あなたに伝えたかった”感謝” 作:若杉優太(テト/teto)
パン屋の娘に関しては、IF設定交えてます。
「はぁ……まったく、五条さんもいい加減にしてほしいものだ……」
とある日の昼下がり、東京の住宅街を不満げな様子で歩いているのは、白スーツの男――七海健人だ。
本来、今日は休みが取れるはずだったが、先輩である五条悟に押し付けられる形で引き受けた任務のせいで、その休みが完全に無くなってしまった。
「呪術師が人手不足というのは分かりますが、わざわざ低級呪霊の任務を私に任せるまでも無いでしょうに……」
手元にあったスマホで詳細な任務の内容を確認するが、そのほとんどを占めていたのは四級か三級という具合で、自分が出る必要性は無いと判断できる。
とはいえ、仕事で手を抜く訳にもいかない。
「残業は嫌いなのでね……手っ取り早く終わらせ、美味い物でも食べに行くとしましょうか……」
掛けていた眼鏡をぐっと押し戻し、七海は目的地に急ぐのであった。
――私ね、将来は自分でパン屋を開きたいんだ!
長年抱いていた夢、それは中学生ぐらいの時に抱いた夢だ。
父も母も他界し、女手一人で私を育ててくれた祖母……そんな祖母がやっていた仕事がパン屋だった。
小学校、中学校、高校と十何年間の間、家に帰ると必ず祖母が焼きたてのパンを用意してくれていたから、私はとても嬉しかった。
「おばあちゃん、ただいま!」
「おお、おかえりなさい……今日は揚げパンを作ったから、いっぱい食べなさい……」
「はーい!」
すごく、すごく……優しい祖母だった。
私が学校で嫌な事があったら、親身になって聞いてくれた。進路に迷ってた時、友達と喧嘩した時……大きなことから小さなことまで、何でも聞いてくれた。
そんな祖母が――死んだ。
「すいません……我々も、出来る限りを尽くしたのですが……」
「え、え……?おばあ、ちゃん……ッ?」
高校三年の夏、祖母は白い布を被せられた状態になって私と再会した。
死体安置所の一室――警官らしき人は私に申し訳なさそうに頭を下げている。
祖母は顔を潰され、両腕をもぎ取られた状態で発見されたらしい……犯人は不明で、現在も捜索は続けているらしい。
「発見された時には、既にこの状態で……残りの部分も探したのですが――」
色々と説明をしてくれる警官の人だったが、私は説明を上の空で聞き、ただひたすらに祖母の亡骸を眺めていた。
悲しいとか、苦しいみたいな感情は不思議と先には出てこず、ぼんやりと前を見つめながら、二日前の記憶を思い出す。
――おばあちゃん……私ね、高校を卒業したらパン作りを学べる専門学校に行くんだ!
――おばあちゃんみたいな一流のパン職人になって、自分でパン屋を開く……!それまで、おばあちゃん生きててね!
