえていた。

 

「容赦ない、ね、女の子にも……。ま、当然か……」

 

 奈落馬は苦々しく笑うとボールを引き寄せ、よろよろと立ち上がった。そして、潤んだ目で見上げる奥枝の頭を撫でた。

 

「お、阿鶴ちゃん……っ」

 

「私は大丈夫だよ、千博」

 

 奈落馬は埃まみれの顔で、気丈に笑ってみせた。

 それから弓川たちに向き直ると、煤まみれのボールを拭って、姉久保の足元に転がした。

 

「な、奈落馬さん……」

 

「さっきのは桐葉先輩がついていかないと。岐山先輩も11番から目を離さない。綿雲先輩もカバーに入って。……それと弓川。いきなりロストしちゃ駄目でしょーが」

 

 桐葉に終いまで喋らせず、グローブをはめなおし、きつくテープを巻いた。そして、沈痛な表情を浮かべるイレブンを見渡して言う。

 

「次は止める。私の心配ならいらないよ。意外と丈夫だから。さ、戻った戻った」

 

 弓川たちは顔を見合わせたのち、キックオフのポジションに戻っていった。

 

「ああは言ってたけど、あんなシュートを受けたら……」

 

 若園は不安げに呟いた。

 

「立っているのも辛いはずだ。内臓や骨を痛めていなければいいが……」

 

 それに答えた岐山も、緊迫に満ちた面持ちだ。

 

(出鼻を挫かれた……。けど)

 

 ポジションについた弓川は、待機する神嶋学院イレブンを睨み付けた。

 神嶋学院との力量の差は先刻承知している。火村との差も、目前で見せつけられた。それでも諦めるわけにはいかない。惨めな負け犬には二度と成り下がらぬと誓ったのだ。若園たちのために戦うと誓ったのだ。

 何としてでも、勝つ――。

 

 

 試合再開。姉久保は一気に奈落馬までボールを下げた。これで猶予を生んだが微々たるものに過ぎず、修應イレブンは各所でマークされた。

 DF陣は神嶋学院の両翼に抑えられ、センターの2人と生天目も中盤に張りつかれている。

 そこでフリーになっている若園と鹿乃村を見つけ、奈落馬は前者を選択した。

 若園は落下地点に構え、胸でトラップ。

 前を向こうとしたところを見計らったように、火村、猫崎、夜鬼に取り囲まれてしまった。

 

「いったん戻せ!」

 

 弓川は素早くポジションをとりなおしてバックパスを受けるが、またしても三方を囲まれる。たまらず左へ身を翻し、荒木へ横パスを送った。

 荒木は眼前に迫る兎崎に鋭い視線を向けると、ボールをリフトアップし、さらに上空へ蹴り上げた。

 

「《アプローズフォール》!」

 

 彼女が蹴り上げたボールは空中で青い花と化し、その花弁が群青の吹雪を巻き起こした。

 仰ぎ見る兎崎を躱して前進すると、無数の花弁が荒木の右足に収束し、再びボールを形成する。

 突破された兎崎は、荒木の背中を目で追う。その目には嬉々とした光が宿っていた。

 

(荒木先輩も使えたのか!)

 

 中盤を越えた荒木はボールを鹿乃村に託す。

 足元に収め意気揚々と前を向こうとする鹿乃村だったが、仙石が素早く体を寄せて妨げた。すかさず兎崎と澪田も囲い込みにかかる。

 

「邪魔だコラァァ!」

 

 しかし鹿乃村は力業で包囲を突破。左サイドを猛進し、前線を押し上げていく。神嶋学院DF陣もラインを後退させる。

 中央へ視線を向けると、手を上げて呼び込む姉久保の姿が見えた。鹿乃村は一度ボールに視線を戻し、クロスの体勢に入る。

 その時。視界の端から足が伸びてきて、ボールをタッチラインの外へ弾き出した。鹿乃村は咄嗟の跳躍でスライディングを回避したが、勢いあまって前方に転げ回った。

 

「センくん、ナイスディフェーンス!」

 

 澪田が飛び跳ねて称えたのは、仙石だ。

 一度は抜かれたものの食らいつき、果敢なスライディングでチャンスを潰した。そのガッツに、観衆から拍手が起こる。

 

「くそっ!」

 

 鹿乃村は地面に拳を叩きつけると、すぐさまボールを追った。

 修應のスローイン。鹿乃村は正面の姉久保に向かって放り投げた。兎崎との空中戦は、上背の姉久保に軍配が上がった。

 頭で落としたボールを弓川が拾うと、

 

