気が付けば三週間もさぼってるじゃないですか・・・
地球の回転が年々早くなって、その内ボクらは宇宙に振り出されるに違いない。
遅れてしまいましたがバレンタインエピソードになります。
「そわそわ」
「・・・」
「そわそわ」
「そわそわを口にしないでよ」
「・・・しょうがなくね?」
ああ~倫也が朝からそわそわうるさい。気持ちはわからなくもないけれど、そこまで露骨に催促されても困るのよね。
こうして毎朝一緒に彼女として登校するのにも少し慣れてきた・・・と思う。けど、倫也とは恋人らしいイベントに、今日のバレンタインは欠かせない。
「ま・・・待ちなさいよ。朝から渡さなくてもいいでしょ」
「ん・・・」
「こっちにもいろいろ都合があるのよ」
「・・・そっか」
用意するには用意した。市販のチョコレートと手作りチョコレート。夜も明けないうちに目が覚め、彼女としての使命感に駆られて手作りチョコに挑戦したものの、何事にも才能というものがあることを知った。
だいたい手作りチョコといっても溶かして固めるだけで簡単だと思っていたのに・・・まさか湯煎の温度が高すぎるだけでチョコがボソボソになるなんて知らなかったし、ちょっと水が混じっただけで分離するし・・・
「と・・・とにかく、お昼まで待ちなさいよ」
問題は先送りする。いつものあたし。
※※※
屋上で詩羽と倫也の3人でランチを一緒に食べた。詩羽はその後に鞄をゴソゴソしてから、ラッピングした箱を取り出している。
「はい、倫理君」
「ありがとうございます!」
「ちょっと、なんで詩羽が倫也にチョコあげてのよ」
「いいじゃない。高校生最後の時間ぐらい自由に過ごしたいのよ。それに義理なのは明白なのだし、あなたの前で渡しているでしょ」
「・・・そんなにあっさり渡さないでもらいたいんだけど」
「立場が気楽だから渡せるのよ」
倫也はもらったチョコのラッピングを眺めながら顔がニヤニヤしている。そんなに嬉しいものかしら。
「倫也は、今年は大収穫よね。あたしと詩羽と・・・恵からもかしら?」
「加藤は口もきいてくれねぇよ・・・」
「まっ、自業自得よね」
「お前がそれいう?」
「別にあたしは関係ないでしょ?」
「・・・そうだけど」
「はい、これね」
あたしは倫也に市販の手作りチョコを渡した。市販といってもネット予約がいっぱいになる銀座で人気の高級チョコレート。「サンキュー」といって受け取ってくれた。今まで正面から渡せなかっただけに、もらってくれただけでもうれしい。彼氏がちゃんといるならバレンタインデーはそう悪いイベントでもないのよね。
「ちょっと、なんで今すぐ開けているのよ」
「えっ?だって英梨々の手作りチョコだろ」
「ラッピング見ればわかるでしょ、ピエルマッコリーニのよ」
「そっか。でもまぁ、せっかくだし」
そんなに手作りチョコが欲しいものなのかしらね。人の気も知らないで倫也がラッピングからチョコの箱を出した。
「あら、倫理君。私のチョコはすぐに開けないのに、彼女のチョコレートはすぐに開けるのね」
倫也が1つを口に放り込む。
「うん。うまいよ。ありがとな英梨々」
「別にあんたのためじゃないわよ」
「いや、意味がわからん」
あたしはため息を1つつく。だいたい倫也も倫也で露骨に手作りチョコを期待してくるとか、時代錯誤が甚だしいと思うのよね。
「じゃ。あたしは教室に戻るから」
「早いな?」
「少し眠いのよ・・・教室で寝るわ」
「気をつけろよ」
あたしは欠伸を1つしながら手を振って屋上から外に出た。
これで一応、バレンタインイベントはおしまい。買ってきたチョコを渡す。それだけのことよね。
※※※
学校の帰り道。隣にいる英梨々の様子がおかしい。なんかモジモジしてはこちらを見て目をそらしている。何か言いたいことがありそうだが、こちらが訪ねても「なんでもないわよ!」とツンケンしている。
「俺さ、ちょっと寄っていくとこあるから・・・」
「はっ?なんでバレンタインに彼女以外の用事があるのよ」
「いや・・・別に英梨々が一緒でもいいんだけど、来る?」
「どこに」
「ハンバーガ屋。ちょっと相談を持ち込まれてさ」
「誰に?」
「伊織」
「ふーん・・・そう。いいわ、一緒にいってあげる」
別に来てくれとは頼んでないのだけど、英梨々が来ることになった。いらぬ勘ぐりをされるよりはいいかもしれない。
