今日はひな祭りで、平和な一日を感謝するしかない。
ウクライナ問題など持ち込まれても英梨々は困るだろうけど、明るいだけの物語は書けないのも性分ということで。
「せーの!」
「よっ」
倫也と英梨々が畳を持ち上げた。それを広い洋間の英梨々の部屋まで運ぶ。
部屋の隅に畳二枚を並べた。その脇にはダンボールがいくつか置いてある。
英梨々は久しぶりに7段のひな人形を飾ろうと思い、倫也を自宅に招いている。7段は飾るだけでも大変なので大きくなってからは飾るのをやめていた。
「けっこうな量になるんだな」
「人形一つ一つが梱包されて箱に入っているからよ」
「へぇ・・・」
「じゃあ、倫也はまずは飾り棚を組み立ててくれるかしら?」
「あいよ」
「この箱ね」
倫也が指定された箱を開ける。上には組み立ての説明書が置いてあった。7段ともなるとかなりの大きさになるので分解されてしまわれている。倫也は説明書を見ながら部品を並べて確認していく。
「じゃあ、あたしは人形を組み立てていくから」
「えっ、ひな人形って分解されているの?」
「頭部なんかは分解してしまうのもあるわよ。変な力がかかると折れちゃうでしょ?あとは備品が細かいのよ」
「ああ、男雛の尺とかか?」
「そそ。三人官女や五人囃子も名前ぐらいは聞いたことあっても、何をもっているかなんて知らないでしょ」
「確かに」
倫也が台を組み立てていく。巨大なプラモデルやフィギュアみたいなもので、要領は一緒だ。英梨々は箱から次々と人形を出して、物を持たせていく。小さいころはワクワクしていたが、だんだんと面倒臭くなってしまった。今年は倫也が彼氏なので女の子イベントを大事しようと思い、重い腰を上げて飾り付けに挑んでいる。
倫也は時々手を休めてスマホを見ていた。
「何を見ているのかしら?」
「ウクライナ情勢」
「・・・政治の話はやめてよね」
「・・・だよな。暗いものな」
「暗いのもそうだし、政治的な思想は正解もないじゃない?何かをたてれば何かが立たないし、どこで変なとばっちりうけるかわからないし」
「ふむ・・・」
「そんな暗い世の中だからこそ、せめて小説ぐらい明るい方がいいわよ」
「おっ、英梨々にメインヒロインの自覚が?」
「バカ」
倫也が四苦八苦しながら、なんとか飾り棚を組み立て終えた。その後に赤い布を敷いて固定していった。生地が上等でふわふわと触り心地がいい。
「やっぱり、この雛飾りも高級品なの?」
「文化財らしいわよ?江戸時代のだから」
「ふぁ~」
「こういう小さな飾り細工って今はプラスチックの安物で代用されているけれど、昔は職人が技術を競っていた時期があるのよ。シルバニアファミリーも初期は手作りなのよね」
「へぇ・・・としかいいようがねぇな」
「ほら、この婚礼道具の重箱なんて漆に金細工よ?この細かさで」
倫也が1つを手にとって眺める。精巧である・・・。
「なんかフィギュアの高額な物に通じるものがあるな」
「そうね、あの業界も量産ものから一品ものまでピンキリよね」
「なぁ英梨々。いっそ・・・ここにフィギュアを並べたら・・・」
「自分でバカな発言ってわかってるなら、慎みなさいよ」
「厳しいな!」
「そろそろ並べるわよ」
英梨々が1つずつ人形を倫也に渡し、倫也が言われた場所に人形を並べていく。その後に小物を並べる。英梨々は少し離れて、位置を細かく修正していった。倫也は黙々とそれに従う。
「こんなもんかしらね?」
「おおっ・・・立派だな」
「そうね。昔は和装の人形ってなんかダサイって思ってたけど・・・」
「良さがわかってきた?」
「そうね」
英梨々と倫也が記念写真をスマホで撮影する。
「ほんとはね、ひな人形を飾るのって節分のあとぐらいからなのよね」
「はははっ」
「細かい事はいいわよね」
