前書
甘さと恋愛はウオッカが食べてしまいました。
2月14日。
一説には婚姻を禁止された兵士達の結婚を執り行い、祝福していたとある聖職者に由来すると言われる日──St.Valentine‘s Day。
欧州圏ではカップルが互いの愛を伝える日とされるこの日は、日本においては友人への感謝だったり敬意だったり様々な意味合いを持たせたチョコ菓子を贈りあう日として定着した。
─しかし、トレセン学園においてはこの日はまた一風変わった騒がしさとなる。
シンボリルドルフ。
フジキセキ。
ナリタブライアン。
学園内にて圧倒的な人気を誇る彼女たちの元には毎年数多くのチョコが贈られ、学園のウマ娘が彼女らの元に詰めかけたり、手渡すために自主的に整列したり、毎年一種異様な光景を作り出している。
さすがにそこまではいかなくとも、生徒会副会長のエアグルーヴを始め有名なウマ娘の元へは学年を問わず毎年多くのウマ娘が集い、チョコを贈っている。
そうした事態に対応するため、学園内で人気の高いウマ娘の所属チームでは『チョコはチームを通して渡してほしい』とお願いしているところもある。
が、どうしても自分の手で渡したいと抜け駆けを画策する者はいるもので……
(ダチに渡す分は今日全部渡した、チョコはチームを通してもらうよう伝えてる──つまり、放課後これから囲んでくる奴らは抜け駆けしようとしてるヤツらだ。そんなヤツらから受け取るつもりは──ねえ!)
(チームとトレーナー達の分は持ってきてある、後はオレが奴らを振り切るだけだ!)
「ウオッカ、アンタはこれからどうするの?昼間もそうだったけどアンタに渡したいって子、結構いるんじゃない?」
「ワリーけど元からチームを通してくれって言ってるんだ、それを無視するヤツからもらうわけにはいかねえな。
──つーわけだからスカーレット、もしここに渡しに来るヤツがいたらチームルームに向かうよう言ってくれ。
オレが直接受け取るわけにはいかねえからな」
「はいはい、分かったわよ。せいぜいケガしないよううまく逃げなさいよ?」
「おう、そっちも頑張れよな。チョコ、トレーナーに渡すために気合入れてたろ?」
「ば、バカ!べべべ別にそんなんじゃないわよ!?」
「たまには素直になった方がうまくいくと思うぞー。スカイ先輩とか見ててそんな気がするし」
「……スカイ先輩にそれ言っておくわね」
「ちょっ、それはマジでやめろよ……!?」
保冷バッグをきちんと確認し、筆記用具や教科書をカバンに放り込む。
夕暮れの校舎は既にチョコを各々の意中のトレーナーやウマ娘に渡そうとするウマ娘たちの空気でどこかそわそわとした、
どこか甘く、ふわふわとするような空気が漂っていた。
以前のウオッカならば、そんな空気に当てられて鼻血を流しながら、学園内から逃れようとするように動いていたかもしれない。
まんまと流されてチョコまで作っておきながら、それを贈る相手にも渡せず、見栄を張ったままだったかもしれない。
──ウマ娘,三日会わざれば刮目して見よ。
強豪犇めくトレセン学園にて磨き上げられたことで、精神は成熟し、想いは強く深くなった。
「……さぁて、行くか。オレの意志で、言葉で、キチンと伝えねぇとな!」
さあ来い、無法者。そして、道を開けろ。
自分の道は、自分で切り開く──!
「あ!ウオッカ先輩が出て来たわ!」
「あ、あの!あたし達のチョコ「悪いな、チームを通してくれ!でないと守ってくれたヤツらに悪いからな!」あぁ、そんなところもカッコイイ……!」
英国の劇作家に曰く。
『恋愛と戦争においてはあらゆる手段が許される』
今ここに、抜け駆けを企む学園生徒とウオッカの勝負が幕を開けた──!