「そういえば・・・加藤からさ」
「ん?チョコもらえたのかしら?」
「たぶん」
「たぶんって何よ、たぶんって」
「机の中にチロルチョコが一粒入っていたんだよ」
「そんなの誰のかわからないじゃない」
「まっ、そうだな。誰かが俺に片思いしているのかしれないが・・・」
重いチロルチョコである。とはいえあまり掘り下げても仕方ない。
電車で池袋まで移動して、伊織と待ち合わせた店までいくと、すでに伊織と美智留がいた。なぜこの二人が一緒にいるのかいまさらながら気にしてもしょうがないので、あえてスルーする。
「だいぶ板についてきたね」
「何がだ?」
「君たち二人さ」
「そうかしら?」
「うん。お似合いだと思うよ」
「そ、伊織もなかなかいい事言うじゃない」
「はははっ」
多少、伊織にいじられても英梨々が動じなくなった。俺と英梨々は付き合うことになったけれど、関係性はまだまだ昔のままのような気もする。
「これ、出海から」
「サンキュ」
「これはあたしからねー」
「そりゃどうも」
伊織を経由して出海ちゃんから、そして美智留からもチョコをもらう。
「モテ期到来だな」
我ながら感動する。今年は5個だ。なんかどこかのラノベの主人公のような気分になってくる。
「よかったじゃない」
英梨々も別に嫉妬しるでもなく、受け入れてくれている。順調だと思う。
「じゃ、僕らはこの辺で失礼するよ」
「どこかいくのか?」
「次のライブの打ち合わせさ」
「そっか。またな」
「じゃ、トモも澤村ちゃんもまたねー」
「またね」
いつの間にか美智留の担当が俺から伊織に移っていたが、そこも気にしない。細かいことを考えるのをやめよう。二人が帰って、俺と英梨々はアップルパイを齧りながら雑談を続ける。
「倫也はこれからどうするの?」
「特に予定はないんだけど・・・せっかく池袋まできたしな・・・」
「まさか、あんたバレンタインにアニメニトにでも行こうと思ってるんじゃないでしょうね」
「別にバレンタイン関係なくね?むしろ、『今年のバレンタインは中止になりましたイベント』してるかもしれないだろ」
「・・・知らないわよ」
「どこか行きたいとこでもあるのかよ」
「・・・ないわよ」
英梨々がコーラを飲み終えて、トレイを持って立ち上がった。俺も片づけを始める。
店の外に出てから、英梨々が空を見上げて考えている。日が暗くなって街灯が点灯し始めていた。
「ちょっと駅ビルいっていいかしら?」
「もちろん」
英梨々と一緒に駅ビルに入ると、バレンタイン特設コーナーが設けられていた。俺と英梨々が店の前を通るたびに店員に試食を勧められる。「彼氏さんはどういうのが好きですか~」とか、「彼女さん可愛いですね!」とか、声を掛けられる。「彼氏さん」「彼女さん」と言われるたびに、英梨々の頬が少し赤く染まったが、だんだんと機嫌がよくなっているのがわかる。俺としても最初はくすぐったい感じがしたが、だんだんと慣れてくる。二人の関係が認められていく気がした。
一通り店を周って試食を終える。こんなカップルイベントがあることを知りもしなかった。バレンタインなんてゲームの中にしか存在していないとばかり思っていたのに、世間一般でも盛り上がっていることに驚いた。
「倫也、何か気に入ったのがあったら、買ってあげるわよ?」
「いや。もうもらったろ・・・」
「そうね・・・でも、どれがおいしかった?」
「どれもチョコだよな・・・ただ、あの店のいろんなフレーバーの他のやつが気にならない?」
「ああ、そうよね」
定番のミルクや苺、抹茶などの他にも、夏みかんやキューイフルーツ味などがあった。ドライフルーツの練り込んであるチョコでなかなかおいしいし、見た目も華やかだ。
英梨々が迷うことなく、店に行って一つ購入している。笑顔で店員と雑談しているのを見ると俺も来てよかったなと思う。少し弾んだように歩いて戻ってくる。
「おっ、悪いな・・・」
「別にあんたのためじゃないわよ?」 トーンが棒読みなので、ツンではないらしい。自分用に買ったのだろうか。
「そっか・・・」
「あとで半分こしましょ」
「ああ、うん?」
「味が見てみたいだけでしょ?」
「そうだな。気になるよな」
「うん」
英梨々が満足したようで駅ビルの外に出ると、空は暗くなっていた。
「あとは・・・いくか」
「どこに?」
「アニメニト、いきたいんでしょ?」
「せっかくだしな」
