あなたに伝えたかった”感謝” 作:若杉優太(テト/teto)
白スーツの彼を病院に運び込んで、もう数週間は経った。
最初は度々、彼の入院している病院へと足を運んでいたが、一向に目を醒ましてくれない彼に絶望し、その内に病院へ足を運ぶことはなくなった。
私自身も、あの出来事があってからは仕事に手が付かなくなり、今は店を休業してしまっている。
「(はぁ……私、何してるんだろ……?)」
自室のベッドに横になりながら、私は自問自答をする。
元々、白スーツの彼とは深い付き合いではなく、肩凝りを直してもらったり、化物……というより呪霊から助けてもらったことで関わりがあっただけ。
別に学生の頃からの友人でもなく、ましてや恋人ですらない。
なのに――……彼が倒れていた時の事を思い出すと、胸が苦しくなる。
「(そういえば、どうなったのかな……?あの人)」
病院へ彼を運び込んだ際、医師からは”アルコールの飲み過ぎで倒れたんだと思います”とだけ説明を受けたが、数日経っても目を醒まさなかったのだ。
その後、改めて医師に説明を求めたが、”原因は分からない”の一点張りをされてしまった。
あれから、病院へ足を運ぶ事も無くなった今では、彼が果たしてどうなったのかは分からない……でも――
「また、会いたいな……」
ふと天井を見上げ、言葉を漏らすと、何故だろう……?頬を涙が伝った。
白スーツの彼が居なくなること考えただけで、私の心は一気に虚無感に襲われる。
「このままお別れなんて……いやだ……」
自然と伝ってきた涙を拭わず、ただひたすらに胸を抱き、私は全身を駆け巡った悪寒を抑えた。
確かに彼は友人でも恋人でもないのかもしれない。だが、そんな彼は、私の祖母の話を真摯に聞いてくれた……それだけで、心の底から嬉しかったのだ。
日夜誰かの為に戦う彼の姿が眩しくて、尊いと思えていたからこそ、彼には元気で幸せに居て欲しかった……居て、欲しかったのに……
「(なんで、あんな姿にならなきゃいけないの……?なんで、なんで……!?)」
雨の中で倒れ込んだ彼の姿は、今でも脳に染み付いている。
顔の左目から先は酷い火傷の痕を残し、着ていたスーツから少しだけ見えた左腕は焼け爛れていた彼の身体。
それを見た瞬間、事故の類で負った火傷でないことは、すぐに理解できた。
何か人為的、いや――もしや呪霊によって負った傷なのではないかと思ってしまう程に酷い火傷であった事ははっきりと覚えている。
本音としては、彼の所で看病の一つでもしてあげたい……でも。
「今更……あの人のとこへなんて、行けないよ……」
彼の酷い火傷の傷を毎回目にするのが嫌で、お見舞いをしなくなった臆病な自分。
心の中では、”毎日でも彼に寄り添ってあげよう”と決めていたはずであるというのに、数日だけ病室に顔を出して、それからは病院へ行くことすらも考えなかった。
情けない。目の前で起こっている現実から、ひたすら目を背けようとする自分が情けなくて仕方ない。
「(逃げた結果、もっと苦しんでるじゃない……!)」
過去にタイムスリップでもできるなら、数週間前の自分にそう言ってやりたい気分だった。
だが、いくら後悔しようとも、もはや取り返しのつかないことだ。
これからは毎日、逃げてしまった事実に振り回される日々が続く……今や退院して何処かに居るだろう彼に、届かぬ想いを抱きながら。
「……どうしよう、私……」
ふとベッドから起き上がり、答えを求めるように窓から射す光を虚ろに見つめる私。
まだ昼頃のこともあってか、外の光が少し眩しく感じた。
「(そういえば、最近あんまり外に出てなかったな……)」
あの事があってから、人と会う事すらも嫌になっていた私は、スーパーで食料を買い込んで部屋に閉じ籠っていたが、その買い込んだ食料もそろそろ底を突きそうになっている。
そうなれば、食料を買う為に再び外へ出ないといけない。
普通に考えれば至極当然のこと……だが、今の私にとっては”死ね”と言われていると等しいぐらいに重い現実だ。
