倫也の家の前にクラウンが停まり、ハザードランプが点滅している。ウインカーが静かに時々動き、フロントガラスの雨は弾いていた。
「なんで雨降ってんのよー」
「しょうがないだろ・・・」
「なんとかしなさいよ」
「こればかりはなぁ・・・」
「リアルタイムに進めるのに、天気予報をみないのが悪いんじゃないですか?」
「・・・」
出海のごもっともな意見に英梨々は言い返せなかった。3人は呆然と家の前から空を眺めていた。クラウンには運転手が待機している。もちろん雨なので潮干狩りは中止だ。中止とはいえ、英梨々はせっかくなので車でどこかにいくか迷っていた。
「倫也先輩。私は先に部屋に戻ってていいですか?」
「ああ。何かあったら呼ぶから」
「はい、決まったら来ますね」
出海は玄関のドアを開けて、家の中へ入っていった。久しぶりの倫也の家で懐かしい気持ちになる。とりあえずリビングのソファーに座り、スマホを取り出して時間をつぶすことにする。
一方、英梨々はさっきからブスゥーと口を膨らませたまま沈黙している。倫也としては待たせている運転手が気の毒で仕方ない。GWなら運転手も休みが欲しいのではないかと、いらぬ心配をしてしまう。しかも早朝だ。
「なぁ英梨々。せめて運転手さんだけでも帰ってもらったら?」
「倫也が運転するのかしら?」
「俺は免許まだもってねぇーよ。車に帰ってもらったら?」
「どこか行きたいとこないの?」
「雨だしな」
「・・・そうね」
商業施設で買い物をする気もしないし、ラウンドワンでボーリングなどして遊ぶ気もしない。英梨々は傘をさして車の運転席に近づいた。英梨々が近づくと律儀にも運転手は雨の中降りてきて、傘もささずに後部座席のドアを開けようする。英梨々はそれを手で制して、運転手と二言三言会話をした。運転手は頭を下げて運転席に戻ると、ハザードランプを消して走り去っていった。
英梨々が倫也のところへ戻ってきて、傘をたたむ。倫也はため息を1つついて玄関のドアを開けた。英梨々が黙って入っていく。まるで遠足が中止になった小学生のようだと倫也は思ったが口には出さなかった。
「どうなりました?」出海が振り返って声をかける。
「中止にした。運転手さんにはかえってもらったよ」英梨々の代わりに倫也が答えた。出海は「そうですか、残念です」と言った。
英梨々は無言のまま麦わら帽子をソファーの上に放り投げ、そのまま階段を上がって倫也の部屋へあがっていった。
「機嫌が悪いですね」
「うん、まぁしょうがない。出海ちゃんにもわざわざ早くから来てもらったのに」
「いえいえ、私は来たいから来ただけですよ。中止なのは天気をみればわかりますし」
「ひさしぶりだよね、来るの」
「小学生の時以来ですからねぇ・・・」
倫也が中学生時代に伊織に連れられて出海は倫也の家に来たことがある。ゲームあり、アニメあり、マンガあり、ラノベあり・・・出海が本格的にオタクの世界に足を踏み入れたきっかけでもある。倫也が夢中で楽しそうに話しをする姿に惹かれてしまった。
それでもまだ子供で自分の気持ちにははっきり気が付かなかったが、去年の夏コミで手伝ってもらってから、はっきりと自覚するようになっている。
倫也はキッチンでコーヒーを淹れて、それをカフェオレにした。「砂糖は好みでいれて」と言いながら、出海の前のテーブルに置いた。「ども」と出海は少し緊張した声でお礼を言う。
「・・・さてっと」倫也は別のソファーに座り、リモコンでテレビをつける。ハードディスクには冬アニメがいくつか録画されていて未視聴のままのものも多い。春アニメにいたってはまだチェックすらできていない。
「何か見る?」
画面にはタイトルがずらりと並んでいるのを出海は眺めた。今はあんまりアニメを見たい気分ではなかった。これをお題に倫也と会話を広げようと考えた。
「何かお薦めはあります?」
