前書
実装待ってます。
「なンだよコイツは」
「何って、チョコラーメンだよ?」
「はァ?」
「だから、チョコが入ったラーメンなの!」
そんなモン見ればわかるだろォがよ、という言葉はこのお嬢様の前では何の意味も無い。赤白の使い古したデザインのラーメンの器に入っているのは、このお嬢様の言葉を借りればラーメンなのだろう。
まず鼻をつくのは動物系スープの芳しい香り。データと照らし合わせれば府中駅前チェーンの博多豚骨スープってところか。トッピングはチャーシュー2枚、メンマ、ネギ、なると。ゲテモノの割には基本に忠実なトッピングの上には「ハッピーバレンタイン!」の文字が書かれたチョコプレートが鎮座している。 スープは香ばしい白色のかけらもない、焦茶のとろみのあるろくでもねえものがわんさか入ってるだろうことは理解できた。渡された割り箸を割って麺を持ち上げてみてもこれまた焦茶色。麺を持ち上げた途端に漂ってくる甘い砂糖と菓子の香りと、目の前の光景を見比べて思わず自分が何を食べているのか一瞬錯覚しそうにもなる。
ゆっくりと息を吸い一息に麺を啜った。トッピングを齧り、スープをレンゲで啜り、置かれていたお冷で口の中をリセットしながら黙々と何も言わず、最後のスープの一滴まで飲み干した。
ワクワク、ウキウキ、という言葉が口から漏れている世間知らずのお姫様の期待bには添えねェが、客観的事実を伝えるのが今求められているオレの役目だ。
「不味い」
「えー? 私は美味しかったんだけどな」
「スープも麺も甘すぎる。トッピングは普通と実験材料を混ぜるな。何より豚骨とココアの風味が食い合って主張が激しすぎる」
不味いのハードルが平均より63%も低いファインに伝えるには、客観的に判断できるゼータを提示しなければならねェ。俺とお嬢様両方の
「トッピングの板チョコは少量に留めるか、カカオ含有量75%以上のものに変えろ。味変を意図してるならともかく、この量は確実にスープの味を意図しないものにしちまってる」
「ふむふむ」
「麺は市販のものでいい。変にココアパウダーを混ぜたから加水率が変化した上に、スープを無駄に吸い込んでいる。こんなボソボソで切れやすい麺はラーメンとして評価に値しない」
「うーん」
「チョコレートは言い換えれば油分の多い食材だ。オマエはそういう食材をどう仕上げるべきかのデータを持っているはずだろォがよ」
「油分の多い食材、うーん、背脂かな?」
「何と組み合わせる?」
「塩か醤油、だったら醤油の甘さのある醤油ラーメン!」
「正解だ」
そばのパソコンをたたいてとあるブログを提示する。ファインモーション以上にマニアックな視点でラーメンを批評する奴が書いた、数年前に一度だけ提供されたゲテモノラーメンの食レポ記事だ。
『行楽苑 期間限定醤油チョコレートらあめん』
「この食レポ記事はデータには十分値する。参考にでもするんだな」
「ありがとうシャカール! シャカールは優しいね」
「気にすンな」
ファインのスマホにリンクはもう転送済みだ。パソコンを畳み、口元を紙ナプキンで拭って席を立ち上がった。来た時からずっと騒音と話し声を感じていたが寮の調理スペースには所狭しとチョコを試作するウマ娘たちの声と調理器具の騒音で溢れかえっていた。
オマエらが菓子の試作なんてしてる間に、他人はタイムを0コンマ1秒は縮めちまうんだぞ? 非効率な行為に時間を割くのはバカバカしい以外に許容できる言葉はねェだろォがよ。
「シャカールは何をトレーナーさんにあげるの?」
「アア?」
「だって、バレンタインなんだよ?」
「ア゛ア゛?」
「日頃お世話になってる人には感謝を伝えなきゃ!」
学習した話を切り上げる『ドスのきいた』声も効果はない。エプロンにチョコやスープをつけたファインが両手を合わせて笑顔を浮かべていた。
「ニホンだとチョコレートしか送り合わないんだけど、アイルランドではご飯をご馳走したり、プレゼントを贈ったりするの!」
「そォかよ」
「あ、ちょっと」
だとしてもそのような慣習に興味などない。トレーナーとウマ娘の関係性とは二人三脚のように情と息を合わせるものではない。ただお互いの掲げる目標に最速最短で至るために必要な仕事仲間だ。
「行っちゃった......」
目標に至る最短の道を歪める感情は不要だととうの昔に結論づけているだろう、エアシャカール。
◇◇◇
「よォ」
「時間ぴったりだね、シャカール」
「当然。1秒たりとも無駄に出来ねェだろうが」
「だね。じゃあ早速今日の練習メニューから話していこう。今日のランニングの目的なんだけれど」
柔らかな笑顔を浮かべてタブレットを操作する
静かに、そして真摯に、真剣に、バカバカしいと卑下されてきた自分の数式を向き合ってくれる数少ない人間だった。
「今日も張り切って行こうか」
