英梨々を甘やかして作る物語   作:きりぼー

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これが英梨々編。

補足しておくと、小学生の時のケンカを早々と修復することにより、英梨々は無理して倫也を追いかけなくなる。したがって倫也を追って進学校を受験せずに、美術系高校へ進路をとる。
性格的な歪みも多少解消され、凌辱エロ漫画を描く腐女子よりは、正当な美術系女子への道を歩んでいる英梨々像ということになる。

そして、この話の中でヒロイン性をもつ英梨々は、恵編で恵が論じた「フェミニズムの押し付け」というところに帰着する。

すなわち、いささか上品すぎる英梨々像は、筆者からの押し付けのようでもあり、もっと本質的に自由な英梨々からは遠ざかっているような気がする。

ボツにするには惜しいので、全5話ながら掲載させていただく。


(ボツ5/5) 英梨々編

 午前の講義を終えた帰り道、駅前でケバブを二つ買って家へと戻る。制服を脱いで私服に着替え、いそいそと英梨々の家へと向かった。

 

 英梨々とは毎日のように会っていたが、夏休みの間は、少し距離を取ることに決めた。理由は俺は進学校の高校三年生の受験生だからだ。

 

 一方で英梨々は美術系の高校へ進学し、次の進路もすでにほぼ決まっていた。

 

 ジリジリと暑い日差しの中、通いなれた坂道を上って赤い屋根の屋敷に到着する。黒格子の大きな門の横には通用口があり、今はデジタル化している。そこにケータイをかざしロックを解除して中へと入っていく。

 以前のようにチャイムを鳴らさずに入れるようになったのには理由がある。美術系高校へ進路が決まってから、英梨々は庭先に木でできた小さなアトリエを建ててもらった。部屋にいるとネットやケータイとは無縁ではいられず、ついつい流されてしまう。そこでアトリエへ篭って創作活動に専念するためだ。

 

 そういうわけで玄関のチャイムを押しても。アトリエにいる英梨々は聴こえないし、アトリエにはケータイを持ち込んでいないので、一度メイドさんを通してから案内してもらっていた。それも手間だということで、俺は直接出入りするように英梨々が変更してしまった。今更、俺と英梨々が自由に行き来することを英梨々の両親は反対などはしない。

 

 俺の信用が高いこともあるだろうが、英梨々の両親がその辺は無頓着というか、現実的で、『どうせ止めたところでヤるやつはヤるよね』というスペンサーおじさんの見解が通っている。母親親の小百合さんも無駄に妨害したりしないで寛容だった。

 

 芝生の庭には野良ネコが2匹ほど木陰で休んでいた。周りにはいろんな花が咲き誇っている。屋敷の横を通ればアトリエにつく。チャイムもないので木製のドアをノックした。

 

「俺」と、声をかけたが中から返事はなかった。静かに木のドアを開ける。一応、鍵がかかるドアのはずだが、英梨々は鍵をかけていない。

 

 中は新築の木の匂いと油絵具の匂いが混じっていた。天窓も横の窓も大きく採光は十分でとても明るい。エアコンが少し効いているが涼しいというほどでもない。快適な空間だ。

 

 幼稚園の子が着ているような水色のスモッグはあちこちが絵具で汚れている。自慢の金髪は黒いリボンでツインテールに結んでいて、天井から差し込む光でキラキラと輝いていた。。

 

 1メートル以上はある大きなキャンバスに向かって、英梨々は立ちながら絵を描いていた。俺が来たことにも気が付かないらしい。とんだ不用心である。

 

 俺はゆっくりとドアを閉めて、部屋の隅に置いてあった丸い木のイスに腰をおろした。

 

 英梨々が今描いている絵は夏休みの課題であるとともに、英梨々にとっての卒業制作でもある。

 

 大きな陸亀の絵で、背中には街が乗っている。街は複雑に何層にも重なっていて、人々が生活している。背景の木や、空の雲や、海の波は普通の大きさなので、巨大な亀というよりは、ミニニュアの街と小人といった感じだ。

 

 アトリエの中はそんなに物はない。壁際の棚には資料になる分厚い本、小さなテーブルには絵具や筆で散らかっている。それから休めるように赤い1人用のソファーがあるが、すでに絵具であちこちが汚れている。あとは壁には何枚かの油絵が立てかけてあった。

 

 英梨々が俺に気が付くまで、俺は静かにイスに座ってぼんやりと英梨々と英梨々の絵を眺めて過ごす。

 直ぐに気が付いてくれる時もあれば、1時間ぐらい集中していて気が付かない時もある。

 