「校舎はすっかりバレンタイン一色ねー。いつも通りの騒ぎっぷりだけど。今頃、あの子囲まれてるんじゃない?」
「上手く抜け出してくるだろうさ。アイツは一度決めたらそういう騒がしいのに捕まりはしないからね」
チーム用に用意された校舎外の小屋の1つ。
何やら甘い匂いを漂わせるキッチンへスラックスに身を包んだウマ娘が声を掛ければ、落ち着きのある男性の声が応じる。
全く心配も何も感じさせない声が面白くなかったか、彼女は耳を少しだけ折った。
「ふーん、まあ良く信頼してますこと。私の時はずっと仕事してたのに」
「あれは君のせいだからな?初の重賞レースでテンパって暴走した奴が何を言うんだ」
「あー!?まだそれ引っ張る!?」
「いやあ、あそこまでいったらもう笑い話だからな。一生ネタにさせてもらうよ」
「今度それ言ったらグーで行くからね、本気で」
本格的に耳を折りながらも、今頃学園内を逃走しているであろう人気者や他のチームメンバー、そして自分やトレーナー宛のチョコを選別し整理していく。
意外なことだが、トレーナーという表にはあまり出てこない職業であっても結構ファンはいるらしい。
トゥインクルシリーズ現役時代、彼女が重賞ウィナーとなってからトレーナーのファンも少しずつ増えたような気がする。
「良くもまあこれだけチョコが集まるわね」
「君の分もあるだろう。現役時代からのファンも引き続き応援してくれてるからね」
「まーあたしなんかを応援してくれてた奇特な人たちですし?その分こっちだってお返しはしたかったからね?
引退した後もここまで応援し続けてくれるとは思わなかったケド」
その結果圧倒的に多いウオッカ宛のを差し引いてもダンボールが必要になるほどのチョコが届くのだから善いのか悪いのか。
甘いものが得意ではないナリタブライアンは毎年自身のトレーナーと互い宛のチョコの消費に苦慮しているそうだが、こちらも事情は似たり寄ったりである。
幸い自分達は甘いものは得意なので美味しく頂けるものの、量が量のため何か対策を考えるべきなのかもしれない─とあるウマ娘の影響で手に入れたコーヒーサイフォンを温めながら彼女は思う。
「コーヒーが冷める前に来られるかしらね、ウオッカちゃん」
「来てもらわなきゃ困るよ。せっかく焼いたのに冷めたらもったいないじゃないか」
走る。振り切る。
「ウオッカせんぱ「ワリィ、受け取るわけにはいかねぇ!」そんなぁ……」
「だから言ったじゃん、抜け駆けなんか考えずきちんと手順踏みなって」
「自分から渡したかったのー!」
走る。バ群をすり抜けるように無減速でステップ。
「あ、ウオッカ先輩よ!」
「回り込んで……ってもういない!?」
「コラー!あなた達何をしているのですかー!」
「「うえっ、バクシンオー先輩!?」
走る。走る。
「あっ、ウオッカ!廊下は全力で走るのは校則違反ッスよ!?」
「すいませんバンブー先輩!後でお叱りは受けるんで今だけ見逃してください!」
「そうはいかないッス!風紀委員として見逃すわけには「「「バンブー先輩、受け取ってください!!」」」え、ちょ、悪いけど後で受け取りますから……しまった逃げられた!?」
走る。
走る。
走る。
「うおお!?今のウオッカ!?すごい速い!ターボもあれくらい速く走るぞ!」
「はいはいストーップ「ぐえっ」今日はカノープスで集まるんでしょ、走らないでもいいでしょーに」
「先ほどバンブーメモリーさんもいらっしゃいましたから、今走ると補導される可能性があります。時間はありますから歩いていきましょう」
「うんうん、ターボがこけちゃったらいけないもんねえ」
「なんだとー!?」
疾く。
速く。
早く。
かわし、
加速し、
振り切り、
走って。
走って。
走って。
「はっ、はっ、はっ──」
ガチャリ、とドアを開ける音。
息を切らして、待ち人がそこに立っていた。
「ほら来た、ちょうどだね。いらっしゃい、ウオッカ」
「はい、お水とタオル。用意しといて正解だったわー。ここに来るまでに囲まれなかった?」
「サンキュー、サブトレ。全部振り切ってかわしてきたぜ!……まあ、後でバンブー先輩には頭下げねーといけねーけどさ」
「ああ、全力疾走してきたんだ……」
どうやらウオッカは本当に学園内を全力で走って来たらしい。
