何度目の正直かわかりませんが、懲りずに英梨々ルートの続編です。
あまり目的をもった物語よりも、英梨々とのんびり一年間を過ごすような内容にしたいと思っています。
ピーン。ポーン。
玄関のチャイムが鳴った。
俺はインタホーンに出ず、鞄を持って玄関に向かう。靴を履いて、玄関のドアを開ける。
凍てつくような寒い空気。空はどんよりとした曇り。
目の間に立っているのは、少し小柄で金色の髪をツインテールにしている女の子。
目線をそらせて、モジモジとしている。
ベージュのダッフルコートに、白とピンクのストライプ模様のマフラーをして佇んでいる。
「おはよ。英梨々」
「・・・おはよ」
澤村・スペンサー・英梨々。幼馴染の彼女は紆余曲折をへて、今は俺の彼女に収まっている。
付き合いはじめ恋人になったものの関係性は未だに大きな変化はない。
クリスマスにお互いの気持ちを確認したとはいえ、年末は冬コミに忙殺され、冬休みは同人ソフトを店舗で扱ってもらったり、アップデートしたり、おまけ画像を作ったりと、まぁ恋人らしいことは何もしていない。
でも、こうして朝は英梨々が迎えに来てくれて、俺たちは一緒に学校へ行くことになった。
英梨々はモフモフとした高級そうな白いミトンの手袋をしている。
俺はその左手をそっと握った。
「行くか」
「うん」
最寄り駅までの道のりだけ手をつなぐ。
吐く息が白い。
ゆっくりと歩きながら静かな時間を楽しむ。本当ならもっと昔からこういう時間を共有できたかもしれない。俺たちはずいぶんと遠回りをした。
でも、それも必要な時間だったと今では思う。
「で、恵とはどうなのよ?」
英梨々は毎日この質問をしてくる。進展なんてありはしないのに。
「どーもしねぇよ」
「ヘタレね」
「そうだな」
認める。反論してもしょうがない。
サークルメンバーのみんなに、英梨々と付き合うことを報告してから関係性はギクシャクしている。それは避けようのないものなのかもしれない。
隣を歩く英梨々の髪が揺れると、微かな香りがする。
今日は赤いリボンが一緒にゆらゆらと揺れている。
「まっ、そうよね」
「そうだな」
加藤との関係性を修復するアイデアが浮かばない。
それと次のゲームを作る気力もしない。次は高校三年生で受験生になる。
「なぁ、受験勉強に専念するという理由はさ、ゲームを作らない言い訳になると思う?」
「さぁ?むしろ、ゲームを作る事が受験勉強をしないことの理由にすべきではないわよね」
「おまえ、難しいこというよな」
「常識的なだけよ」
英梨々が少し笑った。笑うと目元がちょっと優しくなるんだ。
英梨々は美少女で、瞳が大きくパッチリしている。ちょっと怒りやすくツンツンするものだから、きつい性格に見えることがある。本当は優しくてポンコツなんだけど。
だから、こうやって笑って目元がほころぶとすごくキュートな感じになる。
「倫也は成績がだだ下がりなんだから、がんばらないと相当やばいんじゃないかしら?」
「そうなんだよな・・・だって受験生をやるとは思わなかったんだからしょうがないよねぇ!?」
「三年生になったら受験生でしょうーが」
「そうなんだけどなっ!」
「ゲーム作って過ごすならそれはそれでいいんじゃない?」
「それもなぁ・・・」
「煮え切らないわね」
「進路がはっきりしないから、大学にいくんだろ」
「そうでもないわよ。あたしは美大に進学しようと思ってるし」
「美大かぁ・・・あれもけっこう大変なんだろ?」
「そうね、専門の予備校に通うわよ」
「まじで?どれくらい?」
「週6」
「まじで」
「まじで」
英梨々の希望進路は美大らしい。展覧会で賞もとっているし、内申も悪くないし、英梨々なら受かっても不思議ではない。
ラノベだったら専門の勉強もせずに、ゲームや同人を制作しつつも受かるだろうけど現実は甘くない。
いや、ラノベでも受験に失敗したことまで描いた作品もあるか。
これで英梨々がラノベのラブコメヒロインなら山場もなさそうだし、そもそも決着がついているし大問題なわけだが、ごくごく普通に高校三年生になると思えば、至極当然に思える。
駅に近づくにつれて人が増えてくる。制服姿の学生やサラリーマンが黙々と歩いている。
「倫也、今日のお昼はどうするのよ?」
「そうだなぁ・・・英梨々は?」
「パン買ってく」
英梨々が駅前のパン屋を指さした。
学食で食べるか、購買でなにか買うか、それとも学校へ持ち込むかである。
料理をしない英梨々に手作り弁当を期待するのは流石に酷である。
「じゃ、俺もそうするよ」
「うん」
パン屋でパンを選び、スマホで決済をする。
それから電車に乗った。
朝の通勤電車は混んでいる。
英梨々をドアの横の角に、俺は英梨々をかばう様にして立つ。
「あら、彼氏らしいことをするのね」