「(でも、景色ぐらいは……)」
外に出るのは躊躇いがあるが、久し振りに外の様子ぐらいは確認したい。
そう思い立ち、少しだけ空いたカーテンの隙間を覗いた。
「変わらないな……どこも」
近くの公園で遊ぶ小学生や幼稚園児、買い物した物でいっぱいになった袋を持って歩く老人、近くを通り過ぎていく無数の車。
そこには何も変わっていない日常があった。
――私も、いつまでもくよくよしてられないな……
気を取り直すようにして、カーテンの隙間から目を離そうとした時。視界の端に、家の前に立っている男性が映った。
私に何か用でもある人なのかな?そう思って男性に目を向けた瞬間、私は言葉を失ってしまった。
「うそ……でしょ……?」
整えられた金髪に、同じくきっちりと整えられた白いスーツ。
右目には眼帯をしていたり、顔の右半分に酷い火傷の痕こそ残しているが、それは間違いない……間違いなく――あの人だった。
「ごめんください」
店のドアへ三回ほどノックをした後にインターホンを鳴らしてみるが、一向に誰かが出てくる気配はない。
――住所を間違えてしまったか?
そう思いつつ、手元の手帳に書かれた住所を見つめるものの、何か間違っているところがあるようには見えなかった。
「(まぁ、今の私の姿を見て会いたいとは思わないでしょう……彼女には心配を掛けてしまいましたから)」
右目の眼帯を抑え、金髪に白いスーツの男――七海建人は病院で看護婦に言われた事を思い出す。
『そういえば、七海さん。数週間前にお見舞いに来ていらっしゃった女性の方が居たんですけど、あの人って七海さんの恋人ですか……?』
いえ、違います。期待するかのようにこちらを見つめていた看護婦の言葉をあっさりと否定し、その場では表面上冷静な表情を保っていた七海。
しかし、その内心は嬉しさで満ち溢れていた。
――病院まで付いて来てくれた上で、お見舞いにも来てくれるとは……
退院したら絶対に礼は言う必要がある、それとあの日の約束の為にも絶対に直接彼女の店に赴こう……七海はそんな決意を胸に、この場へ居るのだ。
「すいません!どなたか在宅の方はいらっしゃいますか?」
少し声を張り上げて店の上にある階へ呼び掛けてみるが、七海の声に応じる者は誰も居ない。
念の為に、もう一度インターホンを鳴らしてみたり、ドアへ数回ノックをするなど色々と試してはみたものの、やはり誰も出てくる気配は感じられなかった。
「駄目、か……」
インターホンから力無く手を放し、七海は寂しそうにして店のドアを見つめる。
そのドアには、”ただいましばらく閉店中”と黒のマーカーで書かれたブラックボードが掛けられていた。
「(彼女も、色々とあったんだろう……)」
一見何の変哲もないように見えたブラックボードの文字も、よく見れば文字が所々殴り書きのようになっている。
きっと、彼女に何らかの悩みや葛藤があったには違いないだろう。でなければ、あれほどまでに夢を語っていた彼女が店を急に閉めるなど有り得ない……七海は直感的にそう察した。
――今日は帰ろう、帰って別の日にまた来よう
無念の気持ちを顔に浮かべつつ、鉄球を括りつけれたように重い足を動かそうとした時。
店のドアノブが僅かに回り、先程まで閉ざされていたドアがゆっくりと開き始めた。
――ようやく会える。
七海は沈んでいた表情に灯りを点け、彼女が出てくるのを待つ。
今は少しばかり気分が沈んでいるであろう彼女を少しでも励ましてやりたい……そんな気持ちで開いたドアの先に居た彼女を見た瞬間――七海の表情は唖然としたものへと変わった。
「っ……!」
本来なら喜ぶべきだった彼女との再会。
実際、互いが笑顔で会えると信じていた、そう……信じていたのだ。
だが、現実は残酷だった。
「七海さん、ですよね……?お久し振り、です……」
何故、自分の名前を知っているのか?そんな事よりも、七海の関心は彼女の顔に向いていた。
――何故だ?何故、こうなったんだ……?
