英梨々を甘やかして作る物語   作:きりぼー

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日曜のひとときいかがお過ごしでしょうか。
今日は全国学生美術展を主題にお届けします。


美術館デート

 二月も下旬。過ごしやすい陽気になる頃で、今日も冬物のコートにするか、そろそろ春物にするか迷うような快晴だった。

 窓を開けると、まだキンと冷えた空気が部屋の中に入ってくる。部屋が暖かすぎるせいもあるかもしれないが、冬物のコートで問題なさそうだ。日中の暖かい時間になったらコートを脱げばいい。マフラーと手袋はいらない。

英梨々は服装を決めた後に髪を櫛でとかし、お気に入りのネイビーブルーのリボンでツンテールを作る。

今日は倫也とちゃんとしたデートだ。英梨々の応募した油絵が佳作を受賞し、上野の美術館に飾られている。この学生展覧会は日本でもっとも規模の大きなものの一つだ。聞いたことのある人もいるかもしれない。佳作以上は飾られ、その上が特選(金)と推奨(銀)だ。さらに上には審査員賞が数点選ばれる。英梨々は小学三年生から絵画教室を通いはじめ何度か応募しているが、いつも佳作だった。何かが足らない。写実的な作品も抽象画も、暗い絵も明るい絵も風景画も人物画も・・・どれも佳作だった。この展覧会で上位の賞を受賞したら、倫也と一緒に見てもらう口実にしようとして早9年が過ぎてしまった。

 今年は違う。今年も作品は佳作だけど、倫也が彼氏になっている。英梨々はそれとなく『学生展覧会』の話をし、鈍い倫也にツッコミをいれながらデートまでこじつけた。倫也の「へぇー。おめでとう?」という気のない反応から見るに、この展覧会の意義を理解していないようだ。

倫也はコミケとかアニメとかのオタク文化に詳しくても、油絵の知識は人並みにすぎない。しょうがないことだけど、英梨々はこっちもけっこうがんばっているので、倫也にも興味をもってもらいたいと思っている。もとい、褒めて欲しい。なんなら頭をなでなでして、いい子いい子して欲しいのだ。もちろん、口に出しては言えない。

 

※※※

 

 英梨々が倫也の家の前で深呼吸を一度する。毎朝呼びに来て一緒に学校に通っても、この瞬間だけは少し緊張する。あのケンカをして2人の仲がこじれてから、押したくても押せなくなった呼び鈴。すごく辛かったわけじゃないけど、小さな辛さが積み重なっていくのを感じていた。今は呼び鈴を押すたびにそれが軽くなっていくのがわかる。

「おはよ。倫也」

玄関から出てきた倫也に英梨々は声をかける。倫也は学校へ行くのと同じダッフルコートでオシャレとはいえない。でも背が高くないので可愛いダッフルコートが良く似合っている。それに英梨々も背丈は小さいので並んで歩くとちょうどよかった。例えば180cmもあるような男子は人気があるかもしれないが、そういう子だと見上げて話をしないといけないし、威圧感も感じて苦手だ。倫也が自分にはちょうどいいと思っている。

「おふぁよ。えりり」

倫也の返事はアクビが混じっていた。休日の10時とはいえ、夜更かしをしがちな倫也には眠い時間だ。

「何寝ぼけてんのよ。ほら、糸くずが付いてる」

英梨々は手を伸ばして倫也の肩についていた糸くずをつまむ。

「あの・・・英梨々・・・顔が近い」

英梨々も指摘を受けて倫也を見る。すぐそこに倫也がいる。倫也の匂いがする。

「・・・倫也。ちょっとあんた目をつぶりなさいよ」

「なんで!?」

「いいから、つぶりなさいよ。バカ」

倫也が目をつぶった。英梨々はつま先を立てて、倫也の頬にキスをする。それからギューッと倫也を抱きしめてコートに顔をうずめた。倫也に包まれた気分になる。

倫也は朝から何事かと混乱しながら、じっと英梨々にされるがまま立っている。英梨々がくっついてなかなか離れなかった。

「おい・・・英梨々。大丈夫か」

「・・・こういう時って、男子からも女の子を抱くんじゃないかしら?」

英梨々は下を向いたまま、おでこを倫也のコートにくっつけてしゃべっている。

「いや、どういう時だよ!?」

「もう・・・いくじないわね。ヘタレ」

やっと英梨々が離れた。顔が真っ赤で頭からは少し湯気でもでていそうだ。

「朝からずいぶんな言われようだな・・・」

「だいたい倫也って、あたしを抱きしめたいとか、もっとこう・・・(エッチしたいとか)思わないのかしら?」

「なんだ?」

「もういい」

ポンッ。

倫也は英梨々の頭に軽く手を乗せるように叩いた。

「ほら、いくぞ」

「・・・うん」

それから、倫也は英梨々の左手をそっと手にとって、少し気持ちを落ち着けようと黙ったまま駅へと向かった。

 

