その日、ウマ娘のシャーロットはとても困窮していた。
明日は2月14日。
世に生きる、全ての親しき人々が待ち望みにしている特別なイベント。
所謂、バレンタイン・デーなのだ。
生まれてから早24年。多くの苦悩、事件があったシャーロットは24歳となるその年に、この家の主に一目惚れをされて攫われて来たのだ。
家の主は、シャーロットがアマチュア・TNF・クラブの派遣コーチをしていた時に出会った女性。
シャーロットの、派遣期間が終わるまで待つという約束を取り付けたその女性は、「それまでに貴女とずっと過ごせる素晴らしい家を用意するわ」と伝え、本当にシャーロット好みの、落ち着ける庭園のような家を用意してくれた気っぷの良い性格の持ち主だ。
……とまあ、ここまでつらつらと書いてきたが。
要はこのシャーロット。今まで必死に身銭を稼ぎ、自分の生活は自分で養わねば。という強い信念の元に生きてきたからか。
ここ迄の人生で1度たりとも誰かに向けて、バレンタイン・デーのプレゼントをした事などなかったのだ。
それに加え、ようやく辿り着く事の出来た落ち着ける、静かな空間。
__お礼の一つや二つ……自分のこの、臆病な性格を焚べてでも言わなければ…。
………と、燃えていたのである。
然して、そこは根っからの臆病で穏やか気質。
こういう時、どんなチョコを渡せば良いか分からないの…と、贅沢すぎる悩みで、家の外に付いている白の椅子の上でうんうん唸っているのであった。
◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇
「__はぁい、シャロ?そんなに唸ってどうしたの?可愛いお顔が台無しよ?」
緩やかな空間に満ちる、純白の光彩を浴びているようなラタン・バルコニーに座る黒髪のウマ・ガールに話しかける女性が一人。
にこにこと、そんな擬音が似合うほど満面の笑みで甘い言葉を投げかけると、黒髪のウマ娘・シャーロットは顔を赤くする。
「__、は、恥ずかしい事を言わないで下さい………なんでもないです」
ぱたぱたと手で扇ぎ、赤くした頬を誤魔化すようにその女性をシャーロットは睨むが、怒っていると主張するように膨らむ頬は赤みが消えない。
知ってか知らずか、何ともあざとく可愛らしい仕草となるシャーロットに女性・オーナーは更にニコリと笑って頬を触る。
すり、と女性特有の手指が頬を擽る感覚に、シャーロットが体を跳ねさせる。
「うーそ。シャロが誤魔化す時、左耳がへにゃ〜って可愛く折れ曲がるのよ?本当の事を白状しなさい〜」
むにむにと、柔らかい頬をオーナーが堪能する。
その事に抗議をあげたいシャーロットだったが、自分の知らない恥ずかしい癖を知ってしまった事に驚き、思わず耳を触ってしまった。
オーナーが、イタズラが成功したようにニヤリとした表情に変わった時、シャーロットは自分が嵌められた事に気付いた。
「つまり、私に渡す、バレンタイン・デーのチョコレートで迷ってたって事ね………」
シャーロットの渋々といった感じで話した説明を掻い摘んだオーナーが、それって脈アリって事で良いよね?と、恥ずかしげもなく笑う。
シャーロットは茶化さないで下さい、とふくれっ面ほまま返した。
「…でも嬉しい気持ちは本当よ?シャーロット………TNF・クラブでコーチをしていた時、本当にいつも辛そうにしてたんですもの…」
そう言われては、さしものシャーロットも上手い返しが出来なかった。
大井トレセンで結果を出せず、結局進路も半ばコネのように転がり込んだ派遣会社。
かつてのトレーナーも何度かシャーロットを助けようと努力はしていたが、トレセンで働くトレーナーの身。シャーロットに寄り添っていたとは到底言えなかった。
信じていた味方もおらず、誰も頼れないと自分で外への扉を閉じていたその頃に。
シャーロットは出会ってしまったのだ、味方でも敵でもないのに自らを助けてくれる存在を。
味方と、世間一般ではそう言うのかもしれない。
けれどシャーロットにとっては彼女は、『味方』ではなかった。
彼女は、シャーロットにとって__
「____ロ…………シャーロット!………ね、考え事をしてぽやんとしている貴方の顔もとても魅力的だけれど…それとは別で、無視されると心にクる物があるんだけど……」
「…ッ!い、いや………すみません、無視するつもりは…」
「……………まあ、いいけど……。…聞いてなかったかもしれないからもう1回言うけれど、そんな考え込まなくても平気だからね?」
「…は、はい……」
それだけ言うと、彼女はシャーロットの体にもう一度だけすりすりと手を擦った後、玄関のある方へと足を進めた。
はて、今日はなにか外に用事があったか…?と一瞬疑問が湧きかけたシャーロットは、何事か口で物を発しようとして失敗する。
「シャロ、ちょっとお外でデートしましょ?」
「…、は………?」
◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇
明日のバレンタイン・デーに向けて、恋愛模様に赤く彩られた街中を歩く2つの影。
片方は、ウマ娘用に耳の出る穴が付けられた帽子を被る、フワフワとした白いヴェールを外側に、フリルがジグザグに取り付けられたベージュの服を着たシャーロット。
もう片方は、まるでどこかのセレブのようにピンクのハートサングラスを頭にかけ、茶色のカーディガンをプロデューサー巻きにして、トドメとばかりにワイシャツとピンクのスカートを履いた女性だ。
