若葉と内縁の夫婦になった俺とのお話です。
欠損、死の表現がありますので苦手な方はご注意下さい。

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その瞳に映るのは

その連絡は俺の頭を巨大なハンマーでぶん殴ったような衝撃を与え、俺の家に軍の迎えが来るまで電話口でへたり込んでいた。 迎えの人が言うには、俺は顔は真っ青通り越して腐った牛乳のようで、俺を連れて行くために受話器を指を一本一本はがさないといけないくらいだったらしい。

 

軍の病院に連れていかれる車の中で説明を受けた。 若葉は、大規模作戦の旗艦として激戦区の最奥で戦闘中、敵旗艦の懐に飛び込み、持っていた魚雷で決死の特攻を仕掛けたらしい。 結果、敵旗艦は轟沈。 若葉は右手が肩から千切れ、顔の右半分が吹き飛んだらしい。

そのことを聞いたときには、その状態の彼女を想像してしまい、車の中で吐いてしまった。 病院につく頃には少しは状況を飲み込み、落ち着いてきた。 案内された集中治療室の扉の前に設置された長椅子には、俺の友人兼若葉の所属する鎮守府の最高責任者がいた。 彼も俺に負けず劣らず顔面蒼白で両ひざの上に握りこんだ拳を祈るような眼で見つめていた。

彼は俺に気づくと、俺の前に土下座した。

 

「すまん! すべては俺のミスだ! 俺の判断が甘かったから……」

 

そう言いながら、額を何回も床に叩きつける。 それを見かねた彼の部下が止めようとするも、構わず額を床に叩き続ける。

流石に俺が顔を上げてくれと言うと、ゆっくりと顔を上げる。 額は割れ、両の掌からは、握りこんだ時に爪で切ったのだろう、血がにじんでいた。

 

「……若葉は……どうなんだ? ……その……」

 

最悪を想像して言葉が続かない。 しかし、その言葉には彼の部下が首を振った。

 

「いえ、帰還即高速修復材の使用とこの病院の治療で命はまず間違いなく助かるでしょうと。 ……しかし…………」少し言いよどんだが、俺の顔を見て、覚悟を決めたように頷いて続けた。「しかし、敵の体液を超至近距離で受けたことによる傷口の汚染で、右腕と右目はもう回復しないだろうと……」

 

右目と右腕……。 彼女の正確な砲撃を可能にした目と、素早く正確な照準を合わせる腕が……。

 

 

 

 

彼女に初めて出会った時。 俺は友人が提督をしている鎮守府が一般人向けに公開する艦娘の演習を見学しようと、この町の住人しか知らない海を一望できる高台に足を運んだ時だった。 艦娘は美人ばかりだから楽しみにしておけと言う友人の言葉に胸を躍らせつつ高台まで原チャリを走らせた。 公開演習の時間まであと1時間ほどあり、早く着きすぎたなと思ったら、高台に人影が見えた。 少し小柄で薄い茶髪を肩より少し上くらいの長さまで伸ばしており、手入れをしているようには見えないボサつき具合なのに逆光を受ける彼女の髪は光そのものを髪の毛にしたかのように美しかった。 ブレザーをおり、おそらく制服の類なのだろうがシャツのボタンは2,3個はずしてネクタイもかなり緩めているという見事に気崩しスタイルだ。 スカートから除く足は黒いタイツに包まれており一度見たら吸い込まれるようで目が離せない。

俺がヘルメットを持ったままの姿で硬直していると彼女の方から俺の方に歩み寄ってきた。

 

「すまない……ライターを持ってないか?」

 

彼女の声はクールそうな見た目に反して高く澄んで、聞いてて心地いい声だった。

 

「……? すまない、聞こえなかった? ライターを持っていたら貸してほしいのだが……」

 

まだ微動だにしていない俺に不信感を抱きつつも彼女は繰り返した。 その声でようやく魂と肉体の再開を果たした俺はヘルメットを取り落としながらポケットを叩きライターを探す。

 

「え? あ、ああ! ライターね!? 持ってますよ! ええと……。 あれ、どこだっけ……」

 

