04 今日もキスまで
早朝。倫也はすでに目が覚めていた。
隣ですーすーと寝息を立てて安眠している英梨々の顔をしばし眺める。金色の髪が白いシーツに広がり、体を少しだけ曲げて倫也の方を向いていた。
倫也は毛布を英梨々の肩までかけなおし、音を立てないようにベッドから降りた。
これで、外に雀がチュンチュンと鳴いていれば、『朝ちゅん』が完成し、事が終わったあとの表現になるのがお約束だ。
「ん~」と体を大きく伸ばす。気持ちのいい朝だった。遮光カーテンの隙間から、外が明るい事がわかる。
部屋の中は床暖房でぬくぬくと暖かいが、外は雪景色が広がっている。
倫也が扉をガチャリと開ける。
今日で4日目。
R18である以上、『朝ちゅん』の表現だけでは許されない。だいたい雀の生息する地域ではない。
この物語の場合、R18は裏の話ということになるのかもしれない。今はまだR18である必要性などまったくない物語が展開されている。
トイレをすませてから洗面所で顔を洗う。凍る手前の温度の水は刺すように冷たいが心地よかった。それから歯を磨く。鏡に映る自分を見てはため息をつく。
着ているパジャマのデザインがひどい。水色のモフモフとした生地に、プラレールのプリントがされている。これじゃ子供というよりは幼児だ。英梨々の趣味というよりは、英梨々の心象なのかもしれない。
英梨々のパジャマもそうだが、2人の関係性は小学校の頃に遊びに来た時のまま反映されている。
だいたい、英梨々が本当にそのつもりなのか判断がつきかねている。もちろん、そのつもりなのだろう。けれど、英梨々は幼馴染というよりは、幼い自分達の関係性を気に入っているようにもみえる。
こちらが多少強引に進めたら・・・
英梨々は昨日のように大げさに驚いてふざけるか、あるいは怒ったふりをするだろう。
それでもさらに強引に迫ったらどうなるだろう?
泣くのだろうか。
だとすると、それは合意ではないし、倫也にはどうにもできない。
やはり時間をかけて、ゆっくりと英梨々が慣れてくれるしかなさそうだ。
倫也はマウスウォッシュで口をさっぱりとさせて、寝室に戻っていく。
※※※
寝室の中は静かだった。
倫也はベッドの上にもどり、毛布の中に足を伸ばす。それから読みかけていた三島由紀夫全集の分厚い本を手にとった。こういう時間は嫌いじゃない。
しばらく本を読んで時間を過ごすと、「倫也・・・何してんのよ・・・」と英梨々が言った。
倫也が横で寝ている英梨々を見ると、英梨々が少し睨んでいるようにも見える。
「おはよう」と倫也は静かに答える。
「はぁ・・・あんた・・・バカじゃないの・・・」英梨々のいつものセリフに力がない。
倫也は本に栞を挟み、パタンと閉じた。
「だいたい、なんで本を読んでいるのよ」
「他にすることもないしな・・・」何もない部屋なのだ。眠るには最適だが、起きている時間を有意義に過ごす場所ではない。
「・・・ほんと、バカ」
英梨々がむくりと体を起こして、手で髪を軽く整える。それらからベッドから起き上がって、部屋から出ていった。
「部屋から出られない設定はどうなったんだよ・・・」と倫也は小声でつっこむ。自分が言えた義理じゃないが、もう少し初期設定ぐらい守れと言いたい。
※※※
英梨々が身支度を整えて部屋に戻ってきた。手にもっているトレイにはコンビニのサンドイッチとマグカップが2つずつ乗っている。コーヒーの香りが漂う。
サイドテーブルにそれらを置き、カーテンを大きく開けた。明るい陽射しがはいってくる。
「あのね・・・倫也」
「ん?」
低血圧の英梨々は、朝はだいたい機嫌が少し悪い。
「なんていえばいいのかしらね・・・せっかくあなたが先に起きたのだから・・・もう少しちゃんとしなさいよ」
「ちゃんと?」
「なんで扉をあっさり開けているのよ」
「トイレいきたかったし・・・」
英梨々がため息をつく。
