第五回 ウマ娘短編合作 ウマ娘のバレンタイン   作:雅媛

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メインキャラクター:ダイワスカーレット

前書
緋色の女王の、勝手きままな愛。お楽しみください


緋色の女王、慈悲深きチョコ下賜を与える(作:デイジー)

 ウマ歴202X年2月14日。

 

 トレセン学園は、情熱の炎に包まれていた。

 

 

 

 

 

 雀が囀るさらに前。

 

 アラームが鳴る、一瞬前。

 

 耳をぴくりと動かして。

 

 緋色の女王は目を覚ます。

 

 

 

 「……目覚まし時計よりもっ!あたしが一番ナンバーワンッ!」

 

 

 

 同室の鹿毛のことなど、忘却の彼方。

 

 問答無用の、高血圧。

 

 寝起きであるので、致し方なし。

 

 

 

 そう思いつつ、目覚まし時計に耳ピトする。

 

 聞こえるは、自らの下僕の。

 

 低くてセクシーな、囁き声。

 

 

 

 『おはよう、スカーレット。今日も一番早起きだね』

 

 

 

 トレーナーのASMR。

 

 それを、催眠術を用いて収録したものだ。

 

 法的には、何の問題も無い。

 

 トレーナーの人権など、この学園においては。

 

 吹けば飛ぶ、儚い物である。

 

 

 

 「やっぱり朝は、これが無いと始まらないわね……」

 

 

 

 目覚まし時計のジャックに、ウマホンの端末を差し込み。

 

 脳にキマる囁きを楽しみつつ、独り言つ。 

 

 アグネスデジタルには、世話になった。

 

 ダミーヘッドマイク、ウマ娘用。

 

 お高い物であっただろうに。

 

 

 

 対価は自分が、それにちょっとした罵声を吹き込むだけ。

 

 それだけで、無期限の貸し出しを許可されたのだ。

 

 まぁ、さすがに申し訳なかったため。

 

 108通りの収録を終えた後、菓子折りと共に返却したが。

 

 

 

 後に、アグネスデジタルはこう語った。

 

 「これは世に出してはいけない。

 デジたん直感しました。

 赤ちゃんを量産する。クリークママの、でちゅボイチュ。

 マゾを量産する。ダスカ女王たまの、蔑み声。

 もう、あたしのような犠牲者を。

 これ以上出してはいけないのです……」

 

 

 

 彼女は、うっとりと。

 

 ウマホンを被りつつ、次の犯行を画策していたため。

 

 彼女の担当トレーナーは、そっと。

 

 通信教育で習った、催眠音声を。

 

 ダミーヘッドマイクに吹き込んだ。

 

 デジたんしか勝たん。

 

 

 

 そして、視点は。栗東寮の一室に戻る。

 

 

 

 『スカーレットが一番星。愛してるよ』

 

 「あたしもよ……!」

 

 

 

 起床から、一時間が経過。

 

 ダイワスカーレットは、完全なる覚醒を果たした。

 

 やはり、朝はASMR。

 

 

 

 部屋を見回すと、彼女と同居人の実績。

 

 それが積みあがるに従い、豪華さを増し。

 

 今や、高級ホテルのスイートルーム。

 

 それと見まごうような、内装。

 

 

 

 トレセン学園は、勝たなくとも。

 

 最低限の生活。それは保証されるが、しかし。

 

 勝てば勝つほど、便宜を図ってもらえるのだ。

 

 目が合った、ライバルのぱかぷちに会釈しつつ。

 

 特注した、一際金のかかった厨房へと。

 

 そっと歩を進める。

 

 

 

 いつかは、催眠無しでの収録。

 

 それに臨みたいものだ。

 

 そう思いつつ、朝食と、弁当の準備をする。

 

 エプロンには、ひよこのアップリケ。

 

 もちろん、某倶楽部の暗喩だ。

 

 紐を締めて、いざ愛情二万マイル。

 

 

 

 「ダイワスカーレット。行くわよッ!」

 

 

 

  ~ 

 

 

 

 「♪~♬~♬~うまぴょいッ!」

 