俺はいつもライターと煙草は落とさないように胸ポケットに入れているのだが脳の処理の98パーセントを彼女の事を思うことに費やしている俺の23年物の型落ちCPU脳みそではそれを思い出すことが出来なかった。 そうしているうちに彼女が俺の落としたヘルメットを取ってくれた。

 

「どうした? ライターを持っていないなら無理にとは言わないが……」

 

彼女にこんな顔をされたら、たとえ連帯保証人になってくれと言われても相当で了承するだろう。

 

「い、いや! 俺も煙草吸うんで持っているんですよ!? ただちょっとどこにしまったか忘れて……」

 

と言わなくてもいい事をごにょごにょと言いつつ探しながら彼女の手渡してくれたヘルメットを受け取った時に、彼女が俺の胸ポケットの煙草に気が付いた。

 

「ああ、そこか。 失礼」

 

そう言いながら彼女は俺のポケットに手を突っ込み、ライターを取り出した。無事に俺のライターで火を付けた彼女はお礼にと持っていた煙草を一本差し出した。

 

「安煙草で悪いが、これはお礼だ」

 

「え、ああ。 ええと……どうも」

 

しどろもどろしながらライターとともに受け取り、火を付ける。 すると、俺の吸っている煙草より数倍きつい煙が喉に直撃し、思わずむせこんでしまった。

 

「ゲホッゲホッ! きっつ!」

 

「そうか? 慣れれば美味いぞ」

 

「煙草は最近吸い始めて……。 これ、なんていう煙草ですか?」

 

「ふむ……わかばだ」

 

わかば……友達でも吸っている奴はいなかったと思う。 ゆっくりと啜るように口腔喫煙すればいいと彼女に教わり、言われたように吸ってみると。 確かに、強い苦みの中にほんのりと甘みが感じられる。 まさにこの不思議な女の子のようでイメージにぴったりだ。

 

「うん……。 確かになれると美味いっスね。 わかば、好きになったかも」

 

俺がそういうと彼女も嬉しそうに微笑んだ。

 

「そう言えばどうしてこんなところに来たんですか? ここは海くらいしか見るものなんて無いすけど……」

 

「まさにその海を見に来たんだ。 毎日見てはいるが、たまにはこうして違う視点で見るのも面白い」

 

「へぇ、そういうもんですかね。そういや、今日は艦娘? ていう人らのお披露目があるらしいっスね。 俺の友達が鎮守府のお偉いさんらしくて、ここから見るつもりなんですよ」

 

「ほう……」

 

「俺も大学んときに提督の試験? みたいなの受けたんだけど適正がないらしくて……諦めたんですよ」

 

「……そうか、残念だったな」

 

「いやー提督めざしたのもそいつが誘ってくれたからだし、就職先決まればいいなぁって思ってたくらいなんで」

 

「……そうか」

 

「結局地元の小さな会社だけどそいつが提督になってからいろいろやってくれて入れたんで無駄ではなかったんですけどね」

 

「……そうか、よかったな」

 

「……」

 

「……」

 

沈黙が気まずい……。

 

「えっと、お姉さんは……」

 

「ああ、私はその鎮守府に勤めているんだ。 だから君の言う友人の事も心当たりがあるよ」

 

「そうなんだ! いいやつだろあいつ! ガキのころから一緒だったけどあいつずっと俺よりなんでも出来て最後は提督の適正まであって完璧なんだよなぁ」

 

あいつは俺がガキだったころからの親友で中高と家族の問題でグレかけていた俺を最後まで見放さずに厚生させてくれたんだ。

 

「……そうか、あいつは昔からそんな奴だっただな。 でも、君は嫉妬とかしなかったのか?」

 

そう言われて初めて考える。

 

「うーん……。 今まで考えたことなかったなぁ。 確かに、俺はあいつには勝てる事なんもないけどなぁ。 多分中高の時は少しは嫉妬とかもしてたかもしれないけど、今はしてないなぁ。 今はあいつがやばいことになった時に助けになれるようになれればいいかなぁ」

 

「……そうか、いい友人を持ったんだな」

 

「俺にはもったいないくらいの奴ですよ。 でも、秘書艦の子が可愛いってのろけばっかだからもしかしたら俺はもういらないのかもしれないんですけどね」

 

「……そうか」

 

そうこう話しているうちに段々演習の時間が近づいてきて下の港も人がちらほら見えてきた。 体によくわからない機械(艤装と呼ぶらしい)を付けた女の子が談笑しながら準備をしているのが見える。

そう言えば、この人はなんでこんなところにいるんだろう? 鎮守府関係者ならわざわざ見学する必要なんてないだろうし。 第一、今日は準備等で忙しいんじゃないんだろうか?

