【告知】
夏休みは
7月23日(土)~8月末までになります。
40日間の全40話構成。
脱線したものはすべてボツにし、脱線しない作品のみになります。
ローカル線はのろのろと走り、田園風景は夕焼けに赤く染まっている。
「ほんと、変りばえしない風景ね・・・」
英梨々はつまらなそうに外を眺めている。詩羽は雁が並んで空を飛んでいるのを見つけたが、だからといって特別な感情はなかった。頭の中は構想でいっぱいで、外の世界に興味がもてない。
「このまま夜になるのかしら?このまま座席で寝るのなんて嫌なんだけど。ねぇ詩羽。聞いてる?」
「ええ、聞いてるわよ。澤村スペンサー英梨々さん」
「なんでフルネームなのよ」
「なんでフルネームなのかしらね?それはともかく、せっかくだから移動しましょうか」
「どこに」
「ついてくればわかるわよ」
詩羽は広げていたノートパソコンをたたんで鞄の中にしまった。主題は『マンガ喫茶』らしい。マンガ喫茶を舞台に英梨々らしい五つの話を作る。プロットさえできてしまえば、あとのはポンコツとはいえ、この金髪ヒロインがなんとかしてくれるだろうことを期待していた。
2人は食堂車の少し重厚な扉を開けた。人のいない座席の車両を通って、また隣の車両へと移動していく。そして、寝台列車に到着した。
「どこでも好きなところを使ってくれて構わないわよ」
「あら、素敵じゃない!」
「レトロな感じを残しつつ、実は機能は近代的なのよ。昔の一等車をイメージしてみたのだけど、気に入ってくれたなら嬉しいわよ」
扉を開けると、中は意外と広かった。細いベッドが両脇に並んでいた。赤いペルシャ絨毯が分厚くてフカフカとしている。中央には小さな丸いテーブルとイスが二つ向かいあって置いてある。壁際は大きな窓で、外の景色がよく見えていた。
「へぇ・・・二階建てじゃないのね」
「一等車ですものね。特等車もあるようだけど、そういうのは本番で使って頂戴」
「本番?」
「あなたがいつか倫理君と旅でもする時に使えばいいじゃない?せっかくのお嬢様設定をそういうところで贅沢して活用なさい」
「そうね。電車の旅もいいわよね」
「もっとも、日本では寝台列車はだいぶなくなってしまったのよね」
「そうなの」
詩羽はノートパソコンを再びテーブルの上で広げた。英梨々はベッドに腰を掛ける。固いベッドだがシーツは真新しいものだった。室内の温度はちょうどいいせいか、ブランケットが一枚あるだけだった。折りたたんである浴衣は古めかしいデザインのもので、水色の縦縞だ。
「何か、飲みたいわね」
「そうね」
「自販機コーナーがあるから、買ってくるわよ。あなたは何がいいかしら?」
「ドクペ」
「あるかしらね。炭酸飲料でいいのね?」
「なかったら、ジョルトコーラでもいいわよ」
「どうしてこう、突然お年寄りくさい発言をあなたはするのかしらね」
「・・・ファンタでいいわよ」
詩羽は部屋から出ていった。思索するのには一人の方がいい。狭い通路を通って自販機コーナーまで歩いた。飲物の他にお菓子なども扱っていたので、適当に選んで購入した。
英梨々は部屋で少しワクワクしていた。窓に張り付いて外をのぞき込むように見ている。雁が並んで飛んでいるのを発見し、なぜV字で飛ぶのか首をかしげていた。日が沈み始めたので窓ガラスに薄っすらと自分が映っている。吐く息がガラスを曇らせ、すぐに消えた。
せっかくなので服を脱ぎ捨て、用意してあった浴衣を着てみる。それから腰のところで帯を結んだ。仕立てがあまりよくなく、生地も薄い。量産版の安物なのが残念だった。
一段落したので、英梨々も『マンガ喫茶』のイベントについて頭をひねってみる。そんなものはやってみないとわからないではないかと思っ。
何事も準備が必要らしい。マンガ喫茶でマンガを読む以外に何をするというのか?そもそもマンガ喫茶なんて行ったことがなかった。ちょっと行ってみたい。
ノートパソコンを使って、ネットで検索してみる。昨今のマンガ喫茶は個室もあって、ネット環境も整っているらしい。マンガ専用の図書館みたいなものかと思ったら、ずいぶんと違った。ゲーム機まで貸し出している。こうなってくると、倫也や英梨々の部屋と一緒で普段と変わらない気がした。
