Fate/Silver Order -選ばれし48人目のマスターは銀髪侍- 作:天パ男
煌びやかな宮殿。
鮮やかな花や植物、鳥たちに囲まれた美しき庭園。
そこに二人はいた。
片や小さくも美しき少女。片やガタイの良く、凛々しい顔立ちをした男性。
少女は男の膝に乗り、楽しそうに言の葉を交わしている。
「ネロ、お前は美しい。お前は余の…… 全てといっても等しい」
男は少女に愛を持って接する。
少女も男の愛を受け、微笑む。
「ネロよ、お前は、お前こそが────」
それ以上は語られなかった。
何故なら、男の顔がドロリと泥のように崩れ落ちたからだ。
周囲も全て壊れていく。草花は枯れ果て、鳥は死に絶え、建物はボロボロに崩れていく。
そして、少女は、
「誰も、おらぬのか」
一人になった。
「伯父上── っ!」
ネロは目を開き、反射的に体を起こした。
自身はベットに寝かせられていたらしい。
「お目覚めになられましたか、皇帝陛下!」
側について介抱していたであろう兵士たちが喜びの声を上げた。
恐らくは簡易的に作られたテントの中だろう。ということはここは遠征先に向かう途中の野営地か。
「余は眠っていたのだな」
「はっ。敵軍の将と思われる、カ…… あ、いえ、その……」
「よい。伯父上のことであろう。恐らく、おかしな術でもかけられたか。そなたたちには迷惑をかけた。余を守り、介抱してくれたこと、真に大義である」
「なんと、勿体なきお言葉を! 我らは当然のことをしたまでのこと!」
忠義溢れる兵士の言葉に、ネロはそうかと微笑み、ベットから起き上がる。
「いけません、陛下! お体に障ります!」
「よい。幸いか。体に怪我はない。いや、頭は少々痛むがな……」
この痛みはネロが抱えている普段の頭痛ではなかった。
床には起き上がった勢いで落ちたであろう氷嚢があった。
氷嚢を見ると、銀時の姿が脳裏を横切る。
「あやつめ……… 皇帝たる余に手を上げるとは」
あの時、精神は狂っていたが、何故だかそのことはよく覚えていた。
客将とはいえ、躊躇いなく己の頭を殴った銀時のことを。
「しばし一人にせよ。余にはやるべきことがある」
それだけ言い、ネロはテントを出ていった。
ネロとは別の、客将である銀時たちへ特別に用意されたテント内。
そこのテント内のベットに銀時は腰掛けていた。
横には銀時たちを助けた赤い髪の女性が座り、怪我の治療をしてくれていた。
彼女の正体もまた、サーヴァントであり、聖杯が呼んだ人類を守る側の英霊のようだ。
真名も隠す気がないらしく、ブーディカと名乗っていた。
「はい。これでおしまいか…… な!」
「あた!?」
バシンと大きく音をたてる程に強く、銀時の背中の痛む部分にシップを張り付けた。
この衝撃には流石に、顔をしかめてしまう。
「おいおい、もうちょい優しくできねーのかよ?」
「そんな大きな声出せる位に元気なら必要ないでしょ。それに、そうなった原因はキミにあるんだからね」
少し怒ったように厳しい口調で言われ、銀時は目を逸らすが、ブーディカは構わず続ける。
「サーヴァントを相手にほぼ生身でツッコムとか常識がないにも程があるでしょ。それも魔術師でもないキミが」
「…………」
「黙ってるけど、もしかして、これ前にも誰かに言われたんじゃない? キミのことだし」
「あ? んなこた──」
『ああその通りだとも! 確かに言ったよ、私は。自分自身を傷つけるということは仲間の心をも傷つけるということだ、ってね! なのに、まーた性懲りもなくこんなことするなんてね。天才の私も驚きだ!』
話を聞いていたらしい。
通信越しにダヴィンチが、皮肉をたっぷり込めて怒気混じりに責め立てた。
「おまっ、盗み聞きしてんじゃねーよ、ダヴィンチ! 俺のプライベートどうなってんの!?」
『君のプライベートなんてゴミ箱に捨てた。というか無茶なことばかりする君が文句を言える立場かい?』
勝手な行動ばかりする銀時を放っておけば、どんな末路を辿るかわからない。
