前書
ネイチャをなでなでしたい欲求に駆られてしまった...
2月14日『聖バレンタインデー』恋する乙女達へ甘く優しい思い出、若しくは苦く切ない思い出を与える日
気になる人へチョコレートを送り自分の想いを伝える
チョコレートを希望の光とし、燻った淡い
「…」パタンッ
何やらくさいセリフが並んでいる雑誌を閉じると、ごろんとベットの上で横になる。
学園での友人達の会話、テレビでやっていた特集、それらの事に釣られ、ついコンビニで買ってきてしまった雑誌
「ちょっと失敗したかなぁ…」
今日は同室の元気で騒がしい
(……バレンタインかぁ)
頭の中を駆け回るその言葉に悶々とする。
「チョコレート作ろっかな…」
静かな部屋の中、聞こえてくるのは独り言、隣室からの微かな喋り声、そして徐々に上昇してくる体温と、それにつられて大きくなる自らの心音。
「…トレーナーさん」
不意にそんな言葉が口からこぼれた、その言葉はきっと彼女自身も意図して言った訳では無いのだろう、“勝手に” 出てきて ”しまった” 言葉。
「いやいやいや、何言ってるのかねアタシは!ほ、ほら!普段お世話になってるし、あ!そうだ!ならお世話になってる繋がりで商店街のおっちゃんとかおばちゃん達にも…はぁ」
一人だけの部屋にこれでもかという程の言い訳が響く、誰に言った訳でもない、強いていえば自分自身に”言い聞かせた”言い訳。
「あはは…アタシっていつからこんな恋する乙女するようになったんだろ…」
自分の気持ちには気付いている、だがそれを言葉、態度に実行できない性格故にそのもどかしさがいつまでも付いてくる。
「はぁ…やめやめ、今日はとっとと寝ましょっかね」
頭を振り、混乱しそうな思考を一度リセットして部屋の電気を消す。
(…希望の光…ねぇ)
くさいセリフの一つが不意に頭をよぎる、だがトレーニングの疲れなどによる眠気故に一度目を瞑るとすぐに心地よいまどろみへ誘われ意識は深く落ちていった。
〜〜〜
「ねぇねぇ、ネイチャ!」
その翌日、学園の教室内に元気で威勢のいい声が響いていた。
(…相も変わらずキラキラしてるねぇ〜)
「?…どうしたのネイチャ?」
「んいやぁ、何でもないよ、んでどうしたのテイオー?」
目をキラキラさせながらネイチャに話しかけてきたのは”トウカイテイオー”、ネイチャからしてみれば友達であり、憧れであり、そしてライバルでもある。
「ネイチャって料理得意なんだよね?」
「まぁ簡単なものならちゃちゃっと作れるかな?」
「それならさ!スイーツとかも作れるの?」
「スイーツ?」
「うんうん!」
「多少は出来るかな〜…あっ、テイオーのはちみつドリンクは無理だよ」
「ハチミーじゃないよ!…チョコレートとか」
「チョコ?」
「そう!もうすぐバレンタインでしょ、トレーナーにあげよっかなって思ってさ」
「っ!?」
“トレーナー”、テイオーの口から出たその言葉にどこかドキリとした。
「ネイチャ?」
「…ぇっ、あ、うんうん、それで?」
「えっと〜、それでね!ネイチャ料理が得意ならチョコとかも上手く作れるのかなって思ってさ!もし出来るならボクに教えてよ!」
「…まぁ出来るけどさ、チョコなんて買ってきたやつを溶かして型に入れて固めるくらいだよ?…まさかカカオから作るなんて言わないよね?」
「流石にそこまで凝らないよ、ただボクより料理に慣れてる子に教わった方が美味しく出来るかなって思ってさ!」
「…なるほどねぇ」
「ネイチャもトレーナーにチョコあげるんでしょ?」
「ぅえ!?…考え中だけど…な、なんで?」
「だってネイチャ、トレーナーの事好きなんでしょ?」
「うぇぇぇえっ!?」
テイオーの突然の確信を付く発言に度肝を抜かれる。
「ア、アハハー…な、何言ってるのさテイオー、た、確かに!アタシは?まぁ、お世話になってるトレーナーさんに感謝はしていますけど?それはね、ほら、アレだよアレ…あの〜………えっと…テイオーさん…因みにどうしてそう思ったの?」