その時の祖母は、私の言葉に頷いてくれたと思う。
とても、とても嬉しかった……自分の夢を肯定してくれる人が居て、救われた気持ちになった。
だが、そんな祖母は永遠に帰ってこない。
「なんで……?」
気付けば、私はそんなことをぽつりと呟いていた。
「私が店を開いたら、絶対に来てくれるって……言ってたのに……なんで……?」
言葉を吐き出す度に、唇が震えるのが分かる。
瞼の下に、どんどんと液体が溜まっていく。
「誰が、こんなことを……?おばあちゃんは……おばあちゃんは……ッ!何も悪い事なんかしてないのに……ッ!!」
泣かないと決めていたはずなのに、私の目からは自然と雫が落ちている。
祖母を殺した犯人への怒りを露わにしながら、私は目を怒りに染めていた。
「どうして……ッ!どうして……なの……うっ、う……ッ!」
祖母の理不尽な死……小さい頃から面倒を見てくれていた祖母が死んだというのは、私の精神にかなりのダメージを与えた。
殺風景な死体安置所の一室に、嗚咽交じりの泣き声が響き渡る。
それは、その後の私を大きく変える出来事だったと思う。
「ふぅ……今日は、最高の一日になりそう!」
向こうから昇る太陽に照らされながら、私は思い切り深呼吸をする。
祖母が死んだ日から、七年以上経った今日……私は今、自分の店を持つことが出来た。
念願であった自分の店を持つという夢が、遂に叶ったのだ。
「おばあちゃん……見てる?私、ようやく夢が叶ったよ……」
瞼を軽く閉じて、死んだ祖母を思い浮かべる。
祖母が死んでから、私はパン屋でバイトをしながら学校生活を送っていた。
親戚も私のことを気にかけ、金銭面での援助をしてくれたので、過酷なバイトをせず高校を卒業し、そのまま専門学校へ行くことができた。
「パン屋での見習いもきつかったけど、私はここまで来たから!」
夢を実現するまでは茨の道だったが、それでも辿り着くことができた。
「絶対、この店を大きくしてみせるからね……!」
私は閉じていた瞼をゆっくりと開けて、自分の店を眺める。
少し年期が入ってはいるものの、フランス風のレンガ造りでできた、中々に雰囲気のある物件だ。
立地は住宅街から少し外れた所であるため、お世辞にも良いとは言えないかもしれないが、何とかできる自信はある。
パン屋といえばレンガ造りの店!というイメージから選んだ物件だったが、そのイメージ通りに選んで正解だった。
「よし!それじゃ……早速、準備しますか……」
開店自体は数日後だが、それまでに店の構造や設備を把握したり、メニューや値札の準備をしなければいけない。
店のドアノブに手を掛けると、私は新たな生活を思い浮かべながら、そのドアノブを引くのであった。
『ギギ……ギヒヒ……』
「まさか、ここまで多いとは……なるほど、私が来て正解でしたね……」
住宅街からビル街へ向かう細い脇道にて、七海は数十体は居るであろう呪霊と対峙していた。
本来、一般人が通るような場所で戦闘など行いたくはないが、幸いにも平日ということもあってか、人通りはない。
「(どれを見ても、三級か四級レベル……ならば瞬時に方を付けるのが得策か……)」
いくら実力的に余裕といっても、のんびりと祓っていたら、たまたま通りかかった一般人を巻き込む危険性も孕んでいる。
呪霊に囲まれている今の状況だが、それでも七海は冷静を崩さない。
『ギギギ……!』
一向に動こうとしない七海に痺れを切らし、呪霊達は臨戦態勢を整える。
「ふぅ……あまり本気は出したくなかったのですが、仕方ありません……」
ため息をつきながら、懐から鉈を取り出す。
途端に――周囲を圧倒する殺気。
『ギ……ッ!』
呪霊達がその殺気に怯えた。
その刹那の瞬間――
「失礼――」
気付けば七海は、怯えた呪霊の前に移動し、手に持つ鉈を横に一閃させていた。
遅れて呪霊が目を下に向けるが、時すでに遅し。