銀時自身は一番大事なのは自分と嘯いてはいるが、実際は己を犠牲にしているとしか思えない戦いばかりをしている。
そんな彼を野放しにする道理などカルデア側にはないということだろう。
「せめて俺のプライベート、リサイクルショップに出してくんない? いつか戻ってくる可能性にかけるから」
『無理。査定結果が残金100円のテレホンカードだったから』
「俺のプライベート、使いかけのテレホンカードくらいの価値しかないの!?」
『なんかボケで誤魔化そうとしてるけど、今回の件は所長も大変お怒りだ。今はマシュの看病をしているからここには来ていないけど』
いつものボケ合戦の空気に持っていこうとするも、ダヴィンチには見抜かれていたようだ。
俺には味方はいないのか、と銀時が嘆き出した時だった。
「もうよい、二人とも。それ以上は銀時を責めるな」
テントに入り、銀時を庇ったのはネロだった。
ネロの姿を見てブーディカは目を丸くする。
「あんた、もう起きて大丈夫なの?」
「問題ない。それよりもブーディカ、それに姿のない魔術師殿よ。銀時と二人だけで話をさせてはくれぬか?」
「あんた…… わかったわ。今はあんたが将なわけだし、従うわよ、一応」
『仕方がない。他ならぬ皇帝陛下の頼みだ。私も通信をきろう』
「すまぬ」
ブーディカの方は何か言いたげだったが、ネロの頼みを素直に了承し、テントを出ていく。
ネロはベットに座る銀時の前に立った。
「銀時、そなた、何故、余を鎮めた。何故、伯父上と戦った。余は皇帝である。それにカリギュラは余の伯父上だ。ならば余にはあの男を罰する責務がある。それを止める程の訳がそなたにはあったのか?」
ネロは眉を寄せ、銀時の返答を待つ。
「あれ? 頭殴ったこと覚えてんの? つーか俺の味方してれた訳じゃねーのかよ」
「余は皇帝としてそなたと話をしにきただけだ。頭を殴ったことに関しては、不敬にも程があるがもうよい。それよりも余の問いに答えよ」
ネロがしっかり覚えていたことに銀時は、ばつが悪そうにするも、ネロは問題ないと答えを急かした。
「別にたいした理由じゃねぇよ。ただ、気に入らなかったんだよ」
「気に入らない? 伯父上かが?」
「惜しいな。あの野郎もそうだが…… 気に入らねーのはお前もだ、ネロ」
「…… なんだと?」
銀時からの思いも寄らぬ返答にネロは一瞬固まる。
銀時は構わず続けた。
「ネロ。伯父だからってのもあるが、お前にとってあの野郎は特別な奴なんだろ。どんな野郎だったかは知らねーが、お前の様子を見りゃ、バカでもよくわかる」
「だから余が伯父上を斬るべきではないと? 言っておくが銀時よ、その優しさは不敬と言える。そなたの時代では知らぬが余の時代では例え身内であろうとも弊害となる者は等しく罰するのだ。それだけの覚悟と使命、責務を持って皇帝はローマの全てを統べる。だからこそ余は、ローマの皇帝としていられる。なのに、そなたはその余の覚悟を侮辱し、否定すると申すか」
ネロは静かに、それでも確かに怒りを込めて言った。
だが銀時は変わらず真っ直ぐにネロを見て、
「ああ、有り得ねえなって唾吐き捨てて否定してやるよ。生憎俺には血を分けた家族って奴はいないもんで、家族のことはよく知らねぇ。だが…… 人として守らなくちゃならねぇ、矜持があるのを俺は知っている」
銀時の脳裏にある人の首が転がる光景が横切った。
血の繋がりのない人ではあったけど。それでも銀時にとって彼 は大切な──
「だからよ、お前が斬る訳にはいかねぇんだ。あんな思いをするを必要なんざ、何処にもねぇんだ」
「銀時、そなた──」
ネロは何かを察したが言葉を飲み込んだ。
ただ悲しそうに、いや、こんな感情を向けるのはそれこそ銀時に対する侮辱だとネロは首をふった。
「ならば銀時よ。そなたは余の伯父上を、カリギュラをそなたの手で葬ると言うのだな」
「だからそう言ってんだろ。まあ、俺じゃなくても清姫とかでもいいいんだが、やられっぱなしってもの癪ではあるな」