目の下にくっきりとできている色濃いくま、少しばかり痩せこけた頬、所々荒れている髪は手入れもされていない様子である彼女の容姿。
それは、やつれたの一言では済ます事ができない程にひどいものだった。
「あの、ひとまず中で話しませんか……?色々と積もる話もあるでしょうし……」
「え、ええ……そうですね。お言葉に甘えさせてもらいます……」
七海に向けられる戸惑いの目を察したのか、表情に影を落として店の中へ逃げるように入って行く彼女。
その姿を、七海は虚ろな目で見つめることしかできなかった……
「これ、お茶です……どうぞ……」
「……ありがとうございます」
店の中に案内され、とりあえずは店内の飲食スペースのテーブル椅子へ腰掛ける七海。
彼女も、二階から二人分の茶を運び終わると、七海の対面の席へ腰を下ろした。
だが。
「……」
「……」
無言。互いに顔を下に向け、一言も言葉を発することをしなかった。
ついさっきまでは、目の前の人と会う事を心の底から楽しみにしていたというのに、気まずさから言葉を紡ぐことができない。
罪悪感、戸惑い……そんな感情が、感動の再会となるはずだったこの場の空気に水を差していた。
「(彼女に何があったのだろう……)」
それは七海が思う純粋な疑問である。以前の彼女は、もっと柔らかで力強い笑みを周りに振り撒いていた。
初めて会った時も、再び会った時も、ニコニコと笑顔を浮かべていた彼女の姿が印象深い。
しかし、今の彼女は笑顔どころか、目すらまともに合わせてくれない……ただテーブルに置かれた茶を見つめるだけだ。
沈黙、沈黙――
必死に七海が彼女へと掛ける言葉を紡ごうとする中、意外にも彼女が先に口火を切った。
「……一つ聞いていいですか?」
「何でしょう?」
「その火傷は、何をして負った火傷なんですか?」
「……!それは、その――……」
呪霊と戦って負わされた火傷。素直にそう言えばいいというのに”それを言ったら、彼女が悲しむかもしれない”そんな身勝手な考えが浮かんだ瞬間、言葉が紡げなくなった。
「言えないんですね……?」
「……」
俯いていた顔を少しだけ前へ向け、七海へと問いかける彼女。その瞳からは、悲しみとやるせない気持ちが伝わってくるようだった。
「じゃあ、言わなくていいです。私がお見舞いをした時に、七海さんの身体の事と……ついでに名前も医師の方に大体聞かせてもらいましたから……」
「っ……」
「医師の方は、”普通、こんな火傷を日常生活で負う事など考えられませんね”と言っていたので、もう予想は付いてるんです」
ふぅ……と息を吸い込み、今度は七海の瞳を真っすぐ見つめ、彼女は口を開いた――
「その火傷、呪霊に負わされたんですよね?」
「……ッ!?」
気付かれていた。彼女の言葉に、なんとも分かりやすく目を見開かせた後、七海は思い詰めたように出された茶から出る湯気を見つめた。
出された時は勢いよく湯気を出していたはずの茶も、いつの間にか熱を失い、今となってはうっすらと温い湯気が出るだけである。
「話してくれませんか……?貴方の身に何が起こったのかを」
彼女は既に、自分が誰に火傷を負わされたなど察している。
ここでいくら誤魔化したところで、むしろ彼女を余計に傷付けてしまうだけだ。
――なら、言った方が良いに決まっているじゃないか。
「(あの時の記憶を思い出したくないんですが……仕方ありません)」
茶から出る湯気を引き続き見つめた後、七海はふと視線を天井に向けた。
そして。
「――あれは、数か月も前のことです。場所は……渋谷」
「渋……谷……!?」
顔を呆然とさせる彼女を背景にし、七海は淡々と自身に起こった事を語り始めるのだった。
見て頂き、ありがとうございます!一応、次回で完結させる予定なので、よろしくお願いします!
pixivにも投稿しているので、良ければ……
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=17850399