「それは、ほら最近のネイチャってトレーナーと話してる時とか一緒にいる時って普段と感じが変わるし」
「か、変わってるの?」
「うん、結構バレバレだよ」
「うええ!?!?」
衝撃のカミングアウトに気が動転しそうになる。
「トレーナーと一緒にいると、よく顔赤くしたりモジモジしたりするし」
現在進行形で顔に熱がこもり赤くなっていくのを感じる。
「休憩中とかもぼ〜っとトレーナーの方見てるし」
変な汗が全身からじわりと染み出してくる感覚に襲われる。
「それにやっぱり、手作りのお弁当をトレーナーに持っていくのは特にそれっぽいじゃん」
風邪をひいた時のような、暑いのに妙な寒気がする心地の良いとは言えない感覚が全身を包み込んだ。
そして
「…じゃん」
「ネイチャ?」
「筒抜けじゃんアタシ!!!」
あまりにも筒抜けだった乙女の悩みに絶望するのだった。
〜〜〜
「うわぁー…恥っずぅ〜///」
顔が机にめり込まんばかりに頭を伏せる
(テイオーって、もっと恋愛に関してはお子ちゃまだと思ってた…意外と鋭い?……いや、アタシがバレバレだったのか…)
「こんなにも分かりやすいのに気付いてくれないネイチャのトレーナーも凄いね」
「あはは〜…いや〜、困っちゃいますよ〜…気付かれてないよね?」
ネイチャからすれば気付かれていたらそれはそれで恥ずかしい、気付かれていなかったならそれはそれでもどかしい、というその性格ゆえのなんとも言えない感情の狭間にいるのだ。
「ていうかっ!何でテイオーはそんなにアタシの事観察してるのさ」
「ライバル達の偵察も欠かせないからね〜、最近は変装のスキルも上がってきたよ〜」
「相変わらず凄いね〜アンタは…アタシはアタシのことだけで手一杯っていうのに…」
「トレーナーに好きなのを気付いて貰えないもんね!」
「…」
「…」ニシシッ
「…」ポカポカポカ
「ウワァァァァ!! ゴメン!ゴメンってば!」
からかってくる
「…テイオーもやっぱり自分のトレーナー好きなの?」
「ボク?…好きになるって胸がドキドキしたりするんでしょ?マヤノから聞いたよ」
「ん〜…まぁ間違っちゃいないかな」
「ボクは別にトレーナーを見ても胸がドキドキしたりはしないかな〜…ただ他の娘と喋ってたり、女の人のトレーナーと喋ってるのを見ると何かモヤモヤしたり、独り占めしたくなるだけだよ?」
「…あー……そっかー…」
(テイオー…自分の恋愛事情に関しては疎い…というか、経験がないから分からないのか…そして見かけによらず湿度高いなぁ!)
周囲の湿度が多少上がった気がした。
「それでね、ネイチャ!バレンタインチョコ!作るの手伝ってくれる?」
「ん〜…まっ、良いよ、手伝いますよアタシ」
「わーい!ありがとネイチャ!」
(この際、アタシも少し頑張ってみますかね)
テイオーにもトレーナーへの想いがバレていることを知り、この想いに正直になろうとヤケクソ気味に、だが確実に一歩前進した。
〜〜〜
バレンタイン前日
今日は朝からスーパーへと向かっていた。
学園は休日、それに加えトレーニングに休みを入れ、万全な体制でテイオーと共に買い出しへと出掛けた。
「トレーナーに聞いたらね、大人だからやっぱりビターなチョコが良いって言ってたんだ!」
「へぇ〜、なるほどねぇ、ビターチョコ…」
「マヤはね!マヤはね!チョコのカップケーキ作るの☆!」
「チョコのカップケーキ…それも良いかもね……ん?」
「マーベラース☆!!アタシはとにかくマーベラス★なマーベラス☆チョコ★を作るよ!」
「うんうん、マーベラスなチョコね…ってちょいちょいちょい、知らない間に何か増えてるんだけど!?」
会話にサラッと滑り込んできたのはテイオーと同室のマヤノトップガン、それに先程部屋で別れたばかりだったはずのマーベラスサンデーだった。
「昨日、ネイチャとチョコを作るって話したら、マヤノも付いてきたいって言ってさ、あとマヤノと一緒にいたマーベラスも」
「ごめんねネイチャちゃん、でもマヤも一緒に作りたいな〜って、ダメ?」キラキラ
「アタシもネイチャと一緒にマーベラス☆なチョコ作りたいの!」キラキラ
