英梨々を甘やかして作る物語   作:きりぼー

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日曜のひとときいかがお過ごしでしょうか。

6月末はクソ暑かったですね。40度超えのところもあったようで、いよいよ日本終了ですかね。

あれ、今回は加藤が倫也の家に遊びに来ます。最初はしおらしく過ごす加藤ですが・・・


英梨々のいない世界で ⑥

 自分の家のドアなのに、いつもよりも緊張して鍵を開けた。

 

「ど・・・どぞ」扉を抑えて、中に加藤を案内する。加藤は軽く頭を下げてから玄関へと入っていった。

 

 洗面所を案内して、手を洗ってもらう間に、俺は急いで自分の部屋へと駆け上がって、めくれたままの布団をなおし、散らかっているものを適当に物置の中へ押し込んだ。

 下に降りると、加藤が立ってまま待っている。

 

「俺の部屋でいいか?」

「うん」

「あ・・・あのさ。何か飲む?」

「うん」

「じゃあ、上で待ってて、階段上がった先の部屋」

「うん」

 

 加藤は静かな声で「うん」としか答えない。優しい声。

 

キッチンでグラスに氷を入れて、ペットボトルのウーロン茶を注ぎ入れた。それを二つ持って部屋へと戻ると、加藤は部屋の中で鞄を持ったまま立っている。座ってくれればいいのに。

 

「えっと、その辺のクッションに座ってくれる?」

「うん」

「これ、ウーロン茶だけど」

「うん。ありがと」

 

 加藤がクッションに座って、鞄を横に置いた。俺はテーブルの上にグラスを置く。

 

 そう。加藤が部屋に来た。口実はノートパソコンの使い方を教えることと、アニメを一緒に観ることと、俺のシナリオの手伝いだった。そのどれに優先順位があるのかわからないが、とにかく加藤が部屋にいる。

 

「思ったよりも、綺麗な部屋だね」

「そう?」

「うん」

 

 俺がグラスを持って一口飲むと、加藤も軽く会釈してからグラスに口をつけた。カランと氷の音が鳴る。

 

「安芸くんのご両親は共働きだっけ?」

「ああ、今日は不在だ」

「そう。晩御飯とか自炊?」

「ちょっと待って、心配するとこそこじゃないだろ?」

「何が?」

「いやいや、普通、男子の家に女子が来て、他に人がいなかったら心配することがあるだろう?」

「心配するようなことを安芸くんがするの?」

「あっ、その言い方はなんか少し小馬鹿にされている気がするんだが・・・」

「少しじゃないけど、まぁそうだよね」口元に手を当てて、クスクスとおかしそうに笑っている。

「認めるなよ・・・」

 

 夏服の上から薄っすらと見える加藤のブラ紐の色はピンクだ。加藤は右耳だけが出るように、目立たない黒のヘヤピンで髪を留めている。このまま押し倒せるものなら押し倒したいが、もちろんそんな度胸はなく、犯罪者になる気もない。

 

「それで、加藤。アニメでも観るか?」

「うーん」

「ノートPCの使い方を教えつつ、観てもらってもいいけど」

「その前に、やる事を済ませてからがいいかな」

「・・・さようで」

 

 加藤が鞄を開けて、レポート用紙の束を出す。付箋があちこちに貼ってあった。なんだか日に日に分厚くなっている気がする。

 

「まずは、シナリオのプロットを完成させるのが先じゃないかな?遊ぶのを先にするといつまでも終らなそうだし」

「仕事熱心だな」

「仕事じゃないけど」

「で、どこまで進んだっけ?」

「安芸くんの新しいバイト先の話」

「就職相談みたいだな・・・」

「それで、いくつか考えてきてくれた?」

「ああ、そうだな」

 

 バイト先というのはシナリオの舞台をどこにするかということだ。この幼馴染ヒロインと主人公がどこで時間を過ごすか?これがなかなか難しい。仕事が忙しすぎてもダメ。

 

「まずは高校生らしいバイトということで、飲食店は基本だと思う。あとはマックだな」

マックドナリドでバイトデビューは基本だと思う。実はメリットは大きく、マックバイト経験者というつながりも将来できやすい。

「うん。そうだね。それはさぁ、アッポー社でアルバイトしてくれたら、将来は社員登用もあるかもしれないし、いいことばかりだけど、採用されるのは難しいんじゃないかな?」