『ギ……!?ッ!グギャァアアアアアア――ッ!!」
呪霊の身体には一瞬で大きな切り口ができ、その場で叫び声を上げるが、それに構わず七海は致命傷を負わせたと判断し、次の呪霊にターゲットを変える。
『ギギギ……ッ!』
仲間がやられたことを皮切りに、何体もの呪霊が束になって七海に迫る……しかし――
「ふん……ッ!」
『ギィ……ッ!?』
前から迫る呪霊を縦に一閃。
『ギィィィ……!!』
「甘い……!」
後ろから闇討ちをしようとしていた呪霊の鋭い爪を避け、さらに振り返りざまに横へ鉈を振るう。
時間にすれば数秒の間の出来事だったが、その一瞬の時間で二体の呪霊は七海によって真っ二つに両断された。
そんな光景を見て怖気付いたのか、呪霊達は七海から距離を取り始める。
「もっと、攻めてくれた方がやりやすいんですが――」
すかさず、七海も目にも止まらぬ速さで呪霊の群れへと突っ込んでいき、怯える呪霊達を次々に両断していく。
諦めず攻撃を仕掛ける呪霊も居るが、その攻撃は七海には届くことはない。
一方的な虐殺と呼んでも差し支えない程に、七海は圧倒的であった。
そして――
『グギギ……!』
「貴方が、最後の一体ですか……案外早かったですね」
七海は最後の一体の呪霊を壁際まで追い詰める。
他の呪霊は比較的早く祓えたが、この呪霊は自身の持つ異常に発達した両腕を振り回し、攻撃を仕掛けてくるから少しばかり厄介であった。
だが、既にこの呪霊は右腕を切り落とされているため、もう攻勢は仕掛けられないだろう。
「(十二時から働いて、今が二時ちょうど……これならランチタイムにも――ん……?)」
七海だけを凝視していた呪霊の目が突然、明後日の方向に向いた。
そして――
『ヒヒ……ッ!』
向いていた方向へと呪霊は全力で走り出す。
「はぁ……追いかけっこは嫌いなんですが……――ッ!?」
気だるげに呪霊を追おうとする七海の目が、すぐに焦燥の目に変わる。
何故なら、その呪霊の先には一人だけ非術士であろう若い女性が居たからだ。
「(まずい……!一般人に危害を加えさせるわけには……ッ!)」
七海も遅れて呪霊を猛追するが、一足早く呪霊が女性に接触してしまった。
「今日も、いい天気――きゃあ……ッ!?」
『ギヒヒ……ッ!!』
残った左腕で女性に襲い掛かると、女性の首に左腕を回し、羽交い絞めにした。
そして呪霊は女性を羽交い絞めにしたまま、下賤な笑みを浮かべて七海と再び向かい合う。
「助けて……ッ!くる、し……い……!」
女性は苦悶の表情を浮かべながら、何とか呪霊の腕を振りほどこうとするが、その腕はびくともしない。
「ち……ッ!まさか非術士を巻き込んでしまうとは……!」
『ギャハハハハ……ッ!!』
自身のミスに顔を歪める七海を、呪霊は面白がるように笑った。
人質を取られてしまった今の状況では、迂闊に動くことはできない。
迂闊に動けば、女性の首はあらぬ方向へ曲がることになってしまう。
「(だが、動かないままでは状況は変わらない……どうするべきか……)」
状況を打開する為に考えを巡らせようとするが、呪霊はそこまで待ってくれないようだ。
「うぐ……ぅ……ッ!首が締ま……る……」
『ギ……ッ!ギ……ッ!』
何かに憤りながら、呪霊は腕の力を強め、女性の首を一気に締め上げる。
最初は何に憤っているのかが分からなかったが、七海は呪霊の目線が鉈にあることを気付いた。
「(なるほど、それを捨てなければこの女を殺すぞ……というわけですか……)」
呪霊の真意が分かると、七海はあっさりと鉈を放り投げた。
すると途端に、女性の首を絞めていた呪霊の腕が弱まるのが分かる。
「はぁ……!はぁ……!ごほ……ッ!ごほ……ッ!」
『キヒ……ッ!キヒャャャャ……ッ!!』
素直に武器を捨てた七海に呪霊は”バカめ”とでも言いたいのだろう、憤っていた顔を再び下賤な笑みへと変えていく。