目を輝かせながら上目遣いでお願いしてくるマヤノトップガンとマーベラスサンデー。
「いや、アタシは全然構わないけど…カワイイ」
「ヤッター!マヤちんテイクオーフ!」
「マーベ☆ラース★!!」
そうして、テイオーに加え愉快でマーベラスな仲間達が増えたのだった。
〜〜〜
「というか、マーベラスは同室なんだから予め言ってくれればよかったのに」
「こっそり後から付いていく方がマーベラス☆じゃない?ネイチャの反応もマーベラス★!」
「そうですね〜、マーベラスマーベラス…」
「むむっ、ネイチャが全然マーベラスじゃないーー!」
「あははっ、からかっただけだよゴメンって」
「マヤノもトレーナーに好みとか聞いたの?」
「ん〜、トレーナーちゃんには聞かなかったけどマヤ分かっちゃったから!」
「…ボ、ボクだって一応聞いただけだからさ!まぁ分かってはいたんだけどね!」
「はいはい、テイオーは張り合わないの〜」
「ピエェー」
そんなこんなで話していると、目的のスーパーマーケットへと到着した。
「よしっ、じゃあ材料買ってこうか」
「「「おー!」」」
〜〜
「ネイチャ〜、溶かすチョコってこれくらいで足りる?」
「え〜っとね…うん、こんだけあれば大丈夫そうかな」
「カイチョーの分も作れるかな?」
「……1枚追加で」
〜〜
「ネイチャちゃーん!カップケーキにする時ってあと何か必要な物あるかな〜?」
「ん〜…いや大丈夫、揃ってるよ」
「マヤね、オ•ト•ナ♡なチョコレートでトレーナーちゃんをメロメロにしちゃうんだ!」
「マヤノにそんな事出来るの〜?」
「出来るもん!マルゼンさんに色々教えて貰ったからね!」
「……そっかぁ…多分それは習わない方がいいかも」
〜〜
「ネイチャー!コレを入れたらすっごくマーベラス☆じゃない?」
「あ〜うんうん、カメノテね〜、これ入れるとおいし…ってアホ!こんなの入れたらトレーナーさんぶっ倒れるでしょうが!」
「きゃー!ネイチャのノリッコミ〜!とってもマーベラス☆だわ!」
〜〜
「買い物終了っと…ふひゃ〜、何かどっと疲れたわ〜」
ほとんど3人を引率していたネイチャは姉妹の長女、又は保護者の様であった。
「よーし!なら早速寮に帰ろうよ」
そんな
「あ〜…それなんだけど、多分寮の調理場はごった返しだと思うんだよね」
今日はバレンタインの前日、それより前から準備している者やお店で買ってくる者、若しくはバレンタインに興味が無い者もいるが、やはり彼女達も恋に恋するお時頃な年齢の少女達である、好意を持っている相手や自分のトレーナー、友達、お世話になっている人達へ、手作りのチョコを渡したいという想いがあるのだろう。
そういった娘達は色々と道具も揃っている寮のキッチンを使うのだ、キッチンがウマ娘達によって争奪戦になるのはバレンタイン前、恒例の光景である。
「え〜!?じゃあどうするの?」
「今回は前もって学園の調理室を借りておいたからそこで作ろっかなって」
そうなる事は分かっていたのでネイチャはあらかじめ調理室の使用許可を学園側からもらっていた。
「お〜!ネイチャちゃんスゴーイ!」
「マーベラス☆!流石ネイチャ!」
「準備がいいね!やっぱりネイチャはトレーナーの事大好きだもんねぇ?」
「はーい、じゃあマヤノとマーベラス行くよ〜」
「ウェェェエ!!ゴメンってネイチャ!置いてかないでぇ!」
やはりこのキラキラな主人公は小生意気であった。
〜〜〜
トレセン学園、調理室
「と、言う訳でバレンタインチョコの作成を初めて行きたいと思います。」
「「「はい!(マーベラス!)」」」
「よろしくお願いします。」
「「「よろしくお願いします!(マーベラース!)」」」
トレセン学園の調理室へと移動した4人はせっせと準備を整えると、ネイチャを先生として小さなお料理教室を開催するのだった。
「とは言っても、飾り付けとかはともかくチョコを作るだけならそこまで難しくはないと思うよ」
「よ〜し!なら早速作るぞ〜!」
「マーベ☆ラース★!」