「声ぐらいかけなさいよ」と言われたこともあったが、別に退屈な時間でもない。英梨々が真剣に絵を描いている姿を見るのも好きだし、英梨々の作品が少しずつ完成するのを見るのも楽しい。

 

 もってきたケバブだけが気になるが、別に冷めてまずくなるようなものでもない。

 

※ ※ ※

 

 しばらく経って、英梨々が筆をテーブルに置いた。それからこちらを見て、何も認識しなかったようで、もう一度キャンパスを眺めている。

 いやいや、そこは俺に気が付けよ。別に石ころ帽子はかぶってねぇーぞ?と思ったが、口には出さない。

 

「どうかしら?」

 

 英梨々がキャンパスを見ながらいった。

 

「気が付いてたのかよ」

「うん」

 

 俺は立ち上がって、英梨々の隣に立ってキャンパスを眺めた。正面から見ると雰囲気がだいぶ変わる。

 全体的な配色は終わっているが、中央の街はぜんぜん着色されていない。俺は近づいてチェックしていく。俺が英梨々の作品にどうこう言えるようなことはない。

 

「陸亀の質感がいいなっ」

「デザートザックをイメージしてみたわ」

「・・・あのなぁ・・・」

 

 ベースの色は黄土色だ。甲羅の重厚感がある。でも単調な色合いでなく、よく見れば緑や赤なども混ざっていて、輝いているようにも見える。年季が入って割れたり、欠けている部分もあれば、苔が生えている場所もところどこにあった。

 

 ちなみにデザートザックは、砂漠仕様のロボットだ。砂漠用なので砂の黄土色がベースになっている。昔、英梨々と一緒にプラモで作ったことがあった。俺のこだわりは砂でペンキが剥げた質感だった。

 英梨々と研究しながら何度も塗装を重ねたものだ。

 

 それがこんなところに活かされて・・・るか、どうかは怪しいが。

 

「背景はだいたい完成しているのか?」

「そうね。ほぼ真似だけどね」

「いやぁ、十分上手いだろ・・・」

 

 アクリル絵の具で風景画を描く海外の動画配信者がいて、英梨々はそれを何度もみていた。木々の揺らめき、木漏れ日の明るさ、流れていくような雲。どこかテンプレ的でオリジナルな感じはしないが、確かな技術の高さがわかる。海の揺蕩う水面の光の反射などは、どうやって描いたのか、俺には見当もつかないぐらいリアルだ。

 

「その辺はこだわりすぎてもキリがないのよね。あんまり背景が目だってもダメだろうし、ちゃちゃっと終わらせたわ」

「ちゃちゃっと終わらせて、これなら文句の言いようもねぇな・・・」

 

 英梨々がボロ布で筆の絵具を落とし、筆洗い器の中につっこんだ。

 

 完成していないのは街と亀の顔ぐらいである。街は下絵だけではどんな感じになるのか、まだまだわからない。

 

「ケバブ買ってきたけど、チキンとビーフ」

「チキンいただこうかしら」

「あいよ」

 

 ビニール袋から、もう冷めてしまったチキンケバブを英梨々に渡した。

 

「テーブル片づけるわね」

「いいよ。そのままで手にもって食べられるし」

「悪いわね。何か飲むかしら?」

「いや、あっちまで取りに行くのめんどうだろ」

「ふふっ、甘いわね・・・倫也。あれが目に入らないのかしら」

 

 英梨々が指した先に白い冷蔵庫があった。さっきまで本棚の横の棚だと思っていて、気が付きもしなかった。小型冷蔵庫だ。

 

「冷蔵庫も買ったのか」

「なんだかんだ、文明的になっちゃうよね・・・だってほら、飲まないと脱水症状になっちゃうじゃない」

「まぁそうだけどな・・・」

 

 本宅から用意すればいいと思うが、よほどアトリエが居心地が良いと見える。英梨々の部屋だとネットもゲームも完備しているから、こちらにいた方が健全なのかもしれない。ペットボトルのお茶でも持ち込めば十分と思ったが、やはり冷えたものが欲しくなったのだろう。気持ちはわからんでもない。

 

「だいたいそろってるわよ」

「みていいか?」

「ええ、あたしはペリエね」

 

 冷蔵庫を開けてみると、各種ドリンクが確かにそろっていた。やはり瓶入りのコーラが心をくすぐる。ラムネも捨てがたいが・・・ケバブと一緒に飲むには惜しい。ラムネは単品で心ゆくまで堪能したい。

 

 英梨々にペリエの瓶のキャップを開けてから渡した。英梨々は受け取って、疲れたように赤いソファーに深く腰を沈ませた。

 