 ローカル線で池袋へ出て、そこからJRの環状線で上野駅まで向かう。休日の山の手線は空いていて、二人は並んで座ることができた。電車の中で英梨々がスマホでチケットの予約をする。民間の展覧会なので混むようなことはないがネットで予約しないと入る事ができない。

「11時からでいいわよね」

「任せるよ」

英梨々が予約をする。作品を応募した英梨々は無料チケットを2枚もらっているので入場料はかからない。

「倫也は初めてよね?」

「うん。東京都美術館?行ったことあるかな・・・」

「あんたって美術展なんて行くの?」

「いや・・・いかねぇな。でも国立科学博物館なら行ったことあるぞ」

「近くね」

「あっ、アニメとかマンガの原作者の展示会が行われていたなら、いったことあるかも」

「展示会といえば、今度のあたしの誕生日に英梨々展があるらしいわよ」

「へぇ・・・よかったじゃん」

 

根強い冴えカノファンも多いようで、サブヒロインの誕生日展が行われるとか。筆者としても気にはなるが原作英梨々と同人英梨々の差が激しすぎてもはや別物になりつつある。今や冴えカノは英梨々が喜んで、その後に泣くという鬱アニメの認識である。別荘後のみんなでニヤニヤしながら謝罪する英梨々、映画最後で詩羽になだめられながら泣いて去る英梨々の2コマで十分だ。話それた。

 

「はい」

英梨々がバックから柚子蜂蜜のど飴を取り出し、倫也に渡した。倫也は受け取り包装から取り出して口へ放り込む。そのあとに英梨々が包装のゴミを回収し、バックにしまった。

「こういう英梨々展があると、ついでにハーメルンで検索する人なんかが増えるのかしら?」

「さぁ・・・?」

「でも、どうせ挫折するわよね。ここまでたどり着けないわ」

「自分でいうなよ・・・」

「あ~!!」

「なんだよ!?大きな声を電車で出すな。びっくりするだろ」

「これ。見て!」

「ん?」

「ほら、コメントが久しぶりにあるわよ」

「ほーっ、なんだって?」

「えっとね・・・『いつも英梨々の笑顔に元気をもらってまっ・・・』」

ペシッ。倫也が軽く英梨々の頭をはたいてツッコミをいれる。

「捏造するな」

「いいじゃない別に。こういうイチャコラしたのが読みたかったですって」

「同人ってそういうもんだからな」

「ずいぶん、遠回りしたものよね」

「ときどき、原作のセリフを引用するよな・・・。まぁあれだな。ここからなんだがな」

「ここからよねぇ・・・。それにしても、『恵が怖い』って、笑えるんだけど、あとで恵に見せてやろっと」

「いらぬ刺激はやめとこうか」

「あんまり劇中劇はやるなって詩羽がいっていたし、元にもどりましょうか」

「そろそろ上野だしな」

 

 上野。パンダの街。年末になるとアメ横が大変賑わいTVの取材も多い。かつてはイラン人が偽造テレカを売っていたり、関東北部の玄関駅なので、時期によっては家で少女も多かったりしたことでも有名な街だ。何が言いたいかというと未だに下町情緒の残る煩雑とした街であるってこと。なかなか洗練されない。

 

 東京都美術館は赤っぽいオレンジ色のタイルの外観で、入り口はエスカレーターで降りた地下一階。英梨々の絵が飾ってある展示場は2階である。会場でスマホの画面を見せてQRコードを読みとってもらい、無料チケットを二枚渡す。

 応募総数は6000点前後あり、このうち飾ってあるのは1200点程度で佳作以上の作品だ。小学生から大学までが対象だが、だんだんと絵が上手くなっていくのがわかる。高校生の作品だともはやプロと見分けがつかないぐらい上手い。

 