「走れ若園ッ!!」

 

 若園を縦に走らせ、右足のアウトサイドに引っ掛けた鋭いロングボールを蹴りこんだ。ボールはわずかに伸び、若園は足を伸ばしてなんとか収める。

 体勢を整えて更に右サイドを抉ろうとする彼の目前に、夜鬼が割り込んできた。

 

「ぐっ……!?」

 

 若園は前に出ようとするも、夜鬼が上手い具合に体を使ってそれを阻止する。そしてボールは、そのままラインを割ってしまった。

 

「おい夜鬼。ぬるいディフェンスしてんじゃねえ。いつも言ってんだろ」

 

 GKの神守は、獰猛な獣を思わせる金色の瞳で夜鬼を睨んだ。

 

「あれでも積極的だけどぉ? マイボールになったんだから良いじゃん」

 

 夜鬼も臆することなく反論を繰り出した。

 

「てめえ……」

 

「試合中だぞ、二人とも」

 

 ヒートアップするのを察した猫崎が仲裁に入る。

 神守は不服そうに鼻を鳴らすと、ボールをセット。夜鬼もやれやれと肩をすくめ、ポジションに戻っていった。

 

「さあディフェンス! きっちり守って1点返すよ!」

 

 ゴール前から奈落馬が声を張った。

 おう、と弓川たちは気を引き締め、守備に意識を集中させる。

 神守のゴールキックは、神嶋学院の左CB・和泉に向けられた。彼はボールを受けると、前方のスペースへジョギングのようなスピードのドリブルで前進し始めた。神嶋イレブンはラインを押し上げ、入れ替わるようにして香良洲がDFラインまで下りていく。

 不気味な余裕を伴って持ち上がる和泉に対し、生天目がプレスをかける。接近を感じた和泉はパスの体勢に入った。

 彼の体は、進路の延長線上に陣取る猫崎に向いていた。弓川はそれを見て、素早く猫崎に体を寄せた。

 そのとき弓川の表情は凍りついた。

 和泉の左足から放たれた楔は、弓川と荒木の間に生じた大きな隙を通し、見事に打ち込まれた。

 猫崎が追い討ちをかける。弓川のマークを外して二条からパスを受けると、ワンタッチで逆サイドに低く速いアーチを描いた。そこへ走り込んできたのは、澪田だ。

 

「犬巻ッ! 綿雲先輩ッ! 7番に当たれッ!!」

 

 奈落馬は即座にポジショニングを修正し、二条のマークを捨ててでも澪田を止めるよう指示を飛ばした。

 

「は、はいっ!」

 

「と、止めりゅにょよー!」

 

 しかし澪田は、猛追する犬巻と綿雲を容易く振り切り、浮き球に向かって跳躍。

 

「いっくよーっ! 《シルフィード》っ!」

 

 ジャンピングボレーで打ち出されたシュートは風の刃となり、甲高い風切り音を響かせながらゴールへ飛来する。

 

「《ブラックホール》ッ!」

 

 奈落馬の突き出した右手に暗黒が生じた。シュートは吸い寄せられていき、双方の技が激突。奈落馬は衝撃に後退りしながらも、歯を食い縛って耐え凌いだ。

 だが、光さえ飲み込む暗黒の空間にありながら、ボールの回転と勢いは死なない。

 奈落馬はじりじりと押し込まれていく。そして――暗黒は、消滅した。シュートは彼女の手を弾き、ネットを揺らす。

 試合開始から5分と経たないうちに、弓川たちは2点を失った。

 

「ナイスアシストーっ、ネコくんっ!」

 

 澪田は猫崎に向かって、満面の笑みとともにビシッとサムズアップを決めた。猫崎も微笑で応えると、自陣に戻っていった。

 

「す、すみません! 俺……」

 

 右手を押さえる奈落馬のもとに、犬巻と綿雲が駆け寄る。

 

「犬巻くんは悪くにゃいのよ……。あーしが止められにゃかったから――」

 

「傷の舐め合いなんてしてる場合じゃないでしょうが」

 

 既に相当のダメージを負っているにも関わらず、奈落馬は飄々とした顔で手首を回すと、ボールを拾った。

 

「さっきのプレーは引き摺らない。次に集中する。いいね?」

 

 犬巻と綿雲は小さく頷き、それぞれのポジションに戻った。

 

(くそッ……2点目か……!)