「アア」
こいつとの時間は、居心地がいい。
今日のトレーニング内容を聞きながら準備体操をして身体をほぐし体を温めていく。冬場は寒く体がほぐれにくい、普段より念入りに長くやらなければつまらない怪我のリスクも重大な事故の可能性も高まる。怪我をするのは計画にはないことだから通常より念入りに行っていると、あいつが思い出した様に手を叩いてこう聞いてきた。
「そういえば、明日は暇かな?」
「ア゛ア゛ン?!」
「そろそろシューズを履き潰すころだから、新しいのを選んでおかないといけないじゃない? こないだシャカールが言ってたじゃないか」
「・・・すまねェ、忘れてた」
「何か考え事してたんでしょ、大丈夫大丈夫」
それじゃあ練習始めていこうかと手を叩いたトレーナー。まだアイツに何も返してはいないという
返せるものはあるはずだ。
3冠に届かせるための7cm。まだその7cmは数式上では埋まらない。
翌日、トレセン近くのショッピングモールに集合したはいいものの、店先ののぼりも内装もチラシもピンク一色だった。踊っているのは『バレンタインフェア』の文字ばかり。菓子が20%オフだとか、コスプレイベント開催中などの文字が小さく添えられていた。スポーツショップで靴を選んでいる間ですら、バレンタインモチーフのラブソング
「クソウゼェ……」
「シャカールはこういうの嫌いだよね。なんでなの?」
「非効率だろ、こんなイベント」
「というと?」
「専門家に作った方が美味い菓子が作れるのにどォして手作りする必要がある? 素人の菓子作りなんて人間がターフに立って走るようなもンだろォがよ。適材適所って言葉を知らねェのか?」
「シャカールらしいね」
肯定するわけでも否定するわけでもなくにへらと表情を崩して笑う。その仕草が使命と本能の間で煮え切らない
「よく言われる言葉なんだが『オレらしい』ってなんだ?」
「シャカールらしい?」
思わず、こんな言葉を漏らしていた。
「計算高いところか? 人と違う視点を持つところか? 斜に構えたところか? それとも融通の効かない頑固で、理解できない理屈をこねくり回すところか?」
自分のことが嫌いというわけじゃない。他人より劣っていると思う訳でもない。
ただ人より
オレの言動は人を不用意に傷つける。
心も、プライドも、対抗心も。何人ものヤツが、そうやってオレの周りから居なくなっていった。罵詈雑言を浴びせるならまだ良かった。大抵はだんだんと疎遠になっていきいつの間にかオレの前から消えている。目の前の男のように、表面上は笑っていても突然どこかにいってしまうヤツだっていた。
オマエも実はそいつらと同じなのではないかという不安を今でも拭えずにいた。
「なァ、答えろトレーナー。オレはどんなやつなんだ?」
「真面目」
「......オレがそんなヤツに見えてんのか? 相変わらずめでてー頭してンな」
「真面目じゃなかったら、届かない7cmの頃を四六時中考えないでしょ」
ほい、と気の抜けた掛け声と共に投げ渡されたそれを慌てて受け取る。それはコンビニでも売っているような、アルミ包装の安っぽいチョコ味のプロテインバー。
その長さは感覚的にわかる。ちょうど──
「「7cm」」
「ほら。すぐにわかるくらいずっと考えてる」
トレーナーはまた笑った。
目を細めてはにかむ、人当たりの良さそうないつもと変わらない笑顔。
「真面目すぎて、周りとぶつかることもある。周囲に理解されないこともある。けど、その真面目さを捨てなかったシャカールは凄いのさ。
僕だってシャカールの全部を理解できるわけじゃない。シャカールの理論だって勉強しなくちゃわからない場所がたくさんある。だけど、理解を諦めない。
担当ウマ娘が真剣にやってるんだ。なら、トレーナーだって頑張らないとね」
いつもの笑顔が、今日だけは違った。
劇的に違うわけじゃない。けど、オレはそのうちに秘めたナニカの一端を、少しだけ感じ取ることができたのかもしれない。
乱数、あるいは誤差、あるいは揺らぎ。
数学においては忌避される不確定な数字。
だがレースに置いてそれはきっと必要なモノだ。
絶対的な
これは、きっと揺らぎのひとつ。
少しだけ赤くなった顔を隠すように、歯で包装紙をちぎってチョコバーに噛み付いた。
「不味い。ここのメーカーのは成分はいいが、フレーバーは他社に劣るんだよ」
「7cmピッタリなのはそこのメーカーだけだったんだよね」
「そォかよ」
口内の水分を吸って不快さを生み出すパサパサの生地、甘ったるい合成料の甘みと取ってつけたカカオの香りと苦味。当然、市販品や手作りのチョコにすら劣る劣悪な味と見た目のバレンタインのプレゼントは。
「......あンがとよ」
「なんか言った?」
「ンでもねえ!」
きっと、一生忘れられない大切な贈り物になる。