「そうか…… ならば、よい。不遜な所も多くあるが、皇帝たるもの兵の言葉に耳を傾け、信じて送り出すべきだろう。許す、銀時よ。そして皇帝として命じよう。余の代わりにそなたの手でカリギュラを打ち沈めよ!」
皇帝ネロによる直々の命令。
それに対し、銀時は頭を垂れることも、頷くこともなく、ただ何時もと変わらない不適な笑みを浮かべて、
「ああ、野郎は俺がぶったぎる。その代わり、給料は上げてもらうぜ」
「って、彼はローマ皇帝直々に命令を受けたみたいだけど。キミたちはそれでいい訳?」
銀時が話している間、テントの外でちゃっかり話を聞いていたブーディカ。
そしてブーディカに問いかけられるのは、同じく話を聞いていたオルガマリーと清姫、そしてマシュだ。
マシュの頭の上に乗っているオルガマリーは頬杖をつき、ムスッとしながらも答える。
「正直に言えば、文句しかないわ。私はまだ認めてないし。けど…… 私たち、今はローマの客将でネロ陛下の部下なわけだし? 命令には従うしかないわ。だから、ええ。今回は見逃すことにします。マシュもそれでいいからし?」
「はい。問題ありません。第一、先輩は私たちが止めてもそう簡単に止まるような人ではないので。だからこそ、寧ろ先輩を後押しし、不足の事態が起こらないよう、私たちが援護することが望ましいかと」
「流石、あいつの扱い方よくわかってるわね、ファーストサーヴァント。あなたは? 清姫」
「私と同じく。私は旦那様を支える『妻』ですので」
「そ。今回ばかりは、流石だと思うわ、あなたのこと」
オルガマリーのさりげない言葉に、マシュは、いえそんなと顔を赤らめ、清姫は誇らしげに胸を張る。
── いい仲間を持ってるね、キミ。
そんな二人のやり取りを見て、ブーディカは優しく微笑むのだった。
「でも、なんかムカつくし、取り敢えず一発殴りに行くわよ、マシュ」
「ええ!? 所長、流石にそれは…… あ、待ってください!」
「お待ちください、所長。旦那様は今、療養中── あ、でも今ならどさくさ紛れのチャンスなのでは…… !」
「あれ? お前らなに── え、ちょっまっ! 俺怪我人…… ああああああ!!」
「おお! 銀時が見事なオブジェクトに!! 彫刻家もビックリよな!」
テントの中から聞こえてきた絶叫にブーディカは微笑む、ではなく、苦笑いをする。
「いや、うん。本当にいい仲間だわ。うん」
銀時がオブジェに変えられてから数時間後、美しい夕焼けが浮かぶ中、用意されたテーブルに並べられた料理に舌鼓を打ち、互いについての素性や目的を語り合っていた。
ちなみに料理の大半を作ったのは、宴の時にもいたキノコ料理人の女である。
「キノコ…… また、キノコ。ああ、なんか耳と尻尾が生えそう……」
料理は大半がキノコであり、流石に辟易としていたオルガマリーはブツブツと呪詛のように文句を垂れ流した。
それを聞いた料理人の女はムッとし、
「キノコは栄養、味、見た目、共に最高方の食材。それに対して文句をつけるとは何様ですか、テメーは」
「いやいや、キノコが美味しいのはわかるけど、流石に連日はきついわよ……」
「ふん。だったらお前さんは食べんでいいですよ。キノコ料理は全てあたしらで食べるんで。ねー」
そう言って女は、隣に座っていた黄色の肌色と赤い髪を生やしたし、ギラついた亀へと話をふった。
「いや、それキノコ食べるというか、滅ぼす方のやつ!! そんな危険な亀、どっから連れてきたあァァ!!」
「さて、こうして食事に── キノコばっかりだけど、まあ、ようやく一息つけるわけだし、自己紹介でもしようか」
謎の亀にオルガマリーがツッコミを入れているのを横目に、話を始めたのは、女性サーヴァントであるブーディカだった。
「マスターのキミにはもう、真名は言ったけど…… 他の子たちにはまだったよね? 私はブーディカ。よろしく。気軽にブーディカさんと呼んでもいいよ?」
『え、ブーディカ…… それって』
通信越しにカルデアから話を聞いていたロマニが目を丸くし、冷や汗をかいた。
それはオルガマリーやマシュも同じようだ。
いったい何故か?