 

 弓川は歯を噛んだ。

 最後の砦である奈落馬も必殺技を会得していた。だが、それも破られてしまった。

 そのショックは、修應イレブンの戦意を大きく削いだ。

 

 

 弓川たちは、あらゆる作戦を講じた。

 若園をオーバーラップした岐山がパスを受け、右サイドを駆け上がろうとするも、夜鬼のディフェンスでボールをロストした。

 火村は夜鬼からパスを受けると、プレスバックしてくる若園を悠々と躱して中に切り込み、得点を挙げた。

 逆サイドの犬巻にも攻撃参加させたが、未だトラップやパスがおぼつかず、徹底的に狙われたため中止した。

 それならばと、前線の2人が中央突破を狙う。

 だが、荒木から縦パスを受けた姉久保は前を向くことが出来なかった。背後から伝わってくる殺気にも似た空気が姉久保を威圧し、萎縮させた。

 たまらず右にボールをはたくが、兎崎がインターセプト。

 

「おい荒木ッ! ぜってー10番止めるぞッ!」

 

「分かってるっ!」

 

 兎崎が前を向くより速く、鹿乃村と荒木がプレスをかける。

 ふたりを背に、兎崎は呟いた。

 

「《ホロウ・フォーク》」

 

 狙いを定め、鹿乃村はショルダーチャージを見舞う。ところが、兎崎を突き飛ばしたという感触を得られなかった。何が起きたのか、彼には全く分からなかった。

 荒木も同じだった。悠然と向かってくる兎崎に対して、一歩も動けずにいた。それでもなお、彼女の本能が自身の間合いに踏み込んできた兎崎を迎え討った。

 その攻防を横目に見ていた弓川は、自分の目を疑う。

 荒木が、兎崎をすり抜けた。

 中盤を突破した兎崎は、二条にラストパスを送った。彼もそれに応え、必殺技《グレネードショット》でショートカウンターを締めくくった。

 

「何なの、今の……」

 

「俺だって分かんねーよ……」

 

 呆然とする荒木と鹿乃村のもとに、姉久保が走ってきた。

 

「わ、わりーな、ふたりとも。アタシのミスで……。で、でもよ! 次はちゃんとやっから、もいっかいボールまわしてくれ!」

 

 姉久保は頭を下げる。荒木と鹿乃村は顔を見合わせると、それに応じた。

 試合が再開すると、荒木が再び縦パスを通す。

 

「よしっ! 行くぜアタシ!」

 

 自らを奮い立たせ、姉久保は阿熊川に1対1を挑んでいく。

 不規則なリズムのドリブルから左へのボディフェイクを仕掛け、足裏で巧みにボールを操り、右に駆けた。

 抜いた、と確信したその時。途轍もない衝撃が姉久保の脳を揺らした。平衡感覚を失い、あえなく地面に激突する。

 だが阿熊川は歯牙にもかけない。奪取したボールを踏みつけて回転を起こし、宙に浮かせた。

 

「《デビルスマッシャァーーッ》!!」

 

 テイクバックした右足に漆黒の剣を象ったオーラを纏わせ、ボールを薙ぎ払った。

 空間を切り裂き、悪魔が叫喚する。

 センターサークル内から放たれた高速のシュートに奈落馬は反応出来ず、失点を許した。

 

「球遊びがしてえなら独りでやってろ」

 

 阿熊川は、姉久保とのすれ違いざまに吐き捨てるように言った。

 その言葉が、彼女の逆鱗に触れた。

 

「何だとこの野郎ッ!!」

 

 観衆がどよめいた。

 姉久保は今にも燃えそうなほど怒りをあらわにし、阿熊川の胸ぐらを掴み上げていた。そんな彼女の姿を、弓川たちは初めて目にした。

 すぐに主審と両チームの選手たちがふたりを引き剥がしたので大事には至らなかったものの、イエローカードが与えられた。

 

「青9番、赤4番。以後気を付けるように」

 

 阿熊川はさっさと踵を返し、帰陣していく。姉久保はその背中を、ずっと睨み付けていた。

 その後も姉久保は阿熊川に勝負を挑んでいった。時には裏への抜け出しで虚を突こうとしたが、強靭なフィジカルと俊足、高い守備技術の前に敗れ続けた。

 前半15分。

 生天目がボールをキープし、2列目から飛び出した弓川に託す。

 

「おおおおッ!」

 

 和泉が体を寄せてきたことに加え、距離もあった。だが、反撃の糸口を掴みたい一心で弓川は右足を振り抜いた。

 抑えのきいた鋭いシュートが、ゴール右隅に向かって伸びていく。

 が、しかし。

 神守は横っ飛びにシュートをキャッチ。体勢を立て直すや否や、流れるようにサイドボレーで蹴り出した。それは、優れたFWの放つシュートさながらであった。

 ボールは唸りを上げて、フリーの二条へ。

 強烈なロングパスを容易く胸で納め、振り向きざまに右手を振りかざした。すると、青いエネルギーに包まれたボールが、二条の足元でホバリングするように静止した。

 それを連続で蹴り込むと、エネルギーは更に増幅。そして、雄叫びを上げながら止めの一発を叩き込んだ。

 