「マッキントッシュのことですか・・・」

「安芸くん?」

「はい」

「ちゃんと、ツッコむなら勢いよくお願いできる?」

「なら、もう少しわかりやすくボケましょうか、加藤さん」

「そうやって人のせいにするかなぁ・・・」

「俺のせい!?」

「でもさ、実際問題として、彼氏が外資系で将来年収数千万稼いでくれた、ありだよねぇ」

「いや、俺に同意を求められても!?」

「だいたいさー、夢を追いかけて起業してさー。安芸くん聞いてる?」

「聞いてるけど」

「社長になってさー。わたしも一生懸命働いてさー」

「ずいぶんと語尾を伸ばしますね・・・」なんか加藤のしゃべり方がねちっこいな。

「何か言った?」

「いえ」

「それなのにさ、幼馴染のツンデレと不倫をするとか、離婚も泥沼になるよね」

「何の話?」

「その点で、仕事とプライベートが別れていれば、慰謝料で一応のカタがつくんじゃないかな」

「いやいや、そもそもそれ、仕事関係なくない?浮気が原因だよね?」

「何?安芸くんは、それは奥さんのせいだっていうんだ?」

「いやいや、そんなこと一言も行ってないよねぇ!?」

「で、安芸くん。何の話してるの?」

「それ、俺のセリフだよねぇ!?」

 

 加藤が酔っているのかと思った。語尾を伸ばして、恨めしい感じで言われると、なんだか俺が悪いことをしている気分になる。ぜんぜん関係ないのに。

 

「飲食店ってことは、ウエイターとお客様との関係ってこと?」

「王道だとは思うが」

「ふーん」

「どうした?」

 

 加藤がベッドにもたれかかって、足をまっすぐ伸ばした。スカートから長い太ももが露わになっている。もうちょい角度がずれれば・・・見えそうだけど。

 

「なんで、わたしが安芸くんのバイトのこと考えないといけないのかなぁ?って」

「ごもっともだな。他にはレンタルビデオの店員というのもあるんだが」

「今時、レンタルビデオ店なんてある?TATSUYAだってあちこち閉店しているし、ブックオッフですら、危機的状況だよね?」

「実名はやめましょうか・・・」

「じゃ、適当に一文字変えといてくれる?」

「・・・あとはだな、交通量カウントとか・・・」

「それ、英梨々と2人でやるの?真夏に?」

「プールの監視員」

「似合ないよね」

「配達」

「だから、それだとヒロインとの絡みがないよね?」

「デバッカー」

「なにそれ」

「ふふ。いいか、加藤。デバッカーというのはだな。ゲーム作業のバグを探す人のことだ」

「それで?」

「ゲーム会社なんかが短期間で募集しているだが、どうだろう?」

「それって、英梨々がゲーム好きだから、一緒にやるってこと?」

「そこまでは考えてないけど・・・」

「それにさ。安芸くんはゲームを作れるんだよね?」

「スクリプトを使った簡単なやつだけどな」

「だったら、プログラミングのバイトの方がいいんじゃないの?」

「IT土方か・・・いやいや、ちょっと待て、それこそ専門性すぎて、会社に寝袋で停まり込む未来しかみえないぞ?」

「会社を自宅にするよりはいい人生だと思うけど」

「加藤!?」

「少し、ITから離れてくれるかな」

「・・・はい」

 

 バイト探しも大変だな。だいたい仕事に出会いを求めているのが間違いだと思うんだが、今更、口には出せない。

 

「テキヤとかどうだろう?」

「テキヤって、縁日で屋台出している人だっけ?」

「うん。あれなら、いろんな屋台運営ができるし」

「綿菓子とか、スーパーボール掬いの人なら誰でもできるのかな?」

「綿菓子はそこそこ技術がいるけどな。店番なら時々子供がしているよな」

「安芸くん、タコ焼き焼けるの?」

「いや?でも、そうだな。英梨々が横から口を出しながら焼きソバを焼くのは楽しいかもしれない」

 

 なんだか目に浮かぶ状況だ。あいつは口ばかりうるさいからな。

 

「安芸くん。にやけてるよ?そんなに自分の妄想が楽しい?」

「いや、別に・・・」

「でも、テキヤのバイトなら短期集中の方がいいんじゃないのかな。一週間に一度だけっていうのも変だよね」

「そうだな」

「それに、夏に縁日は恋人同士の大事なイベントだし・・・仕事する側よりは、参加する側がいいと思うけど」

「そうだな」

 

 正論だな。ちょっと楽しそうだと思ったが、やはりなかなか難しいようだ。でも、英梨々と一緒に焼きそばを作るイベントはメモに残しておこう。

 