「………な、なんだかみられているような…」
「気のせい気のせい。もし見られてるとしたら、私の選んだ服がシャロに格別似合ってたって事よ。気にしない気にしない」
明らかに目を引くその光景は、何やらお忍びのアイドルとマネージャーが市井に来たかのようだった。
然し当の本人であるシャーロットは、その目線に慣れずに耳を体を縮こませる。
そんなシャーロットに、笑みを深めながら2人の影はとあるレストランへと入った。
落ち着いたクラシック・ミュージックが店内に漂う中、2人は一際静かな席でウェイトレスとの会話を楽しんでいた。
「それでは、ごゆっくりお楽しみ下さい…」
丁寧でありながら心の篭った言葉を受け、これからのメニューに想いを馳せながらとりとめのない話が2人だけの空間に流れる。
__庭に最近、動物が住み着いたようなのだけれど…。
__料理に使う為、野菜を植えたからではないでしょうか?
__動物って……野菜食べてもいいのよね…?
__ええ、恐らくは………野生動物ならば、平気な筈です。
__因みに、出来た野菜で何の料理をシャロは作って欲しいかしら?
__…ええと………すみません…まだ分からないです…。
__そうよね、ごめんね?でも食べたい料理が出来たら教えてね?
__……はい。
かつては食べたくても食べれなかった料理の数々。
自らの懐事情を鑑みて、諦めることが多くなったシャーロットの体はやがて、食べるという事への感情を生成しなくなっていった。
ウマ娘は活動する為に、多くのエネルギーを必要とする。
然しシャーロットは、人間と同じくらいの食事どころかそれより少量でも良しとするようになってしまったのだ。
「そう……ですね…何か、食べたい料理を…」
そこまで言ったシャーロットの前に、ウェイトレスが料理を運んで来た。
口を噤み、目の前に置かれた料理を見やる。出来たてなのであろうか、ほわほわと上がる湯気と匂いに少なくなったと思われた食欲がぴょこぴょこと顔を出す。
「取り敢えず、食べよっか?」
そう言われ、シャーロットはおずおずと食べ物を食べ始める。
立地が良いということもあるだろう。だが、確かにしっかりと手の込んだ料理はスルスルと食べていける。
美味しい。
それは、シャーロットに再び与えられた感情の1つだった。
シャーロットが、まだ家に来たばかりの頃。食べ物にあまり興味を示さないと判断した結果、シャーロットにはホットココアが振る舞われた。
今日食べたような、全て手作りではない…それ所か、市販のインスタント・ココアだ。
それでも、冷えた心には十二分に染み渡った。
ナイフで食べ物を切り、口に運ぶ。
たったそれだけで旨みが広がる。
その事にシャーロットは笑みを零し、反対に座った女が目の前のその光景を見て笑みを零す連鎖が始まるのだった。
__ねえシャーロット…今、貴方は幸せ…?
その答えは、今はただ食事と飲み込もう。
夜はまだ、続くのだから。
食事を食べ終わった後。
会話もそこそこにシャーロットと女はレストランで会計をし、夜の街を歩いていた。
「……○○。」
「………あら?なあに、シャロ?」
