ある昼下がり、トレセン学園はとあるトレーナー室。
この部屋の主であるベテラントレーナーの
「高田さん」
その声に高田が振り返ると、後輩のトレーナーである
「あれ、岩間ちゃん?どしたの?」
岩間は困ったような表情を浮かべた。
「少し相談がありまして……食べながらでも聞いてもらえますか?」
「それはいいけど……また職質されたとか?」
実のところこの岩間和紘という男、威圧感が尋常ではないのだ。
身長200cmにもなるその体は、鋼鉄のごとく、よく鍛え上げられていた。
その顔には一筋の傷跡があり、目つきはまるで鷹のよう──という、修羅場を潜り抜けてきたとしか思えない外見であった。
それ故か、外に出ればそれなりの確率で職務質問を受ける。それこそ、一部の警察官からは「またあんたか」と言われる程に。
こんな強面だがライスシャワー担当である。
「いえ、今日はまだされていないんですが……」
そう言いつつ、岩間は高田と向かい合うように座って弁当を広げた。
そして卵焼きを口に放り込み、
「うちのライスさんなんですが、いつの間にか俺を"お兄さま"と呼びだしまして」
「む゛っ!!」
飲んでいたお茶を噴き出しそうになったが、気合いで耐えた。
岩間は惨事を免れたことに安堵しつつ続ける。
「で、この悪人面じゃないですか」
「……『こんな人に懐いちゃいけません!!』的な?」
「流石にそんな過保護なお母さんみたいなことは言いませんが、少なくとも"お兄さま"呼びをそれとなくやめてもらいたいんです」
岩間はいささか繊細というか、ネガティブであった。
頻繫に職務質問をされていればそうなるのも無理はないだろうが。
ならなぜライス担当になったのかなんて言ってはいけない。
「そもそもさ、なんでそんな呼び方になったの?」
「ライスさん、絵本が好きでして。お気に入りの1冊に"お兄さま"なる人物が登場するそうなんです」
「なぞらえる系ねー…………待って、絵本の登場人物!?」
「いくらなんでも絵本にこんな強面が出るはずないでしょう……なぞらえて"お兄さま"呼びするなら間違いなく内面ですよ。自分で言うのもなんですが」
「岩間ちゃん、真面目だもんねぇ。それなら納得だよ。でもそれだと呼び方変えるってなおさら難しいんじゃないかなあ」
「えっ……」
部屋の空気がピシッっと固まった。岩間の顔はみるみると絶望の色に染まっていく……。
(あっこれヤバいわ……)と悟った高田だったが、どうすることもできなかった。
岩間は再び立ち上がって高田の隣に来ると、膝から崩れ落ちたように座り込んで、ボソッと言った。まるで、助けを求めるかのように。
「助けてくださいよ高田さん……」
この世の終わりのように悲痛な顔をしている。
岩間の心情は痛いほど分かる。しかし「お兄さま」がライスにとって拠り所になっていると思うと、何も言えなかった。
その頃、部屋の前を通りかかったウマ娘が1人。ライスシャワーその人である。
盗み聞きするつもりなどなかったが、「"お兄さま"呼びをそれとなくやめてもらいたい」という発言が耳に入ってしまった。
(ライスのせいでお兄さまが困ってる……)
気弱ながらも優しい性格であるライスは、何かを決心したような表情を一瞬浮かべ、岩間に見つからないようその場を後にした。
後日。
「では今日はまず1600mからいきましょうか」
「わかったよ、
「!?」
周囲が少しざわついた。
「岩間ちゃん……とうとうやっちゃったか……」
「高田さん!?"やっちゃった"って何をですか!?」
その後、ライスから事情を聞いた岩間は、それはもう美しい土下座を決めた。
呼び名が「お兄さま」に戻った。
はてさて、次はどんなトレーナーが出てくるでしょうか?