かくいう自分も部屋を出たのは同じ理由だった。それと寝起きは口臭が気になる。
生理現象には逆らえない。
「寝ているあたしにそっとキスをするとか・・・」
「どした?」
「ちょっとはだけているあたしを眺めてドキドキするとか・・・」
「・・・ふむ」
「いたずらしちゃおうかなぁ・・・とか」
「ああ、そうだな」
英梨々はしゃべりながら、ゆっくりとストレッチを始めた。屈伸をしたり、体を伸ばしたり、大きくのけぞったりした。それに合わせてツインテールがうねうねと揺れて光り輝いている。
猫柄の黄色いパジャマが妙に似合っていた。
「いいたいことわかるかしら?」
「俺が悪かったんだな」
「そうね。それか可愛すぎるあたしの容姿のせいね」
「自分でいうなよ・・・」
間違ってはいない。
英梨々は体操を終えて、大きなあくびをした。
それから、ベッドの上に戻って倫也の隣に座り、サイドテーブルのサンドイッチを倫也に渡す。
「だいたい、落ち着きすぎなのよ。男の子だったら朝一はその・・・あれでしょ」
「あれ?」
「あれはあれよ。バカじゃないの」
「R18だからな。そういう言葉はアレとか、ソレじゃダメなんじゃないか」
「・・・なによそれ。あたしに隠語をしゃべらせてセクハラしようってこと?」
「そうじゃないけど・・・」
「あ・・・あっ・・・あ・・朝立ちとか・・・してるんでしょ」
「ほんとに言うんだ!?」
「もう・・・ほんとバカ・・・で、どうなのよ。そういう性的な描写が必要なんじゃないかしら?」
「男側をあんまり描いてもな・・・」
「そうね」
「それに英梨々は勘違いしてるぞ」
英梨々はタマゴサンドをぱくりと一口食べる。
倫也も包装をとって、ハムサンドを1つ手にとった。包装のゴミ英梨々は受け取ってくるくると丸めてゴミ箱に放り投げた。ゴミは途中で広がって、ひらひらと力なく絨毯の上に落ちる。
「何かしら?だって、そういう現象ってこういう話につきものでしょ」
「そうだけどな・・・」
倫也がハムサンドをガツガツと口にいれていく。
「そんなに焦って食べなくてもいいわよ」
「ふぉうだけど」倫也は英梨々からコーヒーを受け取って、パンを流し込む。
「んぐっ。そうだけどな・・・もう4日目の朝だろ・・・」
「それがどうしたのよ?夜が明けても24日なんだから問題ないでしょ?」
「いや、ところが問題が発生したから、起きたんだよ」
「どういうことよ」
「だから、4日目とか、もうもたないから」
倫也が残りのハムサンドを口に押し込み、コーヒーを飲む。
「何がよ?」
「わかんねぇの?」
「はい?」
英梨々はわからなかった。倫也にタバゴサンドを渡す。
「あのさぁ・・・英梨々。いや、文句を言うつもりじゃないんだけどな・・・俺の立場・・・男側の立場としては、今日で4日間・・・お預けをくらってるわけよ」
「そうね・・・あたしだって我慢しているわよ」
「我慢しなくていいよねぇ!?」
ちょっと、素でつっこみをする倫也。
「それで?」都合が悪いので、英梨々がそこは軽く流す。
「わからない?男の生理現象だよ」
「だから、朝立ちでしょ?」英梨々がタマゴサンドを食べ終えて、コーヒーを飲む。
次はハムサンドだ。
倫也は深くため息をついた。
ブラックコーヒーが体に染み入る。
「出たんだよ・・・」
「何が・・・って、はぁ!?倫也・・・あんたまさか」
「しょうがないだろ・・・」
「そんなこと告白しないで、隠しておきなさいよ。いったい誰得な話なのよ?」
「知らねぇよ。とにかく、そういうことだからトイレいったんだよ」
「夢精したってことよね」
「口にださなくてもいいからね!?」
「むしろ、口に出させてあげればよかったのよね」
「下ネタは絶好調だな!」
「話がオチたところで、今日はここまでね」
英梨々はその後、顔を赤らめながらハムサンドを黙々と食べた。
静かな部屋に安っぽいインスタントコーヒーの香りだけが漂う。
(了)
さすが。