「今日は、ありがとう」
「…そんなに改まってどうしたの?気を遣わせる為に連れ出した訳じゃないのだけれど」
言葉とは裏腹に、シャーロットの様子を見て薄く笑っていた。
シャーロットも直ぐにそれに気付き、腕で脇の下辺りを小突いた。
「もう分かっている…でしょう」
「うふふ、ごめんね?余りにも…シャロが可愛くてからかっちゃった」
「…、…!!そんな事言わないで下さい…!」
赤面をしたシャロが、少し足早に帰路を歩く。
その姿を後ろから見ながら、蕩けるような笑みを浮かべて追いかける。
2人の影が、見慣れた家に辿り着くまでにそう時間はかからなかった。
帰宅をし、着替えやそれぞれの用事を済ませていると。
シャーロットが珍しく、リビングに呼んだ。
時計を見ると、もう23時を過ぎて24時へと刺しかかろうとしている。
夜更かしはお肌の大敵よシャロ〜、それとも私と一夜を過ごしちゃう〜?なんてふざけた事を言おうと口を開こうとした顔の前に、ずいっとコップが渡される。
コップからは甘い匂いが漂う。
中を見ると、それはホットココアだった。
「これ………どうしたの…?」
「買ったんです…家中、どこを探してもなかったから…」
確かに、シャーロットが初めて家に来てからココアは品切れしてしまった。
けれど他の食べ物も食べてくれるようになったというのもある。
ココアを飲んではいたけれど、そこまで好きな風では無かったから補充はしていなかった…。
「この味………どれか分からなかったから、探すの…苦労したんですよ…」
「え、あ〜………えっと、そうね…?」
「はい……………」
沈黙が続く。
いつまでも目の前にコップを持ってきているとシャーロットも疲れてしまう。
若干慌てながら、コップを受け取るとリビングの時計が音を立てた。
24時。日付けを跨いだのだ。
「……座りましょう………」
椅子を引き、2人でゆっくりとリビングに座る。
「ずっと………迷ってて…」
「ようやく、決めたんです……」
何を?と口にしようとするが、口元までコップを持っていってしまっていた。
冷ましながら飲む。ココアがとても甘い。
なんだか懐かしい味な気がする…。
「24時……さっきなりましたよね…」
「………、…ええ…」
「ということは今……2月14日ということです…」
なるほど、つまり。
「これが、私のバレンタイン・プレゼントです…………」
これが、私への答えという事らしい。
口元が、笑みの形へと変わっていく。
ココアの甘さだけでない、何か優しいものが……目の前の娘への愛しさが、溢れ出していく。
「ありがとう………最高のプレゼントよ」
そんな、ありきたりな事しか言えない自分がなんだかとても恥ずかしくて。
それなのに、笑うシャーロットが………とても可愛らしかった。
時計の針は、まだ進む。
この時も、いつか風化してしまうのかもしれない。
それでも、この時だけが永遠に続けば良いのに、と。
小さな箱庭の、小さな家の中で、そう思わずにはいられなかった__。
素晴らしい企画に参加させて頂き、ありがとうございました…!
作者
Dark of the SUNDOG