「どいつもうめぇなぁ・・・」

「ほんとよね」

倫也と英梨々が並びながら会場を歩いていく。入口付近が大学生のものが数点と高校三年生のものになり、写実的な作品だと写真のように上手だ。

 英梨々はため息をつきながら絵を一枚一枚丁寧に見ていく。倫也は英梨々が集中して見始めたので、そっと離れてフロアをふらふらと歩きながら会場内を軽く周った。審査員賞のコメントを読むがいまいちピンとこない。自分の上手いと思った作品や好きな作品が佳作だったり、まったく理解しがたい抽象画が金賞だったりする。ことアートの世界になると、同じ二次元の世界とはいえやはり違っている。ただ、アニメやイラストに寄せたような作品もあり、共感を得る作品も何枚かあった。

 ぐるりと周ってから、英梨々のところへ戻ってくる。

 

「これなんだけど」

「うん」

「・・・どう?」

「うまいと思うよ」

「なによ、その感想」

「いや、ほんと・・・普通に上手いよな。びっくりする。感想を上手に言うのって難しいじゃん」

「・・・そうだけど」

 

 今回の英梨々の作品は夕焼けの風景画だ。筆のタッチはゴッホを思わせるような荒々しいものにしたが、配色はカラフルでガウディーに近い。電信柱や塀の影などの暗いところも緻密に描写されていた。見るものを幼き日の憧憬へといざない、夕焼け小焼けなどの5時のチャイムが聴こえてきそうだった。そんなどこか懐かしくなるような作品でも、佳作だ。

 

「今年も佳作なのよね」

「今年も?毎年応募しているの?」

「うん。小学校3年生の頃からずっとね・・・」

「へぇ・・・英梨々でも佳作どまりなのか?」

「うん。もう少し小さい展覧会なら受賞もしたんだけど」

倫也がもう一度、英梨々の絵を見上げた。大きなキャンパスなので迫力もある。

「上手いし、いい絵だとは思うけどな」

「けど・・・なによ?」

「ん・・・」

「何かが足らないなら、教えてほしいんだけど」

「俺もよくはわからないけど・・・受賞した作品って、別に上手くない絵もあるだろ?」

「うん」

「だから、技術的に優れているだけではダメで、何かを訴えかけるというか、心に響くものが受賞しているんだよな」

「うん」

「英梨々の絵もすごくいいと思うけど」

「だから、けど・・・何よ?」

「どういえばいいんだろうな・・・描きたいものを描いてないよな」

「・・・どういうこと?」

「いや、だからさ、こう・・・展覧会の傾向とかみて、作風を作り変えたり、少し派手な色使いだったりして、尖ってないというか・・・審査員に媚びている部分が見え隠れする・・・っていったら、邪推しすぎか?」

「・・・ううん」

 

 英梨々が歩き始めた。今度は他の作品の前を素通りしながら、会場を巡っていく。何か物思いに更けているので倫也は声をかけるのを躊躇った。英梨々が時々立ち止まった絵は二次元のイラストに近い作品だ。しかし、どれも佳作どまりが多かった。けれど・・・こういう絵をもっと特化させたら英梨々の方が上手いんじゃないかな?と倫也は思った。

 

だいたい見終わって、二人は元のところに戻ってくる。

「倫也はどの絵がよかった?」

「そうだな・・・あっちの・・・」

倫也が指で示してから歩いていく。年齢層はバラバラでジャンルもいろんなものを選らんだ。男の子らしく竜を描いたものや、女性が内面を描いたメルヘンなものなどを気になった作品を英梨々に伝える。

「別に受賞した作品じゃないのね」

「だって俺、アートはよくわかんねぇーしな」

「そうね」

 

 それから2人は会場を出た。長椅子が置いてあってそこに腰を掛ける。ガラス張りの壁から公園を見ることができた。英梨々はまた考えに沈んで自分の気持ちを整理している。上位の賞をとることにこだわりすぎた自分を反省する。

 

「なぁ英梨々。英梨々はどうして油絵を描いているんだ?」

「習い事をしたからでしょ」

「でも、続けているなら好きだからだろ?」

「・・・まぁそうよね。当たり前じゃない」

「じゃあ、別にこういう応募とか受賞とかは関係なくね?」

「関係なくはないでしょ」

「そっかなぁ。どうして応募するんだ?」

「・・・そうねぇ・・・」

 