 

 

 会心の掛け声と共に。

 

 オムレツをひっくり返す。

 

 ぴょいっとハレルヤ、焦げは無し。

 

 まるで、ホテルの朝食のような出来栄え。

 

 

 

 卵液を、一度濾す。

 

 濡れ布巾で、フライパンの温度を下げてから整形。

 

 基本を守るだけで、美しい三日月は。

 

 眉のような弧影を、愛する彼に晒してくれるのだ。

 

 

 

 納得しつつ、次の調理に移る。

 

 ウィンナーを切り刻み。

 

 火星人を表現しなければならないのだ。

 

 包丁細工をしていると。

 

 

 

 「すかーれっと、おふぁよー……」

 

 同室の。

 

 終生のライバルの、ご登場である。

 

 のそのそと、備え付けのテーブルに顎を乗せ。

 

 開口一番、こう告げる。

 

 

 

 「すかーれっと、ごふぁん」

 

 いつもの凛々しい姿に憧れる、後輩ども。

 

 彼女たちが見たら、イメージの失墜は間違いない。

 

 甘えん坊将軍の姿に、やれやれと首を振りながら。

 

 餌を与えることとする。

 

 プチトマト。

 

 

 

 「むぐむぐ……」

 

 にんじんハンバーグ、ハンバーグ抜き。

 

 

 

 「がじがじ……」

 

 オムレツ……と見せかけて、アツアツおでん。

 

 

 

 「うわっチャァァァァァァアッ! アッツゥイ!」

 

 

 

 期待通りの反応。

 

 ほっこりしつつ、ちゃんと餌を与える。

 

 こやつの舌は、確かなのだ。 

 

 朝食と、弁当。メニューは同じ。

 

 毒見役としては、極上である。

 

 

 

 「んぐんぐ……今日もスカーレットのごはんはうまいなぁ!

 こりゃあ、トレーナーさんも幸せもんだぜッ!」

 

 

 

 ウオッカは、強制的に覚醒させられ。

 

 素早く状況を把握すると。

 

 まずはヨイショを試みる。

 

 こう言っておけば、この栗毛。

 

 自発的に。朝昼晩の、極上手料理。

 

 これを貢いでくれるのだ。

 

 

 

 もうカフェテリアには、戻れない。

 

 材料費は、自分持ちだが。その価値はある。

 

 なんといっても、籠められている愛情が違う。

 

 ツインテ栗毛の、狂気的な愛情。

 

 このウオッカも、おおいに認めるところである。

 

 

 

 「今日の出来はどうかしら。忌憚ないご意見をどうぞ」

 

 「最近は文句の付け所がないなぁ。

 最初の頃とは、えらい違いだと思うぜ」

 

 「ふふん。あたしも成長したということね!」

 

 

 

 ばるん、と。

 

 胸を張る彼女を見つつ、思う。

 

 本当に、成長も性徴も著しいな、コイツ。

 

 自分も料理には自信がある。

 

 そもそも、彼女に料理を教えたのは。この自分なのだ。

 

 

 

 わりといいとこのお嬢様であった、このライバル。

 

 最初は、豪快に厨房をフランベしていた。

 

 それが今や、一流シェフを凌駕するであろう腕前。

 

 恐らく、料理人を志せば。

 

 グルメ史に名を残すだろう。

 

 ひょっとすると、レース以上に稼ぐやもしれぬ。

 

 だが、その未来はおそらく無い。

 

 

 

 「毎回思うんだけどさ。引退後は、レストランとかやらねーの?」

 

 「有象無象に振るう腕は無いわ」

 

 

 

 これである。

 

 彼女はファンサービスは丁寧だが。

 

 愛情を注ぐ対象が、大変に狭い。

 

 この味を楽しめるのは、彼女の愛する彼と。自分だけだろう。

 

 もったいないとは思うが、まぁ良し。

 

 自分が食えればそれでいい。

 

 

 

 「ウオッカこそ。トレーナーさんとの進展は?」

 

 「最近、手をつないでも献血一回分で済むぜ」

 

