迷走して未完なんですが・・・
01 第一夜 英梨々と学ぶ初夜の作法
「ちょ・・・ちょっと・・・まっ待ちなさいよ!」
英梨々が動揺を抑えきれず、あたりをキョロキョロと見ている。
英梨々は猫模様の黄色いモフモフのパジャマを着ていた。
反して、部屋は落ち着いた木のぬくもりを感じる家具と調度品で満たされ、ロウソクの炎がランプの中で揺らめいている。
壁に埋め込まれた四方のスピーカーからは、まるで生演奏のような美しい音でベートヴェンの月光が優しく流れている。
天蓋付きの大きなベッドに腰を掛けて、手は緊張してシーツをぎゅっと握っているが本人は気が付いていない。
「ほんとに・・・R18で始まめることないでしょ!」
さっきから、語尾を強くあげて去勢を張るものの、声はどこか心細い。
「なんとかいいなさいよ・・・」
倫也に助けを求める。
緊張して息がつまりそうだ。
「英梨々の望んだ世界だろ?」
倫也は冷静に答えながら、部屋の扉を調べ、ドアノブを回していた。
「なんで、そんな他人事なのよ・・・で、あんた何してるのよ?」
「ん・・・いや、このドア・・・中から開かないぞ?」
「・・・そう。まぁそうでしょうね」
雪の降るクリスマス・イブの夜。
倫也と英梨々は那須の別荘に2人で過ごしている。
「英梨々、何か心当たりがあるのかよ?扉が壊れているとか」
「はぁ・・・」
英梨々が深く息を吐き出した。
「そのわざとらしいセリフ・・・」
「そりゃ、読者だって状況を説明しないとわからないだろ?」
「別にわからない人はわからないでいいじゃない」
「・・・ふむ。そうだな」
倫也は諦めて、英梨々の方へ振り向いた。
ランプの明かりに英梨々の影が大きく壁に揺らめいている。
本人は暗くてその表情がはっきりとは見えないが、金色の髪がこの微かな光でも輝いていた。
「結ばれないと、出られないわよ」
「結ばれるって何が?」
「あたしと倫也が」
「結ばれるってどういうことだよ」
「あんたバカなの?それとも、あたしの口からそれを聞きたいのかしら?」
「そうだな。うん。お前の口から聞きたい」倫也はからかうような口調でいう。
さっきから、立ったままドアにもたれかかっている。
部屋の中に適当な椅子はなく、座る場所がベッドぐらいしかない。
もっとも、絨毯は厚みがあって直接座っても座り心地は良さそうだ。
「そ・・・そう。えっとね・・・」
英梨々はちょっと顔を俯いて、もぞもぞと体を動かす。
暗くて見えないが頬が赤くなり、口は堅く閉じて波打っていた。耳はもちろん真っ赤だ。
自分で耐えられなくなって、ベッドサイドのランプを点灯させた。
あたりが明るくなり、壁の影が消える。
「そのね・・・あたしが倫也に抱かれるってこと」
「よし、じゃあ高い高いしてやろう」
「赤ちゃんちゃうわ・・・」と、ベタなボケにとりあえずツッコむ。
倫也もけっこう緊張している。あえて英梨々の緊張をほぐそうとするが、すぐに沈黙が流れる。
すると部屋の雰囲気に押し流されそうになる。
いや、そうするべき事を重々承知しているが。
「どうにも実感がわかねぇな・・・」
倫也が部屋を見わたす。簡素な部屋だった。扉付きの本棚には百科事典などの分厚い本が並んでいて、その上には経済や政治関連のものが多い。辛うじて倫也が読めそうなものといえば三島由紀夫全集ぐらいのものだった。
ただ1つおかしなものがあるとすれば、棚の上に置いてあるガチャマシーンぐらいだろう。
今はあえてふれない。できれば関わらずに終わりたいと思っている。
「それ、詩羽からのプレゼントだから」
「あっそ」
躊躇なく触れてきやがった。
「話に困ったら使いなさいだってさ」
「そうか・・・」