 

「えっと……。 お姉さんは今日は休みとかですか? 演習の準備とかは……」

 

俺がそういうと、煙草の二本目に手を出しながら海の方を見る。

 

「いや、本当はもう行かなければならないのだが……少しな」

 

言葉を濁されてしまった。 そんなに嫌な仕事なんだろうか……。 俺も就職したてでめんどくさい仕事や、嫌な仕事を押し付けられることもある。 でも、その中にも自分の経験値になることがある。

 

「あ、あの。 嫌な仕事とか……そういうのもあるかもしれないっすけど……。 でも、本当にダメにならないときまでは、頑張ったらいつか糧になるかもしれないし……あの、仕事、頑張って下さい!」

 

出会って数分の人に何を言っているんだと俺自身も思うが、出会った時の姿が目に焼き付いて忘れられなく、つい何か励まそうと言葉が口をついて出た。

 

「…………そうか」

 

すると、軍用車がやってきて、俺の友人兼提督が飛び降りて来た。

 

「やっと見つけた! もうすぐ始まるぞ! お、お前もいたのか」

 

「あ、ああ。 久しぶりだな」

 

「ああ、悪いが、知っての通りもうすぐ演習が始まるんだ。 それなのにこいつは主役の癖にほっつき歩いて」

 

主役? この子が?

 

「ああ、すまなかった。 今行く。……ああ、そうだ。 君、名前を聞いていいかな」

 

「え? 俺?     ですけど」

 

「    か。 いい名前だ。 覚えておこう。 今日の演習、見ていてくれ」

 

そう言いながら車に乗り込もうとする。

 

「あ、あの……名前を、聞いても良いですか?」

 

そう俺が言うと、彼女は持っていた煙草を俺に投げつけながら言った。

 

「私の名前だ。 それと、次からは慣れない敬語は使わなくていいぞ。 じゃあ、また」

 

そう言うと、今度こそ車に乗って行ってしまった。

 

 

俺は彼女の投げた煙草に火を付けて独り言ちる。

 

「……『若葉』か」

 

 

 

 

その時の光景を俺は一生忘れない。 滑るように海を駆け、的確に的を射抜く時のあの表情を。

 

 

 

それから数年。 俺と若葉はたまにあの高台で会って話をするようになった。 内容自体はお互い他愛のない雑談をしていたが、俺にとってはかけがえのない数年間だった。 それから俺は、勇気を出して若葉を食事に誘ってみた。 驚いたように目を見開いたが、ふっと笑って承諾してくれた。 小さなこの町にはおしゃれなレストランなんて無く、俺が良く行く居酒屋に誘った。 俺が若葉と共に暖簾をくぐると大将が俺たちを見た途端大げさに騒ぎ出して常連のおっちゃん達に囲まれて質問攻めになった。 おっちゃんと大将が奢ってくれた代わりに深夜まで大宴会か続いた。 俺は酒は飲めるほうだが、一升瓶をイッキさせられたら流石に酔いつぶれる。 しかし、机に突っ伏していた時も、若葉は飲み比べ全勝してまだケロッとしていたらしい。 店のおっちゃんたちはそのことにまた機嫌を良くして将来尻に敷かれるなだの適当なことを言いながら飲んでいた。それからもたまにこの店で飲むようになったが二回目以降はむしろ俺たちの事を構わないようにしてくれて二人だけの世界を味わえたようだった。

それからは俺と若葉は彼女が非番の時に出かけるようになった。 若葉は今までは非番の日でも出かけずに寮で一日中本を読みながら過ごしていたらしい。 だから俺はこの町にある数少ない映画館やショッピングセンターに連れて行った。 俺も流行りの映画や服装なんて知らないが、自分なりに若葉に似合う服を考えた。 若葉は、最初は自分の知らない世界に戸惑っていたけど段々慣れてきて楽しんでくれているみたい。