「マヤノのチョコカップケーキもアタシと作ってこ」
「アイ•コピー!」
こうしてネイチャ達の
〜〜
「チョコを刻むときに指切らないように気を付けなよ〜」
「よゆ〜よゆ〜、ワガハイはテイオー様であるぞ!…っ、あっぶな〜」
「ほら〜、言わんこっちゃない刃物を扱う時は気を抜かないこと!」
「…はーい」
〜〜
「テイオーのトレーナーさんのビターなやつはこっちのボウルね…マーベラスのと会長さん用はこっち、間違えないようにね〜」
「マーベラース!」
「マヤノのカップケーキ用のはこっち」
「アイコピー!」
「…分かっちゃいた事だけどさ、癖が強い子達だな〜って改めて感じるよねぇ」
〜〜
「ネイチャちゃーん、もうこれでオーブンに入れていいんだよね?」
「うん、大丈夫だよ…あっ、設定温度と時間には気をつけなね」
「アイコピー!マヤもちゃーんと下調べはしたんだよ!」
「そりゃ関心だわ〜…マヤノも大人の女性ってのに一歩近づいたんじゃない?」
「あ〜!ネイチャちゃんもそう思う?これならトレーナーちゃんも、なうい?オトナの魅力でイチコロだよね?」
「う〜ん…そのマルゼンさんからの洗脳が解ければ…ね?」
〜〜
そんなこんなで
「「「「完成!!(マーベラース!!)」」」」
何とか人数分のチョコレートを作ることが出来たのであった。
「あとは、作ったチョコ達を冷蔵庫で寝かせて、明日の朝にでも回収すれば大丈夫かな」
「よ〜し!なら今のうちに包装を練習しとこっと!」
「あ〜!テイオーちゃん、マヤもマヤも〜」
「マーベラス!明日になったら完璧なマーベラス★チョコ☆が完成するのね!」
各々が想いを込めて作ったバレンタインチョコ、完成したそれらを冷蔵庫に入れて、明日への期待に胸を膨らませるのだった。
〜〜〜
翌朝
「うっわ!ヤバ!!」ガバッ!
バレンタイン当日、ナイスネイチャの目覚めは穏やかとは程遠いものだった。
「え〜っと、え〜…ってマーベラス!起きて起きて!遅刻するよ!」
「…ぅ~…ムニャムニャ…ま〜べら〜すぅ」
「ほらっ、起きてって!あ〜もう、やらかした〜!」
昨晩、トレーナーへチョコを渡すタイミングやシチュエーションの脳内トレーニングに没頭したり、緊張、期待、焦り、etc…等様々な感情に振り回された結果がこの大寝坊だった。
「ほらほらほら、マーベラス準備準備!今出ればまだ間に合うからさ!」
「マ〜べらすぅ…」
未だにうとうとしているマーベラスの手を引いて、ネイチャは”急いで”部屋を後にするのだった。
〜〜
「…はぁ、ふぅ、せ〜ふ〜」
全速力で寮から飛び出したネイチャは何とか教室に滑り込み、遅刻だけは免れた。
「オハヨッ、ギリギリだったねネイチャ」
「あはは〜…完全にやらかしましたわ」
席に着くとすかさずテイオーが寄ってきた。
「トレーナーには放課後に渡すの?」
「うん、そうするよ…朝に渡そうとも思ったんだけど…このザマデスヨ」
「あははっ!ネイチャが遅れるなんて珍しいじゃん」
「ホントっ……って、あれ?」
「?…どうしたの?」
「あ〜…部屋に携帯忘れたみたい」
「…とことんついてないね」
「はぁ…まぁアタシのせいっちゃせいだから自業自得なんだけどさ…あ〜も〜…」
「まあまあ、ボクもね放課後にトレーナーとカイチョーに渡すんだ!」
「おっ、そうなんだ…頑張ってね」
「うん!…と言っても頑張るのはネイチャも一緒でしょ?」
「あははー…ですよねぇ」
キーンコーンカーンコーン
「あっ、そろそろ始まる…」
「ヤバっ!準備してない…」
学園に予鈴が鳴り、今日もまた学生としての一日が始まっていくのだった。
〜〜〜
放課後
ネイチャは高鳴る鼓動を抑えながら廊下を歩いていた、後ろに組まれた手には包装されたチョコレート。
歩き慣れたはずの廊下を新入生の頃のような心持ちでゆっくりとすすんでいた。
「すぅ〜…はぁぁ」
自分を落ち着かせようと深呼吸をするも、それは更に自分の心音の高鳴りを顕著にするのだった。
(落ち着け、アタシ…ただ自然に渡すだけ…いつものように、軽く話しかけて渡すんだ…何も緊張することじゃない…)