「詳しいことはよくわからないけど、ひな祭りって雛壇飾ることがメインみたいなとこあるよな」
「うん。でも、一応はお昼ご飯にチラシ寿司を用意しておいたわ。ちょうどいい時間だし食べる?」
「用意がいいな」
時刻はお昼を過ぎたあたりだった。二人はキッチンに移動した。英梨々が冷蔵庫から、チラシ寿司のお雛様セットを二つテーブルに並べる。
「ハマグリの吸い物は作り方面倒だったから、このインスタントのアサリの味噌汁でいいわよね」
「まったく問題ないと思うぞ」
2人は味噌汁の包装を破り、中身をだしてお湯を注いだ。一分ほど待つと完成する。
「じゃ、倫也、ご苦労様」
「英梨々も、ひな祭り・・・おめでとう?でいいのか」
「さぁ?」
英梨々がクスッと笑う。正式なひな祭りとかよく知らなかったけど、今日は楽しかったこれでいいと思っている。
「なんか、お弁当の中身が豪華なんだが・・・」
「そりゃあ、料亭から取り寄せたものだから、それなりのものじゃないと」
「・・・ほう」
チラシ寿司とおかずで別々に分かれている。おかずは細かく仕切られていて、それぞれが凝っていた。
「味もいいな」
「そっ、よかった」
それから倫也は食事をしながらネットTVをつけた。倫也がCNNニュースにすると、英梨々がTVの電源を切った。
「ふぅ・・・」倫也が大きく溜め息をついた。現実が重たい。
「どこに世界情勢に憂いたアニメオタクの高校生がいるのよ」
「俺は難しいことわかんねぇけどさ・・・腑に落ちないんだよ。政治とか歴史とかイデオロギーとか経済とか独裁とか自由とか・・・世界は複雑だけど、だけど・・・あの女の子の死が・・・」
「まったく、ひな祭りで楽しいだけの話が台無しね」
「・・・ごめん」
「まっ、しょうがないわよ」
英梨々も倫也もそれから黙って食事をした。世界の悲劇を身近に感じた時、人は自分の幸せだけを能天気に笑ってはいられなくなる。本当はいつも起きていることだ。世界中のどこかで不幸が量産されている。それに気が付かないように鈍いふりして今を笑う。
2人が食事を終えた。
「はい、これ」
「・・・なんだよ」
「見ればわかるでしょ。ピコピコハンマーよ」
「ボツでいいんじゃねぇの?」
「できることを少しでもすればいいじゃない」
英梨々の部屋に戻ると、雛壇の飾りを眺めている小さな子供たちがいた。
さまざまな人種の小さな子供。どの子も体が少し透けていて、キラキラとした金色の光があふれ出ている。
英梨々はその子供たちに、ひなあられを一袋ずつ配った。
「・・・英梨々?」
「何もウクライナの子だけじゃないわよね。今日と言う日を笑って過ごせなかった子供は」
「そうだけど」
「そういう子供たちに、ささやかな時間をここで過ごしてもらってから、天国にいってもらうの」
「天国か・・・宗教によってちがうんじゃねーの?」
「なんだっていいのよ。ただ、そういうものを否定するよりも、あった方が救われるでしょ」
「そうだな」
英梨々は子供たちと言葉を交わした。その言葉は多様で倫也にはわからない。ただ、小さな子供は少しだけ笑ってから、雛壇と一緒に消えてしまった。
「なんだ?」
「天国へのおみやげに雛壇を持っていってもらったのよ。小説の中に飾ったままでもしょうがないでしょ」
「気前がいいな」
「なによ、そのツッコミは」
「ああ、そういうことか・・・」
「ほら、ちゃんとツッコミしなさいよ。重たい話のまま終わるでしょ」
「気乗りしないなぁ・・・」
「・・・」
ピコンッ!
倫也が英梨々の頭を優しくピコピコハンマーでたたく、コミカルな音がなる。荘厳な鐘の音だと悲しさが増すから、これぐらいでいい。
「片付けをさぼっただけだろ!」
英梨々が困った顔をしながら、口元は固く閉じて唇の端だけで小さな笑顔を作った。
(了)
世界がどうか、もう少し優しくありますように。