ブーディカがエリザベートのような反英雄だから? 清姫のような問題ある史実を抱えているから?
いや、それはどれも違う。
彼女は英霊としては至極全うな者であり、その生き様も正しく英雄と呼ぶに値する存在だ。
問題なのは寧ろ、ネロ──
オルガマリーとマシュは、ブーディカではなく、ネロへと視線を向ける。
「む?」
しかしネロは視線の意味を理解することはなく、キノコを頬張った顔で、首を傾げた。
するとブーディカがマシュたちの抱えているだろう懸念に答える。
「ああー、あたしのこと知ってるか。まあ、そりゃそうか、色んな時代を旅してるんだもんね、キミたちは。うんうん。それについては、大丈夫。あたしは
「………… なら、いいのだけれど……」
ブーディカはあっけらかんと笑って見せた。
こうも混じりけのない笑顔を見せられるとオルガマリーもこれ以上は何も言えない。
マシュやカルデアのロマニたちも一抹の不安は抱えつつも、一旦は胸を撫で下ろした。
「ってことで、キミもいいかな? カルデアのマスター、銀時」
「んあ?」
一応、ブーディカはマスターである銀時へと最後の確認をした。
しかし当の本人は小豆をぶっかけたキノコを頬張り、話をろくに聞いてなかった。
「いや、何その未確認物体X!?」
「キノコ宇治銀時DXだ。お前も食うか?」
「あははー。遠慮しとくわ……」
「ごめんなさい、ブーディカ。そいつ、英雄の歴史とか全く知らないから、あんまり気にしなくていいわ」
「そ、そうなんだ……」
謝りながら説明するオルガマリーに、ブーディカはマスターとして大丈夫かそれ、と思ってしまった。
「じゃ、じゃあ、あたしの次は──」
「ふははは!! 戦場に招かれし戦士たちよ! 喜ぶがいい。ここは無数の圧政者に満ちた戦いの園だ。あまねく強者、圧政者が集う、巨大な悪逆が迫っている。さあ共に戦おう、比類なき圧政に抗う者よ」
突然、意味不明なことを言い出した大男にオルガマリーはポカーンと口を開けてしまう。
しかし大男の隣に座るブーディカは、オルガマリーたちとは別の意味で驚いてみせた。
「え? え、うわぁ! 珍しいこともあるんだぁ! スパルタクスが誰かを見て喜ぶなんて滅多にない。あ、いや、ちょっと違うな。いきなり他人を襲わないなんて、滅多にないか」
「なによ、その危険人物!? 頭清姫なの!?」
「あれ、何故か私に飛び火です? 所長」
清姫のツッコミは無視され話は続く。
「そう。バーサーカーだよ。まあ、カリギュラとの戦いで何となく察してたとは思うけど。意志疎通にかんしてはわからなかったらあたしに聞いて。あたしなら何となくわかるから」
「そ、そう。色々と気になる点はあるけれど、正直助かるわ。こっちは少しでも戦力が欲しい所だし」
『そうですね。それにしても、フランスとの時と同じく、時代の側に立ち、僕らの味方をしてくれるはぐれサーヴァント。既に二つの時代で確認されたからには、他の特異点でもそうなのかもしれません。そうなると大分希望が見えてきたかと思います』
オルガマリーの言葉にロマニも同意しつつ、はぐれサーヴァントについて考察をする。
ただでさえ戦力不足のカルデアにとって、はぐれサーヴァントの存在は貴重だ。
今後の特異点攻略でも積極的に接触していきたい。
「オルガマリーよ!」
「は、はい?」
突然、ネロが大声を上げて立ち上がった。
これにはオルガマリーも困惑する。
「サーヴァントだの、特異点だの………… まーた、余の理解しえぬ会話をしおって! これでは余ばっかり除け者ではないかー!! 余も話に交えよ!」
「えぇ……」
ネロは地面に仰向けに横たわり、まるで玩具をかってほしい子供のようにだだをこね始めた。
確かにネロは未だ、人理修復やサーヴァントについて、完全に理解していないので、話にはついていけないのだが……
「はー、たくっ …… 仕方がねぇ。おい、ネロ! サーヴァントに特異点のこと。この物知り銀さんがしっかり説明してやるよ」