 栓抜きは冷蔵庫にマグネットでくっついていた。俺はそれを使ってコーラの蓋をあける。この泡がシュワワッと鳴る音の至福といったらない。

 

「いただきます」と英梨々が言った。俺も「いただきます」と言う。

 

 コーラーはキンキンに冷えていて最高に美味い。このためだけに夏が存在しているといってもいいぐらいだ。ずいぶんと喉が乾いていたらしく、体にしみわたっていく。

 

 俺も丸イスに座ってケバブをかじる。

 

「補講の方はどう?」

「前も言ったけど補講じゃないからねっ!?」

「夏期特別講習だっけ?別に名前なんていいじゃない。細かいわね」

「補講っていうと、なんか赤点とった生徒みたいだろ、これでも一応成績優秀なんだから」

「はいはい」

 

 希望大学は詩羽先輩と同じ名門私立だ。一応A判定が出ている。進学校のTOPクラスの成績なので当然といえば当然だ。ただ加藤はそこまで成績は伸びていない。夏休み明けには推薦の話もでてくるし、進路にはちょっと迷いがある。

 

「勉強はまずまず順調だよ。おかげ様でな」

「あたしが邪魔しないだけで成績が伸びるなんてね」

「お前も絵がはかどっているようだし」

 

 別にお互いに邪魔をしているわけじゃない。オタク趣味は今も続いているが、アニメを見る時間はほとんどなくなってきている。

 英梨々もできるだけ創作に時間をさいているようだ。

 

 俺はラノベを読むことと、ラノベ紹介サイトの更新だけは今も続けている。成績がキープできているうちは続けるつもりだ。英梨々もイラストやマンガをサイトに上げているものの、ペースは落ちていて、最近はアナログの油絵に注力している。

 

 高校生活に悔いは残したくないらしい。

 

 小さい頃から一緒で兄妹のように育ってきたところがある。中学で進路を決める時に俺と同じ高校に通おうとした英梨々を止めて、英梨々にはもっと美術を伸ばしてほしいと小見、美術系の高校に進学する事を薦めた。

 拗ねる英梨々を説得できたのは、どの道学校では2人はしゃべれない事、俺の通う進学校が同じ沿線にあるため通学路が一緒な事だった。それなら中学とそんなには変わらないと考えたのだ。

 

 英梨々も最初は不安だったようだが、慣れてみるとやはり楽しいらしく学校生活は充実していた。学校の話もよくするし、何よりもいつも創作の課題があって、こだわりを見せれば終わらないほどだ。だから飽きないらしい。今まで興味を持てなかった分野にもチャレンジをしている。

 

 選択科目では音楽を選ばず『書道』にしていた。それはそれで真剣に取り組んで書道資格も取得している。臨書などもえらく上手だ。水墨画もチャレンジしたいらしいし、時間が足らないらしい。

 

 水墨画はそれはそれで一つのジャンルで奥が深いらしい。英梨々が描けば俺からみると上手いことこの上ないのだが、本人がいうには下手糞らしい。どのあたりから上手いことになるのか気になる。

 

 話がそれた。そういうわけで、俺と英梨々はそれぞれの進路を今は歩んでいる。

 

※ ※ ※

 

 ケバブを食べながら、亀の上の街のアイデアについて話あった。床にはたくさんのデッサンアイデアの紙を並べている。街は平面的でなく立体的に積み重なっているのだ。ごちゃごちゃと積み上げた家はレンガ作りやコンクリートなどの硬質なものをベースに、配管や室外機、電線などのカオス的な裏路地も細かく書き込んでいく。ディティールが生活感を生む。

 

 煙突やラーメン屋の暖簾。ベランダに干された洗濯もの。生活感がにじみ出る様な風景とはどんなものか、次々にアイデアを出していく。自販機や自販機の横で酔いつぶれている人、転がった空き缶。点滅するネオンサインをどう表現するか・・・

 

 ケバブを食べ終えた英梨々は、スケッチブックを取り出して、言われたアイデアをすぐに絵にしていく。ささっと描いた鉛筆のライン一つ一つが美しい。なぜ、こうも簡単なラフなのに、俺が丁寧に描いた絵などよりもずっと上手い

 

 『才能』と一言で片付けるには、英梨々の右手のペンダコに失礼だろう。

 

 英梨々がそわそわとしているので、俺は「少し猫に餌でもやってくるから、もう少し絵を描いていろよ」と言った。

 

 英梨々は少し迷ったようだがうなずいた。一緒にアニメを見る時間はもう過去で、今はお互いにやりたいこと、やるべきことがある。時間が惜しい。

 