「《フォースロック》ッ!」

 

 耳を聾する爆音と共に、強烈なシュートが発射された。

 その軌道上に桐葉が立ちはだかった。彼は歯を食い縛って、衝撃に備える。

 固いものと肉がぶつかる、鈍い音――。桐葉のどてっ腹に、深々とボールがめり込んだ。

 弓川たちは、二条のシュートの威力に仰天した。桐葉の巨体を、意に介すことなく推進していく。

 そして青い弾丸は、奈落馬さえもゴールに押し込んでしまった。

 続く前半18分。インナーラップで切り込んできた仙石のミドルシュートを、奈落馬が辛うじてパンチングで弾く。ボールがラインを割り、この試合初めてのコーナーキックを神嶋学院が獲得した。

 すると、阿熊川がゴール前まで上がってきた。

 

「……桐葉先輩! 4番について!」

 

「で、でも」

 

「いいからマーク!!」

 

 すっかり萎縮してしまった桐葉をぶつけるのは酷だということは、奈落馬も分かっている。それでも、修應イレブンのなかで阿熊川に対抗しうる可能性があるのは桐葉だけだった。

 笛が吹かれ、猫崎がキックモーションに入った。

 ゴール前にボールが上がる。落下地点に桐葉が構えると、阿熊川が強引に体を割り込ませてきた。

 桐葉は何を思ったかそこから飛び退き、バランスを崩して尻餅をついた。

 フリーとなった阿熊川は跳躍し、頭で合わせに行く。弓川もマークを捨て、阿熊川に体を当てた。

 衝突の瞬間、地中深くに根を張った巨木に体当たりしたような錯覚をした。

 

(空中だぞ……!? ふざけてんのか……ッ!)

 

 弓川は弾き飛ばされ、一方の阿熊川は何事も無かったかのようにヘディングで叩きつけてネットを揺らした。

 

「おい」

 

 阿熊川はしゃがみこむと、桐葉を睨み付けて言った。

 

「図体ばかりデカい役立たずはな、味方が迷惑するんだよ。……とっとと消えろ、クズが」

 

 無慈悲な刃が、桐葉の心をずたずたに切り捨てた。

 その後、修應イレブンは守備陣が崩壊し、攻撃陣も完全に封じられた。反撃はおろか自陣から出ることも出来ず、ハーフコートゲームで一方的に叩きのめされ、20点という大差で前半を終了した。

 

「くそったれがァァッ!」

 

 ハーフタイムに入るなり、鹿乃村は溢れんばかりの憤怒をベンチにぶつけた。幸い、奥枝と山本はその直前に避難したため、大事には至っていない。

 

「なんなんだよッ! なんだってんだよクソォォッ!!」

 

 鹿乃村は周囲の目もはばからず怒り狂った。

 普段なら桐葉なり生天目なりが止めに入ったり、奈落馬が注意したりするが、もはや誰も動かず、口を開かなかった。気力も体力も底をついているのだ。

 顕著なのは岐山である。

 倒れ込んだ彼は尋常ではない量の汗をかき、その顔は病人のように青白くなっていた。呼吸の感覚も極端に短い。

 奥枝は、すぐに酸素吸入と水分補給を岐山に施した。

 再三だが修應中に控えのメンバーはいないので、開始時のメンバーで60分以上を戦わねばならない。誰かが離脱するようなことがあれば、更に状況が悪化することは目に見えていた。

 

「ウチのサッカー部ってホント弱いね」

 

「デカいこと言っといて、この有り様だぜ。見てるこっちが情けねえ」

 

「おいサッカー部! やる気ねえならとっとと試合放棄しちまえよ!」

 

 方々から非難の声が上がった。

 

「うるせーぞてめえらァァ!!」

 

「……みんなの言うとおりだよ。もうやめよう」

 

 桐葉の言葉に若園たちが振り向いた。

 

「こんなの惨めすぎるじゃないか……」

 

 頭を抱えて震える彼の様子を見て、若園たちには返す言葉がなかった。

 どうにもならない、圧倒的な力の差。

 燃え盛っていた彼らの心の炎は、既に鎮火してしまっていた。

 

 ただひとり、弓川を除いては。




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