目の前の人間が使う武器を失くさせてしまえば、もはやこっちのものだ……呪霊は恐らく、そう考えたのだろう。
”もはや、何もできまい”と、投げ捨てられた鉈に呪霊が一瞬だけ目線を移した瞬間――
七海は素手のままで、呪霊へと走り出していた。
『ギィ……ッ!?』
油断していたせいもあって、呪霊の反応が一瞬遅れた。
瞬時に七海は呪霊との距離を詰め、拳が届く範囲まで迫る。
『ギギ……ッ!!ギギ……ッ!』
「ひっ……ッ!?何を……ッ?」
迫り来る七海に狼狽し、咄嗟に女性を盾代わりにしようと正面に突き出そうとした……が、その前に七海の拳が正確に呪霊の顔に向かって繰り出されていた。
刹那――住宅街に、肉を叩く音が盛大に響き渡る。
『ギ……ギ……ギギ……ィ……』
「まったく……人質を取るとは下種なやり方をするものだ……」
「な、何が起こって……?」
女性の顔のすぐ隣を通り過ぎ、七海の拳は呪霊の顔へとめり込んでいた。
『ァアアアア――ッ!!』
大砲で打たれたかと思うような衝撃を受け、呪霊は女性を腕から突き離し、後ろへと吹き飛ばされる。
だが、これで終わらすまいと七海は呪霊に迫っていく。
「まだ、終わってませんよ……ッ!」
『ギ、ィ……ッ!ィ……ッ!』
もはや虫の息になっていた呪霊に、次々と叩きこまれる拳。
呪霊の身体には無数のへこみができ、その場に崩れ落ちる。
『ァ、ァアアア……ァ……」
ひとしきうめき声を上げると、呪霊は跡形も残らずに消滅した。
「ふぅ……中々、肉弾戦というのは疲れますね……」
スーツのネクタイを整えながら、七海は事も無げに呟く。
念のために周囲を見渡し、呪霊の討ち漏らしが無いかを確認すると、七海はとりあえず肩の力をぐっと抜いた。
「(しかし、今回非術士を巻き込んでしまったのは私のミスだ……反省しなければ……)」
非術士の女性を、こんな住宅街で呪霊との戦闘で巻き込むという失態を自分で責めつつ、七海はとりあえず女性に声を掛けることにした。
「大丈夫ですか……?お怪我の程は?」
「あ、はい……!一応首を絞められたぐらいで、それ以外は無いです……」
茶色の瞳を七海に向け、女性は少し怯えた様子で話す。
年齢は自分より少し年下だろうか?髪は目と同じ茶色で、長い髪を後ろで綺麗にまとめているようだった。
服も灰色の洒落たセーターということもあってか、大学生のようにも思える。
「(しかし、なんだ……?この違和感は?)」
この女性とは初対面のはずだが、不思議と何処かで会った事があるような気がした。
だが、対する女性の方は全く七海の事を知らない様子だ。
「(気のせい……か……?)」
妙に心の中に引っ掛かりを覚えつつ、それでも女性の顔をじっと見つめていると、未だに不安な様子の女性が言葉を発する。
「あの……こんなこと聞いたら失礼かなとは思うんですけど、さっきの化物の正体って知っていたりしますか……?」
「いえ、こちらこそ説明不足でした。先程貴方を襲ったのは呪霊という物……まぁ簡単に言うと幽霊が実体化したと言ったところでしょうか……」
「な、なるほど……そうなんだ……」
七海から淡々とした説明を受けるが、女性もすぐに話を飲み込めない様子だ。
無理もない……本来、一般人が関わる事の無い呪霊という存在。
それを目でハッキリと視たとしても、中々存在を信じるのは難しいだろう。
「(一応、目視での確認はしたが、呪霊が残っている可能性も有り得る……ここはエスコートすべきか……)」
報告で受けた数の倍以上の呪霊が居たのだ、それも可能性としては捨てきれないと判断し、女性に再度話しかける。
「良ければですが……家の方までエスコートしましょうか?また、呪霊に襲われても危ないでしょうし……」
「あ、ありがとうございます……じゃあお願いしようかな……すいません、余計な気遣いをさせて……」
呪霊に首を絞められていた時の恐怖が残っているのか、未だに体を震えさせながら女性はこくりと頷く。
