前書
#鋼の意思をとれハッピーミーク
時は2月。
秋川理事長主催の下行われる大型プロジェクト"URAファイナルズ"、その試金石ともいえる第一回の準決勝を勝ち進み、決勝を控えた日。
彼女、ハッピーミークは自身のトレーナーである桐生院葵と一緒にとある大型ショッピングモールに足を運んでいた。
「ミーク! こっちですよ!」
「今いく~」
世間知らずを隠そうともしない純朴な振る舞いとウマ娘に勝るとも劣らない恵まれたスタイルと美貌。それが惜しげもなく辺りに振り撒かれ、否応なしに周囲の視線を集めていく。
往来を行く見知らぬヒト息子の鼻の下が伸びていくのを見ながら、私はぱたぱたと歩み寄って彼女の手を握った。
「ミーク?」
「ん、なんでもない~」
そうして、辺りに視線を鋭く飛ばす。トレーナーにぶしつけな視線を向けていた男達は私からのアプローチに気付くと、ばつが悪そうな顔をしてそそくさと立ち去っていった。
ふんす、と鼻息一つして、私はそのままトレーナーの腕に軽くしがみつく。トレーナーの驚いたような困ったようなリアクションが心地いい。
そう、専属ウマ娘である私をほっぽって新進気鋭の新人男性トレーナーと水族館デートをブッ込んできた世間知らず系女狐と言えど、立派なトレーナー、
現役を退いた今でこそウマ娘を平等に愛するスタイルをとっているが、聞くところによるとあの"皇帝"も現役時代はそれはもうすさまじくイケイケな肉食系だったらしい。真実は定かではないが、並み居るライバルたちを片っ端から蹴落とし、実家の権威をフル活用して自身のトレーナーを囲い込んだそうだ。彼女のトレーナーは積み上げられる冠が自分を縛る枷に見えると言っていたそうだが、
話がそれた。そんな訳で、ここらで一つ彼女が私のものであるという暗黙のサインを送っておくのも十分ありだろう。
さて、それなら何を贈るべきか。ここはオーソドックスにアクセサリーか何かだろうか?
しかし自分で言うのもなんだが、ハッピーミークというウマ娘はそういったファッション事情にはなかなかどうして疎い。女性として最低限のオシャレくらいはするが、それ以上といわれると途端に訳が分からなくなるのだ。こういう時はファッションセンスの持ち主というものが羨ましい、と私は
そのままてくてくとあてどもなくモールの中を彷徨っていると、トレーナーがこんなことを言い出した。
「さて、それではどこに行きましょうか? 今日は準決勝に備えてのミークのための休養日ですからね! どこにでも行きますよ!」
「──、」
キラン、と目が光る。
今『どこでも』といったな? この世間知らずめ、そんな事では変に言質を取られてあれやこれやされてしまうぞ。まあ、まずは私がトレーナーをあれやこれやするつもりなのだが。最初が私であることを幸運に思うがいい。
このまま特に意味もなくその辺を歩き続けるというのもそれはそれで悪くはなかったが、予定変更。私は90°進行方向を変えて、今度はトレーナーを引っ張る形である場所へと歩を進め始める。
そして、ある店の前で脚を止めた。
「ミーク……ここは?」
「ん」
トレーナーの質問に対して首肯で返す。
目の前にあるのは、指輪やブレスレット、ネックレスなどを扱っている若干怪しげなアクセサリー店。バレンタインやホワイトデーなど一連のカップル御用達イベントにかこつけてか、ペアルックキャンペーンなるものを行っている。
……こうなれば私も覚悟を決めよう。こちとらたとえセンスが×でも対抗意識と伏兵は◎、独占力も取得予定。ほかのウマ娘やヒト息子に先を越されてはいられない。
「……いこう」
「えっ? ちょっと、ミーク!?」
呆気に取られているトレーナーをずるずると引っ張る。こういう時ウマ娘の膂力というものは便利なもので、抵抗らしい抵抗もさせずに店内にトレーナーと私を中へ引きずり込むことができた。
そして、トレーナーを壁に押し付け、そのまま私の体と壁で挟み込む態勢になる。確かこういうポーズをなんて言ったか……そう、壁ドン?
