主題は、夏休みを恵と過ごすか、英梨々と過ごすか?ということなんですけどね・・・
梅雨入りが早い。5月なのに連日雨が降っていた。
昼休みになって他の生徒が食堂へ移動を開始する。俺はやっぱり今日も金がほとんどなくって、机に伏して寝たふりをしてやりすごしていた。
「また今日も食事を抜くの?」
優しく澄んだ声が聴こえた。目を上げると加藤が目の前に座っている。
「何しろ、金がないからな」
そう言いながらも俺は財布を取り出し、この間借りた金額を加藤に返した。
「受け取りにくいんだけど・・・」
「借金は金のある時に無理やりでも返さないと、有耶無耶になるからな。遠慮なく受け取っておけ」
「なんで偉そうかな?」
「・・・お貸しいただきありがとうございました」
「じゃ、受け取っておこうかな」
加藤が手を出した。綺麗な細い指が並んでいる。俺はそこに小銭を置いた。
「安芸くん」
「どうした?」
「利息が足らない」
「鬼!?」
ふふっ、と加藤が少し笑った。それから机の上にランチボックスを置いた。
「これ、先日、言われたから作ってみたけど」
「えっ」
「ほら、お弁当。作ってきてって言わなかったっけ?」
「まじで?」
「・・・いらないならいいけど」
「いやいやいや。いらないわけないでしょう!?もらうよ加藤。ありがとう!」
ランチボックスを開けると、見事なおかずが詰まっていた。
定番のテンプレ的お弁当メニュー。厚焼き玉子に、肉団子に、タコさんウインナー。そしてブロッコリーとプチトマト。
「あんまり自信はないけど。栄養ぐらいはとれるから」
加藤はそういいながら、立ち上がって自分の席へと戻っていった。
「加藤は食べないの?」
「さすがに教室で2人で手作り弁当を食べるのは恥ずかしいよ。付き合ってるわけでもないのに」
「・・・だよな」
「じゃ、また後でね」
「おう」
加藤が自分用のランチボックスの包みを持って、教室から出ていった。
俺は一人で「いただきます」と手を合わせて、卵焼きを口に放り込む。ひどく懐かしい甘い卵焼きだった。ひさびさに栄養をまともにとった気がする。
※※※
放課後。静かな教室で新しいプロットを書いたレポート用紙を眺めながら、閃かないアイデアに頭を抱えていた。
「これ、読んだよ」
加藤がバサッと原稿を俺の机に置いた。
「どうだった?」
「それはこちらのセリフじゃないかな?」
「あっ・・・そうか」
俺は弁当箱を加藤に返しながら、「ごちそうさま」と言った。「お粗末様でした」と加藤が照れながら受け取って鞄にしまった。
「ほんと、おいしかったよ。ひさびさに手作り料理を食べた気がする」
「そう」
「特に卵焼きが。俺さ、甘い卵焼き好きだからさ」
「そう」
加藤の表情が少し明るい。笑顔ではないけど目が喜んでいるのがわかる。
早起きしてお弁当を作ってくれたことを労って、改めて感謝をした。加藤は自分の分を作るついでだからと言ったが、いつもはお弁当を持ってきてないのでそれは嘘だろう。
「それでね。安芸くんの作品を読んでみたけど・・・」
「どうだった?」
「一言でいうと、『つまらない』かな」
「がはっ」
「・・・話というか、世界観?がわかりにくいかな。作中で自分が登場人物だって自覚しているってことだよね?」
「そう」
「うーん。そういうのが作品の中で生かされるならいいと思うんだけど」
「例えば?」
「脱出ものとかかな。閉じ込められて部屋から出る時に、自分が作中人物だと気が付くオチみたいな」
「・・・ふむ」
「それにね、安芸くんが描きたいのは、この『幼馴染ヒロイン』の英梨々?って子が、楽しく過ごすことだよね?」「そう。そうなんだよ」
「だったら、作中人物である自覚は必要ないんじゃないかなぁ」
「・・・そっか」