「おお、本当か! 流石は余の客将よな」
「え、ちょっと」
ネロのわがままに重い腰を上げたのはまさかの銀時だった。
それに対して逆に不安しかないオルガマリーは止めようとするが、話は進んでいく。
「いいか? まずだな、サーヴァントになるのには条件があってな。まずは歴史に名をはせるような英雄にならなくちゃいけねぇ」
「ほう」
「あれ? い、意外とちゃんと説明してるじゃない」
予想よりも真面目に語り始めた銀時にオルガマリーは困惑しつつも感心する。
しかし──
「英雄と呼ばれた連中は死後──
「はい、ダウトォォォ!!」
銀時のとんでも発言にすかさず、オルガマリーがツッコミを入れた。
「なによソウルソサエティって! ねーよ、そんなお洒落な世界!」
「あまり強い言葉で否定すんなよ。弱く見えるぞ」
「あなたの存在そのものを否定してあげましょうか?」
『ゴホンゴホン! こ、これは失礼しました。ネロ皇帝陛下! では、サーヴァントについては、銀時君に変わって僕から改めて説明しましょう』
また性懲りもなくボケ合戦が始まりそうだったので、ロマニが慌てて割って入ろうとする。
しかし、
『まず、その場にいる清姫にスパルタクス、そしてブーディカたちは──』
「あー!! そうだ! ねえ、ネロ! あんた、キノコばっかで飽きてきた頃でしょ? パパっと出来るモノでいいのならあたしが作ってあげるよ」
「おお、本当か! ブーディカの作る料理は実に美味である故、これは楽しみだ」
ロマニの説明を何故かブーディカは遮ってしまった。
当然オルガマリーたちは困惑するが、ネロは特に気にした様子もなく、ブーディカの提案に機嫌を良くする。
「ブ、ブーディカさん?」
「あー、ごめん、皆。あたしは料理してくるからさ。そういう訳で難しい話は後でしよ? いいね」
「わ、わかったわ」
「は、はい」
ブーディカは終始笑顔であったか、妙な圧を感じたオルガマリーとマシュは頷くしかなかった。
食事を終え、しばらく。
日が落ち、疲労したネロは体を癒すため早々と就寝に入った。
その間、銀時たちは──
「やあ、ごめんごめん。疲れてるだろうに呼び出しちゃって」
客将の一人であるブーディカの個人テントへと招かれ、集まっていた。
「いや、それはいいんだけどよ。さっきのはどういうつもりだ? 折角ネロの奴に説明しようとしたのによ」
「あなたの説明はサーヴァントじゃなくて、死神の解説だったけどね……」
オルガマリーを除けば、この場におけるリーダー格の銀時が当然の疑問をぶつけた。
ブーディカは、きまりが悪そうに苦笑いを向ける。
「あー…… まあ、簡単に言うと、元々あたしはあいつの敵、だからかな?」
「敵? そりゃどういうこった?」
『銀時君。そのことについては僕から説明しよう』
ロマニはブーディカについて、かいつまんで説明をする。
『ブーディカ』
古代ブリタニアの若き女王、ブーディカ。
彼女は夫と二人の娘に恵まれ、その人生は幸せに満ちた
しかしその幸せは崩れさることになる。
それは夫の死と、ローマ帝国による陵辱と略奪。
夫死後、ローマ帝国の代官たちによって行われた悪辣な所業。自身はおろか、娘二人も弄ばれ、愛した国の土地、民を奪われた。
全てを蹂躙された彼女はローマ帝国へと復讐するために、戦いの女王、またの名を勝利の女王となって、三つのローマの都市を蹂躙してみせた。
しかし、最後はワドリン街道の戦いによって敗北し、その生涯に幕を閉じたのだった。
つまり、
『………… ブーディカ。僕から言っていいのかは、わからないが、君はネロ皇帝陛下の敵ということになる。だからこそ疑問だ。君は何故、ネロ陛下の軍の客将として戦っているんだい?』
「ま、そう思うよね。正直私だってそう思う。だって、今この時だってあたしはネロを、このローマを許す気にはなれない」
ブーディカは拳を強く握りしめ、唇を微かに震わせた。
その様子から今の発言が本心であることがよくわかる。