 「なんと……!驚いたわ。さすがはあたしのライバルね」

 

 「よせやい。褒めすぎだぜスカーレット」

 

 

 

 ダイワスカーレットは唸った。

 

 この恋愛クソ雑魚ライバル。

 

 手を繋ぐだけで、病院に運ばれるほどの。

 

 鼻粘膜の、弱さを誇ったが。

 

 凄まじい進歩を遂げている。

 

 ガイドラインに抵触するほどの、触れ合いにはまだ至らぬが。

 

 いつかはきっと。大願を成就させるだろう。

 

 

 

 「今夜は、お祝いね……あたしも薄着、解禁かしら?」

 

 「それは勘弁。お前のボディは刺激が強い」

 

 「美しさって罪ね……」

 

 

 

 ウオッカは胸をなでおろした。

 

 素直に分かってもらって何より。

 

 そういうのは、トレーナー寮で楽しんでいただきたい。

 

 

 

 このライバル。お嬢様育ちのためか。

 

 わりと裸族の気がある。

 

 入学当初は、去年までランドセルを背負っていたとは。

 

 とても思えぬ、発育の暴力。

 

 

 

 それに圧倒され、よくICUに搬入されたものだ。

 

 自分も、恋愛強者へと。

 

 凄まじい躍進を遂げたが、この栗毛の性徴。

 

 自分の成長を、常に凌駕する勢い。

 

 今でも、部屋の共有スペースでは。

 

 キャミソール以上の脱衣は、固く禁じている。

 

 

 

 「そういえばウオッカ。例の計画は?」

 

 「ん。これだよ。寝室はこんな感じでいいか?」

 

 「マーベラス。さすがねウオッカ。

 メルヘンにかけては、右に出る者はいないわ」

 

 「照れるぜ」

 

 

 

 ダイワスカーレットは、差し出された図面を見て。

 

 感嘆の唸りをあげた。

 

 前回より、さらに緻密かつ具体化されている。

 

 将来の、ウオッカとそのトレーナー。

 

 2人の愛の巣。それを冗談で、書かせてみれば。

 

 

 

 赤い屋根。白い壁面。庭には犬小屋。

 

 そのあたりだと思っていたが……

 

 彼女のメルヘンと、設計士としての能力。

 

 このダイワスカーレットの予想を、遥かに超えていた。

 

 

 

 自分と、彼女の。

 

 予測される。引退するまでに稼ぐ、レースの獲得賞金。

 

 メディア露出による、収入。

 

 さらに、お互いのトレーナーの稼ぎ。

 

 それを緻密に計算し、割り出された資金。

 

 

 

 そこから描き出されるは、隣り合った一戸建て。

 

 敷地面積を共有することにより、ターフすら内包する。

 

 我らの夢の具現。

 

 

 

 未来の、ライバル共生型住宅。

 

 実現を。否応なしに確信させる、その図面。

 

 今なお、進化を遂げている。

 

 

 

 「スカーレット。ベッドはこの位置がいいと思うんだが……

 お前の要望だと、寝室の面積。デカすぎると思うよ。

 中央に置く必要は無いだろ」

 

 「そこは譲れないわ。いい? ウオッカ。

 世の中にはね。回転式のベッドというものがあるのよ」

 

 「お前、オレに何を書かせてるの……?」

 

 

 

 ウオッカは呆れた声を上げた。

 

 確かに、勝手に彼女も計算に入れたが。

 

 ライバルとして、当然のことである。

 

 自分に落ち度は無い。

 

 

 

 だがこやつ、あまりにも。欲望に正直すぎる。

 

 このツインテ栗毛。愛の巣と、肉欲の城。

 

 それを同時に実現しようとしている。

 

 

 

 大人しく、モーテルに行けばいいものを。

 

 だが、その強欲。

 

 嫌いではない。

 

 そうでなくば、ライバルなどと名乗っておらぬ。

 

 

 

 彼女の寝室は、我が家の子供部屋と。

 

 大胆に、距離を取らせてもらうが。

 

 つくづく、子供の教育に悪い女である。

 

 愛といえば。そうだ。忘れていた。

 

 

 

 「スカーレット。そういや今回の試作品は?