汗を額に浮かべ、タオルでそれを拭いながら一息に水を飲み干す。
そこらの男より男らしい素振りなのに、細やかなところで気が回るのは両親の教育の賜物か。
「いや、本当にちょうどだったね。コーヒーもチョコも出来上がったよ」
仄かに湯気をあげるフォンダンショコラをテーブルに置き、コーヒーカップを温めて。
「そっか、なら良かった。……トレーナー、サブトレも、ハッピーバレンタイン」
シンプルながらシックな包装紙に包まれたそれを、ウオッカは少し照れたような表情をしながら渡した。
「わあ、ありがとー!……おお?!チョコポテトチップス?!」
「これは……かすかに酒の匂いがするな?ウィスキーボンボンかい?」
「二人とも、普通のは飽きるほど食べるだろうと思ってさ。オレのはちょっとした変化球だ。どうよ?」
「ウチに嫁に来てくれない?」
「ワリイサブトレ、ちょっと何言ってるかわかんねえ」
「お前なあ……そのチョコで我慢しときなよ」
「ちぇー、ウオッカちゃんの料理美味しいのになあ」
いそいそとお返しのチョコを渡しながら、彼女はコーヒーをサイフォンから注ぎウオッカのチョコチップスを一つ口に運ぶ。
「んー仄かな塩味とチョコの甘味!最高!」
「大袈裟だろ……まあ、旨いなら良かった」
「ほらウオッカ、冷める前にチョコ食べちゃってよ。あ、ミルクと砂糖はこっちね」
「おう、トレーナーもボンボン食べてくれよ。いただきまーす──アチッ!?あ、でもうめぇ」
まだ熱をもっているフォンダンショコラを食べ始めるウオッカを見ながら、ウィスキーボンボンを口に運ぶ。
──柑橘類の風味のある、濃厚な洋酒の味わいとチョコの甘さが弾けて溢れだす。
「うん……美味しい、美味しいよウオッカ。作るの難しかっただろう?」
「ん、まーな。……でも、アンタ達に渡すものだから。半端なモノは渡したくなかったからな」
顔を上げたウオッカに、目を合わせる。
「オレをここまで連れてきてくれた2人には、返しきれないくらいの恩がある。……オレは少なくとも、そう思ってる。
トレーナーとでなきゃ、オレは多分カッコワリィ『オレ』のままだった」
「これは、オレなりの感謝。──これからもヨロシクな、2人とも?」
デビューしたときにはまだふらふらと頼りなかったその背は、いつの間にか揺らがぬ大樹となった。
まだ力強さのなかった、無邪気に夢のみを映していた瞳はいつしか強い芯をその奥に宿した。
憧れのみを燃料に進み続けた心は、その先に遥かな高みを見据えた。
──ウマ娘、三日会わざれば刮目して見よ。
彼女は、もう充分に大人なのだ。
「……大きくなったなあ、ウオッカ」
「いや親戚のオジサンかっ」
「いやごめん、なんか感慨深くってさ。──あんな無鉄砲娘が、今やチームの主柱だ。そして、俺達もずっと引っ張られて夢をいくつも見せてもらった」
「あはは、まーね。ティアラからいきなりダービーだもん、普通だったら考えないような道のりだったよねえ」
「ワリィなサブトレ、あの頃はワガママばっかだったよな」
「良いの!お陰で私は自分で見られなかった夢の続きをキミに見たんだから!この先もワクワクさせてくれるんでしょ?」
「あったり前だろ!オレが行く先に道が出来る!挑んで挑んで、その先を切り開いてやるよ!」
わいきゃいと騒ぎ始める2人を見ながら、これから先の未来へと思いを馳せる。
──きっと、どこまでも騒がしくて、挑戦に溢れた道がウオッカと彼らを待っている。
そうして進んだ道を、いつか誰かが踏みしめながら更に先を切り開いていくのだ。
「行こう、ウオッカ。キミと俺達で、どこまでも」
「しっかりついてこいよ相棒?オレがいつか旅を終えるその日まで、どこまでも挑み続けてやるからさ!」
きっと、旅の終わりのその後も、お互いに離れることはないと。
不思議な確信を持ちながら、今日という日は過ぎていく。
甘いチョコレートに約束を。
彼方へ勝利を。此方へ誓いを。
挑み続ける者達に、甘い甘い祝福を。
書けば書くほどなぜか色恋やらバレンタインから遠ざかっていく不思議なお話でした。
しかも途中でまたオリウマ娘が生えた。なんでだ?
ウオッカは色恋苦手でトレーナーは相棒だからね、仕方ないね(?)
またもや今回もオリウマ娘にはモチーフ元があります。
ヒントはウオッカの先輩。良かったら調べてみてください。
作者
嵐山三太夫