初めてこの行動をとった時に英梨々にそう冷やかされた。
そして、まだ慣れない。
英梨々が近い。鞄を二つ隔てて英梨々がいる。
英梨々のつむじまで確認できるぐらいには近い。リボンの結び目とか気になる。
英梨々が見上げると目が合ってしまい、少し目を合わせた後に頬を赤くして目をそらした。こういう仕草が最高に可愛いと思うのだけど、そこらへんを指摘するとツンが発動するのであえてふれない。
二人とも会話をしないで、息を殺して時間が過ぎるのを待つ。昔はうんざりするような通学だったが、最近は楽しい。彼女効果すごいと実感する日々が続いている。
当たり前の日常を二人で過ごすだけでハーピーになる、英梨々が俺にむけて無邪気な笑顔を向けてくれると幸せだった。
学校の最寄り駅からは手をつながずに並んで歩くだけだ。
初詣の時に英梨々の同級生に会い、英梨々が俺と付き合っていることは学校が始まる前に噂で広まった。英梨々のファンからは殺意のような目線を感じるが、気がつかないふりをする。また、殺害予告が堂々と一通届いたがこれは全力で無視をした。物騒な世の中である。
通学路を二人で歩きながら、英梨々はだんだんお嬢様モードに変わっていく。学校用の仮面をかぶった英梨々で腐女子であることは微塵にも出さない。
だったら、なんでオタクで有名な俺と付き合ってるんだ?ということになるわけだが、幼馴染に押し切られて・・・ということになっているらしい。
学校内でオタクを連想するような、アニメ、マンガ、ラノベ等の話題は禁止である。俺からオタクをとって何が残るのかいまいちわかりかねるがしょうがない。小学生の時のようにオタク騒動からいじめに発展したことを思えば英梨々が警戒することもうなずける。
「まだあまり落ち着かないわね」
英梨々の周りには雑音が多い、ため息も聴こえる。
そりゃあそうなのだ。
英梨々は学校二大美女の一人らしい。最近では加藤恵をいれて三大美人説もでてきているらしいが、やはり英梨々と詩羽先輩ほどの知名度はまだない。
詩羽先輩が卒業すると一強ということになるんだろうか。その辺のリアル事情は疎くて俺にはよくわからない。
そして、俺たちは学校の正門横のスペースに並んで立った。
これは英梨々による周知作戦の一環であり、一応一月いっぱいまでやる予定らしい。
「・・・はぁ」俺はため息を大きくついた。
「これを乗り越えないとどうしようもないのだから、しょうがないでしょ?」
「まぁそうなんだろうけど・・・」
まったく何のことかわからない人のために説明してあげたいが、どこをどう説明していいかわからない。がんばって『負け犬ヒロインの育て方』から読破してみるとわかるが、あまりお勧めはしない。
通過儀礼。みたいなものだ。たぶん。
「どうなのかしらね?」
「どうなんだろうな」
「ふぅ・・・」英梨々も深く息を吐きだした。白い空気が揺れて消える。
黒い長い髪をした少女が向うから歩いてきて、俺たちの前に止まった。
「あら、朝からお熱いわね」
「ええ、お陰様で」
詩羽先輩だ。サークル活動で大変お世話になったが、それ以上の二人の仲が成立するのに協力してくれた。今では英梨々の一番の理解者であり、友達であり、相談相手になっている。若干、姉や保護者のような立場に見えなくもない。
「詩羽。はい、これ」
「あら、なにかしら?」
英梨々がパンの入った小さなビニール袋を1つ渡した。
「メロンパン。ここのおいしいのよ」
「悪いわね」
「お昼に屋上で食べましょうよ」
「・・・そうね。その方がいいならそれでいいけれど。別にお二人で過ごしたらいいじゃないの?」
「家が近いから、二人で過ごす時間はいくらでもあるのよ」
詩羽先輩が了解して、それから下駄箱の方へと向かった。
俺も英梨々もまた深くため息をつく。
問題は加藤だ。
とにかく、二人が付き合うことを報告してから俺とは口をきいてくれないし、LINEは既読すらついていない。
怒っている・・・のだろう。
「実際、恵が怒っている理由って何なのかしら?」
「実は加藤は俺のことを好きだったとかいうオチがないだろうか・・・?」
「バッカじゃないの!?」
「ですよねぇ・・・」
「一年間メインヒロインなんていってちやほやしたかしらね。あたしを選んだから面白くなかったといったところでしょ」
「それ、俺がいったことと同じじゃね?」
「ぜんぜん違うわよ?別にあんたに対する感情なんて関係ないじゃないの」
「そうか!?」
「そういうのがわからないから、倫也は倫也なのよ」
「うーん」
女心はよくわからない。
「来たわよ」
「どこ・・・」
「20メートル先」
英梨々がその蒼い瞳を細めてみている。
俺はコンタクトにしてから遠くがよく見える。確かに加藤が歩いてきていた。
「目立つわね」
「優雅な雰囲気だな」