 満足できるもん、できた?」

 

 「うーん。まだ何か足りない気がするのよね……」

 

 

 

 ダイワスカーレットは、倉庫に保管していた試作品第240号を。

 

 台車を押し出し、お披露目した。

 

 自信作ではあるが……未だ、納得には至らぬ。

 

 

 

 「何これ。ウェディングケーキ?

 お前らの、熱い抱擁はまぁ。いいけどさ。

 このマジパン。オレそっくりで、逆に気持ち悪いんだけど。

 勝手に出演させないでくれる?」

 

 「あたしたちの愛を、称える下僕が必要だと思って」

 

 「肖像権以上に、オレの尊厳にも気を遣えよ」

 

 「そんなものは無いわ」

 

 「お前、ほんとに唯我独尊だよね」

 

 

 

 ウオッカは肩を落とした。

 

 不気味の谷は、とても深い。

 

 努力は認める。認めるが……

 

 

 

 こやつ、こと愛情表現に限っては。

 

 努力が常に、方向音痴だ。

 

 何故、聖ヴァレンティヌスの命日に。

 

 結納まで済ませようとするのか。

 

 合同結婚式まで待てないのか、この栗毛。

 

 

 

 これは、お零れを狙うよりも。

 

 単独で、チョコを自作すべきか。

 

 そう思いつつ、彼女の暴走。

 

 その抑制を試みる。

 

 トレーナーを、引き合いに出すのがいいだろう。

 

 

 

 「トレーナーさん、さすがに引くんじゃねーの? これ見たら」

 

 「あたしの下僕が、これぐらいで引くわけないでしょ。

 むしろ、感涙の涙を流し。そのままベッドイン。

 初めての夜は、熱くなる。そこまでは読めるわ」

 

 「お前らほんと、お似合いカップルだよ……」

 

 

 

 抑制失敗。

 

 まぁわかってはいたが。

 

 この栗毛の愛情を、一身に受け止める彼。

 

 気の狂い方も、そんじょそこらのトレーナーとは。

 

 一線どころか、五車線ほどを画する。

 

 正気では、愛情に圧殺されてしまうためだ。

 

 モルモット氏と、いい勝負である。

 

 

 

 頭を抱える、ウオッカは知らない。

 

 己のトレーナーが、内包する愛情。

 

 その莫大な熱量も、眼前の栗毛や、己に。

 

 決して劣らぬ、狂気を秘めていることを。

 

 

 

 彼女の恋愛クソ雑魚の改善。

 

 幸せな未来を築くため、彼が日夜。

 

 不断の催眠術を怠らず。

 

 毎日トレーニング後に、彼女にかけ。

 

 

 

 その治りの遅い、クソ雑魚っぷりに。

 

 舌打ちしつつ、舌なめずりしていることなど。

 

 彼女の成長に、彼女自身の努力はあまり。

 

 関係無かった。所詮メルヘンである。

 

 

 

 恋愛弱者は、だが諦めなかった。

 

 まだ、抑制の目はある。

 

 簡単だ。こやつの完璧主義。

 

 これを利用してやればいい。

 

 学生のうちの、ベッドイン。

 

 明らかになれば。放校処分は、間違いない。

 

 

 

 「スカーレット。愛情固めを一本したら。

 レースは引退ってことになるだろ?

 オレたちの、夢の共同住宅。予算不足になるぞ。

 お前の方の寝室と、やたらでかい浴室。

 三分の一の面積にしなきゃならないんだが」

 

 「第240号は破棄するわ。引退にはまだ早いわね。

 やはり、生まれ持ったこの脚。

 最大限に活かすのが。親孝行であり、ウマソウルへの貢献。

 さらに稼いで、愛の巣を。愛情御殿にしてやるわ」

 

 「わかってくれて、オレも安心したよ」

 

 

 

 ダイワスカーレットは、頭を悩ませた。

 

 さすがに結納までの、直線一気は早かった。

 

 愛の巣に、妥協は許されない。

 