 俺だって焦りがある。この時間を勉強にあてれば状況は進捗するのだ。解けない数学問題考えたり、覚えては忘れてしまう英単語を詰め込みたいとは思う。

 でも、英梨々の前では焦らないふりをする。ゆったりとした変わらない時間を過ごすことを心掛けていた。英梨々と過ごす時間を単語帳で覚える事には使いたくない。

 

 アトリエの外は暑いが、芝生には水がまかれているので俺の家の前ほど酷暑ではない。土と植物でだいぶ違うのだ。丘の上の高所で密集していなくて風通りがいいことも関係あるだろう。都心にしては過ごしやすい。

 

 猫の餌の『カリカリ』を持って、木陰に近づくと、「ミャー」と縞猫が近寄ってきた。近寄ってはくるものの触らせてはくれない。もう一匹は黒猫で、こいつは愛想は良くないので少し遠目に上品に座ってみている。

 

 木陰にあった皿の埃を払い、そこに『カリカリ』を入れてやる。2匹とも耳が欠けていて去勢済だ。ちゃんと登録された地域猫だが、ほぼ縄張りが英梨々の家なので、英梨々の家の半ノラといえないこともない。

 

 この子たちが俺の家の方まで降りてくることはなく、むしろこれより上の旧家の方へ行くことが多い。丘の上は政治家などが住む御屋敷街で、どこの家も立派な石垣があったり、池付きの庭があったりする。

 ノラ猫にはさぞかし住みやすい街並みがまだ残っていた。

 

 縞猫の方がカリカリを食べているが、黒猫の方は俺をじぃーと見つめている。距離を取るまで食べにはこない。

 俺が少し離れると、「やれやれ、しょうがない食べてやるか」という感じで歩きだし、のそのそとカリカリをかじりにいく。

 

 猫が食べ終わるまで見ていた。日は傾いてきたがまだまだ暑い。庭の端まで行けば、丘の上から街並みが一望できる。住宅街や駅の商店街ももちろん見えるが、どこまでも家がずっと連なっている。これぞ関東平野という景色だ。そして遠くにはうっすらと富士山をみることもできた。今日は天気がいい。

 

 少し体操をする。

 

 暑い。

 

 15分ぐらいはたっただろうか。

 

 アトリエに戻る。冷房の加減がちょうどいい。英梨々は今度は丸イスに座って、細い筆を使って絵を描いていた。おそらくはなんども描いて、なんども消すことになるだろう。

 

 俺は赤いソファーに腰を掛けて、あくびを大きくした。

 

 睡魔が襲ってきたことを自覚したので無駄な抵抗はしない。背もたれにかけてあったチェック柄のブランケットを広げて、それにくるまって少し目を閉じた。

 

※ ※ ※

 

 頬に冷たい感触があって、俺は目が覚めた。

 

「起こしちゃ可哀そうだけど、時間よ」

 

 目の前には英梨々が立っていて、右手にはガリガリ君をぶら下げてもっている。冷たさの正体はこれらしい。

 

「ああ、わりいな・・・もう5時か」

「あんた寝不足?」

「ちゃんと寝ているつもりだけどな・・・頭使うと眠くなるんだよ」

「ふーん。長いソファーの方がよかったかしら?」

「いや、これで十分」

 

 ガリガリ君を受け取って俺は立ち上がった。

 

 英梨々も手にはガリガリ君を持っている。真夏の食べ物といえばガリガリ君だろう。空調は止まっていて、随分と部屋の中が暑くなっていた。

 

 英梨々はもう水色のスモッグを脱いでて、ロゴの入った黄色いTシャツに、スリムジーンズの姿になっていた。

 

「まっ、夏といえばコレよね」

「そうかもしれないな・・・」

 

 夏のアイテムは一杯ある。さっきの瓶のコーラ。スイカ、かき氷、ラムネ・・・

 

 でも、子供の頃から手軽に親しんできたのはこのガリガリ君かもしれない。

 

 英梨々がソーダの端っこを、カシュリと噛んだ。まるでここまで青い香りが漂ってきそうだ。

 俺もガリガリ君を一口かじる。冷たい爽やかな味が口に広がる。

 

 

 英梨々が悪戯っぽく笑うと、ちょっとだけ八重歯が見えた。

 

 

(了)




以上。全5話でした。

ボツになった理由は全体の構成にある。
各ヒロイン5話で完結する作りに対する熱量不足。

週末の5階を各ヒロインに割り振った時に、最初は出海ちゃんあたりかなと書き進めている途中で挫折した。
書いててつまらないものは、読んでもらってもつまらないものだから。

かくして、夏休みプロジェクトをどうするか?は白紙へと戻ったのだった・・・
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