それからいつもの居酒屋で飲んでいた。 若葉は相変わらずスピリッツをロックで飲んでいる。 俺はいつものようにビールを飲みながらこの後の事を考えていた、 ポケットの中には文字通りの給料三か月分のあるものがある。 しかし、それも勢いで買ってしまったそれをいつ渡そうか悩んでいた。 自惚れになるが、俺と若葉の関係は悪くないと思っている。 多分、きっと、成功するだろう。 しかし、その言葉を言う事が出来ない。 若葉も俺の態度がいつもとおかしいってことに気が付いているようで酒を飲むことをやめ、俺の言葉を待っている。

 

「……今日の映画よかったよな」

 

「……そうだな。 お前が映画を見ずに私の顔を見ていたのは面白かったな」

 

「い、いや……」

 

「何が言いたいかは大体予想はついている。 悪い返事はしないから、君から言ってほしい」

 

「…………若葉。 …………愛してる。 俺と結婚してください」

 

色々と言葉を考えてはいた。 でも、彼女の言葉と、その目を見てすべて吹っ飛んでしまった。

 

「はい、喜んで」

 

そう言って左手を差し出してきた。俺も迷わず彼女の手を取って薬指に指輪をはめた。 若葉は左手にはまった指輪をじっと見つめて、両手を祈るように胸の前で包んだ。

 

「ほんとはもっとロマンチックな場所で渡すつもりだったんだけどな」

 

ロマンが無くて悪かったなと店長がカウンターから叫ぶ。

 

「いや、ここがいい。 思い出がしみ込んだこの場所で言って欲しかった」

 

それから俺と若葉は内縁の夫婦関係になった。 彼女はまだ軍役で結婚は出来ないから俺の部屋に半同棲状態で休日になると二人で過ごすようになった。 彼女の提督兼俺の友人は俺たちの仲を応援してくれたし、若葉の外出許可を多めにとってくれたりと色々してくれた。 そして俺たちの月下氷人として結婚式のスピーチは任せろだの俺はお高い焼肉でいいだの言ってきたが俺としては若葉と結ばれて有頂天だったので本当に焼肉は奢った。

 

 

 

結婚の約束をして数週間立った時、もうすぐ大規模攻勢があると若葉から聞いた。 俺の家で夕食を二人で食べ、食後のお茶を二人で啜ってるとふと若葉がそう言ったのだ。

 

「大規模作戦……それって危ないのか?」

 

「ああ、これまでにはない大型の作戦だ。 これが終わればこの町の主要な敵拠点は壊滅する。 私たちもしばらくはのんびり出来るだろう」

 

「じゃあ……」

 

俺がそう言うと、若葉もフッとほほ笑んだ。

 

「ああ、提督にも許可をもらっている。 まぁ、この作戦が終わればの話だがな」

 

なんて他愛のない話をしていつも通りに俺は若葉を見送った。 俺は出会ってから見れる限りの若葉の公開演習を見て来た。 踊るように海上を駆け、敵を屠ってきた若葉の美しさを。

 

だから、連絡を受けた時にはにわかには信じられなかった。

 

 

 

目を覚ますと、廊下の長椅子に横になっていた。 隣には、友人が座ったまま船を漕いでた。 体を起こして、伸びをする。 流石に手術は終わっただろう。 どうなったのだろうか。命は無事と聞いていたが……。

と、ひらと紙が落ちた。 見ると、部屋番号が書かれただけのメモ用紙だった。 筆跡は若葉だった。 俺はメモを握りしめながら走った。

病室の前にたどりついたが、扉を開けられない。 若葉の事を思うと扉に手をかかってお空けることが出来なかった。

すると、扉が自動に開いた。 扉の前には若葉がいた。 顔の右半分を包帯で覆っており、病人服の右袖から本来あるべき腕の膨らみがなかったが、確かに生きていた。 若葉を見た瞬間。 俺は膝から崩れ落ち彼女に抱き着きながら泣いていた。

ひとしきり泣いて落ち着いたところ若葉と話すことが出来た。 若葉は俺を左腕だけで抱きしめながら話してくれた。 医者の見立て通りに右目と右腕は治らないだろうと。 もう軍役は続けられないから引退して生きて行くだろうと。