 

 

 子ウマの数も、サッカーチームぐらいは超えたい。

 

 もちろん、両チームともに。我が子で構成する。

 

 養育費は、莫大な額になるだろう。

 

 些か時期尚早である。ウオッカが冷静で助かった。

 

 

 

 彼女は知らない。トレーナーの愛情。

 

 この深さを見誤っていることを。

 

 サッカーチームなどで、許してもらえないという。

 

 狂気的な愛情による、自らの末路を。

 

 

 

 ダイワスカーレットは決意した。

 

 図面とレシピのみ保存し、数年後にさらにバージョンアップさせよう。

 

 そう考えつつも、期限は今日。

 

 猶予は、ほぼ無い。

 

 材料は、たらふくあるが。

 

 何か、良いアイディアは無いだろうか。

 

 

 

 「スカーレット。わりと、単純なもんでもさ。

 愛情って、伝わるんじゃねぇの?」

 

 

 

 ウオッカの声。

 

 そうか。そうであった。

 

 愛情とは。

 

 最速で、最短で、まっすぐに。

 

 この剛脚で、ヘイラッシャイ!

 

 

 

 「わかったわウオッカ。さすがはあたしのライバル」

 

 「いい顔してるぜ。答えは出たようだな」

 

 「ええ。ウオッカ。というわけで。気絶してくれるかしら」

 

 「ああ、いい……よくねぇよ。どういうわけだよ」

 

 「問答無用ッ……!」

 

 「この栗毛、話してもわからない顔をしてやがるッ!」

 

 

  

 突如勃発する、ライバル同士の運命の戦い。

 

 方や、栗毛神拳の構え。

 

 対するは、鹿毛無双の構え。

 

 奇しくも、同じ。

 

 攻撃のみ考えた、ウマ娘らしい構えである。

 

 

 

 (いつも通り、オレが不利ッ……!)

 

 

 

 ウオッカは、上体をゆすりつつ。

 

 ステップを、細かく刻む。

 

 レースでは互角だが。格闘戦は分が悪い。

 

 

 

 ウマ娘の暴力は、脚を起点とすることが殆ど。

 

 ふとももが太い方が、単純に有利だ。

 

 ヤツのふともも。凄まじい威力を感じさせる。

 

 だが。だからこそ。先手を取らせるッ!

 

 

 

 「シィィッ!」

 

 

 

 前髪が、千切れ飛ぶ。

 

 成し遂げた。

 

 低空タックルは、基本である。

 

 沈み込んだ、己の痩躯。

 

 

 

 胸で足元がよく見えぬ、栗毛からは。

 

 捉えにくかろう。泣いてなんかいないぞ。

 

 戻しは間に合わぬ。

 

 膝を出すにも、もう遅い。  

 

 このまま、押し倒し。マウントを……!

 

 

 

 「甘いわウオッカ。あたしのバ体。

 重要な物を見落としているわ」

 

 

 

 ツインテの囁き。

 

 見落としだと? そのような物……ッ!

 

 そして顔を上げた彼女に。

 

 迫る、莫大な質量。

 

 

 

 「乳、だとぉッ!?ぶべらっ」

 

 

 

 ふにゅり……めしゃどごんっ。

 

 

 

 ウオッカは壁にめり込んだ。

 

 栗毛神拳は、隙を生じぬ二段構え。

 

 廻し蹴りを避けても、胴体の振り戻しにより。

 

 

 

 反動がついた立派な山脈が、敵手の横顔を痛打するのだ。

 

 ご褒美でもあるので、トレーナーと、ライバル。

 

 そのぐらいにしか使えぬ、禁じ手であるが。

 

 ウオッカに使うならば、問題は無い。

 

 

 

 レースではライバル。

 

 私生活では、かわいいおもちゃ。

 

 井戸端会議から、寝室へ連れ込むのも。

 

 百合好きな、彼女のトレーナーからは。

 

 大喜びで、ゴーサインを得られるだろう。

 

 百合から衝突されるのは、罪にはならぬからだ。

 

 

 