白スーツの男性がが何故、呪霊という物を知っているのか?何故、呪霊という物を祓えたのか?といったような疑問は、先程の恐怖で頭が一杯だったせいか出てこなかった。
だが、女性は不思議と七海に親しみを感じたのだ。
「(なんだろう……この人とは初対面だと思うけど、どこかで会ったことあるような……?)」
七海が思ったことと同じで、女性もどこか引っ掛かりを覚えていた。
だからこそ、目の前の白スーツの男性が頼もしく見え、そして親近感を感じる。
「さて、行きましょうか……良ければ、お手を繋ぎしましょうか?」
「は、はい……!お願いします!」
差し出された手を反射的に握ると、途端に顔が赤くなるのが分かった。
「(今まで、男の人と手を繋いだことなんか無いのに……!よりによって、この人と……!?」
ちらりと横目で男性の顔を見ると、眼鏡で目は隠れているが整った金髪を見ても、かなりの美形ということは見て取れた。
家……というより店に帰るまで不安だからエスコートしてもらうだけなのに、心臓の鼓動が一段階早くなるのが分かる。
それは、女性だけでなく七海も同じだった。
「(何故でしょう?私は、何故この女性に親しみを覚えるのでしょうか……?)」
初対面であろう女性と手が繋ぎたくなるなど、今までの人生で一回も思ったことなど無い。
だが、この女性だけは何故か手を繋ぎたいと思ってしまった……その事実に、七海も少しばかり顔を赤くしてしまう。
七海と女性……どちらも互いに心の中で疑問を覚えつつ、のどかな住宅街を歩いていくのだった。
特に話す話題もなく、七海と女性は黙々と住宅街を歩いていくと、意外に早く目的地まで辿り着けた。
「あ、ここです!私の家、というより店ですけど……」
七海が女性の声に反応し、顔を上げると、そこには立派なレンガ造りの建物があった。
住宅地から離れているとはいえ、これだけの物件を手に入れるには相当苦労するだろうと想像が付く。
「見た目からするに、パン屋……ですか?」
「え、よく分かりましたね?そうです、ここで数日後にパン屋を開くんです……!」
正確に開く店の種類を言い当てた七海に驚きつつ、女性は顔を綻ばせながら目の前の店を見つめる。
「小さい頃からの夢なんですよ……自分で店を持って、みんなに美味しいパンを食べてもらいたいっていう夢。その夢が今日叶うんです……」
どこか儚い表情をしたまま、女性は感慨深げに呟く。
嬉しいという表情も伝わってくるが、少しばかり悲しい気持ちも女性からは伝わってきてしまった。
そんな女性を七海はどこか神妙な表情で見つめる。
「て、あはは……こんな話しても面白くないですよね……!まだ、店の中は整理しきれてませんけど、どうぞ入ってください……」
軽く苦笑いをしながら、女性は店のドアを開ける。
色々と思うところがありながらも、七海は女性の後に続いて店内へと足を踏み入れた。
店内は床が一面フローリングになっており、机や椅子なども店内の雰囲気に合わせて木製の物になっている。
パンを置くラックも木製で統一していたりなど、こだわりが深い店というのはすぐに伝わってきた。
「ちょっと、待っててください。渡したい物があるんです……」
「え?」
一言、女性が言い残すと、店内の奥へ小走りで消えていった。
渡したい物……それが何かは分からないが、とりあえず七海はもう少しだけ店内を眺めていることにした。
クリームパン、ピザパン、バターパン……置かれていた値札を眺めるが、真っ先に目に入ったのは――
「カスクートか……」
パン屋に入ると、必ず目にしてしまうカスクート……値札に名前が書いてあるだけというのに、想像すると腹が減ってきてしまう。
それと同時に疑念だったことが、確信へと変わった。
「(やはり、あの女性は……あの時の――)」
「すいません!用意するのに時間が掛かっちゃって……!」
感傷に浸ろうとした意識を引き止め、七海は女性に目を向ける。