 

「そうか……でも、生きていてくれたよかった」

 

「ああ。 ……でも、私は君と別れなければならない」

 

安心したのもつかの間、若葉の言葉に顔を上げる。

 

「え? どうして?」

 

俺がそういうと若葉も顔を曇らせる。

 

「私の体は深海棲艦の体液に汚染されてしまった。 今は何の問題もないがいつ何が起きるが分からない。 そんな上程では君も危険だし、そもそも軍がそんな私をこのまま見逃すとは思えない」

 

若葉曰く俺の迷惑になるから別れたいらしい。俺はそんなこと迷惑ではない。 どんなことがあっても若葉と一緒にいたいと、そう思う。 でも、なぜか言葉が出ない。 彼女の半分しか残っていない瞳で見つめられると言葉が喉で詰まって消えてしまう。

 

「……外に出たい。 付き添ってくれるか?」

 

「……ああ」

 

俺たちは中庭に向かった。 途中、何度か若葉が転びそうになり、そのたびに俺が手を貸そうとしたが、拒否されてしまった。

時期はもう春に差し掛かっておりほのかに暖かい風が吹いている。 ベンチに若葉が腰かけると俺も隣に腰かける。 若葉が拒否しなかっただけ心が少し落ち着いた。

 

「……どうしてもなのか」

 

若葉からの別れ話に再度確認する。 若葉は首肯する。 そのうつむいた顔から表情を読み取ることが出来ない。

 

「……すまない。 どうしても、これ以上いるのは耐えられないんだ」

 

そう言って若葉が立ち上がり、よろよろと病室に向かう。 その背中を見送るしか出来なかった。

ベンチから崩れ落ち手を伸ばすも、若葉の背には決して届かなった。

 

 

若葉が見えなくなったころ、ふと自分の頬が濡れていることに気づいた。 その両頬を濡らす涙が枯れる頃にはもう既に若葉の姿が見えなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

軍服を緩め、軍靴を苛立ちのまま床に叩きつけ高い音を廊下に響き渡らせる。 確かに若葉のとった行動は軍略的にも人間的にも惚れられたものではない。 かつての海軍ならいざ知らず今時自爆特攻なんてもってのほかだ。 それに彼女にとっては恋人で俺にとっての親友を陸に待たせていた。 彼を思っての行動ならお門違いでありそれで彼女と彼は引き裂かれることになった。

苛立ちのまま乱暴に病院の屋上への扉を開ける。 するとそこには問題の彼女がいた。 右腕と顔の右半分を無くし、今でも意識を保つので精一杯なはずの痛みを汚染のせいで受けているというのに、その両足でしっかりと立ち、俺を待っていた。

 

「……待っていたぞ。 会議の結果はどうなった?」

 

俺は返答をごまかすつもりで煙草に火を付け煙を肺の底まで送った。 しかし、俺がいくら隠そうとしてもこいつは答えを聞くだろうし、そもそも俺が答えを渋っている時点で分かるようなものだ。

 

「軍の研究材料になって最後は解体だ」

 

覚悟はしていたのだろう。 その返答を聞いてもその瞳は揺らがなかった。

 

「そうか。 そうだろうな。 艦娘と深海棲艦については分からないことしかないほどだ。 研究のサンプルはいくらあっても足りないだろうな」

 

「……す」「謝るな」

 

俺のどうしようもなく出そうになった謝罪の言葉は若葉のするどい拒絶で口から洩れることはなかった。 その代わりに出たのは事務的な手続きや、残された時間の使い道だった。

 

「……最後の時間か。 軍役についてからいつ死ぬかも分からなかったし、死ぬときは海上で沈むだろうと考えていたからな。 いざ時間をもらっても使い道が分からん。 きっと、私の姉妹も同じだったんだろうな」

 

運営が始まってすぐに俺の不出来な指示で沈んだ初春。 よその鎮守府がどうしてもと引き抜いたがその使い道は重巡や戦艦、空母のための使い捨ての壁役であり、それで沈んだ子日。 長女と次女を無くし眼の光を無くし後追いしそうな姉を支え続けようやく普通の生活ができるようになったがその直後の出撃でほかならぬ若葉自身のミスで窮地に陥った時に若葉を庇って殿を務めその責務を果たした初霜。