「あら勉強熱心ね」詩羽が戻ってきた。
手にはお菓子とジュースを抱えている。英梨々にファンタ青リンゴ味を渡した。自分の分はブラックコーヒーである。それから、『おっとっと』と『コロンバニラ味』をテーブルに置く。
「詩羽、知ってる?最近のマンガ喫茶はネットも完備でゲームもできるって」
「最近というか、けっこう初期からそうだった気がするけど・・・」
「そうなの?」
「あなたって、庶民のことを知らないのね。ネカフェ難民のニュースとか知らないんじゃないかしら?」
「そりゃあ知らないわよ。ニュース見ないもの」
「幸福とは鈍感さの上にのみ成り立つのよね」
「なによそれ。これ、食べていいかしら?」
「どうぞ。ご自由になさって」
英梨々が『おっとっと』の箱をジジジィと開け、中のフィルムを破った。一粒口に放り込むと塩がきいていて、なかなかおいしい。食感がいい。
詩羽も前に座って、一粒口にいれて、ポリポリと食べた。
「とりあえずプロットの骨子ができたわ。説明してもいいかしら?」
「任せるわよ」
「初日は、マンガ喫茶で働くことになった理由と、バイトが始まって遊びにいく澤村さんのやりとりね」
「それだけでいいの?」
「せっかくだから、少し邪魔するぐらいでいいと思うわよ」
「それで、二日目は」
「次は、マンガ喫茶に飽きてきた澤村さんが、倫理君の邪魔をしつつ、少し手伝う感じで」
「なんで邪魔ばっかりするのよ」
「自覚ないのかしら?少し子供っぽい方があなたらしいのよ」
「そうかしら・・・それで、三日目は?」
「どうせマンガ喫茶にいるなら、自分もバイトしようと一緒に働き始める」
「そう都合よく雇ってもらえるかしら?」
「そこはやはり、そのマンガ喫茶があなたの親族経営とかでいいと思うわよ」
「そうね。その方が自由だし、無茶がききそうね」
英梨々がファンタ青リンゴ味のプルタブをプシュッと開けた。合成的な香りがする。そして妙に甘ったるい。一口飲んでテーブルに缶を置き、また『おっとっと』を一粒つまんだ。クジラの形がお気に入り。
「四日目で、澤村さんは自分らしくお店を改造ね。なんだかんだ倫理君に手伝ってもらいながら、売り上げに貢献する」
「なんだか、二人でマンガ喫茶経営しているみたいね」
「あら、やっと気が付いたわね。マンガ家とアシスタントでは変化がないけれど、マンガ喫茶経営なら動きもあっていいと思うわよ」
「倫也とマンガ喫茶経営かぁ・・・わ・・・悪くないね」
英梨々がニヤニヤしている。妄想たくましい。詩羽が缶コーヒーを一口飲み、『おっとっと』を一粒つまむ。ポリポリ。英梨々も食べる。ポリポリ。
「それで最後の日は、『転』というよりは事件を起こしたいのだけど」
「きたわね『転』・・・やっぱり強盗とか火事とかかしら」
「そんな危ないのはダメよ。それにマンガ喫茶と関係ないじゃないの。少しR18を意識した作りにしたいのよね」
「ちょっと待ちなさいよ。なんであたしがマンガ喫茶で倫也とエッチしないといけないのよ」
「別にそんなことは一言も言ってないわよ?」
「・・・そう」
「まぁ、そんな感じでいいんじゃないかしら」
「ずいぶんいい加減ね」
「だって、作り込んでもあなたってその通りに動かないじゃない」
「あたしのせい!?」
「そうね。それはまったくその通りね」
「・・・」
詩羽がまずい缶コーヒーに文句がいいたくて、指でカンッと缶を一回弾いた。鈍い音がなる。
「今度こそうまくいくことを願っているわよ」
「はいはい。で、もしかしてこんな感じでプロット作っていくのかしら?」
「そのつもりだけど、問題あるかしら?」
「いつ、倫也と会えるのよ」
「あら、しおらしい事言うじゃないの・・・」
「・・・だって、あんまり離れていると、倫也と恵がまたくっついちゃうじゃないの」
「信じているなら問題ないといったのは澤村さんよね?」
「霞ヶ丘詩羽~」
なんだかんだ、詩羽と2人で楽しそうに、ここでも過ごす英梨々であった。
(了)