自分に言い聞かせなながらある部屋の前で止まる。
「…っ、よし」
部屋のドアノブに手をかけて捻る。
「…」
ただそれだけのモーションに何分も何時間も掛かるような錯覚を受ける、いつもよりノブは重く、扉は固く感じた。
「…っ」
だが、現実にはそんなことは無い、身体に染み付いたその動きで、普段通りの時間、普段通りのノブ、普段通りの扉の重さでギギギッと軋む音を立てながら扉は開いた。
「おいっ…すぅ?」
だが、ただ一つ、普段通りでは無いことがあった。
「あれ?」
その部屋の”普段通り”を形成する上で、一番重要でなくてはならない要素。
「…トレーナーさん?」
“彼”がいなかった。
そして、”彼”の代わりにその部屋を形成していたのは机の上の
「…これは」
拾い上げて目を通す。
『ネイチャへ、メールでも送っておいたけど急な用事で外に出る事になった。メニューは裏に書いておいた、怪我等には十分注意するように、何か異変があったら直ぐに保健室に行って診てもらうように。トレーナーより』
「…あはは」
急に身体に力が入らなくなった。
「…アタシ…バカみたいじゃん、変な妄想して、夜更かしして、挙句寝坊して…携帯忘れてさ......トレーナーさんからのメッセージ見れなくてっ!」
自分への嫌悪感と同時に情けなさが襲いかかってくる。
「…あはは、まぁアタシなんて所詮こんなもんですよ、いつも中途半端で…っ……ま、まぁこれはこれで良かった…ぅっ…デスよ」
いつもの癖が出る、自分が一番得意とし、一番嫌いな癖、自分に予防線を張って”これで良かった”と言い聞かせる。
「…うぅ……っくぅ」
トレーナーさんと”進展”したい、コレを渡せばそれが叶うかもしれないと期待し、楽しみにしていた、だからその分だけ反動は大きかった。
「ううぅ…ッズ…ぅ」
ソファーにうつ伏せで倒れ込む、今はそれだけで限界だった。
ドサッと手から零れた箱が床に落ち、角を潰し、包装を崩した。
(何が…何が…希望の光…だって...やっぱり失敗だわ)
纏まらない思考と己への嫌悪感で目の前が暗くなる、ソファーに顔を埋めて、しばらくはこのままいようと、駄々をこねる幼い子供のように一切の動きを拒絶した。
(あぁ...トレーニングサボって……大目玉かな)
目からは涙が零れてソファーを濡らしていく、例え思考を無理やり変えようともそれは変わらない。
次第に歪んだ暗い視界は完全な暗闇へと変わっていった。
〜〜〜
いつの間にか辺りは暗闇だった。
視界は黒く、だが心地の良いそよ風は頭を優しく撫でている。
どこか懐かしく、優しい匂い、アタシの”大好き”なあの”彼”のような———
「っん、」
「ん?…おはよう、ネイチャ」
「とれー…なー…さん?」
何故彼がここに居るのか、何故彼の顔が目の前にあるのか…
まとまらない思考は意識の覚醒と共に次第にハッキリと現実を捉え始める。
「!?…っ!えぇ!!トレーナーさん!?」
ガバッと上体を起きあげ、いないはずのトレーナーを目前に捉えた。
「どどど、どうしてここに!?」
「どうしてって言われてもなぁ?」
「えぇ〜、だって今日は外に出るって…」
「あれ?メールの方見てなかったのか?」
そう言ってトレーナーが自分の携帯電話の画面をネイチャへ向ける。
『すまないネイチャ、いきなり外に出る用事が入っちまった、そんなに時間は掛からないと思うから途中でトレーニングには合流出来ると思う、メニューは紙に書いてトレーナー室の机の上に置いておくから、ごめんな!』
「…」
一度読んではまた読み返す、そして読み返す度に頬が熱を持つ。
「これって…つまり」
「あぁ、さっき帰ってきたところだ」
ボンッ
そう聞こえて来そうなほど見事に頬が朱に染った。
(あぁぁぁぁぁぁああああ!!!恥っずぅぅぅぅぅぅ!!!つまりコレってアタシめっちゃ勘違いして不貞腐れてそのままソファーで寝落ちして、それで帰ってきたトレーナーさんに…ひっ、膝枕…なでなで…っあああああああああ!!!)