加藤の周りだけ桜でも散っていそうな柔らかさがる。
両手で鞄を前に持って、少し物憂げに歩く姿はメインヒロインといった感じがする。華があるといえばいいのか。
「成長したわよね、恵」
「そうだなぁ」
加藤恵をメインヒロインにするプロジェクト。まだまだ未完成な部分もあるが、男子生徒から告白を受けるなど、人気は急上昇中だ。その点はさっき述べたか。
「あいつって、本気だすと消えるよな」
「ステルス性能もっているからね」
「あっ、消えた」
「・・・倫也・・・前・・・」
目の前に加藤が立っている。そしてちょっと見上げるようにして俺の方を見ていた。優しい目元は少し眠そうにも見える。髪は伸びて肩に当たっている。
「おはよう。恵」
「あのさぁ・・・」
「お・・・おはよう加藤」
「そうやって毎日、見せつけなくてもいいんじゃないかなぁ?」
「そうかしら?」
「うん」
「あの・・・加藤・・・おはよう」
「まぁ、それでも毎日ため息ついている男子生徒見ていると、英梨々に彼氏ができたことを周知するのも効果があるのかもね」
「でしょ?」
「あっ、おはよ。英梨々」
加藤の口元が少しだけ・・・ほんの少しだけ笑顔を作った。昔はフラットで表情を見せなかったが、最近は表情も豊かになってきた。というか、俺たちが見分けられるようになってきた。
英梨々と加藤が並んで校舎へと向かっていく。
二人はサークル活動してから仲がよくなった。加藤は英梨々がオタクであることを知っている少ない友人の一人だ。
俺と英梨々が付き合うことを怒っているなら、英梨々とも喧嘩をしているはずだ。でも、こうして英梨々と仲が良いのを見ると、やはり原因は俺にあるらしい。
ゲーム制作は間に合ったし、ゲームは大成功だった。報酬の分配も提案したが加藤は英梨々や詩羽先輩と同様に受け取らなかった。ということは金銭の問題でもないようだ。
考えてもわからない。
俺の前を歩く英梨々が振り返った。俺を見て満面の笑顔を作っている。八重歯が見えた。
何がそんなにおかしいのかよくわからない。そのあと加藤の方を見て二人で何やら笑っている。
俺にはさっぱりわからない。
あせることは何もないんだとわかってはいる。
英梨々との仲を発展させる以上に、加藤との仲はもう少し修復したい。
俺はそんなことをぼんやりと考えながら下駄箱に到着する。
英梨々が下駄箱を開けると、ラブレターがばらばらと落ちきた。これも朝の様式美ともいえるものだ。
「ふぅ・・・キリがないわね」
「周知アピール意味ねぇな」
「ほんとよね」
英梨々は嫌な顔一つせずにラブレターを拾い集めて鞄にしまう。
これを教室の片隅で広げて読み、その場で小さく破いて袋にいれて捨てるまでがセットだ。
ちゃんと読んでますよアピールと、無駄ですよアピールをしているらしい。
もちろん、実際には読んでいない。フリをするだけだ。
「どうしたらいいのかしらね?」
「夢を見させなけれいいんだと思うぞ」
「例えば?」
「この場でそこのゴミ箱に捨てるとか」
「みんなが見てるじゃない」
「だから、効果的なんだろ」
「・・・逆恨みされそうよね」
いじめへの警戒もあるのかもしれないが、本質的に優しいのだと思う。
一方、俺の下駄箱にさきほど加藤が何かをいれたのを俺は見逃さなかった。
開けると一枚のメッセージカードが入っている。こないだの殺害予告のカードと同一であるあたり、隠すつもりもないらしい。
カードには『今度こそ完成させろ』と書いてある。
まったくだ。同感だ。全面的に同意見だった。
「なぁ加藤!」
階段を上がり始めた加藤の隣に並ぶ。
「これ・・・一年がかりで作るらしいんだが・・・」
「何のこと?」
加藤が指を一本当てて自分の口元に当てて上を見ている。何かを考えているのだろう。
「あのさ、えっと・・・安芸くん。わたしの隣に立たない方がいいし、わたしと仲直りもしないほうがいいよ」
「どうして・・・」
ひさびさに口をきいてくれたと思ったら、わけのわからないこと言う。
「後ろ。・・・じゃあね」
そういって、加藤は駆け上がっていった。加藤のいい匂いで頭がクラクラする。
俺が振り返ると、階段の下ところで英梨々が見上げたまま固まっている。大きな蒼い瞳はウルウルと潤んでいる。今にも涙がこぼれそうだった。
俺はやっと加藤の言っている意味がわかった。
加藤が俺に冷たくする意味も、連絡がとれなくなった意味も理解した。
英梨々は俺と加藤の仲が修復すればいいと思っている。たぶん本心からそう思ってくれている。優しい子なのだから。
でも、同時に俺と加藤が一緒にいるのを見るのがつらいらしい。
それが嫉妬なのか不安なのか、俺にはよくわからない。
「英梨々!」
俺は階段を降りて、英梨々の前に立つ。
「倫也ぁ・・・」
そんな哀れな声で俺の名前を呼ぶな。お前は俺の彼女なんだろう?