とうとう一人ぼっちになった若葉を救ったのはあいつだった。 姉妹たちの訃報を聞くと途端に休職届を会社に叩きつけ、彼女の身の回りの世話をかいがいしく行い、フラッシュバックで夜中半狂乱になった若葉を自身がボロボロになっても決してそばを離れなかった。 それが最後に彼女が置いていく側になろうとは……。

 

「……そうだ。 これを」

 

そう言って若葉が俺に差し出したのは彼女の左の薬指にはめていたものだった。

 

「あいつに渡せばいいのか?」

 

俺がそう問うも、若葉は首を振った。

 

「いや、あの人には先に進んでもらいたい。 そもそも、艦娘との婚約自体が間違っていたんだ。 彼はいい人だ。 きっと彼にふさわしい女性が見つかるだろう」

 

もう若葉は達観したような眼をしていた。 死を受け入れすべてを諦めた目を……。

 

「違うだろ……」

 

「え?」

 

俺は自分の口から言葉が抑えられなかった。 俺の最も信用できる部下と、俺の最高の友人をこんな目に合わせた深海棲艦に。 軍の上層部に。 そして何より俺自身に。

 

「泣けよ! 叫べよ! 怒れよ! お前はその権利があるだろうが! 理不尽に! 不条理に! 不幸に! 俺に!」

 

俺がそう叫ぶと若葉が俺に組み付いてきた。 艦娘の力は失い、片腕は無く満身創痍。 俺より頭一つは低い彼女に襟を掴めれ、地面に引き釣り倒され、馬乗りになられた。 若葉の目には怒りと悲しみと、涙があふれていた。

 

「泣いてどうにかなるのか! 今更私の死は免れないのだ! 分かっているんだよ! このまま軍のオモチャにならなくても自分の命が短いことぐらい!」

 

必死に隠していた思いが慟哭となって空に響き渡る。

 

「私だって死にたくない! あの人ともっと一緒にいたい! あの人と結婚したい! あの人との子供が欲しい! ……でも……もう……無理なんだよ……嫌だよ……死にたくないよ…………」

 

無理に動いた反動で気を失ってしまった。 気を失った若葉を抱きかかえながら俺は病室へと向かった。

これは戦争なんだ。未知の敵と未知の戦争。 今までの外交と絡めた落としどころを探るものでは無い。 オールオアナッシング。 零か百しかない。 これからも若葉のような艦娘は増え続けるだろう。 それが戦争だ。 心の中にどす黒い何かが溜まるのを自覚しながら自分の鎮守府に戻る。 犠牲は俺の鎮守府からも出続けるだろう。 しかし、できる限り少なくして見せる。 そして一匹でも多く深海棲艦を殺して見せる。 そう誓った。

 

 

 

 

 

若葉の遺品が届いたのはあの日から数週間たってからだった。 身寄りのない若葉の遺品だ。 あいつが気を使ってくれたんだろう。 でも俺はそれを開けることが出来なかった。 それを整理してしまったら。 もう若葉の思い出も整理してしまいそうで……。

でも、何かないだろうかと思い段ボールを開ける。 若葉が一番つらいはずなのに、わが身の不幸を嘆いて若葉の事を思うことが出来なかった俺に何を残すというのだろうか……。

段ボールの中は特にめぼしいものは入ってなかった。 服なんかは処分されているようでおそらく彼女の部屋に置いておいた物だろうがそれもかなり少ない。 数冊の本と時計、後はライターだけだった。

ライターを手に取る。 年季の入ったジッポではあるが所々手入れをした後が見れる。

煙草を手に取り若葉のライターで火を付ける。 今はもう慣れた重いわかばの煙を吸い込んだ。 だらしなく開いた口からはユラユラと紫煙が立ち上る。 なんとなく煙を眺めていると、煙が目に染みたのか、涙が零れ落ちた。 若葉と別れてから一滴も出なかった涙がとめどなく溢れていき、垂れたしずくがライターに落ちた。




ちなみにこれ最初はハッピーエンドのつもりで書いてました。

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