倫也は軽く指でこめかみを押して、起こりそうな頭痛を早めに取り除く。
「もう、そんなとこに立ってないで、こっち来なさいよ」
英梨々は左手でベッドをポンッと叩く。
「別にまだ立ってねぇぞ?」
「はいはい。下ネタ乙」
「・・・連れねぇなぁ・・・」
倫也は覚悟を決めて、ベッドの方へ歩き出した。
「倫也・・・手と足が一緒に動いているわよ」
ガッチガッチ。
「あのさ・・・英梨々」
倫也の声も震えている。こんな時は男の方が臆病だったりして。
「なんか、倫也が緊張しててくれた方が、あたしの気が楽ね」
「あのなぁ・・・」
「安心しなさいよ。今回すぐに終わるような物語じゃないから」
「えっ、連載型なの?」
「そうだけど、何か問題あるのかしら?」
「いや・・・」
倫也はほっとして、英梨々の隣に座った。
柔らかいベッドが少し沈む。
「そんなにほっとした顔をされるのも、なんか腹立たしいわね」
「すまん・・・」
沈黙。
今も心地よく月光の甘い音色が流れていた。
英梨々は足をそろえて、その上に手をグーにしておいている。
隣の倫也も同じ姿勢だった。なんだか2人して面接でも受けているみたいに背筋をピンと伸ばしてる。
「するわよね・・・?」
英梨々の問いかけに、またボケようかと迷う。
雰囲気を茶化すのは簡単だ。そうやって時間を稼ぐ。結論を引き延ばしにする。
でも、それはもう倫也がすべき選択ではない。
「お前さえ、良ければなっ」
倫也が英梨々の方を向いた。
英梨々は下を向いて、顔が真っ赤になった。湯気もでそうだ。
「あっ、ツインテールなんだな」
「・・・うん」
てっきり準備万端で髪をほどいていると思っていた。
英梨々がうなずくと、ツインテールが少し揺れる。
揺れると光をキラキラと反射する。
倫也はサイドテーブルに手を伸ばしてベッドランプを消した。
当たりがまた暗闇に沈み、壁に2つの影が揺れる。
沈黙。
月光の演奏も止まった。
沈黙。
(次の曲がかからないのかしら?)
英梨々はそれを口に出さない。
(あれ、オーディオの調子が悪いのか?見て来る・・・)
倫也はそんな風に誤魔化さない。
だから、沈黙する。
心地いい沈黙と、重い沈黙がある。今はどっちだろう?
「・・・ごめんな。英梨々」
倫也が先に沈黙を破った。
「えっ、何?あたし・・・ここでふられるの?」
英梨々が動揺して顔を上げる。顔がきょとんとしていた。
「いや、ちがっ・・・えっと、あの日。前も謝った気がするけどさ。新幹線にお前を押して倒してしまったこと」
「うん?」
「長い物語を2人で・・・ちがうか、みんなで過ごしてきて、あれが一番後悔してる」
「そう・・・でも、それはね・・・倫也」
英梨々の優しい声が部屋に響いて、それが壁に音が吸収されてすぐに沈黙になって・・・
そうすると、胸の音がトクントクンと聴こえそうで・・・
「それは倫也が優しいからなのよ。だから、もうそんなことは気にしなくていいわ」
「・・・ありがと」
倫也が英梨々の頭を抱き寄せ、髪にそっと口付けをする。
日向の温かい香りがする。ひどく懐かしい。
「ちゃんと抱いてよね」
うん。上手く言えた気がする。あっ、でもこれじゃツンがないのか・・・
「どうかな」と自信なさげに倫也が答える。
「そこは、了承しなさいよ」
「いや、まぁそうしたいんだがな・・・何しろ俺だって・・・そのなんだ・・・」
「何?」
「R18とか初めてだし」
「・・・そうね」
「恥ずかちぃ」倫也は両手で顔を覆った。
英梨々は冷めた目線でそれを見つめている。
「・・・あの、英梨々。何かつっこんでくれよ」
「そうね。ええ、倫也のそのシリアスに耐えきれなくなる気持ちは痛いほどわかるわ」
「ごめん」