息を切らしながら話す女性の手には小さい紙袋が握られていた。
「これ、お礼です……!良かったら受け取ってください……!」
そう言って、女性は七海に紙袋を手渡す。
少しだけ空いていた袋の隙間から中を見ると、クリームパン一つとカスクートが二つ入っていた。
「……ッ!やっぱり、気付いていたんですね……」
驚きを隠せないままに七海は女性の顔を伺うが、女性はどこまでも朗らかに笑う。
「さっき、カスクートを置く予定のところばかり見ていたので、それで確信しちゃいました……それに、声も何となく覚えていたので……」
舌を少し出して、いたずらっぽく女性は笑う。
「前の店でお会いした時は、カスクートをよく買ってくれましたよね……?紙袋に入れたのは、前の店で働いていた時に教わったカスクートをアレンジした物なんです……」
思い出を話すように語るように女性は、七海の言葉に深く頷く。
「クリームパンは、私の祖母が作ってくれた物を再現したテスト作です……祖母が居たら食べてほしかったんですけどね……」
「お祖母様は、お亡くなりになったんですか……?」
七海の言葉に女性は頷く。
途端、女性は表情を曇らせる。
そして、一瞬だけ唇をぐっと噛み締めると、重い口を開いた。
「祖母は……殺されたんです……」
「え……?」
「死因は不明、顔は潰されていて……両腕もありませんでした……ただ一つ分かったのは、明らかに人間がやった犯行じゃないということです」
女性は拳を握り締め、絞り出すよう語る。
「犯人も不明だったんですけど……今日呪霊という存在を知って、私は確信しました……『おばあちゃんは呪霊によって殺されたんだな』って……」
悟ったように呟く女性の顔は、清々しくも見えるが、同時にやり切れない気持ちも見えた。
「正直、すっきりしてます……もうこれで犯人捜しをすることもなく、呪霊のせいだったんだって思えるから……!」
作り笑いを見せ、女性は七海に力強く言い切る。
しかし、言葉に反して、身体は素直に感情を吐き出していた。
「――私も、昔……一人の友人を亡くしました……」
「あ……」
女性の頬から流れ出た涙を人差し指で払うように拭い、七海は感情を殺した声で語る。
「ある任務で呪霊の討伐を行いましたが、当時の私と友人の実力では及ばずに友人は死に、私も重傷を負わされました……全て、実力が足りなかったからこその結果。それだけです……」
淡々と自分の身に起こったことを語る七海だが、明らかに言葉の端々には怒りが込められていた。
「だが、私は割り切れなかった……割り切れず、逃げた……自分に戦う力はあるのに、呪霊と戦う仲間達が居るのに、だ……本当に情けない話です」
「……そんなことが、あったんですね……」
自嘲気味に語る七海に、女性は表情を暗くせざる得ない。
「逃げて……逃げて……その果てに、私は一般企業へ就職し、毎日を仕事に費やしました。ですが、私を苛んだのは罪の意識と無気力感……正直、あのまま仕事をやり続けていたら、私はどうなっていたか想像もしたくありません……」
どこまでも暗く自分を語る七海に、女性は掛ける言葉が見つからない。
それでも再び七海の顔を見つめようとすると、その顔は先程と打って変わり、凄く穏やかな顔へと変わっていた。
「ですが、そんな私を無気力と罪悪感から蘇らせてくれたのは、紛れもなく貴方です……」
「わ、私が……?」
「ええ、貴方の”ありがとう”で私は、心から救われた……だから今こそ、言わせてください――」
数年前自分を救ってくれた言葉……背後から聞こえた、確かな声。
それらを思い出しつつ、七海は息を吸い込み、その一言を声に乗せる。
「あの時は、ありがとうございます……!」
綺麗に背筋を曲げ、七海は女性に対して深々と頭を下げていた。
それは心からの感謝。心からの礼。
場の雰囲気を一変させてしまえる程の、完璧な感謝の表し方だ。