「こんなこと言ったら警戒されるかもだけど、本当はさ。この時代に現界した時、復讐のチャンスだと思ったよ。でも、連合に食い荒らさらるローマを見てたら…… 体が勝手に動いてた。勿論、ネロの為じゃないよ。ここに生きる人々の為にね」
「ブーディカ……」
オルガマリーは唇を噛み締める。
本当ならば決して許すことのできない憎き国の為に戦うなど、どれだけ辛いことか。
だが、彼女は戦っている。
ローマの軍の将軍とし仇であるネロと共に肩を並べている。
復讐心よりも誰かを守ることを優先としたブーディカにオルガマリーは正しき英雄の姿を見た。
それは銀時やデミ・サーヴァントであるマシュも同じで。
「あいつを許す気にはなれねぇ。だが…… それ以上に守りたいモノがあるってことか。はっ。随分と強え女じゃねーか。俺の国にいた女共も相当だったが、負けず劣らずだな」
「ブーディカさん。あなたは、正しく英霊であるのですね…… 私にはあなたが、悪政を制し、多くの人々を救う力の象徴であるように見えます」
「あはは。そんな風に言われるなんてね。悪い気はしないかな?」
さっきまでの様子から変わり、ブーディカは朗らかに笑って見せた。
「まあ、だからさ、ネロには黙っていてほしい。あたしが死んでこの時代に現界したサーヴァントであることは」
「え? ネロ陛下はブーディカさんが死んでいることを知らないんですか?」
思ってもいない事実にマシュは驚き目を丸くした。
サーヴァントについて完全に理解できていないとはいえ、まさかそのことも知らなかったとは。
「うん。あいつ、あたしが『生きていた好敵手』だと思っているみたい。これは寧ろ都合がいいなってて思ってさ。変に気遣いでもさせて戦況に影響を与えたら不味いでしょ? ただでさえカリギュラのこともあるし……」
「そうかい…… お前がそれでいいのなら俺たちは構わねぇ。だろ、所長?」
「ええ、そうね」
銀時はオルガマリーへと同意を求め、特に否定する理由もないので了承する。
「それと清姫は………」
次に銀時は清姫の方を恐る恐る見た。
彼女は、例え良き嘘でも決して許さず、燃やそうとする性質がある。
今回のブーディカの件は明らかに嘘判定であると思われるので、暴れるのではないかと心配したのだ。
「嘘は許しません。ですが ……… ブーディカはネロから直接『あなたは死んだ人間ではないか』と聞かれ、答えていたわけではないようです。であれば、まあ、ギリギリ嘘をついているわけではないのでしょう」
なので問題ありませんと、清姫は笑った。
実際は、ネロから生きていた好敵手扱いを受けて、否定していない時点で嘘をついていることにはなるのだが…… 清姫なりに気をつかってくれたのだろう。
不安は残るが、銀時やオルガマリーは少しほっとし、胸を撫で下ろす。
「ありがと! お礼に今度、もっと手の込んだブリタニア料理をご馳走するよ。今日の簡単料理だけじゃ物足りなでしょ?」
「ほ、本当ですか! あ、いえ、今日の料理に不満があった訳では当然ないのですが…… 事実、ブーディカさんの料理はとても美味しく、ですが、やはり、他のブリタニア料理も気になる所であり──」
段々としどろもどろになっていくマシュ。
そんなマシュを見て、ブーディカは頬を赤らめて嬉しそうに飛び付く。
「あー、もう! 本当にめんこいな! こっちおいでほら! よしよししてあげるから」
「え、え」
マシュが困惑する中、ブーディカはあっという間に彼女を抱きしめてしまう。
マシュはブーディカの圧倒的ホールドによる動けなくなってしまく。
「わぷっ。ブ、ブーディカさん。そ、その胸が……」
「おー、よしよし。遠いところからよく来たねー」
「…………」」
その光景を銀時はじっと見つめていた。
「銀時」
「旦那様」
「お前ら………… ちょっと席外してくんね? いや、俺も遠いところから、異世界からはるばるやってきて──」
ゴキャッ。
その時、銀時の体から鈍い音がした。