「いいのよ・・・もう3000文字超えたし、今日はこの辺で終わろうかしら。オチなんていらないんでしょ?」
「オチは別にいらないんだけど・・・」
「けど・・・何よ?」
「少しでも進展しないとな」
「何をよ?」
「そりゃあ英梨々・・・エッチをだよ」
「はぁ?あんたバカじゃ・・・んぐっ」
倫也が指で英梨々の口元を抑えた。
英梨々が落ち着いたのを見計らって、倫也は指を離して大きく息を吸った。
「リボン」
「・・・リボン?」
「とっていいか?」
「ん?別にいいけど・・・」
英梨々が首を傾けて自分のリボンをとろうとした。暗いのでよく見えないが、以前、倫也が送った一番のお気に入りのリボンだ。
「いやいや、俺がはずすから」
「・・・そ・・・そう」
「ダメ?」
「と・・・ともにゃがそうしたいならそうしなさいよ!」
「にゃ?」
「噛んだのよ!悪い?最後まで言い切ったんだから、そこはスルーしなさいよ。ほんと空気読めないわね」
「ごめんにゃ」
「いいにゃ」
沈黙。
「やっぱり、音楽止まったままよね」
「そうだな。たぶん、リピート押さなかったんだな」
「しょうがないわね」
「よし。するぞ」
「いいわよ」
倫也も英梨々も体制を変えて、ベッドの上で正座して向かい合った。
「三つ指立てて、お迎えした方がいいかしら?」
倫也はそれをスルーして、英梨々の右のリボンをほどこうとする。
「・・・それ、ほどけないわよ。前、言わなかったかしら?」
「えっと・・・」
「ゴムバンド見えるでしょ」
「暗くて」
「ランプつける?」
「いや、いい」
「・・・そう」
英梨々はずりずりと体をずらして、後ろを向いた。
それから、倫也に近づいて体を預ける。
華奢な英梨々の体を支えながら、倫也は英梨々のリボンのバンドを探すがやっぱり見えない。
手探りでゴムバンドを見つけて、それを外そうとする。
「・・・倫也。痛い」
「ごめん」
「そんなに強くしちゃだめ」
「ごめん」
「下手くそね」
「ごめん」
倫也はうまくリボンが外せないので諦めた。
沈黙。
後ろから、そのままそっと英梨々を抱きしめる。
ここで甘い言葉でも囁かれたら、そのまま落ちる。チョロインじゃなくても落ちる。
「倫也・・・」
「んっ・・・」
「『砂糖』とか、つまらないオチにしたら裏拳いれるわよ」
「大丈夫。ボツにする前に添削したから」
「・・・そう」
真面目か。そして沈黙。
「あと、リボンをはずすならちゃんとはずしなさいよ」
「まぁそうなんだがな・・・ほら、ツインテールの英梨々も可愛いし、どうしようかって」
「バカ」
静寂。
棚の上の蝋燭のランプがちらちらと揺れ、そして、ふっと消えた。
完全な暗闇に沈む。
「好きだ」
「ばーか」
倫也はぎゅっと英梨々を抱きしめる。
「ずっと優しかった英梨々が好きだ」
「ばーか、ばーか」
「君が好きなんだ」
「ばっかじゃないの・・・」
「・・・ごめん」
「・・・ばぁーか・・・」
英梨々も倫也の腕をつかむ。
暗闇も静寂もいらない。
「えりり」
「・・・ともや。もう返せないわよ・・・」
「英梨々。君の耳元で囁く甘い言葉が見つけられない」
「うん」
「こんなにも君を抱きたいのに」
英梨々はギュとさらに腕をつかむ。自分が震えているのがわかる。
「だから、ありきたりな言葉だけど」
「・・・うん」消え入るような声で返事をするので精一杯。
「愛してる。英梨々。愛してるんだ。君が好きだなんだ」
倫也の声は少し涙ぐんで聞こえる。
(泣いているのはあたしだろうか、それとも倫也?)
「ばぁ・・か」
最後の力を振り絞って、英梨々はツンを演じる。
もうどうしようもなく下手くそで可愛いだけだけど。
デレになったら・・・第二夜が作れないから。
(続)
まず真面目モードからね