移動寝具店を営む『僕』の、どこにでも転がっているようなありふれた話
朝。窮屈な寝袋からのそのそと這い上がり、のろのろと朝食の準備にとりかかる。
トースト二枚と目玉焼き一つ、デザートにドーナツをひとかけら加えれば素敵な目覚めの完成だ。
缶コーヒーでそれらを流し込んでから僕は仕事の用意を始める。僕は個人的に自分で淹れたものより自販機の甘ったるいコーヒーの方が好きだ。同僚にそう言ったら驚かれてしまったけれど。
煩雑な手間など必要なし。いつも通りピッカピカに洗い上げられた軽ワゴンにキーを入れて、僕は『業務』を始めた。
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どこかで聞いた歌を口ずさみながらドライブする。僕は個人的にこの時間が好きだ。愛車を動かし、車輪の振動を感じる。目的地はまだまだ先でも憂いげなんてちっともやってこない。
ここら辺かなと思えば、適当な町に車を停める。近くに何らかのお店があれば許可を取る必要があるけど今日は…………ああ、近くにお弁当屋さんがある。
僕の仕事に許可や資格なんていらない。でもここは人様のテリトリーだから伺いぐらいは立てておかないと。
軽く声をかけに行くと、そこは中年の女性が切り盛りしているらしい弁当屋だった。快諾してくれたのでこっちも甘んじて仕事をやらせてもらうことにする。
「ねーねー、ここって何やってるの?」
見慣れないタイプの車と傍にたてつけられた看板を新鮮に感じたのか、男の子が声をかけてきた。
勿論僕は意気揚々と笑顔を浮かべて、
「僕はね、『幸せな眠り』を売っているんだ」
ワゴン車の扉を一気に開け放った。
「ふーん……」
せっかくキメ顔で言ってみたのにそんな塩反応されたらちょっと恥ずかしくなる。でも僕はそんな様子をおくびにも出さない。
「わ……!すっごいモコモコしてる……!」
男の子は早速試供品の枕を手に取り、その触感を確かめていた。それは僕お手製の特別な枕だ。自信はあったけどやっぱり誰かに褒めてもらえるのは嬉しい。
「これ……何が入ってるの?」
「ああそれにはね──幸せがたくさん詰め込んであるんだ」
あ、また彼の目が細くなった。やっぱこういう売り文句は古いのかな。そうは言ってもお客さんに嘘は言えないからなー……。
その後も男の子は喜びと楽しみで編んだ毛布や愛情をふんだんに使ったアロマキャンドルを手に取りながらも買うことはなく、日が暗くなるより早くに立ち去っていった。
あの歳頃だと小学生ぐらいだろうだからお金も持っていないだろうし、まあしょうがない。あの子が他の人に広めてくれたらなーと思いながら今日は店じまいにした。
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「ありゃ、お兄さんまた来たの?」
「あはは……どうも」
僕は移動販売をやっている。一般的に何かしらの小物とか料理だとかが主流だけど、僕は寝具や睡眠グッズを主に売っている。
そんなだから同僚にはいつも変わった目で見られている。ミスターグッドナイト、なんて揶揄されたこともあるけど僕は結構その呼び名を気に入っていた。
移動販売をやるとなると様々な土地を渡り歩くというイメージがある。でも一つの所に長時間根を張る店があったっていい。僕はそう考えている。だから今日は白身フライ弁当を買った。
朝早々にいただいたこともあってか衣はとてもサクサクしていた。端っこのおしんこも程よく塩味が効いていて、シンプルに箸が進む。
「へぇ〜。車で枕を売ってるんだねぇ」
「へ?」
早くも昼休憩にしてお弁当をかっくらっているとどこか感心したような女性の声が聞こえた。
「まさか
「たはは……」
実を言うと昨日の男の子以降、全くと言っていいほど客足が無い。お弁当屋のお客さんも僕の方には好奇心と猜疑心の混じった視線を向けるだけで売り上げなんて完全に0だった。
「お、いいねこれ。……娘が喜びそう」
彼女が手に取ったのは僕が腕によりをかけて作った枕と、アイマスク。
「娘さん、いらっしゃるんですね」
「…………はは……まあね」
帰ってきた微妙な反応から、僕は自分が失言してしまったことに気がついた。やっぱり人との会話はいつになっても慣れない。
「随分やっすいけど何でできてるの?」
「その枕は幸せで出来ていて、アイマスクは安楽で包んであるんです。だからきっといい夢がやってきますよ」
こちらの言葉に彼女は数瞬目をパチクリさせた後、