「ごご、ゴメンなさい!トレーナーさん!トレーニングもやらずにソファーで寝てて!今!今から直ぐグラウンド出ますんで!はい!」
「ネイチャ!」
「…ひゃい!」ビクッ
焦って外に出ようとするがトレーナーが呼び止める。
「まぁ、落ち着きな…ココアでも飲むか?」
「あっ、いやっ…は、ハイ…イタダキマス…」
トレーナーがお湯を沸かすため立ち上がる、すると机の上に置かれたモノな目が止まった。
「…あっ」
チョコレートの箱、潰れたはずの角は少し歪ながら整えられ、包装も直っていた。
「…はいよ」
「…ありがと」
トレーナーが片方のマグカップを差し出し、隣に座った。
「…」
「…」
互いの間に沈黙が流れる、ネイチャはただゆっくりと流動するココアを眺め、カップから伝わる熱と湯気から感じる熱をその身に感じる事しか出来なかった。
「悪いことを…しちまったな」
切り出したのはトレーナーだった。
「帰ってきた時にさ、学園の中でチョコレートを渡している生徒を何人か見掛けたんだ…ほら、マヤノトップガンとか…マーベラスサンデーとか…あの娘達ネイチャとも仲良かったよな…」
ゆっくりとした口調で語る。
「それでさ、そういえば今日はバレンタインだったなって思ってさ…少し期待したんだ…俺もネイチャから貰えるかなって…」
「…うん」
トレーナーの言葉に相槌をうって続きを待った。
「それでさ、俺はてっきりメールの方も見たもんだと思ってたからさ、ネイチャは外で走ってて、直ぐに行かないとなって…この部屋に来たんだ。」
「…」
ここで再びの静寂が訪れた。
「…」
「…」
カチカチカチカチと時計の秒針がやけに大きい音で存在感を全面的に押し出してくる。
「ネイチャ…」
「…トレーナーさん」
その間に耐えられなかった二人が同時に切り出した。
「おっと、すまん」
「い、いや…ごめん」
普段の二人だったら決して流れることのないであろう気まずい雰囲気に場が支配される。
だが、
「…っくく」
「…っぷはは」
だからこそ、その新鮮な雰囲気に耐えきれずに笑いが込み上げて来た。
「「あっははははは!!」」
二人は不意に感知したこの笑いに逆らうの事が出来なかった。
「あっはは…はぁ、アタシ達でもこんな雰囲気になる事があるんだね〜、ふぅ…」
「…まったくだ」
緩まった緊張感、互いの糸が張りをなくして空気が緩やかなものになったと確信する。
だからこそ、このタイミングを、チャンスを逃す訳にはいかないと勇気を出して”差した”。
「…トレーナーさん」
「ん?」
「コレ…アタシからの気持ち…普段お世話になってるからとか、応援してくれてるからとか、そういうのじゃない…アタシの…アタシからの、”本当”の気持ち…」
机の上の箱を持ち上げて、トレーナーへと差し出す。
「アタシは…三着でも良い方だとか、善戦はしただとか、そういう予防線を張って自分を騙し続けてきた…でも、それじゃあダメだってファンのヒトとか、トレーナーさんが教えてくれた、気付かせてくれた、自分の本当の気持ちを出して、一着になりたい!もっとキラキラしたい!って…そう思えるようにしてくれた…だからこそ!今日、今この時だけは絶対に逃げたりしない!…アタシは、ナイスネイチャは!トレーナーさん、貴方の一着でいたい…居続けたい!、これだけは絶対に譲れないし、三着でも二着でもイヤなの……受け取って…くれる?」
言いたい事は全部言葉にした、頭の中には相変わらず次から次へと本心を誤魔化す言葉が生み出されていくが、もうそれらを口にする事はないだろう…もう悔いはない。
どれだけの時間が経っただろうか、数秒か数分か、もしかしたら数時間、永劫にも感じられる時間を体感した。
「…ネイチャ」
その時間の流れを崩したのはトレーナーの返事だった。
「俺と君は…今はトレーナーとウマ娘の関係だ、それ以上でもそれ以下でもない…」