「せっかくだからしょうがないわね」
2人で並んで歩いていると同じ学校の制服の生徒とすれ違う時があり、その時は深いため息が聞こえた。何しろ隣にいるのは英梨々だ。あの英梨々だぞ?が、英梨々の容姿と演技に騙された生徒は、こいつの本性をしらない。これからアニメニトにいってBLコーナーの新刊チェックをするとは夢にも思うまい。
アニメニトはそれなりに賑わっていた。一応バレタインイベントをやっていてアニメキャラの特設コーナーなどもある。キャラのプリントされたお菓子が並んでいる。
「こういう方がよかったかしらね?」
「そんなことねぇよ・・・これ、自分で買ってくんだよな」
「そうなの?」
「そうだよ。脳内で二次元キャラからもらったことに変換できるツワモノだけが購入できるんだな」
「普通にアニメ好きのカップルだっているでしょ」
「いるかな」
周りのオタクの目線を感じる。『なんでこんなところに金髪美少女がいるんだよ』という目線だ。英梨々が近づくとみんなが避けて散っていく。その気持ちは痛いほどわかる。場違いだよな。心の中で謝っておく。でもこいつ見た目以外はお前らと同類だから、許してやって欲しい。
英梨々がBLを物色している間、俺は流行をチェックする。同じフロアで自由に過ごし、落ち着いたら一緒にフロアを移動する。
アニメニトでも英梨々はチョコを買った。うちにあった有名なラノベキャラのものである。それは流石に俺にくれるのだろうか?
地元の最寄り駅に着いた頃、すっかり日が沈み遅くなっていた。
「お前、あんなオタクショップいって大丈夫なのかよ・・・オタクなの隠してるんだろ?」
「いいのよ。・・・もう」
「また誤解されたり、・・・誤解じゃねーからいいのか」
「違うのよ。倫也がオタクで有名だから、あたしは『無理やり』連れてこられて困ったことにするだけよ」
「・・・ああ」
「悪くない考えでしょ?」
「・・・そうだな」
英梨々がいいならそれでいい。高校でせっかく作り上げてきたお嬢様英梨々像にこだわりがなくなってきているらしい。素の方が楽だろうし、それでいいのかもしれない。
家の前に着き、俺は英梨々に寄っていくか聞いた。
「・・・バレンタインに部屋に彼女連れこんで・・・あんたまさかあたしを襲う気じゃないでしょうね」
「で、寄ってくの?」
「ちょっとは否定ぐらいしなさいよ!」
「いや、親・・・いるから」
「えっ・・・あんた親いるの?」
「そりゃ・・・いるだろ」
家の中が明るい。たぶん母親が晩飯でも作っているのだろう。
「じゃ、ここでおいとまするわ」
「送ってくから、ちょっと待ってろ」
俺は玄関を開けて鞄を置く。「ただいまー」と声をかけると、「おかえりー」と返事があった。
戻ると、英梨々が寒そうに立っていた。夜になりだいぶ冷えている。
「ねぇ、倫也」
「ん?」
「これ、あげる」
「ん?」
さっき買ったチョコかと思ったけど箱が違った。
「なにこれ?」
「義理チョコ」
「なんの!?」
「いいのよ。バカ。彼女としての義理チョコよ。じゃあね」
英梨々が振り返った。
「送ってくよ」
「いい。一人で帰りたい」
「・・・そっか。気をつけてな」
英梨々が歩き出して、それから立ち止まった。
下を向いて、テクテクと戻ってくる。
「どした?」
「・・・なんでもないわよ」
「・・・」
「・・・」
今日はバレンタイン。恋人イベントのTOPに君臨する一大イベントで特別な日だ。
下を向いたまま俺の制服の裾を握っている。
「寒いな」
「うん」返事をする英梨々の息が白い。
「雪でも降るのかな」
「知らない」
俺は空を見上げる。雲がないから雪は降らないよな。シリウスがこんな都会でも輝いて見える。
英梨々が顔を上げる。瞳が少し潤んでいた。ああ、これやばいやつ。英梨々が絶好調可愛い時のやつだ。こうなると俺も耳まで赤くなって照れてしまう。あんまり恋人・・・異性として英梨々を意識しないようにしているのに・・・そうしないとバカな話とか、オタクの話とかをしにくくなる。
英梨々がその大きな碧眼の瞳を閉じた。長いまつげが下を向く。そうだよな。今日はバレンタインで、俺たちは恋人で・・・
「義理チョコ。ありがとな」
「・・・うん」
英梨々が消え入るような声で答えた。
それからそっと、英梨々の唇にキスをした。
チョコレートの香りがほのかにした。
(了)
チラ裏が気楽でいいっす。