「英梨々。大丈夫だから、そんな心配するなよ・・・」
「うん・・・」
俺は英梨々の後ろに手を回し軽く抱きしめる。周りの生徒がびっくりしている。今日一番の噂話になるのは間違いないだろう。
英梨々は俺におでこをつけて下を向いている。
「ごめん・・・倫也」
「なぁ・・・英梨々。ちょっと落ち着いたら顔を上げてくれるか?」
「・・・うん」
周りに人だかりができてきている。興味のない生徒は横を通って階段をあがっていく。
「何?」
英梨々が顔をあげた。少し泣いたのか目が赤くなっている。
「相変わらず泣き虫だな」
「ごめん」
「そんな素直になるなよ」
「じゃあ、どうすればいいのよ」
「ちょっと目をつぶってくれるか?」
「こう?」
英梨々が目をつぶった。
俺は英梨々の唇にそっとキスをした。
キスをしたまま離れない。英梨々の唇の柔らかさと温かさが伝わってくる。
英梨々は固まったままだ。俺も動かない。
周りから、「ひゃ~」という声が漏れた後、ざわざわと騒ぎ始めた。
英梨々がやっと目を開ける。
「倫也・・・何してんのよ・・・」
何?って言われても困る。キスなんだが。和風に接吻にしておこうかな。
「言わなきゃわかんねぇの?」あえて、突き放す。もう照れくさいったらありゃしない。
「はぁ~~~~!!あんたバッカじゃないの!?なんで、ここでキスなのよ?どうしたの?頭沸いたの?ついにいかれちゃったの?」
「うるせぇよ。だいたいお前がいっつもいっつもいっつも、い~~~つも物語を途中で投げ出すからだろうがぁ!!」
「はぁ?わけわかんない!何がどうして、それがキスとつながるのよ?」
「しょうがねぇだろ。キスして終われねぇからだよ!キスから始まる物語でもいいだろうがぁ!」
「ほんと、信じられない・・・」
あ~あ。さっきまでシリアスだったのに、劇中劇にしてしまったよ。ほんと、俺もダメだなぁ。
英梨々の顔が真っ赤になっている。目には涙が浮かんでいる。
「・・・えっ・・・泣くの?」あっ、やばい。やりすぎた。この辺の匙加減がわかんねぇのがオタクなんだよなぁ。反省は毎度するが正解は毎度見つけられない。
「倫也・・・こういうことはさ・・・ちゃんと許可を得てやりなさいよ・・・」
「なんだ、そのつっこみ」
「突然じゃびっくりするでしょ!」
「英梨々」
「なによ」
「もう一度キスしたい」
「バカ!いいわけないでしょ」
「なんだよ・・・」
「そういうのは、部屋で二人の時にしなさいよ!」
「そうだな!ごもっともだよ。じゃあ、家に帰ったらな!」
「・・・」
プシュッゥゥ~~
あっ、英梨々の頭から湯気がでてフリーズした。
ふむ。
「あと、ついでにそのラブレター捨てておけよ」
英梨々がブリキの人形のようにぎこちなく大きく頷いた。
そのまま眺めていると、英梨々は鞄の中のラブレターを取り出し、近くのゴミ箱に放り投げた。
よし。
ここまですれば、さすがに英梨々もヒロインとしての自覚が持てることだろう。
俺が英梨々の彼氏として過ごす一年間の物語。
英梨々にはたくさん笑って欲しいと思う。いや、切に願う。
(了)
この後、禍々しいオーラが駄々洩れの教室を描くから、ややこしくなるんだなとやっと気が付いた。