 「あんたの敗因はね、ウオッカ。

 レース以外で、あたしに勝てると思ったことよ。

 つまり、戦う前に全面降伏。

 それだけが、あんたがひどい目に合わない。

 たった一つのアンサーよ」

 

 

 

 優しく、壁から引き剝がし。

 

 膝枕からの、女王宣言。

 

 耳に、おもちゃとしての心得を吹き込む。

 

 

 

 催眠に弱い、彼女にとって。

 

 この美声は効くだろう。

 

 次は、戦う前から降伏とはいかぬまでも。

 

 一瞬の硬直が期待できる。

 

 

  

 つまり、勝利者は常に自分。

 

 世の理というものである。

 

 まぁ、おとなしく降伏しても。

 

 見方によってはひどい目に合わせるが。

 

 自分の幸福のためだ。致し方無い。

 

 さぁ。準備をするとしよう。

 

 

 

  ~ 

 

 

 

 そして。

 

 全身に、チョコを塗ったくられて。

 

 彼女のチームルームに。

 

 勢いよく、投げ込まれたウオッカ。

 

 試金石である。

 

 

 

 「これは……三女神様の慈悲!?

 信仰の高まりを感じるッ!

 全ての生命に感謝しつつッ!頂きますッ!」

 

 「んあ?オレは一体……え゜。」

 

 

 

 室内でまき散らされる、血液のスプリンクラー。

 

 草木を枯らす、死のシャワー。

 

 飛んでくるたづなさん。

 

 平謝りする、ウオッカT。

 

 搬送される、鹿毛。

 

 端的に言って、地獄絵図であった。

 

 

 

 「うん。このプレイはダメね。

 知ってたわウオッカ。

 あんたの無駄な犠牲。積極的に。

 無駄にしてあげるわ。感謝なさい?」

 

 

 

 ダイワスカーレットは、録画を終え。

 

 チームルームから、足早に去った。

 

 指紋は残していない。完全犯罪である。

 

 

 

 これは、この女王の慈悲。

 

 恋愛クソ雑魚を治すための、荒療治である。

 

 そのように自らを納得させ。

 

 愛するトレーナーの元へ向かう。

 

 

 

 がちゃりとノブを、ひとひねり。

 

 扉を開き、そわそわとする彼を見る。

 

 ほころぶ顔に、確かな満足。

 

 

 

 「やぁスカーレット。上機嫌だね」

 

 「あら下僕。物欲しそうな顔をしているわ?」

 

 「かなわないね。女王様。哀れな臣下に。

 お慈悲をいただいても、よろしいか?」

 

 「ええ。もちろん。女王の慈悲深きチョコ菓子。

 味わい尽くして、歓喜の涙を流しなさい」

 

 

 

 箱を差し出す。

 

 粉糖をまぶしたブラウニー。

 

 このぐらいが、共に摘まむのには。ちょうどいい。

 

 

 

 「ありがたく。……おいしそうだね。

 どれ、紅茶を淹れよう。君と一緒に味わいたいな」

 

 「ええ。もちろん。今日はとっても甘いのよ。

 ……んふ。トレーナー。臣下の態度。

 だんだん板に、ついてきたんじゃない?」

 

 「女王様のお望みならば。このトレーナー。

 道化にでも、騎士にでも。あなたが望むままに。

 なんにでもなって見せるよ、スカーレット」

 

 「生意気ね。エスコートしてくださる?」

 

 「もちろんですとも」

 

 

 

 椅子を引かれ、腰を落とし。

 

 いそいそと準備する、彼の後ろ姿を見て。

 

 彼女は頬を緩ませた。

 

 

 

 「やっぱり愛って。なんでもない日常が。

 一番実感できるわね」

 

 

 

 ウオッカかわいそう。

 

 

 

 

 

 

 おわり




ハルウララさんじゅういっさいには、成長した彼女が出てきます。ええ。ダイマですとも。ぴくしぶの、彼女でもあるかもしれませんねこやつ。

作者
デイジー@物書き見習い
代表作
ハルウララさんじゅういっさい
https://syosetu.org/novel/273902/
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