「み、ミーク……?」
「……、」
何が起きているのかわからないといった風ににこちらを見るトレーナー。
余りに無防備なためこの場で襲ってうまぴょいしたいという欲望が沸々と湧き出るが、トレーナー御用達の鋼の意志でぐっとこらえる。きっと鋼の意志もこのために考案された
トレーナーの体を抱きかかえ、耳元で囁く。
「……トレーナー」
「ミーク……あの……人の目が……」
「私だけを、見て……」
「ミーク、ミーク? ちょっ、どうして私の服に手をかけるんですかミーク!?」
トレーナーの声にすんでのところで思いとどまる。危ない、合意なし、しかも公衆の面前でうまぴょいは普通に犯罪だ。危うく越えてはいけない一線を棒高跳びでフライアウェイするところだった。しかも無意識で。先ほどまで鋼の意志がどうこう言っていたのにこの体たらく、情けない限りだ。
慌てて体を離して頭を下げる。
「……ごめん」
「分かってくれれば大丈夫ですよ」
「うん。……アクセサリー探そう」
「それはもちろん、ミークがそうしたいなら──ちょっ、また引っ張るんですか!? 待ってくださいミーク! 自分で歩けますから──!?」
トレーナーの腕を引っ張り、店内を回る。色とりどりの飾りが並べられ、光を浴びて輝いている様は幻想的で、まるで別世界に紛れ込んでしまったかのようだった。
そんな中をトレーナーと回っていく。夢のようだ。もし願いが叶うのならば、こんな日がずっと続いてくれれば──いや。
そこまで考えて、私は首を横に振った。
どんなものにも終わりは来る。だからこそ、この3年間はかけがえのない思い出として綺羅星のように輝くのだ。
夢は夢のまま、水泡のように消えていく。私たちは前を見て歩き続けなければならない。
「……決めた。これにする」
そうして私が手に取ったのは、偶然売られていたアメジストの指輪。2組1セットで売られている。多少値は張るが、今まで私がトレーナーと一緒に勝ち進んできたレースの賞金からみれば微々たるものだ。
「これは……アメジストですか?」
「ん」
手に取り、光に当てる。指輪にはめられた宝石が光を反射し、紫色に輝いた。
それをしげしげと眺めながら、私は思う。
「キラキラしてて綺麗」
「そうですね」
「……トレーナーの目みたいに輝いてる」
「……私の目ってこんな紫でしたっけ?」
比喩表現。
恙なく購入も済み、その後も私たちはモールの中を巡っていく。途中、ファンの人にサインをねだられたりもしたが、それも特にやらかすことなく対応できた……はずだ。
そして、夕方。夕焼けの鮮やかな空の下で、私たちは一緒にトレセン学園への帰路に就く。
「……今日はありがとう、トレーナー」
「大丈夫です! ミークと一緒にいるのが私の仕事ですから!」
「とても嬉しかった。だから──」
意を決する。
……正直な話、自信はあまりない。集うのは一点特化、粒ぞろいの精鋭たち。その中でよく言えばオールマイティ、悪く言えば器用貧乏の私が勝ち残れるビジョンはぼやけて見えない。
でも、ただ貰うばかりではその関係は必ず破綻する。無償の愛というのは無限ではない。いつか必ず枯渇する。故にこそ、私はそれに見合うだけのものをトレーナーに返さなければならない。
だから私からも贈ろう、
「──だから。私が決勝勝ってくるの、楽しみに待ってて」
これが、今の私の精一杯。
私がそういうと、トレーナーははにかみながら──
「はい! 約束ですよ!」
──私の手を取った。
──そして、東京レース場。
私、ハッピーミークは純白の勝負服を纏ってターフの上に立っていた。
『美しい青空の広がる東京レース場、ターフも絶好の良馬場になりました! 3番人気にはサイレンススズカ、2番人気にはダイワスカーレット。そして栄えある1番人気に選ばれたのは──』
ファンサービスで観客席へ向けて手を振る。
すると、観客席の最前列をとっていたトレーナーと目が合う。固唾をのんでこちらに視線をよこす彼女としばらく見つめ合った後、私は微笑み、お互いに手を振り合ってからゲートへと向かっていく。
そんな私と彼女の左手薬指で、アメジストの嵌められた指輪が太陽光を反射して煌めいた。
──アメジストの石言葉は『愛の守護石』。
願わくば、この愛に栄誉と祝福のあらんことを。