「加藤はどんなバイトならいいと思うんだ?」

「それは相手にもよるんじゃないの?」

「えっ、どういうこと?」

「だから、・・・彼女・・・との楽しいイベントのためにバイトを始めるんだよね?」

「それだと彼女のために金を稼いでいるようにしか聞こえないが」

「・・・」

「いや、ごめん。続けて」

「だから、相手との相性もあるんじゃないかな。英梨々だと美術系やオタク系がいいだろうし」

「例えば、加藤だったらどんなのがいいんだ?」

「古本屋とかかな・・・。最近は無くなってしまったけど、街の片隅でひっそりと経営している古本屋さんってあるよね」

「あるある。あのどうやって経営が成り立っているかわからない店だろ?」

「うん。ああいうところなら時間もありそうだし、簡単な店番だし、いいと思う。実際にバイトなんて募集する余裕はなさそうだけど」

「なら、それでよくないか?」

「何が?」

「俺のバイト先の話。英梨々はマンガ好きだし、古本屋ならまったりできるし・・・」

「あのさー、安芸くん」

「はい・・・」

 

 加藤の目からハイライトが消えた。基本的に顔はフラットなのだが、目の色が変わる。機嫌の良し悪しはここで判断するのがいい。

 

「古本屋のアイデアは『わたしの場合』だよね?」

「べ・・・べつに作品に為なら問題ないだろ・・・」

「I beg your pardon?」(※訳 もう一度おっしゃってもらってもいいでしょうか?)

「そ・・・そーりー。ちょっと何か考えてみます」

 

 加藤が立ち上がった。立ち上がる時に少しスカートがずれて、見えそうだけど、絶対に見えない。

 

「安芸くん。ちょっとキッチン借りていいかな?お腹すくと仕事もはかどらないし」

「仕事じゃないっていってたよねぇ!?」

「あー。うん」

「それは別にいいけど・・・おやつになるようなもの何かあったかな。カップ焼きそばならあるけど」

「小麦粉とお砂糖ぐらいはあるよね?」

「あると思う」

「なら、ホットケーキでも作ってくる」

「ホットケーキミックスの粉はないと思うぞ」

「小麦粉があれば大丈夫だけど。安芸くんって朝に牛乳飲んでいるよね」

「ああ。朝に牛乳飲んでるよ」

「背、伸びないね」

「ほっといてくれますか!?」

「ホットケーキだけに?」

「いや、別にそんなダジャレのつもりはないんだけど・・・」

「一応、ベーキングパウダーは持参したし」

 

 加藤が鞄から、ベーキングパウダーを取り出した。普通の女子高生は鞄にベーキングパウダーは入ってないと思う。でも、加藤だし。俺の家に来た時ように持ち歩いていたのかもしれない。女子力高めアピールするようなあざとい一面があるのを俺は知っている。

 

「それ、心の中の声、わたしに言える?」

「心の中は読まないでね?」

 

 俺は座ったままなので、立っている加藤の足を下から見上げるような形になる。が、見えない。断じて見えない。おかしい。

 

「じゃ、作ってくるから」

「あのさ、加藤。いいにくいんだけど・・・」

「何?」

「卵がないと思う」

「えっ・・・」

 

 ゴゴゴゴッ 背景にエフェクトが浮かび上がっている。

 

「だからね。安芸くん?あれほど、わたしは言ったよね?」

「何を・・・?」

「特売日に卵は買っておいてって!」

 

 何を怒っているかよくわかない。けど、特売日の卵の魅力は主婦層を惹きつけてやまない。10円20円に何の差があるのか?などと問い詰めたら、家庭不和は必死だ。

そういえば、一年前の夏休みの初日にも加藤は特売日の卵を買っていた気がする。とりあえず謝っておこう。

ここは俺の家で、加藤は初めてうちにきた。だから、卵のことで怒られる道理は全くない・・・うん。

 

「ごめん」

「もういいよ・・・」

「ところでさ、思いついたんだが」

「うん」

「バイト先・・・マンガ喫茶とかどうだろう?」

 

 加藤はごそごそと鞄から、卵パックを取り出した。そっか、意地でもホットケーキが作りたいらしい。まぁ、俺も喰いたいから、そこは見て見ぬふりをしよう。

 

「それでいいんじゃないかな」

 

 許可がでた。マンガ喫茶で英梨々を絡めたエピソードを5話。とはいえ、俺はろくな物語が作れない。しかたがないので、脳内にいる先輩キャラに丸投げしよう。

 

「よし。なぁ加藤、俺も手伝うよ」

「うん」

 

優しく澄んだ声で加藤が返事をした。機嫌はいいようだ。

 

(了)




英梨々さえいなければな・・・

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