「リアルでも、ふと自分の感情や立場に冷静になる時はあるから、そういうのをセリフに織り交ぜる程度ならいいんだろうけど。でも、安芸くんの作品はちょっとくどいかな」
「うーん」
俺は返してもらった原稿をペラペラとめくる。別に赤ペンで添削などはされていなかった。加藤に読んでもらいたくて・・・話かける口実として作品を量産したが、どれも雑になっていたらしい。
「あと、作品の中で英梨々が作品を投げ出すぐらいなら、最初からやらない方がいいんじゃないかな・・・」実感のこもった小言。
「いやいや、そこは汲んでやろうよ。やる気はあるんだよ。ただできないだけで」
「それって、安芸くんが?それとも安芸くんの作品の中の英梨々が?」
「英梨々が」
「頭、大丈夫?」
ついつい混同してしまう。自分の中の妄想があまりにも鮮明で現実的だった気がする。英梨々と長い時間を一緒に過ごしていた。でも、今は思い出せない。夢から覚めたのに、まだ夢の中にいるような感じなのだが、加藤には伝わないらしい。
「ところで加藤、夏休みといえば何を思い出す?」
「ん~。海、花火、それから風鈴とか?」
「そうだよな。今度は夏休みをテーマに作品を作ってみようと思っているんだけどさ」
「うん」
「なかなか40日分のネタがなくってさ」
「40日って、毎日作るの?」
「そのつもりなんだけど・・・」
幼馴染ヒロインと夏休みを毎日過ごす話。短編を40話分作ろうと思っているが、そんなにたくさんのネタはない。
「それなら、ルーティンを組むといいんじゃないかな」
「ルーティン?どういうこと?」
「バラバラの40話を作るのは大変でしょう?40日もあるってことは日常だよね。毎日どこかでかけたり、旅行したりするわけじゃないよね?」
「そうだな」
「だから、例えば週末はおでかけイベント。月曜日はお休みみたいな感じで」
「お休み?」
「主役がこの安芸くんの考えた幼馴染ヒロインなんだよね?」
「そのつもりだけど」
「そしたら、部屋でアニメでも見ている日がないと疲れちゃうんじゃないかな。文科系の子みたいだし」
「なるほど。で、火曜日以降はどうするんだ?」
「火曜日は特技の美術を生かしたテーマで作るとか」
「絵を描くとかか」
「それもそうだし、さっきいった風鈴の絵付けとか」
「そんなのあるんだ?」
「市販でも売ってるし、そういう教室もあるんじゃないかな」
「詳しいな」
「夏休みイベント特集の雑誌読んでたから」
「ああ、あのアウトレットモールの?」
「うん」
「・・・行ったの?どうだった?」
「まだ行ってないけど、安芸くんはアウトレットに興味あるの?」
「いや、アウトレットには興味ないけど・・・」
「けど?」
「話のネタにはなりそうかなって」
「英梨々の話?」
「そうだけど」
「妄想するのに、現実の話を調べるわけ?」
「取材ってそういうもんだろ」
あっ、話が脱線している。加藤がまだ従兄弟とアウトレットモールに行っていなくて、ほっとする自分がいる。とはいえ、俺が止める理由もない。
「じゃあ、取材に行ってみたら?」
「いやいや、オタクには敷居が高すぎて無理でしょ。だいたい一人でなんて・・・」
「そこは、『お弁当のお礼に、俺が連れて行こうか?』って誘うところじゃないの?」
「なんかおかしいだろ・・・加藤は俺に誘ってもらいたいのか?」
「『ベ・・・別に、安芸くんに誘って欲しくてお弁当を作ってきたわけじゃないんだからねっ!勘違いしないでよねっ!ふん』って言えばいんだっけ?」
「ツンデレ!合ってるけど、もうちょい抑揚つけて感情込めましょうか・・・加藤」
「クスッ」
加藤が自分で言って、おかしそうに笑っている。照れているのか顔を窓の方に向けていた。あんまり可愛いのでじっと見つめてしまう自分に気が付いて、俺も目線をそらして窓の方を見た。
窓には加藤が映っていて、俺と目があった。
(了)