「────あはは……うん、そうだね。きっと……いい夢見られるよね」
何かを確かめるように呟いていた。
何はともあれ仕事の時間。僕は彼女と会話を試みながら勘定に勤しんだ。
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その一件を皮切りにぽつぽつと客足が増え始めた。
不眠症の壮年男性、受験シーズンを迎えて毎日が切羽詰まっている学生、更年期を迎えた女性、妊娠中の妻を気遣う妻帯者……。
僕は人と話すのが好きだ。職業柄というのもありけれど、その人の人生を覗き見するのが僕の中でなんともいえない楽しみになっていた。
「どう、売れてる?」
「あれ、奥さん店番は……?」
「いいのいいの、この時間帯客なんて滅多に来やしないんだから」
ある日、僕がいつも通り特別に改造を施したワゴン車のお会計部分──ちゃんと法は守っている──に座っているとお弁当屋の女性に話しかけられた。すぐ側にあるとはいえ主人が店をほっぽりだしていいものなのかな。見たところ他に従業員なんていなさそうだし。
「ありがとね。娘が枕、気に入ってたよ」
「…………娘さんはどちらに?」
「………………あの子は、ちょっと面倒な病気にかかっちゃってね」
それから彼女はつらつら語り出した。この数日で顔馴染みになっていたのもあるけど彼女も誰かに自分の話を聞いてもらいたかったんだろう。
聞くところによると彼女の娘さんは生まれつき難病に罹っているらしく普段は病院で寝たきりの生活を送っているらしい。その医療費を稼ぐために女手一つで弁当屋を切り盛りしているようだが家系は火の車。濁してはいたもののどうやら娘さんはそう長くないようだ。
「……ごめんね。おばさんの無駄話にわざわざ付き合わせちゃって」
「いえいえ、いいんですよ。僕も仕事なんで」
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そこそこに大きな総合病院の一室。ベッドに寝かされているのは一人の女の子だった。既に昏睡状態の少女の隣では配偶者であろう女性が疲れたように眠っている。
時間帯は夜ということで部屋には二人を除き誰もいなかった。同室患者がいないのは女の子の病状を考慮してのことだと考えられる。
僕は部屋の中に迷うことなく入っていった。それを咎める者はこの場にいない。
「……」
僕は目覚めない女の子の枕元に寄った。依然二人は目を覚まさない。
そうして暫く時間が流れた。『その時』を待つこの時間は未だに好きになれない。
さて、もうそろそろ頃合だ。
ゆっくり息を吸って吐き、胸元のネクタイを締める。これが僕のルーティーンだ。『業務』の時はちゃんと正装で挑まなきゃいけないから最初こそは慣れなかったものの今となっては当たり前のように感じる。
女の子の額に手を近づけ、指を鳴らした。
「おやすみ。……どうか、幸せな眠りを」
僕お手製の枕に頭を預けていた少女は、ほんの少しだけ口元を綻ばせた。
後からやってきた一際大きな泣き声。バタバタ慌ただしく廊下を走るお医者さんとすれ違いながら僕は家に帰った。
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「よう、久しぶり」
「君は……」
その日は休みだった。
気分転換に繁華街を歩いていた僕を見つけて声をかけてきた胴長の優男。僕の同僚だった。
「で、どうなんだよ最近。その……移動寝具店?は」
「悪くないよ。いい素材も手に入ったからね」
適当な居酒屋でもつ煮やら枝豆やらをつまみながら久々に仕事仲間同士での会話を楽しむ。僕らは職業柄会話が好きだ。
指示を受けて特定の地域に足を運び、所定の人物に所定の時間で『正しい眠り』を届ける。それが僕らの『業務』。
そこまで向かう車でお店を開くなんて、それこそ僕ぐらいだった。
「……っとに、お前って変わってんな」
「そうかなぁ……」
僕らが送り届けた人たちが遺した思いを無駄にしたくないと思って趣味で始めた移動寝具店。幸福を詰め込んだ枕、夢と希望を織り合わせた掛け布団カバー。陰でなんて言われようが僕はそれを気に入っている。
僕は目を閉じる人にせめて幸せな眠りを届けたい。だからこの仕事にも、この趣味にも誇りを持っている。
人間さんのことを完璧に理解なんてできない。でも、僕らは人間が好きだ。夢の中ぐらいでは幸せでいてほしい。
だからきっと明日も愛車をふかして幸福を届けに行く。今日の僕はミスターグッドナイト。そう思いながら。