「ご覧の通り、未視聴が多くてさ・・・」
「受験生ですものね。2期、3期のアニメなんかははずれないんでしょうけど」
「そうだね。出海ちゃんが見てないのがあれば、ここで一緒に見ようかな」
「・・・そうですねぇ」
「ちょっと、選んでてくれる?」
「はい」
そう言って倫也は立ち上がった。二階の部屋には英梨々がいるので気になる。ここで一緒にアニメでも見てくれればいいのだけど。
倫也が部屋に入ると、ベッドにはブランケットに包まった英梨々がいた。体をくの字に曲げているのがわかるが、完全にもぐっているので表情はわからない。
「英梨々」
倫也が声をかけた。英梨々は返事をしない。倫也は英梨々がいじけているのかと思い、ベッドに腰をおろしブランケットの上から英梨々の肩に手をかけ、もう一度「英梨々」と優しく声をかけた。
英梨々は顔だけをブランケットから出し、コンタクトを外したので目つきの悪いまま倫也を見つめ、「気にしないで」と言った。
「そんなこと言われてもな・・・大丈夫か?」
「寝不足」
「・・・ああ・・・うん」実は倫也も少し寝不足
「だから、あんたは別に気にしないで波島出海とアニメでも見てきなさいよ」
「だいたいお前、そんな体調不良で潮干狩りに行こうとするなよ」
「中止になったんだからいいでしょ。さっさといきなさいよ」
「・・・わかった」
倫也は部屋を出て下に降りる。出海はリモコンでアニメリストを見ていた。何かのんびり見れるものがいいと思いながらも、いまいちピンとこなかった。
「どう?」
「王様ランキングにしようかと思いますが」
「OK」
出海が第一話を再生する。倫也はソファーに深く腰を掛けた。まだ朝の8時だった。脳がいまいちクリアになっていない。布団にもぐればすぐにでも寝てしまいそうだった。
あのまま英梨々の横に添い寝していたい気分だ。窓の外の雨の音でも聴きながら、英梨々とたわいもない冗談をいう。その日向のような香りと、柔らかい髪を指に絡めて遊びながら・・・
第一話もろくに進まないうちに、倫也はうつらうつらとして目を瞑った。出海は別に怒りはしない。ただ、どっちつかずの優しい倫也を見て、寂しい気持ちになっただけだ。出海はぼんやりとアニメを眺める。話数が多いので、倫也の目が覚める頃まで終わることはないだろう。それはそれでいい。ただ、せっかくの2人ならもう少しだけ面白いことがしたかったと思っていた。
※ ※ ※
英梨々は部屋に一人。天井の白い壁紙を見つめていた。ときどき家の前を通る車が水を弾いて通過した。そのほかは静かだった。下にいる倫也と出海のことは別に気にならなかった。どうせ何も起きない。嫉妬とは無縁の感情だった。
英梨々は寝がえりをうち、誰もいないテーブルの上のノートPCをみる。倫也がいればキーボードを打つ音が心地よく響いていたはずだ。自分は素知らぬ顔でラノベでも読みながら、まったりとした時間を満喫する。倫也が些細なことで声をかけてきたら、それにそっけなく答える。倫也が髪に触れてきても気づかないふりをする。それから我慢できなくなったら、倫也の顔を引き寄せてそっとキスをする。そこから先には進展しない。
英梨々はドアを見つめる。倫也が今すぐにでも入ってくる気がした。窓のひさしに雨があたる音が微かにする。ラノベを読み気も起きない。そばにいてくれるだけでいいのに。そう思いながら英梨々もまた目を瞑った。
せっかくの雨なのに。
(了)
何をしていいかわからない時に、後からふりかえればもう少し適当なふるまいができたかもと思うけれど、やっぱりその場ではわけのわからない時間の過しかたをする。
朝の8時からアニメは普通みない。
じゃあ、何をすればいいかって言われたら、やっぱりよくわからないな。
TVの雑音をつけながら、雑談をして過ごすようなスキルがあれば別なんだけど・・・
こう・・・微妙な距離の人だとほんと困る。