「はい……!どういたしまして……ッ!!」
七海の言葉に感極まり、目元を押さえながら女性も笑顔でそれに応じる。
先程まで場の空気を支配していた陰鬱な空気は完全に立ち消え、そこには和やかで安らぎのある空間が広がっていた。
「(私は、誰かの為に精一杯頑張れてるよな……?灰原……)」
今は亡き友の優しくて、強い意志のこもった目。
それを思い出しながら、七海はしばらく感傷に浸るのだった。
「パン焼き上がりましたー!」
店内に居る客に聞こえるように声を出すと、私はパントレーを片手に、店の奥から売り場にへと顔を出す。
「おお……店長さん、今日も美味しそうなパンね……」
「はい!今日は種類が多いですよ……!」
客の一人であった女性のお年寄りに私は笑顔で応じつつ、出来上がったパンをパントレーから、棚にある値札の付いたパントレーへと移す。
うん……我ながら、いい出来だ。
「クリームパンとカスクート焼き上がってますよ!是非、買ってくださいねー!」
少々広い店内に届くよう、再度声を思い切り出す。
飲食スペースに居た客も何人かは、売り場に行こうとしている人も見かけた。
「(ほんと、ここがこんなにお客さんが来てくれる所になるなんて思わなかったな……)」
キラキラとした目でパンを見つめる客を見つめ、私は感慨に浸る。
立地条件があまり良くないこの店が、平日の昼からかなりの客で賑わっている……それが凄く嬉しい。
店を開いた当初は客足も少なかったが、パンがSNS映えするようにしてみたり、SNSで店の情報を発信などしていく内に、かなりの人気店になることができた。
でも、一つだけ心残りな事がある……
それは――
「会計お願いしまーす!」
「あ、はい……!すぐ、行きます!」
思いにふける暇も無く、私は客が待つレジへとすぐさま出向く。
レジでの作業も手馴れた物で、一年前とは比べ物にならない程に作業が速くなった。
特に商品を袋に詰める作業は格段に速くなった気がする。
「カスクート一つと、ピザパンが一つで合計400円になりますね」
「あー……小銭無いから、1000円でお願いします」
「はーい、1000円からですね……」
客から手渡された1000円札をレジに入れ、レシートと素早くお釣りである600円を取り出す。
「はい!お釣りとレシートです」
「いつも、美味しいパンありがとうございます!また来ますね!」
お釣りとレシートを受け取ったと同時に、その若い男性客は笑顔でそう私に話し、上機嫌な様子で袋を持って店を後にした。
男性客の後ろ姿を見送りながら、私は祖母の事を思い出していた。
客である地域の人から「いつも美味しいパンをありがとうね」と感謝される姿……その姿に私は、心の底から感動したのだ。
「(うん……これが、私の目指した姿……)」
できれば、私の姿を
一年前に分かれる際、あの人が言っていた言葉を私は今でも覚えている。
――私も忙しい身ですから、中々ここには来れないと思います……でも、必ずまた来ます。
――だから、それまで待っていてください……その時に名前も、カスクートとクリームパンの味の感想も伝えます……
無愛想そうで実は優しい、白スーツのあの人。
あれから一年経ったが、一向に来る気配は感じられない。
でも、私はそれでも待つ。
「(今日も、何処かで人を守る為に戦ってるんだろうな……私や自分自身に起こった悲しみを背負わせないようにって……)」
信念を持って戦う彼の姿を想像すると、不思議とじれったさや寂しさも消える。
だから、私は彼を待とう――
「(いつまでも、待ってますからね……名も知らない人……)」
最後まで見て頂き、ありがとうございます。
この作品はpixivでも投稿しているので、良ければそちらの方もお願いします。
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=16867140