 英梨々は隣にいる倫也を見つめる。なんだかとてもシンプルな答えがあった気がする。

 

「こうして倫也と一緒にここに来るためかしら」

「はいっ!?」

「二度は言わないわよ。バカ」

 

英梨々は顔を赤らめて、窓の方を向いた。陽光の射しこむテラスでは英梨々のブロンドの髪がキラキラと輝いている。倫也は今日の会場で一番注目されていたのが英梨々だったことに途中で気が付いた。みんなが英梨々を振り返るし、英梨々をぼんやりと見つめている人もいた。もちろん絵を真剣に見ている英梨々のような人もいたけれど、英梨々の存在はやはり特別だった。当の本人はそのことにまったく気が付いている様子はなかった。作品と賞を値踏みすることに必死のように倫也に思えた。

 

「英梨々はもっと好きな題材を好きに描いた方がいいと思うぞ」

「凌辱イラストは公序に反する題材なんでダメなのよ」

「致命的だな!」

「冗談はさておき、来年の作品ならそれができるかも」

「今まではできなかったのかよ?」

「・・・うん」

「なんで?」

「・・・ほっときなさいよ」

「何を?」

「・・・」

英梨々が立ち上がって、脱いでいたコートを着始めた。倫也もそれにあわせてコートを着る。英梨々の顔が赤い。

「もうお昼を周ったし、どこかでランチでもするか」

「そうね」

倫也が話題を変えながら歩いて会場の外に出た。日が高くなると外は暖かかった。梅が咲いていたが、そこにはインコが留まっていて必死に梅の花を散らしている。大道芸は少ない観客相手にパフォーマンスを見せていた。

 

「あんた、モデルやりなさいよ」

 

英梨々が上野公園を駅の方へ歩きながらぽつりと言った。

「えっ俺?身長ないしモデルは無理だろ」

「はぁ?あんたバカなの?死ぬの?なんであんたが職業モデルやるのよ」

「いや、今お前がいったことだよねぇ!?」

「・・・あたしがいったのは絵のモデルよ」

「ああ、英梨々の絵の?」

「・・・うん」

「・・・なんか俺、すごく恥ずかしい勘違いした?」

「普通しないわよね」

「いやぁ・・・突然言われたし」

「さっき倫也が言ったでしょ。好きなものを描いた方がいいって」

「ああ、うん?言ったな。無理してアーティスティックなものを描くことないんじゃないかって」

「だから」

「だから?」

英梨々が下を向いてモジモジしはじめた。つないでいた手を強く握っている。

「もう・・・これ以上は言わせないでよ!」

「なぁ・・・英梨々。もしかしてお前さ」

「なにかしら?」

「今度も上位の賞を獲れなかったら、モデルの俺が悪いとか人のせいにしようとしてね?」

 

英梨々は少し倫也の言っている意味を考えて、ぷっと吹き出して笑った。

 

「なによそれ!」

「いや、俺なんかモデルで大丈夫なのか」

「さぁ。ダメでもいいじゃない」

 

そういって、英梨々が八重歯を見せながらおかしそうに笑っている。歩くたびに揺れるツインテールが煌めいているし、足取りも軽そうに弾んでいた。展覧会を見ていた時の少し鎮痛難感じのする英梨々は、肩の荷でも下ろしたかのように明るさを取り戻していた。

 

「ランチはどこで喰うんだ?」

「えっとね・・・アメ横を抜けた御徒町駅付近にB級グルメパスタのお店があるの」

「ほう」

「塩だれ豚キャベツパスタみたいな感じ」

「なんだそれ、いいな!」

「ぜんぜん気取ったイタリアンみたいな店じゃなくって、スタンドカレー屋とかに近い店でね。でも、ぜんぜん汚くなくて・・・」

「ほうほう・・・」

英梨々がよくしゃべる。ご機嫌で笑いながらしゃべるから、八重歯がなんどもチラチラと見える。

倫也はそんな英梨々をみて、ここまで来てよかったなと思う。

 

「その後はね・・・」

「アキバまで足を伸ばすか」

「そうね!」

 

 御徒町の隣が秋葉原だ。倫也と英梨々にしてみたらメッカみたいな場所だ。趣味も一緒だし、どう転んでも楽しく過ごせる街。

 

 だから、あとは2人に任せて、今日の物語はこの辺でおしまい。

 

(了)

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