「…そっか」
気が沈んでいく、もうここで終わってもいい、その覚悟はしていたがいざその場面に直面すればダメージは計り知れない。
「…ゴメン」
さっきとは比べ物にならないほどに視界が歪んだ、そして涙が溢れだしてきた。
(結局、そうなんだ…アタシは一着にはなれない…)
零れ落ちる雫は自分の意思ではもう止めることは出来なかった。
「今”は”だ!」
トレーナーからの渾身の言葉だった。
「…っえ?」
前が見えない、前を向いても視界が歪みすぎている、きっとトレーナーはとても真面目な顔をしてくれているだろう、だが目では捉えられなくとも、耳ではしっかりと捉えることが出来た。
「ネイチャ!今”は”!俺と君の関係は変えることは出来ない!君は現役のアスリート!俺なんてまだ新人のトレーナーだ…」
「うぐっ…ひぅっ…う、うん」
泣きじゃくりながらもその言葉を頭に染み込ませ、辛うじて相槌を打つ。
「待っていて…くれないか?俺はもっと立派なトレーナーになる!沢山のウマ娘達を導けるようなトレーナーになってみせる!」
「…うん…うん、」
彼らしく、信念の篭った熱い熱い宣言だった。
「そして!俺は自分で納得がいく程の人間になれたら…君に想いを伝えたい…その時にまだ、君が俺の一番になりたいと思ってくれていたら…その時は…よろしくお願いします。」
そっと、優しい手付きでトレーナーは箱を受け取った。
トレーナーも本心を打ち明けてくれた、例えそれが今すぐハッピーエンドに繋がるものではなくとも、本心を伝えてくれるということだけでそれは嬉しく、本当に嬉しいことであった。
「アタシ…っう…待ってるから!…アタシは!いつまでも貴方の一着でいたい!」
「俺もだ!これから先、何人のウマ娘を担当として持とうとも…君への想いは変わらない」
こうしてトレーナーとウマ娘、二人の想いは結びあった。
〜〜
共に落ち着きを取り戻し、羞恥心が少しばかり顔を出して来たタイミング、トレーナーは受け取った箱を愛おしげに見つめた。
「トレーナーさん、箱直してくれてありがとね」
「いや、壊してしまったのは俺だしな」
「…ありがと」
そして、丁寧に包装を解いて、少し歪な形の箱を開ける。
「おお!これは」
中には一口サイズのチョコが幾つか入っており、その一つ一つに細かく装飾が施されていた。
「随分と手が込んでるなぁ…流石ネイチャだ」
「もう〜、そんな褒めても何も出ないよ…まっ、確かに力は入れましたけどね?」
「そうか…食べるのが勿体なく感じるが、頂くとしようかな」
「はい、召し上がれ」
トレーナーがチョコの一つを頬張る。
「美味いっ!甘さが俺好みだ」
そう言うとネイチャの頭を豪快に、しかし優しい手付きで撫で回した。
「ちょっ、ちょっとトレーナーさん!」
「さっきソファーで横になってた時、これをやったら何だか気持ちよさそうにしてたからな」
ソファーで寝落ちした時の感覚を思い出した、頭をそよ風のように優しく撫でてくれた感触…
「あ、あの…トレーナーさん」
「ん?どうした?」
もう一度だけでもいい、それでもまたあの温もりに触れたい。
「もう一回だけ…さっきの、やって欲しいかなぁって…」
「あぁ、いいぞ…ほら」
『さっきの』を察し、快く承諾したトレーナー
「お、おじゃましま〜す…」
そうしてトレーナーの膝の上へと頭を落とした、決して柔らかい訳では無い、だがそれはとても暖かく、懐かしく、安らぎを感じることが出来た。
きっと、明日にでもなれば今日のこの行為を恥ずかしく感じて悶えるだろう、だが今この時だけは存分に甘えたいと思ってしまった。
(希望の光…やっぱりくさいセリフ……だけど…たまにはああいう雑誌を買うのも悪くないかも)
ナイスネイチャは今日、トレーナーと共にさらに一歩前進したのであった。